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Bluebird : 雪の涙

ねぇ、知ってた?
雪だって、悲しいと泣くんだよ。
東京の雪はね、きっと悲しいから、涙で半分溶けかけてるんだ……。

雪が舞っていた。
東京では、珍しい。
何処か張り詰めた、凛とした空気が肌を刺す。
「積もるかな……。」
青年タロウは、空を見上げながらそっと呟いた。
既に、開かれた傘の上にはうっすらと雪が積もり始めている。
待ち合わせ場所のデパートに着いて傘を閉じると、結晶の形すらも確認出来ない出来損ないの雪たちが、次々と地面に滑り落ちていった。
「あと、五分くらいかな……。」
所々塗装の剥げた腕時計で時間を確認すると、タロウは大きく溜め息を吐く。
好きな相手を、待っていた。
本来なら、胸をときめかせていてもおかしくはなかった。
けれどもタロウの目は、悲しみの色に染まっていた。
気持ちなど、打ち明けられる訳がなかった。

同じ学部の男を好きになった。
その男の名前は、フウタ。
フウタには、彼女が居た。
自分の望みなど、決して叶わないのだと分かっていた。
だからズキズキと痛む心を何度も、叩き潰そうとした。
感情なんてなくなってしまえばいいと思っていた。
弱虫な自分が、恨めしかった。

怠け者の太陽がぶ厚い雨雲に隠れて見えない、風の冷たい週末の午後。
男は彼女を連れてやって来た。
嬉しそうに手を繋いで、楽しそうに笑って。
「よう。待たせたな。荷物持ちよろしく!」
タロウの前を素通りしたフウタは、それだけ言うと振り返りもせずに、彼女をエスコートしながら店内へと進む。
「待ってください!」
視界が歪み出すのを頭の片隅で意識しながら、タロウは二人の後を追うのだった。

「こんにちは、サオトメ様。先日はありがとうございます。」
二人を引き連れた女が目的のブティックに到着すると、バックヤードから出て来た男性の店員が落ち着いた低い声で挨拶をし、深々と頭を下げる。
「いいえ〜。今日はせっかくの立ち上がりだから色々買おうと思って〜。荷物持ちも呼んだし。あ、二人はその辺で待ってて。」
女が笑う。
声が弾んでいた。
年に二回の一大イベント。
昨日の夜は、少ししか眠れなかった。
秋冬物のセール以来の来店。
セールでは、大した物は買っていない。
あの時は、担当の店員への挨拶が主目的だった。
でも今日は違う。
並んでいるのは、アトリエから届いたばかりのルックブックで見て以来、ずっと欲しいと思い続けてきた憧れの洋服たち。
目の前に広がるのは、パリコレの空気を、匂いを感じさせる光景。
女の目の輝きが違うのも、無理はない。
買い物は、長くなりそうだった。
フウタは、女の合図に合わせてブティックの外に出ると、おもむろに携帯を取り出し、リラックスした表情でそれを弄り始める。
一方のタロウは、時々胃の辺りを摩りながら、フウタのすぐ隣りでポツンと佇んでいた。
ただ一人、周囲の煌びやかな世界とは隔絶された状態で、浮いていた。

こうして脇役たちが居なくなると、女は店員に一歩近付く。
ここからは、女と店員の二人だけの時間。
「いつもありがとうございます。お勧めのお品がたくさんございますので、よろしければご案内させて頂きます。楽しんでいらしてくださいね。どうぞこちらへ。」
男性の店員は、このメゾンを心から愛しているから、商品知識が豊富だ。
勧めたい物がたくさんあった。
何しろ女は、モデル顔負けのスタイルの持ち主なのだ。
そしてこのメゾンの洋服たちを、彼氏であるフウタの事以上に愛している。
それが分かっているからこの店員も、パーティーのインビテーションや各種案内の手紙、そしてお歳暮などを、欠かさずに贈っているのだ。
もちろんこれからもそれは続くだろう。
その証に店員は、全国で五点しかないシルクカシミヤのニットドレスを、この女のために特に用意し、披露する。
感極まって、声を上げる女。
この時、女と店員の間には、彼氏であるフウタでさえも入り込む事の許されない、濃密で艶やかな時間が流れていた。

