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Bloomin’ Flowers : ひまわり畑の悪戯

啓ちゃん、今年もまたひまわりが咲いたよ。
啓ちゃんの大好きだったひまわりが、お日様に向かって一生懸命に咲いているよ。
まるで傍に居てくれていた頃の啓ちゃんみたいにさ。
ぼくもしばらくしたら、きっと啓ちゃんの元に行くから。
だからさ。
待っててーー。

目が覚めると、脂汗でシーツがぐっしょりと濡れていた。
また同じ夢だ。
隣には、スヤスヤと眠る啓ちゃんの寝姿。
縁起でもない夢だ。
一刻も早く忘れたい。
ぼくは洗面台へと向かうと、蛇口から迸る生温い水で顔を洗う。
ふと振り向くと、そんなぼくを啓ちゃんはニンマリと笑いながら見つめていた。
「寝言、聞いてたよ。目は瞑ってたけど。ぼくはそんなに簡単には死なないからね!」
そう言って啓ちゃんはぼくにいきなり抱き付いて来る。
くしゃくしゃに頭を撫でられて、ぼくは幸せだ。

冷蔵庫からボトルドウォーターを二本取り出して、一本を斜め前方に向かって放り投げる。
ボトルは綺麗な放物線を描いて、啓ちゃんの胸元に収まった。
夜明け前。
ベランダを開けると、夏の終わりの熱帯夜に特有の、生温い風が頰を撫でてゆく。
「ね、啓ちゃん。これからドライブしよっか。」
大きく頷く、見慣れた顔。
今日は二人共、仕事が休みだ。
同じ職場で働いている。
啓ちゃんは職場ではぼくの上司だ。
建前というものがあるから、職場では厳しい。
だが、仕事を終えると途端に甘くなるし、フォローもしてくれる。
一緒に住んでいると、こういう時に助かる。
という訳で、言うまでもなくぼくらは、職場恋愛だ。
何しろゲイなのだ。
これは奇跡的と言って良い。
さて、天気も晴れの予報。
ドライブには絶好の日和だ。

アパートの駐車場で。
啓ちゃんが車のロックを解除すると、ぼくはすかさず助手席に乗り込む。
着座位置があからさまに低い。
もう慣れたが。
ボトルドウォーターを一口、口に含んで一息。
何とはなしに横を見ると。
「よっこらせ、と。」
まだ二十代も半ばなのに四十代のおじさんのような声を上げて、啓ちゃんが乗り込んで来る。
「ねぇ、その掛け声は止めて(笑)」
そう言ってはみるのだが。
何度言っても変わらない。
いつもこんな調子なのだ。
「まぁこの気持ち、今に分かるさ。」
ニッと笑って、エンジンスタート。
車がすうっと動き出す。
ちなみにぼくは、啓ちゃんよりも三つ年下だ。
駐車場を出て、車は大通りへと向かう。
空は次第に、うっすらと白み始めていた。

当てもなく、といった風情で車を走らせる啓ちゃん。
「どこ行く?」
答えを期待するでもなく、何となく聞いてみると。
「ひまわり畑!」
悪戯な笑顔で、啓ちゃんは鼻腔を広げる。
「あ!寝言全部聞いてたんだ!わざわざ行くなんて、啓ちゃん意地悪だぁ!」
ぼくはぷっくりと頰を膨らませた。
でも当然、知っている。
啓ちゃん、ひまわりが大好きなのだ。
九月になったばかりのこの時期でも、まだ咲いている所はあるらしい。

車は西へひた走る。
料金所のETCレーンを通過して、首都高に乗る。
啓ちゃんの車はスポーツカー。
車が趣味なのだ。
この日の早朝の下りの首都高は、空いていた。
スイスイと進んでゆくのに気を良くして、啓ちゃんはアクセルペダルを踏み込む。
「ちょっと飛ばし過ぎじゃない?」
「大丈夫、大丈夫。」
やがて車は中央自動車道へ。
目指すは山中湖。
ひまわり畑のある広い公園があるのだ。
富士山も見える、絶好のスポットだ。
車は追い越し車線に入り、ぐんぐんと加速する。
たぶん、120km/hは出ていたのではないか。
ちょっとクールダウンが必要かな、そう思った。
「ね、休憩しようよ。お腹空いたし、トイレにも行きたい。」
そう言うと、啓ちゃんは気のない返事を返して来る。
「あ、あぁ。」
すると、すかさず。
ぐるる〜ぅ。
お腹の音が鳴る。
啓ちゃんの大きなお腹が、音を立てたのだ。
「早く休憩しようね。」
そう言って啓ちゃん、照れ隠しにペロンと舌を出す。
なんだ、啓ちゃんもお腹が空いていたのだ。
運転に集中し過ぎて、気が付かなかったらしい。
ぼくもお腹は空いている。
気分転換にもなるし、ちょうどいい。

