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ほっこりと、四季 [幸福の情景]

[冬 - 祥平(語り)]

階段を駆け上がる。
ミシミシと音を立てる。
ここは古ぼけたアパート。
その一室に用があるのだ。
目的の部屋の前まで着くと、呼び鈴を鳴らす。
程なくして、丸っこい体つきの大男が顔を覗かせた。
「あぁ、祥平か。入っていいよ。良く来たね。」
中に入るといつも思うのだが、この部屋には物らしき物があまりない。
押入れを有効に活用して整理整頓しているのは分かるとしても、テレビまでもないというのは今時どうなのだろうかと思わないでもなかった。
ちなみにこのアパート、築年数は経っているが、キッチンとバス・トイレは部屋毎にあるのだ。
エアコンも付いているしで、意外とちゃんとしている。
「座ってていいよ、祥平。今飲み物とお菓子を出すから。」
「あ、お構いなくー。」
目の前の男の名前は、泰弘。
こう見えても一応、僕の彼氏なのだ。
差し出されたのは、どら焼きと僕の好物のオレンジジュース。
まずはどら焼きに手を出してみる。
久方振りの味。
意外と美味い。
そしてオレンジジュース。
泰弘は僕の好みを分かってくれていて、いつもオレンジジュースを常備してくれている。
僕がグラスに注がれたオレンジジュースを半分程飲み干すと、泰弘、笑っていた。
「祥平、飲み過ぎー。」
この時の泰弘の笑顔が、僕の一番の好物なのだ。
嬉しくない訳がない。
でもま、ここはポーカーフェイスで通す僕。
別にいいのだけれど、何となく恥ずかしいのだ。

「ねぇ、これから一緒に何処かへ出掛けない?泰弘。」
とりあえずまだ昼間だし、テレビもない部屋にこもっている事もないだろうと思って提案してみる。
二人共に平日が休みの仕事をしており、普段は仕事帰りに逢うのだが、今日は別。
たまたま二人の休みが重なったのだ。
こんな機会は滅多にない。
楽しまなくっちゃ!
僕がそんな事を考えているとあろう事か泰弘、とんでもない事を言い出した。
「じゃあ、市役所。養子縁組するの。どう?祥平が俺のお嫁さんになるの。駄目かな?次に来る時にはハンコを持ってきてって言ってあったけど、持ってる?」
一瞬固まる僕。
でも次の瞬間、調子の良い事にーー。
「大丈夫!持ってる!僕、泰弘のお嫁さんにならなりたい!」
で。ハグされた。思いっ切り。
泰弘、力強いんだもんなぁ。
「痛い、痛いょ、泰弘。」
「あ、ごめん。」
抱き合いながら、互いに自然と笑みが零れる。
「実はもう用紙は手元にあって、証人の欄にうちの両親の名前を書いてもらっちゃってたんだ。本当は祥平のご両親のどちらかにも書いてもらいたかったんだけど、まだ混乱しているみたいで難しそうだったから、とりあえず。俺が書ける所はもう埋めてあるから、区役所に行く前に祥平も自分で書ける所は埋めておくといいよ。今日辺り来るんじゃないかと思ってさ。待ってたんだ。」
「りょーかぃっ!」
威勢良く返事をしながらも、胸がチクリと痛い僕。
そう、先日僕は両親にゲイである事をカミングアウトしたのだが、怒るというよりも脳内が混乱している感じで。
あんなに困らせる位なら、いっその事言わなければ良かったのかな、とも思った程だったのだ。
ただ、拒絶された訳でもないので、多分時間が解決してくれる事だろう。
僕は泰弘にボールペンを借りると、部屋の小さなテーブルの上で養子縁組届の空欄を埋めていった。
「出来たよ!泰弘ー!」
両親の事もあるにはあるけれど、何だかんだで僕は嬉しかった。
泰弘と付き合い始めてから五年。
遂に家族になれるのだ。
それはもう、感慨深い。
「さ、行くよ。」
泰弘の声に押される形で僕は、部屋を後にするのだった。

息が白い。
季節は冬真っ只中。
落葉樹は葉を落としたままで、死んでいるかのようだ。
僕と泰弘はどちらからともなく、手を繋いで歩く。
区役所までは、泰弘の部屋からなら徒歩で行ける。
時々周囲の目線が痛いけれど、気にしない気にしない。
二十分位の時間だっただろうか。
区役所に着いて、流石に手を離す僕たち。
どちらからともなく。
でも、心は繋がっている。
平気だ。
窓口に向かうと、そこで養子縁組届を提出。
この後の手続きの流れをレクチャーされる。
手続きは煩雑だが、難しくはなかった。
待ち時間、僕はずっと泰弘の横顔を見ていた。
それに気付いた泰弘、照れ臭そうに頭を掻く。
僕たちの周りだけ、空気の色が桜色ーー。
一足早く訪れた、春。
僕は、いや僕たちはこの時、本当に幸せだった。