一時間後……。
買い物をようやく終えた女は、店員の呼んだエレベーターの前で大きな紙袋を二つ受け取ると、一階へと向かう。
「はい、持って!」
エレベーターが閉まり見送りの店員の姿が見えなくなると、女の表情は一変していた。
「邪魔だから荷物持って先に帰ってて。インターホン鳴らせばお手伝いさんが出るから。そ•れ•か•ら。中の物に指一本でも触れたら、父さんに言ってあんたのオヤジ首にしてやるから。」
一階のエレベーター前でぼんやりと佇むタロウに荷物を押し付けると、女はフウタと共に、踵を返して行ってしまう。
タロウの父親は、女の父親が会長を務める企業の下請け会社で働く、作業員だった。
父親の手前もあり、女には服従するしかない。
それがたとえ大好きな相手の彼女であってもだ。
「女もデパートも、嫌いだ。」
タロウは誰にも聞こえないようにそっと呟くと、絶望を孕んだ目でフウタの後ろ姿だけをただずっと見つめていた。

「あらあら、ありがとうね。寒かったでしょう。良かったら暖かいお部屋で紅茶でも飲んでいらして。」
女の屋敷に到着したタロウは、お手伝いさんに出迎えられていた。
このお手伝いさんはやってくる度に優しく声を掛けてくれるから、タロウは大好きなのだった。
けれども今日は、長居をするつもりはない。
年齢よりもずっと幼い顔立ちのタロウは、見た目に似合わぬ丁重さでお手伝いさんの申し出を断ると、女の屋敷を後にする。
帰り道、息を吐くと白い煙が立ち込める、夕暮れ前のひと時。
タロウは独り、泣いていた。
丸々とした身体を震わせて、俯いて、その場に立ち尽くして。
「寂しいよ、寂しいよ、フウタ……。」
その時だった。
何処からともなく青い鳥がやってきて、タロウの肩に舞い降りた。
タロウが振り向いても、飛び立つ気配はない。
タロウは知っていた。
青い鳥にまつわる伝説を。
少しの間考えてから、タロウは青い鳥に話し掛ける。
「ねぇ、どうしてぼくの肩に留まってるの?」
だが、青い鳥は何も答えない。
その様子を見て途方に暮れたタロウだったが、ふとある事を思い付く。
「ねぇ、お願いがあるんだけど……。」
暫しの沈黙。
やがてタロウが口を開くと、青い鳥は空の彼方に飛び去っていった。

電気の消えた小さな部屋。
暗闇の中タロウは、ベッドの上に蹲って嗚咽を漏らし続ける。
まだ、身体のどこにも異変はなかった。
けれどもタロウは、来るべき日に備えて覚悟を決めておく必要がある。
あと一年で、タロウはこの世界から、跡形もなく消え去ってしまうのだから。

