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Dark Forest Adventure -マルコとダヤンの小さな冒険-

虫の潰れる音が、絶え間無く聞こえる。
グチャリグチャリと、その感触が靴底を通して、集団登校中の少年達の脳に響く。
大量発生した虫の死骸が、通学路の路面を覆い尽くしていたのだ。
「ぐぇ、気持ち悪ぃ!」
「俺もうやだ、帰りたい!」
メープル・キングダムの地方都市マルキスにある私立マルキス中等学院の生徒達は、口々に不平不満を漏らした。
そんな中、リーダー的存在として校内の生徒達から一目置かれているダヤンが、動揺する他の生徒達を一喝する。
「みんな、静かに!我慢して、黙って歩くんだ。学校はもうすぐだ。」
すると、それまで騒いでいた生徒達は、皆急に静かになった。
ちなみにこの学校の集団登校は、マルキスでの虫の大量発生の収束に合わせて、今朝から実施されている。
虫の大量発生中は多くの学校が休校となっており、それはこのマルキス中等学院も例外ではなかった。
マルキス中等学院は私立の男子校なので、今朝の行列も皆男子ばかり。
そんな中、恰幅の良いダヤンの腹の肉を揉む一人の風変わりな生徒が周囲の目を引く。
「おま、またそんな事して、何が楽しいんだ?」
ダヤンはその生徒を窘めようと声を掛けるが、まるで効果がない。
それはそうだろう、その生徒にとってはいつもの事なのだ。
「ふぅ。」
ダヤンは溜め息を一つ深く吐くと、歩きながら空を見上げた。
そんなダヤンの腹の肉を相変わらず気持ち良さそうに揉み続けるその生徒は、最上級生であるダヤンと同級の、マルコである。
マルコは自らが同性愛指向を持つ者だという事を広く全校中にカミングアウトしている、校内で唯一の存在だ。
マルコはこのマルキス中等学院を傘下に収める学校法人の理事長の直系の孫なので、誰であっても手を出す事など決して出来ない。
しかしながらマルコは、そうした己の“力”とでも呼ぶべきものをひけらかそうとした事はなく、ただひたすらダヤンに夢中なのだ。
ダヤンとマルコが並んで歩く。
恰幅の良い二人が並んで歩くと、たちまち歩道は塞がれてしまう。
だが、幸いにもこの時、他の通行人はおらず、二人が学校までのあと少しの道程をこのまま進んでゆくのは、誰の目にも明らかだった。
それを囃し立てる者が誰も居ないのは、ダヤンの、そしてマルコの持つ“力”のお陰であろう。
ふと、突風が通りを吹き抜ける。
ダヤンの比較的短めに刈られた黒髪、そしてマルコのグレーの艶やかな髪が風に揺れた。

それから約三時間後。
午前の部の授業が終わり、皆が昼休みを迎えたその時。
最上級生の選抜クラスでは、いつものようにマルコがダヤンを校内のカフェテリアに誘っていた。
「ねーね、ダヤン!一緒にお昼食べよ!」
人懐っこい笑顔を浮かべてマルコは、ダヤンの何処か影を帯びた瞳をジッと見つめる。
「別に良いけど、マルコまた太ったか?」
ダヤンの思わぬ反応に、慌てるマルコ。
「え?太った男は嫌い?ちょっとショックだぁ……。」
マルコは独り肩を落とすのだが……。
「いや、嫌いだとは言っていないが、身体に悪いだろ?」
ダヤンのこの反応に、俄かにマルコの瞳に輝きが戻る。
「ダヤンにこの身体の心配をされるようじゃ、僕もお終いだよね!」
ニコニコと子供じみた笑顔を浮かべるマルコ。
してやったりの表情。
堪らないのは、ダヤンだ。
「俺のは、筋肉なんだよ。お前とは、ちょっと違う。」
恥ずかしそうにボソリと呟くと、ダヤンは俯いてしまった。
柔術研究部で日頃から鍛えているダヤンの言に必ずしも嘘はなかったが、目の前に居るのはあのマルコである。
「ね、ちょっと触らせて!あ、実は結構筋肉あるんだね!」
案の定抱き付かれてしまい、ダヤンはその丸い顔を密かに紅く染めていた。

「俺、ポークソテー定食。マルコは何頼むん?」
「僕はカツカレー!大盛りでね!」
「お前それ、ホント好きなー。」
「美味しいよ、ダヤンも今度頼みなよ!あ、窓際座ろ!」
マルコに手を引かれてダヤンは、暗黙の了解でいつも空いているカフェテリアの特等席へと、腰を下ろす。
ちょうどダヤンの座った位置からの中庭の眺めが、このカフェテリアでは一番なのだ。
向かい側には、幸せそうなマルコ。
だがダヤンは、この場面には似つかわしくないシリアスな話題を、マルコに敢えて振るのだった。
「なぁ、マルコ。北方のダーク・フォレストの連合軍がこのメープル・キングダムに攻めてくるっていう噂を時折耳にするんだけど、あれ、どうなんだ?」
「ん、そういう企てをダーク・フォレストの一部の連中が起こそうとしているっていうのは、本当。」
即答だった。
そしてダヤンにとってそれは、あまり聞きたくない答えでもあった。
「あぁ、やっぱりマジなのか……。」
頭を抱えるダヤン。
今、ダヤンの脳裏に映るのは、戦火に燃えるメープル・キングダムの惨状だ。
ダヤンが争いを好まないのを知っているマルコは、そんなダヤンに優しく声を掛ける。
「ねーね、ダヤン。まだ戦争になるって決まった訳じゃないよ。避ける方法だってきっとあって、それくらいの事はこの国の政治家だって、幾らなんでも考えてくれてる筈だよ!」
そんなマルコの声に耳を傾け、ただ黙って頷くダヤン。
もしも戦争になったら……。
世界の商業の中心地として発展してきたメープル・キングダムであっても、あの国々には勝てないかもしれない。
そんな悪夢が二人の脳裏を過らなかった訳ではないが、二人は黙々と目の前の食事にありついた。
食欲には、素直な二人である。

さて。
ダーク・フォレストとは、メープル・キングダムの北方に広がる森林、ミスティレイン・フォレスト、そしてスプルース・フォレストのそれぞれを支配する専制国家群の俗称だ。
二国共に軍事強国であり、持てる強大な軍事力を国内統治に役立てて来たのは言うまでもない。
だが、それぞれの軍務省のトップに強硬派として知られる軍部出身の人間が就いたのを機に、二国間で軍事同盟を結びメープル・キングダムを侵略すべきとの声がそれぞれの国内で俄かに高まっていったのであった。
マルコの父はマルキス州議会の議長を務めており、そうした情報がいち早く手に入る。
ダヤンがマルコに噂の真偽を尋ねたのも、そのパイプを信用しての事だった。

