FC2ブログ

海松色の日常 - 恋のバミューダ・トライアングル

「起きて!もうすぐ学校に行く時間だよ!遅刻しちゃうよ!」
小学六年になる弟、直哉の甲高い声で目を覚ましたぼく、裕哉は、地元の中学校に通う二年生だ。
「んぁ……今何……!?やばい、遅刻しちゃうじゃんか!!」
今からでは顔を洗う時間はおろか、歯を磨く時間もない。
ぼくは恨めしい目つきで弟を見つめながら、手早く着替えを済ませる。
「そんな目で見たって駄目なんだかんね!何度も起こしたんだから!」
そう、ぼくは筋金入りの朝寝坊なのだ。
それでも弟の努力のお陰で遅刻は滅多にしないで済んでいるのだけど、今日は流石にやばいかも。
ちなみに、父さんは毎朝この時間には既に会社に出掛けており、母さんは去年がんで亡くなっている。
だから、今この家に居るのはぼくと弟の二人だけだ。
「そんじゃ兄ちゃん、ぼく先に行ってるね。朝ごはん食べるんなら冷蔵庫の中にハムエッグがあるから、あっためて食べて。」
そうそう、母さんが亡くなってからは、弟がこの家の食事を全て作っている。
それというのも、亡くなるしばらく前から母さんは、不器用なぼくではなく器用な弟に、食事の作り方を教えていたのだ。
ぼくは父さんに似て手先を使う作業はからっきし駄目だから、家事全般は専ら弟の仕事だ。
弟が居なければ、この家は崩壊していたに違いない。
感謝しなければ。
まぁ普段は照れ臭くてお礼なんか言えないけど、有難いとは思ってる。
しかも、なかなか可愛いやつなんだ。
と、ここで時計を確認。
「うぉ、やばぃ!行かなきゃ!」
結局ぼくは、弟お手製の朝食も食べずに、学校へと走るのだった。
「よぉ、裕哉!お前も遅刻か?それにしても走るの辛そうだなー、汗だくじゃんか。デブはゆっくり歩けよ。担任には俺が言っといてやるから。」
学校への道すがら、親友の幹久に声を掛けられる。
「遠慮しとく。大体、まだ遅刻するって決まった訳じゃないだろ、ほらお前ももっと早く走れ。」
こうして、ぼくと幹久はチャイムが鳴る寸前に、どうにか教室に滑り込む事に成功したのだった。
「ゆーちゃん、おはよ!間に合って良かったねー!」
席に着くと、隣りに座るぼくの恋人兼親友の猛くんが、いつも通りの可愛い笑顔で、遅刻しなかった事を喜んでくれる。
と、そこへ呼んでもいないのにやってくる、担任のゴリライモ。
見た目からして、野蛮さ爆発。
猛くんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたいよ、全く。
で、HRの後は、たるい事に一限からゴリライモの授業、見た目通りの保健体育!
しかも今日は体育ではなく、保健の授業だから余計に始末が悪い。
「男子諸君、今日の授業は前回に引き続き、第二次性徴についてである!」
教室中がざわめく中、ぼくと猛くん、それに幹久の三人だけは、それぞれ冷めた目で教科書をめくっていた。
すると、このクラスの事実上のリーダーとも言えるやつ(ぼくらはリーダー様と呼んでいる)が、つまらない事を叫び出す。
「三馬鹿はやっぱりおホモ様だから、こういう下々の性の話には興味ないんだろーな!」
だけど、爆笑する教室をよそに、ぼくら三人は至って冷静だった。
この程度の事はいつもの事なので、もう慣れっこなのだ。
そうして、ぼくら三人がリーダー様の有難いお話を無言で聞き流していると、ゴリライモはリーダー様に説教を食らわしてくださる。
これは有難い。ざまあみろ。
さぁ、いよいよ授業が面白い。
見ると、リーダー様は泣きそうな顔でこちらを睨んでいる。
どう出るだろうかと思い様子を見ていると、リーダー様、斜め後ろの席のコバンザメに目配せをしたではないか!
これはやられる、と思い警戒していると、事もあろうにコバンザメのやつ、愛するぼくの猛くんめがけて、消しゴムを投げつけやがった!
目に当たって痛がる猛くん、可哀想だ。
頭に来たぼくは、よっぽどコバンザメのやつを殴ってやろうかと思ったが、ここは我慢のしどころだ。
歯を食い縛って耐えていると、案の定コバンザメはゴリライモに怒鳴られた。
またもや。それ見た事か、ざまあみろ。
あぁ、何にもしないで喧嘩に勝った気分。やったね!
こうしてぼくは、隣りに座る猛くんとささやかに喜びを分かち合うのだった。

