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苦しくて、悲しくて、胸が痛い。
思えばここまで、長かった。
あの子の事を忘れようとして、足掻き続けた日々。
終わりの見えない己の日常を、谷のどん底から見上げるような、そんな何処か他人事のような日々でもあった。

抜けるような青空。
反対に、僕の心はまだ痛い。
一歩一歩、重たい足を引きずるようにして、少しずつ踏み締めてゆく。
ふと振り向くと、一陣の風が吹き抜けていった。
己のありようとは正反対の、爽やかな風。
ここで、立ち止まって考える。

三年前の春。
僕はここであの子と出逢った。
花びらが舞う桜並木の下で、偶然に。
いや、或いは必然と言った方が良いのかも知れない。
向かい合って。
開口一番、あの子はこう言った。
僕は仰天した。
「あの、あなたこの辺りでは有名な、ゲイの方ですよね。僕で良かったら、お付き合いとか、友達からでも。よろしくお願いいたします!」
え、もしかして噂になってる?
いつの間に!
確かに前の彼氏と手を繋いで歩いた事は幾度もあったけれど、まさかこんなにも知られているとは。
まぁ、こんな成り行きだから断っても良かったのだ。
そうしなかったのは、その子があまりにも可愛かったからである。

「うん、良いょ。こちらこそよろしくね!」
そう言って手を差し出すと、小さくてまあるい手が差し伸べられた。
がっちりと握り締めると、その子、下を向いた。
その子、名前は裕太という。
ちなみに僕の名前は、弘泰。
恥ずかしいのかな?
そんな事を思いながら、つむじなんかを眺めていた覚えがある。

その後、二人並んで歩く道のりは、温かくて幸せだった。

季節は移ろい、夏。
海に行った。
そこで事件は起こった。
裕太、足をつって溺れたのだ。
僕はその時ビーチに居て、その事には気付かなかった。
かき氷を食べながらビーチパラソルの下で休んでいると、裕太が大きくて丸っこい男性に連れられて歩いて来た。
その男性、開口一番、「駄目じゃないか!一緒に居てあげなきゃ!溺れて、後少しで死んでいた所だ。この子は俺が譲り受ける。文句はないな。」
僕はその時に裕太がずっと隣の男の顔を、恍惚とした表情で眺めているのに、愕然とした。

二人の恋は、終わったのだ。
短かった、本当に。
泣いた、泣いた、泣いた。

あんなに可愛い子は居なかった。
後にも先にも、こんな出逢いはこれが最後だろう。
僕はただ、蹲って己の不甲斐なさを責めるより他なかった。
立ち上がると、すでに二人はビーチには居なかった。
彼の荷物も綺麗になくなっていた。

翌日、僕は興信所に居た。
二人の行動と所在を調べたいのだ。
大枚払って、依頼をする。
背に腹は変えられない。
せめて、そっと物陰からでも、裕太の事を見ていたいのだ。
思えば僕はこの時、狂っていた。

居場所はすぐに分かった。
裕太、相手の男に養われているらしい。
相変わらず愛らしいのだが、嫉妬で気が狂いそうだ。
見ていたい、でもどうせ戻っては来ない。
考えた。
僕はこっそりと、裕太の住むマンションの、道を挟んで向かい側のマンションに越す事にした。
運良く裕太の住む部屋と同じ階、しかも道を挟んで真正面の部屋が空いていた。
僕は双眼鏡を買って、仕事が終わると毎日のように二人の様子を覗いていた。
SEXシーンを見られないのは残念だが、見たら見たで嫉妬で壊れそうな気もするので、まぁこれはこれで良いのかも知れない、そう思った。

それから、毎日のように僕の双眼鏡ライフは続いた。
そんなある日。
遂に裕太の新しい彼氏が僕に気付いてしまった。
ドンドンと、僕の住むマンションの部屋を叩く音。

それでも僕は、怯まなかった。
裕太の新しい彼氏は、裕太の事を度々暴行していたからだ。
覚悟を決めて、ドアを開けた。
意外な事に、裕太も側に居た。
裕太の彼氏は言う。
「覗きは立派な犯罪だ。これから警察に付き合って貰う。」
だから僕は言い返した。
「暴行は犯罪ではないとでも?ビデオカメラで録画してあるから、警察に渡せばただでは済まないね。」
実の所は、そんなビデオは存在しないのだ。
一世一代のハッタリだ。
だが、これは効いた。
「頼む!裕太はお前にやるから、警察だけは勘弁してくれ。
公務員なんだ。
辞めたくないんだ。
貯金も少ないし、一文無しになってしまう!」
その条件を飲む代わりに、どちらと一緒に居たいかを、裕太に決めて貰う事にした。

