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恋を紡ぐ人 [white with snow] -Essentials for Living 4-

しんしんと、雪が降り積もる。
都会では珍しい大雪。
滑りそうになるのをぐっと堪えて、ペタペタと進んでゆく。
所々、路面が凍結しているのが分かる。
気を抜けない道程。

空が重い。
辺りはもうすっかり暗いけれども。
まるで、これから起こる出来事を予期しているかのような。
正直、気が進まなかった。
でも、その気持ちとは裏腹に、足は前へと進むのだった。
職業病、かな。

正直、疲れた。
しんどい。
僕は滑らないようにと細心の注意を払いながら、指定の住所の辺りをぐるぐる、ぐるぐると回るのだった。
「あった、ここだ。」
僕は依頼主の住処をやっと見つけた。
それは、あばら屋といっても過言ではない程の、ぼろぼろの木造建築だった。
魔法で大体の場所の見当はついていたというのに、間口が狭く、廃屋にも見えたので、気付かずに迷っていたという訳だ。
「築百年位は経っていそうだな。」
人の住んでいる気配がおよそ感じられない。
だが、番地からするとここで間違いないのだ。

すうっと一つ息を吸い込んで、呼び鈴を鳴らす。
緊張で、身体が固まる。
少し、嫌な予感がした。
「気を付けるんだぞ」という師匠の声が、どこからか聞こえてきたので、僕はいよいよ落ち着かない。
その途端に、家の明かりが点いたので、僕は心底驚く。
奥からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「やぁ、ごめんなさい!泗水さん、ですよね?」
ガラス戸の奥から出て来たのは、年の頃十四、五の少年だった。
『なぜ電気を消していた?』
どこか少年には精神面で問題があるような気もした。
冬の夕方。
こんな暗い室内で何をしていたというのだ。
うたた寝?まあそれも一つの可能性としてはあろうが……。

お茶の湯気が、茶の間に舞う。
お茶請けに落雁が出て来るというのは、多分この少年のセンスではないだろう。
手を出して、一口。
意外と、美味い。
「お茶請け、渋くてすみません。母の趣味でして。母子家庭なんで、母、朝も夜も勤めに出ていて、まだしばらく帰って来ないんすよ。どうぞ寛いで、ゆっくりしていらしてください。」
部屋には、石油コンロ。
今時、珍しい。
時間が止まったような部屋の中で、忙しなく鳴り続ける携帯だけが、今を感じさせる。
SNSのやり取りだろう。
「やぁ、気になさらないでくださいね!あいつ、来客だから送るなって言ってあるのに、寄越すんだから。」
「あいつって?」
少し、引っかかったので、聞いてみる。
「友達っすょ!獅郎。あ、俺の名は直己です。よろしくです!」
手が出て来たので、握ってみる。
思いの外、冷たい。
「冷たいね、手。水仕事でもしてたの?」
「さっきまで母が居て、夕食を作ってくれたんすょ。その洗い物。残り物で良ければ、食べます?カレーっすょ、味はバッチリです!」
「せっかくだから少し、貰おうかな。」
「はいっ!」
夕食を作って待ってくれているオースの顔が浮かばない訳ではなかったが、正直お腹は空いていた。
ここは素直に頂こう、という訳だ。

明るい所だから気が付いた事。
少年、優しそうな面立ちの割には、目が少しきつい。
そして、どこか憂いを帯びているようにも感じられる。
こういう時、どうにも嫌な事がありそうで仕方ないのだ。

かつてまだ駆け出しだった頃、ちょうどこんな少年の依頼を受けた事がある。
いわゆる横恋慕というやつで。
なんとか叶えて欲しいという。
相手はバイセクシャルだが、まずいのは結婚していて子供も三人もいた事だ。
もっと良い相手を紹介するからと言って、結局依頼自体は断ったのだが。
そうしたらその子、泣きながら駆け出していった。
よくある事だろうと思って気にも留めなかったのだが。
その少年、憧れの彼の家、マンションの一階の部屋に乗り込むと、ガラスのサッシを突き破り、持っていたナイフで奧さんと子供三人を次々と殺害。
後に社会問題化するのだった。
一人生き残った被害者の男性の気持ち、いかばかりか。
想像するに余りある。

実はこの時は、世間の僕への反感はさほどのものでもなかった。
家庭を破壊しようとする横暴な容疑者の依頼を、毅然として追い払った、といった論調が主だったように思う。
師匠も優しかったが、僕はひたすら後悔に明け暮れた。

