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恋を紡ぐ人 [Endless Winter] -Essentials for Living 5-

「惣治、ご飯よ!」
自室でテレビを見ていた少年時代の惣治。
夕食の時間になり、母が呼びに来る。
「はーい、母ちゃん!」
「今日はカツカレーとオムライスよ。」
オムレツではなく、オムライスなところがミソらしいのだが。
炭水化物が多めなのは、いつもの事らしい。
「やったー!いただきまーす。」
両方共、惣治の大好物だったようである。

「惣治、たくさん食べて早く大きくなって、いいお嫁さんと結婚して孫の顔を母ちゃんに見せるんだよ。」
「うん、約束する!」
小さな一戸建ての食堂には、惣治と母の二人だけ。
父は単身赴任中。
それでも食卓が和やかだったのは、親子二人の絆があったから。
きっとこの惣治という子には、自分と同じような丸々とした子供が将来、出来るのだろう。
そんな気がした。
そんな夢を見た。
でも惣治って一体、誰だろう。
少なくとも僕の乏しい交友録の中には、そんな名前は載っていなかったーー。

吐く息が白い。
寒さも峠を迎えつつあった一月下旬。
ある依頼が僕の元へと舞い込んだ。
直接依頼を受けたのは紫蘭姐さんの弟子だったが、デブ専というマイナーなジャンルの話だった事もあり、僕に回ってきたのだった。

歩きながら僕は、依頼主の住む家を探す。
道が複雑に入り組んだ住宅街。
魔法で大体の見当は付くが、普通の人なら迷子になっている。
そういえば恋というのも時に、ある意味では迷路のような一面を見せる事がある。
早々と運命の人に巡り会えた人はラッキー。
でもそんな人は、決して多くはない筈。
そうした大部分の人の恋の導き役となるのが、僕達契約済み魔法使いの仕事なのだ。
依頼主の住む家の玄関扉の前で。
丸いな。
自分だって人の事は言えないが。
とにもかくにもまぁ、そんな第一印象。
もちろん、依頼主の事である。
名前は、惣治。
なるほど、昨晩の夢の主は、この子だったという訳だ。
しかし正夢だったとして、ゲイだったとはなぁ。
これは一悶着ありそうな予感。
で、この子。
可愛くない事もないが、少なくとも僕の好みではない。
まぁ関係ないのだが。
その彼、会って早々にとんでもない事を言い出した。
「俺、恋をしたんです!相手は浩司っていう人で!」
恋をしたとの事だったが、よくよく話を聞いてみるとその相手というのがどうやら、あの浩司さんなのである。
僕の彼氏だ。
これには困った。
珍しく、一瞬固まったりもした。
私情に絡め取られてその場で突き返したように見えても困るし、かといってこの依頼をすんなりと受け入れられる程には、僕はまだ大人ではない。
ここはひとまず返事は後日する事にして、一旦保留とした。
後日やんわりと断って、別の相手とくっつけてしまえば良いかなと、それ位に思っていた。

それ以降ほんの少しの間、甘い時が続いた。
「浩司さん、浮気したら嫌ですよ。」
二人だけの時間。
僕の口からは半ば無意識に、そんな言葉が漏れ出ていた。
「大丈夫だよ、ずっと一緒に居ようね。」
蕩けるような時間。
この時確かに、僕は幸せの絶頂にあった。

事件は、惣治と出会ってから一週間ののちに起こった。
浩司さんと二人で、仲睦まじく歩く公園の散歩道。
一瞬の油断で僕は、浩司さんの手を取ってしまう。
そこへタイミング悪くやって来たのが、惣治だ。
見られてしまった。
まさに、決定的瞬間。
言い訳のしようがない。
「なんだよお前ら、俺の気持ちなんてどうだっていいってか!?」
ここで僕、覚悟を決めた。
「浩司さん、君にやるよ。その代わり、その先どうするかは浩司さんが決める。いいね。」
二人共、目を丸くした。

帰宅。
オースが出迎えてくれた。
「お帰り、泗水。早かったね、浩司さんは?」
これには、無言を貫いた。
オース、事情を察してくれたようで、こちらとしても助かった。
浩司さん、ここで暮らしてはいるが、まだ別にアパートを借りている状態。
とはいえ、ここに戻らないというのは珍しい。
オースが気の利く子で良かった。
「もうすぐハンバーグとロールキャベツが出来るよ!淋しいのなんて、お腹が膨れたら忘れちゃうょ!」
結局、二人で紡いできた思い出と絆に、一縷の望みを託すしかない自分。
情けない。
でも、こういった事を生業としている以上、この事態は仕方のない事なのだ。

