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So Beautiful Soldier : 勇姿を掲げる戦士たちの詩

風が吹いていた。
頰に当たる風が、だいぶ冷たい。
十一月中旬。
季節は徐々に、秋から冬へと移ろうとしていた。

歩道の角を曲がると、急に強い向かい風に見舞われた。
前を開けていた黒い薄手のステンカラーのコートが、風を巻き込んでバサバサと音を立てる。
「寒いな。」
ぼくは慌ててコートの前のボタンを閉めると、口から生温いため息混じりに小さく、声を立てた。

今日はあの子の、そう、ぼくの弟の命日だ。
黒いコートであるのには、理由がある。

可愛かった弟。
ぼくなんかよりも、ずっと。
ぼくが代わってやれるのなら、みんなもきっと喜ぶのに。
長い間ずっと、そう思って生きてきた。
父も母も、弟が居なくなってからは、まるで抜け殻のようだった。
ぼくでは、ぼくなんかでは、所詮弟の代わりにはなれないのだ。
分かり切った事をこうして反芻しては、肩を落とす。
これがぼくの、ごくありふれた、透明な日常だったーー。

今から十二年前の十月十三日。
この日は、弟の誕生日だった。
神無月、十三日の金曜日の大安だった。
生まれた時の体重は約3,500g。
随分と大きかった。
難産だっただけに、可愛さもひとしおだったようで。
それはもう、特に母親からは大事に、大事にされた。
ところで、人間、どこか一点に意識が集中すると、周りが見えなくなる事があるようで。
残念だったのは、弟の出産を境に、ぼくへの母の関心が薄れてしまった事だ。
とはいえ、六歳も歳の離れた弟が出来たのだから、ぼくがしっかりしなきゃ、そう思ったのもまた事実だ。

あれから、随分と時は経った。
ぼくも少しは成長出来たと、信じたい。
弟が亡くなったのは、二年前。
死因は、小児がんだった。
あんなに可愛かった弟が、みるみる衰弱していく。
正直、母親でなくても見ていられなかった。
最期の晩、病室で。
うわ言のように家族の名前を呼んでいたのが、目に焼き付いて今でも離れない。
その場に居合わせた皆、どっと泣いていた。
病院からの帰り道。
親戚の一人がぼそっと呟いた。
「兄貴の方が死ねばよかったのに。」
ほろほろと、涙が止まらない。
それに気付いた親戚、そそくさとその場を立ち去った。
そんな事、分かり切っている。
分かっているんだ!!
ぼくはその場で何度も、地団駄を踏んだ。

今年の三月。
弟が亡くなってから一年と四ヶ月程。
弟を失った傷は癒えないが、いつまでもくよくよしている訳にもいかない。
ごくありふれた日常に揉まれる毎日。
ぼくは十八歳になっていた。
晴れて就職、独立出来る。
高校中退だと就ける仕事が少ないから、辛抱に辛抱を重ねて、この三年間耐え抜いてきたのだ。
実家でのぼくの扱いは、それは酷いものだった。

去年の事。
高校帰り。
正直帰りたくはなかったが、所詮は学生風情。
お金もなく、行くあてはない。
結局、帰るしかなかった。
この日は十一月中旬、弟の命日。
いつにも増して家の中が殺気立っているのが、容易に予想出来た。
「ただいま……。」
家に入るといきなり、洗礼が待っていた。
バチン!バチン!
往復ビンタである。
何の事か分からずに首を捻っていると、罵声が飛んできた。
「弟の命日にお墓参りにも行かないで、高校なんぞにうつつを抜かすとは、いいご身分ね!あんたが死ねば良かったのよ!」
またこれだ。
今年、命日が平日なのが、運の尽きだった。
とは言っても、命日でなくてもこの当時はいつもこんな事ばかりだったのだが。
その後夕食を摂って部屋に篭って独りで泣いていると、何処からか弟の、ぼくを励ます声が聞こえた気がした。
ぼくは、狂ったように泣いた。

弟が居なくなってからのぼくは、こうして歯を食い縛って耐え忍ぶ日々を送っていた。
だからこそ、自分を褒めてあげたい。
仕事に関しては正直、不安も大きかったが、やってやるしかない、そう思っていた。
就職先は、工作機械の製造工場だ。
ここはひとつ、頑張るしか!