部屋を見回す。
こざっぱりとしていて、物があまりない。
精神的に病んでいるなら、もっと散らかっていても良いはずなのだが。
「ねぇ直己君、君の部屋、見せてくれる?どんな部屋で暮らしているのか気になって、さ。」
「あ、そんな事よりカレーあったまりましたよ。」
「ありがとう。頂くよ。」
やはり素直には見せないか。

僕の名は、泗水。
師匠やミニブタの相棒オースと共に、主にこの日本のゲイ達の恋を紡ぐ、いわば職人のような魔法使い。
この能力は、誰にでも備わっているというようなものでもないので、弟子入りを志願してくれる子達も中には居るが、基本的にそれらは全て断っている。
やって来るのが、能力を持たない人達ばかりだからだ。
憧れだけでは出来ない仕事なのである。
オースの場合も、僕が少し力を分けてあげたというのはあったものの、基本的には素質が十分にあったのだ。
だからこそ、相棒にもなれるという訳で。

カレーが、美味しかった。
少し、といったのに山盛り出て来たので、帰ってからオースの料理を食べられるかどうか。
やれやれ、これはもしかしたらオースには可哀想な事をしてしまうかも知れない。
カレーが胃の中で重い。

少年から話を聞いて、その内容が思いの外重たくて、そう、ちょうど今日の空模様、或いはカレーみたいで。
どうしようか、と迷いながらも結局、家路に就く事にした。
そういえば少年、どことなく不自然な感じがした。
笑顔に嘘があるのだ。
僕はそういうのは割と簡単に見抜く方だし、この少年、顔に出るから分かりやすいのだ。
「ここは誰が片付けているの?」
玄関先で聞いてみる。
気になっていた事。

「いえ、姉が……。」
少年、やはり口ごもる。
まぁ、この感じだと自分でやる訳はないよな。
水仕事も、渋々といった所だろう。

この日はそのまま真っ直ぐに帰宅となった。
今夜は一段とよく冷える。
途中、凍結した路面で尻もちをついてしまった。
かなり、危ない予感がする。
でも予感は予感に過ぎない。
未来が見える魔法があれば万事解決なのだが、あいにくそんな都合のいい魔法は存在しない。

元来胃腸の強い僕が、下痢をしてしまった。
帰宅してしばらく後。
自分でも驚いた。
後は察して欲しい。
くれぐれも、さっき出て来たカレーが痛んでいただとか、そういう訳ではなかったので、誤解のなきよう。
オースの作る料理があまりにも美味しくて、食い意地の張っている僕は無理をしたのだ。
それでもオースの無邪気な顔を見ていると、気分も良くなるというもの。
僕にしてみれば、オースは可愛くて仕方ないのだ。

それにしても困った。
ヘテロセクシャルな人間をゲイに変えて欲しいというのである。
しかも、恋を叶えろ、と。
歴史的に見ても、逆なら枚挙に暇がないのだが。
あまり前例がないので、離れた場所の師匠の頭の中を覗いてみる。
今は就寝中なので、バレる事もあるまい。
早速、今回の依頼と近い事例を見つけた。
だが、それはあまり参考にならない、或いは参考にしてはいけない事例だった。
師匠は断ったのだ。
悲恋になりそうだった訳である。
同じ立場で今だったなら、僕でもそうしていたかも知れない。
で、依頼主、自殺してしまったというのだ。
これはいけない。
それでなくても、昔の失敗の事もある。
今回の依頼、どうやら受けるしかなさそうだ。
が。

八年前のあの日の午後。
雷鳴が轟いていた。
僕達魔法使いでも、一般の人達の依頼を引き受ける事はある。
だが、それは内容にもよる。
あったのだ、僕にも。
迂闊に依頼を引き受けて、悲恋となってしまった事が。
思い出した、というよりも蓋をしていた記憶が後から後から止め処なく溢れ続けた、といった方が正しいかも知れない。

僕達魔法使いは神様の作った掟に縛られている代わりに、守られてもいる。
たとえ依頼主やその関係者が自殺したり事件を起こしたりしても、それが予期出来ない過失であるなら、不問に付されるのだ。
そうでもなければおよそ出来ない仕事なのであるから、仕方ないといってしまえばそれまでなのだが。

