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Bluebird : キミとボクの詩 2

星が瞬いていた。
ここに越してきてから、天体観測が趣味になった。
相方のスーちゃんが隣で眠るベッドからそっと抜け出して、目の前のルーフバルコニーにそっと出てみる。
今夜は晴天だ。
ここからは、星が良く見える。
一旦キッチンに向かいお気に入りの地ビールとおつまみのウォッシュチーズを持ち出すと、程よい大きさのルーフバルコニーに鎮座するアウトドア用のソファに腰掛けた。
傍には天体望遠鏡。
まずはソファにもたれ掛かり、ゆっくりと地ビール、そしてチーズの味を堪能する。
今夜は、満天の星空に乾杯だ。
そして、いよいよ望遠鏡を覗き込む。
今は、春の星座が良く見える。
ぼくの名前はハル、乙女座のA型。
スーちゃんは獅子座のB型。
という訳なので、まずは獅子座を探してみようか。
「おめぇ、俺様抜きでビールか?俺は寂しいぞ。」
振り返ると、僕の相方スーちゃんがブスッとした表情で立っている。
「今、スーちゃんの分も持ってくるから、隣座ってて!」
僕は寝起きのスーちゃんの機嫌をこれ以上損ねないように、慌ててキッチンに舞い戻る。
地ビールとさっきのウォッシュチーズの他に、ブリーとブルーチーズも冷蔵庫から取り出して、トレーでバルコニーまで運ぶ。
見ると、先に置いてあったチーズの残りが全部無くなっている。
さすがの食いしん坊だ。
「天体観測はしないの?」
時々こんな事がある度に、一応聞いてはみるのだけれど。
その度に「お前さんを観察してた方が楽しいからな」なんて笑いながら言われてしまうので、こっちとしては何だか照れ臭い。
結局、天体観測はそこそこに、バルコニーで酒盛りとなってしまった。
でもま、それも一興。
「ところでよ、昨日珍しい事に、白い野良猫を見かけてな。ペルシャだぞ、可愛かったぞ。」
僕はびっくりした。
ペルシャの野良猫を見かけるなど、路上に落ちた一万円札を見つけるよりも難しいに決まっているからだ。
「でよ、ここはマンションだけどもペット飼育も可だろ。飼ってみたいんだがよ、どうかよ。」
スーちゃん、目がウルウルしている。
よっぽど飼いたくて仕方ないらしい。
だから僕は即答した。
「いいよ!今度見かけたら連れて来ようよ。」
「よし!そう来なくっちゃな!」
こうして我が家は一匹の新しい家族を迎え入れる事になった。

翌朝……。
「ねぇ、スーちゃん起きて!野良猫探しに行くんでしょ!」
スーちゃんは寝起きが悪い。
一度で起きない位では、めげてはいけないのだ。
僕は懸命に、スーちゃんの大きな身体を揺り起こす。
「んぁ……しょうがねぇ、起きっとすっか。」
「さ、早く支度して!」
こうして僕たちは、朝食前に散歩に出かける事にした。

「朝の空気は気持ちいいねぇ。」
この近所には大使館が多い。
散歩にはうってつけの道が多く、毎日でも飽きない。
僕がこんな場所に住めるのも、スーちゃんのお陰だ。
「おぉ、早速お出ましだぞ。見たとこペルシャだってのに、首輪も付けてねぇ。」
白い野良猫がペルシャだと改めて確認出来て、僕は目を剥いた。
「おかしいね、でも毛並みが良くないしお腹空いてるかもしれないから、とりあえず連れて行こうか。」
動揺を抑えつつ、提案。
ま、元々そのつもりだった訳だし。
「おぅ、もちろんだぞ!今日からこいつの名前はフランで決まりだな。」
フラン、悪くない響きだ。
「それでいいと思うよ。帰ったらグルーミングしてあげないと。」
「それよりこいつの飯だぞ、ヒルズに猫専門のペットショップがあるだろ、そこで一式調達だな。」
「あいあいさー!」

その後、フランを抱きかかえたスーちゃんと一緒に僕は、そのまま歩いて六本木ヒルズまで向かった。
「さ、帰るぞハル、フラン。」
「荷物重たーい!」
買い物は三十分程で済んだものの、僕の両手は荷物でいっぱい。
「近いんだし、我慢すれ。後で美味い飯たんまり食わせてやるからよ。」
「あーい。」

そして、帰宅。
「ただいまー。」
「うぃーす。」
「お邪魔しますわ。」
!!!
猫が、喋った!
「おぉ、フランはメスだったかー。」
いや、そこじゃなくて、もっと根本的な所に驚かなきゃ!
「猫が喋った!!」
思わず目が点になる僕。
平然とフランを撫でるスーちゃんが眩しい……。
「あら、驚かせてしまってごめんなさい。私、喋れるの。フラン、いいお名前ね。ありがとう。」
流暢に日本語を使いこなす野良ペルシャ猫。
考えれば考える程に、話が荒唐無稽過ぎて頭がクラクラする。
でも、スーちゃんは相変わらず平然としているから不思議だ。
「スーちゃん、驚かないの?!」
「野良のペルシャだなんて初耳だからな。喋ったっておかしくねぇってもんだぞ。」
うーん、そんなもんなのかなぁ。
「あの、お取り込み中悪いんだけど、お食事を頂けるかしら。お腹が空いてしょうがないの。悪いわね。」
「おし、ちっと待ってろ!ハル、買ってきた器洗ってきてくんねぇか?」
「りょーかいっ!」

五分後……。
「黙々と食うのな。」
「それだけお腹空いてたんだよ、可哀想に。」
「あら、恥ずかしいわ。ご覧にならないでくださる?」
フランが恥ずかしがるので、僕とスーちゃんはダイニングから、ガラスパーティーションで仕切られたリビングへと移動し、視線を外す。
「フランはどうやら、淑女らしいぞ。」
「洗ってやったら、可愛くなるね。」
僕とスーちゃんは、まだ謎だらけのフランの話題で盛り上がる。
「ねぇスーちゃん、フランってきっと異世界からの使者なんだよ。でなきゃあんなに喋れる訳ないもん。どっから来たのかな?」
「後で聞いてみねぇとな。飯はキャットフードで良かったみてぇだな。やっぱりそこは猫なんだな。」
「コツ、コツ、コツ。」
振り向くと、フランが手招きしている。
「お、フランどうした?」
「ごちそうさま。美味しかったわ。身体が汚れていて気持ちが悪いから、お風呂に入りたいんだけど、いいかしら。」
「おぅ、俺が入れてやっから大丈夫だぞ。」
「使い方と場所だけ教えてくださる?私、ちょっと特殊な能力があるから、一人で入れます。」
一人でお風呂に入れる猫……うーん、凄いのがやって来たなぁ。
「お、そかそか、悪りぃな。んじゃあ案内すっからよ、のんびりやってくれな。」
「ありがとう。覗いちゃ嫌よ。」
この展開、何処かで聞いた事があるような、はて……。
「……そっか!鶴の恩返し!そんな感じでしょ!」
「あらごめんなさい、恥ずかしいだけよ。私、レディに見えない?きっと汚れてるからね、しっかり洗ってくるわ。」
あらま、勘違い。
「来てそうそういきなり恩返しを求めるだなんて、おめぇも抜け目ない奴だなー。」
スーちゃんに大笑いされてしまった。
こっちが恥ずかしいや。
「さ、風呂は上の階だぞ。そこの階段から上がればすぐだかんな。」
「メゾネットだなんて、素敵なマンション。あなた方良い方達みたいだし、麻布十番に来て正解だったわ。」
「お、飼い主を探してたのか?」
「詳しいお話は後でさせて頂くわ。さ、案内してくれるかしら。」
「おし、着いて来い!ハル、グルーミング用のブラシとか一式、洗面に持って来てくれるか?」
「あーい。」
「風呂に入れるんなら、毛の手入れも一人で大丈夫だな。」
「もちろんよ。」

