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三毛猫と白猫 [其ノ陸]

夜。
今日は仕事が休みだった。
一日中泥のように眠っていて、気が付くと午後8時を回っていた。
「腹減ったな……。」
俺は丸く膨れた己の腹をさする。
そして、立ち上がってハンガーにかかっていたウインドブレーカーを羽織る。
原付の鍵と携帯、それに財布をポケットに入れて、コンビニまで出掛けるのだ。
路上で。
夜の割には、寒さが幾分か和らいできた。
春の足音が聞こえる。
たまたまかもしれないが。
まぁそんな風に油断していると、いつだってロクな事が起こらないもの。
案の定、昨日の季節外れの雪と今日の午後までの寒さで出来たアイスバーンでスリップ。
道路の端に固まっていた雪に突っ込んでしまった。
奇跡的に原付は無事だったのだが。
俺の脚が無事ではなかった。
『折れてるな、これは。』
苦痛に顔を歪めながらも、どうにか携帯を取り出して、救急車と警察を呼ぶ。
と、そこへ。
三毛猫がやって来て、俺の隣で丸まる。
「私はミミ。三毛の野良猫。喋れるの。あなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。その代わりに元気になったら、私の事を少し家に置いて欲しいの。」
口を開けたままで、思わず固まった。
ポカーン、という表現がここまで似合うシチュエーションも、そうはないだろう。
とはいえ喋れる位だから、話は本当なのだろう。
これはチャンスだ。
といっても、まず心配しなければならないのは仕事だ。
「仕事がクビにならないように、早く怪我が治って復帰出来る事。彼氏が出来る事。親に無事にカミングアウト出来て、受け入れてもらえる事。以上かな。お願い出来る?」
そこまで俺が言い終えるとミミは立ち上がって、今時珍しくウインクをした。
「大丈夫!あなたの願い、ちゃんと叶えるわ。待ってて頂戴ね。また来るわ。じゃ!」
のったりと去ってゆくミミ。
入れ替わりで救急車がやって来て、俺は病院に運ばれた。
その後、手術を終えた俺は、警察の事情聴取も終え、被害が出なかった事を確認して。
ようやく、ホッと一息。
でも、何だかんだで復帰には時間が掛かりそうだ。
ミミにお願いしてあるとはいえ、やはり心配だ。
と、そこへ。
社長が見舞いにやって来た。
俺が勤める会社は、自動車の整備工場。
キツイけど、やり甲斐はある。
勤め始めて五年。
ようやく社内にも居場所が出来た所だ。
ここで辞めたくはない。
そんな事を思っていると。
「そんな辛気臭い顔をするな。大丈夫だ。君みたいな優秀な部下は、簡単にはクビにしないよ。さっきも君がクビになるかもしれないと思った社員達が、私に直談判して来た。本当のことを言うと、怪我が長引くようならもしや、とは思っていた。でも、他の社員にも慕われているようだしな。ゆっくり治して、しっかり復帰したまえ。これは社長命令だ。」
社長が最後にニンマリと笑うのを見て、俺は心から安堵した。
怪我の治りは早かった。
医者は若いからだろうと言っていたが、多分それだけではないのだろう。

入院中のある日。
疎遠にしていた両親が見舞いに来た。
バツの悪そうな父。
父とは以前、喧嘩になった事がある。
ピンと来たのだろう。
もしも万が一お前がホモなら、私はお前を義絶する、そう言って詰め寄ったのだ。
仕方ないので、そんなわけないだろうが、そう言ってその場は収まったのだが。
それからもこの話は燻り続けた。
父は度々見合い話を持って来るのだが、まだ早いと俺が断る度に、機嫌を悪くする。
だから、正直俺は困っていたのだ。
そんな訳なので、今日もなにかあるのだろう、そう思っていた。
が、今日は違った。
最初に口を開いたのは、母だった。
「弟が、結婚したの。店も弟に継いでもらう。あなたには、もう無理に結婚を迫る事はしない。ゲイなんでしょ、あなた。自由に生きなさい、弟の分まで。」
弟の分まで。
この言葉のずっしりとした重み、効いた。
もしかしたら弟だってゲイだったかもしれない。
それに弟はまだ、若い。
俺の分まで苦労を背負い込もうと言うのだ。
うちの実家は老舗の商店だが、弟は事あるごとに継ぎたくないと言っていたのだ。
それなのに、である。
何だか泣けて来た。
俺の我儘のせいで、弟が犠牲になる。
これではもう、弟に顔向けが出来ないではないか。
続いて俺に近付いて来たのは、父。
「お前に、期待していた。でも、行き過ぎた。すまなかった。弟の結婚式には、出なくていいからな。弟が嫌がるのでな。でも、私達はこれからもずっと、親子だ。それは変わらない。義絶などしない。自由に、生きていいんだぞ。その二本の足で、しっかりと立つんだ。お前になら出来る。怪我、早く良くなるといいな。邪魔したな。」
ガッチリとハグされた。
思わぬ事に、嗚咽が止まらない。
それからしばらくの時が経って、両親は病室を後にした。

