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Lumina Sacra : 光の波に抱かれて

海岸に独り、佇む。
水平線が丸く見える。
向かい風が、少し冷たい。
季節は、秋。
一番嫌いな季節なのに、ここに来ると何故かほっとする。

そっと、歩き出す。
波の音が心地いい。
誰も居ない海岸では、聞こえるのはひたすら波の音だけだ。
うっすらと空が白み始める。
朝焼けに照らされて水面がきらきらと光っていた。

ここは俺の、とっておきの場所。
人はここを、光の海岸と呼ぶーー。

Lumina Sacra : 光の波に抱かれて

終わっていた。
俺は、とっくに。
後悔は、していない。
あの子の事が好きだったから、犯されても構わなかった。
ただ、生きる事が大変だった。
ただ、しんどかった。

四年前の秋。
俺はあの子に出会った。
二つ年下の、丸っこい男の子。
はにかんだ笑顔が可愛い、人の良さそうな小悪魔だった。
俺は、夢中になった。
出会ってたちまち、恋に堕ちた。

ある日の午後。
大学のキャンパスで。
あの子から声を掛けてきた。
チャンスだ。

「今日これから、時間ある?良かったら一緒に食事でもどう?」
鼓動がやけにうるさい。
どうも、少し調子がおかしい。
こんな時だというのに、俺の三半規管は悲鳴を上げていた。
でも、俺は踏ん張った。
「良いよ!何処か希望ある?奢るよ。」
どうにかそう言い終えて、俺は少しほっとした。
「ほんとに!?やったね!僕、イタリアンが良い!」
男の子、嬉しそうだ。
良かった、本当に。

レストランで。
中途半端な時間だったからか、店内は客もまばらだ。
サーブされたフレーバーウォーターを口に含みながら、俺は少し考えていた。
何から質問しようか。
正直、迷っていた。
ここでも、口火を切ったのは男の子の方だった。
「僕の名前は、弘也。よろしく!」
柔らかそうな掌が差し出されて、慌てて握る俺。
失敗した。
そうだ。
まだ、名前も聞いていなかったのだ。
「こちらこそよろしく!俺の名前は章彦。」
それだけ言うと、俺はグラスの中のフレーバーウォーターの残りを飲み干した。

パスタとピザがやって来た。
それにしても弘也、美味そうに食べる。
俺も負けてはいられない。
こんな飲み物、どうって事ない。

弘也、青葉台で独り暮らしをしているらしい。
家賃は四十万円だとか。
もしかして、親がセレブなのかな?
築三十年のアパート暮らしの俺とは、えらい違いだ。
そういえば服も垢抜けていて、お洒落だし。
そんな事を思いながら、話を聞いていた。
そもそもこれ、俺が奢る話なのか?
年上だから仕方ないのだけれども。

弘也はバイだという。
聞かれたので俺は、ゲイだと即答した。
嫌な予感がした。
特に根拠らしい根拠は、なかったのだけれども。
ただ昔、付き合っていた子がやはりバイで、俺と女の子と二股をかけていた事が分かって、手を焼いた事があるのだ。
その二の舞は困る訳だ。
だから俺には、ここで引き返すという選択肢も用意されていた。
そうだ。
そうしていれば良かったのだ。
だが猪だったこの時の俺は、目の前の弘也の見た目の可愛らしさに気を取られて、肝心な事を見失っていた。
今思えば、愚かだった。
いや、そうだろうか、そうだったろうか、果たして本当にーー。

ベッドの上で。
俺に組み敷かれた弘也は、寝乱れていた。
食事の後、早速自宅に誘われた俺は、成り行きで弘也を抱いていたのだ。
コンシェルジュ付きの窓も開かないガラスカーテンウォールのタワーの一室、1LDK。
何もかもが俺の住む世界とは違っていて、俺はこの時、舞い上がっていた。
まるで自分までもがセレブになったような気でいた。

俺の両親は、厳格だった。
保守的な考えの二人だったから、一人息子がゲイだなどとは、考えもつかなかったに違いない。
それを分かっていたから俺は、その事は敢えて隠し通そうとしていた。
たとえそれが、無理押しだと分かり切っていてもーー。

