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Mistyrain Forest -ティルの冒険-

Prologue : ティルの誓い

ぼくの名前はティル。
霧雨の森[ミスティレイン・フォレスト]の端っこに、一人で住んでいる。
両親はいない。
ぼくがまだ幼い頃に、亡くなってしまったらしい。
ぼくは、両親の顔も亡くなった理由も全然知らずに、今までずっと生きてきた。
けれど、それでもちっとも寂しくなんかなくて、幸せだったと思う。
もちろん、辛いこともあった。
でもさ、そんな時に決まって助けてくれる、大切な仲間がぼくにはいたんだ。
だからぼくは、泣かずに、挫けずに、今まで何とかやってこれた。
ピウやピム、パウおじさん、それにリリーさん……。
みんながいたからぼくは、辛いことがあってもずっと、笑ってこれたんだよ!
それなのに、みんないなくなっちゃった……。
あの日からは、抱えきれないことばかり。
でも、嘆いていたってしょうがない。
そうだよ!ぼくの出来ることは、ただ笑顔でいることだけじゃないんだっ!
もう一度みんなで笑って生きていけるように、ぼくがみんなを、助け出すんだっ!

Day 1 : 出発
一年を通して霧雨の止まぬ森の奥深く。
かつて人間だった妖精の多く棲む場所に、一人の少年が住んでいた。
その名はティル。
彼は今、この森を治める雷神によって亡くなった多くの者たちを救うために、神聖ヘリテイジストーンを探す、禁じられた旅に出ようとしていた。
この森では、太古の昔から伝わる厳しい掟を破った者、そして欲深い者は、雷神の怒りに触れ、天から放たれる閃光「ライツ・オブ・デス」によって、その姿を妖精へと変えられてしまう運命にあった。
ティルの友人であるピウとピム、そして彼らの両親のパウとリリーもまた、森の掟を破ったとして、雷神の犠牲になってしまっていた。
止まぬ霧雨は、そうした妖精達の涙とも言われる。
そして、今日も妖精達の悲しみの涙が、森の木々を潤していく。
雷神の掌の上でこうして森の自然は循環し、変わらぬ営みを続けていた。
そして、雷神に逆らおうとする者など、森には誰一人としていなかった。
ただ一人を除いては……。

そう、ティルだけは他の者たちとは違っていた。
彼は自分の命に代えてでも、妖精達を救い出し、雷神を封印しようとしていた。
そのためには、雷神の監視の目をくぐり抜けて森を抜け出し、神聖ヘリテイジストーンを探し出さなければならない。
「何としてでも見つけなきゃ!」
彼は心に誓う。
そうして彼は今、当てもない危険な旅に身を投じようとしていた。
雷神に見つかれば、もちろん死が待っている。
それでも、ピウとピムの痛々しい亡骸を目の当たりにしていたティルには、我慢など到底出来なかったのだ。
だが……。
「雷神め、許せない!でも、どこへ向かえば森を抜け出せるのかな……ちくしょう、分かんないや!」
ティルは、皆を救い出す決意をしたばかりだというのに、頭を抱えてしまうのだった。

すると、一つの小さな光がティルの前に現れた。
光はやがて四つに増えて、ティルの周りをぐるぐると回り始める。
ティルはハッとする。
「ピウ……。ピム……。パウおじさん……。リリーさん……。そうなんだね!?みんななんだね!?」
ティルがそう声を上げると、四つの小さな光は回るのを止めて、ゆっくりと前へと進み出した。
それはまるで、ティルを手招きしているかのようだった。
「こっちなんだね……。みんな、ありがとう!」
ティルは目に涙を浮かべながら、皆への感謝の気持ちを口にしていた。
やがてティルを導く四つの光は、そのスピードを速めると、大木の陰の小さな洞穴の中に飛び込む。
「待って!」
四つの光を見失わないように、ティルは足場の悪い洞穴の中を、必死で追いかける。

そして、洞穴に入ってから五時間が経過した頃……。
ティルの前に、五つ目の光が現れた。
「出口だ!」
ティルは叫んだ。
もうすっかりフラフラだったティルだが、それでも力の限り走った。
五つ目の光はみるみるうちに大きくなっていき、ついに……。

「やった!森を抜けたよ!」
ティルは森を抜け出すことに成功した。
「みんなのお陰だよ、ありがとう!」
ティルは喜びのあまり、両手を上げて叫び出す。
四つの光も、ティルの周りをぐるぐると回って、喜びを分かち合っていた。
だが、森を出た者は裏切り者、雷神を封印しない限りは戻ってこられない。
「必ずみんなを助けるんだ……。そして雷神を封印しなくちゃ!」
ティルは改めて、固く心に誓うのだった。

Day 1 : 夢

森を出たばかりのティルは、途方に暮れる。
辺りは徐々に暗くなり始めていた。
長い長い洞穴の中を走り続けたせいで、疲れはピークに達していた。
だが、森のすぐそばで野宿をするのは危険だった。
いつ雷神に見つかってしまうか分からないからだ。
「行こうか……。」
結局ティルは、歩くしかなかった。
四つの光も、ティルの足元を照らしながら、前へと進んでいく。
「行けども行けども草ばっかりだよ……。」
ティルは疲れ果てていたが、それでもどこまでも続く草原の上を、ひたすら歩き続ける。

やがて、森を抜け出てからさらに三時間が過ぎようとしていた頃……。
「もうダメ……。」
ティルはその場に倒れ込んで、眠り始めてしまった。
四つの光も、ティルのすぐそばの小さな花に止まって明かりを落とす。
四つの光の正体はもちろん、亡くなったピウとピム、それにパウとリリーの、妖精だ。
妖精も眠り、夢を見る。
多くの場合、妖精にとって眠りとは唯一安らかなものであり、そこで見る夢は現実とは打って変わって、希望に満ち溢れている。
だが、この時のピウとピムは、疲れ果てていたせいか、思い出したくない記憶であるはずの、亡くなった日の夢を見始めてしまったのだった……。

「兄ちゃん……。ボク、兄ちゃんのことが好きだよっ!だからボクを抱いてぇ!」
その日ピムは、兄であるピウに、長年の想いを告白していた。
「ピム、お前……。」
ピウは、ピムの告白を聞いて、目を見開いて絶句する。
そうしたピウのようすを目の当たりにしたピムは、悲しみのあまり下を向いて泣き出してしまった。
「兄ちゃぁん、駄目ぇ?ボクのこと、嫌い?うぅっ……。」
すると……。
「そんなことないよ……。ピム、顔上げて。」
なんとピウは、小刻みに震える両手でピムの頬を持ち上げると、見るからに柔らかそうな目の前の唇に、厚みのある舌をそっと差し込むのだった。
「んっ…んんっ!」
ピムは涙で頬を濡らしたまま、夢中でピウの舌を味わう。
ピムは、全身を貫く電撃のような喜びにただただ打ち震えながら、ピウの柔らかい体に必死にしがみついていた。
「はぁ…はぁ…」
やがてピウの舌が抜かれると、ピムはその丸くて大きな背中全体を動かして、激しく何度も呼吸をし始める。
「ねぇピムぅ……。ボクもピムのことは好きだけどさ、ボクたち、こんなことしていいのぉ?ボクたち男の子同士だし、兄弟なんだよぉ?」
ピウは、不安そうな目でピムを見つめた。
この時二人は、森の掟によって兄弟同士で愛し合ってはいけない事や、同性同士で愛し合ってはいけない事を、全く知らなかった。
そうした掟は、実は人々にはあまり知られていなかったが、それでも破ってしまえば妖精にされてしまうのは避けられなかった。
特に、兄弟同士で愛し合う事については、人々の間で話題に上ることも全くなく、ピウとピムも完全に無防備だった。
何しろ、兄弟同士で愛し合う者がそもそも殆どおらず、従って掟を破る者も極端に少なかったから、誰も掟の事など知らなかったのだ。
「だいじょーぶだよ、えへへ……。兄ちゃん、おっきくなってたでしょ。」
そうして、ピムがピウの男根に服の上から手を触れようとした、その瞬間に……。
悲劇は起こってしまった。

