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三つ子とオウム [前編]

空が傾いていた。
澄み渡った茜色の空が美しいのだが、それをぶち壊すように子供達がいつにも増して騒がしい。
子供達は、三つ子だった。
珍しいのである。
三人共、現在十歳。
「うるさーい!すぐに静かにしないと、晩飯抜きー!」
あまりにうるさいので、年の離れた姉の叫び声が聞こえた。
まぁ、いつもの光景ではある。
三人を養う為にキャバクラにお勤めのお姉さん、とても美人な上に気立てが良くて、若くはないにもかかわらずお店では大変な人気である。
姉の年齢は二十六歳。
六年前からずっと、今のお店で働いている。
さて、三つ子の今夜の献立はカレー。
三つ子が大好きな上に、一旦夜に作って食後に残りを冷蔵庫に入れてしまえば、温め直すだけで朝食としてもいけるのであるから、都合が良いのだ。
作るのに時間も掛からないし、たっぷりの量をお安く作れるので、家計にも優しい。
栄養面からも、悪くない。
「じゃ、私行って来るから。ちゃんと助け合うのよ。」
「はーい!ラジャー!」
返事だけは一丁前な三つ子なのだった。
で、早速食事の件で揉めるのである。
毎日毎日、懲りずに繰り返される光景。
で、姉が帰って来ると何食わぬ顔で平静を装うのだから、タチが悪い。

母は癌で早くに亡くなってしまった。
享年三十九。
健康的でとても美人だった母だが、みるみる窶れていって、半年も経つと以前の面影はなかった。
亡くなったのは、それからすぐの事だ。
姉は母に似たから、美人なのだ。
父は母が亡くなった時には既に離婚しており、早くも新しい家庭を築いていたから、頼るに頼れなかった。
以来姉が、自らを犠牲にしながら三つ子の面倒を見ていたのである。
だが、悪い事ばかりでもなかった。
何だかんだ言っても、子供はやはり可愛かったのである。

霧雨の夜。
白いオウムが羽ばたいた。
飼ってくれる家を探している。
オウムの目に、小さなアパートが留まった。
三つ子の家だ。
彼らの関心を引くのは容易い、それは見てすぐに分かった。
このオウム、賢いのである。
三つの影が蠢く。
その様子だけで、子供が三人居ると分かったのだ。
窓の外の手すりにオウムは留まり、カーテン越しに中の様子を伺う。
三つ子の中の一人が、オウムに気付いた。
「ねぇ兄ちゃん!外になんか居るょ!」
「あ、ほんとだ。追っ払ってやる、待ってろ。」
三つ子の長男が、布団叩きを片手にカーテンを開ける。
ご対面だ。
「おわっ……何だこれ、オウム!?」
チャンスだ。
すかさずオウムは喋り掛ける。
「皆さん、こんばんは。私の名はブルッフ。もし良かったらお友達になりましょう。飼ってくれると嬉しいのですが、いかがですか?」
オウムは、野良として暮らした事はなかった。
前の飼い主が急逝したため、新たな飼い主を探す旅に出ていたのだが、当座の餌を探すのにも一苦労。
残念ながら遺族に飼ってもらえる望みもなく、焦っていたのだ。
三つ子にしてみれば、こんなに面白そうな遊び相手はそうは居ない。
窓を開けて、オウムを迎え入れる三人。
「飼ってみたいけど、姉ちゃん怒らないかな?」
三男坊が心配するので、長男と次男坊がにんまりと笑う。
姉がこういった不可思議な生物を好むのは、長男と次男坊の間では常識だ。
過去には爬虫類だとかタツノオトシゴだとかフクロウだとかを飼いたがっていた事もある程だ。
追い払う訳がない、そう初めから分かっていたから、受け入れたのだ。

眺める三人。
「何も付いていませんし、何も出ませんょ。」
オウムはそう言うのだが、明らかに三人は期待している。
仕方ないのでオウム、歌を歌ってみる。
曲は桑田佳祐の、かんざし。
選曲からして、渋いのである。
本来ならば三つ子には退屈な所だが、どっこい、このオウム、歌が物凄く上手いのだ。
もうブラヴォーの嵐。
しかし、三つ子に受けたのはいいとしても、オウムとしては本来、それどころではない。
お腹が空いているのだ。
オウムは三つ子の機嫌を損ねないように恐る恐る、聞いてみる事にする。
「食べるものはありますか?お腹が空いていまして。とりあえず、野菜の切れ端や果物などで構わないのですが。」
三つ子にとってはこれはどうでもいい話なのだが、オウムにとっては死活問題だ。
とりあえず出て来た物は何でも食べよう、それだけの覚悟は決めていたのだった。
で、出て来たのはリンゴとセロリ。
リンゴなど、ごろんと丸ごとだったのだが、このオウム、器用に食べるのだ。
ちょっぴり意地悪をしてみたつもりだっただけに、呆気に取られる三つ子達。