二回戦目。
弘也は、今度は自分がリードするという。
されるがままに、堕ちて行く。
今度は俺が、寝乱れていた。
カメラの前で。
そう。
この時俺は、隠し撮りをされていた。
そんな事とはつゆ知らず、俺はこの時、快楽の坩堝に居た。

事を終えた弘也は、さっきまでとは一転して、冷たい態度を取るようになっていた。
まぁこんなものかと思い、その日はそれで解散となった。
連絡先の交換をして、それでお終い。
呆気ないものだ、そう思っていた。

翌日、大学のキャンパスで。
弘也は、見せたいものがあるという。
手を引かれるようにして再び、弘也の自宅マンションへ。
内廊下を歩いている間、俺はジャングルの中の昆虫のような気分だった。
部屋に入ると、おもむろにビデオを見せられる。
驚いた。
腰が抜けそうになった。
そこに映っていたのは、紛れもなく俺。
何という事だ。

弘也に出会うまで、俺は大学には友人は一人しか居なかった。
名は、克太郎と言った。
俺は克太郎には、親が厳格だといった事を含めて、個人情報を洗いざらい話していた。
信用していたのだ。
俺は間抜けだった。
漏れるとしたら、そこからしかないのだ。

俺は言った。
「克太郎とも寝たのか?」
弘也は、ただ下卑た笑いを浮かべるだけだった。
そして、暫しの沈黙の後、畳み掛ける。
「これが意味する事、章ちゃんなら、分かるよねぇ?」
抵抗する事は、最早許されない。
そう思うしかなかった。

敢えて俺は聞く。
動機が知りたかった。
どう考えても、金に困っているようには思えなかった。
答えは、簡単だった。
「親の仕送りだけじゃ、服代とか酒代とか、足りないんだよね。このニット、十二万すんのよ。まさか着た切り雀って訳にも、いかないだろう?」
しかし、服代はまだしも、酒代とは!
弘也はまだ未成年なのにだ。
まぁ本人にしてみれば、あまり関係のない事だったのかも知れないが。
で、俺はプライバシーと引き換えに金を払う事になるのだ。
だが、俺にはそもそも、余分な金は一切なかった。
そんな考えは見え透いていたらしく、弘也は短くこう言った。
「金がないなら作ってもらう。今日から、俺の客と寝ろ。」
要は、売春しろという事だ。

回らない頭で考える。
そもそも俺の裸には商品価値はあるのか?
甚だ疑問だった。
だがその日の夜の情事の相手を一目見て、俺は事情を理解した。
相手は、老人だったのだ。
それも総入れ歯で、レビトラを使って無理矢理に勃たせているような。
正直、吐き気がした。
気持ち悪かった。
でも、引き下がる訳にはいかない。
そんな事では、これから先待ち受ける運命に耐えられる筈がなかったのだから。

それからの日々は、地獄だった。
俺は毎日のように、金持ちの老人の相手をさせられた。
それだけではない。
フェイスマスクを被った弘也と、寝る事もあった。
内心は、複雑だった。
弘也と寝られるのは嬉しいが、その映像はAVとして世に出回るのだ。
そんなものをうちの親が観たら、卒倒するに決まっている。
何しろ、仕送りで生活する身だ。
ここは隠し通すしかない、そう思った。

この頃から、空いた時間に独りで、海に行くようになった。
密かに光の海岸と呼ばれる、知る人ぞ知る名所があるのだ。
そこに行って無になる事で、魂が浄められる気がした。
それで俺は、救われていたのだ。
誰にも教えたくない、秘密の居場所。
そこは程なくして、俺の宝物になったーー。

実は誰かから性的陵辱を受けるのは、これが初めてではなかった。
容姿に自信はなかったが、俺は童顔だったので、少しは需要があったようなのだ。
その相手は、中学校時代の担任だった。
「俺と寝ろ。嫌なら断ってもいいが、内申書はどうなるかなぁ。後は、分かるだろ?」
今にして思えばたったそれだけの事で、俺は担任に逆らえなくなっていた。
その担任は絶倫だったらしく、週末も含めてほぼ毎日相手をさせられていた。
逃げる事など許されなかった。
ただ、生きる為に体を奉仕した。
そうするしかなかった。
少なくとも、あの頃は。