「ズシャーンっ!」
雷神の放った閃光が天井を貫き、ピムの大きな体に直撃する。
「あぁーーっ!いたいよお……。いたいよお……。いたすぎるよお……。にいちゃああんっ!あああーーっ!」
ピムは、焼けるような熱さと痛みに苦しんでいた。
パチパチと焼けて、やがて溶けて燃える体。
ピムは、苦しみのあまりに転げ回った。
意識が遠のいては、痛みによってまた引き戻される。
まさに、地獄だった。
「ピムぅ!ピムぅーっ!」
ピウはたまらずに叫び出す。
その瞬間に、雷神の閃光がピウの体にも直撃した。
次いで、その両親であるパウとリリーにも、雷神の閃光が直撃する。

こうしてピウとピム、それにパウとリリーは、生まれ変わって妖精になった。
妖精になってからは、片時も離れずいつも一緒にいるピウとピム。
二人は、体を失ってようやく結ばれたのだった。

『うわあぁーんっ!』
いつの間にか目を覚ましたピウとピムは、寄り添い合って泣いていた。
『兄ちゃあぁーんっ……。ボク、兄ちゃんのこと大好きなのに、手も握れないし抱きしめてももらえない……。どーしたらいぃんだよおぉ、寂しいよおぉー!うわあぁーんっ!』
『ピムぅ……。ごめんよぉ、何にもしてあげられなくて……。兄ちゃんずっとピムのそばにいるから、絶対に離れないから、だから元気出してぇ!ボクもね、ピムのこと大好きだからさ、寂しくってどーしたらいーのかわかんないけど……だけど、ボクも頑張るからぁ、ピムも泣かないでぇー!うわぁーっ!』
『兄ちゃあーんっ!』
その泣き声は、人間であるティルには聞こえなかったが、パウとリリーにはしっかりと届き、心に深く突き刺さった。
その夜、いつまでも泣き続けるピウとピムを、パウとリリーは精いっぱいの光で、暖かく包み込んでいた。

Day 2 : 出会い

朝、ティルは空腹と喉の渇きで目を覚ます。
「お腹空いたぁ……。喉も渇いたなぁ。」
とは言うものの、目の前に広がるのは、見渡す限りの草原だ。
「困ったなぁ……。そーだ!川を探そう!」
ティルは、森を横切る幾つもの川の存在を思い出す。
その内の一つでも見つかれば、水も飲めるし、魚だって捕れるかもしれない。
しかも、川沿いを歩いていけば、やがて街に辿り着く可能性だってある。
ティルは再び歩き出した。
幸いな事に、空腹ではあるけれど、体の疲れはだいぶ取れていた。
そうして、ティルはただひたすらに無言で、広い広い草原の上を歩き続ける。
今、ティルに出来ることは、他に何もなかった。
その事は、ティル自身もよく理解していたから、強い空腹と喉の渇きにも挫けることなく、ティルは前へ前へと進み続けた。

やがて、歩き始めてから四時間が経過した頃……。
ティルの視界に、小さな川が飛び込む。
川沿いには、人影と車の影もあった。
「みんな、やったよ!川を見つけたよ!人もいるみたいだよ、良かったぁ!」
ティルは喜びのあまり、疲れも忘れて駆け出していた。
四つの光も、すぐ後を追い掛ける。
そのまま川沿いの人影のすぐそばまで近付くと、ティルは立ち止まった。
目の前には、やや年上の青年の丸くて大きな背中。
ティルは大きく一つ息を吸うと、その青年に声を掛ける。
「あのー……。」
体の大きなその青年は、胡座をかいたままで短い首をのっそりと動かすと、ティルの方を振り返った。
「おめぇ、この辺りの人間か?」
青年は、細い目を一瞬少し丸くさせてから、にこやかな笑みをティルに向ける。
「ボクの名前はティル。ここから少し離れた霧雨の森に一人で住んでたんだけど、森の掟を破って抜け出してきちゃったんだ。」
自分に向けられた人懐っこい笑みに安心したティルは、その青年の隣りに腰を下ろすと、自分が森から抜け出してきた裏切り者であることを、そっと打ち明けた。
「なんか訳ありみてぇだな。差し支えなかったらよ、オレが相談に乗んぞ。」
青年は、釣り糸を川に垂らしたまま竿を放置して、その大きな体をティルの方に向ける。
「オレの名前はテット・クラウス。休みで暇だったから、オヤジのボルギーニの四駆借りて釣りに来てたんだぞ。」
そう言うとテットは、見るからに柔らかそうな大きな手を差し出して、ティルに握手を求めた。
「よろしくね。」
ティルもそれに応えて、比べると少し小さな、柔らかな手をそっと差し出す。
笑顔で手を握り合う二人。
こうして、初対面の二人の間に横たわっていた小さな壁は、握手を交わしたことによって、あっという間に崩れ去っていった。

「でよ、危険を冒してわざわざ森から抜け出してきたってのは、どういう訳でだ?」
テットは、握手をした手を膝の上に乗せ、ティルの顔を見据えると、核心を切り出す。
ティルは、森を治める雷神のせいで多くの者が亡くなって妖精へと姿を変えていること、彼らを救うには神聖ヘリテイジストーンの力が必要であること、それを探すために今旅をしていることなどを、包み隠さずに話した。
「おし、オレも手伝うぞ!なんでも協力すっから、頼りにしてくれよな!」
テットは、拳で自分の胸を叩くと、そう言って満面の笑みを浮かべる。
「ほんとに!?」
ティルは驚きのあまり、目を丸くして声を上げた。
「おぅ!ただし、その代わりと言っちゃあなんだけどよ……。」
テットがそう切り出すので、ティルは一瞬不安に駆られる。
だが、テットの口から出た言葉は、ティルにとっては予想外のものだった。
「オレと友達になってくれねぇか?オレ、おめぇみてぇな可愛いやつと友達になりたいんだぞ……。ま、無理だったら忘れてくれて構わねぇけどよ。」
テットの口から発せられた「可愛い」という言葉に、思わず体が固まってしまうティル。
その様子を見たテットの顔は、みるみるうちに残念そうな表情へと変化していく。
「ごめんね、突然でびっくりしちゃったからさ……。ボクなんかで良かったら、こちらこそぜひ!」
ティルは、さっきの笑顔のお返しにと満面の笑みを浮かべると、そう答えてテットを驚かした。
「ほんとか!?よろしくな!」
テットは、細い目を大きく見開くと、ティルに抱き付いて嬉しそうに背中をポンポンと叩く。
だからティルは、テットの大きな背中に手を回すと、黙って小さく頷くのだった。

静かな川沿いには、川のせせらぎと二人の吐息だけが、かすかに響く。
その一瞬、二人は互いの存在を確かめ合いながら、ほのぼのとした暖かな幸せを感じていた。
だが……。

