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三毛猫と白猫 [其ノ肆・番外編]

ぼくの名前は五一。
今は、中学三年生。
入学式の帰り道で出会った恭吾くんとは、今でも大の仲良しだ。
もちろん、付き合っている。
学校では相変わらず、空気のような透明な存在だ。
ただ、無視されてはいない。
こちらから尋ねれば事務的な回答は返してくれる。
眉一つ動かさずに。
向こうからのアクションは一切ないが、独りではないので平気だ。
恭吾くんも、聡くんも居る。
これもナナちゃんのお陰だ。
感謝している。

今年はいよいよ受験の年。
お母さんからも「大学はいいから、高校位は出ておけると良いわね。」と言われている。
成績が良くないので定時制高校でもいいか、とも思ったが。
やっぱり恭吾くんと一緒がいい。
だから今年は、勉強を頑張る事にした。
最近は調子が良いので、国語と社会は今のままで大丈夫。
理科と英語も、少しながら上向きだ。
一番の問題はやはり数学。
猛勉強しないと。
お小遣いで参考書を買って、勉強するのだ。
恭吾くんも一緒にやりたいというので、二人で本屋にGo!
今は日曜日のお昼前。
うってつけの時間だ。
勉強する時間はたっぷりある。

二人で玄関まで降りると、お母さんが花を生けていた。
「あら、出掛けるの?もうすぐお昼ご飯よ。」
「近所の本屋に数学の参考書を買いに行くだけだよ。すぐ戻る。」
何処か気の抜けた恭吾くんの返事。
対照的にお母さんは何故だか嬉しそう。
それだけ普段勉強していない、と思われているらしい。
まぁ図星だけどね。
「待ってて!今お金持ってくるわ!」
思いがけない展開。
お母さん、声が弾んでいた。
お小遣いは遣わなくて済むらしい。
戻るまでの間、恭吾くんに質問をぶつけてみる。
「ねぇ恭吾くん、ナナちゃんとはどんな感じで出会ったの?」
「ぼく、何年か前に近所の路上でナナを見つけてさ。毛並みも良くなかったし、冬だったから寒さで震えてた。元気になるまで、っていう母さんとの約束で、家でナナの世話をしてたんだ。そしたらすっかり友達になっちゃって。聞くと一時的に力を失くしていて、静養が必要だって。元気になるまで、結構頑張って面倒を見たんだょ。そのお陰で、元気になった時に、願い事を三つ叶えてくれたんだ。知ってるとは思うけど。五一くんと結ばれますように。五一くんと末永く共に居られますように。学校や家での生活が何事もなく上手く行きますように。この三つ。どうも母さん、本当は心筋梗塞で亡くなる運命だったみたいで。それを変えるのに相当力を使ったらしいょ。だから他の二つの願いを叶えるのは、だいぶ後回しになったんだ。ナナにも静養が必要だからね。」
そんな会話をしている内に、お母さんがお金を持って戻って来た。
「はい、一人三千円ずつね。余った分は臨時のお小遣い。いってらっしゃ〜い!」
お母さん、ご機嫌だ。
「いってきまーす!」
手を繋いで、家の外へ。
桜並木が綺麗だ。
しばし、無言でそぞろ歩く。
と、そこへ。
「痛っ!」
恭吾くんの額に小石が当たる。
見回すと、幼稚園児位の子供が、してやったりの表情を浮かべていた。
小さな子供相手では、怒る訳にもいかない。
そそくさとその場を立ち去る。
ーーのだが。
「逃げんな。コラ!」
大声と共に小石が次々と飛んで来る。
これはとんでもない。
逃げるしか。
「痛っ!痛っ!」

気が付くと、本屋の前に居た。
ちょうど良かった。
何せあの勢いだ。
反対方向へと逃げていたかも知れない。
危うく遠回りをする所だった。
まぁ少しは良い事もないとね。
店内にて、しばし物色。
いつもの恭吾くんならすぐに雑誌コーナーへと行く所だけれど。
今日は別。
受験の運命が掛かっているのだ。
「取り敢えず、簡単なのから始めてみようか。物足りなくなったら、今日の残りで買えば良いし。」
恭吾くんの意見。
決まり。
ぼくも賛成。
揃って帰宅。
あの子供に遭わなくて良かった。
「ただいまー。」
「ただいまです。」
帰宅の挨拶、忘れずに。
「あら二人共お帰りなさい。荷物を置いたら先にお昼ご飯になさいな。」
「はーい!」
ここはユニゾンで。