「ご馳走様、っと。ダヤン、帰りにちょっと付き合って!」
「良いけど、何の用だ?」
「秘密!さ、お昼休みもまだ時間はあるから、中庭でも散歩しよ!」
「お、おう……。」
こうして、マルコに手を引かれたダヤンがマルキス中等学院内のカフェテリアを後にした頃……。
スプルース・フォレストでは、キリルとプリムがノースポールの花咲く庭で、午後のティータイムを楽しんでいた。
「ねぇキリル、最近新聞読んでる?」
やや伏し目がちに、最愛の相方に問い掛けるプリム。
「うぅん、でもどうしたの、プリム?」
キリルは不思議そうにその様子を眺める。
「メープル・キングダムを敵視する論調が、日増しにエスカレートしているように思えてさ。メープル・キングダムには僕達を救ってくれたテットさんやティルさん達が暮らしているから、とても心配なんだ。」
「ねぇ、それってどういう事?」
キリルは身を乗り出してプリムに尋ねた。
「戦争になるかもしれないって、そんな気がしてならないんだ。僕の勘違いなら良いけど……。」
「そんなの嫌だっ!プリム、どうしよう……。」
見ると、キリルは目に涙を溜めていた。
その姿を見てどうにかしてやりたくて、プリムは森の神に願いを掛けてみた。
すると……。
「やぁ、どうした。キリル、プリム。」
白い光と共に森の神が現れ、二人に問い掛けた。
「ねぇ、神様!メープル・キングダムとの間で戦争だなんて、止めさせてください!」
プリムは木の椅子から即座に立ち上がると、森の神に懇願した。
つられて、一足遅れてキリルも立ち上がり、森の神を懸命に見つめる。
「プリムよ。そうした声はちらほらと、私の元に届いてはいた。だが私には、このスプルース・フォレストの人間に戦争を止めるように働き掛ける事は出来ても、隣のミスティレイン・フォレストの人間にまで働き掛ける事は出来ない。だからこのままでは、戦争になるのは避けられないかもしれない。雷神亡き後、あの地を見守る者が居ない事が、今回は凶と出るかもしれない。私は、このスプルース・フォレストが戦争に加担しないよう、全力を尽くすとしよう。」
森の神の溜め息混じりの告白に、キリルとプリムは失望の色を隠せない。
「そんなぁ……。」
キリルとプリムはスプルース・フォレストに住む、まだ若い同性カップルであった。
出逢った頃は少年で、その頃のスプルース・フォレストでは大々的な弾圧が同性愛者に対して行われており、人々の自主性を重んじていた森の神は、その事に対して干渉する事はなかった。
そんな中で何も知らなかった彼らは互いに惹かれ合う。
結局、森の人々に処断される前にとの配慮で、森の神は二人の恋を禁じた。
その結果プリムは、キリルのためを思っての過剰なまでの辛辣な言葉でキリルを傷付けて自殺に追いやってしまい、自らも後を追う。
やがて森の木の精として生まれ変わった二人であったが、ミスティレイン・フォレストを雷神の弾圧から解放した英雄のテット・クラウスとティル・クラウスが森の人々の記憶とDNAのデータベースである神聖ヘリテイジ・ストーンに二人の復活を祈った事により、再び人間としてこの世界に還ってくる事が出来たのだった。

一方その頃、マルコとダヤンは一日の授業を終え、共に帰宅の途に就いていた。
マルコとダヤンが学校で過ごしている間に路上の虫の死骸は綺麗さっぱり片付けられており、帰りは通常通りの自主的な下校となった。
今日はダヤンの柔術研究部の活動も無い日で、もちろんマルコはそれを狙って先程ダヤンを自宅に誘ったのだった。
昨日までは学校が休みだったので誘いにくかったという事情があり、明日からは柔術研究部の活動が再開される。
今日はまさに、うってつけのタイミングだったのだ。
帰り道、マルコはダヤンの腹を、行きと同じように揉み続ける。
「お前、ホントに俺の腹、好きなー。」
ダヤンは少々呆れ顔だ。
だが、もちろんマルコはそんな事ではめげない。
結局、大した会話もなくだらだらと歩き続けた二人は、マルコの家に到着する。
その間、マルコがダヤンの腹を揉み続けていたのは、言うまでもない。
「しっかし、いつ見てもデカい家だな。」
マルキスはメープル・キングダムの中では王都メープルシティに次いで大邸宅の多い地域でもあるが、この大邸宅の威容は格別のものがあった。
「さ、入って!とりあえず部屋に上がってもらうから。」
マルコが掌を認証装置に翳すと、その静脈を読み取ってゲートが開く。
「お帰りなさいませ、マルコ坊っちゃま。」
門衛と挨拶を交わした二人は、長いアプローチを抜け、エントランスへ。
再び掌を翳すと、自動ドアが開いて、エスカレーターが現れた。
この家は、エントランス周りの建物だけが高台にあり、住居エリアとの行き来にはエスカレーターを使うようになっている。
マルキスは起伏に富んだ地形が特徴の、坂の多い街であり、市内には他にも同じような作りの邸宅は存在している。
「いっつも思うんだけどさ、何で家ん中にエスカレーターがあるんだよ。」
「細かい事は気にしない、気にしない。さ、乗って!」
二人は下りエスカレーターに乗って、マルコの部屋へと向かう。
「お帰りなさいませ、マルコ坊っちゃま。」
途中、住み込みのメイドの一人のメアリーが、門衛と同様の紋切り型の挨拶を交わす。
何処か冷たい感じのするその挨拶を適当にあしらうと、マルコは自室の前で再び掌を認証装置に翳した。
扉のロックが解除され、開けるとすぐ目の前にマルコ専用のクローゼットが現れる。
「ここは本当に作りが変わってるよな。にしても靴も洋服も凄い数だな、買い過ぎだぞお前。このクレイジーショッパーめ。」
マルコは中学生ながらブラックカードホルダーである。
この国の超富裕層の子弟には、そうした者も数多い。
「へへ、あんま見ないで、恥ずかしいからさ。さ、適当に靴を脱いで上がって!」
先に進むマルコに続いてダヤンが靴を脱いで上がると、床は分厚い絨毯敷きだ。
厚みがあり過ぎていつ来ても慣れないのか、ダヤンは歩きずらそうにクローゼットの中を通り抜ける。
入ると、四十畳程はあるベッドルームが現れた。
部屋の中にはキングサイズのベッドとサイドテーブル、二脚のラウンジチェアとテーブル、そしてデスクなどがゆったりと配置されており、その様はさながら五つ星ホテルのスイートルームのようだった。
「でさ、用って何だ?」
「こういう事!」
ダヤンにとっては、完全に不意打ちだった。
マルコの柔らかな唇が、ダヤンのぷっくりとした頬に触れる。
「あ……。」
思わず声を上げるダヤン。
抱き付くと、ダヤンが興奮している事が分かってしまって、マルコは箍が外れたようになってしまった。
マルコのスラックスは既に足元で丸まっている。
ダヤンに覆い被さるマルコ。
その瞳は、曇っていた。
「ち、ちょっと待って、落ち着いて、な!」
体力はダヤンの方があるので、取り乱したマルコとどうにか距離を置く事が出来た。
見るとマルコは俯いたまま、動かない。
失敗を後悔しているのだろう。
次第に嗚咽が聞こえるようになって、ダヤンは焦る。
「落ち着いて、な!俺、お前の事嫌いじゃないけど、まだ気持ちの整理が出来てないから、返事はもう少し待って欲しいんだ。な、いいだろ?」
するとどうだろう。
顔を上げたマルコは、目に涙を溜めたままで、満面の笑みを浮かべるのだった。
「ダヤンの身体、抱き心地最高だった!」
幼い子供のような笑顔でダヤンに懐くマルコ。
この時ダヤンは、己の気持ちを初めて、ハッキリと自覚するのだった。