二十日後。
俺は退院した。
出社すると、みんなが出迎えてくれた。
だが、違和感がある。
よく見ると、知らない顔が一つ。
そこで社長が。
「彼はつい先日中途採用で入った、山中 嗣君だ。実家の都合で急に退社する事になった崇君の後釜だ。君が教えるんだ。しっかり頼むぞ。」
はい、そう大声で返事をしながら、胸がドキンとした。
嗣君、俺のタイプど真ん中なのだ。
艶やかでノーブルなグレーのショートヘア、むちむちとした肉感、透き通るような綺麗な肌、実際の歳よりもだいぶ若く見える幼い顔。
どれもみんな、俺の好みだった。
「よろしく!」
俺が嗣君に片手を差し出すと、嗣君はそれを握りながら、はにかんだ笑みで応えてくれた。

それからは毎日が楽しかった。
嗣君は要領が良かった。
ただ、時々ちょっとしたポカをやらかすので、その都度丁寧に教えてやる必要があった。
それでも。
怒る気になど到底なれなかった。
可愛い後輩。
教え甲斐があるというものだ。
ある日の仕事終わり。
俺は嗣君を居酒屋に誘ってみた。
返事はOK。
鶏の唐揚げやつくね、焼き鳥などを頬張りながら、ハイボールのジョッキ片手に仕事の話題に花が咲く。
と、不意に嗣君、モジモジしだした。
トイレかな、と思い促すも、違うという。
あぁ、ミミのこれが力なんだな、そう思って、さりげなく聞いてみた。
「俺の事、好きかい?」
嗣君、震えながらも必死で頷くので、俺はニコニコしながら頭を撫でてやった。
嗣君、泣いていた。
俺は、「出会った時から好きだったよ」、そう返した。
そして、どちらからともなくテーブル越しのキス。
こうして俺達は、公私共に充実した幸せを得る事が出来た。

その後、酔いも回って来た頃。
翌日は仕事が休みだったので、俺の部屋に嗣君を誘ってみる。
ミミもいるのだ。
紹介したい。
「行ってみたい!早く行こうよ!」
嗣君が急かすので、結局酒盛りもそこそこに帰宅する事にした。
時刻は夜、ミミもお腹を空かせているだろうし、ちょうど良かった。
途中、タクシーを捕まえて家路を急ぐ。
「ただいま〜。嗣君、さ、上がって。」
「あら、遅かったのね。でも、二人共上手く行っているみたいで良かったわ。」
「猫が、喋った!!」
「私の名前はミミ。三毛の野良で、喋れるの。嗣さん、あなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。何が良いかしら?」
言葉に詰まった嗣君。
「さ、ほら。」
俺が促すと、嗣君、訥々と話し始めた。
「先輩と末長く幸せに居られますように、っていう事と、病気がちの母親が少しでも元気になれますようにって事、それに父親と仲直り出来ますようにって事、その三つ。お願い出来ますか?」
「了解よ。私今怪我をしていて、すぐには無理かも知れないけれど、ぼちぼちやってみるわ。」
そうなのだ。
ミミ、出会った時、右後ろ脚を痛めていたのだ。
だから素早く走れなかったのだろう。
俺は怪我が治るとミミを動物病院に連れて行き、せっせとお世話もした。
もちろん、俺を幸せにしてくれた事へのお礼なのだ。
これっぽっちも負担ではなかった。
むしろもっと早くに病院に連れて行ってやりたかったと、後悔した位なのだ。
「まぁゆっくりやっておくれ。」
俺がにこやかにミミに話し掛けると、ミミはお馴染みのウインクでそれに応えた。

翌朝。
部屋のダブルベッドの上で嗣君と二人で寝ていると、誰かの来訪を知らせるチャイムが鳴る。
モニター付きドアホンで顔を見ると弟だったので、嫌な予感がしながらも、とりあえずオートロックは解除、ドアも開ける事にした。
驚いた。
「よぉ、何か用か?」
そう言い終わる前に弟の拳は俺の顔にクリーンヒットしていたのだ。
何が何だか分からずにしゃがみ込んでいると、弟、衝撃の告白をする。
「僕も兄ちゃんと同じで、ゲイだったんだ。一発殴らないと気が済まなかった。突然ごめん。もうすっきりしたからいいや。幸せになってね。僕は兄ちゃんの分まで頑張るから!この事、みんなには内緒だよ!じゃ!」
弟はそう言ってその場を去ろうとするので、俺は引き止めてガッチリとハグをした。
俺はろくでなしだ、この時、心からそう思った。
やがて弟を見送り後ろを振り返ると、嗣君とミミが心配そうにこちらの様子を伺っていた。
なので。
「さぁー、みんな朝食の時間だよー!」
などと、白々しいテンションでその場を取り繕ってみるのだが。
そんな思いとは裏腹に、ミミは叫んだ。
「これはもう、ぼちぼちなんて言っていられないわ!嗣さん、お父さんの所へ案内して!みんなで行くのよ!」