「お友達よ。早く出てあげなさいね。」
タロウの母親が扉越しに声を掛けてくる。
タロウは、鉛のように重たい身体でのっそりと立ち上がると、ふらつく足取りで玄関へと向かった。
途中、何もないのに躓く。
足首を捻って固まっていると、玄関から声がした。
「大丈夫か?怪我、してないか?」
声の主は、タロウの元へと駆け寄ると、跪いて手を差し伸べる。
青い鳥の力によってある事を決心した声の主は、はやる気持ちを抑えながら、ここまでやって来たのだ。
その顔を見て、タロウは思わず息を呑む。
真っ直ぐな顔だった。
初めて見る表情だった。
心が踊った。嬉しかった。
「うん、大丈夫。来てくれてありがと!」
はにかんだ笑みで、タロウは声の主フウタの手をそっと握る。
温かかった。
タロウは、その不必要なまでの思わぬ温もりに、感極まって涙ぐむ。
だが……。
「なぁ、タロウ……。俺、お前の事ホントは、ずっと前から好きだった。恥ずかしくて許せなくて、言えなかったけどな、誰にも。でも、夜になって急に勇気が湧いてきてさ。俺、お前の事大切にするから、幸せにするから、だから……。付き合って欲しい。」
フウタの告白。
その時、タロウは泣いていた。
嬉しかったのではない。
己の運命を呪って、泣いていたのだ。
ずっと前から好きでいてくれたのなら、もしかしたら青い鳥に願い事などしなくても、自分たちは結ばれたかもしれない……。
そんな儚い後ろ向きな思いが、タロウの顔を悲しみの色へと一気に染め上げていた。
その切ない表情を見て、フウタの顔もまた曇る。
「お前まさか、青い鳥に……。馬鹿だな、お前。」
フウタもまた、泣いていた。
そしてこう続ける。
「お前が消えるなら、俺もきっと後を追うから、だから、もう寂しい思いなんかさせないから、今までの事、許してくれ!」
フウタは、震える手で精一杯力一杯、愛するタロウを抱き締めた。
タロウは、フウタの腕の中で泣きじゃくりながら、震える声を上げた。
「ぼく、寂しくて、それで、青い鳥にお願いしちゃって……。あと一年の、命だから……。その間だけ、あとちょっとだけ、ぼくの傍に居てえぇぇ!」
玄関で、二人はいつまでも抱き締め合った。
互いの存在を、温もりを、確かめるように。

そして、二人の会話を耳を澄ませて聞いていたタロウの母親もまた、いつまでも泣いていたのだった。
やがて二人は、タロウの部屋へと向かった。
真っ暗な部屋の中で二人は、ずっと肩を寄せ合っていた。
何をするでもない。
ただずっと、無言のままで互いの温もりに縋り付いていたのだ。
フウタはこの時密かに、最後の最後までタロウの傍に居ようと、心に決めていた。
それは自責の念に駆られるフウタによる、せめてもの罪滅ぼしだった。
一方その頃タロウの母親は、自分が耳にした全てを、夫に打ち明けていた。
母親は静かに涙を流しながら、ただひたすらに、残り僅かな命の炎を燃やそうとしている息子の幸せを、祈るのだった。
身代わりになってやれない自らの弱さを、痛いほどに感じながら……。
窓の外では、雪が舞っている。
積もり始めた雪は、まるで皆の悲しみまでをも覆い隠すかのように、全てを真っ白に染め上げようとしていた。

その時から、二人の交際は始まった。
既に青い鳥の力は消えていたが、それでも一度結ばれた絆が揺らぐ事はなかった。
程なくして、フウタは彼女と別れた。
もちろん、タロウの父親を気遣って、その関係は二人だけの秘密だ。

フウタが彼女と別れた日の夜。
「ねぇ、フウタ。ホントにぼくで良かったの?ぼく、男だし、不細工だし、貧乏だし……。」
ベッドの上、フウタの腕の中で返事を待つタロウは、甘えながらも不安の色を隠さない。
「お前こそ、俺なんかのために青い鳥にお願いして……。ホントに馬鹿だよな。」
フウタはタロウの問いには答えずに、その頭をくしゃくしゃになるまで撫で続ける。
そして……。
何処か諦めたように笑うタロウの薄桃色の唇を、静かに奪った。
長い長い口付け。
二人の心に巣食う後悔の念は、涙となって顔を伝う。
それでも二人はこの時、確かに幸せだった。
何故ならこれは、二人にとって初めての夜。
それは、互いの絆を更に深め合う、絶好の機会なのだ。
その夜、限られた時間を惜しむかのように、二人はいつまでも抱き締め合っていた。

春。
二人は大学を辞め、タロウの家で一緒に暮らし始めた。
二人は、片時も離れずに一緒だった。
少しでも時間が惜しかった。
だから、せめて最後まで仲良く居られるようにと、心から祈っていた。

