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恵太と康彦 : ちょっと変わった親子の日常

ここは、私達地球人が住む天の川銀河から遠く離れた、別の銀河の周縁部。
惑星フューエルに属する貨物船フランシス号は、神出鬼没の宇宙海賊からの攻撃を受け、沈没寸前の非常事態にあった。
「船長、こりゃマズイですぜ!
エンジンが制御不能だ!コントロール系統が根こそぎやられたから、いつどこに向かうかもわかりゃしねぇ。
こりゃ、脱出する他に道はありませんぜ。」
「よし機関長、そうしよう。……うわぁっ!!」
制御不能となったフランシス号は、突如ワープを繰り返し、天の川銀河へと辿り着いた。
「船長、無茶なワープを繰り返したせいでエンジンが爆発しそうだ。すぐに脱出を!」
「了解!全乗組員に告ぐ。直ちに避難艇パトリシアに移乗せよ!さ、タムも来るんだ。」
「はい、パパ。」
その三分後には、避難艇パトリシアは母船フランシス号を後にした。
直後、爆発するフランシス号。
「宇宙海賊め……大損害だ!」
歯を食い縛りながら、宇宙の藻屑と化していくフランシス号を見つめる船長、ティム。
「船長、これからどうします?」
機関長のレッサーは、見知らぬ銀河で遭難した我が身を案じながら、信頼するティムに声を掛けた。
「何処か大気のある惑星を探そう。
そこを根城にして、フューエルに帰還する為の宇宙船を新たに建造するんだ。
航海長、小型探査衛星をばら撒いて、暫く様子を見よう。
早速手配を!」
「了解っ!」
その後、各探査衛星からの情報が上がってくると、ティムは落胆する。
燃料の限られている避難艇パトリシアで航行可能な宙域に存在している大気のある惑星は、地球以外にはなかったのだ。
その頃のざっくり言って2000年代前半の地球は、惑星フューエルの住民からしてみれば、野蛮人の住む未開の地でしかなかった。
しかし考えるまでもない。
地球しか選択肢がない以上、そこへ行くしか。
それは総勢50名の乗組員の命を守るための唯一の方法であるのだから、船長に非がない事など皆分かっていた。
決断は早かった。
「他に手はない。機関長、エンジン出力全開!航海長、地球へ向けて発進!」
「了解!パトリシア、コースターン。地球へ向けて発進!」

パトリシアは猛スピードで地球へと向かう。
そして、自分たちの見た目に一番近い人間が住んでいそうで、パトリシア号を海底に隠しておくにももってこいな海のある海洋国家、日本を目指したのである。
深夜、地球到着。
日本の首都東京に程近い海に、どうにか着水する事が出来たのだった。
「まずは皆で脱出するんだ。東京湾を目指そう。乗組員は水上用超小型圧縮ボートを手分けして膨らませるんだ。大変だがしっかりやってくれ。パトリシアは暗闇では見つけにくい塗装が施されてはいるが、早くボートに移乗して沈めないと、見つかると厄介だからな。」
船長のティムは乗組員たちに声を掛ける。
だが、地球の現状を見せ付けられて自暴自棄になった乗組員の中には、異なる意見を持つものも多かった。
「司令部の対応がまずかったんじゃねぇのか。」
「地球なんかに住みたくない。住むんなら地球人皆殺しにしてからだ。」
といった具合だ。
見かねたティムは激昂した。
「確かにもうフューエルへは戻れないかもしれない。でも悲しいのはみんな同じなんだ!希望を棄てるな!地球人を殺したものは、私が処刑する。一つの例外もなしにだ。」
皆、押し黙った。
不服がない訳ではないにせよ、船長の選択や言動は、決して間違ってはいなかったからだ。
だが、問題は他にもあった。
日本の街中を歩くには少し奇抜過ぎる洋服しか持ち合わせがないのも問題ではあったが、より深刻なのは労働しようにも日本での国籍や学歴、労働経験などが一切ない事だ。
国籍や学歴はまだ何とかなるとしても、労働経験のなさは致命的だ。
何しろフランシス号の乗組員には三十代や四十代といった壮年世代の人間が多いのだ。
それなのに職歴は白紙。
地球の勝手や流儀も分からない。