サービスエリアの駐車場。
車のドアを開けて、表に出る。
まだ朝だというのに、むせ返るような暑さだ。
トイレを済ませ、ホットドッグとアメリカンドッグとソフトクリームを頬張るぼくら。
「足りないね。」
「ね。」
すかさずチャーシューメンと四人分の餃子二十四個を追加。
これで腹六分目だ。
「さ、行こ行こ。」
食事を終えると、そそくさと退散。
だが、このままのペースで着いても開園までにはまだ結構時間がある。
「啓ちゃん、高速降りたらゆっくりドライブでもしようよ。まだちょっと早いからさ。」
「そだね、オッケー。」
こうして再び車は、滑り出した。

高速道路を降りるとぼくたちは、当てのないドライブを始めた。
途中コンビニで食料を調達する。
サンドイッチ、菓子パン、おにぎり、スナック菓子、ドリンク、チョコレート。
チョコレートが含まれているのは、最近二人してハマっているからだ。
チョコレートにはセロトニンの分泌を促す作用があるらしい。
要は、鬱々とした気分の解消に役立つのではないかという事。
まぁ実の所、あまり期待はしていないが。
医薬品じゃあるまいし。
結局の所、美味しいから買うのである。
セロトニン云々というのは、後付けの言い訳みたいなものだ。
それ位は自覚している。
でもまぁ、たとえプラセボみたいなものでも気休めにはなるだろう。
走りながらだと啓ちゃんが食べられないので、とりあえずサンドイッチとおにぎりをコンビニの駐車場で二人して頬張る。
「まぁまぁかな。」
「うん。そだね。」
ほっこりとしたひと時。
こういうのも、時には良い。

開園時刻が迫ってきたので、ぼくたちは公園へと向かう。
休日だからか、駐車場にはそこそこ車が停まっている。
とはいっても、東京近郊の某大型テーマパークとは比較にもならないが。
入口でチケットを購入し、中へと入る。
歩いてゆくと、一面のひまわり畑が目に飛び込んできた。
見渡す限りのひまわり。
啓ちゃん、ハイテンションになる。
「ね、ね!凄いでしょ!来て良かったよね、ね!」
大きく頷きながらぼくも、しばしひまわりに見惚れていた。
そぞろ歩くぼくたち。
すると。
辺りに急に濃い霧が立ち込める。
や、おかしいな。
変だぞ。
そう思っていると、間もなくして霧は晴れたのだが。
気が付くと、啓ちゃんがいない。
脳裏にあのシーンが浮かぶーー。

啓ちゃん、今年もまたひまわりが咲いたよ。
啓ちゃんの大好きだったひまわりが、お日様に向かって一生懸命に咲いているよ。
まるで傍に居てくれていた頃の啓ちゃんみたいにさ。
ぼくもしばらくしたら、きっと啓ちゃんの元に行くから。
だからさ。
待っててーー。

ぼくは泣きながら園内を探し続ける。
だが一向に見つかる気配はなく、ぼくは警察へと通報した。
公園の職員や警察の人たちも巻き込んで、啓ちゃんの捜索は閉園時刻まで続いた。
「今日は諦めましょう。寒い季節でもないし、きっと大丈夫!ここでは、たまにこういう事があるんです。気を落とさないで!」
警察の人が励ましてくれたが、気が動転して心臓がバクバクとしている。
結局その夜は少し離れた旅館に泊まる事になった。
宿が空いていて良かったのだが、そんな事にも気が回らない。
夕食もろくに喉を通らず、物心がついてから初めて、食べ物を残してしまった。
ラーメンのスープだって残した事はないのに。
深夜。
なかなか寝付けないでいると、話し声が聞こえてくる。
辺りには誰も居ない。
いよいよ自分、おかしくなったか。
だが、良く耳を澄ますと、聞き捨てならない会話が繰り広げられていた。