その後、保健の授業は何事もなく終わり、ぼくらは休み時間を迎えていた。
さっきの仕返しをしたくて仕方ないといった表情でリーダー様が睨んでくるので、こちらも一応睨み返す。
ふと、そういえばトイレに行きたいな、などと思いその場を立ち上がると……。
コバンザメが短い脚を突き出して、行く手を遮るのだった。
何と古い手だろうか!
馬鹿馬鹿しくなったぼくは、コバンザメの弁慶の泣き所を軽く蹴飛ばして、トイレへと急ぐ。
振り返ると、コバンザメが頭を抱えて痛がっているようだけど、気にしない気にしない。
その後三分くらい経って、ぼくが教室に戻ってみると、猛くん、リーダー様とその取り巻き連中に囲まれているではないか!
これは危ない、と思ったぼくは、間に割って入ると猛くんを教室の外へと連れ出す。
「大丈夫だった?」
「うん、何とか……。来てくれてありがと!」
猛くんのはにかんだ笑顔を目の前にして嬉しくなったぼくは、短く刈られた丸い頭を、そっと撫でてみる。
すると猛くん、くすぐったそうに笑うから、ぼくは思わず押し倒してしまいたい衝動に駆られるのだった。
もちろん、やらないけどね。
と、そこへ……。
「おホモ達同士、仲いいわよね~。」
「そりゃそうよ、愛し合ってるんですもの!」
同じクラスの女子二人が、ぼくらを指さしながら、通り過ぎていった。
相変わらず、品性の下劣な連中だ。
「嫌だね~、あーいうの!」
「ねー。」
ぼくと猛くんは、ニコニコと笑い合う。
それからすぐにチャイムが鳴ったので教室に戻ると、リーダー様はぼくらを睨みながら実にわざとらしく舌打ちをするのだった。
「あーあ、子供のお守りは疲れるねー。」
「駄目だよゆーちゃん、そんな事言ったら可愛いリーダー様がすねちゃうよ。」
そう、ぼくらはクラスの中で総スカン状態だったけど、今のところは余裕だった。
だって、独りじゃないからさ。
隣りに猛くんがいるから、ついでに幹久もいるから、だから何があってもきっと平気なんだ!
ちなみに、ぼくらがからかわれたり無視されたりしているのは言うまでもなく、ゲイである事が理由なんだ、けど……。
そもそもそれがクラスの連中にバレてしまったのは、誰も来ないはずの倉庫で猛くんとキスしているところを、後をつけていたリーダー様とコバンザメに目撃されてしまったからなんだ。
それからのぼくらはしばらくの間、給食をひっくり返されたり、トイレの個室を使っている時に上からバケツで水をかけられたりと、散々な目に遭う事になる。
しばらくしてようやくそれが落ち着いたのは、あの鈍いゴリライモが遅ればせながらクラスの異変に気付いたからだ。
ぼくらからゴリライモに直談判するつもりは、最初からなかった。
ゲイである事を知られたくなかったのではない。
そうではなくて、彼は事態の解決のためには少しも役立たないような気がした。
理由らしい理由といえば、それだけだったと思う。
だから、遅きに失していたとはいえ、事態の解決のために彼が少しでも動いてくれた事は、ぼくらにとってはとても意外だったし、結構嬉しかったのだ。
見直した、って感じかな。
それから、幹久がゲイである事は、少なくともぼくと猛くんの二人は、昔から知っていた。
多分、クラスの他の連中も同様だと思う。
というのも実は幹久、まだ小学生だった頃に一度だけ、ぼくを出し抜いて猛くんに告白した事があるのだ。
当の猛くんがまだまだ色恋沙汰とは無縁の子供だったために、幹久は呆気なく撃沈するのだが、当時早まって告白していたらぼくも危なかった。
それだけに、先に告白してくれた幹久には、感謝してもし切れない程の恩があるのだ。
今でもたまに「お前はいいよな」なんて愚痴をこぼす幹久には、ぼくは頭が上がらなかったりする。
で、そんな事をつらつらと考えていると、隣りの猛くんと目が合った。
「んぁ……どしたの?」
「ヒキガエル、もう来てるよ!」
見れば理科担当の通称ヒキガエルが、ぼくの事を睨んでいるではないか。
「何時の間に……。」
ぼくは慌ててお辞儀をすると、適当に教科書をめくった。
危ない、危ない……。

