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Sanctuary : 君が居る場所へ [Bluebird 外伝 - 千灯谷の詩]

日本から遠く離れた、遥か彼方の地。
全世界の神々が集う、聖域があった。
その地は人々から Thousandlights Valley と呼ばれ、崇拝と畏怖の対象となっていた。
日本では、千灯谷(せんとうごく)と呼ばれる。
この地に入れるのは、心清らかな人間や魂だけ。
たとえ矢折れ力尽きていたとしても、魂の清らかさが証明されれば、神にだってなれる。
そのような場所。
支配するのは、青い鳥たち。
地球の神々をも超越する力を持つ、異世界からの使者だ。
地球に棲む青い鳥たちは、人々の願いを叶える代わりにその命を喰らって生きているのだ。
そして、想像の通り、その力は巨大だ。
世界を変える力を持つ、一羽一羽がいわば巨人であるのだ。
それが無数にいる。
その事で、地球の秩序は守られていた。

ある夜、青年・雪弥は自室のベッドでうなされていた。
この頃、良く悪夢を観るのだ。
目覚めると、気分転換にシャワーを浴びる事にする。
「明日はお休みだから良かったけど。でも、悪夢もこう度々だと疲れるな。困ったな。」
悪夢では、度々雪弥の最愛の人が空の星となるのだ。
正直雪弥は、この頃は毎夜見る悪夢で疲れ切っていて、もういい加減にして欲しいと思っていた。
雪弥はこの時まだ、自分たちに降りかかる運命の行く末を、知らなかった。

翌日。
雪弥の住むマンションの一室に、最愛の相方・秋之が訪れる。
「こんちはー。秋之だよ。」
いつもの声がするので、雪弥はエントランスのオートロックを解除した。

雪弥の住むマンションは、築十八年の賃貸物件。
東京・下町のごく平凡な物件で、雪弥の部屋は5階の2DKだ。
外観は白いタイル張りで、清潔感がある。
家賃は十万円程。
少し高いとは雪弥も思ってはいたが、趣味のコミックスやBlu-ray、DVDなどの置き場が欲しかったため、ワンルームという訳にもいかなかったのだ。
雪弥は今年で二十六。
まぁ月に三十万円は稼いでいたから、住めない事もなかったという訳だ。
しかしそろそろ会社での立場も安定してきて、分譲マンションが欲しい所。
新築は高いから、中古かなぁ、とか。
通勤の都合上、せめて東京近郊でなければ、とか。
色々と頭を巡らせている内に、再びインターホンが鳴るので、雪弥は玄関へと向かう。

扉を開けると、お土産のケーキを手に提げた秋之が、ニコニコしながら立っていた。
「ほら、これ。記念日じゃないけど、ケーキ、一緒に食べようと思って。」
秋之はこの時、褒められるのを待っていた。
これは、いつもの事。
雪弥は、二つ年上の秋之の頭を、よしよしと撫でる。
秋之はというと、はち切れんばかりの笑顔。
これが可愛いのだ。
仲睦まじい二人なのである。

この時、雪弥の脳裏には、昔おじいから聞いた青い鳥にまつわる伝説の話が過っていた。
雪弥と秋之は確かに幸せには違いないのだが、それは現時点での話。
明日もそうとは限らない。
そんな事は、東京の大学を出た後、実家に戻る事を断固拒否し続けて大変な不興を買った雪弥にだって、少しは分かる事だった。
だが、この時は結局、目の前のニコニコ笑顔に押される形で、忘れる事にした。

こうして、直径三十センチの生クリームとイチゴのホールケーキを、二等分して美味しそうに一気に頬張る二人だったが、悩みがない訳ではなかった。

雪弥にはかつて、二つ下の弟が居た。
弟は、自分は次男坊だから、嫌がっていた漆器作りの家業を継がずに済むと、度々嬉しそうに話していた。
だが、長男であるにもかかわらず雪弥が頑なに跡継ぎを断り続けた結果、跡目を継いだのは次男の方だった。
最後に交わした言葉ーーそして今生の別れともなった、あの時に交わした言葉ーー。
脳裏を過っては、頭の中を掻き乱す。
この時、雪弥は興奮していた。
無論、これは悪い時の興奮の仕方である。
雪弥はあの時のやり取りを、全て覚えていた。
忘れられないのだーー。