「それでね、ダヤン。テット・クラウスとティル・クラウスって知ってる?」
スラックスを上げ、乱れた洋服の裾を直しながら、マルコはダヤンに尋ねる。
実はダヤンを自室に招いたのには、もう一つ理由があるのだ。
「聞いた事はあるな。それがどうかしたのか?」
何処となく生々しいマルコの仕草に少しばかり興奮を覚えながらも、それを顔には出さないように必死に取り繕いながらダヤンは、話の続きを促すのだった。
「二人は同性愛のカップルで、ミスティレイン・フォレストを雷神の弾圧から解放したメープルシティ在住の英雄なんだ。二人ならもしかしたら、ダーク・フォレストとの戦争を止めさせる事に協力してくれるかもしれないと思ってさ。」
「それだ!マルコ、二人にすぐに逢いに行こうよ!四人集まれば、何か出来るかもしれない!」
ダヤンが柄にもなく身を乗り出してマルコに提案するのだが、二人はまだ学生の身。
親や学校の許しがなければ、休みでもないというのに旅に出られる訳がない。
「まぁま、ダヤンちょっと落ち着いて。まずは両親や学校の許可が必要だから、ウチの親に会って行きなよ。今後の事はそれから考えよ、ね?」
「おう……。」
まだ己が無力な学生でしかない事を改めて思い知ったダヤンは、渋々といった表情でマルコの言に同意する。