待ちに待ったお昼ご飯。
ダイニングで待つぼくたち二人。
今日のお昼はチャーシューメンに炒飯、餃子に回鍋肉。
デザートは丸福堂の羊羹だ。
「さぁ、みんな揃ったら頂くわよ。パパ、早くいらして!」
「やぁ、すまんすまん。居眠りしていた。」
居眠り、良くある光景。
普段仕事で忙しいだけに居眠り位は、と言いそうになる。
が。
目の前にあるのはラーメンなのである。
やはり伸びる前に食べたい。
「頂きまーす!」
微妙にズレる声。
ユニゾンならず。
四人は難しい。
実感。
ところで。
お母さんのラーメンは、チャーシューが美味しい。
伊達に手間暇掛けていない。
元々お母さんは料理上手だ。
美味しくない訳がないのだ。
さて、みんな完食。
デザートを除いて。
「ご馳走さまでしたー!」
今度は揃った。
奇跡のユニゾン。
凄い。
で、銀座丸福堂謹製高級羊羹、登場。
うやうやしく桐箱に入っているのである。
値段は秘密だそうで。
幾らするのだろうか?
「ごいっちゃん、羊羹美味しそぅだねー!」
「うん!でもあれ、すごく高そうじゃない?」
「らしいねー。ねぇ母さん、いい加減教えてよ。この羊羹幾らさ。」
「高かったのょー。お値段の事を考えると美味しくなくなるから、気にせずに食べましょう。」
肩透かしにあった恭吾くん。
でも本当に、値段なんてどうでも良い。
この羊羹、美味しいのだ。
「美味この上ないから、値段の事なんてどうでも良くなっちゃった。」
恭吾くんも同意見らしいので、頷くぼく。
「さ、歯を磨いたら早速二人でお勉強するといいわよ。鉄は熱いうちに打て、って言うし。」
ウインクをするお母さん。
ぼくと恭吾くんは噎せてしまった。

「ね、ごいっちゃん。ぜーったい、おんなじ高校へ行こうね!」
「うん!頑張るから、約束するから!だから、大丈夫!」
この日から約十ヶ月間に亘って、週末を丸々数学の勉強に費やす事にした。
平日の夜は英語と理科の勉強がメインだ。
効果は徐々に上がっていた。
テストの度に点数が上がっていったのだ。
一人ではこうはいかなかっただろう。
恭吾くんと助け合いながらだから、辛くないのだと思う。
これも一種の共同作業だからさ。
楽しまなくっちゃ、ね!
という訳で、聡くんとは放課後や休日には疎遠になった。
けれども、学校では相変わらずの仲の良さだ。
聡くんはぼくや恭吾くんが通う学校に進学したいらしい。
でもそうなると、実力よりもだいぶ低い偏差値の高校に進学する事になる。
聡くんは、ぼくたちよりも頭が良いのだ。
でも、高校と言えば新天地だ。
三人居れば心強い。
それは確かだ。
春風に乗って、ぼくたちの心は未来へと向かう。
それが為の、より高く舞う為の、勉強なのだ。
こんな春もたまにはいいーー。
来春、恭吾くんや聡くんと同じ高校に通う為にも、頑張ろう、そう思った。
未来は明るい。
確かに、そう信じられたからーー。

その後、夏休み前。
三者面談で。
ぼくは言われた。
恭吾くんと同じ高校に進むのは、少し難しいと。
分かってはいた。
けれども、認めたくはなかった。
だから担任の唐沢先生に、詰め寄った。
「どうしても行きたいんです!行くんです!」
隣でお母さんが目を丸くしている。
「この子がここまでハッキリと自己主張をするなんて、ない事です。私はこの子の意志を尊重してあげたい。」
援護射撃だ。
流石はお母さん。
唐沢先生は苦々しい表情。
「試験までにはまだ日があります。五一くんの頑張りに期待するという事で。滑り止めは公立のこの辺りでよろしいですね。」
これにて三者面談終了。
これで決定。
夏なのに遊べない。
恭吾くんとお出掛けしたかった。
気分はお葬式。
それからというもの、意地になって勉強した。
脇目も振らずに。
恭吾くんが先に寝てしまっても、それでも続けるぼく。
そして、夏休み。
本当に一日中、勉強していた。
恭吾くんが勉強に疲れて漫画を読み始めても、お構いなしだ。
怠惰なぼくの一体何処から、こんな集中力が出て来るのだろうか。
不思議な位だった。
恭吾くんと一緒に居たいーー。
その想いが、ぼくを突き動かしていた。