良い事もなかった訳ではない。
同級生による虐めから、担任が俺を守ってくれたのだ。
これは俺が担任の性処理相手となっていたからこその事だった。

もちろん、弘也も鬼ではない。
俺はSMが大の苦手だったので、無断でそうした行為を強要してくる相手の事は、弘也が排除してくれた。
コンドームの着用も、念を押してくれていた。

それでもーー。
心は、いつでも痛かった。

俺は確かに、自尊心の欠片もない人間だ。
それでも、誰かに守られたい時はある。
そんな時、弱虫だった俺は、自分で自分の体を抱き締めて泣く事でしか、自分自身を慰めてやる事は出来なかった。

それから四年後。
ある晴れた秋の日の、夜明け前。
俺は光の海岸を前にして、佇んでいた。
昨日、弘也に一言、こう言われた。
「死ぬなよ。」
どういう意味でだったかは分からない。
だがそれでも、たったそれだけの言葉で、俺は救われたような気がしていた。

ふと、水に手を入れてみる。
ひんやりとした感触が、心地いい。
この中に入って、あの世に行ってみるのも、悪くはないと思えた。
でも、そこで先程思い返したあの弘也の一言が、効いた。
あれがなければこの日、俺は死んでいたかもしれない。
弘也は、俺を見ていないようでいて、実はしっかりと見ていたのだーー。

昔話。
高校時代。
同級生の男の子から、告白をされた。
その子は、真っ赤な薔薇の花束を持って俺の前に現れた。
「章彦くん、僕と付き合って!」
彼なりの、精一杯。
俺は、その告白を受け入れたーー。

しばらくの間は、幸せだった。
だが交際を始めて一年が経った頃に、事態は急変する。
互いの両親に、関係が知られたのだ。
程なくして、俺たちは逢瀬を禁じられた。
俺は、両親から何度となくビンタをされた。
「信じられない!穢らわしい!うちに居たかったら、二度としないで!」
「親不孝者め!お前と言う奴は!この野郎が!」
同級生の男の子は、引っ越して居なくなってしまった。
俺は心の支えを、失った。

話を戻して。
光の海岸から帰って来ると、弘也から告白をされた。
「章彦、今までごめんね。良かったら、僕と付き合って!」
弘也はどぎまぎとしていて、珍しく取り乱していた。
それもまた可愛くて、俺は嬉しかった。
何より良かったのは、老人相手の売春から解放された事だ。
弘也、足を洗うらしい。
俺は住所はそのままで弘也の家に転がり込んで、両親には内緒でハッピーゲイライフを満喫する事となった。
意外な事に、付き合ってみると弘也は一途だった。
てっきり根っからの遊び人かと思っていた。
人は見かけによらないのである。

弘也の家の台所には、高い酒のボトルが幾つもあった。
弘也は酒を餌にして仲間を呼び寄せ、度々パーティを開いていたのだ。
その、置いてある酒というのがまた振るっている。
ドンペリゴールド、リシャール、ルイ13世、ロマネ・コンティーー。
俺は服はともかく、酒は止めるように勧めた。
強制はしなかったが。
またぞろ誰かを餌食にするというのでは、あんまりだというのもあった。
健康の事も、もちろんある。

弘也が酒断ちをしてから三日目の夜。
仲間とも断交。
それがあまりにも辛そうだったので俺は、彼を光の海岸へと連れて行く事にした。

独り自宅に戻って、車を取りに行く。
中古車だが、俺は一応、車を持っていた。
助手席に弘也を乗せて出発。
それにしても、弘也のマンションと俺の車、合成写真のようでどう見ても釣り合わない。
まぁそこはご愛嬌である。

子供の頃。
虫が大好きだった。
今とは大違いである。
中でも、カブトムシが一番、好きだった。
中には食べる人も居るようだが、当時の俺にとってそれは、考えられない事だった。

父とはよく一緒に、森へと出掛けた。
数少ない親子の共同作業、或いは共通の趣味。
カブトムシを何匹も捕まえては、虫籠に入れていた。
父はとても嬉しそうだった。
俺もとても嬉しかった。