やがて、午前の授業を無事に終えたぼくらは、待ちに待ったお昼休みを迎える。
今日は昼休みの間ずっとゴリライモが居ないから、ゆったり羽を伸ばせそうだ。
さて、ぼくと猛くん、それに幹久の三人は、いつも仲良く固まって給食を食べる事にしていた。
だけど今日に限って幹久、猛くんの顔を見るなりとんでもない事を言い出した。
「おう、猛。たまにはおれにもSEXさせろよ。」
頭に来たぼくは、幹久を思い切り睨んでみる。
だけど幹久は悪びれた様子もなく、猛くんの頭を撫でるのだった。
「程々にしとけよ。他のやつだったら殴ってるところだぞ。」
そう言ってふと隣りを見ると、満更でもなさそうな猛くんの顔が目に入って、ぼくを余計に苛立たせる。
「猛くん!!どうしたの!!」
「あ、ごめん。」
平謝りの猛くん。
いいんだ、別にいいんだ。
でも……。
「まぁ、そう怒るな。」
なんて幹久が言うので、そこはちゃんと突っ込んでおいた。
「お前が言うな!!」ってね。
で、そろそろ本題に入ろうと二人に話を振ると……。
「3Pってのはどうだ?おれは構わんぞ!」
「ぶふぉっ!!」
何を言い出すかと思えば、こいつめ……。
ぼくは、思わず吹き出してしまった牛乳には目もくれずに、目の前でニコニコ顔の幹久を睨み付ける。
だけど幹久はそれでも懲りずに「ま、考えといてくれ。よろしく!」などとふざけた事を抜かしやがるので、怒ったぼくは思わず叫んだ。
「断る!!!猛くんも嫌だよね!!ね!!」
もう問答無用だ。
ぼくは心の中で叫ぶ。
頷け猛!!!
すると……。
「うん、うん、うん。」
猛くんは半ば強制的に、何度も頷くのだった。
心配だ。
物凄く心配だ。
もしも浮気なんかされたら、ぼくもう立ち直れないかも……。
そうして、ぼくが頭を抱えて唸っていると……。
「……!!?」
猛くん、何とぼくの頬にキスしてくれたのだ。
クラスの連中が騒ぎ出すけど、そんなの気にしない気にしない。
何しろ嬉しくて、泣きそうになっている自分がいるのだ。
クラスの連中なんて最早眼中にないない。
と、そこへ……。
「猛、俺にも!!俺にも!!」
またもや幹久のやつだ。
もちろん猛くんはそんなの拒否するに決まって……。
「……え?……えーと、あ。ううん。ごめんね。」
たーけーるーくーんー!!!
涙でもう前が見えない。
猛くんが心配そうに覗き込んでくれるけど、もう遅いんだ。
猛くんの馬鹿……。
「じゃあおれから!(Chu!)」
「おーのーれーみーきーひーさー!!!」
こうしてぼくと幹久は、騒がしい周りの連中をよそに久方ぶりに取っ組み合いの喧嘩を始めるのだった。
それもこれも全部、調子に乗った幹久のせいだ。
覚えてろよ。