こうしてフランがお風呂に入っている間に、今度は僕達の食事と相成った。
キッチンで、スーちゃんが手際良く支度する。
「やっぱり熱源はガスに限るな。使い易くていいぞ。」
「何作ってんの?」
「エビチリだぞ、味見すっか?」
「うん!……美味しいっ!流石、スーちゃん!」
「今朝はお昼も兼ねてブランチ、中華三昧だぞ!」
「やったね!」
それから小一時間が経過し、食事のメニューがあらかたテーブルに並んだ頃。
フランが、静々と階段を下ってくるのが視界に入った。
「ねぇ、フラン見違えたよ!綺麗!」
「おぉ、血統書があればコンクールにだって出られそうだぞ!」
「あら、ありがとう。これからお食事?お邪魔しちゃ悪いかしら。」
「全然構わねぇぞ、むしろ話を聞きたくてウズウズしてんだ!こっちこっち!」
スーちゃん、目が輝いてる。
こういう時のスーちゃんの目が、少年みたいで僕の大好物なんだ。
良いもの見ちゃった、っと。

「あら、ご馳走がこんなに沢山。これ、お二人で全部お食べになるの?」
「もちろんだぞ!それとも、フランも少し食うか?」
「あら、私はいいわ。太るし、
人間の食事は身体に良くないものも多いの。」
「そっか。それなら、と。」
「スーちゃん、フラン、いただきまーすっ!」
「俺もですよ、っと。」
そして僕達は、暫し黙々とご飯を食べる。
お腹が空いていたのは、僕達も一緒。
しかも僕達は、筋金入りの食いしん坊だ。
まずはフランよりも目の前のご飯、かな。
「しかし我ながら美味いな。」
「うん、スーちゃんの腕は確かだね。」
「ところでよ、おめぇ色々と変わってっけど、何処から来た何者なんだ?」
食事を始めてから十分程経過して、ようやくスーちゃんが事の核心に切り込んだ。
「私、この天の川銀河の隣の銀河の惑星メムから宇宙船で漂流して来た、遭難猫なの。メムは、進化した猫が支配する小さな惑星。宇宙旅行ブームの折、私もツアーに参加したんだけど、途中でエンジントラブルに見舞われて帰れなくなったの。宇宙船は恐らく、日本海近海の海底で、もう使い物にならないわね。ツアー参加者は日本や韓国などあちこちへ散って行ったわ。私は一人で、東京の港区を目指したの。」
「なるほど。港区を目指したっていうのは、金持ちが多いからだな?」
見るとスーちゃん、ニンマリと笑っている。
僕も、猫の癖に計算高いのが妙に可笑しくて、思わず烏龍茶を吹き出してしまった。
「あら私ったら、恥ずかしいわ。ただ、猫の私が未知の惑星で波風立てずに生きて行く為には、それ位のあざとさは必要だと思ったの。それは、分かってくださる?」
見ると、フランは身体を少し震わせていた。
だから僕は、間髪入れずに頷いた。
「もちろんだよ!」
そしてスーちゃんも……。
「おぅ!ここに来たからにはもう安心だぞ!俺様は親の遺産を受け継いで不動産経営なんぞをやっている、いわゆるボンボンだからな。フラン一匹、いや一人の面倒見る余裕位は幾らでもあっから、大船に乗ったつもりで居とけ。」
フラン、スーちゃんに抱き締められて、嬉しそうだ。
ちょっと妬いちゃうな。

「ところでよ、お前さんの特殊能力って奴を知りたいんだけどよ、ダメか?」
「あら、大した事は無いのよ。目の前にある軽い物なら触らなくても自在に扱える事と、念じると人や動物の心が少しだけ読める事ね。出会った時からあなた方が良い方達だっていうのは分かっていたけれど、それもその能力のお陰。でも、心を読むとどっと疲れが出るから、あんまり度々は出来ないの。私だと、二日に一度がせいぜいね。」
これは驚いた!
どうやら僕達は本当に、とんでもない異世界からの“使者”と巡り合ったらしい!
「ねぇフラン、心を読めるって、具体的にはどれ位まで行けるの?」
「おぅハルよ、わざわざ身を乗り出さなくても、フランは逃げねぇぞ。」
またスーちゃんに笑われてしまったけど、それでも構わないんだ。
もしかしたら僕達、人生もっと楽しく変わるかも!
「期待させちゃって悪いけど、気合いを入れて念じたところで、読めるのはボンヤリと。良い人か悪い人か、良く思ってくれているか嫌われているか、恋愛感情はあるのか無いのか、分かるのはそれ位。それ以上の事は分からないし、私はここで静かに暮らしたいから、自分の能力を商売に利用されるのはお断り。それにもう一つ、私地球の猫よりもだいぶ寿命が長いの。でもあなた方なら、大丈夫よね?」
なるほど、徘徊する街に麻布十番を選ぶ訳だ。
こんな五億ションにローンも抱えずに住んでいる若者ならば、自分を可愛がってくれると思ったのだろう。
つくづく計算高い、けれども憎めない猫だ。
「おし、フランの事は俺達が看取ってやっから、心配すんな!葬式や墓もちゃんとしてやっからな。」
「あら、まだまだ先は長いわよ。」
僕達は笑った。
新しい家族を迎えて、人生にちょっぴりハリが生まれそうだ。