思えば短かったけれども、楽しかった日々。
いろんな所に出掛けた。
テーマパークのアトラクションに十一時間並んで待った事も、今ではいい思い出だ。
そういえば原宿のスイーツカフェに三時間並んだ事もあったっけ。
良く考えてみると並んだ記憶は数多いのだが、喧嘩になった事は一度もない。
温かい人だった。
だからこそ、猛烈な喪失感に襲われた。
そのせいだろうか。
オースとの食事中、不意に涙が溢れた。
するとオース、黙って手ぬぐいを手渡してくれる。
その気遣いが温かくて、僕は号泣した。
「早く元気出してね。泗水のそういう顔見てるの、僕、辛いから。」
オースにまで気を遣わせてしまった。
自分が、情けない。
そこへ突如、人の気配が。
これはもしや……。
「まだまだだね、あんたも。」
「紫蘭姐さん……。」
紫蘭姐さんの、突然の来訪。
紫蘭姐さんは瞬間移動が出来るから、本来ならばこれは別に驚くべき事でもないのだが。
まぁ、瞬間移動は時短にはもって来いだから、紫蘭姐さんにはぴったりの能力だ。
何かと忙しい紫蘭姐さん、こうして会えるだけでもありがたい存在なのだ。
それだけに、嬉しい。
ちなみに瞬間移動、これが出来る魔法使いは今、日本には三人しか居ない。
百戦錬磨のうちの師匠でさえもが出来ない、極めて高難度の技なのだ。
「あんたは鍛錬さえ積めば瞬間移動だって出来るようになるわよ。今度、マンツーマンで稽古つけてあげる。多分オースも時間を掛ければ出来るようになるわね。しんどいけど、頑張るんだよ、オース。」
ガッツポーズのオース。
それにしても驚いた。
あの紫蘭姐さんにマンツーマンで教えてもらえる。
彼女の弟子達が聞いたら、嫉妬するに違いない。
「ありがとうございます!よろしくお願い申し上げます!」
頭がテーブルにくっつく位の角度で、僕はすかさず立ち上がりお辞儀をした。
オースも頭を下げるのだが、下げ過ぎて前のめりになって転んでしまった。
「あいたたた!」
ちょっぴり痛がるオース。
「面白いわね。」
紫蘭姐さん、くすりと笑った。
緊張がほぐれる瞬間だ。
「で、あんたの彼氏の事だけど。多分戻って来るわよ、もうじき。彼の頭の中、覗いてみた?」
正直、怖くて覗けなかった。
新たな幸せを満喫していたらどうしよう、そんな不安と恐怖が覗くのを憚らせていた。
しかしここは、紫蘭姐さんの言を信じる他ない。
恐る恐る、回路を開いてゆく。

良かった。
浩司さんは僕の事を、これっぽっちも忘れてはいなかった。
何回惣治と寝たとか、そんなのは正直関係ない。
気持ちが残っていた、それだけで飛び上がる位に嬉しかった。

それから一ヶ月。
長かった。
仕事をこなしながらも、そわそわしたりがっかりしたり。
そんな日々の繰り返しだった。
オースは度々励ましてくれた。
「付き合う事は出来ないけど、親友で相棒の僕が居るから、淋しくないでしょ。」
そうだ、僕にはまだオースが居た。
愛嬌のあるオースの顔を見ていると、元気がもらえる。
それだけでも、また頑張ろう、そう思えるのだった。

やがてその時は、ふらりと訪れた。
「やぁ泗水、ただいま。」
浩司さんの声だ。
僕は慌てて玄関まで駆け付ける。
とびきりの笑顔だった。
だから僕は、とびきりのキスでこれに応えよう、そう思った。
「ちょっと待ったぁ!」
耳をつんざく声。
その主は、惣治だ。
「お前の相方、返してやる。でもな、もしも浩司さんの事を泣かせたりしたら、その時は俺がまた取り返しに来るかんな!」
そんなつもりはさらさらないので、改めて。
久しぶりの、キス。
フレンチ・キスもなかなかいいもんだなぁ、と再認識させられた。

