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Lumina Sacra 2 : 恋のフレーバー

広大な海を前にして。
自分の悩みなどちっぽけだと思う、そんなよくある話。
知る人ぞ知る場所、朝焼けに照らされた水面はきらきらと輝き、青年の悩みを洗い流そうとする。
そう、実際大した事ではないのだ。
青年はだが、確かにそう思うも、今ひとつ吹っ切れないでいたのだった。

青年は、恋をしていた。
相手は男。
遅い初恋だった。
告白は、出来ていない。
そんな勇気はない。
両親にさえ、カミングアウト出来ずにいるのだ。

自分はいつか、幸せになれるだろうかーー。
そう思うと青年は、暗鬱とした気分になるのだった。

翌日。
青年は出会い系を利用する事にした。
恋人ではなく、セックスフレンドを見つけようというのだ。
発展場は怖いので、それで出会い系。
いずれにせよ、これが初体験である。
のんびり探す事小一時間。
別に焦ってはいない。
猿ではないのだ。
と、視界に素敵なプロフの男の人を発見。
早速、メッセージを送る事にする。
暫しのやり取りの末、画像を交換する事となった。
が、ここで衝撃の事実が明らかとなる。
相手の男の人は、青年の初恋の相手だったのだ。
この世界は狭いのである。

いそいそとメッセージを送る青年だったが、胸中は複雑だった。
このまま知り合っても、良くてセックスフレンド止まりかも知れない。
だが、このチャンスをふいにしてしまってはもう二度と、顔も見られない可能性が高い。
結論は出ていた。
それでも、溜め息を漏らさずには居られない青年なのだった。

翌日、青年は早速、初恋の相手と会う事にした。
鉄は熱いうちに打て、という事だ。
会って、惚れて、改めて。
素敵だ。
舞い上がった。
夢中だった。
だが、そんな浮き足立つ青年をよそに、初恋の相手は至って冷静だった。
「初めまして。俺の名は、宗弥。君は?」
低いトーンで、どこか冷たさを感じさせる声。
焦った青年、答えるのだが吃ってしまう。
「ぼ、僕の名前は、ひ、大翔です。」
夏のオアシスのようなカフェの店内で。
「俺はOKだよ。君は?」
「はい!僕も、も、もちろん!」
「じゃあ、行こうか。」
茶番のような会話、そして。
もちろん向かうのはホテルなのである。
この時の宗弥にとっては、大翔がどんな人間かなど、興味はなかった。
絵面が良ければ、それでいい。
所詮は一時のアヴァンチュールみたいなもの。
帰れば、家庭が待っている。
戻りたい訳ではなかった。
だが、枠の中に収まってさえいれば、みんなが安心してくれる。
だから決めた事。
自分で決めたのだ。
最後までやり抜かねば、そう思っていた。
大翔の事はタイプだった。
しかも実は、知っていた。
恋していた。
だがだからこそ、その気持ちに、蓋をした。
叶えられない恋、考えるだけ、時間の無駄なのだ。
分かっていた、筈だった。

ホテルのベッドで。
組み敷かれる大翔。
大翔の初体験は、呆気なかった。
「また連絡する。今日はこれで。」
ひんやりとした声色と残り香を残して、宗弥は先にホテルを後にした。
傍らには、精算用にと宗弥が置いていった、一万円札。
取り残された大翔はベッドの上で、ただ蹲るばかりだった。

幼稚園の頃、宗弥は仲良しの男の子と砂場で遊んでいた。
宗弥は早熟だったから、恋とまではいかずとも、その仲良しの子を可愛いと思っていた。
だからだった。
好意の印に、宗弥はその子の手を取った。
で、嬉しかった宗弥はそのまま、母の元へと行こうとする。
その時だった。
宗弥の母は、怒らなかった。
だが泣きそうな、とても悲しい瞳を見せた。
それで宗弥は、その子と手を繋ぐのを止めた。
途端に母の顔が明るくなる。
この時幼いながらも宗弥は、男の子とあまり仲良くし過ぎてはいけないのだという事を悟った。
それ以来ずっと、宗弥は同性とは距離を置いている。
しんどかったーー。

大学を卒業して。
宗弥の元に見合い話が来る。
母は言う。
「恋愛結婚でも構わないけど、あなた奥手みたいだから、素敵な女の子を紹介したいの。前向きに考えてみて!」
嬉しそうだ。
正直うんざりしていた宗弥だったが、期待には応えたい。

見合いの席で。
宗弥は一度たりとも相手の顔を直視しなかった。
どうしてもそちらに向きたい時には、額の辺りを見るのだ。
で、すぐにOK。
宗弥にとっては、相手がどんなルックスでも、女である限り同じなのだ。
惚れる事など有り得ない。
だから、誰でもいい。
こうして、インスタントな偽装結婚の成立だ。
付き合わされる方は堪らないだろうが。