そもそも僕がスーちゃんの家に転がり込んだのは、今から七年も前の事。
当時、スーちゃんが二十三歳で、僕が十五。
スーちゃんは二十歳の頃に飛行機事故で両親を亡くしており、以来受け継いだ遺産で暮らす身だ。
スーちゃんの両親は旅行先のアメリカで、友人が所有するプライベートジェットに乗り合わせた際に、墜落事故に巻き込まれて悲劇に遭ってしまった。
相続税は莫大だったようだけど、当時住んでいた神宮前の一戸建て他何件かの不動産と、預金や株の一部は手放さずに済んでいた。
今住んでいるここは、古くなった神宮前の家を売って買い替えたもの。
“マンションは住むには手軽でいい”とはスーちゃんの言葉だけど、僕も同感だ。
一戸建ては建てる時から大変らしいし、ここに越して来てからスーちゃんの手間が随分と省けるようになったのを、見ていて感じる。
どんな家も定期的にメンテナンスが必要だけど、一戸建てだと逐一自分で業者を呼ばなくちゃいけない。
神宮前の家は古い家だったから、その手間と費用は馬鹿にならなかったのだ。
しかも、固定資産税もべらぼうに高い上に、床面積が広いために光熱費も目玉が飛び出る金額だというおまけ付き。
その上、二人暮らしの男にとっては間取りも無駄が多くて使いづらく、自分達だけでは掃除も出来やしない。
その点マンションは楽チンでいいと、スーちゃんはここに越して来てからいつもご機嫌だ。
ゴミ出し一つ取っても、通いのメイドさんを取らなくても、もう気を遣わない。
それに、神宮前の家は土地の評価額が高かったので、今住んでいる部屋の購入代金を差し引いても多額のキャッシュが残るなど、売却はまさにいい事づくめだったのだ。
ちなみに楽チンさと快適さでは高級賃貸マンションが一番らしいけど、そこは親譲りで持ち家志向の強いスーちゃんだけに、譲れなかったようだ。
話が逸れたけど、スーちゃんは出会った時にはまだ大学を卒業してから一年程度しか経っておらず、不動産経営のイロハも知らなかったらしい。
今ではすっかり資産家の顔だけど。
一方僕はというと、幼い頃から虐待を受けていて、十五の頃に中学卒業を待って家出。
以来、今は亡き友人シズクの部屋に転がり込んで世話になりつつ、身体を売って食い繋いでいた。
早い話が、初めはスーちゃんと僕はお客さんとボーイの関係だった、という事。
当時、モテそうなスーちゃんが何故僕なんかを買ってくれたのか不思議で聞いてみたら、「めちゃめちゃタイプ」だったとの事。
嬉しくて、変な笑いが止まらなかったのを今でも覚えている。
それから程無くして付き合い出して、今日に至る、という訳。

「何考え事してんだ?お粗末様、っと。」
「あ、ご馳走様っ!美味しかったよ!」
いけない、いけない。
まだ食事の途中だったんだ。

「ねぇ、スーちゃん。これからどうする。」
「ドライブでも行くか。」
「賛成っ!フランは?」
「あら、楽しそう。ご一緒させて頂けるのね。嬉しいわ。」
「かしこまった言い方は無しだぞ。俺達三人、家族だかんな!さ、支度支度、っと!」
「そういえばフラン、首輪まだ付けてなかったね。」
「お、そうだな。少し窮屈だけど我慢してくれ。ハル、キャリーバッグと首輪、あと念の為にリードも持って来てくれ。」
「はいな!」

こうして僕達はドライブに出掛ける事になった。
ちなみに、スーちゃんの愛車はベントレー。
スーちゃんのお父さんはカーマニアで、神宮前の家には大型乗用車三台分ものインナーガレージが備わっていたけど、車に興味の無いスーちゃんは正直少し持て余していたようだった。
結局、両親の死後少し経ってから、雰囲気の気に入ったオープンのベントレーを除いた二台を売却、今に至る。

「さ、ハルさん、行きますよっと。」
「はーい!」
フランは、スーちゃんの胸の中。
車の中ではフランは後部座席だろうから少しの間ではあるけど、何とも気持ち良さそうだ。
あーあ。
見ていて少しイライラした僕は、負けずにスーちゃんの手を握る事にした。
「あら、妬かなくてもよろしくてよ。私、恋愛だと猫しか好かないの。」
何だ、心配して損しちゃった。
「可愛い奴だな。」
スーちゃんからキスを貰って、テンションはいよいよMAX!
「何処行こうか?」
「海でも見るべよ、お台場なんかどうかよ。」
「賛成!着いたらお昼だねー。」
「おぉ、まだ食うのか?流石の我が相方、食いしん坊ぶりは俺に負けてねぇぞ。」
「冗談だってば。」
「海なんて、見るのは久し振りね。お台場の海は綺麗かしら?」
「ごめん、そうでもないかも。」
「あら、いいのよ。」
こうして地下駐車場からベントレーに乗り込んだ僕達は、ゆったりと都内をクルーズし始めた。
「どんどん、景色変わってくね。東京って、やっぱり凄いや。」
「あら、お二人はどちらのご出身?」
「僕は青森。」
「俺ん家は代々東京だな、港区、渋谷区、千代田区辺りをウロウロと。」
「ねぇスーちゃん、一緒に暮らし始めた時にスーちゃんが言った言葉、今でも覚えてるよ。スーちゃんは?」
「んぁ、忘れたな。」
「あら、どんなお言葉?」
忘れもしない、あの一言。
「ようこそ、極上の東京生活へ!」
あの時もスーちゃん、今と変わらない顔で笑ってたっけ。
「あら、素敵じゃない。」
「あぁ、何処かの不動産会社の賃貸マンションの宣伝文句の受け売りだったっけな。」
「そう!あれ、すっごく嬉しかったんだから!」
「お前さんは、さしずめ男版シンデレラってとこだな。」
話に花が咲く。
気が付くと車はお台場へと差し掛かっていた。
レインボーブリッジのゲートが、もう目の前だ。

リン、リン、リン……。
そこへ突然の、電話の着信。
鳴っているのはスーちゃんの電話だ。
スーちゃんは、ハンズフリーで会話を始める。
「おぅ、どうしたマサヤ。俺は今、相方とドライブ中だぞ。ん、ん、ウチに来いだと!?あー……。」
「いいよ、オッケー。」
僕はすかさずゴーサインを出す。
「どんな方かしら?」
「スーちゃんの付属中時代からの友達。僕とも友達になったんだ、良い人だし、お金には困ってない人だから大丈夫。」
「ならいいけど……。」
「みんなすまねぇな。これからマサヤに会いに代官山だぞ。借りは今度返すから、堪忍な。」
「問題無いよ、安全運転でGO!」
こうして、何時の間にかレインボーブリッジを渡り終えていた僕達の車は、一路代官山へとひた走る事になった。