三つ子、長男の名前は銀太という。
次男坊の名前は光太。
三男坊は煌介だ。
三つ子の両親は、いわゆるマイルドヤンキーの走りだった。
それが子供の名前にも表れているという訳だ。
三つ子が物心ついた頃には、既に両親は居なかった。
だからか、三つ子は両親が居ない事を特に気に留めてはいない。
両親が居なくなって寂しかったのは、むしろ歳の離れた姉の絢華の方だ。
当初は、毎日が荒んでいた。
だが、すぐに責任感が芽生えた。
自分が三つ子を育てるんだ、そんな意気込みが芽生えたのである。
それからすぐに夜の世界に飛び込み、今に至る。
夜の世界、美人は強い。
母には感謝感謝の、姉なのだった。

姉、帰宅。
アフターが多いので大抵は深夜だが、帰宅すると三つ子は必ず目を覚ます。
で。
喋るオウムを見て、姉、感激!
「わぁ、素敵!凄いわ!」
やはり長男と次男坊の読みは当たっていた。
すぐに家族となったオウム。
特別に知性があるので、丸三日でも留守番が出来る。
餌と水さえあればだ。
という訳で、この一家にはお誂え向きなのだった。

翌朝。
今日は日曜日。
三つ子の学校はお休み。
仕事で疲れてはいたが、姉もオウムの芸を見たかった。
今晩はキャバクラも定休であるので、多少の無理は利くのである。
リクエストは、宇多田ヒカルの初恋。
これがまた、上手いのだ。
またもや、ブラヴォーの嵐。
で、姉がである。
何を思ったか、オウムを肩の上に乗せたのである。
そのまま台所に向かって、昼食の支度。
BGMにリクエストしたのは、椎名林檎。
前の飼い主が音楽好きだったので、このオウム、色々と知っているのだ。
「素敵なオウム!あなた達、でかしたわよ!こんなの買ったら幾らになるかも分からないわ!今日は気分がいいから、スパムの缶詰たくさん開けてあげる!」
「やったー!いぇーい!」
三つ子、ハイタッチ。
三つ子はスパムが大好物なのだ。
この日の昼食はいつにも増して賑やかだった。
オウムが朗らかに竹内まりやを歌う中、四人の話題はオウムで持ち切りだ。
「ね、ね、銀太。私とオウムのツーショット、撮って!ネットに上げるの!」
「りょーかい!ねぇちゃん、美人に撮ってやんょ。」
「私は元々美人なんですー!失礼しちゃうわ!」
わいわいと楽しい、家族団欒。

その日の夜、近くのひと気のない林で。
芦澤君が美樹本君を呼び出していた。
芦澤君も美樹本君も、三つ子の姉の高校時代の同級生だ。
二人共に、年下の双葉君を好きな同性愛者だった。
芹澤君が美樹本君を呼び出した訳であるが、それは芹澤君が恋敵である美樹本君を殺すためだった。
のこのこと近付いて行くように見える美樹本君。
だが次の瞬間。
ショルダーバッグから取り出した出刃包丁で、美樹本君が芹澤君を突き刺したのだ。
「悪いな、お前の考えなんてお見通しなんだよ。」
芹澤君は息も絶え絶えに助けてくれるよう懇願するのであるが、美樹本君はとどめのひと突きを芹澤君に浴びせた。
林の中には断末魔の叫びが轟いたが、へんぴな場所、しかも夜だけに、それを聞いた者は誰も居なかったーー。

殺す事まではしなくても良かったのではないか、急所を外せば或いはーーなどと後悔する事もなくはなかったが、所詮は過ぎた話、考えても詮ないだけである。
呼び出された時間と場所から言っても、一歩間違えれば自分がやられていたかもしれない話だけに、それはもう必死だったのだ。
行かないという選択肢もあった筈だったが、美樹本君は是非とも今回でけりを付けたかったのである。