「悪戯、大成功だね。」
「今回もうまくやったね。」
「啓とか言ってたね。男同士のカップルらしいよ。珍しいね。」
「いつ元に戻そうか。」
「連れが自殺でもするといけないから、明日の朝には戻そう。」
「えー、つまんない。」
「せめて着ている服、ひん剥いてやろうよ。」
「全裸にするの?」
「捕まっちゃうよねぇ。それじゃ可愛そうだから、下着のパンツだけ残してやろう。」
「それにしても良く寝てるな。起きる気配がない。」
「当たり前でしょ!ぼくの魔法は、日本有数なんだから!」
「はいはい。んじゃあ、そういう事で。後はよろしく。」

幻聴にしてはリアルだった。
しかもぼくにはそんな症状の持病はない。
一気に浮き足立った。
明日も見つからなかったらどうしよう、そんな不安が頭を過ぎる事もなくはなかったが、この時は期待が勝った。
翌朝。
昨日の分まで取り返すように、モリモリと朝食を食べる。
公園へ向かうと、捜索は再開された。
「おーい、啓ちゃん、どこー!」
その時だった。
「ここだよ、今向かうね。」
聞き慣れた声。
いつにも増して、愛しかった。
ボクサーブリーフ一枚を身に纏っただけの啓ちゃんに、泣きながら僕は抱き付いた。
「どうしたの!?心配したんだょー!」
「突然気を失って、気が付いたらひまわり畑の中に居たんだょ。でも何で服がないのかな?おかしいね。」
こっちは一時は絶望しかけていたというのに、呑気なものである。

その後啓ちゃんは、ぼくが泊まっていた宿で服を借りて、警察の人の簡単な聞き取りを受ける。
事件性はないのですぐに開放してくれたが、なるべく早く病院で検査を受ける事を勧められた。
で、である。
旅館と言えば和装、浴衣なのである。
という訳で、借りたのはもちろん浴衣。
浴衣姿の啓ちゃん、なかなか良いのだ。
そういえば地元の近くで今度、花火大会がある。
二人揃って浴衣で行くのもいいな。
そんな事を考えていると。
「ね、今度の花火大会、二人でお揃いの浴衣で行くの、良くない?」
啓ちゃん、ぼくと同じ事を考えていた。
ぼくはもちろん、大きく頷く。
二人して、笑った。
それで、良かった。

帰宅後。
二人揃って病院で脳の検査を受けたが、異常なし。
それはそうだろう。
ま、予想通りの結果だ。

で。
花火大会当日。
ぼくと啓ちゃんは、お揃いの紺の浴衣で場所取り。
ちなみに宿から借りた浴衣は、クリーニングして宅配便で返却した。
それはそうと。
まだ昼過ぎだというのに、酒盛りである。
今日は車ではないから、啓ちゃんも気兼ねなく酒が飲めるのだ。
まぁ、二人共酒豪なので、今から夜までずっと、ちびちび飲もうというのである。
買って来たのは、ビールとチューハイに、ハイボール。
つまみも山ほど。
飲めば飲むほど、陽気になるぼくたち。
花火が上がる頃には、テンションもMAX!
それとなく肩を組んで、歌なんて歌ってみる。
空には煌びやかな光のページェント。
共に生きて来て良かった、心からそう思えるひと時だった。

帰宅後。
そのままなだれ込むように抱き合う。
寝室に行くのも面倒だ。
このまま廊下で。
お互い酒臭いが、そこは気にしない。
夜はまだ長い。
ぼくたちの幸せは、まだまだ終わらない。