「ねぇ、マサヤさん何の用かな。」
「結婚を約束していた彼女にフられたらしいぞ。土曜の昼間からヤケ酒だと。付き合えって事らしいな、全くしょうがねぇ。」
「そか、カレンさんだね。仲良かったのに、どうしてだろ。」
「んぁ、俺はゲイだし、女心と秋の何とかってのは、分かんねぇなぁ。」
それにしても、違和感を感じる。
カレンさんは大人しい人で、そんなに自己主張の強いタイプだとも思えない。
お陰で、出逢ってからというもの、喧嘩一つした事がなかったという二人。
告白もプロポーズもマサヤさんの方から行なったらしいが、カレンさんはちゃんとOKしている。
大体、お金持ちのマサヤさんと違ってカレンさんは普通の人。
マサヤさんは二枚目ではないけど優しいし、遊び人でもないと来ている。
こんなに良い話をご破算にするなんて、一体何があったのか。
気になる。
「何かあるな、俺の勘だと。」
「僕もそう思う。」
車内が重い沈黙に包まれる。
その時だった。
「私をカレンさんに会わせてくれないかしら。心の中を読んでみたいの。もしかしたら、お役に立てるかもしれないわ。」
何と、フランから力を貸したいとの申し出が。
「いいのか?疲れんだろ?」
スーちゃん、心配そうだ。
無理もない。
出会った時フランは、毛並みだって酷くなっていて、疲れ果てているように見えたからだ。
「あら、一度位なら平気よ。マサヤさんの家に行く前に、カレンさんの家に向かえば良いんじゃないかしら。」
「それなら月島だがな。詳しい場所を知らないし、マサヤの了解も取りたいから、やっぱり向かうのは代官山だな。」
「あら、出過ぎた事を言ってごめんなさい。」
「気にしちゃいねぇぞ。さて、後十分もすれば到着だな。それにしてもマサヤん家に行くんなら、ジャケット位着込んで来れば良かったな。堅苦しい雰囲気のマンションだからな、あそこも。」
「ホントだよねー、革靴履いてくれば良かったね。」
「あら、私入れるのかしら?」
「大丈夫だぞ、部屋に着くまではキャリーバッグの中で大人しく、な。」
「了解したわ。」
車はマンションのゲートをくぐり抜け、地下の車寄せへと滑り込んで行く。
そこでマサヤさんと出会い、彼を車に乗せて地下駐車場の並びへ。
「ここは駐車場が全部平置きだから凄いよね!」
「ま、こいつは会社のハイヤーがあるから、関係ねぇけどな。お陰でこいつんとこの駐車場には、何時でも車を停められるから助かるぞ。来客用の駐車場はどのマンションも少ねぇからな。俺らみてぇなゲストの為にわざわざ駐車場を空けてあるって訳だ。だろ?」
スーちゃんが話を振るけど、マサヤさんの返事は無い。
車を地下駐車場に停めると、僕達は無言のままのマサヤさんの案内で、部屋へと向かう。
その表情で、気落ちしているのが一目で分かった。
「ここは部屋までが長えんだよな。アプローチからして大袈裟だっつのよ。」
いつもならここで「高級賃貸は最高だぞ」と胸を張るマサヤさんだけど、今日は流石に無言だ。
列柱が並ぶエントランスを抜け、各棟を縦断する全長百メートルはあろうかという通路を途中まで歩くとようやく、マサヤさんが住む部屋のある棟のエレベーターへと辿り着いた。
「なぁ。」
不意に、このマンションには似合わぬ顔で、マサヤさんがボソリと漏らす。
「どうしたよ、お前らしくもねぇ。」
「カレン、どうしちゃったのかな、俺とカレンの五年って、一体何だったんだろうな……。」
言い終えるのと同時に、深い深い溜め息の音が聞こえた。
正直痛々しくて、その表情までを伺う事は、僕には出来なかった。

それから二十分後。
僕達はマサヤさんの部屋のルーフバルコニーのソファに、三人並んで腰掛けていた。
横で話を聞いていても僕には、カレンさんがシンデレラになり損ねたようにしか思えなかった。
「よし、行くぞ!」
スーちゃんが立ち上がる。
マサヤさんには、フランの事はもう話してあった。
月島の実家の詳しい住所を教えて貰った僕達は、マサヤさんと一旦別れてカレンさんに会いに行く事になった。

スーちゃんは、月島に向けて車を走らせる。
実家は商店街の並びの、老舗の小さな商店だ。
目的地が近くなると、スーちゃんはカーナビで駐車場を探して、車を停めた。
そこからカレンさんの実家まではしばらく歩かねばならないようで、気が急いている僕にはその道程が鬱陶しく感じられた。

「ごめんください、俺らカレンさんの友達の者です。スーが来たと言ってもらえれば、分かります。」
「あら、いらっしゃい。お二人共初めまして。今呼びますから、奥で掛けて待っててくださいな。」
愛想の良いおばさん、恐らくはカレンさんのお母さんに案内されて、僕達は店の奥の座敷へと上がった。
「カレン、どんな顔してっかな。」
「心配だね。」
「あ……。」
程無くして現れたカレンさんは、見るからに憔悴し切っていて、僕達の胸を痛ませた。
「スーさん、ハルさん、いらっしゃい。どうぞ、二階の私の部屋に上がってください。」
沈黙が支配する中、急な階段を昇る際のミシミシという音がやけに五月蝿く聞こえた。
二階には扉が二つあり、カレンさんに続いて左側の扉を潜ると、そこにはパステルカラーの世界が広がっていて、ここが女の子の部屋であるという事を改めて僕に意識させる。
「それで、ご用って何ですか?」
すると、スーちゃんはおもむろにキャリーバッグの蓋を開けて、フランを膝の上に乗せた。
「あら、可愛い。お名前は何て言うの?」
ここでスーちゃんがフランにアイコンタクトをしたのを、僕は見逃さなかった。
「私の名前は、フラン。貴方の心の内、少しだけ読ませて頂戴ね。」
「猫が、喋った!」
カレンさん、腰を抜かしそうな勢いで驚いている。
その隙にフランはカレンさんの心の中を読み取っているようだ。
「……貴方、マサヤさんの事がまだ大好きなのね。間違いないわ。でも悲しくて前に進めない。どうしてそんなに悲しいのか、良かったら私達に教えて下さらない?このままでは、積み重なった不幸に貴方は押し潰されてしまうわ。逃げてはダメよ!」
その瞬間、カレンさんは声を上げて泣き崩れた。
一瞬遅れて、扉の向こうからミシリと微かな音が聞こえたが、恐らくはカレンさんのお母さんがお茶でも持って来たのだろう。
結局、その扉が開く事はなかった。

「泣いてばかりじゃ始まんねぇだろ。胸につかえてる事があったら、ここで話してスッキリしろ、な。」
スーちゃんは嗚咽を漏らすカレンさんの背中を摩っていた。
スーちゃんのこういう優しい所を見る度に、その相方で良かったと心から思う。
「私、ストーカーに何度も犯されて、汚れてるの!マサヤさんには似合わない女なの!中絶もしてるから、もう赤ちゃんも生まれないかもしれないの。わぁー!」
事態が判明した今、僕達のすべき事は一つ。
それは、恋のキューピットになる事だ。
「そんなの、マサヤにとっちゃ大した事じゃねぇよ。俺が保証する、あいつはそんな小さな奴じゃねぇ。良かったら俺が代わりに話してやるから、お前さんはのんびり待ってろ。くれぐれも思い詰めるなよ。」
スーちゃんはカレンさんの横で、ずっと背中を摩っていた。

気が付くと、日が傾いていた。
僕達はカレンさんから承諾をようやっと得て、再び代官山へと戻ろうとしていた。
「ま、人間生きてりゃ色々あるな。昔悲しかった事なんて、幸せになれればいつか忘れるもんさ。お前さんもそうだったもんな、ハル。」
「そうだね!昔の事なんてもうとっくに忘れたよ。」
「それがいいのかもしれないわね。」
やがて僕達は代官山のマサヤさんの部屋へと到着し、事のあらましを告げる。
次第にマサヤさんの表情が晴れやかになっていくのを見て、僕はマサヤさんに申し訳ないと思った。
何故なら僕は、マサヤさんの愛情と優しさを疑っていたから。
その点、付き合いの長いスーちゃんとの絆には勝てなかったという訳だ。
「俺、今からカレンに改めてプロポーズするよ!」
「薔薇の花束でも持って行くといいぞ。」
スーちゃんとマサヤさんは、楽しそうに笑っていた。
僕はその様子を見ながら、これからもこんな風にフランが活躍してくれたらと、そんな虫の良い事を願っていた。
フランは、スーちゃんの膝の上でスヤスヤと眠っている。
そこはどうやら、フランの特等席になりそうだ。

