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三毛猫と白猫 [其ノ参]

暑い夏の盛りだった。
母の具合が良くない。
日に日に悪化している。
仕事帰りに、病院に通う毎日。
ある時、弱り切った母がこう漏らした。
「もう、いいのよ。」
それだけの、たったそれだけの事で、涙が止まらなくなった。
正直、予感はあった。
案の定、その翌日には母は昏睡状態に陥った。

俺の名前は春雪。
母には、隠していた事があった。
俺は、ゲイなのだ。
一人っ子の跡取り息子。
実家は老舗の商店を経営しているのだ。
母は元気だった頃、頻りに見合いを勧めてきた。
無理もない事だ。
母は悪くない。
だが。
俺には嫁になる相手を騙してまで結婚をする気はなかった。
それはそうだ。
それでは、嫁になる相手が可哀想だ。
だからいつも見合い話は、けんもほろろに一蹴していた。
内心では、どうしたら良いのかいつでも考えあぐねていた。
堂々巡りで、答えは出なかった。

そんなある日。
病院からの帰り道。
猫に出会った。
それ自体は珍しくもない。
ただ、この猫、喋るのだ。
驚いた。
腰が抜けそうになった。
幻聴かとも思ったが、そうでもないらしい。
その野良猫、名前はミミと言った。
メスの三毛猫。まだ若い。
色んな人の願い事を叶えながら、全国を回っているようだ。
ご苦労な事である。
で。
俺の願い事も聞いてくれるらしいーー。
ーーのだが。
肝心の母の寿命を延ばす事は出来ないとか。
俺は困った。
母が死にそうなのに、自分だけ幸せになっても良いのか。
自問自答した。
「願い事、明日までに考えておいて。明日、お部屋までお伺いさせて頂くわ。」
それだけ言い残して、ミミは去っていった。

その夜。
俺はベッドに横たわりながら、願い事について考えていた。
結局、ない知恵を絞って捻り出したのは、次の三つ。
母とあと一回だけ、会話がしたい。
俺がゲイだと知っても、母がショックを受けないようにして欲しい。
彼氏が欲しい。
最後のは、俺の我が儘だ。

翌朝。
ミミがやって来た。
ベランダに居るので、窓を開ける。
「願い事、決まったかしら?」
そう言いながらミミは室内にまで入って来た。
窓を閉めて、ミミと再びの対面。
改めて気付く。
野良だけれど、意外と可愛いのだ。
それはともかく。
俺は昨晩考えた三つの願い事を伝えた。
「了解よ。三つ全部を叶えるのには、少し時間がかかるわ。でも大丈夫。必ず叶えるから。早速出掛けるから、窓を開けて頂戴。」
窓を開けると、去ってゆくミミ。
その姿を見送りながら、俺は自分の不甲斐なさを嘆いた。
猫の世話にならないと、俺は自分の運命も変えられないのかーー。
そう思えて来て、情けなかったのだ。

それから三日後。
病院から連絡があった。
母の意識が戻ったのだ。
一時的な事にせよ、これは奇跡と言って良い。
末期癌。
助かる見込みはない。
だからこそ、今、話したいーー。
俺は、車を走らせた。

病室で。
今にも消えてなくなりそうな程に痩せ衰えた母。
意識は、辛うじて保たれている。
今しかない。
カミングアウトするしか。
その場には親戚一同が集まっていた。
誰も、俺がゲイだという事は知らない。
勝手な奴だと思われるかもしれない。
けれども、それでも良かった。
俺は切れ切れに、呟くように語り掛けた。
「父さん、母さん、すまない。俺はゲイだ。店の跡取りにもなれそうにない。孫の顔を見せてやれない事、後悔している。ごめん、本当に。」
そこまで言い終えると、俺はグッタリとしてしまった。
父さんも母さんも、泣いていた。
だが、その場に居る誰一人として、俺を責める者は居なかった。
そして最後に、頑張りなさい、そう言い残して母は逝った。
その時、母は笑顔だった。

それからしばらくは、慌ただしい日々が続いた。
葬儀もあったし、仕事も忙しかった。
ミミに頼んだ三つ目の願いの事など、忘れ去っていた。
が。
そんなある日。
奇跡が起きる。
深夜。
コンビニからの帰り道。
路上に、人が倒れていた。
若い男だった。
可愛かった。
それはもう。
成人しているのにあどけなさを残していて、丸っこくて。
怪我をしているようだったので、即座に救急車を呼んだ。
運命の、これが出逢いだったーー。

彼の名前は、豊。
後に聞いた。
身体には、明らかに暴行を受けた後の傷。
痛々しかった。
でも、だからこそ惹かれた。
助けたい。
そんな傲慢な思いが頭を駆け巡った。
病室で。
点滴を受けて眠る豊。
彼の顔は、俺に言わせれば天使そのものだ。
それにしても、何故だか親族が誰も来ない。
それどころか、連絡すらない。
こんな重大事だというのに、である。
病院からの連絡はなかったのかと、不思議に思った。
これも後で聞いた話なのだが、見捨てられていたらしい。
親族全員からである。
理由は知らない。
頑なに話そうとしなかったのだ。