それどころか、地球での常識さえもこれから知ってゆくのだ。
まともな仕事になど、就きようがなかった。
だが、幸いな事にパトリシアには、いざという時のために、過去の成功によってもたらされたプラチナやゴールドのインゴッド、巨大なダイヤモンドの数々などが、それこそ無数にあったのだ。
地球の方がより一層これら貴金属や宝石の価値が高い事もあり、これで乗組員50人は地球であれば働かなくても生きてゆける。
やっぱり現物資産、大事なのだ。
フューエルでのカードやお札など、地球では何の役にも立たないのだから。
こうした事態を見据えての蓄財、船長のアイディアだった。
残念ながらフューエルの宇宙船は、地球から見たら極めて特殊な技術と素材のオンパレード。
地球では宇宙船の建造などどうにもならない事は、誰の目にも明らかであったのだ。
帰れない故郷、悲しむ一同。
家族を置いてきている者も少なくないだけに、船長は胸が痛んだ。
かくいう船長も最愛の妻エミリーを第二子の妊娠中のために置いてきてしまった。
今生の別れである。
こんな事なら、危険を承知で連れてくるのだったと、後悔しきりの船長なのであった。
しかし悲しんでばかりもいられない。
一同はとりあえず、東京都港区台場に向かう事にした。
で、お台場に着いて。
深夜だからか人目につかず、助かった一同。
争いにならないようにするために、ゴールドやプラチナのインゴット、それにダイヤモンドの山は、平等に山分けする事となった。
船長からの提案だったが、誰にも異存はなかった。
これで一番損をするのは他の誰でもない船長だったが、船長の人柄を知っている者からしたら、これは予想通りの行動だったし、それでも十分誰の手にも裕福に暮らしてゆけるだけの資産が残ったから、不満など起こり得ないのである。
「とりあえず住まいは大事だから、朝一でパトリシアから持ち出したハンドヘルドワークステーションで住基ネットに侵入しこのデータを改竄。放置された空き家にとりあえずの住民票も作り、また戸籍も作ろう。後は資産を換金して、必要な書類を用意した後、築浅の中古がこの辺りにないかどうか、手分けして探す事にしようか。」
新築だと購入してから入居するまでの間が鬱陶しい。
そう考えたティム改め康彦は、当座の資金として貴金属や宝石を売却したお金で翌日には十五億円分の資産を手にする事となる。
言うまでもなく、これは他の乗組員たちと、ほぼ同額である。
さて、康彦やその息子のタム改め恵太、それに他の乗組員たちはもちろん日本語を話せない。
だがフューエルでは専ら体内埋め込み型の翻訳機が進化しており、地球での日常会話に困る事は全くなかった。
また、住基ネットのデータの改竄や仮の住民票作り、また戸籍の偽造などは、惑星フューエルの科学力を以ってすれば、お茶の子さいさいなのであった。

翌朝。
それぞれが旅立つ時。
結局、一同はバラバラにそれぞれにとっての約束の地を探す事となったのだ。
「おれ、吉祥寺!緑が多そう。」
「いい街は高いな。俺は川口。部屋の広さの割には値頃で、便利なのがいい。」
「俺は横浜のタワー。」
口々に希望を述べる元乗組員たち。
「私たちはお台場か有明辺り。夜景がフューエルに似ているかも知れなくて、な。雰囲気が好きだ。」
康彦と恵太は、とりあえずUNIQL◯で服を見立ててから、お台場で物件を探す事になった。
UNIQL◯では康彦と恵太の洋服を見て、何か珍妙な物でも見ているかのように、いつの間にか周囲に出来たギャラリーが大騒ぎで、大変だった。
その後どうにか着替えて、役所へと向かう二人。
書類の偽造も完璧、換金が成功して予算もある。
元乗組員たちの新居探しは上手くいっていた。
フューエルの家ほどは快適ではなかったが、そもそも元乗組員たちが買っているのは億ションが殆どである。
何しろ彼ら、フューエルきってのやり手だったのだ。
遭遇した宇宙海賊が全自動追尾型ワープミサイルなどの特殊な兵器でどんな大物をも仕留めるとの事で悪名高きデヴェランでなければ、追い払う事など訳なかったはずなのである。