「パパ、入るよ!」
マルコの父親の書斎はベッドルームの一角のアルコーブに誂えられているため、二人はマルコの父親に会うためにわざわざベッドルームに入る必要があった。
「失礼します……うわ!」
その事実を聞かされていなかったダヤンは、マルコの案内で思い出の写真などが額装されて飾られているギャラリーと、それに続くライブラリ、そしてクローゼットを抜けて部屋の内部に入るなり、ミンクで覆われたベッドの上で寛ぐあられもない夫人の姿を見て驚きを隠せないのであった。
「あらいらっしゃい、お友達も一緒なのね。今パパを呼ぶから待ってて頂戴。」
シルクサテンのセクシーなラウンジウェア姿の夫人が夫であるマルコの父親を、平然とした表情で書斎へと呼びに行く。
程なくして、マルコの父親は二人の前に姿を現した。
「やぁ、いらっしゃい。話があるんだろう?ここでも良いんだが狭いから、応接間に行くとしよう。来なさい。」
三人はライブラリの手前のシューズイン・クローゼットの中で靴を履くと部屋を出て、応接間に向かって広い通路を歩き出した。
「妻は身体が弱くてね。パーティーの時以外はああして休んでいる事が多いんだ。気にしないでくれたまえ。そうそう、君、名前は?」
「申し遅れました、ダヤンと申します!」
普段ならいざ知らず、初対面となる夫人の意外な姿を見せ付けられた後とあっては、自己紹介が遅れるのも無理はないと言うべきだろう。
だがダヤンは、らしくない己の失態を、じくじくと後悔しているのだった。
一方、そんな事を気に留める様子もないマルコの父親は、応接間の観音開きの扉を自らの手で開け放つ。
「さ、適当に腰を掛けなさい。今、メイドにお茶の支度をさせよう。」
適当に、と言われてはみたものの、夥しい数のソファを前にして珍しくダヤンはまごついてしまう。
この家のマルコの部屋以外の居住空間にダヤンが足を踏み入れたのは、今日が初めてだったのだから、慣れないのも無理はない。
だが、ダヤンは学校でのようには上手く振る舞えない自分に、イライラしていた。
「さ、ダヤンこっち!」
結局マルコが叩いた所にそのまま座り、かしこまるしかないダヤン。
ダヤンにとっては、先程から少しばかり憂鬱な時間が流れているのだった。
「お茶をどうぞ。」
少し冷たい声色のメイド・メアリーが、紅茶とお菓子を銀色のワゴンで運んで来る。
目の前に差し出された紅茶は適温で、良い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「それで、私に話とは、何だね。」
父親の当然の問い掛けに、息子であるマルコが応じる。
「パパ、ダーク・フォレストと戦争になるかもしれないって、本当?もしも本当なら、あのテット・クラウスとティル・クラウスの二人に会いに行こうと思ってるんだ。あの二人ならもしかしたら、って思ってさ。」
マルコがそう言い終えるのを待つまでもなく、見る見る内に表情が固くなるマルコの父親。
「事態が急速に悪い方に向かっているのは事実だ。特に雷神亡き後のミスティレイン・フォレストでは、軍部の強硬派が我が物顔で跋扈しており厄介だ。私としては、子供達と青年達だけで何が出来るのか、甚だ疑問ではあるが、立場上その件に関しては私は身動きが取れなくてな。しかし危険だぞ。それでも行くのか?」
意外と強情なマルコの性格を良く知っている父親だけに、この件に関してマルコが譲らないだろうという事も良く理解していた。
だからこそ、の展開である。
「もちろん!」
息子のマルコが予想通りに大きく頷いたのを確認した父親は、手招きしてメイドを呼び寄せる。
「メアリー君、私の代わりにこの子達をメープルシティのクラウス家に連れて行ってくれたまえ。
調べるまでもない程有名かも知れんが、念の為に詳細な住所は私が調べて、追って連絡する。君の留守中は他のメイド達だけで用を済ませるから、心配は要らない。」
「かしこまりました。支度がありますので、私はこれにて失礼いたします。」
白髪混じりのメイドのメアリーは冷たい声色でそれだけ言うと、自室へと戻っていった。
メアリーはスプルース・フォレストに眠る、キリルの祖父テムの元妻なのであった。
初孫キリルの父親となるはずであった一人息子のクリルをヘイトクライムで亡くし、元々夫婦不和だった事も手伝って密かに同性愛者であったテムと協議離婚をした後、その原因が魅力のない自分の方にあるというような、己に対する心ない噂に悩まされていたメアリーは、新天地を求めて全てを捨てて命懸けでメープル・キングダムへと移住していたのである。
メアリーは当時の多くの森の民と同様にかつては同性愛者を憎んでおり、今でも必ずしも同性愛者に好意的な訳ではないが、ここメープル・キングダムが自由な国である事は十分に承知していたし、マルコの父親にはメイド職での採用に際して多大な恩義があった。
複雑な心境ではあったが、マルコの事は命に代えても守ろうと、固く心に誓っていた。
メアリーはそれだけ変わっていたのである。
そのメアリーの姿を見送るとマルコの父親は、立ち上がって二人のもとへと近付く。
「ダヤン君のご両親へは私から連絡しておくから大丈夫だ。
今の私に出来る事はこれだけだが、二人とも気を付けて行くんだぞ!」
力強くそう言うとマルコの父親は、立ち上がった二人を抱き寄せて両腕に力を込める。
続けざまにはい、と返事をする二人の声は、すぐさまユニゾンのように空間中に揃って響いた。
暫しの抱擁。
「ちょっと待っていなさい。」
やがてマルコの父親は近くのウォークインクローゼットまで向かうと、ガラスケースの中から大型のライフルを二丁取り出す。
この国では銃は過度な流通の防止のために税金によって高額となっており、大型ライフルともなれば二丁で一億円は下らない。
ハンガーに掛かっていた防弾チョッキも二着手に取って、
父親は再びマルコとダヤンのもとへと向かった。
「くれぐれも気を付けて行くんだぞ。」
父親の眼差しは、いつにも増して力強かった。
マルコはいつの間にか流れ出ていた涙を袖でぬぐいながら一式を受け取ると、ダヤンを引き連れて自室へと戻るのだった。
「ライフルや防弾チョッキなんか持ち出すなんて、やっぱりこの先危険がたくさん待ち受けているんだな。でも、今更引き返すわけにもいかないし、やるしかないな。」
ダヤンの目はこの時、とても厳しかった。
だから話を逸らそうと、マルコはクラウス家の事を知っている限り話した。
「クラウス家はお菓子の製造と、国際的にチェーン展開している様々な業態の小売店、それにカフェ&レストランチェーンなどで世界的に有名なグラン・デセール・グループの創業者一族で、メープルシティの代々の個人筆頭大地主でもあるんだ。ウチよりもだいぶお金持ちだよ。セントラルパーク沿いの超一等地にあるというクラウス邸の12階建の家はさながら城塞のようだとか。廊下の長さは200mという噂もあるよ。」
幾ら何でも廊下の長さは盛っているんじゃないのかなぁ、などとこの時のダヤンは思ってはいたが、ともあれグラン・デセール・グループの創業者一族ともなれば名家には違いないのだった。
とまぁ、そんな事をダヤンがつらつらと考えていると、隣で力なく呟く丸々とした背中が視界に入って、ダヤンはほんの一瞬、頭がクラクラとした。
「僕達、死ぬかもしれないんだよね。もしも危険な目に遭いそうな時は、僕がダヤンを守るから、盾になるから。だから、安心していいよ。」
この時に彼は改めて自覚した。
マルコがダヤンに対してそうであるように、ダヤンもまたマルコが大好きなのだ。
ここでようやっと、その事実をハッキリと認める覚悟が出来た。
だからこそここで言わねばならない事がある。
「俺だってマルコを守るぞ!危ない時には俺が盾になるんだ!マルコは絶対に居なくなっちゃ駄目だ。自分だけ格好付けようだなんて、ズルイじゃないか。戦いが終わって生きて帰ったら、俺たち付き合うんだから、さ。」
ダヤンはしまったか、と思った。
けれどもそれは杞憂だったようだ。
「やっぱりダヤンは最高だぁ!こうなったら意地でも生きて帰って、ダヤンと絶対に付き合うんだぁ!」
などという言葉を言い終わるより前に、
マルコはその重たい体でダヤンに覆い被さってきたのだ。
「えぇ!?ここは廊下だってばょ!落ち着いて、落ち着いて。それよりもメープルシティに行く事の方が先だと思うんだ。続きは帰って来てからすればいいし、俺は逃げないから。大丈夫。」
そうだね、と言って照れながらもマルコは嬉しそうだ。
マルコは自室で四角い革張りのトランクに洋服の替えなどを詰め込んでゆく。
「後で車でダヤンの家に寄るからさ、メープルシティに行く前に荷物を詰めておくといいよ。」
これまで王都メープルシティに行く気満々でいたダヤン。
だが、その前にまずすべき事があった。
そもそもまだダヤンの口からは家族には何も話していなかったのだ。
危険なのは確かだし、何の相談もしていなかった訳であるから、お詫び位はしておかないとな、などとダヤンは反省しながら思うのだった。
ふと窓の外を見上げると、艶やかな漆黒のリムジンに先導されて、フルオーダーメイドのポールスポイスのランドーレットボディの真っ白な観音開きの大型リムジンが車寄せから発車しようとしている。
これから理事長を交えての打ち合わせが、マルキス学園本部にてあるのだ。
あれじゃあまるでパレードカーだよね、と言ってマルコとダヤンは二人で笑った。
その後、ご自慢のこれまたポールスポイスのフルオーダーメイドの完全オフロード仕様の六輪駆動車でメイドのメアリーと共に出発した二人は、程なくしてダヤンの家へと到着する。
マルコがこの場所に来るのは初めてであった。
二階建ての、ここマルキスでは平凡極まるこじんまりとした家。
築浅だが正直、あまり立派とは言えない。
ちょっと恥ずかしい、などとダヤンが内心で思っていると……。
「可愛い家じゃん!僕は好きだよ!」
その言葉を聞いてマルコの目を睨んだダヤンであったが、顔付きに邪気がないのを確認出来たので、ダヤンはマルコの頭を軽く撫でてやるのであった。
それにしても嬉しそうで、まるで仔犬か何かのようだ。
これから厳しい戦いが待っているというのに、いやだからこそ、こんなテンションもこの場面では必要なのかもしれないと思えて来て、ダヤンはこれから先の一瞬一瞬をひと時も無駄にしないで生きようと、心から誓った。
ダヤンが片開きの玄関扉の鍵を開ける。
すると、エントランスホールに飾ってあった生け花の手入れをしていたダヤンの母親が、すぐさま応対した。
「あら、ダヤンお帰りなさい。マルコ君も一緒ね。マルコ君のお父さんから大体の話は伺ったわ。本当の事を言うとね、私としては賛成出来ないの。でも、決意が固いのなら、少し早い巣立ちもいいわね。その代わり、ちゃんと生きて帰って来るのよ、二人共。これは約束。ちゃんと守るのよ。護身用の銃がちょうど二丁あるから、身に付けておきなさい。あと、ナイフもね。」
暫しその場で待っていると、母親が決して安くはない銃も含めた一式を持ってやって来た。
「母さん、改めましてただいま!」
「ホント、無茶ばかりするんだから、この子は……。」
いきなり抱き付かれて、正直、びっくりしたダヤン。
同時に、やはりしっかりと愛されていたのだと、当たり前の事を改めて確認させられもした。
「さ、ダヤンもマルコ君も上がって頂戴。本当はお茶でも出すべき所なのでしょうけれど、時間もなさそうだから省くわね。早く荷物を詰めなさいね。父さんには私が話すから、心配しないで。」
この時のダヤンには、去って行く母親の後ろ姿がいつにも増して頼もしく見えた。
もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。
それでも、立ち上がらなければならないと思った。
何しろ、何もせずにいたとしても戦火に巻き込まれたら結局は同じ事なのだから。
「さ、狭いけど上がれよ。」
そういえばマルコを家に呼んだのは今回が初めてだった、という事にここで気付くダヤン。
「階段なんてタルイよ。エレベーターで行こうよ、ね!」
邪気のない顔でそう言われて、
この時のダヤンは身体から力が抜けてゆくのを感じていた。
そんなものはこの平凡な家にはハナからないのだ。
ここは確かにエレベーターやエスカレーター、室内温水プールなどが当たり前の超高級住宅地。
そもそもここは敷地があまり広くなく、平屋に出来なかったのも問題の一つではあった。
どう説明しようかと一瞬迷ったが、
それも面倒なのでとりあえず無言でズンズン先に進む事にしたダヤン。
「えー、何だよ階段なんて!疲れるじゃんかぁ、もぅ!」
不平を漏らしながらも慌てて付いてゆくマルコ。
やがて手早く荷物を詰め終えたダヤンは、あえて未練を残さないように母親との別れのハグをごく簡単に済ませると、呆気ない程にマルコと共にメイドのメアリーの運転する六輪駆動車の後部座席に乗り込んだ。
こうして、名もない少年達による王都メープルシティへの短い冒険の旅が始まるのだった。