それはそうと、本題というのはこの週末の事。
三人で何処かに出掛けられたらいいな、なんて思ってる。
で、二人に話を振ってみると……。
「おれ、デ○ズニ◎ランドがいい!」
「あ、ぼくも賛成!」
こいつら、殴りたい……。
「お金は?誰が出すの?」
一応、突っ込んでおかないとね。
すると……。
「それはもちろん、裕哉様の奢りで……。よろしく!」
などと、予想通りにふざけた事を抜かすので、ちょっと喧嘩腰になってみる。
「あ?ふざけんなよ?調子こいてんじゃねぇぞ?誰の奢りだって?どの口がそんな馬鹿な事抜かしやがる!どの口だ、あ?」
こんな時に猛くんは笑いながら「まぁまぁ、落ち着いて。ゆーちゃん怖いから」なんて言ってくれるんだけど、猛くんだって同罪なんだよ。
しかも諸悪の根元の幹久は、まだ調子に乗って「ゆーやのけちんぼ」なんて言ってるし。
普段は“仏の裕哉”と呼ばれるくらいに温厚なぼくだけど、流石に頭にきたので、ちょっと怒ってみる事にした。
「で、どーすんだてめぇら!!いい加減まともな事言いやがれ!!」
「夏だぞ。海しかねぇべ。」
「ぼくもそう思う。」
二人とも、即答だった。
そうなんだよね、夏ならやっぱり海、当たり前過ぎる発想だけどね。
二人ともそれでいいって言うんだから、ホント、聞いて損したよ。
「よし、海で決まり!で、何処にする?」
「おれ、断然江ノ島!」
江ノ島ねぇ。
「ぼくは、砂浜の綺麗なとこがいいな。伊豆の白浜とか。」
…………。
「あ、ごめん、猛くんには聞いてないんだ。賛成多数で江ノ島に決定!」
キリがないから、とりあえずな。
「ふぅん、そーいう事言うんだ。だったら今週末はHはなしだよ。」
!!!
あ、嫌だ、どうしよう……。
「やっぱり伊豆にしよっか?ね!」
「うんっ!」
幹久には悪いが、ここは伊豆で決めさせてもらう。
横で誰かさんが騒いでいるけど、気にしない気にしない。
でも、電車賃が……。やっぱ高いよなぁ。鈍行じゃあ猛くんが怒りそうだし。うぅぅ。泣ける……。
「スーパービュー踊り子号のグリーン車って、一回乗ってみたかったんだ~。楽しみ~!」
「おれもおれも。普通車なんて貧乏臭くて嫌だよな!」
「わかるわかる~。」
……もう、泣きたい。

その後の猛くんの話で、スーパービュー踊り子号は全車指定席であるらしい事を知ったぼくは、更に頭を悩ませる。
切符取れなかったらどうしよう……。
「夏休み前だし、グリーン車なら取れると思うよ!」
うゎ、グリーン車決定かよ、最低だ!お金がぁ……。
結局、放課後にそれぞれお金を持ってぼくの家に集合、みんなで駅の窓口に行って切符を買う事にした。満席なら、代替の案を決めなきゃならないし。……って、言うのは簡単だけど、さ。
辛うじて割り勘だからまだいいようなものの、これで猛くんの分まで出すようだったら、ぼく、ホントに泣いてたかも。
……あ!うゎ!思い出した!弟!
あぁぁ……。とりあえず、聞かれるまでは黙っておこうか。はぁぁ……。