「ぐぅ~。」
空腹が極限まで達していたティルは、テットの胸の中で盛大にお腹を鳴らしてしまう。
「おめぇ、幾らなんでもあんまりだぞ。」
テットはそう言って、声を上げて笑った。
「ごめん、昨日から何も食べてなくて……。お腹空いたぁ……。」
ティルは顔を真っ赤に染めて、申し訳なさそうに下を向く。
「おぉ、そうだったのか、わりぃわりぃ。腹減ってんならよ、今釣ったばかりの魚が幾らでもあっから、早速焼いてやるぞ。ちっと待ってろな。」
テットは、ティルの背中をポンポンと叩いてのっそりと立ち上がると、木の横に止めてあった四駆に向かってゆっくりと歩き出した。
「よっと。」
四駆のテールゲートを開け放ち、荷室からガス式のツーバーナーグリルと魚焼き網を取り出すと、テットはそれらを抱えてティルのそばまで戻る。
そして、折り畳んであったツーバーナーグリルのスタンドを引き出し、草の上にセットした。
「ぐぅ~。」
再び盛大にお腹を鳴らすティル。
「おぉ、急かされてんぞ。」
テットは、声を上げて笑いながらクーラーボックスの中の魚に串を刺していくと、それらを魚焼き網の上に次々と乗せていった。
次に、魚を乗せた網をグリルの上に置いて、準備は完了。
あとは点火して、焼けるのを待つだけだ。
テットは、ツーバーナーグリルの横に胡座をかいて陣取ると、早速点火をして、魚の見張り番を始めた。

「ねぇ、テットはどこに住んでるの?」
魚が焼けるまでの間にテットに幾つか質問をしておこうと思ったティルは、手始めに住んでいる場所を尋ねてみる。
「オレは、ここから車で二時間程んとこにある、メープルシティって街に住んでんだぞ。メープルシティは自由の都って呼ばれててよ、オレはゲイなんだけど、そういう人間にも住みやすい街だな。街中にある楓並木が街の名前の由来なんだけどよ、今ちょうど見頃だから、街中の楓が真っ赤に染まって綺麗だぞ。いい街だからよ、おめぇもきっと気に入ると思うぞ。」
テットは、魚の焼け具合を気にしながらも、ティルの質問にはにこやかな表情で答える。
「そっか、いいなぁ……。ボクの住んでた霧雨の森では、どうやら同性愛は禁止みたいなんだ……。」
ティルは深く溜め息を吐いた。
ピウとピムの痛々しい亡骸が、脳裏をよぎる。
「霧雨の森とか、ずっと北の方にあるもみの木の森とかよ、いろいろと物騒な噂は耳にしてんぞ。おめぇも大事な友達を亡くして大変だったな……。でももう大丈夫だぞ、亡くなっちまった森のみんなも、力を合わせればきっと助けられっから、安心しとけ!」
テットは、体ごとティルの方に向けると、力強い笑顔を浮かべて、胸を叩いてみせる
ピウとピムの妖精は、暖かな光を放ちながら、そんなテットの様子を頼もしく見守る。
一方のパウとリリーの妖精は、二人の姿を祈るような気持ちで見つめていた。
「テットぉ……。ありがとう……。」
ティルは、感激のあまり涙ぐむ。
「おぉ、やべぇ。魚が焦げちまう。ほれ、新鮮だしよ、焼きたてだから旨いぞ。」
テットはニコニコと笑いながら、焼けたばかりの魚を、串ごとティルに差し出した。
「ありがと。んっ、美味しいっ!」
早速かじり付くティル。
魚はあっという間に、骨だけへと姿を変えていく。
「おしおし、まだまだあっから好きなだけ食っていいぞ」
テットは、そんなティルのようすを見ながら、満足そうだ。

こうしてティルは、ともに旅をするよきパートナーに巡り合うことが出来た。
ティルはテットと過ごす時間を、とても楽しくて幸せなものだと感じていた。

その後、ティルはテットの提案で、ここメープル・キングダムの王都であるメープルシティに一緒に行くことになった。
テットの父親ならば、神聖ヘリテイジストーンについて何か知っているかもしれない、という話になったのだ。
ティルは、まだ見ぬ街に想像を膨らましつつ、四駆の助手席に乗り込む。
もちろん、四人の妖精たちも一緒だ。
「さ、出発だぞ!」
テットの小さなかけ声とともに、車は一路メープルシティに向かって走り出した。

Day 2 : 夜

その夜、ティルはテットの住む実家で、夕食をごちそうになっていた。
「美味しいっ!テットすごいよっ!」
テーブルいっぱいに並んだテットお手製のごちそうの味はどれも抜群で、その一品一品どれもがティルの舌を喜ばせていた。
「へへ、料理の腕はちっと自信あんだぞ。」
ティルに何度も褒められたテットは、鼻の下を指でこすりながら、とても嬉しそうだ。
こうして、二人の間を楽しい時間が過ぎていく。
そして……。

「美味しかったぁ!ごちそーさまっ!」
「さぁ、次は風呂だぞ、男同士一緒に入っか?」
「うんっ!」
夕食を終えた二人は、一緒にお風呂に入ることにする。
実はこの時、テットにはちょっとした下心があった。
だが、そんなことはこの時のティルには関係なく、汚れた体を洗い流せることがとにかく、嬉しかった。
プライベートダイニングを出て、バスルームに向かう二人。
妖精たちも後をついていく。
「ここだぞ。シャワーブースが一つしかねぇからよ、体は交代で洗うんだぞ。」
テットはブラックウォールナットの重厚な扉の前で立ち止まると、扉を開け放ってティルを先に中へと通す。
「わぁ、広いなぁ。」
ティルは感嘆の声を上げた。
最初に視界に飛び込んできたのは、広い部屋の中央に配された、据え置き型の大きなバスタブ。
見回すと、節の全くない幅広の板張りの床の上に、バスタブや変わった形のシャワーブース、ペデスタルタイプの洗面台、便器、ベンチ、サイドテーブル、チェストなどが整然と配されていた。
「この部屋、ボクが暮らしてた森の小屋よりよっぽど広くて立派だよ!」
部屋の中を一通り見回したティルは、少し呆れた表情で笑い出す。