その夜、マサヤさんはカード会社のコンシェルジュに連絡、真っ赤な薔薇の大きな花束を手配してカレンさんの部屋を訪ね、プロポーズ。
無事に成功したらしい。
「今日は何だか疲れたね。」
「そうだな、さっきからずっと、フランもスースー寝てやがる。明日予定が無くて助かったな。」
僕は、これまでの緩やかだった日常が一気に騒がしくなる予感を心の片隅で抱きながら、スーちゃん、そしてフランと共に眠りに就いた。

翌日……。
昼頃まで眠っていた僕達は、先にフランに食事を与えた後、寝室のチェストを見に、青山まで行く事にした。
「留守番頼むな、フラン。」
「任せて頂戴。」
フランは律儀に、玄関までお見送りしてくれる。
いい家族が出来て良かった。

「青山の家具屋にペット同伴はまずいからな。」
「お店の駐車場、空いてるといいね。」
「そうだな。でも先に食事もしてぇし、どっか適当な場所に停めて、散歩するべよ。」
「いいね!賛成!」

車を停めて、青山をそぞろ歩く。
美味しそうな香りにつられて、今日のお昼はパスタになった。
「お洒落度MAX、居心地悪りぃな。でも、パスタはんまいぞ。」
「確かに美味しいね。また来ようよ。」
「んぁ、あぁ。」
気の無い返事。
スーちゃんは元々、気取ったお店は苦手なのだ。
今日は、腹の虫に負けたというところだろう。
でも美味しかったから、また一緒に来たいな。
「ねぇ、いいでしょ?」
「おぅ、別にいいぞ。」
やったね!

すっかりお腹一杯になって店を出ると、スーちゃんがバッタリ昔の知り合いと出くわした。
「おぉ、スーじゃないか。久し振りだな〜!」
「カズヤじゃねぇか。随分と貫禄が出て、もうすっかりオヤジだな。」
「お前はホント変わらないな〜。毎日いいもん食ってんだろ、肌がツヤツヤしてるぞ。」
スーちゃんはカズヤと名乗る男性とその場で盛り上がって、みんなで彼の家に押し掛けようと言い出した。
カズヤさんも乗り気で、互いの連絡先もしっかり交換。
寝室のチェスト購入は、後日と相成りそうだ。
「カズヤ、お前電車か?俺達は車で来たから、乗ってけ。」
「言われなくてもそうするよ。」
こうして僕とスーちゃんは、カズヤさんとしばらく行動を共にする事になった。

「住所はどの辺だ?カーナビで検索掛けるからよ。」
「西新宿八丁目。最近出来たタワーに越したんだ。狭い部屋だけどな。」
「あー、何となく分かったぞ。あの再開発された所だな。了解っと。」
相変わらず会話は、僕を抜きで進められていた。
「お前、まだ神宮前のあの家に住んでんのか。」
「うんにゃ。もう引っ越したぞ。麻布十番に程近い、こじんまりとした低層のメゾネットにな。」
「お前の事だから、分譲だろうな。」
「おう、もちろんよ。」
「管理費高いだろ。」
「かなり取られるな、高いぞ。マンション暮らしは便利だし、まぁ仕方ねぇ。」
「そういえば、実家の古屋敷に余程うんざりしてたのか、昔から高級賃貸に住みたがってたよな、マサヤ。今どんな所に住んでるんだろうな。」
「経営する会社が軌道に乗ってな、今代官山の超高級賃貸にお住まいだぞ。」
「オヤジさんから譲り受けた時は、経営傾いてたんだろ?あいつもスゲぇな。」
「諦めろ、あいつはノンケで、もうすぐ結婚するんだからよ。」
お、カズヤさんってこっちの人だったのか。
なら聞かなくても僕の立ち位置は分かってるんだろうな、納得。
「マサヤが結婚……そうか、大学以来だもんな、みんな色々あるよな。」
声のトーンが変わったので後部座席を振り向いて見ると、明らかに気落ちした様子のカズヤさん。
深い溜め息なんか吐いているところを見ると、恐らくはずっと好きだったのだろう。
僕には何も言えなくて、ただ黙っているしかなかった。
その後、車は沈黙を宿したまま西新宿へと滑り込んだ。
駐車場に車を停め、暫し歩くとマンションに到着。
「……何だか、オフィスビルみたいな外観ですね。」
そういえば自分、カズヤさんと出会ってから初めて口を利いた気がする。
「綺麗な外観でしょ。スーの連れの子だよね、名前は何て言うの?」
「こいつはハルと言ってな、俺の相方なんだぞ。」
「そう。」
カズヤさん、素っ気ない返事。
僕、どうやらこの人とは合わないみたい。

十分後。
部屋で談笑する二人。
僕はその様子を、遠巻きに見ているだけ。
高さ百九十メートルオーバーの制振タワーマンションの上層階だけあって、眺望は圧巻。
だからまぁ、退屈はしない。

時刻はまだ昼過ぎ。
だというのにカズヤさん、頻りに酒を勧め始めた。
で、結局部屋に来て三十分も経たない内に酒盛りに。
しかも出て来たのは度の強い日本酒。
おつまみも山のよう。
「さぁさぁ、飲んで食べてくれ。ほらハルくん、飲まないと。」
カズヤさん、これまで僕には全く関心が無さそうだったのに、頻りに酒を勧めて来る。
困ったな、どうしよう……。
するとスーちゃんが、そっと耳打ち。
「程々にしとけ、頃合を見計らって帰るからよ。」
僕は黙って頷いた。
その後、二人は三十分程談笑を続けた。
僕はというと、カズヤさんに飲まされ過ぎてそろそろマズイ感じ。
「さ、帰るぞハル。」
「え、車でしょ!今日は泊まって行きなさいよ!」
突然口調が変わったカズヤさん、動揺を隠し切れない様子だ。
「残念だったな。いつも利用してる運転代行業者があるんで、問題ねぇぞ。」
「だったら三人で……!」
カズヤさん、何と酔った勢いでスーちゃんにキスをした。
その一部始終を僕は見たくなくて、でも見ないといけない気がして、歯を食い縛りながら見つめ続けた。
スーちゃんは最初抵抗せず、それが僕のショックを深めた。
だけど、カズヤさんの手がスーちゃんの下半身に掛かり、僕が部屋を出ようとしたその瞬間、後ろの方で怒声が響いた。
「やめろ!」
見るとスーちゃん、凄い力でカズヤさんの腕を握っている。
「痛い、痛い!やめて!警察呼ぶわよ!」
僕は遂に頭に来て、二人の間に割って入ろうとするのだが……。
「いいぞ、ハル。この程度なら正当防衛だから、警察も動かねぇ。嫌な思いをしたのはお互い様、これでお別れってのがいいだろカズヤさんよ。」
少しだけ、胸がスッとしていくのを感じて、僕は笑った。
カズヤさんには睨まれたが、そんなのは気にしない。