やがて目を覚ます豊。
俺の顔を見て、驚いていた。
念の為に一通りの事情を話す。
豊はありがとう、と一言だけ発した。
でも、それだけでは物足りない。
もっと豊の事を良く知りたかった。
だから俺は聞いた。
色んな事を。
初めは、無視された。
けれども、俺は引き下がらなかった。
豊は、俺と同じゲイであった。
その事で、やはり随分と悩んでいたようである。
みんな大変なんだな、と思った。
同時に、それなら、と思い告白をしてみた。
ミミに頼んだ三つ目の願いの事を、この時に思い出したのである。
「うん、いいよ。優しくしてね。僕、優しい人が好きだから、さ。」
訥々と語る豊。
答えは、OKだった。
病室だというのに、小さくガッツポーズを作る俺。
それを見て、豊が笑った。
俺は幸せだーー。
はっきりとそう思った。
だが同時に心の何処かが、チクリと痛む。
その時、心の中でミミの声がはっきりと聞こえた。
『大丈夫。彼もあなたみたいな方が元々好きだったの。暴行を受ける運命も、私の力では大きくは変えられなかった。でも、こうして出逢えたのは私の力のお陰。私がしたのは、あなた方を引き合わせた事。それだけよ。自信を持って!』
だから俺は、ありがとう、そう心の中で伝えた。
気掛かりだったのは、ミミの声に疲労の色が滲み出ていた事だ。
退院までにはもう少し時間が必要だ。
今帰っても、明日また逢える。
幸い、今日は土曜日。
だから明日も仕事は休みなのだ。
根を詰めても仕方ない。
ミミが俺の部屋に来ていないかも、確かめたかった。
俺の帰宅を待って、お腹を空かしているかもしれないーー。
そんな流れで、俺は自宅に戻る事にした。
「明日、また来るよ。」
「うん!」
豊の顔に、いつの間にか生気が宿っていた。
それが嬉しくて、俺は柄でもなく手を振った。

その後、車に乗る時に。
白い猫を見た。
近付くと、話し掛けてくる。
「早く帰ってあげて!ミミが待ってるわ!」
という訳なので、慌てて帰宅。
真っ先にベランダを見る。
当然の事だが、やはりミミがいた。
窓を開けて、抱き抱えて中に入れてやる。
「ありがとう。あなたの願いを叶えるのが、予想以上に大変で。私、一時的に力をなくしちゃったの。何ヶ月かすればまた元に戻るけれど、今は駄目。力が戻るまで、ここに置いて頂けないかしら?図々しくて、ごめんなさい。」
「ミミみたいな可愛い同居猫は、大歓迎だよ。それに、謝らなけらばならないのはこっちだ。無茶をさせてしまい、申し訳なかった。」
こうして俺とミミとの共同生活が始まった。

「キャットフードはカリカリの奴と缶詰の奴、どっちが良い?」
一応、聞いてみる。
大体、予想はつくが。
「まぁ!選ばせて頂けるのね!嬉しい!私、缶詰がいいわ!」
ほらね。当たった。
「あいよ。留守番よろしく。」
「承知したわ!」
俺は気の抜けた声でミミに声を掛けると、家を出る。
キャットフードの他にも色々と買う物はある。
幸い、車なので荷物は積める。
キャットフードはまとめ買いをしておこう。
車を走らせて、ペットショップへ。
で。
お会計。
いい値段だ。
頭が痛い。
代金を支払うと、その足でスーパーに寄り、帰宅。
まずは先にミミのトイレのセッティング。
続いて、餌やり。
器に缶詰を空ける。
その途端。
「まぁ!私この缶詰大好きなの!ありがとう、春雪さん!」
大喜びである。
悪い気はしないが、この缶詰高いのだ。
これもお世話になったお礼。
仕方ないと思い返して、無理やりに己を納得させた。

「ところで春雪さん。豊さんの事だけれど。本当は殺される運命だったの。ここから遠く離れた地で。その運命を変えてあげたんだけど。戻るとまた危険が迫るわ。だから、ここに住まわせてあげて欲しいの。」
ミミの言葉に、暫し絶句。
ミミが力を使い果たした理由も、まさにこれであった。
「何で豊がそんな事に……。」
「目を付けられているの。不良グループに。理由は分からない。豊さんの心が頑なで、私の力では読めないの。ここに引っ越すと転職する必要があるけれど、豊さんなら大丈夫!幾つか有用な資格を持っているから、その辺は安心して。」
俺の住まいは2DKのアパート。
一部屋は荷物置き場になっている。
整理すれば、豊の部屋が出来るだろう。
俺は夜は一人で寝たい派だが、これで問題はない。
豊を迎えるにあたって、障害は何もなかった。
後は豊が完治するのを待つだけだ。

それから一ヶ月後。
豊は退院した。
一緒に住もうと申し出た時、豊はとても喜んでくれた。
それが今、現実のものとなるのだ。
嬉しくない訳がない。
二人、手を繋いで。
そぞろ歩く。
並木道を。
言葉はなかった。
それでも俺たちにとって、それはとても嬉しい時間だった。

豊の以前の部屋からの荷物の運搬・処分は、業者に任せる事にした。
俺たちは養子縁組をしたから、立ち会いは俺が行う。
養子縁組をすれば年下の豊は苗字が変わるから、安全だ。
これも俺からの申し出だったが、豊は喜んでくれた。
まだミミは力が回復していないから、当面は賑やかな共同生活となる。
それもまた良しーー。
俺はこの上ない喜びを手にした。
今度は、豊の番だ。
二人でずっと仲良く居よう、それが二人で決めた唯一の事。
俺たちの未来は明るい。
そう信じられるから、俺は、いや俺たちは、本当に幸せだった。

一人っ子の跡取り息子が、よりにもよってゲイ。
誰も悪くはありませんが、ちょっぴり辛いかな。
みんなが幸せになれる方法があるといいけど、現実は厳しい。
豊という名前は、Bluebird : Meets Fallen Angel 2のユタカから取っています。
自分が豊かではないから、そう名付けた訳ですが、この作品はBluebird : Meets Fallen Angel 2程には暗くはありません。