マルコとダヤンを乗せた六輪駆動車は、制限速度ギリギリいっぱいの200km/hで自動車専用道路の追越車線を飛ばしてゆく。
マルキス出発から三時間程経った頃、燃費の悪い六輪駆動車は給油も兼ねて途中のパーキングエリアに立ち寄った。
トイレを済ませ、軽食を摂る事にするマルコとダヤン。
セルフサービス式の大型レストランは人々で賑わっており、
券売機には行列が出来ていた。
列の最後尾にマルコとダヤンがつく。
すると何処からともなくダーク・フォレストとの戦争がすぐにも始まるのではないかとの話し声が聞こえて来た。
「なぁ、ダーク・フォレストの連中がこの国に攻めて来るんだって?」
「なんでも新型ステルス爆撃機とレーダー付き巡航ミサイルで一気に攻め落とすとか。怖えぇ。」
「この国の議会の連中は高い給料を貰って一体何やってんだか!」
「そうだそうだ!あんな連中辞めさせちまえばいいんだ!」
そうした声を耳にするにつけ、父親がマルキス州議会の議長を務めるマルコは、肩身が狭くなる。
そんな様子を察したダヤンは、州議会は国政に直接関係する訳ではないからお父さんの仕事は関係ない、と言って、縮こまるマルコを慰めてやるのだった。
やがて券売機でアメリカンドッグとピザ、ナゲットとフライドポテト、それにコーラの券を買った二人は、品物を貰って席に着くと食べながら今後の動きについて話し始める。
「テット・クラウスとティル・クラウスの二人に会うのはいいとして、その後どうするんだ?何かあてはあるのか?」
ダヤンのもっともな問いかけに対して、マルコは次のように答える。
「うん。スプルース・フォレストの軍が動かないようにするには、彼の地を治める森の神様とコンタクトを取るのが一番だと思うんだ。それに関してはあの二人なら詳しいはずだから問題ないよ。問題はミスティレイン・フォレストの軍をどう抑えるかなんだ。これは私見だけど、あの二人はミスティレイン・フォレストでは英雄だから、国民の蜂起を促す事が出来れば勝機はあると思う。要はあの二人にはジャンヌダルクみたいになってもらえればいいな、という事。」
「火炙りか!?それは駄目だろ。」
珍しく真面目一辺倒なマルコを、半分茶化すダヤン。
「いや、別にそういう事じゃないんだってば、ダヤン!」
マルコはただでさえ丸い頰を河豚のように膨らませて怒るのだった。
こうして話し合いながらの軽食を終えた二人は、パーキングで待つ六輪駆動車へと戻った。
大型のボディがグレーの路面を駆け抜けてゆく。
そこからおよそ二時間で、車は王都メープルシティ中心部へと到着した。
陽は既にとっぷりと暮れている。
マルコの父親からの連絡でクラウス本邸の代表電話番号を聞いていたメイドのメアリーは、車載電話でコンタクトを取る事にした。
「……かしこまりました。
間もなくお伺い出来ると思いますので、よろしくお願い申し上げます。
それでは失礼いたします。」
メアリーがクラウス本邸のフロントスタッフと会話をしてから間もなく、車は本邸正門へと到着した。
車寄せに車を停車させると、建物の中からは何名ものスタッフが駆け寄って来る。
「マルコ様のお父君からお話は伺っておりまして、お待ち申し上げておりました。
お車はバレースタッフが地下パーキングへとお運びいたしますので、皆さまはここでお降りくださいますようお願い申し上げます。邸内は私共がご案内申し上げますので、短い間ではありますが何卒よろしくお願い申し上げます。」
卒のない対応で広義の意味でのこの大邸宅の侍従長が邸内を案内してゆく。
この家は無数の監視カメラ、二十四時間三交代で門衛のいるゲート、ドアマンとポーター・それにバレーサービスのスタッフが常時居るエントランス、二重オートロック、バイオメトリクス認証を通るかフロントで貸与されるカードを翳すかしないと動かない一部着床制限付きのエレベーター、各個室に備わったバイオメトリクス認証によるロックといった、何重ものセキュリティが自慢だ。
まずは一階手前のセキュリティを抜けるとフロントに面して列柱の立ち並ぶホワイエが現れて、一同を圧巻させる。
そこを抜けて曲がると、200mは流石に嘘であったものの、
長さ150mは優に超える邸内縦断通路があり、一同は気が遠くなるのであった。
侍従長の後に続いて総ガラス張りの大型シースルーエレベーターに乗り、最上階の12階へ。
観音開きの扉が開かれると、夥しい数の大型ソファの向こうに巨大なルーフバルコニーが見渡せる。
「やぁ、いらっしゃい、マルコ君とダヤン君、それにメアリーさん。
マルコ君のお父君から話は伺っているよ。
まずは座りたまえ。
今後についてゆっくりと話をしようじゃないか。」
テットの父親は一同をソファへと案内する。
そこにはテットとティル、それにピウとピムも居た。
ピウとピムは兄弟で愛し合っている、ティルの昔からの親友の少年達だ。
兄弟愛の罪でピウとピムはミスティレイン・フォレストを治めていた雷神の怒りを買い妖精になるも、ティルと、ミスティレイン・フォレストで圧政を敷いていた雷神を倒すための旅の途中で知り合ったテット、それにスプルース・フォレストの森の神の尽力により、見事この世に復活する事が出来たのだった。
ピウとピムの両親は結果として復活出来なかったので、彼らはここクラウス邸でお世話になっている。
「おぉ、おめぇたちよく来たな。まぁ寛いでくれ。それにしてもこれでここのデブ率が急上昇したぞ。どこを見渡しても丸っこいぞ。ちっと暑苦しいな。」
「ほんとだねー。みんなチャーシューみたいだもん。」
「そこ、二人ともうまそうだな。早く焼ぃて食わせろー!」
「僕、左側(マルコ)のステーキ食べたい!脂乗ってそぅだし。」
言いたい放題である。
ともあれ、これでマルコ達の緊張は一気にほぐれたのであった。
「ようこそいらっしゃいました。私はここクラウス邸のメイド、スーザンです。温かいお飲み物をお持ちいたしました。お口に合うかどうかは分かりませんが、グラン・デセールのトップ・ブランドのお菓子と共にどうぞご賞味ください。」
モデルのようなスタイルの黒人メイド・スーザンがワゴンに乗ったカップやお菓子をテーブルに並べて後ろに下がると、
いよいよ話は核心に迫る。
ちなみにスーザンはミスティレイン・フォレストで生まれた孤児で、縁あってクラウス家に引き取られて育てられ、今はメイドとして働いているのだった。
「それでマルコ君、ダヤン君。うちの子達に協力を求めるのはいいとして、何かビジョンはあるのかね?」
テットの父親は、にこやかながらも鋭い眼光で、マルコとダヤンの瞳を突き刺した。
怯む事なくダヤンが口を開く。
「テットさんとティルさん、二人の知名度を活かして、ミスティレイン・フォレストでパルチザンを組織しましょう!スプルース・フォレストの方は彼の地の森の神様に働きかける事が出来れば、きっと上手くいきます。まごまごしているとミサイルの雨が降って来ます。急ぎましょう!」
するとテットの父親の表情は一転して、穏やかなものへと変わった。
それは、この世界の平穏は目の前の勇気ある少年達、そして青年達に託すより他ないという事を、心の底から悟ったからであった。
泣きたい気持ちを抑えて、慈愛に満ちた表情で彼らを送り出そうと決めたのだ。
「それなら、いいだろう。実を言うと私も、他に方法はないと思っていた。最早政治的な解決で事を鎮める段階にはない。だが今の弱腰のメープル・キングダム首脳部では恐らく何も出来ないだろう。善は急げだ。私も本当ならば行きたい所だが、今のままで同行しても足手まといになるだけなのでな。何名か使用人を同行させるから、有効に活用しなさい。こんな時のために先日、機関銃とキャノン砲、それにバズーカ砲を用意したばかりだ。人数分はないが、持ってゆくといい。」
テットの父親は立ち上がると、スーザンら何名かのメイドと共に銃器ギャラリーに向かい、ガラスケースの中から機関銃やキャノン砲、バズーカ砲を取り出してリビングのテーブルの上に次々と乗せる。
機関銃だけでも、置いてある四丁で十億円は下らない代物だ。
「おやじ、ありがとう。さ、ここに置きっ放しもなんだからよ、この武器はみんなで手分けして後で俺様の寝室に運ぶんだぞ。明日になったらマルコとダヤン達にも分けるからよ、有効に使ってくれ。マルコとダヤン、それにそこのメイドの……メアリーだっけか?今夜はもう遅いから、今から案内するゲストルームでひとまず休んでてくれ。明日の朝になったら出発な。ところでマルコとダヤン、部屋は別々か?」
テットに尋ねられてドギマギするダヤンをよそに、マルコの答えは明快そのもの。
「一緒で!」
その様子を見てテットやティル、ピウやピムは、
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
「さ、俺様はマルコとダヤン、それにメアリーをそれぞれのゲストルームに案内すっからよ、ティルとピウ、それにピムはテーブルの武器を運べるだけ俺様の部屋に運んでおいてくれ。残りは後で俺様が運んでおくからよ、大丈夫だぞ。」
こうして一同は明日からの新たな冒険に向けて、束の間の休息をとる事になった。