そして、今年。
風が吹いていた。
頰に当たる風が、だいぶ冷たい。
十一月中旬。
季節は徐々に、秋から冬へと移ろうとしていた。
途中、コンビニに寄って帰宅。
疲れ果てて、部屋に上がるとベッドにそのまま倒れ込む。
今日は弟の命日なので、会社を早退して墓参りに行っていたのだが。
その後の会社の友人とのプライベートな飲み会で、会った際に喧嘩をしたのだ。
どうも気が立っていたのかもしれない。
些細な事だ。
明日、ぼくの方から詫びを入れよう。
それにしても眠い。
お風呂はともかく、せめて歯位は磨きたいのだが、身体がそれを許さない。
ぼくは未成年。
当然、酒を飲んだ訳でもないのに、身体がまるで泥のようだ。

そのまま吸い込まれるように眠りについて、目が覚めると、ぼくは知らない森の中に迷い込んでいた。
夢にしては、リアルだ。
立ち上がる。
腰が痛い。
ふと自分の身体を見ると、腰回りに銃と刀が差さっていた。
銃と刀を下敷きにして、変な体勢で横たわっていたので、腰が痛いのだ。
それどころか、鋼の鎧を身に纏っている。
重い。
だが、動けない程ではない。
高校時代、運動系の部活にのめり込んでいたのが功を奏したか。
頭には覆いはないから、息苦しくはない。
良かった。

夜の森は危険だ。
正直、眠りたいのだが、油断がならない。
それでも睡魔というものには勝てなくて、ついうとうととしてしまう。
そこへ。
風変わりな衣装の、呪い師風の老婆が近付いて来た。

「これこれ、ここで寝てはいけないよ。此処らはハイエナが出るから、たちまち餌食になっちまう。嫌な予感がしたから来てみれば、これだ。うちに来なさい。温かいスープがあるよ。爺さんが失踪してから、つい作り過ぎてしまうようになって、ちょうど困っていたところだ。遠慮する事はない。さぁ、おいで。」

怖い人ではなさそうなので、付いて行く事にした。
老婆の家で。
スープとバゲット、これだけでもありがたい。
たっぷりのスープに、バゲットを浸して食べる。
正直、行儀は悪いが、この際気にしてはいられない。
お腹の虫がさっきから催促をしているのだ。

「そのなりだと、異国ーー或いは異世界から来た、戦士といったところだね。名前は、太助かな。」
老婆の話に付いて行けないぼくはドギマギするばかり。
大体なんでぼくの名前を知っているのか。
不思議だ。
というよりもむしろ、気色が悪い。
また、そもそもここは何処なのか?
疑問は噴出するばかりだ。
「その様子だと、ここがどんな所かも、知らないようだね。」
「はい!是非教えてください!」
ぼくがそう口にした途端、老婆の顔付きがみるみる内に悪くなる。
それでも、ぼくの熱意に押されたのかどうかは知らないが、渋々ながらも教えてくれた。

「ここは死後の世界、つまり魔界だよ。取り戻したい二人が居るんだろう?」
見透かされていた。
ぼくは動揺して話どころではない。
もちろん、取り戻したい二人の内の一人は、弟だ。
だが、もう一人いる。
その人はぼくの、掛け替えのない宝物。
相方・愁君なのだ。

「彼らは生前ゲイだったという事で、死後の世界でも不当な扱いを受けている。おかしなもんだね。子供を産むとか産まないとか、そんな事関係ない世界でも、こうして性差別は起こる。」
この、老婆の言葉に憤りを隠せない。
それにしても“彼ら”というのは聞き捨てならない。
それではまるで、弟がゲイだったみたいではないか。
「そうだよ。兄であるお前に、秘かに憧れていたのさ。」
!!!
「そ、それって……。兄弟愛!?」
言葉に詰まるぼく。
叶わぬ恋に身を窶していたという事か。
「別にSEXしろだとか付き合えだとか言いたい訳じゃない。ただ、取り戻したいのならば、大魔王との戦いは避けられない。万が一勝ったら、弟の事、邪険にはするんじゃないよ。」
頭の中は混乱を極めてはいるが、とりあえず、大きく頷いてはみた。

まぁ、戦わねばならない理由がある事も、実際に戦うであろう事も良く分かった。
ここは覚悟を決めねば。
しかし、自分一人では負けるに決まっているのだ。
友達はともかく、同士は欲しい。
それも、出来るだけたくさん。

「それはこの老婆に任せておきなさい。こう見えても魔界のお役人には顔が利くんでね。住人みんなでクーデターを起こせば、勝ち目はある。住人たちも、待遇には大変不満を持っているから、御し易かろう。太助、武道の経験があるようだな。だからお前が指揮を取るんだ。覚悟は出来たか?」
この時のぼくには、首を横に振る理由はなかった。