帰りの車内。
運転は馴染みの代行業者の方がやってくれている。
こんな時はもちろん、僕達二人は後部座席に座るのだが。
今日はあんな出来事があったせいか、業者の方に気を遣ってしまって、こちらからはスーちゃんに上手く話せない。
スーちゃんもそれは同じようで、結局終始無言のまま、車は自宅マンションの車寄せへと滑り込んだ。

車から降りて、開口一番。
「怒ってるか?」
スーちゃん、珍しくオドオドしている。
だから僕は笑ってみせた。
まだ心は少し痛いけど、気にせず忘れようと思う。
「油断してたんでしょ。」
僕が指先で頬をつつくと、スーちゃんは頷いて声を上げて笑った。
これでいいと思った。
一件落着、かな。

そういえばこの部屋には勝手口として使えるサブエントランスがある。
そこから部屋に入ると、ちょうど夕暮れ時だったからか、ダイニングでフランが食事をしていた。
「お、見てはいけませんよ、っと。さ、リビングへ直行直行。」
相変わらず黙々と食べるフラン。
一人で食べる食事って、結構そんなもんだよなって、改めて思った。
「あら、お帰りなさい。この時間に酔ってらっしゃるという事は、家具選びはお流れになったのね。」
少し遅れて、後ろからフランの声が飛んで来た。
「流石はフラン、俺達の事なんてお見通しだぞ。」
「そうだね、凄いよね!」
僕達は笑いながらソファに座る。
「あら、猫だからって馬鹿にしないで。それ位は当然よ。」
食事を終えたフランがこちらへやって来たので、三人での一家団欒だ。
「今日はさっきまで古い友人と飲んでたんだけどよ、危うく性的暴行を受けるところだったんだぞ、この俺様がよ!」
「あら、怖いわ。お身体の方は大丈夫でしたの?」
「おぅ、俺もそこまでヤワじゃねぇからな、問題ねぇ。」
「あの人、マサヤさんの事が好きだったみたいだけど、スーちゃんにまで手を出すなんて、節操無さ過ぎだよ。」
「言えてんな。」
「お二人とも、夕食はもうお済ませになったの?」
「別にいいべよ。つまみが山のように出て来てよ、散々食ったからな。」
「同感。こないだ買った映画のブルーレイでも観ようか。」
「そうだな。」
「あら素敵、私もご一緒させて頂くわ。」

そこへ……。
「んぁ、メールだな。カズヤからだ。詫びのメールか?」
「ねぇ、それどんなメール?」
「ちょっと待て、えーと……。ふぅ。」
スーちゃんはメールを
一通り読み終えると、一つ溜め息を吐いた。
「ねぇ、何が書いてあったのさ。」
「あー。カズヤ、ストーカーに付き纏われてるらしい。それにマサヤの結婚のショックも重なって、俺を抱こうとした、と。」
「そのストーカーって、男の人?それとも女の人?」
「女だな。それも、マサヤがカレンと出逢う前に付き合ってた女でよ。その女、マサヤと付き合っていながらカズヤにも手ぇ出して、二股掛けてたんだ。で、マサヤを振ってカズヤに乗り換えた、と。」
「あれ、カズヤさんってこっちの人じゃなかったの?」
「大学時代から俺もそう思ってたんだけどよ、どうやら本人曰く、ゲイ寄りのバイらしいぞ。世間体の問題もあって、その女に押し切られる形で交際を始めちまった、と書いてあんな。その後、相性の不一致が原因で、カズヤの方から振ったとも書いてある。」
「何故メールを送って来たのかが気になるわね。」
固唾を飲んで、スーちゃんを見守る僕。
こんな時、どうにも嫌な予感がして仕方ない。
「プライドを傷付けられた形の女が、付き合ってくれないなら青い鳥にお願いして一緒に死んでもらう、と脅して来たんだと。どう思うよ。」
「青い鳥に纏わる伝説なら、私も知ってるわ。恐らく、本気ね。」
「ぼくもそう思う。女の人からの連絡は、何時頃あったの?」
「ついさっきだと。」
「急いだ方がいいわね。でも、いざとなったら私に考えがあるの。任せて頂戴。」
「おし、カズヤん家に出発だな!」

さっき飲んだばかりで酔いが覚めていない事もあり、スーちゃんは慌ててタクシーを呼んだ。
次第に事の重大さを理解したのか、珍しくオロオロしている。
無理もない。
何故なら僕達は、青い鳥の持つ力の大きさを、嫌という程に身を以て味わっているからだ。
今、冷静なのはフランだけに見える。
この状況下での妙案って、何だろう……。

僕達は降り出した雨の中、普段は乗る事も無いタクシーで急いだ。
タクシーがマンションの車寄せに滑り込むと、僕達は一目散にフロントのコンシェルジュの元へと駆け込む。
そうして事態を説明し、カズヤさんの部屋に取り次いで貰うも、既に応答がない。
駆け付けたマンションのスタッフと僕達が、大慌てでカズヤさんの部屋へと到着。
青い鳥が関連する事件だけに対応は早く、そうした事態の為に常駐で待機しているスタッフの鍵で、ロックを解除するも……時既に遅かった。
在宅している筈の部屋には誰も居らず、取り乱したカズヤさん、もしくはストーカーの女によるものと思われる部屋の散らかり具合が、見ていて痛々しい。
頭上には、窓も開かないガラスカーテンウォールのタワー内部だというにもかかわらず、青い鳥が舞っている。

次の瞬間だった。
キャリーバッグの中に居たフランが、中から飛び出して青い鳥に凄んだ。
「カズヤさんを元に戻さないなら、その嘴をこの場所からへし折って、貴方の力の源である人の命や魂、この先ずっと吸い取れないようにしてやるわ!どうする!」
すると、どうだろう。
驚くべき事に、カズヤさんはおろかストーカーの女までもが、次第に実体化しながら僕達の前に姿を現したのだった。
そして何時の間にか、青い鳥はその姿を消していた。

「女を捕まえて、警察に引き渡しましょう!」
僕が叫ぶと、マンションのスタッフが泣き叫ぶ女を別室へと連れて行った。

「フランよ、どうして青い鳥が平気なんだ!?」
「そうそう、何で青い鳥がすごすご引き下がったのか、僕も分からないや!」
僕とスーちゃんは、口々に驚きの声を上げる。
カズヤさんはというと、茫然自失、動けないといった様子だ。
「話は、後でするわ。それよりもマンションの方に私の事、口止めしておいてもらえる?」
「了解!青い鳥を追い返した猫の事なんて、みんな怖くて黙ってるよ!」

結局その女は、殺人未遂の容疑で取り調べを受けたが証拠不十分により不起訴、別件のストーカー行為により逮捕となった。
僕達も取り調べには参加したが、遂に喋る猫の話題は誰の口からも出なかった。