あれから浩司さん、惣治と円満に別れるために、苦労して立ち回ってくれていたらしい。
浩司さんとの赤い糸は、まだちゃんと繋がっていたのだ。
それも嬉しいのだが、何よりオースが今回の出来事を自分の事のように喜んでくれた事が、嬉しくてならないのだった。
「泗水、おめでと!これでまたみんなでつるめるねー。」
そう言われてオースを見ると、ニコニコ顔だ。
たまらなくなって、僕はオースに抱き付いた。
オース、軽い鼻押しでこれに応じた。

それから更に一ヶ月。
浩司さんと仲がいいのはもちろんだが、僕と惣治、友達になっていた。
お誂え向きの男の人が居たので、惣治と赤い糸でくっつけてやったのだ。
それがきっかけといえばきっかけ。
ただその人、システムエンジニアで、いつも忙しい。
短気な惣治が無理を言わないか、気掛かりではあった。
「なぁ泗水、うちの彼氏、明日も仕事だって!土曜日なのにデートはキャンセルかも。むかつくー!」
「まぁ落ちつけ。彼氏の頭ん中覗いてやったけど、本当に仕事みたいだから無駄な心配はすんな。それにしてもお前見てると時々思うんだけど、大学生ってほんと、暇なのな。」
この頃、暇な時はいつもうちに入り浸っているので、別に迷惑な訳ではないが、冷水でも浴びせておこうという訳。
そこへやって来たのが、紫蘭姐さん。
例によっての、瞬間移動。
「泗水、オース。しばらく暇が出来たので早速、瞬間移動の稽古をつけてやる。みっちりやるから、覚悟しておけ。ついて来い。」
「はいっ!」
惣治とはひとまずここでお別れ。
「じゃーなー、またなー!」
惣治の呼び掛けに、振り返る事なく手を振って応じる僕。
再会はどれ位先の事となるのだろうか?
正直、この時の僕には見当も付かなかった。
でも。
「一年はかかるな。」
その程度の覚悟なら、出来ていた。
浩司さんとも、ひと時のお別れだ。
でも僕達の絆は、壊れない。

ここで一服。

[オースの小噺]

僕、オース!
泗水の飼いブタです。
種類としてはオスのミニブタですが、サイズとしては既にミニではありません。
親ブタの体重が100kgあったので、仕方ないんです。
くれぐれも食べ過ぎで大きくなった訳ではありません。
巨大化してしまうのを敬遠されてなかなか引き取り手が見つからず、殺処分も視野に入っていて鬱になっていた所を、泗水の師匠が引き取ってくれたのでした。
僕の魔法の才能をただ一人、師匠が見抜いてくれたのでした。

ちなみに、水色の前掛けがチャームポイント。
外に出る時は、外します。
ハーネスを付けますので。
鼻で土を掘るのが、大好き。
泥浴びなんてのもします。
でも、これでも一応綺麗好きなんです。
トイレはしっかり覚えたし、毎日の水浴びは欠かしません。
特技はお料理。
和食に中華、何でも作りますが、一番の得意はやっぱり洋食!
ポークカツレツとか、ブタなのによく作りますし、大好物です。
良い事をした時の泗水からのご褒美は、刻んだりんご。
山ほど食べたいけど、そうはいきません。
残念。
でも、トイレを粗相しなかっただけでもりんごを貰えるから、俄然やる気が出ます。
時々お腹が空くと、自分を食べたくなります。
魔法を自在に使えるようになってからは、人間と同じものを食べても平気になりました。
本当は体に悪い筈なんだけど。

お掃除もよくします。
お陰で、家中ピカピカ!
そんな僕ですが、一番の悩みは、飼い主で相棒の泗水の事が時々、よく分からないという事。
お師匠さんに相談したら、「気にするな」の一言で片付けられてしまいました。
どうしたらいいんでしょう?
ちなみに、ここでは喋る生き物は長生きという事になっています。
僕もまだまだ、頑張ります!