「魔界の住人たちの中には、安楽な暮らしをする者が居る一方で、更生してもなお永遠に激烈な拷問を受け続ける者も多い。いっそ消える事が出来れば楽なのだろうが、ここは娑婆ではないから、そうはいかない。可哀想でな。」
思わず、気が遠くなった。
「まぁ、お前さんには目的があるし、内通などしそうには見えないからな。そこは買っている。」
なるほど。
ぼくの不器用で真っ直ぐな性格が、ここでは役に立ったという訳だ。

ここに来る、少し前の晩。
夢を見ていた。
剣士にコテンパンにのされる夢だった。
そうだ。
一対一では到底、敵わないのだ。
ただ恐らく、数の上ではこちらが圧倒的に有利になるはずだから、包囲殲滅戦を仕掛ければ良いのではないかーー。
煙玉や毒ガスなどの飛び道具もありだろう。
ガスマスクが大量に必要だ。
逃げるふりをして地雷原に誘い込むという手もある。
この際、詭計や謀略の類も躊躇なく使わねば。
時間がない。
決行日は一週間後。
絶対に間に合わせねばならない。
急がねば。

愁君は、努力家だった。
普通科の高校を中退後、通信制高校に通う傍ら、大学受験の勉強もこなし、一浪して難関の志望校に入ったのだ。
その後も頑張って、希望していた税理士の仕事に就く事が出来た。

彼はかつては、虐められっ子だった。
給食のおかずをひっくり返されたり、教師の目の行き届かない音楽の時間に罵倒されたり、お尻の穴に割り箸を突っ込まれたり。
親も教師も見て見ぬ振り。
それでも、負けなかった。
倒れても、また立ち上がった。
いつかパートナーが出来て二人で戦える日が来るまで、決して弱音は吐かないと固く心に誓っていたからだ。

愁君とは、弟が亡くなってすぐに知り合った。
いつでも笑顔だった弟が居なくなって、寂しかったのかもしれない。
それでも、そんなどうしようもない理由で付き合い始めたぼくの事を、愁君は必死になって支えてくれたーー。

愁君は、通り魔に刺されて空の星となるまで、ずっと頑張っていた。
その姿は、紛れもない、戦士だった。
愁君が居なくなったあの日、ぼくはただひたすら、絶叫していた。
あの時、ぼくは無力だった。
ぼくはまだあの時のままだろうか?
まだ無力だろうか?
もしも、そうであっても。
取り戻さねば。
何としてでも、あの日々を。

戦いの当日。
ここまで、短いようで長かった。
この日まで、準備は極秘裏に進められていた。
味方の数が多いので、隊を二十に分けて、神殿と他の要衝を同時に攻めるのだ。
特に重要なのは神殿、敵の本丸である。
ここを落とせば、敵も戦意を喪失するだろう。
だから、神殿にはある程度戦力を集中させる。
神殿の傍には森がある。
そこから奇襲をかけるのだ。
正門前には、昨晩深夜に地雷をしこたま埋め込んだ。
夜、警備が手薄になるとの情報があり、それに助けられた形だ。
幸い、敵は強いが数が少ない。
敵一人につき千人でかかれば、勝機はある。

ぼくは、叫んだ。
「魔界の住人にだって、人権はあるんだ!万引きしただけで舌を抜かれるとか、量刑がおかしい!世界を変えたい奴らはぼくに付いて来い!きっと変えてみせる!」
「うぉーっ!!」
不満を溜めに溜めた住人たちの雄叫びがこだまする。
直ちに攻撃開始だ。
何処から持ち込んだのか、大砲がたくさん手に入った。
やはりお役人たちのネットワーク、侮れない。
これは効いた。
地雷原も相当な効き目だった。
いかに猛者揃いの神殿と言えども、何百万もの住人が一気に押し寄せるのである。
勝機はある。
「この期に及んで怯える奴は居ないだろうな。一同、突撃ーー!」
ぼくの掛け声で、千人毎の小隊が、城壁を超えて次々と神殿内部に押し寄せる。
作戦は順調だった。
ここまでは。

騒ぎを聞きつけた大魔王が、いよいよ姿を現した。
巨大だ。
桁外れのパワーは、残りの地雷などでは相殺出来ない。
地雷原の上を堂々と歩き、ぼくたちを睨みつける。
その様はさながら、阿修羅のようであった。
終わった、何もかもーー。
その場に居る皆が、そう思った。