それにしてもまぁ、贅沢も程々ではあるが。
住まいの問題は当の元乗組員たちも初めから覚悟は出来ていたので、特に問題はなかった。
そもそも、野宿よりは遥かにマシなのである。
公文書の偽造も、生きてゆくためには仕方のない事。
後ろめたさはあったが、仕方ない。
さて康彦親子、お金の振り込みが済むと、すぐに部屋のキーを貰えた。
他の元乗組員たちも同様であった。
「わぁ、景色綺麗だょパパ!さすがはマンションの四十階、ここなら快適に住めそうだねー!」
息子の恵太が部屋の雰囲気を気に入ったのを確認して、ほっと胸をなでおろす康彦。
次に港区役所で諸手続き。
そこで初めて、恵太を小学校に入学させる必要がある事を知る。
実は恵太は今年の三月でちょうど六歳になる。
小学校入学の歳なのだ。
「どうもランドセルという鞄が要るようだな。珍奇なデザインだが息子よ、我慢してくれ。」
「ううん、ぼくこないだ写真で見て、気に入った!早く背負いたい!」
「あれを背負いたいとは、我が息子ながら全く以って酔狂な事だ。ところでママと離れ離れになってしまったが、大丈夫か?辛くないか?」
「うぅん、、、平気、、、。生まれてくる赤ん坊と一緒に、今頃幸せだよ。」
「そうだな!そうだな!ありがとう、恵太!」
訥々とした話し口調の恵太。時折、涙を堪えて。
この場合、辛いのはむしろ康彦の方であった。
出会ってから十回もの、康彦からの猛プロポーズを経て、遂に結婚。
以来おしどり夫婦として仲間内では知られていた。
船長であった康彦のエミリーへの愛が誰よりも深い事は、皆に知られた事実であった。
それが分かっているだけに、恵太としても自分の辛さは必死に隠してでも、父親を気遣っておきたかったのだ。

さて、地球の事など康彦は何も知らない。
惑星フューエルの商圏からはあまりにも遠かったからだ。
そこでサポートロボットの出番である。
康彦用のサポートロボット・ビムと、恵太用のサポートロボット・バムを、康彦はパトリシアから密かに持って来ていた。
恵太は初めて見るシロモノだ。
「はじめまして、タム……じゃなかった、恵太!ぼく、ビム!」
「ぼくはバム。今日からぼくが恵太のアシスタントをするよ。ビムはキミのパパをアシスタントするんだ。よろしくね!」
ビムとバムはそれぞれ、大福程の大きさで全身がフワフワした毛で覆われており、ビムが鶯色、バムが桜色をしていた。
両目と口はちゃんとある。自律飛行が可能だが、街中で飛行などしてもらっては目立って仕方ないので、とりあえず当面の間は、肩に乗っていてもらう事にした。
まず聞かねばならないのは、食べ物の事だった。
というよりも、少なくとも康彦はそう思った。
康彦がビムに尋ねる。
「フューエル人が食べてもいい物、食べて美味しい物、美味しくない物、毒になる物、以上を教えて欲しい。」
ビムは答える。
「キノコ類は全部ダメ。アボカドとホヤ、くさや、シュールストレミングも凄く危険。塩や砂糖、コンソメや出汁、蜜はいいけど、味噌や醤油、納豆や豆腐はあんまり良くない。葉物野菜はどんどん食べて大丈夫。ニンジンやピーマン、トマト、トウモロコシなんかも平気。野菜や果物でダメなものは、アボカド位かな。食べてもいいけど口に合わないのは、メロンとかバナナとか、果物に多い。魚類は食べない方がいい物も多いから、その都度確認して。河豚はダメですよ、何処を食べても死んじゃうから。逆にお肉は、加熱さえしっかりすれば何でもOK!レアは絶対にダメですよ。必ずウェルダンで。スナック菓子は食べられない事もないし美味しいけど、体には良くないから食べない方がいい。寿命が十年縮んでもいいなら別だけど。この惑星のスナック菓子への耐性はフューエルの人間にはないから、くれぐれも食べ過ぎには気を付けてくださいね。」
康彦はビムの話をフムフム、といった様子で聞いていた。
「この話、他の元乗組員たちも知っていれば良いのだがなぁ。サポートロボットを持ち出し忘れた乗組員は、誰かいるかい、ビム?」
「康彦さん、大丈夫!みんな持っていかれましたよ!」