チーン。
腹時計が、三時を指した。
勉強の合間の、おやつの時間。
ぼくと恭吾くんにとっては、大切な時間だ。
「今日のおやつは、素麺とアイスよー!」
この家に来てから、こういった事が多い。
どうもざる蕎麦や素麺はこの家の人たちにとっては、おやつであるらしい。
「素麺、楽しみだねー!」
「うん!」
この家は、食いしん坊のぼくのお腹には、とっても優しい。
「お庭で流し素麺というのも考えたんだけれど、暑いじゃない?中で食べた方が良いと思って。」
お母さんの意見に、ぼくも賛成だ。
わざわざ外で食べる意味がない。
さて。
テーブルに鎮座するのは、大量の素麺。
お父さんは仕事なので、これを三人で食べるのだ。
優に一キロは超えている。
しかし素麺である。
つるつるつるつる、あっという間に入って行くのだ。
ものの十分でなくなった。
腹六分目。
良い感じ。
お次はアイス。
これは普通だ。
ただのカップアイス。
でも美味しい。
横には可愛らしい恭吾くんの笑顔。
幸せだなぁ。

秋。新学期。
実力テスト。
結果は上々。
夏休みのお陰だ。
担任の唐沢先生からも、太鼓判。
もう一踏ん張りだ。
油断は禁物。
この頃、恭吾くんの機嫌が頗る良い。
「ごいっちゃん、頑張ってるねー!これでおんなじ高校に行けそうだね!やったね!」
ハイタッチだ。
ちなみに恭吾くんとぼくが希望する進学先は、私立の男子校。
制服がないらしい。
偏差値が低めの高校としては、珍しいかも知れない。
常々制服を窮屈だと思っていたぼくたちには、うってつけの高校だ。

十月のある日。
ぼくたちはお母さんと三人で、希望する進学先の学校見学に参加した。
まずは眠たい話を聞いて。
いよいよ校舎案内。
まずびっくりしたのは、図書棟が大きい事だ。
これはもう、街の図書館だ。
体育館も大きい。
グラウンドも広々。
マンモス校なので、教室も一杯。
見ているだけで、お腹も一杯。
でも。
ますますやる気が湧いて来た。
「ごいっちゃん、頑張ってね!」
お母さんのウインク。
何度見ても面白い。
美人さんなんだけど。
何でだろう?
しかし、それはともかく。
安くない学費を出してくれる事になったのだ。
それも二つ返事で。
感謝して、頑張らねば。

冬。
年末年始は、追い込みも佳境だ。
普段の年なら、お父さんの親戚の家に泊まりに行くのだけれど。
今年は受験なので、パス。
みんなで、家で年越し。
大晦日も勉強。
実の所、ぼくと恭吾くんは二人共、安全圏に入っていたのだが。
油断は禁物なのだ。
それでも、紅白歌合戦は観るのが流儀。
年越し蕎麦を食べながらだ。
「恭吾、五一。同じ高校、行けると良いな。」
「うん!もちろん!」
「頑張ります!」
お父さんの励ましが、温かい。

年を越して、新学期。
追い込みとばかりに、勉強に励むぼくたち。
二人だから。
寂しくはない。
色々と、発見があり、コツも覚えた。
これは進学先でも役に立つ事だろう。
しかし、追い込み過ぎたのかも知れない。
受験の前々日になって、熱を出したのだ。
ぼくと恭吾くんはマスクをしている。
恭吾くんに移らないようにする為だ。
「ごいっちゃん、頑張れ!」
恭吾くん、泣いていた。
貰い泣きする、ぼく。
そこへお母さんがやって来た。
「お薬ももらったし、明日の夜には下がるわよ。大丈夫。玉子粥、持って来たわよ。起きられる?」
「はい、ありがとうございます!」
「恭吾、あなたは今晩、一階で寝なさい。」
「嫌だ!ぼくたちは運命共同体なんだ!」
「それもそうね。なるようになるわよ。ごいっちゃんにお粥食べさせてあげてね。」
「はーい!」

お粥、量はかなり多かったのだが、完食。
こんな時にも食いしん坊の血が騒ぐのだ。
「大丈夫!ごいっちゃんなら、絶対に受かるよ!頑張ってたもん。」
恭吾くんの言葉が、温かい。