桜の季節には、よく花見に行った。
二人並んで歩く、並木道。
「桜の花びらの色ってさ、お前の肌の色にちょっとだけ似てるのな。綺麗じゃん。」
ある時フウタは、タロウの顔を横目で見ながら、感心したように口を開いた。
「そんな事ないよ……。」
戸惑いと、恥じらいと、喜びと。
様々な感情が混ざり合って、タロウの頬を紅く染める。
二人の間に流れるのは、緩やかで幸せな時間だ。
二人は外では手を繋ぐ事もなかったが、互いの傍に居るだけで、この上なく温かな気持ちを共有出来た。
それで、十分だった。
「花びら、頭の上に落ちてくんのな。」
「うん。」
桜の絨毯を歩く午後、頭の上の春の証をはらう事もせずに二人は、ただひたすらに一秒の重みを噛み締める。
頭上では、二羽の青い鳥が二人の限られた、けれども掛け替えのない幸せを祝福するかのように、緩やかな弧を描いて飛び回っていた。

五月。
二人の関係がついに、フウタの元彼女に知られる事となった。
元彼女にしてみれば、フウタへの未練などこれっぽっちもなかったが、自分よりも遥かに格下であるはずのタロウに奪われたという事実は、面白くなかった。
プライドを傷付けられた彼女は、早速父親に頼んで、タロウの父親を首にさせてしまう。
「いい気味だわ、ざまあみろ。」
彼女が独りそう呟いて笑っていた頃、タロウの家では、家族会議が行われていた。
居候のフウタも同席しての、重苦しい場面。
「みんな、すまん……。会社を、首になってしまった。これから苦労を掛けるかもしれないが、どうか私に付いてきて欲しい。」
どうにかそれだけを言い終えると、タロウの父親はガックリと肩を落とす。
下を向いているので、その表情は誰にも分からない。
だが、震え混じりの声には、明らかに悔しさが滲んでいた。
「父さん、ホントにごめんなさい……。」
タロウは、たったそれだけを言い終えると、嗚咽を漏らし始める。
他には、何も言えなかった。
言い訳など、したくなかった。
ただ、激しい後悔の念だけが、タロウの中に渦巻いていた。
「いいのよ、あなたのせいじゃないのよ。短い命なんだから、あなたは幸せになりなさい。仕事なんて、また探せばいいんだから。」
タロウの母親が、涙を堪えながら必死に、我が子を庇おうとする。
それに父親も黙って頷いて、同意を示すのだった。
普段気付けなかった両親の愛にようやく気付いたタロウは、フウタと抱き合っていつまでも涙を流し続けていた。

夏。
嬉しい出来事があった。
タロウの父親の再就職先が決まったのだ。
資格を幾つか持っていたのが幸いしての事だ。
タロウとフウタの二人は、その知らせを聞いて、手を取り合って喜んだ。

晴れた日には、二人はよく海へと出掛けた。
照り付ける太陽の下、互いの素肌を眺め合うのは、二人にとっては至福の時間だった。
「タロウはやっぱビキニじゃないとな。」
「ねぇ、これ恥ずかしいんだけど。腰にタオル巻いていい?」
「駄目駄目。もったいないだろ?」
「ねぇ、何がさ。」
「何でも。顔は嫌がってないんだよな。」
そう。
タロウはこの時、笑っていた。
はにかんだ笑みが可愛いと、フウタは思っていた。
「でも、恥ずかしいよ。仕方ないから泳いでくるね。」
「おぅ、俺も行くぞ!」
言葉とは裏腹に、とても嬉しそうな表情のタロウ。
その姿を見て、フウタもまた、彼女との間では得られなかった大きな喜びを感じていた。

海の中では二人はよく、手を繋いでいた。
手を繋いだまま波に揺られていると、別離への恐怖が和らいでいく、そんな気がした。
働き者の太陽がいつまでも二人を照らし続ける、そんな季節の、白昼夢のような想い出だった。