その時。
一瞬の間(ま)。
偶然、隣の男の子が弓矢を持っていた。
それは、弟だった。
小児がんになる前の、愛らしいふくふくとした姿だった。
その向こうには、愁君の姿もあった。
ハッとした。
美しい戦士だと、そう心から思った。
依怙贔屓が過ぎるかもしれない。
でもぼくにとってはそれは、紛れもない真実だった。
だからこれからの一秒一秒を、永遠に目に焼き付けたい、そう思った。
『これなら、いけるか?』
早速弓矢を借りて、目に向かって数本、打ち込んでみる。
伊達にダーツが上手い訳ではなかったようで。
見事、全弾命中。
そしてそれは、効果てきめんだった。
これに気付いた皆も、後に続く。
遂に大魔王は、その巨体を身悶えさせながら倒れ込んだ。
こうなればしめたもの。
無数の味方が、大魔王の両目や腹の肉をズタズタにしてゆく。
皆は、一致団結していた。
勇敢な戦士たちによる、これがレジスタンスだ。
程なくして、大魔王は降参した。
罪を犯した者たちへの刑罰は応分のものとなり、不当に囚われていた者たちは無事に元居た世界に戻れる事となった。
若くして罪なく亡くなった者たちも、特別に戻れる事になった。

久方振りの再会。
「愁君、君がもしもジャンヌ・ダルクなら、ぼくも共に戦うよ。温かな未来なんてなくても、君が傍に居るなら、それで十分だよ。幸せなんてなくても、他に何もなくても、絆だけはちゃんと残るから、ぼくたちはきっと離れないで済むんだ。だって、そういう約束だったよね。」
遠回しな、再度の告白。
ちょっと、クサかったかもしれない。
でも、それで良かった。
愁君は、初めての告白の時と同じように、泣きじゃくりながらぼくの事をハグするのだった。
だから、それで良かったーー。
ふと気が付くと隣にいる弟が、相手にされなくてむくれている。
面倒臭いので、二人まとめてハグする事にする。
現金なもので、弟、嬉しそうだ。
後ろでは、お世話になった老婆が嬉しそうに笑っていた。
「さ、お行き。」
老婆の声と共に、ぼくたち三人の身体は、透き通ってゆくーー。

ーー意識が戻る。
ふと見ると、ぼくたち三人は一糸纏わぬ姿で折り重なるようにして、ぼくの部屋のベッドで横たわっていた。
ぼくは一番下。
当然ーー。
「お、重い。早く、どいて……。」
良く肥えた二人にのしかかられて、息も切れ切れである。
まぁ、ぼくも体型に関しては人の事は言えないのだが。

テレビをつける。
向こうで一週間以上過ごしていたのに、こちらの世界では一日も経っていなかった。
これは都合が良い。
すぐに連絡すれば、会社の人たちにも心配を掛けなくて済むだろうから。

みんなそそくさと服を着る。
抱き合うとか、そんな気分ではないのだ。
なんだか、妙なテンションだ。
ここである事を思い出す。
弟を実家に連れて行けば、母さん、きっと喜ぶだろう。
この世界では時々そうした事はあるから、特に怪しまれる事もあるまい。

正式に会社を休んで早速連れて行こうとすると、弟はごねるのだった。
「ぼく、兄ちゃんと一緒がいい!」
だから優しく、こう言った。
「十八になったら、またおいで。それに、会うだけならいつでも大歓迎だから、さ。」

インターホンを押す。
何ヶ月か振りの実家だ。
緊張する。
ドアが開くと、みるみる内に母さんの顔色が変わっていくのが、手に取るように分かった。
母さん、その場で泣き崩れた。
「ありがとう、ありがとう。」
ただそれだけを繰り返していた。

それから一ヶ月後ーー。
ぼくと愁君は、ぼくの実家で共に暮らしていた。
母さんの提案で、実現したのだ。
もちろん、弟も一緒だ。
「さぁみんな、ケーキよ!召し上がれ〜!」
母さん、人が変わったみたいだ。
それだけ、弟が戻って来た事が、嬉しかったのだろう。
壊れていた家族はこうして、再生した。
愁君という新たなメンバーも加わって、これからはますます楽しくなるだろう。
ぼくらの前には、明るい未来が拓けている。
そう信じられるから、ぼくたちは今、心から幸せだった。

-完-

やっとひとまず目処が立ちました。
今回も最後の最後まで、修正に次ぐ修正でした。
ご覧頂きました方々には、誠に申し訳なく思っております。
アップしてからでないと、ぼくの場合はなかなか間違いが見えて来ませんので、どうしてもこんな感じになってしまいます。
このお話、出だしが書けた際にタイトルも思い付いたのですが、少々大げさなタイトルですので、中身が伴うか心配でした。
まぁどうにかそれらしい形にはなったのかな、とは思っておりますが、タイトルは毎回悩みます。
シリーズ物の2話目以降とかなら、場合によっては楽なのかもしれませんが。
楽しんで頂けましたら、幸いです。
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