夜。
手を繋いで眠る僕たち。
久々だ。
早く治ると良いな。
それだけを考えていたーー。

翌朝。
熱が下がっていた。
願いが通じたのだろうか。
素直に、嬉しかった。
と、そこへ。
窓際にナナの姿が。
慌てて窓を開ける恭吾くん。
「五一さんの熱は私が下げておいたわ。恭吾さんには散々お世話になったから、これはそのお礼。」
「ナナ、すまない!」
「ナナちゃん、有難う!」
「明日の試験は心配しないで。私には見えるの。実力を出し切る事よ。頑張って!じゃ、また来るわね。」
温かな励まし。
ナナちゃんのお陰で、すっかり緊張も解けた。
ジタバタしてもしょうがない。
今夜はゆっくり休もう。
とはいえ、まだ朝だ。
朝食を食べたら、また勉強だ。
「母さんおはよ!ごいっちゃん、熱下がったよ!良かったょ〜。」
「これで明日の試験もバッチリね。良かったわ!今朝は珍しく豚汁を作ってみたの。後はカツ丼と、シャケの塩焼きに、湯豆腐。一杯食べて、元気出してね!」
豚汁の器は、ラーメン丼。
これがこの家の流儀。
もうすっかり慣れた。
「頂きまーす!」
病み上がりだが、美味いものは美味い。
ましてや、昨日は一日お粥だったのだ。
格別である。
「ご馳走さまでした!」
この日は試験前日。
なので、学校は休んだ。
二人共、風邪を引いてもいけないし。
これから、昼食とおやつを挟んで夕方までは、第一志望の試験科目の総ざらいだ。
第一志望は私立校なので、今日さらうのは英語・国語・数学の三科目。
結局今日もいつもの休みと同じ。
夕方まで、ずっと二人で勉強だ。
ちなみに、お昼は鍋焼きうどんとビーフカレー。
おやつは麻婆麺だった。
夕食は鰻。
精が付くようにとの、お母さんの真心。
もちろん、食べ終えたらすぐに寝るのだ。

翌朝。
運命の日。
天気には恵まれた。
試験会場までは、お母さんが車で送ってくれる。
「上手く行くと良いね!」
「大丈夫だょ、ごいっちゃんなら!」
そして。
到着。
「それじゃ。また後で迎えに来るから!頑張るのよ、二人共!」
お母さんの声援が有難い。
「行こう、ごいっちゃん。」
「うん。」
緊張する。
そんな時は、深呼吸だ。
すると恭吾くん、親指を立てた。
だからぼくも。
この絆は、壊せない。
だからーー頑張る!

試験は、思いの外簡単だった。
そう思えたのは、これまでの努力の成果なのだろう。
そして、合格発表の日。
お母さんと恭吾くんとぼくの三人で。
掲示板を見て番号を探すのだ。
「恭吾、ごいっちゃん!二人の分、あったわよ!」
「え、何処何処!?」
「あ、ほんとだ!」
「ごいっちゃん、ハイタッチ!」
「いぇーい!」
喜びのあまり、ハイタッチをするぼくたち二人。
その様子をお母さんは、とても嬉しそうに眺めていた。
聡くんはどうしたって?
もちろん受かったのだ。
同じ高校に。
これでこれからも、三人一緒につるめる。

時は流れ、中学の卒業式。
思えば色々あった。
カナヅチだったぼくが泳げるようになったのは、恭吾くんの特訓のお陰だ。
休みの日に聡くんの誘いで、三人で新宿二丁目を冷やかした事もあった。
遠かったなぁ。
英語の先生に初めて褒められた時は、それはもう嬉しかった。
走馬燈のように、様々な記憶が蘇る。
卒業証書を受け取って、感無量。
いよいよ涙が止まらない。
この人たちに出会っていなければ、ぼくはここには居なかったーー。

壇上で証書片手に泣き崩れるぼく。
すかさず恭吾くんが飛んで来た。
「さ、ごいっちゃん。掴まって。」
差し伸べられた手を握る。
恭吾くんと付き合っていて良かった、心からそう思った。

これからもぼくたちは、助け合いながら生きて行く。
繋いだ手は決して離さない。
その覚悟は出来ているからーー。
今のぼくたちには幸せが似合うんだと、本当にそう思う。
これからも、ずっと、一緒ーー。
そんな思いを胸に、ぼくたちは未来へと羽ばたいて行く。
よく晴れた、春の日の事だった。

五一と恭吾の高校受験のお話。
書けて良かった。
三毛猫と白猫シリーズに加える事で産まれた、思いがけない副産物、みたいな。
このお話、まさか卒業式まで描けるとは全く思っていなかったので。
何というか、感無量です。
まぁ、下手くそですが。