次の瞬間だった。
裕太は僕の手を取って、ほろほろと涙を零しながら、その場に崩れ落ちた。

「ごめんな、裕太。」
それだけ言い残して、裕太の彼氏だった男は、僕達の前から去って行った。

すかさず裕太は僕の胸の中に飛び込んで来た。
嬉しかった。
だが、次の瞬間、予想されていた事とはいえ、僕の心を曇らせる裕太の姿を、僕は目の当たりにする。
首元に痣があったのだ。
これは心配だ。
「裕太、服脱いでみ?」
僕は裕太に全裸になるように促す。

もじもじとして、脱ごうとしない裕太を見て、僕は確信する。
あんにゃろめ、今度会ったらただじゃおかない。
それはともかく。
僕は言う。
「痣だらけでも傷だらけでも、僕は裕太が大好きだょ。怖がらないで脱いでご覧。ゆっくりでいいから、一緒に治していこうね。」
この言葉に裕太は、号泣した。
脱いだら、本当に身体中、痣と傷とで埋め尽くされていたのだ。

きっかけは単純だったらしい。
それまで仲の良かった二人だが、裕太のある一言で今まで付き合っていた元彼氏が激昂したのだ。
「なんか、優しくないしつまんない。弘泰の方が良かった。」
痛恨の過ちだった。
だがこの一言がなければ、裕太は僕の元には帰って来なかった訳で、内心では複雑だった。

それからは、再び楽しくて幸せな日々がやって来た。
裕太は二十過ぎという歳の割には、内面も外見も随分と幼い。
これまでにも、見た目の可愛らしさにつられて付き合ってはみたものの、あまりの幼さに手を焼いた挙句、裕太を捨ててしまう、といった事は多かったのだそうだ。
正直僕も手を焼いてはいるのだが、これだけ可愛ければ苦にもならない。
しかし、浮気となると話は別だ。
裕太は僕と並んで街を歩いている時にも、男ウォッチングは欠かさない。
仕方ない事ではあるのだが、誠に以て不愉快だ。
そんな中、またもや事件が!

事件当日、僕は裕太を夕食に誘ったのだが、忙しいという。
しかしこんな時の為に、実は裕太の部屋には盗聴器を仕掛けておいたのだ。
何の事はない、男と逢うらしい。
やはりな。
予感は的中した。

すぐさま裕太に電話。
こんな事、気が動転していたからこそ出来たのだろう。
我ながら正気の沙汰ではない、そう気付いた時には、後の祭りだった。
「確かに浮気はしてた!でも盗聴なんて許せない!別れる!」
それだけで、たったそれだけで二人の関係は終わりを迎えた。
いや、十分過ぎる理由か。
仕方ないのだ。

それから一年、最初に出会ってからは三年が過ぎた。
僕は女々しく彼からの連絡を待っているが、当然もう来ないだろう。

悪かったのは彼なのか?
いや、少なくともより悪いのは、僕の方だ。
泣いた。
散々。
でももう、取り返しはつかないのだ。

自分はエゴイズムの塊だと、そう思うようになった。
そのきっかけは、その後の新たな恋だ。
秋平との出逢いが、僕を変えた。
秋平は裕太と同じく年下だが、違う所もある。
秋平は僕の事をギチギチに束縛するのだ。
僕の携帯が着信する度に、秋平はそれを見せるように命令する。
そう、命令するのだ。
問答無用なのである。
部屋には盗聴器が仕掛けられた。
受け入れないと別れるとの事。
こんなに大っぴらに盗聴器を仕掛ける子も珍しい。
ここで裕太の気持ちがようやく、分かった。
実はこの時、僕も浮気をしていたのだ。
そんな事は初めてだ。
まぁ実体はないのだが。
まだ裕太の事が忘れられなかったのである。

不注意だった。
酒は飲んでいない。
スピード超過でもない。
ただ、裕太の事を考えていた。
そんなある日。
ドンっ!
明らかに人をはねた。
慌てて路肩に車を寄せて、停車する。
車から降りて駆け寄るも、被害者に息はない。
相手は子供。
僕の人生は、終わった。
完全に、詰んだ。
秋平との関係は、自然消滅した。