それは、哲郎と純也の恋の話だった。
八年前、二人は互いに惹かれ合っていた。
だが、各々の家中の人間が暗に反対していた事もあって、告白するには至らなかった。
今日と同じような雪の日。
耐えかねた哲郎が、僕の元にやって来たのだ。
哲郎は、自分達が無事に結ばれるようにと、強く願っていた。
「お願いします、泗水さん!」
その時の純粋で強い眼差しが、今でも忘れられない。
僕は、人助けをするつもりだった。
実際、僕の力で二人は結ばれた。
だが、谷底とでも呼べる状態は、その先に待ち受けていた。
家の者達が、二人を引き離そうとしたのだ。
彼ら家の者達の意志は、僕の魔法の力が及ばない程に固かった。
まぁそもそも彼らに直接魔法をかけた訳ではないのだから、仕方ないとも言えるのだが。
暗黙の了解で、そうしたことはなるべく行わないようになっていたのだ。
親子間の問題は、魔法を使わない円満な解決が理想、という訳で。
「いいかい、あいつはお前をかどわかそうとした悪人だからね、もう二度と会っちゃいけないよ。」
「あの悪党はお前をホモの道に引きずり込もうとしたんだ。会っちゃ駄目だよ、許さないから!」
各々の両親はそれぞれにそう言って、哲郎と純也の恋を踏みにじった。
それはまだ少年だった二人には、到底受け入れられない話だった。
その直後、哲郎の家の引っ越しが急遽決まった。
直接的には哲郎の父の転勤がその理由ではあったが、実際の所は哲郎の父が上司に強く懇願したから、そうなったのだった。

最期の日。
各々、両親の目を盗んで深夜に家を抜け出し、いざという時の待ち合わせ場所となっていた湖で落ち合う。
二人はその時、どんな顔だったのだろうか。
僕には、笑顔だったように思えた。
その後、手を取り合って、入水するーー。
天性の才能があるとの巷での評判があったとはいえ、まだ駆け出しだった僕には、この事態は予見出来なかった。
少年達は封建的な田舎に住んでいたのだ。
許される訳がなかった。
それを見落とすという、まさに痛恨の失態だった。
都会に居過ぎて、感覚が狂っていたのかもしれない。
その一報を聞いた僕、泣きながら崩れ落ちた。
師匠は、怒らなかった。
それどころか、遺族による謂れなき誹謗中傷から、僕を守ってくれた。
この時から、師匠への畏敬の念が僕の中で確固たるものとなった。

今回の件、慎重に対処せねばならない。
直己にも問題はありそうなのだが。
懸念していたのは、直己の母だ。
だがこれは意外にも、頭の中を覗いた範囲では、特に心配はなさそうだったのだ。
ここで懸念となるのは、獅郎の一族である。
彼ら、旧財閥の一門を遠縁に持っているのである。
実は直己と獅郎は通っている学校からして違う。
嫌な言葉ではあるが、育ちが違うのだから、当然だろう。
どうやって知り合ったのか、疑問にも思ったが何故だか仲が良いという。
獅郎の親御さんはこの辺りの大地主らしいので、たまたま住まいが近所だったのがその原因だったのだろう。
まぁそんな訳なので、二人が結ばれた所で、良くて勘当されてしまうのがオチだ。
どうすべきか。

考えた末に、僕は特殊な赤い糸を紡いだ。
技術としては習得してはいたが、実際に紡ぐのは今回が初めてだ。
現時点で結ばれたとしても、勘当されてしまえば二人、年齢を考えればおそらく自活は出来ない。
かといってそのままにしておいても獅郎はやがて、他の相手と交際を始めてしまうだろう。
そこで、二人の気持ちが離れないように固着させつつ、実際に結ばれるのは何年も先になるという、本当に特殊な赤い糸を紡いでみたのだ。
この糸、プラトニック・ラブと呼ばれる事もある。
成人してしまえば勘当された所でどうにかなるだろう。
ここは一つ、直己の忍耐力に賭けてみたのだ。

だが、事態はここで思わぬ方向へと展開してゆく。
悲観した直己、僕が魔法を使う前に、暴挙に出ようとしたのだ。
短絡的な、衝動的犯行。
僕がそこまで信用されていなかった証でもある。
まさに痛恨だ。
嫌な予感というのは、これの事だったーー。

吹雪だった。
珍しい事もある。
前途多難を思わせる冷たい風で、息が苦しい。
やけに胸が痛むのを感じた僕は、千里眼で直己の様子を伺う事にする。
直己は出刃包丁をショルダーバッグに忍ばせて、家を出ようとしていた。
急がねばならない。
だか、運の悪い事に獅郎はすぐ目の前に居たのだ。
とんでもない偶然だ。
よう、と獅郎が声を掛けるのとほぼ同時に、直己は獅郎の腹を突き刺した。
直後、同じ包丁で今度は己の胸を突き刺す。