「無駄に広いだろ。ここは元々は予備のベッドルームだったんだけどよ、使わねぇっていうから、オレ専用の浴室に変えてもらったんだぞ。ホテル仕様のユニットバスだから防水の方は問題ねぇけど、給排水の工事が大変だったんだぞ。」
テットは淡々とした様子でそこまで話し終えると、バスタブ脇の自立型水栓のコックをひねってお湯張りを始め、おもむろに服を脱ぎ出した。
「あ、テット、背中……。」
するとティルは、一足先に全裸になろうとしていたテットの背中を見て、思わず声を上げる。
背中には、痛々しい火傷の跡があった。
「あー、跡になってんだろ?昔、好きなヤツが出来て、そいつに告白したらよ、気持ち悪がられちまってよ。そいつ、兄貴に頼んで、オレのことボコボコにしやがったんだ、ひでえだろ?背中なんか、焼けて赤くなった鉄板を押し付けられてよ、死ぬかと思ったぞ。」
テットは、ティルに背中を向けたまま特に隠そうともせずに、火傷の跡が出来てしまった事情を淡々と話す。
「えぇー、そんなのひどすぎるよぉー……。」
ティルは、テットの大きな背中を、泣きそうになりながら見つめていた。
「まぁ、傷跡はほとんど消えたんだけどなー。背中のがでっかくてよ、痕になって残っちまったんだぞ。気になるんだったら別に無理して一緒に入んなくてもいいんだぞ。」
テットは、ティルの様子を見て顔を少し曇らせながらも、穏やかな口調のままでそう話す。
すると……。
「テットぉ!」
強い憤りと悲しみを覚えていたティルは、たまらなくなって、テットの大きな背中に抱き付くのだった。
「おめぇ、優しいなー。」
テットは、ティルが嫌な顔をしたり気持ち悪がったりせずに抱き付いてくれたことが嬉しくて、思わず顔を綻ばせる。
「ねぇテット、昔そんなひどい目に遭っててさ、ボクの事は怖くなかったの?」
ティルはテットの背中に抱き付いたままで、気になっていたことを尋ねた。
「おめぇがオレの事ボコボコにすんのか?オレには、おめぇはそんな奴には見えねぇな。」
テットは、途中までは笑っていたが、一転して急にまっすぐな表情に変わると、ティルの手をそっと握った。
だが……。
「そっか……ありがと。でも、どうしてそう思ったの?ただの思い込みかもしれないじゃない?」
テットの言葉を少しばかり不思議に思ったティルは、テットの大きな手を握り返しながらも、首を傾げるのだった。
「どうしてって……オレだって、おめぇが悪いヤツじゃねえって事くらい、初めて顔見た時から分かってたぞ。だいたいおめぇ、話してっと分かっけど、すげぇいいヤツだ。オレ、おめぇを信じっことにしたからよ、いちいちそんなつまんねぇ心配しねえし、今、すげぇ楽しくて幸せなんだぞ。」
テットは、ティルの質問に少し呆れたような顔でそう答える。
当時のテットにとっては、暴行を受けた事それ自体よりも、好きだった相手が、関係ないはずの兄とその友達に自分を暴行するように頼んでいた、その事の方が余程ショックだった。
まだしもその場で殴りかかってきてくれていた方が、心の傷も体の傷も浅かったに違いない。
その一方で、そうした経験がありながらも、ティルの旅の理由や人となりを良く理解したテットは、最早ティルを少しも恐れてはいなかったのだ。
「うぅ……ありがとねー……。ボクもテットと一緒にいられて、幸せだよぅ!」
ティルは、テットが自分を信じようとしてくれていることが何よりも嬉しくて、涙を零す。
「おぉ、泣くなよ!?ま、礼を言われるようなことは何にもしてねぇけどなー。」
ティルの涙に一瞬目を丸くするものの、照れ臭さからテットは頭を掻いてごまかすのだった。
その後、二人はそのまま少しの間、無言で抱き合っていた。
この時二人は既に、互いの気持ちには気付いていたのだが、まだそこから先へはなかなか進めそうにもなかった。
「お、ちょうどお湯が貯まったぞ。おめぇ先に体洗ってろな、オレはお湯に浸かって待ってるからよ。」
テットは、水栓のコックを捻ってお湯を止めると、たっぷりとお湯の貯まったバスタブに、その大きな体をゆっくりと沈めていく。
ティルは促されるままにシャワーブースの中に入ると、汚れた体を早速洗い始めた。

その後……。
交代で体を洗い終えた二人は、バスルームを後にする。
初めて見た時からティルのことが気になっていたテットは、入浴中、裸に興奮しているのを目の前のティルに悟られないように、必死だった。
二人は、扉の外で待っていた妖精たちとともに、テットの寝室へと向かう。
汚れた服を洗濯してもらうことになったティルは、部屋に到着すると、テットのTシャツを借りて身に着けた。
「これ、大きすぎだよねー。これじゃ、女の子のワンピースみたいだよ。」
テットのTシャツに首を通したティルは、声を上げて笑いながら、その場でくるりと一回転してみせた。
サイズの合うものがないために下着もズボンも穿いていなかったが、それでもお尻や局部は、テットのTシャツの長い裾のお陰で、ちゃんと隠れている。
「あんまり小さいと丸見えになっちまうから、ちょうどいいんだぞ。汚れた服は明日の朝には着られるようにしとくからよ。ちょっとの辛抱だぞ、ほれほれ。」
テットはそう言うと、ティルの縮み上がったちんちんを、Tシャツの上から摘もうとしてみせる。
「だーめ!寝てる間に触ったりしないでよー。」
ティルは笑いながらテットの手を振り払った。
「わりぃわりぃ。」
テットは一応は謝るものの、あまり反省の色は見せていない。
やがて二人は、大きなベッドの縁に並んで腰掛ける。
「今日はもう遅いから、オヤジとは明日ゆっくり話すとして……。今夜、別々の部屋で寝るか?どうする?」
「いいよ、ここでー。」
こうして二人は、大きなベッドの上で隣り合って、明日に備えて眠ることにした。

Day 3 : 旅立ちの朝

「リリリリリ、リリリリリ……。」
突然、ベッド脇のサイドテーブルにでんと載った大きな目覚まし時計が、その図体に見合ったけたたましい音を鳴らす。
「テットぉ!目覚まし鳴ってるよ!」
その音で目を覚ましたティルは、となりでぐっすりと眠るテットの、大きな体を何度も揺さぶる。
「んぁ……まだ眠ぃぞ。」
顔を横に向けてうつ伏せで眠っていたテットは、ティルに何度も揺さぶられてようやく目を覚ますと、不機嫌そうに枕に顔をうずめて、けだるそうにぼそっと呟いた。
「起きなくていいの?」
ティルはそんなテットの様子を横で見ていて、何だか心配そうだ。
だが……。
「ん、そろそろ起きねぇと駄目なんだけど、な……。」
ティルの問いかけにも、相変わらずテットは枕に顔をうずめたままだ。
実はテットは、早起きをしてティルと一緒に神聖ヘリテイジストーンを探す旅に出ようと考えていたのだが……。
テットは朝が大の苦手だった。
この時も、テットの頭の中は、言葉とは裏腹に、もう一眠りしたい気持ちでいっぱいなのである。
「じゃあ起きなよー。」
テットのそんなようすを可愛いと思ったティルは、声を上げて笑いながら、その大きな体を再び揺さぶり始めるのだった。
「仕方ねぇな……。起きんぞ。」
やがて、延々と体を揺さぶり続けるティルに根負けしたテットは、いかにも不機嫌そうにのっそりと、その大きな体を起こした。
「おはよう!朝は苦手なんだね。」
ティルは、寝ぐせのついたテットの髪に手を伸ばすと、楽しそうに弄り回しながら朝のあいさつをする。
「おう、何度も起こしてもらっちまったみたいで、すまねぇな。今日は石探しをしようと思ってよ。」
まだ眠たそうな顔のテットは、目をこすりながら少し重たそうに口を動かす。
「そうなんだ、ありがとう!」
ティルは、朝が苦手なのにもかかわらず早起きをして神聖ヘリテイジストーン探しを手伝おうとしてくれていたテットの気持ちが嬉しくて、一際弾んだ声を上げた。
「礼はいいぞ……。それよりシャワーはどうする?」
「別にいいよ、早速出かけようよ!」
妖精にされてしまったみんなのためにも、一刻も早く神聖ヘリテイジストーンを見つけ出したいと願っていたティルは、すぐにでも出かけたい気持ちでいっぱいだった。
「そんじゃ、顔洗って着替えて飯食ったら、早速出発だな。」
こうして、下着姿のテットとTシャツ一枚を羽織っただけのティルは、支度のためにバスルームへと向かった。
「昨日洗濯した服、乾いてっからよ、もう大丈夫だぞ。」
「ほんとだ、ありがとう!」
バスルームに着き洗顔を手早く終えたテットは、隣りのランドリーからティルの服を取り出すと、少し遅れて洗顔を終えたティルにそれを手渡した。
やがて、服を着替えて出掛ける支度を整えた二人は、朝食を食べにプライベートダイニングへと向かう。
「そういえば昨日もそうだったけど、今朝も誰もいないね。」
入口で立ち止まり、静まり返ったプライベートダイニングをキョロキョロと見回したティルは、先に中に入って冷蔵庫の前に立つテットに、静かに声を掛けた。
「おぅ、ここはオレ専用だかんな。」
テットは眠そうな顔でニコニコ笑いながら、冷蔵室の中の食材を次々と取り出していく。
「寂しくないの?」
テットの普段のようすが気になったティルは、彼の丸い顔を覗き込むと、少し心配そうに尋ねた。
「ちっとなー。でも今日から石が見つかるまでの間は、おめぇがいるから平気だぞ。この家は空き部屋なんて幾らでもあるし、いつまででもいてくれて構わねぇんだかんな!」
テットは、ティルの顔を見ながら、嬉しそうに笑う。
「うん、ありがと!」
“いつまででもいてくれて構わない”というテットの言葉が思いのほか嬉しくて、ティルは穏やかな笑顔を浮かべながら、しっかりと頷いた。
「ところでよ、おめぇ……。石見つかったら、帰っちまうのか?」
ティルと出会った時からずっと気掛かりだったことだ。
テットはその表情を急に曇らすと、下を向いてしまう。
「どうして?」
「寂しくなるな……。」
ティルが聞き返すと、テットはそう言ったきり黙り込んでしまった。
「テットがいいって言うなら、いつまででもここにいるよ!」
テットの深く落ち込む顔を初めて見たティルは、元気になって欲しくて、心からの笑顔を見せる。
「ティル、おめぇ……。よし!この家の人間になっちまえ!オヤジにはオレから話しとくからよ、な?」
「ほんとに!?いいの?」
それは、天涯孤独だったティルには、願ってもない話だった。
その後二人は、用意した朝食をいそいそと食べ終えると、善は急げとばかりに、テットの父親に挨拶に行くのだった。