結婚式当日。
父が言う。
「心配したんだぞ。ホモじゃないかと思って。でもこれで安心だ。良かった。子作り、頑張れよ!」
この時宗弥は、自分の心の中がどろどろとした黒い液体で満たされてゆくのを感じていた。
『何が子作りだよ。自分だって種ばら撒いただけじゃないか、偉そうにーー。』

宗弥は大翔と、大学で出会っていた。
大翔が通う大学で、宗弥は常勤講師をしていたのだ。
宗弥は思った。
この子は可愛いと。
だからその感情に蓋をした。
だが、きつく締め上げた筈のその蓋が、大翔を抱いた事によって、今まさに外れようとしていた。
我慢出来なくなっていたのだ。

そう。
限界は、刻一刻と近付いていた。
宗弥は、大翔を無我夢中で追い求めていた。
そしてそれが叶わぬ願いなら、せめて塗り潰したかったのだ。
過去も、家族も、何もかも。

真っ黒でいい。
白くなくてもいい。
それでいい。
何もかも塗り潰して、なかった事にしたかった。
それで宗弥は必死に、願っていたのだ。

これまで、いろんな事を諦めてきたつもりだった。
誰にとっても、人生なんてそんなものなのだろうと、辛うじて納得していた。

だから願いが叶わぬならせめて何もかも、塗り潰したいと宗弥は思っていた。
ずっと、ずっと。
過去の恥ずかしい振る舞いも情けない思い出も、家族との関係も、何もかも。
真っ黒でいい。
綺麗な白なんかじゃなくていい。
それでいい。
そう思っていた。

いっその事……。
宗弥は自分の事など誰も知らない場所に移り住んで、こんな顔など跡形もなく変えてしまいたかった。
名前だって変えたい程だった。
こんな人生、何もかも塗り潰して、最初からなかった事にしたい、そう思っていた。
そうやって「前に」進んだら、きっと生まれ変われるようなそんな気が、確かにしていたから。

それでも、そんなささやかな願いさえも、宗弥は心の内に無理矢理に押し込んでいた。
いつまで経っても妻の顔さえも、ろくに見ないままにである。
そういえば妻の顔、よくよくとは知らなかった。

そして、偽りと孤独の日常を、よれよれになりながらもやり過ごしていた。
密かに嬉しかった大翔との大学での短い時間を失ったあの日から、宗弥はずっと、重苦しい日々を過ごしていた。
そう、宗弥は大学での大翔との接点を失っていた。
だから大翔と再会した時、実はとても嬉しかった。
それを隠そうとして、ぶっきらぼうな態度にはなっていたのだけれどーー。

大翔への恋。
それは誰にも明かせぬ想いだった。

でも、限界だった。
だから宗弥は心の中で呟いたーー。

『振り向いて、もう一度。
微笑んで、もう一度。
君は、とても愛らしい。
その笑顔、ただ触れる、それだけで心、温かく満たされる。
出会ったあの時、ちょうど君の心が、一瞬、ふわりと、宙を舞ったように、そう感じられたように。
いや、きっと、それ以上に、あの時の俺の心の温度は、温かくなっていて。
きっとそれまでに感じた事のない空気を、君の傍で、感じていたんだ。
初めてだった君の無邪気な笑顔が、一瞬の仕草が、とても嬉しくて、あの時、本当にほんの一瞬が、俺には、まるで永遠のように思えたんだ。
誰にも言えなかった。
言える筈がなかった。
会いたかった。
ただ、会いたかった。
だから君を抱いた時、心の底から、嬉しかった。
また会える、そう自分に言い聞かせた。
もう会えないなんて思ったら、いろんな事頑張れなくなりそうだったからーー。
振り向いて、もう一度。
微笑んで、もう一度。
君は、とても愛らしい。
その笑顔、ただ触れる、それだけで心、温かく満たされる。
それが叶わぬ願いなら、せめて……。
塗り潰したいよ。
過去も、未来も、何もかも。
真っ黒でいいからさ。
白くなくてもいいからさ。
何もかも塗り潰して、なかった事にしたくて、俺はひたすらに願い続けるーー。』

手が、勝手に動いていた。
昨日会ったばかりの大翔を、宗弥は呼び出す事にしたのだ。
メッセージを送る。
覚悟は、決まった。
チェックメイトだ。

宗弥には、まだ子供は居なかった。
両親からはせっつかれてはいたが、気が進まなかった。
それが幸いした。
妻には、自分はバイセクシャルであると説明した。
その上で、好きな人が出来たから、別れたい。
そう告げた。
宗弥の妻は、薄々だが既に勘付いていた。
怒る気は起きなかったようで、ただ誠意を見せて欲しいと、それだけを宗弥に告げるのだった。
宗弥は貯金の一部をはたいて慰謝料を払うと約束。
それが誠意の証だ。
離婚である。