幸い、目撃者は居なかった。
事は一分一秒を争う。
瞬間移動の出来る大変珍しい魔法使いである紫蘭姐さんを呼び出して、二人で直己と獅郎の怪我を治す。
幸いどちらの怪我も致命傷ではなかったので、助ける事が出来た。
「泗水、よくやったよ。ついでに二人の中のこの事件に関する記憶も、残らず消しておやり。」
「はい!」
念を込める。
程なくして目を覚ました二人は、事件の事などすっかり忘れていた。
出刃包丁は紫蘭姐さんが隠したようだ。
僕は改めて先程の赤い糸を二人に結び付ける。
これもいい機会だと思い、直己に思いの丈をぶつけるように促した。

「あのね、僕獅郎の事、好きなんだ。」
「知ってたよ。」
やはりな。
直己、顔に出るのだ。
「もうしばらく辛抱してくれるか?」
獅郎がそう言うので、直己は泣きながら獅郎に抱き付いた。
「出来るね?」
僕が改めてその意志を直己に確認する。
「うん、ありがとう、泗水さん!」
どうなる事かと思ったが、良かった。
この一件はひとまずこれでひと段落。
だが経過観察は必要だろう。
僕は内心で、心から幸運を祈るのだった。

翌朝、空は澄み渡り、晴れ渡っていた。
二人の門出を祝福しているような、そんな朝だった。
不幸なんてない方がいい。
好きな人を殺すなんて、惨すぎる。
元々直己が良い子だとは知っていたから、何としてでも救いたかったのだ。
間に合って良かった。
もしも二人が空の星になったら、この仕事を辞めようか、そんな事も頭の片隅を過ぎっていた位だ。
二人の幸せは、きっと約束されているのだ。
だって僕達が居るから。
頑張れ!

抜けるように青い空と同様に、僕の心も弾んでいた。
昨日までの頭痛からも解放され、気分がいい。
今回の件で、いつの日か瞬間移動が出来るようになるといいな、そう思った。
まず無理だろう。
だが、可能性はゼロではない。
何より、精進あるのみ、なのだ。
ミニブタであるオースだって、毎日魔法の鍛錬を頑張っている。
僕も負けちゃあいられない。
オースと共に瞬間移動をするのが、夢になった。
諦めたら終わり。
頑張らなければ。

家に戻ると、オースが朝食の準備を終えていた。
天ぷら、煮物、浅漬け、焼き魚、豚汁。
どれも美味しそうだ。
オース、今日もご機嫌だ。
だからあえて言ってみた。
「オース、僕の元に来てくれてありがとう。本当に大切な相棒なんだ。これからもよろしくね。」
オース、これには照れ臭そうに、鼻を擦り擦りして甘える。
これから何が起ころうとも、オースとの絆は揺るがない。
ある意味では、浩司さんとの仲よりも、大切かもしれないのだ。
これはもう、大変な事である。

朝食後。
僕とオースと浩司さんとで、雪だるまを作った。
映画に出て来そうな仕上がり、悪くない。
特にオースが、良く頑張った。
「いい出来で良かった。僕、頑張ったでしょ!」
胸を張るオース。
一同、笑いが絶えない。
この雪だるま、あまりに可愛らしいので、僕とオースが命を吹き込んだ。
人に命を吹き込む事は出来ない。
禁じられているのだ。
だが、雪だるまは無生物であるから、この限りではない。
これ、しんどい魔法なので、一人では出来ない訳で。
オース居てこその魔法なのだ。
ありがたい。
このお話はまたいずれ。
幸せはきっと、まだまだ続く。
今日もまだ、始まったばかりだ。

-完-

一人前になったばかりのまだ若い魔法使い泗水と、その相棒ミニブタ・オースが繰り広げる・当サイト恒例のファンタジー。
実はこのシリーズ、自分の中での影の主人公は、泗水ではなく、オースなのです。
とはいえここでは、泗水と紫蘭姐さんの掛け替えのない絆が、事件を解決に導きます。
恋を紡ぐ人としては、第二弾です。
この恋を紡ぐ人シリーズは、もう少し続きます。
お付き合い願えれば、この上ない幸せです。
今後ともよろしくお願い申し上げます。
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