で、放課後に家に帰って、二人が来るまでの少しの間に、明日の支度をしていると……。
「ねぇ、水着なんか用意して何処に出掛けるの?ぼくを置いて!馬鹿兄のあんぽんたん!もぅ朝だって起こさないんだからぁ!」
やっぱり……。神様ぁ、居たら助けてぇ!
結局、僅かばかりの貯金を下ろして、二人分の運賃を払う事にしたぼく。
現金なもので、弟は何だかとても嬉しそうだ。
あーぁ。少しはこっちの身にもなって欲しいよ、まったく……。
そこへ……。
「ピンポーン♪」
猛くんと幹久がやってきた。
「じゃん!ぼくも行くよ!猛ちゃん幹久ちゃん、よろしくね!」
呼ばれている訳でもないのに、弟は自己アピールを忘れない。
そんな弟に、猛くんと幹久はとても優しくて……。
「よろしくね~!相変わらず可愛いねー!」
「おぅ!猛には負けるけどな。よしよし。」
二人は弟の頭を撫でまくるのだった。
凄い歓迎ぶりだな。
で、調子に乗った弟は、それはもうニコニコ顔でそれに応じている。
頭に来たぼくは、弟の自分に似て短い脚を、軽ーく蹴ってみるのだけど……。
「ゆーちゃん駄目ぇ!弟くんは可愛がらないと!」
注意されてしまった。しかも猛くんに。
仕方ないので、いじけて拗ねてみる。
「いいもん、いいもん。猛くんの馬鹿……。」
これは嫉妬なんだよ?ちょっとはいたわって欲しいよ。
だけど……。
「なおくん大丈夫だった?」
「馬鹿な兄を持つと大変だな、お前も。」
二人は最早ぼくの事なんか眼中にもない感じ。
ぐすん。やっぱり連れてくんじゃなかった……。
「行くよ!ぐずぐずしないで!置いてくよ!」
ぼくは駅に向かってズンズンと進む。
「待ってよ、ゆーちゃん!」
「馬鹿兄!置いてかないでよ!」
後ろの方が何やら騒がしいけど、別にいいんだ。
来たけりゃ勝手に来いってんだ。
こんな風にして、半ばヤケクソな気分で歩いていると……。
「ゆーうちゃん!」
「馬鹿兄、置いてくなぁ!」
走ってやってきた猛くんと弟が、ぼくに抱き付いてきた。
あ、やば、涙出てきた。
「あ、兄ちゃん泣いてるんでしょ!」
「ゆーちゃん、大丈夫?」
気付かれたか。
今更隠しても仕方ないので、ここはもう開き直るしかない。
「おぅ、何が悪い?」
鼻を啜りながらだから、格好悪いんだけどね。
すると……。
「よしよし。」
「たまにはぼくも!」
二人してぼくの事を撫でてくれた。
なんだ、いいとこあるじゃん。
たまにはこういうのも、悪くはないかも。
「どーでもいーけど、お前ってホント、世話の焼けるやつなー。」なんて幹久は言うけど、ぼくだって嫉妬の一つくらいするんだい!
結局、とりあえず仲直りをしたぼくら四人は、適当に話題を繋ぎながら、駅まで辿り着いた。
「で、誰が窓口で聞くの?」
「お前でいいだろ。」
即答かよ。他のやつは皆知らん顔で、自分はやりたくなさそうな感じだし。
ホント、使えない……。
で、仕方ないので早速、窓口で尋ねてみると、朝早い時間のグリーン車なら席に多少の余裕があるという。
それで、料金は、と……げっ!!何だこれ!!
聞いてないぞこんなの。
「ゆーちゃん、楽しみだねー♪」
「兄ちゃん、ありがと!」
「二人分か、頑張れよ!」
人の気も知らないで、三人ともニコニコ顔だ。
こいつら、みんな殴りたい……。
「えぇい、もうヤケだ!!」
ぼくは、猛くんと幹久から奪うようにしてお金を預かると、自分達の分も合わせて窓口の男に叩き付ける。
こんな事なら、デ○ズニ◎ランドにしておけばよかった……ぼくの馬鹿。
もう、涙が止まらないよ。
「あ、兄ちゃんまた泣いてる!ホントに泣き虫だねぇ。」
「ホントだなー、きっと嬉しくて仕方ないんだぜ!アハハハハ!」
おのれお前ら……。
「そんなに喜んでくれると、ぼくも嬉しくなっちゃうよ!海にしてよかった~。」
全然違うよ、猛くんの馬鹿!
嬉しくて泣いてるんじゃないよ!
悲しいんだよ?それすら分からないだなんて、ちょっとおかしいよ?
それにしても……。
お金足りてよかったぁ!
かなりの余裕を持ったつもりだったのに、蓋を開けてみると本当にギリギリだったのだ。
「よぉ裕哉、これから四人で映画観にいこうぜ!」
「賛成~!」
「ぼくも~!」
……どいつもこいつも調子に乗りやがって、畜生め。
「断る!!帰る!!」
たまらずにぼくは叫んだ。
「えぇ!?馬鹿兄が帰ったら、ぼく映画観られないじゃん!」
「ゆーちゃん、映画楽しいよ?」
「おい裕哉、どうしたんだお前。」
「具合が悪い!!帰って寝る!!」
覚えていやがれ畜生め、いつか絶対に仕返ししてやるんだからな!
こうして、騒がしい後ろを振り返る事もせずにぼくは、独りで家まで帰るのだった。