翌朝。
クラウス家のメイドの一人であるスーザンが、マルコとダヤン、それにメアリーを起こしに回っていた。
マルコにしてみれば二人きりで眠れる好機、逃す手はなかったのだが、続きは帰って来てからすればいいというダヤンの言葉を信じて、どうにか大人しく眠りに就いたのであった。
今朝の食事は邸内のホールでのビュッフェ形式。
テットとティル、ピウとピム、それにテットの父親は既に会場に居た。
「さぁ、ローストビーフもシャトーブリアンのステーキも、スイーツも何でもあるぞ。気兼ねする事はない、たらふく食べてくれたまえ。」
テットの父親にそう言われて、俄然食欲の湧くマルコとダヤン。
「俺、トリュフなんて久々に食べたぞ。マルコは?」
「僕はしょっちゅう食べてる。でもここのは美味しいね。良いやつを使っているからかな。」
「あ、ゆで卵にキャビアの乗った奴、旨いんだよな。取ってくるとするか。マルコは?」
「僕も欲しい!取って来てくれるの?」
「おう、座って待ってろよ。」
「ありがと!」
和やかな食事。
これから先は、何が起きるか分からない。
だからこその、この空気。
もう二度と味わえないかもしれないからこそ、みんな真剣になって舌鼓を打つのだ。
「朝食からビュッフェだなんて、久し振りだねー。」
「おぅ、おめぇ達みんなしっかり食っとけな。さ、俺様も食うとするか。」
テットとティルは幸せそうだ。
「あのデブ二人、食べられなくて残念だ。」
「全くだよ、シャトーブリアンよりもマルコとダヤンの方がうまいに違いないのにさ。」
「今からでもあの二人、丸焼きにしてもらおぅか?」
「いいねぇ!賛成!テット兄やティル兄も一緒に焼いてもらおうょ!」
相変わらず言いたい放題のピウとピム。
それでも、誰も咎めようという気は起きなかった。
こんな幸せな朝が次にいつ来るのか、
それはこの時の誰にも想像が出来なかったからだ。