俺の所有する車で高速も使って二時間。
俺達一行は、嗣君の実家近くの駐車場へと到着した。
更に歩く事十分。
もう嗣君の実家の門は目の前である。
「さぁ、早く!」
ミミに急かされて嗣君は、渋々といった表情でインターホンを押した。
すると……。
困った顔をした嗣君のお母さんがお父さんを呼びに行った。
嗣君のお父さん、あろう事か竹刀を持ち出して、飛びかからんとする勢いだ。
「ホモには我が家の敷居は跨がせん!どうしてもというのなら、この俺を倒してから行け!」
その時だった。
ミミが念を送り始める。
後で聞いた話だが、ミミと嗣君のお父さんとの距離が近かった分、念が効果的に効いたらしい。
やがて嗣君のお父さんは、その場でへなへなと崩れ落ちた。
「すまん、言い過ぎた……。まぁ入れ。」
それだけ言うとのっそりと立ち上がって、ヨタヨタと家の中へと戻っていった。
付いて行く俺達。
茶の間へと通された俺達は、昔懐かしいちゃぶ台を囲んで正座をした。
「はい、どうぞ。」
嗣君のお母さんがお茶と羊羹を持ってきてくれた。
ありつく俺達。
目の前には如何にも頑固そうな、嗣君のお父さん。
正直、間が持たない。
苦悶していると、お父さんの方から口を開いてくれた。
「うちは代々農家だ。嗣には嫁をもらって跡取りになって欲しかった。それで丸く収まると、信じていた。だが、私は嗣の幸せの事は何も考えて来なかったのかもしれん。これからは自由にするといい。幸い私には娘もいる。婿養子をもらえば、跡取りの問題は心配ない。人様にご迷惑を掛けずに、幸せになるんだ。約束出来るな。」
嗣君の目の前にお父さんのゴツゴツとした風格のある掌が差し出される。
それを握って、嗣君、幸せそうだ。
お父さんのお陰で、一転した空気。
それもこれも、ミミの力あっての事だ。
感謝しなければ。
結局俺達はその後、お母さんも交えて四人で談笑し、帰宅の途についた。
途中、俺は嗣君にある提案をした。
それは俺の部屋で二人で暮らそう、というものだった。
返事はOK。
これで家賃が浮くから、嗣君の生活も楽になる。
何より、大好きな嗣君をずっと間近で見ていられるのだ。
そう思うと、テンションも上がる。
俺の住む部屋は分譲マンションだから気兼ねがないし、部屋も二つあるから困らない。
実はこんな時のために、わざわざ部屋が二つある物件を選んでおいたのだ。
良かった。

その日は疲れたので各々互いの家に帰宅。
俺はチマチマと部屋の整理をしていた。
元々物は少ないが、それでも片さないといけない物はある。
三時間程整理をして、ようやく二部屋とも片付いた。
たくさんのゴミは、マンション内のゴミ置場へ。
これで受け入れ準備は万端。
一週間後、俺の知り合いの赤帽さんに頼んで、嗣君の荷物を運び入れた。
「やったね、嗣君!これからもよろしくね。」
「こちらこそよろしくね、先輩!」
ガッチリとハグをする俺達。
それからしばらくして。
嗣君のお母さん、調子が良くなったそうだ。
嗣君の実家に二人で押し掛けて、お祝いだ。
「おめでとう!良かったね、お母さん。」
「あら、ありがとう、二人共。」
「めでたいめでたい、ガッハッハ!」
各々みんな酒を片手に、話に花が咲く。
寂しい事もあった。
ミミが全快したので、暫しのお別れなのだ。
「今までありがとう。まだまだ色んな人の願い事を叶えてあげないといけないから、あなた達とはここで一旦お別れね。でも、また遊びに来るわ。二人とも、元気でね。」
俺達は次々と、ミミを抱き締めた。
「じゃあねー!」
「元気でねー!」
いつまでも見送る俺達。
また会える、そう信じていたから、涙はお預けだ。
その後は公私共に順調。
とはいえこれから先、楽しい事ばかりではないだろう。
でも、何があっても二人でなら、きっと乗り越えてゆけるーー。
そう思ったから、俺はこの時、心から幸せだった。
それは嗣君もきっと同じに違いない。
「先輩、好きです。」
「俺もだよ、嗣君。」
俺達の幸せな日常は、まだ始まったばかりだ。

ゲイである事を巡る、親子の葛藤。
このサイトの前身となる昔のサイトの頃から時々取り上げてきた、使い古されたテーマ。
お読み頂きました通り、今回のお話では、主人公の弟君が犠牲になります。
そこがこれまでとは違う所。
可哀想ですが、まぁこんな事も有り得るという事で。
何というか、このシリーズもそろそろネタ切れかな。
どうしても同じテーマに収斂してゆくので、マンネリになりやすい、という。
もう少し広がりを持たせたかった。
反省。
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