帰宅後、まだ弟の居ない部屋のベッドでぼくは、布団に潜り込んで独りで泣いていた。
映画のチケットも買えない自分が、情けなくてしょうがない。
と、そこへ……。
「馬鹿兄、また泣いてる!辛い事があったら話してよ!兄弟でしょ!」
弟が帰ってきた。
「だってさ、もうお金ないのにさ、みんなが映画観に行こうだなんて言うんだもん。直哉の馬鹿……。」
すると弟は、その重たい体で上から抱き付いてきた。
「ごめん!謝るから、顔見せて!」
仕方ないので、渋々顔を見せると……。
!!?
キ、キス……!?
「ぼく、兄ちゃんの事愛してるから!!」
それだけ言うと、いろんな意味でぼくを置き去りにして、部屋を出ていってしまう弟。
後に残されたぼくは、どうすればいいんだ?
しかも……愛してるって、そっち!?
そりゃ弟は可愛いと思うし、嫌いじゃないんだけど……。
「あぁぁ……。」
また一つ頭痛のタネが増えて、ぼくは頭を抱えるのだった。

その後、夕食の時に再び弟と顔を合わせたぼくは、それはもう驚いた。
弟はぼくを避けるどころか、傍にピッタリとくっついて離れようとしないのだ。
「お前達、くっつき過ぎじゃないのか?」
流石の父さんも見かねて注意をするのだが……。
「いいの!ぼく達兄弟だから!」
「そうか。」
何と、それだけで話は終わってしまった。
ぼくはというと、もう冷や汗が出まくりで……。
居心地悪いったらありゃしない。
こんな事ではいけないと思い、勇気を振り絞って弟に、離れるように言ってみたのだが……。
「馬鹿兄の馬鹿あぁぁ!!!」
弟はそう泣き叫びながら、駆け出していってしまった。
それはもう、ぼくとしては追い掛けるしかなくて、さ。
父さんが苦虫を噛み潰したような顔をしているのにも気付いてはいたけど、その時には取り合っている暇もなかったんだ。
父さん、ごめん……。
ぼくは部屋に戻ると、布団に包まって泣いている弟を、力強く抱き締めた。
そして耳元で「さっきはごめん、ぼくも直哉の事愛してるよ」と囁いてみる。
すると我が弟らしく現金なもので、即座に布団から這い出ると、満面の笑みを浮かべてぼくに力一杯抱き付いてきた。
いや、いいんだけどさ……。
弟のあそこが硬くなっているのに気付いてしまったぼくは、気が動転して頭の中が真っ白になってしまった。
どうすんだ、これから……。
結局ぼくらは軽くキスだけ済ませてから、夕食を食べに父親の居るダイニングまで戻ったのだけど……。
もうね、空気が寒い寒い。
あまりの寒さに、どうしようかって思っちゃうくらい。
相変わらず弟はぼくにピッタリとくっついて離れようとしないし、父さんは父さんでそれはもうまずそうに、料理の得意な弟お手製の夕食を、無言で口に運ぶ始末で。
ぼくはというと、さっきからもう冷や汗が……。
修復不可能な空気。
もう駄目だね。
父さん母さん、親不孝な兄弟でホントにごめんなさい。