その後。
支度を終えた一同は、車寄せでおのおの四駆や六輪駆動に乗り込む。
今回の旅に参加するのは、マルコとダヤン、テットとティル、ピウとピム、メアリー、スーザン、クラウス家の近衛隊から選りすぐりの精鋭七名、以上の全十五名。
「必ず生きて帰って来い!待ってるからな!」
普段見せない表情で、テットの父親が叫ぶ。
侍従長以下クラウス家の使いの者もまた、険しい表情で一行を見送るのだった。
「何とか間に合ってキャノン砲とバズーカ砲も幾つか手に入りましたね。でもこのままでは不足です。お館様から小切手を預かりましたから、もう少し武器を揃えなければ。」
近衛隊の一人が同僚に口を開く。
「多数の犠牲者が出るのは最早不可避ですね。テット坊っちゃま、ティル坊っちゃまや子供達だけでも生きて返してやりたいですね。どうなることやら、ですね。」
同僚は今後の展開に不安を隠さない。
「ミスティレイン・フォレストでの蜂起集会が成功するかどうか。今回の作戦の成否はそこにかかっています。」
「その通りですね。」
その頃、テットお気に入りのイエローのボルギーニの四駆の車内では、今後の事についてテットとティル、それにピウとピムが作戦を練っていた。
テットが口を開く。
「ピウとピムには別の四駆に乗ってもらって、スプルース・フォレストに行ってもらうぞ。スプルース・フォレストの森の神様と、コンタクトを取って欲しいんだな。俺とティルは一路ミスティレイン・フォレストに向かう。一刻も早く現地に着いて、危機的な状況にあることを現地の人々に訴えてみるつもりだぞ。戦争になればミスティレイン・フォレストもタダでは済まない。賛同してくれる奴らは居ると思うんだがよ、どうかよ。」
確かに、他に方法はなかった。
五台のオフロード車がグレーの路面を駆け抜ける。
全車防弾仕様だが、助かる見込みはないと言っていい。
それから車は二手に分かれて、何時間もの間飛ばし続けた。
結論から言うと、ピウとピムの交渉は成功だった。
既にキリルとプリムら森の良識派達が立ち上がって、森の神に直談判していたのも効いていた。
森の神の今回の対応は苛烈を極めた。
それは、戦争に加担しようとした者は根こそぎ処刑をするというものだ。
これではいかにメープル・キングダムを敵視していても、
手出しなど出来るはずがない。
問題はただ一つ、ミスティレイン・フォレストの強硬派連中をいかにねじ伏せるかにあった。
集会に何人集まるか、ビジョンを共有出来るか、ミスティレイン・フォレストの軍部と太刀打ち出来るのか。
まさに今が勝負どころだった。
テットは考えていた。
森林に囲まれたこの国の建物は、木造が殆どなのだ。
コンクリート造よりは、壊すのは容易い。
同志達を集めて集会を開き、一気に攻め込めば。
そして軍本部の建物を制圧する事が出来れば、もしや。
こうして作戦は固まった。
だが実際にはそうは簡単に事は進まない。
森の中には家が点在してあり、しらみ潰しに回るのは効率が悪いのだ。
結局の所、まずは敵の要衝を次々と陥して民衆の信頼を勝ち取り、改革の旗手として人々の支持を得なければならない。
実はこの時、テットは父親から高額の小切手を預かっていた。
近衛隊達が預かっている、まさにそれであった。
事態が思っていた以上に切迫している事を土壇場で感じ取っていたテットが、珍しく父におねだりしていたのだ。
「くれぐれも有意義に使うんだぞ。お前ならきっと大丈夫だがな。」
その時、テットの目からは涙が溢れ出て止まる気配がなかった。
さて、車はそろそろ危険地帯に入っていた。
途中で小切手を切り、モグリの業者で中型ミサイルを複数基購入。
そこでまずは先制攻撃だ。
テット達は皆キャノン砲やバズーカ砲、大型ライフルや機関銃、銃やナイフで武装している。
まさか子供と青年でここまでやるとは、先方も考えていなかったようで、呆気なく敵の要衝を幾つか抑えることが出来た。
だが厄介なのはこれからだ。
今の攻撃で場所が知れた以上、生き残った敵の兵士達がぞろぞろとこの場所へとやって来る事が大いに考えられる。
幾らたくさんの住人がパルチザンに参加したとしても、敵の兵士達には敵わないかも知れない。
苦戦していたテット一同。
考えてみればそれも当然と言えよう。
いよいよ、万事休すか。
誰もの脳裏にそんな言葉が浮かんだその時、ティルは、まだ残っているんなら燃やしちゃえばいいんだよ敵の本部、と言って明るく微笑んだ。
そうだ。
もともとそのつもりでやって来たのだった。
みんなに優しくする事も、みんなと仲良くなる事も、所詮は出来っこない。
残念だが、当たり前の事なのだ。
「ありがとな、ティル。これでやっと勇気が出て来たぞ。」
いざとなったら森に火を放つ覚悟を、テットはここで決めた。
遠くから敵の声が聞こえて来た。
次第にその荒々しい声は近付いてくる。
思っていたよりも随分と早い敵の襲来。
目算が狂った。
「キャノン砲、バズーカ砲、機関銃、ライフル、銃、構え!」
テットの合図に合わせて少数精鋭の部隊が構えた。
「撃てーっ!」
弾幕が足りない。
次々と倒れるクラウス家の近衛隊達。
「わあぁーっ!」
「ああぁーっ!」
スーザンやメアリーも、おのおのテットやマルコを命がけで守って、空の星となった。
心からのまごころと愛に守られて、テットやマルコは寸での所で助かったのであった。
どうやらこちらからの敵の総本部へのミサイル攻撃は間に合わなかったようだ。
いよいよ終わりの時が近いのであった。
或いは、森の住人にも多数の犠牲者が出るのを覚悟で、火を放つより他ないのか。
だがその時、ピウとピムが戻ってきた。
二つの吉報を持って。
一つ目はスプルース・フォレストの森の神が動いた事。
森の神は自らが生まれた聖地・サウザンライツ・バレーに赴き、自らがミスティレイン・フォレストをも統治する事について、この世界全体を影より支配する青い鳥達からの許可を得ていたのだ。
もう一つは、先程ミスティレイン・フォレスト内の大広場にてピウとピムがパルチザンを結成する事に成功、今この場にやって来たという事だ。
テット・クラウスとティル・クラウス両名の知名度が、ここでようやく役に立った。
ミスティレイン・フォレストの人々を一ヶ所に集める事が出来たのは、スプルース・フォレストの森の神の尽力によるお陰であった。
ピウとピムによる演説は、以下のようなものであった。
「僕らの、僕らによる、僕らのための政府を樹立しましょう!あのテット・クラウスとティル・クラウスになら出来ます!このままではミスティレイン・フォレストも無事では済みません。メープル・キングダムにも武力はあります。協力してください、皆さん!今もテット・クラウスとティル・クラウスを始めとするみんなはこの国のために命を懸けて戦っています。行きましょう!一刻の猶予もありません!立ち上がるのは今です、さぁ!」
この演説のお陰で国民の士気は高まり、次々とパルチザンに参加する事になったのだった。
形勢は完全に逆転した。
「行けー!独裁者を倒せー!」
「うぉー!」
パルチザンの人数は敵の兵士の数を大きく上回っており、
武器が少なかったために結果として多くの死傷者を出したものの、森の神の尽力もあって、目の前の敵軍の殲滅に成功したのだ。
するとそこへやって来たのは、ミスティレイン・フォレスト軍の爆撃機隊と戦闘機隊。
次々とパルチザンを始末してゆく。
だが、遅かった。
今のパルチザンには森の神が付いていた。
森の神の力で最新鋭ステルス爆撃機・戦闘機群は次々と墜落するのであった。
勝利を収めたパルチザン。
そこからミスティレイン・フォレスト現執行部の解体までには、
時間はさしてかからなかった。