[春 - 祥平(語り)]

桜が満開だ。
今日は花見に来ている。
もちろん、泰弘と二人でだ。
場所取りの甲斐もあって、絶好のポジション。
「桜ってこの時期だけだよね。綺麗だ。」
僕がそう言うと、葉桜も綺麗だよ、と泰弘は言う。
どの口が言うか、そんな風に思った僕は一言。
「毛虫!」
泰弘は虫が大の苦手なのだ。
僕も苦手だけれど、それ以上に。
「うわぁ、酷いや!」
泰弘は泣きそうになりながら、虫がいないかどうか確かめるために、辺りを見回す。
「大丈夫だから!さ、ご飯食べよ!」
泰弘は料理が得意だ。
重箱の中を綺麗に彩るお惣菜たちは、さながら春のおせち料理といった所。
「いただきまーす!」
見る間になくなってゆく料理の数々。
桜も見ずに、二人共一心不乱に完食。
ま、食事なんて、大体がこんなものだろう。
少なくとも僕はそう思っている。

さて、花見からの帰り道。
手を繋いで、スーパーへ。
カートを押すのは、僕の仕事。
店内は人が多いが、そこはもう、慣れたもの。
巧みに泰弘の傍をキープして、離れない。
「今夜はカレーだね、泰弘。」
「牛すじ肉を圧力鍋で柔らかくなるまで煮込むんだ。いつものビーフカレー。期待して待ってて。」
他にはサラダとスープ、それにカニクリームコロッケだ。
僕は涎が出そうになるのを我慢しながら、カートを押し続けた。
歩いての帰宅。
二人の愛の巣、新居だ。
賃貸だけれどーー。
養子縁組している事もあっただろう。
ゲイの僕らでも借りられる物件が、どうにか見つかったのだ。
まぁ、最悪通い婚でも良かったのだが。
やっぱり出来る事なら一緒に住みたい。
分譲は若い僕らには荷が重かったから、パス。
二人揃って安月給だしね。
ましてや首でも切られたら、たいへーん!
で、遂に。
新居には僕の希望で、テレビが置かれたのだ。
まぁ僕が前の家のテレビを持ってきただけなんだけれどね。
テレビゲーム機もDVDやBlu-rayのレコーダーもソフトも、みんな持ち込んだ。
お陰で、快適快適。
泰弘が台所で夕食の支度をしている間、僕は洗濯機を回してその間に掃除機がけ。
そしていよいよ。
これ、見るの楽しみにしてたんだよね。
一話完結の面白そうな海外ドラマのBlu-ray。
まずは第一話、観てみましょうか。
で。
ちょうどクライマックス、いい所なのに。
そんな時に限って洗濯が終わってしまう。
良くある事だ。
仕方なくBlu-rayを静止させると、洗濯物をカゴに入れてベランダへ直行。
洗濯物を猛スピードで干すと、ドラマの続きだ。
そうこうしている内に、夕食が出来上がる。
我が家では食事は一日四食だ。
朝食、昼食、夕食、夜食の順。
泰弘が仕事の日は、一緒に食べるのは朝食と夜食だけ。
独りの時だろうと泰弘と一緒だろうとどれもしっかり食べるので、夕食は普通の場合よりも気持ち早めかも。
もちろん、休みの日にはこれにおやつも付く。
「いただきまーす!」
泰弘のビーフカレーは、絶品だ。
柔らかく煮込まれた牛すじ肉が、口の中でホロホロと解ける。
「やっぱり泰弘のビーフカレーは美味しぃー!お店に出せるよ、これ。」
まぁ当然といえば当然なのだが。
何しろ泰弘は、レストランの厨房で働く調理師なのだ。
いつか自分のお店を持つ事が夢なのである。
「良かった。いつもたくさん食べてくれるし、作り甲斐があるよ。明日はハンバーグかな。」
はにかんで微笑む泰弘を見て、すっかりお腹いっぱいの僕。
料理を綺麗に平らげて。
「ご馳走さまでしたー!」

[夏 - 語り部(語り)]