「ごめんね、弟の君に全部押し付けて。後悔はしているんだ、本当に。」
「後悔してるんなら、俺と代わってくれよ!そんな気さらさらない癖に、後悔してるなんて軽々しく言うなよ!ホモなんだろ!別にそんなのどうだっていい。ただな、兄貴がそんなんじゃ、迷惑なんだよ!跡を継ぎつつ上手い事やる方法だってあったろうに。無理筋でも何でもいいから、結婚して子供産み育てながら男ともアバンチュールするとか、方法は幾らでもあった筈じゃんか!」
これには普段は穏やかな雪弥も、激昂した。
「弟、お前は恋愛結婚が出来る。でもな、ぼくは家の跡を継いだら、顔も見たくない女とずうっと、生活をしていかなきゃならないんだ!ぼくはゲイであってバイじゃない!偽装結婚なんて真っ平御免だ。みんな傷付くだけなんだよ、馬鹿!」

弟は、号泣していた。
いつまでも、いつまでも。
長い時間が経ってようやく顔を上げると、いつになく不器用な笑顔で、こう言った。
「俺、手先の器用な兄貴の事、ずっと尊敬してたんだ。漆器作りなんて、俺には無理かもしれない。でも、頑張る!幸せになってね、もう会う事もないと思うけど、忘れないでね。」
痛恨の、まさに迂闊だった。

『あの時、本当にぼくは、愚かだった。』

ただ、雪弥は本当は悪くない筈だった。
まさかその時の雪弥には、弟がそこまで思い詰めていたなどとは、想像も出来なかったのだからーー。
これは、雪弥でなくても、きっとそうであるに違いない。

「弟は、弟は、ぼくのせいでーー。」
気が付くと、雪弥は座ったままで、秋之に背後から抱かれて咽び泣いていた。
苺のケーキ、雪弥の弟の大好物だったのだ。
雪弥は、全てを投げ出して結局兄である自分にそれら重荷を押し付けようとしていた弟の事を、それでも悪くは思えなかったーー。

ケーキを食べ終え、SEXも済ませると雪弥と秋之の二人は、少し窮屈なダブルベッドの上で並んで、天井をぼんやりと見上げる。
ここでふと秋之が、さらっととんでもない事を言い出した。
「また昔の事考えてたんでしょ。無理もないけど、全部一人で背負い込む必要もないと思うんだ。ーーねぇ。ぼくと“結婚”してみない?二人でなら背負える傷や痛みだって、きっとあると思うんだ。」
いけなかった。
本当はいけない事だった。
でも雪弥はこの時、隣の大きな背中、そしてその温もりに縋ってしまった。

さて。
二人は養子縁組をしようとするのだが。
それに当たって、両親にカミングアウトをする。
流れとしては、当然なのだ。
しかしそれが、雪弥の父を爆発させる導火線のようなものだったとは、この時の秋之には知る由もなかった。
雪弥の弟の話は、雪弥から話で聞いていただけで、雪弥の両親の人となりを、秋之は全く知らない。
少しのんびりした所のある秋之だから、何とかなるだろう、位に明るく考えていた。

ある日、何日かして。
電車とバスを乗り継ぐ事、実に四時間。
東北の山村へと、雪弥と秋之は降り立った。
カミングアウトするならば、やはり直接がいい。
用件は電話で伝えてあった。
特に頑固な父、どう出るか。
ましてや、ここは封建的な土地柄だ。
見渡す限り一面の田んぼが、ここがどれほどの田舎なのかを、二人に思い知らせる。

バス停から歩いて十五分。
雪弥の実家に到着した二人。
まずは雪弥がインターホンを押そうとする。
が、指が震えて上手く押せない。
『どうしよう!?』
焦る雪弥。
緊張で、頭の中が空っぽになる。
結局、秋之がそっと手を差し伸べて、二人で押した。

扉がガラガラと音を立てて開く。
その瞬間、もう駄目かもしれない、何とはなしにその場にいる全員が、そう思った。
「次男・夏福の仇!覚悟せよ!」
雪弥の父、日本刀を抜き、振り下ろす。
その刃は、雪弥に振り下ろされる、少なくとも雪弥自身はそう思っていた。
それで良かった、そう雪弥も思っていたーー。
だが次の瞬間。
「うぉりゃーっ!」
威勢の良い掛け声で雪弥を斬り捨てようとする、雪弥の父。