「テットさーん、ティルさーん、マルコさーん、ダヤンさーん!」
大観衆の前で呼ばれる四人。
当然膨れるのはピウとピムだ。
「今度テット兄の脳みそ食べさせてもらおぅよ。」
「賛成!他の三人のもおいしそぅだし!僕達を邪険にした罰だょ!」
怒っている二人をなだめるために、テットは観衆にピウとピムも紹介するのであった。
まんざらでもないピウとピム。
そこでテットは宣言した。
自分がミスティレイン・フォレストの初代大統領になると。
そこには既に、駆け付けた何百万、何千万もの無数の国民が居た。
割れんばかりの拍手は皆、テットの大統領就任を認め祝うものだった。
ここにミスティレイン・フォレストの専制政治は幕を閉じた。
ミスティレイン・フォレストの未来は、テットを始めとする新たな顔ぶれにかかっているのだ。

数日後。
ミスティレイン・フォレストの王宮をそのまま住まいとして使っていたテット一同。
そこでテットは父親と再会を果たす。
「良くやった!流石は私の息子だ。ただ、ちょっと無理しすぎだぞ。」
突然のハグに戸惑ったテットではあったが、やはり内心ではとても嬉しかったのであった。
一方のティルであるが、さらなる英雄となってから、顔も見たことのない、苗字も知らない自称親戚がひっきりなしに来訪するので、大変困っていた。
ピウとピムは、大統領の世話係として立派に活躍している。
で、ティルの役職はというと?
もちろん大統領夫人(?)ですよ。

そして、マルコとダヤンはテット達と別れを告げ、亡くなったメアリーの代わりにクラウス家の使用人の生き残りが運転する六輪駆動車でマルキスへと戻るのだった。
「メアリーさん、可哀想だった。」
俯きがちに弱々しい声で、マルコは涙を零す。
「そうだな。メアリーさんやスーザンさん、それに亡くなったクラウス家の近衛隊の皆さんやパルチザンの皆さんの分まで、俺たち幸せにならなくちゃ!」
「そうだね、約束だもんね。守ってもらうもんね。」
「何の話だ。話が見えないのだが。」
「えぇ!?生きて帰ってこれたら、僕たち付き合うって!そう言ってたじゃないかぁ……。ダヤン意地悪だぁ!」
「まぁまぁ、忘れた訳じゃないからさ。」
そう言って今度はマルコの唇にダヤンが、
濃厚なキスをするのだった。
まだまだこれからの二人、辛い事も共に乗り越えて、末長く幸せなパートナーとして仲良くし続けるに違いない。
その様子を、今は亡きメアリーらが、きっと天上から見守っているに違いないのだった。

今回は、こ・こ・ま・で。ちゃんちゃん。

短編しか書けない自分としては、かなり長いお話となりました。
GREEN : GREEN の一連の作品を書くきっかけとなったお話でもあります。
ちょっぴり荒削りだったかな、とも思いましたが、まぁそれも味という事で。
戦争には死者はつきもの。
そういう所も含めて描きたいなと思って書きました。
それにしても、難産でした。
どうも自分には、長めの作品を書くのは向いていないようです。
このお話の中ではやっぱり、マルコがお気に入り。
昔だったらテット・クラウスと答えていたのでしょうけど。
好みは変わるものですね。
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