帰りのタクシーの車内で。
僕達はフランから、事のあらましを確認する事が出来た。
「青い鳥の力は、私達メムの猫には効かないの。私達は突然変異によって青い鳥の力を跳ね返す事が出来るようになったメムの大猫類の末裔。それに言ったでしょ?近くのものならば自在に操れるって。そんなに力はないけれど、あんな小さな青い鳥の嘴をへし折る事位、お茶の子さいさいなのよ。」
僕達は、開いた口が塞がらなかった。
ともあれ、この事件を機に、凄い力を持った猫を味方に付ける事が出来たのだという事が分かったのだから、カズヤさんが無事に戻って来た事と合わせて、本当に良かった。

翌日……。
「おぉ、我が家の眠り姫はまた寝ちまったのか?おぃ、起きろ、晩メシだぞ。」
相方であるスーちゃんの声で目を覚ました僕は、眠い目をこすりながら記憶を手繰り寄せる。
「うぅ…さっき食べたよぅ?」
やっぱり、夕食ならもう食べた気がしたので、僕はソファから体を起こしながら、目の前の大きな体を不思議そうな表情を作って見上げてみる。
「あれは昼メシだったんだぞ。」
スーちゃんは笑いながらそう言うと、僕の額を軽く突っついた。
「でも食べたの四時過ぎだよねぇ?」
僕はソファの上であぐらをかくと、頭をかきながらスーちゃんに問い返す。
「誰かさんのせいでな。」
『あれ、そうだっけ?』
僕はまだよく回らない頭で今朝起きた時のことを思い出してみる。
そういえば……今日は僕が寝坊しすぎたせいで、朝食は抜き、昼食は四時過ぎになったんだっけ。
昨日は疲れたもんなぁ。
いつもはスーちゃんの方がずっと朝寝坊なのに、今日に限って眠い眠い……。
「今何時?」
僕はあくびをしながらスーちゃんに尋ねた。
「八時過ぎだぞ、一日十七時間も睡眠とか、有り得ねぇぞ。」
「眠ったまま起きないのかしらと思って、心配していたところよ。」
「うーん、寝過ぎだよねぇ。」
スーちゃんとフランが呆れた顔で笑うので、僕は照れ隠しに苦笑する。
「ちなみに晩メシだけどよ、量は少なめにしといたかんな。後で夜食作っからよ、映画でも見ながら、ゆっくり食うんだぞ。」
今日は朝寝坊の僕に変わって、スーちゃんが食事を作ってくれていた。
僕も料理は作れるし、特に普段の朝食作りは僕の仕事だけど、料理の腕そのものは僕はスーちゃんにはとても敵わない。
「明日も予定ないもんね、今夜は夜更かしだねー。」
「どーせ眠れねぇだろ?お勧めの映画があっから、楽しみにしとけな。」
「どーせまた怖い映画なんでしょ!?スーちゃんなんか嫌いだぁ!」
意地悪な顔で笑うスーちゃんを前にして、僕は頬を膨らます。
スーちゃんはスプラッター映画が好きなのだが、僕はというと、大の苦手なのだ。
「まぁまぁ、慣れっとけっこー楽しいぞ。」
「楽しくなんかないもん!いーもん、今日は早寝するもん!」
「おめぇ、何時間寝るつもりなんだ?ま、ぜってー寝かさねぇからだいじょーぶだぞ。」
こうして僕達は、少し遅い夕食を食べることになった。
「ビーンズサラダにひよこ豆のスープ、枝豆入りの混ぜご飯……今日は豆がいっぱいだねー。」
「おう、んまいぞ。」
「でもさ、僕達豆はしょっちゅう食べてるのに、どーしてマメにならないんだろーね?」
僕は、前々から疑問に思っていた事を、この機会にスーちゃんにぶつけてみることにする。
スーちゃんの答えは、馬鹿馬鹿しいけれども、実にわかりやすいものだった。
「豆を食うからだろ。豆もマメも食ったら残らねーぞ。」
「あら、そうね。意外と鋭いかもしれないわよ!」
「なにそれー。だめじゃんねー。」
スーちゃんが大笑いするので、僕とフランもつられて笑うのだった。

その夜……。
スーちゃんがスプラッター映画を見ている横で、僕はかつてミルくんが大好きだったケ○○軍曹の単行本を読んでいた。
それにしても、この漫画も長いよなぁ。
時々耳障りな悲鳴が聞こえるけど、気にしない、気にしない。
と……。
スーちゃんは突然立ち上がると、キッチンの方に歩いていった。
食べ物か飲み物でも持ってくるのだろうと思って待っていると、案の定、スーちゃんは大きなグラスを二個と、何か飲み物の入った瓶を抱えて戻ってきた。
「ちっとそのまま飲んでみ?」
スーちゃんは、グラスに黒っぽい液体をたっぷりと注ぐと、先に僕に渡してくれる。
「あ、アイスコーヒーだね!無糖ブラックだけど、飲みやすくておいしーよ!」
僕は驚いた。無糖ブラックのアイスコーヒーなんて、普段は絶対に口を付けないのだけど、これは本当に飲みやすかったのだ。
「だろ、山ほど作ったからよ、一杯目はそのまま飲め。」
「これぜんぶ!?ちょっと多いよね、てかグラスおっきすぎだよ。」
僕は大きなグラス片手に、笑いながら突っ込みを入れる。
「まぁまぁ。んで2杯目はミルク入り、最後は砂糖も入れんだぞ。」
「わー、どんどんおいしくなってくねー。」
調子に乗った僕がつい口を滑らせて、正直過ぎる感想を述べたところ……。
「おめぇ、ダッチ式アイスコーヒー様に失礼だろー。罰として3杯とも砂糖抜きだぞ。」
スーちゃんから、衝撃の宣告が。
「やだよぉ!スーちゃんの意地悪!」
「さ、俺様は砂糖を入れて、と。お前さんはじっくり香りを味わえ。」
怒った僕を無視して、スーちゃんは自分のアイスコーヒーにだけ砂糖を入れる。なので……。
「じゃー、飲まない(ぷぃっ)」
僕はそっぽを向いて抵抗してみた。すると……。
「おめぇ、子供みてぇだぞ。」
スーちゃんは笑いながら、砂糖の入ったスティックを二本、手に取る。
たぶん、僕のアイスコーヒーの中に入れてくれるんだろうけど、その前に言っておきたいことがある。
「自分だって甘党の癖に!」
そう、スーちゃんも元々、無糖ブラックのコーヒーは飲まない人なのだ。
自分だって好きな癖に、僕のには入れてくれないなんて、やっぱり意地悪だ!
ボクは、スーちゃんの手元をうるうるした目で見つめてみる。
「しょーがねぇな。ほれ、とりあえずミルクだぞ、大好物だろ。」
するとスーちゃんは意表を突いて、手に持っていた砂糖ではなく、小さなポットに入ったミルクを注いでくれた。
「なんか今日はいじわる度200%増しって感じだよ、そりゃー好きだけどさ、後でちゃんと飲ませてくんないとやだよ。」
「何の話だおめぇ。」
「あら、嫌だ。下品ねぇ。」
「もうみんな、ほんっとにいじわるっ!」
「まぁまぁ、ほれ砂糖だぞ、ちっと落ち着け。」
またもや怒った僕をなだめるように、スーちゃんはついに手に持っていた二本の砂糖を入れてくれるのだった。
めでたし、めでたし。
「仕方ないなぁ。うーん、やっぱりコーヒーには砂糖とミルクは欠かせないね!」
やっぱりコーヒーはこうでなくっちゃね!僕はグラスに入ったコーヒーをあっという間に飲み干した。
「さ、これで今晩は眠れねぇぞ……。」
いよいよ、お待ちかねの時間の到来だ。
「うん、朝までね。」
僕は、大好きなスーちゃんの顔を見ながら、ニッコリと微笑む。
「幾らなんでも疲れるべ。」
「寝かさないよ?」
お互いに、一応まだ若いと言える歳なだけに、そんなに早く眠るなんて、不健全だとボクは思う。
「さすがのスケベちゃんだぞ。じゃあ今の内に明日の昼メシの下ごしらえしとくか、どーせ起きらんねぇ訳だしよ。」
「たまには一緒に作ろうよ。でも、夕食になったりして。」
「あり得るけどまぁいいぞ。どうせ予定も無いしな。」
僕は、疼き出す腰に意識を取られながらも、どうにか明日の昼食のメニューを考えようとしていた。