翌朝……。
張り切る弟に叩き起こされたぼくは、眠い目を擦りながらダイニングへと向かう。
朝から何となく気が重くて、ぼくは弟お手製のスクランブルエッグとトーストを頬張りながら、つい溜め息なんか吐いてしまうのだけど……。
「馬鹿兄何で溜め息なんか吐いてるのさ!ぼくも猛ちゃんもいるのに!何が不満なの!」
怒られてしまった。
仕方ないので「何でもないよ」と言って誤魔化しておく。
でもなぁ……弟は猛くんの事も嫌いじゃないみたいだし、海で裸を見たせいで「ぼくもみんなとHしたい」なんて言い出したら、それこそどうしようか……。
猛くんには何て説明しよう。
頭が痛いよ、もう……。
などと考えていると「兄ちゃんホントにどうしたの?早く支度してよー。」なんて急かされるので、ぼくは慌てて洗面所に向かう。
この時期特有の、大して冷たくもない水道水で顔を洗うと、余計に眠気が増した気がした。
それでも手を休める事なく歯を磨きながら、今日一日の無事を母さんに祈る。
部屋に戻って着替えていると、弟がまたもや急かすので、まだ少し早いけど、待ち合わせ場所の駅に向かって出発する事にした。
「兄ちゃんと日帰り旅行、すっごく嬉しい!ね、手繋いでいぃ?」
駅へと向かう道すがら、声を弾ませる弟。
いつになく嬉しそうで何よりだ。
しっかしなぁ……。
公衆の面前で仮にも男同士、手は繋げないだろ、いくらなんでも。
兄弟愛というのも度が過ぎると、不謹慎だし。
うん、無理。
なので……。
「あー……ごめん無理、いろんな意味で。」
ここはあっさりと拒絶しておく。
「何だよぉ、ぶぅぶぅー!手くらい繋がせろよぉ!」
弟は頬を膨らますが、これくらいは予想の範囲内だ。
とまぁ、高を括っていたのが、そもそもいけなかったんだろうな……。
「あんまり無理言うなよ、だいたい付き合ってる訳でもないんだしさ……って、えぇ!?泣くなよ?」
何と弟、泣き出してしまったではないか!
「だって兄ちゃん、やっぱりぼくの事なんか……ずっとずっと好きだったのにぃ!やっと振り向いてもらえたって思ったのにぃ!兄ちゃんなんかもう知らないんだから!!うわぁぁーっ!!」
号泣である。
どうしたものか。
ここはもう、腹くくるしか。
ぼくは深呼吸を一つすると、弟の柔らかい手をそっと握った。
見ると弟の顔が紅く染まっている。
可愛いな。
弟の掌はしっとりとしていた。
握る力は強く、もう離さないといった風情が漂う。
どうするよ、これ。
もう行くところまで行くしか。
ごめん猛くん!
ぼく、二股掛けてます!
相手は弟です!!
で、そのまま手を繋いだまま無言で歩き続け、待ち合わせ場所の駅前に到着すると……。
猛くんが居ました。
早いし。
どう見ても怒り心頭だし。
いっその事帰ろうか、もう。
「ゆーちゃんのばか!そーやってなおちゃんと一生仲良くやってればいいじゃん!ぼくなんか要らないんでしょ!そうなら最初からはっきり言ってよね!このすっとこどっこい!!」
猛くん、泣いていた。
無理もなかった。
だからぼくは叫んだ。
渾身の想いを込めて。
でないと、この先ずーっと後悔しそうだったからさ。
そして、ぼくも泣いていた。
涙を、止められなかった。
だって……。
「違うよ、全然違うよ!猛くん間違ってる!だってぼく、猛くんの事愛してるもん!だから二人とも幸せにするもん!猛くんが居なくなったらぼく、死んじゃうからね!」
これがぼくのホントの気持ちなんだから。
我儘かもしれないけどさ。
猛くんは相変わらず、泣いていた。
だからぼくは、猛くんと弟の二人を抱き寄せて、声を掛けた。
「これからは三人で仲良く生きていこう、ね?必ず幸せにするからさ……。」
二人は、ぼくから離れようとしなかった。
よかった、本当によかった……。
二人とも、ぼくにとってはかけがえのない宝物だからさ。
するとそこへ……。
「四人でいいべ。」
みーきーひーさー!!
こんな時に、この馬鹿……。
「馬鹿兄、帰ったらどうせ、猛ちゃんと二人でHするんでしょ!」
「え、それがどうかした?(嫌な予感……。)」
「ぼくも混ぜて!!!」
来たぁぁぁー!!
おのれどいつもこいつも、言いたい事ばかり言いやがって畜生!
猛くんは猛くんで泣きながらぼくにキスしてくるから、流石に周りの視線が痛いし。
もうね、どうにでもなれ!!
「分かった!全部分かった!分かったから海に行くよ!ついでに海の中でHでも何でもすればいいでしょ!!この変態共!!!」
返事なんか待たずに前へと進む。
こうしてぼくらは、大人でもあり得ない新たな恋愛の形(?)を築く事になった。
てか、要するに変態の集まりじゃんね、自分含め。
「待ってゆーちゃん!」
「置いてかないでよ兄ちゃん!」
「もちっとゆっくり歩けよ裕哉!」
三人の声が聞こえるけど気にしない気にしない。
それにしても小学生と中学生が寄り集まって4Pかよ。
恐ろしい……有り得ないだろ。
と、そんな事を思いつつ、嵐の予感を抱きながらも、結局あそこを硬くしている自分が居て、それが一番浅ましいに違いないのだと、そういう点にはどうにか自分でも気付くのだった。
あーあ。
ぼくって最低。
いいや、“ぼくら”だな。
ぼくらって最低。
さしずめ変態カルテット。
これはもう、勘当ものだろ。

ホンっト、もうどうにでもなれ~!!!

とりあえずここまで。ちゃんちゃん。
関連記事

最新記事

検索フォーム

QRコード

QR