秋。
二人はよく、旅行に出掛けた。
旅費は全て、フウタが自らの多いとはいえない貯金から捻出していた。
予算の都合で大半は近場への旅行だったが、それでも二人にとっては、この上なく幸せな時間だった。

「海鮮丼二つとしらす定食、お待ちどうさま。」
房総方面に旅行に行った時の事。
お昼を海沿いの定食屋で食べる事にした二人の元へ、注文した料理が届けられる。
フウタは海鮮丼を、タロウは海鮮丼としらす定食を注文したのだった。
「流石の食いしん坊だなぁ、太る訳だ。」
届いた料理の量を見て、フウタはタロウをからかうように突っ込みを入れる。
「フウタだってよく食べる方だよ。」
タロウは、自分の人よりも大きなお腹を摩りながら、俯きがちに小声で反論を試みるのだが……。
「うんにゃ。お前には負けるよ。ま、後で腹減らないように、たくさん食っとけ。」
そう言いながらフウタが自分の頭を撫でてくるので、タロウは正直、それまで感じていた恥ずかしさなどどうでもよくなってしまった。

その後観光を済ませた二人は、少し遅めの時間になって宿にチェックインする。
フロントで鍵を受け取り、向かった先は和室だった。
部屋に入り、まだ陽射しがあるにもかからわず布団を敷き終えると、二人は倒れるように横たわって、互いの感触を確かめ始める。
二人の意識は既に、曇っていた。
絡み合う指先、重なり合う唇、そして……。
フウタの存在全てを受け入れながらタロウは、生まれてきた喜びをしっかりと噛み締めるのだった。

夕食、そして入浴を終えた二人は、部屋の布団の中でこれまでの軌跡を振り返る。
「ねぇ、フウタ……。ぼくね、高校の同じクラスで出会った時から、フウタの事が好きだったんだ。あのね、フウタと同じ大学の同じ学部に進んだのも、それが理由だったんだよ!何とかしてあの大学に入りたくて、ぼく、頑張ったんだ……。」
そこまで言い終えると、タロウは目を瞑った。
フウタの腕の中で、溜め息を一つ。
一筋の涙が、頬を伝う。
するとフウタも、それに応えるように自らの想いを吐き出し始める。
「実はさ……。俺もな、出会った時からずっと、お前の事が好きだった。でもさ、俺、嫌われたくなくて、ずっと親の言う事を聞いて育ってきたから、男を好きになった情けない自分がさ、許せなかったんだよ。だから俺は敢えてあの女と付き合う道を選んだ。ちっとも、楽しくなんかなかったけどな。毎日、辛くて……。しかも、大切なお前まで傷付けちまって、本当に申し訳なかったと思ってる。」
一通り話し終えた後、フウタもまた涙を零す。
そんなフウタをタロウは、優しく、いつまでも抱き締め続けるのだった。

そして、冬。
タロウは、憔悴し切っていた。
死と別離への恐怖が、彼の心を蝕んでいた。
フウタは、日に日に弱っていくようにさえ見える想い人の姿が、とても心配でならなかった。
「怖いよ、怖いよ……。」
タロウはよく、フウタの胸の中でそう言って、泣きじゃくっていた。
そんな二人に、いよいよ別れの時が訪れる。

青い鳥に願い事をした時から、一年が経った日の夜……。
ある覚悟を胸に、フウタはタロウを街へと連れ出していた。
「手、繋ごうか。」
フウタは、見た目の割に華奢な手をそっと差し出すと、すらりと伸びるその指をタロウの太く短い指に絡ませる。
タロウは無言のまま、しかし精一杯の力で、愛しいフウタの手を握り締めた。
外で手を繋ぐのは、初めての事だった。
やがて二人は、あの日一緒に過ごしたデパートの前で立ち止まる。
「その上着じゃ、寒いだろ。俺が暖かそうなコートを買ってやるからさ、大事にするんだぞ。」
フウタは、タロウの大きな手を握り返すと、弱々しくそっと微笑んだ。
「でも、ぼく、もうすぐ死んじゃうから……。」
タロウは、思わぬ言葉に戸惑いの色を隠さない。
「いいから……。俺からの、お前への最後のプレゼントだ。」
そこまで言って、抱き締めて、唇を重ね合わせた。
最早、タロウには何の異存もなかった。
フウタは、あの日彼女にしたのと同じように、いや、それ以上に、優しくタロウをエスコートしながら、目的のフロアへと向かうのだった。