翌週。
大学を休んだ。
夫婦で役所に行き、離婚届を記入、提出。
程なくしてその事実は、宗弥の両親の知る所となった。

遡って。
大翔にメッセージを送った翌日。
梢に留まった小鳥が囀る中、公園の欅の樹の下で宗弥が待つ。
駆け寄る大翔。

繰り返し、繰り返しの事でうんざりしても、引き返せない毎日。
頭が痛い。
けれども、そんな中でも宗弥にとっては大翔は、たった一つの希望の灯火だった。
想うだけで、手に付かない、何も。
そんな日々でも、確かに、心の底から幸せだったーー。

「ありがとう。だから、一回だけ言う。好きだ。たぶん、愛してる。だから、付き合おう、俺と。」
片手を差し出して、一つ頷く宗弥に、大翔は堪らずに抱き付いた。
まだ愛とは呼べないその関係は、恋のフレーバーを身に纏っていた。

二人の未来は、明るかった。
けれどもそれは、様々な人達に影を落とした。

海。
あの海岸。
今度は二人で、やって来た。
週末の朝焼けは、それは美しかった。
その力は二人に、これから訪れる切ない困難を乗り切れるだけの力を与えた。
聖なる光が満ちていた。
それは二人にとっての、宝物となった。
掛け替えのない、眩い記憶となったーー。

大翔の父は、既に他界していた。
今から十年も前の事だった。
交通事故だった。
大型トラックの運転手だった父。
過労の末に事故を起こしたのだった。
TVのニュースにもなって、当時は大変だった。
その事で大翔は、学校で虐められるようになった。
太っていたから、より一層馬鹿にされた。
放課後体育倉庫で、ギャラリーの前で全裸にさせられるなど、日常茶飯事だった。
上履きやペンケースなど、色々なものがしょっちゅうなくなった。
それでも、母には言えなかった。
どん底の母には、これ以上の苦労は掛けられなかったのだ。
なくなったものは極力、自分の少ないお小遣いから工面するようにしていた。
それでも足りないものだけは、土下座してお願いをした。
母はそんな大翔には優しかった。
将来孫の顔を見せてくれるのを、心から待ち望んでいた。
忙しくて心労の重なっていた母にとってはそれは、唯一の希望だったのだ。

カミングアウトの日。
大翔は思い切って、ゲイである事、そして付き合っている人が居る事を、明かす事にしたのだった。
宗弥の存在が、言うまでもなくそれを後押ししていた。
その時の母の表情は、衝撃だった。
力なく俯いて、涙を零していたのだ。
「頑張れ!独りで生きていくのよ!無理は言わない。ただ、私が出来る事はここまで。これからは己の二本の足で、たったそれだけで歩いて行くのよ。もう一度言う。頑張れ!」
母、号泣だった。
大翔は、胸を痛めた。
張り裂けそうだった。
だが、自分で決めた事。
自由なのだ。
それでどうなろうと、全ては自分の責任だ。
自分の尻は自分で拭わねばならない。
自由とはそういう事だ。

一方の宗弥も、けじめとして両親にカミングアウトをした。
本当はゲイだったが、それでは刺激が強すぎると思い、バイセクシャルであると告白した。
もちろん、好きな人が居るという事実も添えてーー。

宗弥の母には、兄が居た。
勉強もスポーツも万能。
密かに、尊敬していた。
だが、兄はゲイだった。
両親にカミングアウトをするも認められず、駆け落ち同然で姿を消した。
時代も、悪かった。
それ以来、兄には会っていない。
宗弥の母は、兄の交際相手が恨めしかった。
純粋な兄を陥れたのだと、信じて疑わなかった。
それ以来、ゲイの事は心の奥底で、憎んでいた。

宗弥の父は、昔気質の体育会系の人だ。
ゲイへの理解などない。
おっとりとした所のある宗弥の事を内心では歯がゆく思っていたが、それ以上にゲイではないかと心配していた。
親なのだ。
分かるのである。

そんな二人へのカミングアウト。
上手く行く訳がなかった。
長男である宗弥に、ここぞとばかりに噛み付く二人。
「バイセクシャルって事は、女の人の事も好きなのよね?だったらまた女の人と結婚すればいいじゃない!」
「一時の気の迷いであんなにいい奥さんを失ったのか?馬鹿め!バイセクシャルならまた結婚しろ!お前は長男なんだ。責任を果たせ。」
たまらず宗弥はその場を走り去ろうとする。
だが、そこへ二人が立ち塞がった。
だから、叫んだ。
「俺は、ゲイだ!あなた方が産んで育てて、そうなった!好きでやってる訳じゃない!」
すると、父が一言。
「好きにしろ。」
母はその場で、泣き崩れていたーー。