「それなら良かった。早速夕食の買い物に行こうか。そろそろ非常用食料の蓄えも尽きる頃だしな。」
「賛成!スープとサラダ、それにお肉食べたい!」
「よしよし、今日は特別にいいお肉を買ってやるからな。」
と、そこへバムが一言。
「お料理するなら道具が一揃い必要だけど、この家まだ何にもないよね。というより、布団もベッドもソファもテーブルもないから、まずはそっちが先なんでは?で、お食事の方は今日のところはピザでも取ったら?ピザなら大抵のメニューは大丈夫だし、口に合うと思うよ。」
「それもそうだね。」
ビムも同意する。
どうも康彦、間の抜けた所があるようで。
酒が入らなければしっかり者の元機関長レッサーとは、いいコンビだったのだ。
まぁそんな訳で一同、家具一式を揃えるために、近所の有明の大型店に足を運んだ。
結局康彦は、お台場のタワーマンションの最上層階を買っていたのだ。
間取りは2LDK、広さは100m2。
この手の物件としては珍しく、大き目のテラスもある。
まごうかたなき億ションである。
で、大型家具店で。
途方に暮れる康彦。
「何だかどれもこれも珍妙な色と形の物ばかりなのだが、これはアリなのだろうか?」
そんな康彦の隙を突いて店員がここぞとばかりに声を掛けてくる。
ここでこっそり、ビムがバムに耳打ち。
「いいのか?このままだと搾り取られるぞ。」
すかさずバムが返答。
「いいんじゃね?物はどれも悪くはなさそうだし。安物買いの銭失いになるよりはいいっしょ。」
で、総額三百万円のお買い物、完了!

帰り道、今後について珍しく不安を口にした康彦。
「遣うばかりでは減る一方だからな。ここらで稼ぐ事も考えなくては。いい歳して無職というのも考えものだし。しかし経歴詐称でもしない限りはどこも雇ってはくれなかろう。どうしたものか……。」
そこで、ビムとバムがユニゾン!
「投資!」
これには康彦も膝を打った。
「あぁ、なるほど!それだ!」
ビムとバムは続ける。
「ぼくらが交代でレートやチャートをチェックするの。こう見えてもぼくら、AIの塊みたいなもんだから、こんな原始的な惑星の投資なんて、ちょろいちょろい。」
皆がこの調子なので、フランシスの元乗組員たちの間では、投資ブームが巻き起ころうとしていた。
で、まずは投資には欠かせないだろうという事で、パソコンを買いに家電量販店へ。
「これがパソコン?コンピュータなのに文字の書いてあるボタンがいっぱい並んでるよ。あれは何、バム?」
「恵太、あれはキーボード。原始的な入力デバイス。フューエルでは頭で考えれば脳波を遠隔地の大型サーバが読み取って、答えを導いてくれるでしょ。あぁいった事はまだこの惑星では出来ないから、直接コンピュータの画面に触れたり、キーボードを叩いたりするの。」
「へぇ。お水こぼしたら壊れそう。ゴミも入りそうだし、何だか色々と不便だね。」
ここでもどれを買ったらいいのか分からずに頭を抱える康彦。
ここでビムが助け舟。
「ねぇ康彦さん、そんなに悩む事でもないですよ。この惑星のコンピュータ、つまりパソコンは遅いから、たとえ高くても少しでも速いマシンを買えばいいんです。」
なるほど、とは思ったが、高い物にはやはり相応の値付けがされている。
「iM●c Proにしちゃえ!何処となく速そうだし。買うなら電話を買ってから、それでやるといいょ。」
バムが康彦に耳打ち。
決まり。
まずは電話だ。
ビムが言う。
「この惑星ではちっともスマートじゃない古臭い電話の事をスマートフォンって呼ぶんだ。みんな持っているから、ないと不便ですよ。」
「そうそう、長い物には巻かれるのが一番!」
バムもダメ押し。
「で、どれがいいんだ?」
康彦の問いにビムは適当に答える。
「高いやつならどれでも。」
「お前らなぁ、俺たち親子を破産させるつもりだろ!」
ムッスリと機嫌を悪くした康彦に、バムが耳打ち。
「旦那旦那、これから投資で手持ち資金を年内に百億円にまで増やしまっせ!心配しなさんな、金は作れる!」
まるで違法に造幣局でも増設しそうな勢いの話ではあったのだが、康彦は納得して、頷いた。