その後、遺族感情が極めて悪い事もあり、謝罪は受け入れられず、なんと執行猶予も付かなかった。
初犯なのにである。
こうして、交通刑務所での日々が始まった。

建物は綺麗だった。
たまたまかもしれない。
移送中、手錠がかけられているという事実に、涙が溢れた。
刑務所内では苗字で呼ばれるようで、混同のないように固有の番号が割り振られる。
それを見る度に、もう自分の人生は終わったのだと、改めてそう思えてならなくて、歯を食い縛った。
食事は薄味だが、まぁ食べられる。
辛かったのは、自慰行為が禁止されていた事。
刑務所には陰部摩擦罪という罰則があるのだ。
人並みに性欲はあるのに、吐き出す手段がないというのは、辛い。
でも、轢かれた子供の事を考えると、我慢も出来るというものである。
というよりも、その事を考える度に、涙が止まらなくなるのだ。
また、親・親戚との縁も切れてしまったので、ここを出たらどう生活を送ってゆくのか、不安に苛まれる事も度々だった。

収監中に、面会に来てくれた子が一人だけ居た。
裕太だ。
裕太は、出所したらまた付き合おうと、そう言ってくれた。
自分は恋人で、出所したら養子縁組をして面倒を見ると、そう話して面会の許可を貰ったのだそうだ。
僕はカウンターに突っ伏して、咽び泣いた。
今度こそ大切にする、そう心に誓った。
それからは裕太は、度々やって来ては売店で買った雑誌の差し入れをしてくれた。
ほぼ娯楽のない刑務所にあっては、これは本当にありがたかった。

季節は過ぎゆき、いよいよ出所だ。
その場に駆け付けてくれたのは、裕太たった一人。
もう手放せない。
無駄な嫉妬心とも、これでお別れだ。

僕達は裕太の家で、同居する事になった。
裕太、ジゴロのような生活をやめて、自立していたのだ。
ゆっくりでいいよとは言われたが、僕も仕事を探さなくてはならない。
裕太にばかり、迷惑は掛けられないのである。
悠長に構えては居られない。

あちこちを駆けずり回ったものの、結局正社員にはなれず、土木作業員のアルバイトをする事になった。
まぁ体力だけは自信があるから、何とかなるだろう。
裕太は、時を経て丸くなっていた。
僕が冗談で「携帯見せて」と言うと、「あいよ」という返事と共に、ロックの解除されたiPhoneが手渡された。
「え?本当に見ていいの!?」
驚きと戸惑いを隠せない僕に裕太はこう言った。
「どうぞ、好きなだけ。設定はいじらないでね。見るのはいいけど。」
この一件で、僕の裕太に対する残された嫉妬心は、すっと消えた。

僕は尋ねる。
「何だか、少し変わったよね。丸くなったっていうかさ。」
裕太は笑いながら、「それはお互いさま」と言ってくれた。
聞くと僕の収監中、恋愛には酷く苦労したようで。
「僕も色々、悪いとこあったなって。ごめんね。」
そう言ってニカっと笑う裕太が眩しくて、嗚咽を漏らす僕。
「まぁまぁ、そんなに泣かないで。ご飯食べょ。」
目の前には、お鍋。
蟹鍋だ。
「出所祝い、まだだったもんね。それに今日は、二人が出逢った記念日。さ、食べょ!食後にはケーキもあるょ。」
涙の在庫は尽きたようで、今度は笑顔が止まらない。
蟹を食べていると無言になりがちだが、今日は違った。
思い出話をしていた訳ではない。
過去は振り返らないと、二人で決めた。
今話しているのは、これから先の、未来の二人の事である。

裕太は、可哀想な子だった。
溺愛していた長男に交通事故で先立たれた両親は、溜まりに溜まったフラストレーションと悲しみを、裕太に全部、ぶつけた。
仕方なかったのかも知れない。
裕太の兄は、裕太とは違って、スレンダーなハンサムで、成績優秀、スポーツ万能、しかもヘテロときている。
その将来に期待していたのだ。
一方の裕太は、その真逆を地で行っている。
僕にしてみれば、可愛くて仕方ないのだけれどね。
そんな訳で、両親にしてみればその将来には、期待出来なかったのだ。
それからは、虐待の毎日。
学校でもいじめに遭い、登校拒否に。
行き場をなくした裕太は、家出した。
結局施設に入る事になったのだが、そこでも人間関係は上手くいかない。
裕太は、中学卒業を待って施設を出ると、働きながら定時制高校に通うのだった。
卒業式の日、裕太は涙が止まらなかったという。

僕は平凡な家庭に生まれたから、事故を起こすまでは裕太の本当の気持ちは、実際の所は分かっていなかったのだと思う。

みんな、辛いね。

とまぁ、ぼんやりと考え事をしてしまい、裕太の話を聞きそびれてしまった。
「もぅ!人の話はちゃんと聞いてよね!」
怒られてしまった。
せっかく二人の未来について語り合っていたのに、過去の話など思い出して。
言うまでもなく、怒られて当然である。