美樹本君は芹澤君の遺体を、車に乗せて遠くへと運ぼうとしていた。
遠くに運んで埋めた方が、見つかりにくいだろうという算段だ。
暗いから人目につきにくかった。
まんまと計画は成功しつつあった。
だが、ただひとつだけ、この計画を看破したものがあった。
三つ子の元で暮らすオウムである。
芹澤君は、急逝した前の飼い主の親友だったのだ。
オウムの前の飼い主は、一人暮らしをしていた大学生だった。
ふとした興味から薬物に手を染め、分量を間違えた為に即死だった訳である。
オウムには薬物の知識まではなかったから、止めようなどとは思わなかったのだ。
そうした事なので、親友を救えなかった、そんな心残りが芹澤君の胸の内にはずっしりとのし掛かっていた。
という訳で、引き取り手の居ないオウムを飼えないか、実家住まいの芹澤君は両親に掛け合った事もある。
結果は、残念なものだったが。
だから芹澤君が亡くなった瞬間に、オウムには虫の知らせがあったという訳なのだ。
このオウムには特殊な能力があり、美樹本君の居場所はすぐに特定出来た。
オウムは叫んだ。
「芹澤さんが美樹本さんに殺されたょ!今遺体を乗せて車で移動している。車のナンバー、分かるょ!警察に通報して、お願い。」
三つ子の姉、沸騰した。
どことなくゲイではないかという雰囲気を漂わせていた為に告白は出来なかったが、かつて三つ子の姉は芹澤君の事が好きだったのだ。
だから、これは看過出来ない。
三つ子の姉は、オウムの証言を元に一部始終を目撃した事にして、警察に通報。
芹澤君、ふくよかな体型と大きな背中が、男らしかった。
結局翌日になって、美樹本君は殺人の罪で逮捕されたのだった。

実際の所、双葉君もまたゲイであり、三つ子の遊び相手でもあった。
三つ子から事件のあらましを聞かされて、双葉君は胸を痛めていた。
実は双葉君は芹澤君の事が好きだった。
相思相愛だったのだ。
双葉君の父親と芹澤君の父親は仲が良いので、双葉君と芹澤君、互いに知っていたのである。
美樹本君は、たまたま二人で一緒に居た芹澤君と双葉君に嫉妬して、自分から双葉君に声を掛けたのだった。
それ以来美樹本君と双葉君は仲が良かったが、双葉君が好きなのはあくまでも芹澤君だったのだ。
それだけに双葉君、美樹本君の事は決して許す事が出来ないのだった。

ここで三つ子は、オウムにある提案をした。
双葉君のような可哀想な人をこれ以上増やさない為に、三つ子探偵団を作りたいから、協力して欲しいというものだ。
これには双葉君も加わりたいとの事、オウムも是非やりたいとの事なので、みんなで活動する事となった。

双葉君、新たな恋の相手が出来た。
三葉君という、同い年の男の子。
ただ、三葉君には彼女が居るという専らの噂だった。
同じ大学に通う、違う学部の学生。
双葉君は大学生なのだ。
学部が違うので普段は交流がないが、カフェテリアで昼食を摂っている時に見掛けて一目惚れ。
三葉君の名前は同じ学部の知人が知っていた。
その知人によると三葉君は、一部界隈では有名な、三葉グループの御曹司なのだそうで。
諦めるしかない、双葉君はそう思っていた。
ちなみに双葉君は、東京・日本橋双葉商店の跡取り息子。
こちらも、ゲイで居るにはなかなかに困難な雰囲気の一族なのである。
悶々と悩んでいる双葉君を見かねた三つ子の長男が、こうけしかけた。
「全部みんなにぶっちゃけちゃいなょ!案外上手く行くかもょ。悩んでたって仕方ないょ。行動あるのみ!」
まずは両親へのカミングアウト。
自宅の座敷で、両親と面と向かって。
「あのさ。実は僕、ゲイなんだ。結婚出来ないし、子供も作れない。申し訳ないと思ってる。でもこれは変えられな……。」
ここで父親が遮った。
「気にするな。お前の後は親戚に継がせればいい。今はお前がすべき事とやりたい事に集中するんだ。大学を出たら修行が待っている。厳しいぞ。だが、お前ならやれる。頑張れ!」
母親もこれに続く。
「知ってたのよ、私達。親を見くびらないで。大丈夫、大した問題じゃないわ、ゲイかどうかなんて。あなたが後を継いでくれるかどうかの方が、私達には余程大事。頑張るのよ、双葉商店の名に恥じぬように、しっかりね!」
双葉君は、泣いていた。
この人達の息子で良かった、そう心から思っていた。

双葉君、恋愛の方は厳しかった。
三葉君と二人きりになるチャンスを狙っていたのだが、彼には付き人がぴったりと張り付いていて、とても告白どころではなかったのだ。
とある夜。
自室に籠って一人啜り泣く双葉君。
そこへおもむろに父親がやって来た。
「やぁ、どうした?失恋か?」
父親がそう聞いて来るので、黙って頷く双葉君。
「どんな相手だった?」
「可愛い子。三葉グループの御曹司。近付く事も出来なかったょ。」
双葉君、再びの父親の問いに、しゃくり上げながらどうにか言葉を紡ぎ出す。
「あはは!それは相手が悪いなぁ!」
双葉君、笑われてしまった。