海。日焼け止めクリームをたっぷりと塗って。
ビーチパラソルの下で寝転んで。
今時はゲイも美白が命!……という事でもなくて。
二人共、体質のせいで綺麗に焼けなくて。
そんな二人には、日焼け止めクリームは命そのもの、な訳で。
さて。海である。二人共、泳ぎたい所なのである。
ところが。二人は揃ってカナヅチ。
ここで浮き輪と足踏みポンプの出番。
で。波に乗るのだ。
「気持ちいぃー!」
二人はご満悦。まぁ正直、油断していたのである。
二人は沖へと流れる海流に乗ってしまっていた。
気が付くと、海岸は遥か彼方。異変には誰も気が付かない。
「どうしょぅ!どんどん沖に流されてる!もぅ戻れないよー!」
慌てる祥平。
対照的に冷静だったのが、泰弘だ。
泰弘は愛用のAppl● W○tchで救援を要請。
携帯の電波が届いたのも幸いして、事なきを得たのである。
「もう海なんて来ない。怖いもん。」
祥平は、もうこりごりといった様子。
「まぁまぁ、せっかく助かったんだし。また忘れた頃に来ればいいから。」
ここでも冷静なのは泰弘であった。
伊達に年上な訳ではないのである。

次の休み。山である。夏山登山。日帰りで。
前回の海に懲りずに、アウトドア。
好きなのである、泰弘が。
ちなみに祥平は生粋のインドア派。
まぁ好きで共に暮らしているのだ。
ここは合わせる訳である。
で。
登山であるからには、虫が怖い訳である。
結果として真夏なのに、長袖。
バックパックにはゴアテックスのジャケットまでも入っていて、気合は十分。
なのであるが。
「暑ぃ〜。泰弘、何とかして〜。」
早くもへばる祥平。
「じゃあ、上に着てるの脱げば?」
もっともなアドバイス。
だが、実際の所はそう簡単な話でもないのだ。
「Tシャツ一枚じゃ、虫に刺されちゃうでしょ。」
そうなのだ。
やはりここは長袖がベストなのである。
「もうちょっとの辛抱だよ。じきに涼しくなるからさ。」
泰弘は慣れたもので、足場の悪い登山道をひょいひょいと進んでゆく。
すると。
確かに、徐々にではあったが、涼しくなってきていた。
それにしても、不思議である。
泰弘は虫が苦手なのだ。
虫の多い夏場にこんなドの付くアウトドア、向いているはずがないのである。
これは幼児体験にまで話が遡る。
それは、高尾山。
元気だった頃の泰弘の父親が、夏になるとよく連れていってくれたのだ。
やがて中学に上がる頃には、父親は病のためにみるみる内に衰弱し、事切れた。
優しかった父親。

小学校の頃。父親と。
いつか一緒に富士登山をしようと約束をしていた。
そんな、叶わなかった約束が、泰弘を様々な山へと駆り立てていたのだ。
でも。
「うわー!」
飛んでくる蛾には大慌て。
普段は落ち着いている泰弘も、こうなると形なしなのである。

山頂にて。
「うわぁ、凄い景色!泰弘、ありがとう。」
「お礼なんていいょ、別に。でも、来てよかったでしょ?」
「うんっ!」
二人の疲れはいつの間にか何処かへ吹っ飛んでしまっていた。
最高の景色。
これもまた、二人を彩る大切な思い出の、一ページとなった。

[秋 - 語り部(語り)]

時は晩秋。そろそろお鍋が恋しいのである。
白子にあん肝、白身魚に、欠かせない野菜たち。
みんなが主役の、今夜はお鍋。
ポン酢とゴマだれを合わせて頂くのが、泰弘流。
「さ、夕食の時間だよ。テレビゲームはその辺にしておいて、こっちにおいで。」
「はーい!」
実はこの日は、祥平の両親も一緒なのだ。
縁組からしばしの時を経て、祥平と泰弘二人の関係を認められるようになったので、わざわざ足を運んだ祥平の両親。
二人は、本当は泰弘の両親も呼びたかった。
だが、テーブルに六人も一度に腰掛けられないからという、ただそれだけの理由で、断念。
泰弘の両親は、またの機会にーー。

「養子縁組しているって事は、夫婦と変わりないって事よね、感覚としては。」
「そんな所だよ、母さん。来てくれてありがとう!」
祥平はいつにも増して嬉しそうだ。
「泰弘さん、いい人そうで良かったわ。ねぇ、あなた。」
「そうだな。二人共横にワイドだから、糖尿病には気を付けるんだぞ。」
「父さんだってワイドだょ。」
「そうですよ、あなた。」
「こりゃ、一本取られた!」
笑いの絶えない食卓。
まさに、幸福の情景ーー。
泰弘と祥平、二人の時は、まだ刻まれ始めたばかりだ。

季節毎に語り部が変わります。
まぁ、反則技です。
全編ほっこりとしたお話にしたくて、こういうストーリーになりました。
これは、あっという間に書き上げたお話です。
ぼくの場合、早い時と遅い時と、極端なので。
もうちょっと深いお話に出来ればまた違ったと思うのですが、まぁこれはこれでアリかな、なんて思っていたりもします。