それから。
季節は流れ、一年後。
夜、夢を見た。
「また、おいで。早くおいで。」
「今度は、歓迎するからさ。」
あの時のひまわりが呼び掛けているように、ぼくには思えた。
もちろん、勘違いなのかもしれない。
そもそも、去年のひまわりならもうとっくに、枯れている筈だ。
それでもーー。
行かねば、そう思った。
夜明け前。
隣でスヤスヤと眠る啓ちゃんを揺り起こす。
今日は休日、しかも天気はあの日と同じように晴れ。
実にタイミングが良い。
だから呼んでいたのかもしれない。
「ね、啓ちゃん!起きて!」
「ん、何?」
「去年行ったあのひまわり畑、また行ってみようょ!」
「またパンツ一丁になるの?嫌だょ(笑)」
啓ちゃんがケタケタと笑うのでぼくもつられて笑いながら、「今度はきっと大丈夫だから」、そう言って促した。
「ま、今度は手でも繋いで歩けばいいか。じゃ、支度しよっか。」
「うん!」
ぼくは冷蔵庫を開けると、スパークリングウォーターの瓶を二本取り出し、一本を啓ちゃん目掛けて放り投げた。
「危ないから(笑)」と言いつつも、啓ちゃんナイスキャッチ。
慣れたものである。

山中湖に向かう車中で。
「この車一応スポーツカーだけど、セミATでクラッチペダルがないから、ヒール・アンド・トゥが出来ないんだよね。やってみたいんだけどな。」
一度に三つのペダルを操作するとか、ぼくには考えられない。
それこそ、酔狂な話だ。
「それより今夜、ぼくのペダルを操作してょ。」
冗談めかして誘ってみる。
「何の話だょ(笑)ま、良いけどさ。ぼくもしたいし。」
やったね!

高速を降りて。
例によって、時間潰しのドライブ。
或いは今度は二人揃ってひまわり畑の中に誘われるかと思って、途中コンビニで飲み物と食べ物をがっつり買い込む。
車に乗って、ふと窓の外に目を遣ると。
空が、綺麗だった。
雲が朝焼けに照らされて、印象派の絵画のように見えた。
時折、鳥たちが視界を横切る。
車は気持ちの良いエンジン音を奏でながら、ハイスピードで九月前半早朝の、車通りのない一般道を走る。
まぁ、こんな時のやんちゃな啓ちゃんも好きなのだが。
でも、こんな事ではいつまで経ってもゴールド免許は貰えないだろうな、そう思ってもいた。

開園時刻。
待ちに待った。
ぼくたちは手を繋いで、ズンズンと進む。
時折、通りすがりの人たちの視線がこちらを捉えるが、そこは気にしない。
しばらく歩くと、急に霧が立ち込めて来た。
握る手の力を、強める。
意識が遠のいてゆくのが分かった。
何処へ向かうのだろう?
ひまわり畑かなーー。

気が付くとぼくたちは、ひまわり畑のど真ん中の、小さな小さな空き地に寝転がっていた。
服は着ている。
良かった。
「ねぇ、啓ちゃん、起きて!」
「んぁ……。ひまわり畑だ。」
立ち上がると、一面のひまわり畑がぼくたちに囁いてくる。
「去年はごめんね。」
「今日はそのお詫び。ここは秘密の場所。閉園まで居るといいよ。」
啓ちゃんは目を丸くしていた。
ひまわりの声を聞くのは、これが初めてらしい。
「驚く事ないょ!ぼくは去年も聞いたょ。」
啓ちゃんはそっか、とだけ声を発すると、一面に広がるひまわり畑を、ただじっと見つめながら立ち尽くしていた。
その後ろ姿があまりにも可愛くて、啓ちゃんと付き合っていて本当に良かった、心からそう思った。
富士山が見下ろすひまわり畑の真ん中で、ぼくたちは今、本当に幸せだった。
また来よう、そう約束して、ぼくたちはずっと笑顔だった。
暑い暑い夏の終わりの出来事だった。

-完-

ひまわりという単語が頭から離れなくて即興で出来上がった作品。
当初はPracticalという単語を遣ってみたくてPractical Jokeというメインタイトルが付いていたのですが、シリーズの他の二作品で改題した事から、自動的に改題となりました。
改題が遅れたのは、Practical Jokeというタイトルが気に入っていたから。
シリーズの中でも、このお話にはマッチしていましたし。
ともあれ、お騒がせしてしまい、誠に申し訳ありませんでした。
会話をシンプルにしたくて、試みとして片方の主人公の名前しか明かさない事にしました。
煩雑な印象を避けるためです。
それはそうと、ひまわり、好きです。
枯れたひまわりを見るのは、寂しいです。
一番好きな花はノースポールなのですが、匂いが独特らしいのが難点といえば難点かな。
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