その日は結局、生活家電やAV機器もついでに一通り購入して発送の手続きをした後、iPh◯ne Xを親子で持ち帰り、まだ家具も届いていない部屋で宅配ピザを食べながらチマチマと弄くり回すのであった。
「よし、iM●c Proの一番高いやつ、注文完了!寝る!」
康彦はリビングのフローリングの上に転がって、あっという間に眠ってしまった。
「ありゃま。そういえばこの家、寝具もまだ何もなかったね。明日とりあえず簡素な物を見立てるとして、今日の所はどうするか。なぁ恵太よ。」
バムがため息混じりに尋ねると、ニコニコしながら恵太は答えた。
「ビム、バム、二人共、スペシャルモード発動!」
「マジですか、恵太さん……。」
「うげぇ、めんどくせぇ。」
ビムもバムも愚痴りながらの、スペシャルモード発動。
スペシャルモードとは本来、高所から主人が落下した際などに用いるモードで、フワフワな体の大きさを状況に応じて自在に変えられるというもの。
恵太は家電量販店での雑談の際に、康彦からその存在を聞いていた。
ここでは恵太の枕と敷布団になる程度に大きくなれば良いので、ビムとバムへの負担は少ない。
「ボンっ!」
こうして、渋々ながらも恵太の求めに応じるビムとバムであった。
「ねぇ、これめちゃめちゃ気持ちいぃんですけど!明日もお願い!」
調子に乗った恵太がちょっとしたワガママを言ってみると……。
「嫌だ!」
ユニゾンで即答するビムとバムの二人なのであった。

翌日の昼過ぎ……。
前日までの疲労のせいで眠りこけていた康彦は、脳内チップへの呼び出しベルで目を覚ます。
「んぁー、何だ、どうしたレッサー。」
呼び出しをしたのは、今は亡きフランシス号の元機関長、レッサーであった。
この名前、何処かの惑星の未知の生物を特集するという番組に出てきたレッサーなる獣が可愛いというので、当のレッサーの母がそう名付けた実の名前だ。
そういえば偶然だが、地球のレッサーパンダにも何処となく似ているような。
もちろん、人間にしか見えない容姿ではあるが。
いい歳をして、可愛いのである。
で、そのレッサーが。
「ティム……じゃなかった、康彦。タムくん改め恵太くんも連れて、これから飯でも食いに来い!焼肉という食べ物が美味極まりないぞ。酒もある。これは万国共通だな。」
昼間から酒盛りの誘いである。
とはいえとりあえずは断る理由もなかったので、早速出掛ける事に。
と、ここで困った事が。
脳内チップへ吉祥寺駅周辺の地図の画像とレッサーの現在の住所所在地が転送されてきたのだが、土地勘がないために何処が何処だかさっぱり分からないのである。
「だー!重い!起きろ!起きろ!起きろ!」
ビムとバムに叩き起こされる恵太。
シューっと音を立ててしぼんでゆくビムとバム。
「それならタクシーという乗り物をこのマンションまで呼び付けるのが早いですよ、康彦さん。まずは一階のフロントのコンシェルジュに頼んでみては?」
ビムからの提案。
バムも同調。
決定。タクシーでレッサー邸へ。
マンション一階ロビーにてしばし待機。
すると、車寄せにタクシーが。
「確か何百年か前のフューエルの乗り物に、似たようなのがあったらしいね。ねぇパパ。」
「そうだな、恵太。この惑星に住んでいると、何故だか懐かしい気持ちになるから不思議だ。さ、行こうか。」
タクシーに乗り込む二人。
醸し出す雰囲気は早くも、もうすっかり地球人、そして日本人だ。
脳内チップのデータを元に、目的地を告げる康彦。
それから車内でドライバーさんと二言、三言交わして。
それこそ、寒いですねー、そうですねー、みたいな。
フューエルは一年中寒い惑星なので、内心ではこんなもの寒いうちにも入らねぇよ、などと毒付きつつ。
で、レッサー邸のある高級マンションに到着。
これ見よがしな、あからさまな高級感がマンション近辺に漂う。
大きな建物ではないのに、嫌味な程の威圧感。
入口で。オートロックの使い方にも少し慣れた。
中に入ると、ロビーを横切ってエレベーターに乗り、最上階へ。
エレベーターを降りると、まぁビックリ!