しかし、である。
この一瞬の間に何と、秋之が雪弥を突き飛ばしたのだ。
直後に肩から胸、脇腹にかけてざっくりと斬り捨てる父。
とどめに胸をひと突き。
断末魔の叫び。
そして、事切れた。
「畜生、畜生、畜生!」
ほんの一瞬の出来事、雪弥はただ叫ぶしかなかった。
誤って秋之を斬ってしまった雪弥の父は、その場に崩れ落ちるのだった。

秋之にも苦労はあった。
幼い頃に両親を、貸切ヘリで遊覧中の事故で亡くした秋之。
その日は結婚記念日。
決して裕福ではなかったが、二人は愛で結ばれていた。
という訳で、奮発しての夫婦水入らずのデートだったという事もあり、その場に居なかった秋之は助かったのだが。
施設に預けられた秋之は、その事で学校でのいじめを受けるようになる。
まだ秋之が小一の頃の事だった。

それでも、秋之は強かった。
何が何でも泣くまいと心に誓った母の命日。
墓前での母との約束は、死んでも守るつもりだった。
消しゴムのカスを食べさせられようとも、動物の死骸を鞄の中に入れられようとも、下半身をひん剥かれて露わにさせられようとも、決して、泣かなかった。

中学校を卒業したら、働き始めた。
当然、施設からは出たのだ。
当時の勤務先では、嫌な事の連続だった。
中卒で働く秋之に、世間の目は冷たかった。
仕事があるだけでも有難い、そう言い聞かせて歯を食い縛って陰湿な虐めにも耐えた。

毎日、忙しかった。
仕事を定時で終えると、着替えてその足で定時制高校へ行く。
実は秋之は頭が良かったので、定時制高校での授業は正直、簡単だった。
だからか、みんなが頼りにしてくれる。
やっと見つけた、小さな居場所。
手放す訳には、いかなかった。

帰ったら部屋の掃除に洗濯、夕食の支度。
正直、寝る間もない程だった。
でも、この時の秋之には夢があった。
それは、出来るだけ有名な大学の二部に入って、地方でも良いから公務員になる事だった。
この夢は、叶った。
血の滲むような、まさに努力の賜物だった。

無残な姿に変わり果てた秋之を、泣き喚きながら揺さぶり続ける雪弥。
秋之の目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
母との約束を、最後の最後で、守れなかったーー。

その背後で、がっくりと肩を落とした雪弥の父は、舞い降りた青い鳥に何やら願い事をしていた。
すると。
雪弥の父は透明になりながら、雪弥に最期の言葉を告げる。
「すまんかったな。やり過ぎた。頭に血が上ってな。私が消える代わりにお前の弟が蘇る。仲良く、するんだぞ。」
次の瞬間には、何処までも身勝手な雪弥の父は、跡形もなく消え去っていた。
本来ならばまだ他人である、秋之を戻すべきであるのにーー。
そう。
雪弥の父は、雪弥の弟と、内面が良く似ていたのだ。
一方で手先の器用さは、面倒な事に雪弥が受け継いでいた。

この時、雪弥はある覚悟を決めていた。
飛んで来た青い鳥に囁く。
誰にも聞かれないように。
それはーー。
「秋之の所に行きたい。ずっと一緒に居たいーー。」
それだけだった。

『君の居る場所へ、飛んでゆきたい。それがたとえ地獄であっても、秋之となら、それでいいーー。』

やがて秋之の亡骸と雪弥の肉体は、透き通ってゆく。
「待ってよ、俺一人と父さんの駆け出しのお弟子さんだけじゃ、工房なんて成り立たないよ!兄貴、俺はどうなっちゃうのさ!」
いつまでも弱々しい弟に、雪弥が初めて喝を入れた。
「出来る!やるんだ!みんな、お前があんな事をしなければ死なずに済んだんだ!弱音を吐くな!やれ!!」
「分かったよ!俺、頑張るから!兄貴の分まで、今度はちゃんと頑張るから!」
後ろの方では、雪弥の母がへなへなと地べたに力なく座り込みながら、ただ呆然としていたーー。