「こんにちは。何かお探しですか?」
店員がフウタに声を掛ける。
フウタがこのコーナーに足を運ぶのは二度目だ。
少し前に一度、下見に訪れている。
フウタには関係のない大きなサイズの服たちが並ぶ中をかき分けて奥へと進むと、突き当たりに目当てのコートが下がっていた。
黒い、地厚のウールメルトンの古風なコート。
十六万円もするそれを、フウタはタロウに着せようとしていた。
貯金の残りを、使い果たそうとしていた。
「こんな高いの、似合わないし、受け取れないよ……。」
困った顔をするタロウに、それでもフウタは自らの手で、そのコートを羽織らせる。
「ほら、似合う……。」
フウタが、笑った。
タロウが見た、それが最後の笑顔だった。

店の外。
雪がちらついていた。
タロウはプレゼントのコートを早速、羽織っている。
フウタの最後の我儘だった。
「そろそろだな。」
フウタの声でタロウは、必死に覚悟を決めようとする。
フウタの胸の中でタロウは、周囲の目を憚る事なく、ただひたすらに嗚咽を漏らす。
だが……。
温かな感触が少しずつ、消えていった。
最初は、自分のせいだと思った。
でも実際には、消えているのはフウタの方だった。
タロウは叫んだ。
「駄目だよ、フウタ!そんな事したって、またぼくがお願いして、フウタを助けるんだから!無駄なんだからね!」
フウタは静かに、首を横に振った。
最期の瞬間、二人の間に言葉はなかった。
あるのはただ、涙に濡れた一秒一秒だけだった。
気が付くと、大粒の雪が舞っていた。
溶けかけのそれは、まるで涙で滲んでいるかのようだった。
口付けを交わす二人。
二人は最期の瞬間まで、片時も離れずに一緒だった。
フウタは、幸せだった……。

何もかもが消え去った後、タロウは夢中で青い鳥を探した。
だが青い鳥は現れない。
結局タロウは、何処にいるかも分からない青い鳥に向かって、必死に願い事をするのだった。
もちろん、それは叶わない。
何故ならそれが、フウタの最後の望みだったからだ。
フウタは、愛するタロウがこれからも幸せに生き続ける事を願ったのだ。
その想いに気が付いたタロウは、道の真ん中だというのに、蹲って声を上げて泣いていた。
正直、後を追おうかとも思った。
でも、そんな事をしたらフウタの愛を無駄にしてしまうような気がして、出来なかった。
両肩に、背中に、うっすらと雪が積もり始めてもなお、タロウは声を上げ続けた。
形見となったコートを自らの手で抱き締めながら、タロウはこれから先もずっとフウタを想い続けていく事を、密かに誓った。
空からは、涙に滲んだ雪たちが、冷たくなったタロウの心に寄り添うようにそっと、いつまでも降り続けるのだった。

タロウとフウタのラブストーリー。
いわゆる、悲恋ですね。
イントロの「ねぇ、知ってた?雪だって、悲しいと泣くんだよ。東京の雪はね、きっと悲しいから、涙で半分溶けかけてるんだ……。」という文章は、個人的にはお気に入り。
楽しかった頃の描写をさらっと流したので、最後のバッドエンドもすんなり読めるかと。
サオトメさんの買い物のシーンは、個人的な実体験に基づいています。
まぁお金持ちならお得意様サロンとかで、持って来てもらった服をはべらせて選ぶとか、そんな話らしいのですが、サオトメさんはまだ学生風情ですから、まぁいいかと。
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