その後、夜更けまで語り明かした双葉親子、絆はしっかりと太くなった。

次の日の夕方。
双葉君、思い立ってペットショップに向かった。
ハムスターを眺める双葉君。
とある一匹が、双葉君の事をじっと見つめていた。
結局その子と、ケージや餌など一式を買って家に戻る。
勝手口から入って階段を上る。
四階に双葉君の部屋はあった。
部屋に入って扉を閉める。
その途端に、ハムスターが喋り出した。
「こんにちは!僕、ハム乃助。よろしくね!」
腰が抜ける程の衝撃だったが、考えてみれば自らの意思で喋るオウムも居るのだ。
喋るハムスターだって居るだろう、そう納得した。
しかし、である。
「僕長生きだから、あと二十年は生きるょ!その間お世話、お願いね。」
これには一瞬、頭がくらっと来た。
ともあれ、これで恋人が居なくても当面は寂しくないのだった。

あくる日。
喋るハムスターを持って父に願い出る双葉君。
「ほぉ、ハムスターが喋るのか!珍しいなぁ。」
「この子の持ち運びに使う丈夫な鞄を、父さんの知り合いの鞄屋さんに作って欲しいんだ。」
「お前がおねだりとは、珍しい事もある。よし来た!お代は出世払いでな。」
「うん!」
双葉君の父親、粋なのである。

一ヶ月後。
鞄が届いたので、早速ハム乃助を入れて、三つ子の元へと向かう。
「へぇ、喋るハムスターなんて、可愛くていいじゃん!」
「見せて見せてー!」
三つ子に大人気の、ハム乃助。
「おほん。私の餌も忘れないで頂けますと、助かるのですが。」
ブルッフの咳払い。
これまた珍しい事もある。
「餌ね。はいょ。忘れてないょ。今持って来る。」
一安心のブルッフなのだった。
実のところ三つ子にとっては、ハム乃助も可愛かったが、存在感がもう面白いブルッフも、やはり可愛かったのである。

三つ子と双葉君が、並んでお喋り。
丸い背中が、四つ。
ブルッフにハム乃助も一緒。
ブルッフとハム乃助は、すぐに意気投合した。
「私は喋る動物仲間が大好きですよ。仲良くしましょう。」
「うん、こちらこそ末長くよろしくね!」
三つ子の姉も起き出して来た。
本日も同伴、そろそろ出勤時刻なのである。
支度を済ませた姉、双葉君に声を掛ける。
「今日もありがとう。三つ子の事、よろしくね。」
「はい、夜九時頃まではここにいますので、その間は任せてください!」
「いつもありがとう。じゃ、行ってくるわね!三つ子もいい子にしてるのょ。」
「はーい、ねぇちゃん。」
「ラジャー!」
「僕らいつでも仲良しだから。さ、行った行った。」
これはもう、嘘八百もいい所である訳だが。
で、夕食の時間。
双葉君も一緒。
なのだが、いつも通りに取っ組み合いの喧嘩が始まる。
やれ僕だけ少ないだの、やれ僕のウインナー取っただの、そんな話。
双葉君、苦笑い。
結局双葉君、自分の分を三つ子に少し分けてあげた。
今夜のメニューは、ジャンバラヤとサラダ。
たっぷりの量なので少しくらい分けてあげても平気なのだ。
温かな食卓。
いつか自分も、好きな人とこんな温かな食事が出来たらいいな、この時の双葉君は確かに、そう思っていた。

夜九時過ぎ。
三つ子の家からの、帰り道。
幸せの風が、双葉君の頰を撫でていった。
三つ子にもこの風は、届いただろうか。
みんなで幸せになれるといいな、そう思って双葉君は足取りも軽く家へと向かっていた。

しかし、幸せの一歩手前には、まだもう一波乱が待ち受けていた。
ブルッフとハム乃助には、そうした運命の声が届いていた。
何が待ち受けているか。
特にブルッフは、お世話になっている事もあり、三つ子達を何があっても何としてでも守り抜こうと、そう誓うのだった。

嵐の前の静けさ、そんな言葉がぴったりと嵌る、そんな夜だったーー。

-続く-

もともと単発のお話として書き出したこのシリーズ、思いの外長くなったので前後編に分けました。
少しノーブルなキャラクターになればいいなと思いながら、オウムの描写を行いました。
ハム乃助の出番が少なかったのが、唯一の心残りです。
この後の後編共々、楽しんで頂けましたら誠に幸いです。
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