死後、喜びの再会を果たした雪弥と秋之は、二羽の青い鳥のいざないで、Thousandlights Valley へと赴く事となった。
近付くにつれて、良く分かる。
谷が、光っていた。
何千、何万もの青白い光が、魂の煌めきが、肉体を失ってもなお命の炎を燃やしながら、谷中を照らしているのだ。
光は谷底に降りてゆくにつれて、より強まってゆく。
そして二人の魂はやがて、玉座へと辿り着く。
「卿らは、清らかな心を、魂を持っている。二人で力を合わせて、Spruce Forestの新たな神となるのだ。彼の地は長年に亘って森の神が不在で、問題が多い。森の神には良い補佐官が必要だ。話し合って、どちらが補佐官となるか、決めると良い。」
Thousandlights Valley を治める、地球上の全ての青い鳥の王が口を開いた。
結論は出ていた。
二人は話し合う事なく、見つめ合うだけで、互いの意思を確認出来た。
二人共、笑顔だったーー。

「はい!ぼく秋之が、森の神を務めさせて頂きます。」
「ぼく雪弥は、秋之のサポートに回ります。」
そこは長い付き合いなのだ。
役割分担はちゃんと出来ている。
「よろしい。では今から二年間、簡単な修行の旅に出てもらう。いつでも二人一緒になるが、卿らにはその方が都合が良かろう?」
青い鳥の王の発言で、頰を赤く染める二人。
森の神は己の肉体をいつでも実体化出来るし、敵の攻撃さえ受けなければ不老不死だ。
或いは、二人には実はこれは、お誂え向きだったのかもしれない。

修行の旅とはいうが、肉体的にはさしてきついものではなかった。
森の神の候補となった時点で特殊な能力を授かっているから、その力を自在にコントロールするための意識の集中などについてを学ぶのである。
後はひたすら座学。
世界中何処へ行っても、必ずつきまとう。
二人とも頭が良かったお陰で何とか付いてゆけた、というのが本当の所。
やはりそこは彼ら、ちゃんと見ている。
適材適所、大事なのだ。

さて、Spruce Forestの神殿は、空の向こう側にある。
そこで森を逐一監視しながら、時にそこから人々に影響を与え、時に自ら出陣して敵と戦うのである。

一連の修行を終えてしばらく経った、ある日の夜。
神殿の個室で二人きりの、秋之と雪弥。
森の神は、眠らない。
少なくとも、それ程には。
疲労という概念が希薄であるため、余程の事がない限りは、眠る必要がそもそもない。
だが、それでもプライベートも必要なので、時々は休憩を取るのだ。
で、実体化して抱き合う。
「ぼくたち、神様とそのお付きの補佐官なのに、煩悩の塊だよねぇ。」
「そうだね。でも良かったょ。何とか幸せになれそうだし、結果オーライだね!」

この森の神・秋之が後に、キリルやプリム、テット・クラウスやティル・クラウスらと物語を繰り広げてゆく事になるのだ。
神聖ヘリテイジ・ストーンも、森の神が司る国家の人々の記憶とDNAをデータベース化したらどうかという森の神・秋之の提案を青い鳥の王が受け入れて、実現したものだ。
そんな森の神自身が、実はゲイだったという訳である。
困った事も、ない訳ではない。
この情報は、民に知れて信仰心が薄くなってしまうと問題があるため、Thousandlights Valley 以外では基本的に公開はNGとなっている、というのがそれだ。
そもそも補佐官は裏方で、森の神と並び立つ事は、神殿など限られた場所以外では有り得ない。
だから、秋之と雪弥の関係が知られる事はなかった訳だが、何か問題が起こってからでは遅いので、念には念を入れてガードしていた。
まだまだ閉鎖的で封建的な考えが、この地球上には跋扈している。
変えられるか。
ちなみに、森の神の座に日本人が就くのは歴史上初めての事である。
こうして世界の秩序は、これから劇的に変わろうとしているのだった。
秋之と雪弥?
もちろん、いつまでも仲良しですょ!

お・し・ま・い

このお話、Bluebird シリーズとGREEN : GREENシリーズとの関連性を知るには、それなりに重要なお話かもしれません。
Bluebird シリーズを立ち上げた時には、サイト内の全てのお話を Bluebird シリーズに組み込もうとも考えていました。
それは頓挫しましたが。
今から思うと、それは頓挫して良かったのかもしれません。
このお話で扱っているのが、ともすると暗くなってしまいそうなテーマですので、極力明るくするように心掛けてみました。
この頃は何を書くにしても、なるべくハッピーエンドにしてあげられたらなぁ、という風には思っています。
夏、秋、冬と、季節にちなんだ人名が登場します。
が、春にちなんだ人名が出て来ません。
そこで裏設定ですが、雪弥の父が春松という名前だった、という事になっています。
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