お詫びに、と言う訳でもないが、一つ提案をしてみる。
「月に一回、日帰りか一泊で一緒に遠出をしようか。一回目は何処が良い?」
「温泉!静かなとこ!」
この子の物言いにしては、やけに漠然としている。
気になったので、聞いてみる事にした。
「何処の温泉に行きたいとか、何処の旅館が良いとか、ある?今回は二人が再会した記念でもあるから、奮発するょ!」
すると、である。
「そんなに無理しなくて良いょ!こぢんまりとした温泉旅館がいいな。人でごった返しているのは嫌。後は任せる!」

任せると言われると、やっぱり奮発したくなるのが人情ってもので。
結局修善寺のちょっとした旅館に一泊という事で、第一弾は落ち着いた。

今回の宿の特長は、露天風呂の付いたお部屋が幾つかある、という所だ。
現地で。
これには裕太も唸った。
「うーん。いいじゃん!最高!」
以前なら考えられなかった反応に、僕の顔も綻ぶ。


「ねぇ、この温泉のお湯って飲めるのかな?」
「うーん、何も書いてないから飲まないのが普通なんじゃないの?」
温泉を飲むという発想がそもそもなかった自分。
まぁ飲める温泉もあるとはいうけれど。
「何だ、そうか。美味しかったらペットボトルに詰めて持って帰ろうと思ったのにな。残念。」
こういう所は以前と変わらない。
まぁ、愛嬌があって良いかもね、これ位なら。

「食事、舟盛り出るかな?楽しみにしてるんだー!」
「あ、いや……。懐石料理、とかかな。」
「そうなんだー。へぇー。」
不満を言わない!
進歩している!
でもこの分だと、宿のチョイスを間違えたかな?
知る人ぞ知る漁師宿、とかのが良かったのかも。

と、ここで。
地面が揺れる。
ゆっさゆっさと、大きく。
僕達は今、裸。
為す術もない。

どうにか揺れが収まったので、慌てて服を着て部屋のテレビを点けてみる。
静岡、震度6弱。
強いな。
しかし、目が点になったのは次の画面。
震源地東京、震度7強。
甚大な被害。
え?え?
うちは大丈夫なのか?
おたおたしていると、仲居さんがやって来た。
「お怪我はございませんでしたか?」
「大丈夫です!」
そんなやり取りをして、ひとまず平静を取り戻す。

まぁ、ここで焦っていても、仕方ないよな。
そう思い、何処か行く当てはないか、考えてみる。
ここで裕太が一言。
「大阪の親戚なら、頭を下げれば居させて貰えるかも。」
「それだ!悪いけど、頼んで貰えるかな?」
「うん、オッケ!」

それから一ヶ月後。
大阪府民になった僕達。
二人共どうにか仕事を見つけた。
裕太の親戚のコネの力は、絶大だった訳だけれど。
こんな時だ、格好なんて気にしている訳にはいかない。
頼れるものには何にでも頼って、歯を食い縛ってでも生きてゆくのが大人ってものだと、自覚しているから。

晴れて再びの二人暮らし、in大阪。
前の家は跡形もなくなっていて、荷物の運び出しは諦めた。
各種手続きなど煩雑な事が多かったが、求職活動の合間を縫って、どうにか済ませた。
考えてみれば運が良い。
前の家に居たら確実に、亡くなっていたからだ。

多分、僕の親類も大勢亡くなっただろう。
でもそれは、縁を切った人達の話。
僕はもう、難しい事を考えるのはやめた。
これからはここ大阪で、僕達は二人の愛を育んでゆく。
それは真っ白な壁にペンキを塗るような作業。
見ず知らずの人が多いというのは、ある意味ではチャンスなのだ。

「弘泰、好きだょ。」
「僕もだょ、裕太。」
仕事場から二人で帰る、道すがら。
そんな事を言いながら、ふと見上げると。
夕焼けがとても、綺麗だった。
いつまでも一緒に居よう、そう密かに心に決めて、僕は駆け出した。
裕太も後を追って来る。

貰ったような命。
二人で、未来を手に入れるんだ!

-完-

淡々と書いたつもりではありますが、内容は結構エグいという。
割といつも通りのハッピーエンドなので、読後感は悪くはないかも。
交通刑務所のくだりは、話半分で読み流して頂けましたらと思います。
何しろ刑務所に収監された過去など、ありませんもので。
ちなみにモデルは、市原刑務所です。
兎にも角にも、楽しんで頂けますと幸いです。
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