[オースの小噺:ここまで]

九ヶ月後。
季節は既に再びの冬を迎えようとしていた。
僕は遂に、瞬間移動の魔法をマスターした。
オースには自主トレーニングが課せられた。
こちらはもうしばらく先かな。
まぁ僕にしても、ずいぶんと時間が経ったように思えるかも知れない。
それはそうなのだが、紫蘭姐さんの当初の見立てよりはこれでも随分と早かったのだ。
えっへん。

お祝いに師匠から一週間のお休みを頂いたので、オースや浩司さん、惣治達とのんびり過ごしている。
そこへ、突如、急報。
惣治のお母さんがくも膜下出血で倒れたのだ。
そのまま意識は戻らず、あっという間に他界。
惣治、大慌てで向かうも間に合わず。
先に触れた通りで、生前、惣治のお母さんは孫の顔を見るのをとても楽しみにしていたのだ。
惣治は一人息子だ。
責任を感じたらしい。
とんでもない事を言い出した。
「俺、彼氏と別れて結婚する。」
だからあえて、聞き返した。
「好きになった娘でも、居るのか?」
「いや、居る訳ないだろ。誰でもいい。適当に見繕う。子供さえ産んでくれればそれでいい。不妊治療でもなんでも、今は方法があるから。」
僕は殴った。
渾身の力を込めて、拳で。
痛かったと思う。
勢いでやった訳ではない。
あえての事だ。
「てめ、何しやがる!」
それはこっちの台詞だ。
「相手の気持ちも少しは考えろ、馬鹿野郎!」
人を殴ったのも馬鹿野郎と言ったのも、生まれて初めての事。
動悸が治まらない。
だが、確信はあった。
これで、良かった。
惣治はその場に泣き崩れた。
結局僕はその晩、泣き止まない惣治にずっと付き添っていた。

惣治はお母さんっ子だった。
父親は単身赴任が多く、コミュニケーションを取る機会がなかった事もあり、惣治とは疎遠だった。
幼い頃から惣治は、そうした事もあって母親を喜ばせようと勉強にスポーツにと、頑張った。
お母さんも、そんな惣治を見るのが嬉しくて、誇らしかったらしい。
惣治が今の難関私立大学へと入学出来たのも、お母さんのお陰だったと言っても過言ではなかった程だ。
だからだろうか。
浩司さんは惣治にとっての遅い初恋の相手だった訳だが、惣治、大学生にもなるのに自分がゲイであることについて悶々と悩んでいた訳だ。
僕なんかその年頃にはそんな悩みはとっくに卒業していた訳で、これはもう、人それぞれという他ない。
でも、いかに大好きなお母さんへの罪悪感があったとしても、気持ちもない女性に子供を産ませるというのは間違いだと僕は思うから、先の通り、殴ったことは別に後悔はしていない。
むしろ結果だけ見れば良かったのではないかと、それ位に思っているのだ。

終わりのない冬。
惣治にとってはまさに、そんな日々。
そうした中でも、惣治とその彼氏は上手くいっていて、それがお互いにとっての良き癒しとなっていた。
もう、僕の魔法の力など関係ない。
だが、この一件で自信を深めたのもまた、事実だ。
僕は惣治に、養子縁組を勧めた。
惣治にしてみれば、お母さんが他界したばかりでそれは、余りにも自分勝手な振る舞いだと、そう思ったのだろう。
そんな事もありためらいはあったようだが、彼氏の後押しもあって、最終的には手続きに至った。

手続きをした、その日の夜。
枕元に惣治の母が現れたらしい。
真偽の程は分からない。
ただ、惣治の母、こう言っていたのだとか。
「男でもいいわよ。孫の顔は諦めたわ。何より私がこんなんじゃ、抱っこも出来ないから意味ないですもんね。幸せになるのよ!こんなチャンスは早々ないんだから、お相手の悠宗さんの事、大切にするのよ。しっかりね!」
翌日、僕の前でも惣治は、泣いていた。
今朝は悠宗さんの前で、大変だったらしい。

でも、良かった。
雪解けは、間近だ。

-完-
恋を紡ぐ人シリーズ、第三弾。
このシリーズ、あともう少しだけ続きます。
お付き合い頂けましたら、誠に幸いです。
まだオースには頑張ってもらう予定。
ミニブタはかわいそうな運命を辿る子も多いようです。
あんなに可愛いのに。
成長した時の身体の大きさは、ある程度親の影響を受けますから、オースは食べ過ぎなくても大きくなる子だった訳です。
幸運にも命拾いをしたオースは、このあと大きな戦力へと成長していきます。
どこまで描けるかは、まだまだ未知数ですが。
お楽しみ頂けますと幸いです。
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