宗弥の告白は、親戚中に波紋を広げていた。
だが宗弥はゲイであり、離婚は既に済んでいる。
どうにもならない、皆がそう思っていた。
宗弥は、帰る場所を一つ、失った。
その代わりに、大翔と新たな家族になろうとしていた。
大翔はまだ大学生だったが、成人していた。
だから共に住み、更には養子縁組をする事で、強く繋がろうとしていたのだ。
大翔のこれから先の学費は、宗弥が出す事にした。
待っていても、大翔が大学を卒業して就職したら、暮らしは楽になる。
だから宗弥は大翔には、ここで学ぶ事を放棄して欲しくはなかったのだ。

再び、海で。
二人は佇む。
海岸に押し寄せる波は、神々しく光り輝いていた。
力を貰っているかのような、そんな感覚が二人を満たした。
二人は、養子縁組を済ませた。
2LDKの新居も、宗弥の名義で購入した。
中古マンションだったが、まだ綺麗だ。
実はこうした事態を見越して、前妻との住まいは賃貸マンションだったのだ。
結局、これで良かったのだ。

半月後。
二人は新居への引っ越しを済ませた。
嬉しい事は、他にもあった。
大翔の母が、ゲイである事について、理解を示してくれたのだ。
彼女なりに、いろいろと考え、勉強したのだ。
一人息子だったから、孫の顔は見たかった。
でも大翔には罪はない、そう思えるようになっていた。
結ばれた二人の前で笑顔を見せる、大翔の母。
記念に写真を撮った。
わざわざスタジオで撮ったのだ。
三人揃って、良い顔をしていたーー。

大翔の母は度々、二人の新居に訪れた。
二人にとっては、味方が一人増えたのだから、それはもう心強い。
三人は、家族になった。

大翔は母から、料理を教わっていた。
宗弥は大学での講義で忙しいので、自然な成り行きだ。
母も仕事で忙しかったが、退勤した後すぐに度々駆け付けてくれた。
肝心の大翔の料理だが、もともと手先は器用だったので上達は早く、母をも驚かせた。
「もうお料理で私が教えられる事はないわ。後は、心を込めて作るのよ!」
ある日そう太鼓判を押されて、大翔はどこかこそばゆいのだった。

それから時は流れ、一年が経とうとしていた。
三人は度々、夕食を共に摂っていた。
賑やかな食卓。
「宗弥さん、大翔をお願いね。」
黙って笑顔で頷く宗弥の心の内に、嘘はなかった。
これから大翔は、就職活動で忙しくなる。
「大翔も忙しくなるから、これからは時々、お料理作りに来てあげる。」
願ってもない提案。
二人は、頭を下げた。

ある日、あの海岸に三人でやって来ていた。
朝焼けに染まる水面が、きらきらと輝いて美しい。
その半年後に、大翔の母は再婚をした。
もしかしたら、あの海の光の力かも知れないーー宗弥と大翔は、そう思った。

大翔の母の新しい旦那さんはフランクな人で、宗弥と大翔ともすぐに打ち解けた。
宗弥と大翔の二人にとっては、家族が四人に増えた、そんな感覚だった。
四人は度々顔を合わせた。
それは幸せな時間だった。
大翔は、母の再婚を心から喜んでいた。
長年、働き詰めだった母。
遂に再び、専業主婦となったのだ。
おめでとう、お疲れさま。
大翔は、そんな気持ちでいっぱいだった。

これから先も、宗弥と大翔は、周りの人達の力を借りて、更なる高みへと突き進んでゆく。
もう、二人を阻むものは、何もなかった。
聖なる光の力で、恋のフレーバーは、愛へと形を変えようとしていた。
そんな休日の午後、宗弥と大翔は寄り添い合って、幸せだった。

-完-

度々の修正、申し訳ありません。
アップ前にも何度も推敲はしているのですが、残念な事です。
申し訳ありません。
どうも今後共、お見捨てなきよう、心よりお願い申し上げます。
さて、少し風変わりな作品になったと、自分では思っています。
ちょっとばかり工夫をしてみたつもりですが、成功したかどうかは分かりません。
Grand Bleuという昔の詩を、文章をならしてぶっ込んでみたのですね。
たまには、こういうのもありだと思っています。
Lumina Sacraは元々シリーズ化する予定はありませんでしたので、二作目が出来たのは自分でも意外でした。
恒例のハッピーエンドですので、読後感は良いと思います。
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