「ふぅ……。」
テットの父親の書斎と通路とを隔てる分厚いブラックウォールナットの扉の前で、ティルは深く溜め息を吐く。
緊張で、身体が微かに震える。
すると、次の瞬間……。
「おぉ、どうした?そんなに緊張しなくても大丈夫だぞ。リラックスリラックス、な。」
テットの言葉でだいぶ緊張がほぐれたのか、ティルの顔には笑顔が戻った。
「入るぞー。」
ティルの表情が固くないことを確認したテットは、ノックの後に続けて、重い観音開きの扉をゆっくりと開いていく。
「はじめまして、ティルといいます!」
テットに促されて先に入ったティルは、名を名乗ると同時に、深々と頭を下げた。
「オヤジ……。オレ、こいつと友達になったんだ。」
のっそりとソファに腰掛けながら、テットは話を切り出す。
「おぉ、そうか!いい子そうだし、良かったじゃないか!」
機嫌がいいのか、テットの父親の表情は、とてもにこやかだ。
「そんでよ……。オレ、こいつと一緒に暮らしてぇんだ。家族みてぇによ。」
父親の表情につられて、早くも話の核心を切り出すテット。
その瞬間、テットとティルの二人は、思わず息を飲んだ。
だが……。
「あぁ、構わんよ!家族が増えるのは大歓迎だよ!」
テットの父親は、実にあっさりとティルを受け入れたのだった。
「オヤジ……ありがとう。」
「ティルくん……これからは私のことを本当の父親だと思って、どんどん頼りにしてくれたまえ。」
「はいっ、ありがとうございます!よろしくお願いします!」
ティルは、テットの父親に深々と頭を下げた。
「こちらこそ、よろしくな。」
握手を交わす二人。
「ところでよ……。神聖ヘリテイジストーンについて知りたいんだけど、オヤジ、何か知らねぇか?」
「その石の話なら、私も聞いたことがある。」
テットの問い掛けに、それまでにこやかだったテットの父親の表情が一瞬で曇った。
だが、それどころではないのか二人はそれに気付かない。
「ほんとか!?」
「ほんとですか!?」
二人の驚きと喜びは、はしゃぎ出す一歩手前といったところだったのだ。
「あぁ……。なんでも、ここからずっと北の方に広がるもみの木の森の奥深く、小さな洞穴の中に、人知れず眠っているという話だったな。そのせいで、霧雨の森の雷神ともみの木の森の神は長年に渡って反目し合っている、という言い伝えもある。」
「おぉ、すぐに出発すんぞ!」
父親の話を聞いたテットは、勢い込んで立ち上がろうとするのだが……。
「まぁ待ちなさい。この話には続きがあって、石を洞穴から勝手に持ち出そうとした者は皆、森の神の怒りに触れて、原因不明の奇病で亡くなっているそうだ。そういう訳で地元の人間は皆、石のことを恐れているから、場所を聞いたところで誰も答えてはくれんだろうし、あの辺りは物騒だからな……。悪いことは言わない、止めておきなさい。」
この時のテットの父親の表情には威圧感があり、それは明らかに真剣そのものだった。
その表情を目の当たりにしたティルは、どうしたらいいか分からず、途方に暮れてしまう。
そうして、ほんの一瞬ではあったが、気まずい沈黙がその場の空気を支配するのだった。
そんな中、意を決したようにテットは声を上げる。
「オレは行くぞ!ティルの仲間を助けるためにな!苦しみながら死んでいったヤツらを、見殺しになんて出来ねぇからよ。」
「どうしても行くのかい?」
「おぅ!止めたって行くぞ!」
テットの意志は固かった。
それは、テットの父親にも十分過ぎるほどに伝わっていた。
だからテットの父親は何も言わずに立ち上がると、祈るような気持ちで後方の棚の銃とナイフを、テットに手渡すのだった。
「オヤジ、これ……!?」
驚いたテットは、目を丸くする。
「護身用の銃とナイフだ、持っていきなさい。一つずつしかないが、役に立つこともあるかも知れないと思ってね。」
本当は、二人を行かせたくない気持ちでいっぱいだった。
だが、旅の事情の大体を察したテットの父親は、二人を誇らしくも思っていた。
そんなテットの父親に、二人は何も言わずにただ深々と頭を下げる。
「あと、私と妻の防弾チョッキも今持ってくるから、着ていくといい。ちょっと暑いかも知れないが、我慢するんだよ。」
「オヤジ、ありがとう!」
「おじさん、ありがとうございます!」
二人は、立ち上がってテットの父親に改めて頭を下げると、いよいよ当てのない旅への出発の時を迎える。
「二人とも必ず、無事に帰ってくるんだよ!約束だよ!」
テットの父親は、二人を力強く抱き寄せると、もしかしたらこれが最期になるかもしれないと思い、その表情を目にしっかりと焼き付けるのだった。

こうして二人は、Kingdom of the Spruce Forestへの長い旅をスタートさせた。
二人は、テットの父親の忠告を守って、防弾チョッキをしっかりと身に付けていた。
テットの父親の愛情は、確かに二人に伝わっていたのだ。
一方その頃、テットの父親は、今は亡き妻に泣きながら息子の成長を報告していた。