それから三時間後の、午前四時。
「ちっちゃくなっちゃったよー、えい、えいっ!」
「もう出ねぇぞ、腰痛ぇぞ。」
Hを終えた僕達二人は、ベッドの上で楽しくじゃれ合っていた。
「ちっちゃい時のも、かわいーから好きー。」
僕はそう言いながら、スーちゃんのちんちんを掌の中で弄り回す。
すると……。
「おめぇ、“かわいー”とか失礼だろー。」
「じゃー、またおっきくすればいーんだよ!」
スーちゃんがご機嫌斜めな感じで頬を膨らませるので、僕はナイスな提案をしながらちょっとだけ扱いてみた。
「無理言うなっつの。てかおめぇ。」
笑ってはいるけれど、スーちゃんのちんちんは見る間に大きくなっていく。
「ほら、またおっきくなってきたよー。」
「どーしてくれんだ、責任取れ。」
「うん、朝になっちゃうけど許してね。」
さすがに今から始めるともう眠れないから、今夜は徹夜決定だ。
「仕方ねぇな、さ、頑張んぞ。」
スーちゃんは笑いながら立ち上がると、シャワーを浴びるためにバスルームに向かってゆっくりと歩き出す。
「スーちゃん、好きだよ……。」
後を追う僕は、スーちゃんの大きな背中に向かっていつものようにそっと声を掛けた。
「おう、オレは愛してんぞ、おめぇはどーだ?」
スーちゃんはこちらを振り向くと、実に真っ直ぐな顔で照れ臭い台詞を口にしてくれる。
「ぼくも愛してるよ、スーちゃん……。」
「よしよし。朝までたっぷり気持ちよくさせたるかんな!」
「スーちゃぁんっ!」
こうしてボクらは今夜も、温かくて幸せな時間を過ごす事が出来たのだった。

「お昼だねー。」
ぐっすり、と言うにはやや短い時間を睡眠に費やした僕達は、マンションのルーフバルコニーで、昨晩の内に用意しておいたお弁当を一緒に食べる事にする。
「おう、もう腹ペコだぞ。」
昨晩は結局、何かを企んだスーちゃんがお弁当を作ったのだけれど、何が出てくるのかな?
まぁ大体想像は付くけどねー。
「前さ、お弁当のご飯の上に“頑張れ!”って書いてあったの、あれ、すっごくうれしかったんだよー。」
スーちゃんの企みに思い当たる節があった僕は、以前の忘れられない出来事を胸に、とりあえず話を振ってみる。
「今日も書いてあんぞ。」
「えー、ほんとー?」
スーちゃんがニコニコしながらお弁当を指差すので、僕はワクワクしながら、勢い込んで張り切って蓋を開けてみる。
「……おーい。」
見ると海苔で白いご飯の上に一言、“眠い”の二文字が踊る。
「今朝の正直な気持ちだぞ。」
スーちゃんがイヤにニタニタしながら何かを訴えかけてくるので、僕は顔が火照るのを意識しながら、ちょっとだけ拗ねてみた。
「ごめんよぉー、いつも眠いとこ気ぃ遣わせちゃってよぉー。」
するとスーちゃん、腰に手を当ててオーバーリアクションな感じで一言「腰痛ぇ。おめぇ激しいぞ。」だって。
もぅ、頭に来たよ。
スーちゃんの馬鹿。
いくら人が見ていないからって、あんまりじゃんか。
あ、フランが居た。
フランったら、黙々と食事をしながら一言、「下品!」だって。
恥ずかしい……。
だから僕はワザと大声を張り上げた。
「えー!?なに言っちゃってんのぉー!はずかしいじゃんよお!」ってね。
「だってよ、いくらなんでもスケベにも程があんぞ。さすがに今日は無理だかんな。」
スーちゃんったら、さっきからニタニタ、ニタニタしてるんだ。
そんなにHかな、僕……。
何だかちょっと不安になってくるよ。
「今日は無理だなんて、そんなのわかってるよぉー、ぶぅー。」
とりあえず僕は頬を膨らませると、スーちゃんお手製のお弁当に目を落とす。
「早く食えー。」
スーちゃんが急かすので、僕は箸でお弁当の中をかき分け、早速口に入れる。
「あ、下にお肉入ってるんだねー。おいしー!」
具なしのお弁当じゃなくて良かったよ。
これなら残らず食べられそうだ。
「さ、俺様も食うぞ。」
スーちゃんがニコニコしながらお弁当の蓋に手を掛けるので、興味津々な僕はその様子をジッと見守る。
それから三秒後、蓋の開けられたお弁当を見て、僕は思わず笑ってしまった。
「なにそれー。」
僕はスーちゃんのお弁当を指差して、声を上げる。
「“はらへった”って書いてあんだろ、そのまんまだぞ。」
「遊び過ぎだってば。暇だよねぇー、眠いくせに。」
スーちゃんが何故だか胸を張るので、妙に感心した僕は好き半分呆れ半分の目線で一応突っ込んでみたのだけど……。
何とスーちゃん、事もあろうにとんでもない事を言い出した。
「真っ白のほーが誰かさんは喜ぶんだろーけどよ、昨日さんざん出したからもぅいぃだろ?」
「スーちゃあぁんっ!」
こうして僕達三人は今日も、麻布十番のこの街で平和に暮らし続ける。
また事件に巻き込まれる事もあるかもしれないけど、その時はきっと、見た目よりもずっと頼り甲斐のあるフランが僕達二人を助けてくれる事だろう。
「貴方達、良い方達だけれど、ホンっトに下品ね!」
あらま、フランに叱られてしまった。
反省。
という訳で、今回はこの辺で、お・し・ま・い。
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