母は虫が大の苦手だったので、虫籠には近寄ろうともしなかった。
ある時、父は言った。
俺の普段の振る舞いを見て、不審に思ったのかも知れない。

「ホモにはなるなよ。虫けら以下になるぞ。」

ただそれだけの一言が、ずしんと心に響いた。
それからも父とは、度々森へと出掛けたーー。

俺は弘也との秘密は、墓場まで持って行く事に決めていた。
今度こそ何が何でも隠し通す、そう決意していた。

朝焼けの中。
光の海岸に着いた。
弘也は目を丸くした。
水面は煌びやかに光り輝き、宝石のようだった。
静かな海岸で二人、波音に耳をそばだてるーー。

「綺麗だね。」
「うん。」

それ以上の言葉は、要らなかった。
二人にとってこの時間はかけがえのないものだったのだと、後で知る事となる。
この時を境に、弘也は変わったのだ。
これも聖なる光の力のお陰かも知れない、そう思った。

分不相応な酒瓶は、弘也の家の台所から、姿を消した。
弘也は、洋服も前程には買わなくなっていた。
以前は、クレイジーショッパーだった。
そう言って、弘也は笑ったーー。

ある日、弘也はデパートに俺を誘った。
俺は正直、乗り気ではなかった。
だが、てっきり洋服でも買うのかと思っていたら、違ったのである。
弘也は俺と、宝飾品を見ようとしていた。
結婚指輪を作ろうというのである。
いい考えだとは思った。
指輪を見れば、周りも安心するかも知れない。
ただ、俺には金がなかったーー。

「お金ならいいよ。散々体で稼いでもらったからね。これはそのご褒美!」

二人の結婚指輪。
まるで新婚の夫婦ではないか。
内心では、戸惑いもなくはなかったが、そこはやはり嬉しさが勝った。

幼稚園の頃。
無邪気に結婚に憧れていた。
だが俺は女の子と仲が良くて、当たり前のように結婚は男の子とするものだと、そう思っていた。
女の子と仲が良い事は、男だから自然だと、両親も咎めなかった。
ただ、ままごと遊びだけは、固く禁じられたーー。

男らしく、女らしく。
両親が求めていたような価値観に、気付けば俺は違和感を感じるようになっていた。
俺は自分が男らしいかどうかは、正直言って自信がない。
それでも、こんな俺でも弘也は、必要としてくれた。

「生まれて来てくれてありがとう、弘也。」
ふっと、素で出て来た言葉。
それが弘也の涙腺を刺激したようだった。
「章彦もだょ!ありがとね。」
それからしばらくの間、二人、何も言わずにただ抱き合っていた。

SEXの方は、予想通り弘也は、絶倫だった。
だがその点では俺も負けてはいない。
まだ若いのだ。
この点、相性が良かった訳である。
良かった。

その後。
ある日の夕方、再び俺たちは光の海岸へと足を運んだ。
二人共、自分たちの関係は死ぬまで親には内緒にするつもりだ。
それでもいい。
とにかく、一緒に居たい。
それだけだった。

これから先、何があるだろうか。
果たして、耐えられるだろうか。
疑問は残る。
それでも、前に進むしかないーー。

そんな思いを内に秘めたなら、きっと強い筈、そう思った。
俺たちには、武器がある。
どんな時でも、あの聖なる光のシャワーを浴びれば、きっとまた立ち直れる筈だ。
そう信じているから、頑張れる。
まだまだやんちゃな弘也だが、徐々に俺色に染まって来ていた。
これから先、どうなるかーー。
俺にとっては、それも楽しみだった。
未来の俺らに、まずは乾杯だ。

お・し・ま・い

さらっと読み流せる感じ、とでも言うのでしょうか。
そんな雰囲気を出そうと、意識しました。
無理筋な話ではありますが、そこはフィクションですので。
それもまた、醍醐味という事で。
ちなみにタイトルのLumina Sacraというのは、聖なる光という意味です。
もう少し長いお話にしたかったのですが、無理でした。
そこは残念。
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