ソファやチェストが置いてあるのでこれは何事かと思った二人だったが、要するにレッサー邸はフロアスルーの住戸だったのだ。
インターホンを鳴らす。
程なくして扉が開くと、既にほろ酔いのレッサーが顔を覗かせた。
「よう、入れよ。狭いけどな。」
狭いはずがありません。嫌味かしら?
などと思う二人であったが、リビングに入ると本格的に広くて、またビックリ!
「ねぇパパ。レッサーさんさっきこのお部屋の事狭いって言ってたけど、嘘つきなのかな?」
「そうだな。ホラ吹きに違いない。」
そんな事を話している内に、焼肉の支度が出来た。
「それにしてもいやに早いな、家具が揃うのが。」
康彦の問いにレッサーは眠そうな目をしてこう答える。
「この部屋、現地特別モデルルームってやつでよ、置いてある家具ごと買い取ったんだわ。要は売れ残り。高過ぎたんだろうな、吉祥寺にしては、値段が。」
これに対して、なるほどその手があったか、と思いつつ康彦が。
「相変わらず目ざといやつだな、お前は。」
とまぁ、こんなやり取り。
そうこうしている間に、肉の第一陣が焼き上がる。
ハフハフ言いながら無言で頬張る三人。
とここでレッサーが一言、恵太に。
「トイレ大丈夫?十分位入ってくれば。」
「うん、分かった!」
素直に応じる恵太。
恵太が生まれた時から顔を知っているだけに、いわば恵太もレッサーも互いに勝手知ったる仲だ。
こういう時にしばらく席を外しておいた方がいいというのは十分に分かっていた。
レッサーからの、さり気ない告白。
「付き合おう、俺と。お前がバイなのは有名な話だからな。だから奥さん、九回もプロポーズを断っていた。知ってたんだ、俺。奥さんから相談を受けててさ。断腸の思いで、プロポーズ受けたらって。今はもう奥さんとは逢えない。俺が母親代わりになってやるよ。どうだ。」
康彦、しばし黙考。
するといつの間にか康彦の背後に恵太がいた。
「パパ、レッサーさんと一緒になりなよ!そうすれば毎日楽しいよ。ぼく、パパの事もレッサーさんの事も大好きだからさ、親が増えるのは大歓迎だよ。」
背中を押された康彦。
「それも前向きな選択ってやつかもしれないなぁ。妻には悪いが、そうさせてもらうか。レッサー、お前の事はずっと前から気にはなっていたんだがな。エミリーに夢中になってからは、すっかり忘れていたんだ。そうだよな、性なんて自由だよな。こんなやつだけど、これからもよろしくな。」
どちらからともなくガッチリとハグをする二人。
「ところでよ、お前いつまでレッサー名乗るつもりだ?いい加減変えたらどうなんだ。」
康彦はそれがずっと気になっていた。
が、現実は康彦の斜め上をいっていた。
「レッサーがこの惑星での正式な名前だ。文句ないだろ。キラキラネームも多い昨今、これ位では誰も驚かん。気に入っているんでな。変えたくなかったんだよ。」
ここで恵太が一言。
「ねぇ、どっちがママでどっちがパパ?」
困っている康彦をよそに、レッサーの答えは明快だ。
「俺がママで、康彦がパパだ。よろしく!」
レッサーは恵太ともガッチリとハグをする。
「息子には手ぇ出すなよ。」
心配した康彦にレッサーは笑顔で答える。
「あいにくとそんな趣味は持ち合わせていないんでな。俺にはお前さんが一人いれば、それで十分だ。」
家族になった三人は、これからもこの星で仲良く生きてゆく。
フューエルとは違って、この星ではまだゲイへの風当たりは強い。
それでも、固く結ばれた絆があるから、きっと大丈夫。
「なぁビム、あの二人のSEX、試しに覗いてみない?ちょっかい出そうぜ。」
「えー、興味ないし、怒られそぅだし。バムも変な趣味があるのな。」
「いやぁ、髭面の康彦が可愛いレッサーちゃんを抱く。面白そうじゃん。」
と、見ると康彦もレッサーもむくれている。
筒抜けだったのである。
ともあれ、突然始まった三人での共同生活は、これからもずっと続いてゆく事だろう。
幸いにして恵太は康彦にもレッサーにもよく懐いている。
これから先の、広く長い道のりを見据えて、康彦はレッサーの手を固く握った。
幸せへの扉は、もう開いている。