Day 3 : 旅路

テットは、与えられた時間を惜しむかのように、道なき道の上で四駆のアクセルペダルを踏み込み続ける。
ボルギーニの反応はダイレクトで、グングンと加速を続けてゆく。
そうして、辺りがすっかり暗くなった頃、二人はメープルシティともみの木の森とのちょうど中間に位置する小さな街、メルキオ=トリブタンに到着した。
「今夜はここで宿を探すか。」
「そうだねー。」
テットは、小さな街中で四駆を滑らせながら、今夜の宿泊先を探し始める。
だが……。
「しっかしねぇもんだな……。このまま見つかんなかったらどうすっかな。」
30分ほど車を走らせても一向に宿が見つかる気配がないので、テットは頭を抱えてしまう。
と、その時……。
「ねぇ、あれそうじゃない?」
ティルが突然、窓の外の小さな看板を指差して叫んだ。
見過ごしてしまいそうなほどに小さなその看板には確かに、“ホテル”の文字が記されていた。
「おぉ、でかしたぞティル!」
「これで野宿しなくて済みそうだね。」
テットは早速、ホテルの駐車場に車を停めると、ティルを連れてフロントへと向かう。
「二名なんですけど、部屋空いてます?」
テットは、期待と不安を胸に空室があるかどうかを聞くのだが……。
「男性の方同士でお泊まり頂く事は出来ません。それぞれ別のお部屋をご利用頂きます。」
フロントの男性スタッフは二人を舐めるように凝視すると、冷たく言い放つのだった。
「違うとこにすんぞ!オレ、こんなとこ嫌だっ!」
その態度に嫌気の差したテットは、ティルに向かって駄々を捏ねる。
だが……。
「ここにしよーよぅ!他に泊まるとこなんてないし、いくら車があるからって言っても、この辺りで野宿は危険そうだよぅ。今夜一晩だけだからさ、ね?」
冷静なティルは、このホテルに泊まる以外には選択肢は存在しないことを、良く理解していた。
そんなティルの言葉で現実を理解したのか……。
「しょーがねぇっ!今夜だけだぞっ!」
さすがのテットも、渋々ではあるものの、ここは折れたのだった。
そうして、二人はそれぞれ、フロントのスタッフから鍵を受け取る。
その後、部屋へと向かう途中で、テットは苛立ちから怒りを爆発させた。
「ちくしょー!何でおめぇと別々なんだよっ!男同士でおんなじ部屋に泊まって、何がいけねえんだっ!」
テットは肩で息をしている。
これはいけない、と思ったティルは、あることを思い付いて、テットに提案する。
「部屋の鍵開けとくから、後でおいでよぉ!」
すると……。
「おう、一緒に寝んだぞ」
呆気なくテットの機嫌は直るのだった。
「でも宿代もったいないねー。」
「ま、仕方ねぇな。背に腹はかえられないしよ。」
二人は何時の間にか、声を上げて笑っていた。
二人はこの時既に、互いのそばから片時も離れたくないという気持ちでいっぱいだったのだ。

こうして二人は、それぞれ自分の部屋でシャワーを浴びた後、同じ部屋で仲良く眠るのだった。
まだ付き合っている訳ではないから、特に何をするという訳でもなかったが、それでも二人は、温かな幸せを互いの隣りで感じていた。

Day 4 : 束の間の休息

そして翌朝……。
「テット、起きてぇ!」
またもテットは、ティルに起こされ続けていた。
「眠ぃ……。でも起きねぇと、な。」
やっとのことで目を覚ましたテットは、のっそりと起き上がると、早速チェックアウトしようと言い出す。
「こんな宿はさっさと出るに限るんだぞ。」
「そうだねー。」
こうしてテットは、二部屋分の料金を支払うと、ティルを連れて宿を後にした。
その後、町を出ようとテットが四駆を走らせていると、助手席のティルがスパの看板を発見する。
「ねぇテット、温泉だって!ちょっとだけ寄っていこうよ!」
「おぅ、そうだな。」
善は急げとばかりに、寄り道をする二人。
特に旅も四日目に入ったティルの疲労の色は濃く、ここでの時間は良い休息となるはずだった。
テットもそれを良く分かっていたから、ティルを少しでも休ませてやりたいと思っていた。

テットは、ティルを連れて受付で料金を支払うと、脱衣所で服を脱ぐ。
と、そこには体重計が……。
「おぉ!透明の体重計なんてちっと怖ぇな……よっと。」
早速乗ってみるテット。
ティルも興味津々の様子だ。
「ピシッ!!」
その途端、体重計から音が鳴る。
「おっ!?やべぇっ!おーっとっと。」
危ないと思ったテットは、バランスを崩しそうになりながらも、体重計から慌てて降りるのだった。
「おい、ティルぅ!こっち来て見てみろ、すげーことになってんぞ!」
「どしたの、テットぉ。何かあったのお?」
テットが呆れたように笑いながら手招きするので、慌てて駆け寄るティル。
「体重計乗ったらよ、ひびが入っちまったんだぞ。そぅーっと乗っかったってのによぉ、すげぇ失礼だろ?」
見ると、体重計には大きなひびが全体に入ってしまっていた。
だが、当然のことながらティルにはテットの足の方が心配に思われた。
「あーあ。てか、ケガしてなぁい?大丈夫?」
ティルは、テットの足を心配そうに覗き込む。
「ん?……おう、大丈夫みてぇだぞ。」
「そっちもぉ!」
「あぁ、反対側な。何ともねぇぞ。すまねぇな。」
すると、そこへ……。
「あーあー!体重計壊しちゃってー!うちのは、百キロまでしかだめなのよー。お客さんの体型じゃ無理なのよねー。ちゃんと大きく表示しとけばよかったわー。買ったばかりなのに、もったいない!」
このスパの女主人がやってきて、不機嫌そうに二人にまくし立てる。
だが……。
「テットぉ、足ケガしてなぁい?左足だいじょーぶ?」
ティルは、失礼なことこの上ないこの女主人を敢えて無視して、テットの足をことさら大袈裟に心配してみせるのだった。
「そうだ、お客さん!足にケガはない?」
慌てて、とって付けたようにテットの足の心配をする女主人。
「おう、大丈夫みてぇだぞ。」
「右足はどーお?」
「ん、なんともねぇな。」
「よかったわー。そうそうお客さん、体重計なんだけど、弁償してもらえるかしら?」
女主人は笑顔でテットに尋ねる。
だが、怒ったティルはあくまで抵抗するのだった。
「でも、ちゃんとした表示がなかったせいで、彼、ケガしそうになったんですよ。それでもどーしても弁償して欲しいとおっしゃるなら、今から警察で話し合いましょうか?」
これが今のティルに言える精一杯だった。
「もういいわよっ!嫌な客ねっ!用が済んだらさっさと帰ってちょうだいっ!」
鬼のような形相ではあったものの、女主人はどうにか引き下がって、二人は事なきを得た。
「助かったぞ、あんがとな。」
この時のテットは、年下のティルに頼もしささえ感じていた。
テットの、ティルに対する信頼が大きく深まった瞬間だった。
「うぅん、ケガしてなくてよかったよぉー。でも、テットの足の心配は全然しないなんて、失礼なおばさんだったねー。」
「ほんとだぞ。あの体重計といぃ、失礼にも程があんぞ。」
「そーだよねー。いくらテットがデブちんだからって、乗っただけでひびが入るなんて、あんまりじゃんねー。」
文句を言いながらも、二人の表情はあくまでにこやかだ。
「そーだぞ、ほんのちびっとオーバーしただけなんだからよ、あの体重計のほーに欠陥があったってことだぞ。」
頬を膨らませてはみるものの、目が笑っているテット。
「ちびっとねー。まー、あんまり気にしない方がいぃと思うよー。テットは悪くないもん。」
表面上はテットを気遣う素振りを見せるティルだったが、“ほんのちびっとオーバーしただけ”というテットの言い分に反応して、その台詞とは裏腹に声を上げて笑い出す。
すると……。
「でも、ダイエットすんだぞ。目標は百キロ以下だぞ!」
この時点で体重百二十キロに迫る勢いだったテットは、突然ダイエットを宣言する。
「駄目ぇ!テットは今のまんまが可愛いのぉ!ダイエットなんて禁止なのお!」
慌てて叫ぶティル。
こうなると、もう殆ど告白である。
その内容に思わずにやけるテットだったが、仲間を亡くしたティルの気持ちを考えると、今ここでティルとの付き合いをスタートさせる訳にもいかず、どうにもすっきりしない気分になるのだった。

結局、温泉にはしっかりと入って疲れを取った二人は、もうこの街には用はないとばかりに、急いで支度を済ませて出発することにした。
「さ、出発だよー。」
「おう!こんな街はさっさと出んぞ。」
そうして、テットはティルを乗せて、四駆を飛ばしていく。

Day 5 : Kingdom of the Spruce Forest

その夜遅く、日付が変わって少し経った頃……。
丸四日掛かりで二人はようやく、Kingdom of the Spruce Forestに到着した。
話し合いの結果、道が狭く、地元民を驚かせてしまう危険もあったため、森の入り口に車は置いていくことにした。
森では、ごく一部の限られた人間を除いて、車に乗ること自体が禁止されているので、危険な目に巻き込まれないためには、これは賢明な判断だったと言える。
夜の森に敢えて飛び込むのも、地元民になるべく見つからないようにするには、有効な手段だった。
こうして、懐中電灯と護身用の銃またはナイフを手に、二人は徒歩で、人々の眠る森の奥深くへと突き進むことになった。
それから四時間後……。
二人は森の中で道に迷っていた。
「行けども行けども何にもねぇな。」
「困ったねー。」
途方に暮れた二人は、頭を抱える。
と、その時……。
「見て!あの茂みの奥に、洞穴の入り口があるよ!」
ティルは遂に洞穴の入り口を見つけたのだった。
「おぉ、でかしたぞ!でも、入り口が小さ過ぎてオレにはたぶん無理だな。おめぇ、行ってきてくれるか?」
「了解っ!」
「くれぐれも気を付けるんだぞ。」
「任せといて!」
こうしてティルは、四人の妖精たちの光を頼りに、洞穴の奥へと進んでいく。
やがて、一番奥に辿り着いたティルは、その中央に小さな黒い岩を見つけた。
「これが、神聖ヘリテイジストーン……?」
ティルは、目の前の小さな黒い岩を、時折首を傾げながらじっくりと眺める。
すると、どこからともなく冷たい風が、ティルの頬に吹き付けた。
ここでティルは、テットの父親の忠告を思い出す。
「そうだ!森の神様にお願いしてみよう!」
ティルは跪き、神に祈りを捧げた。
そうして、何分かが経過した頃……。
ティルの目の前に、真っ白な光が現れた。
森の神の降臨だ。
「神様!?」
ティルは目を丸くする。
そんなティルに、森の神は静かに語り掛ける。
「私はこの森を治める神だ。君の願いを受け入れよう。彼の地がそこまで酷いことになっていたとは、私も知らなかった。雷神は、私が倒す。キミたちはこのヘリテイジストーンを持って一刻も早く霧雨の森へ行き、人々を復活させるんだ。雷神を倒してからでは、人々は復活出来ない。人々を復活させるには雷神の力が必要なのだ。大丈夫、キミたちの祈りの力が、きっと願いを叶えてくれるだろう。そしてそれは、私には出来ないことなのだ……。」
森の神はそこまで語り終えると、静かにその場を離れて、雷神の待ち受ける霧雨の森へと向かうのだった。
残されたティルは、ヘリテイジストーンを抱えて、テットの待つ洞穴の入り口へと急ぐ。
幸いなことにヘリテイジストーンは見た目の印象よりも軽く、ティル一人でも持てる重さだった。
「テットぉ!待たせてごめん。これからすぐに霧雨の森に向かうよ!」
「おぅ!」
こうして二人は、ヘリテイジストーンを交代で持ちながら、来た道を急いで戻っていく。
帰りは来た時よりもスムーズに進み、二人はおよそ三時間ほどで四駆の置いてある場所に到着した。
「さ、出発だぞ!」
「いよいよだね!」
ヘリテイジストーンを後部座席に載せて、それぞれ運転席と助手席に乗り込む二人。
そして二人を乗せた四駆はすぐに、アクセル全開で道なき道を疾走し始める。
その様はさながら、ラリーのようでさえあった。
黄色が印象的なボルギーニの車内では、二人はずっと無言のまま。
二人はそれぞれに、森の神に祈っていた。
雷神のいない、平和な世界を夢見ながら……。

Day 5 & Day 6 : 死闘

一方、ちょうどその頃、Kingdom of the Spruce Forestを治める森の神は、一足先に着いた霧雨の森で、雷神と対峙していた。
「雷神ブロックマンよ……。私はお前を許さない。これまでの傍若無人な振る舞いに、天の裁きが下るのだ。」
森の神は雷神を封印すべく、浄化作用のある真っ白な光で辺り一帯を包み込む。
「何をふざけたことを……。ここはオレの領地だ。お前に口出しはさせない!」
受けて立つ雷神は、自ら生み出したミクロ・ブラックホールの中に身を置くことで森の神の攻撃をかわしつつ、ライツ・オブ・デスの連続照射で応戦する。
戦いを始めた当初こそ、どちらにも目立ったダメージは見られなかったのだが、時間が経つにつれて双方とも、疲労の色が濃くなっていく。
人間を一撃で焼き殺し妖精へと変えてしまう威力を持ったライツ・オブ・デスの連続照射は、森の神のパワーを確実に奪っていったし、雷神もブラックホールの中にいることで、森の神の攻撃からは身を守れるものの、確実にダメージを受けていたのだ。
こうして、戦いが消耗戦の様相を呈し始めた、まさにその時……。
テットとティルの二人が、神聖ヘリテイジストーンを持ってやってきた。
それを見て狼狽えた雷神は、一瞬攻撃を止める。
森の神は、その隙に二人の前に出て、ライツ・オブ・デスから二人を守る盾となるのだった。
森の神の真っ白な光の中で、二人は祈った。
すると、ヘリテイジストーンは、青い光を森の神に向かって照射する。
それは、ヘリテイジストーン内部に組み込まれた、亡くなった人々の肉体と記憶に関するデータとDNAを、森の神に順番に伝送していく作業だった。
同時に、ヘリテイジストーンは雷神の持つパワーをミクロ・ブラックホールをものともせずに吸収・増幅し、その上で森の神に伝送する。
森の神は、ヘリテイジストーンが伝送する雷神のパワーを使って、亡くなった人々の精神と肉体を再構築する作業を行うのだった。
神聖ヘリテイジストーンの正体とは、地球上に生きるあらゆる生物の記憶とDNAのデータベースであり、同時に、神々の持つパワーの吸収・増幅・伝送が自在に可能な、言わばエネルギー吸収プラントでもあるのだ。

森では、ヘリテイジストーンと森の神の力によって、少しずつではあるが、人々が復活していった。
そして、最後に……。
ティルのそばにいたピウ、ピム、パウ、リリーの四人も、無事に復活したのだった。
「ティルーっ!テットさぁん!」
四人はティルとテットの元へ駆け寄ると、抱き合って喜びを分かち合う。
そこにいる者は皆、油断していた。
森の神でさえ、そうだった。
神聖ヘリテイジストーンによってその力を吸い取られた雷神は、死んだように感じられたのだ。
だが……。
ピウ、ピム、パウ、リリーの四人が無事に蘇り、みんなで仲良く暮らせるようになったとそこにいる誰もが思った瞬間……雷神は最後の力を振り絞って、全力で一撃を加えるのだった。
雷神の放った閃光は、運悪くヘリテイジストーンと、そのすぐそばにいたパウ、そしてリリーの二人を直撃する。
「父ちゃぁーんっ!」
「母ちゃぁーんっ!」
ピウとピムは、その場にへたり込んで泣き叫んでいた。
「さぁ、おめぇら、早く来い!死んじまうぞ!」
テットが二人の手を引こうとするが、二人は動こうとしない。
「嫌だぁーっ!父ちゃんがぁ、母ちゃんがあぁ……。」
二人は、辺り一面に粉々に砕け散ったヘリテイジストーンの上から、地面を何度も叩く。
その手に血が滲むまで……。
雷神はこの時すでに、自ら生み出したミクロ・ブラックホールの中で力尽きていた。
それを悟った森の神は、ピウとピムに静かに告げる。
「ピウくん、ピムくん……。キミたちのご両親は本当に気の毒だった。だが、神聖ヘリテイジストーンなき今、私の力では彼らを復活させることは出来ない。」
「そんなぁ……。」
ピウとピムは、落胆の色を隠せない。
森の神は、なおも続ける。
「ヘリテイジストーンを生み出したのは私だが、壊れたものを再生させることまでは、残念ながら出来ない。これから新たにヘリテイジストーンを作り直すことは可能だが、作り直す時点ですでに亡くなっている人間のことは、それでも蘇らせることは出来ないのだ。力になれず、申し訳ない。」
「うわぁーっ!わあぁー……。」
ピウとピムの二人は、声が枯れるまで泣き続けた。
ティルとテットの二人は、その様子をただ黙って見ているほかなかった。
こうして、ティルの短い冒険は苦い形で幕を閉じたのだった。

Epilogue : それぞれの未来へ

テットとティル、それにピウとピムの四人は、冒険を始めてから七日目の夜明けを、霧雨の森の中で迎えていた。
ピウとピムは、泣き疲れてようやく眠ったばかり。
テットは、二人を起こしてしまわないように一人ずつそうっと背負うと、四駆の後部座席へとそれぞれ移動させていく。
テットは、ティルよりも年下でまだ少年であるピウとピムの二人を、父親に頼んで、自分の家で暮らしてもらうようにしようと考えていた。
「さ、行くぞ。」
テットは、俯くティルに声を掛ける。
テットは、このままメープルシティに戻るつもりだった。
だが……。
「待って!もうここには戻ってこないと思うから、最後に小屋に寄って欲しいんだ!荷物も少しあるし……。ここから歩いて五分もあれば着くから、ね。」
ティルは、車に乗り込んだばかりのテットに、一旦降りて一緒に小屋に向かうように頼み込む。
「おぅ、いいぞ!」
こうして二人は、ぐっすり眠るピウとピムを車に残して、ティルの森での住処だった小屋へと向かうのだった。
二人は、無言で小屋へと歩いていく。
話題がなかった訳ではない。
そうではなく、原因はテットにあった。
テットはこの時、酷く緊張していたのだ。
それを察したティルもまた、この後の展開を想像しては、緊張に体を震わせる。
やがて、二人は小屋に到着した。
「ここだよ。入って。」
ティルの案内で、テットは初めて、ティルの部屋へと足を踏み入れる。
「その辺に座ってゆっくりしてて。」
ティルはテットを座らせると、木製の古ぼけたチェストの中を物色し始めた。
小屋の中は狭く、置いてある家具はベッドとチェストだけ。
トイレとシャワーは辛うじてあるようだったが、作り付けの収納もなく、TVやパソコンも見当たらない。
綺麗に整頓された室内で、小さな流し台とその周りだけが、生活感を醸し出していた。
飾られた写真の一枚もなく、持っていかねばならない荷物など、洋服のほかにはありそうにない。
ティルはそんな住み慣れた小屋の中で、無言で洋服を品定めする。
そこへ……。
「なぁ、ティル。」
長い沈黙を破って、ついにテットが口を開いた。
「なぁに?」
ティルにも、大体の見当はついていた。
いよいよだと思うと、身が引き締まる。
返事はもちろん決めていた。
ティルは、大好きなテットの目を、潤んだ目でじっと見つめる。
「ティル……。オレのもんにならねぇか?必ず幸せにすっからよ。」
テットの告白は、たったそれだけだった。
それだけ言い終えると、俯いて、ただ無言で返事を待つ。
だが、ティルは返事をしない。
不安になったテットが顔を上げると、そこにはティルの弾けるような笑顔があった。
それが、返事だった。
二人は、何が待ち受けているか分からない、けれどもきっと楽しいに違いない“二人の”未来へと、ともに向かうことにしたのだ。
たまらなくなって、テットはティルに抱き付いた。
そして、初めて口付けを交わす二人。
それはごく短い、あっさりとしたものだったが、この時の二人にはそれで十分だった。
物語の続きは、王都メープルシティで存分に描いていけばいいのだから。

「ところでよ……。一つだけ言っておきたいんだけどよ。その服は、みんな捨てるんだろ?まさか、着なぃよな?」
テットは突然笑い出すと指先だけで、チェストの中の畳まれた衣服を摘んでみせた。
「えぇ!?馬鹿にしてるんでしょ!!もったいないから、全部持っていくんだぃ!!」
ティルは、テットの様子を見てショックを受ける。
「まぁまぁ。服ならメープルシティで買ってやっからよ。それともオレの選んだ服は着たくねぇか?」
ティルは言葉に詰まった。
仕方なく返事の代わりに、テットの大きな手を握る。
「さ、行くぞ。この小屋ともお別れだな。」
ティルはテットと手を繋いだままで、黙って頷いた。

四駆の置いてある場所に戻ってみると、ピウとピムの二人はすでに目を覚ましていた。
「腹減ったぁー!なんか食わせろぉ!」
二人は口を揃えて文句を垂れる。
「ちょっと待っててね。ここから少し離れたところに、メルキオ=トリブタンって街があるから、そこでみんなでなんか食べようよ!」
ティルはピウとピムの二人の気持ちを気遣って、笑顔で優しく声を掛けた。のだが……。
「嫌だ!待たない!テット兄ちゃんを焼いて食べさせてくれればそれでいいよ!」
ピムはこともあろうに、とんでもないことを言い出す。
「いいねぇ!食べ応えありそぅだ!」
調子に乗ったピウも、この通りの様子だ。
「おぉ、憎たらしいぞ!もぅ心配する必要はねぇな。行くぞ、みんな!」
テットはもう大笑いだ。
一方のティルは頭を抱える。
こうして四人は、早くも打ち解けていた。
「出発進行!」
四人を乗せた黄色い四駆は、霧雨の森を後にして、未来へと滑り出す。
きっとそれぞれが幸せになれる……そんな予感を感じさせながら、四駆は道なき道をひた走る。
そう、ティルはテットと、ピウはピムと結ばれて、それぞれに自由な未来を描き出すに違いない。
まだ両親を目の前で亡くしたショックからは立ち直れていないピウとピムも、時間が経てば立ち直るだろう。
愛と自由を手にした四人は、それぞれの胸の中で、生きていることに心からの感謝をしながら、これから訪れる未来へと思いを馳せる。
そしてそんな四人を、再び妖精になったパウとリリーは、いつまでも温かく見守るのだった。