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恋を紡ぐ人 [white with snow] -Essentials for Living 4-

しんしんと、雪が降り積もる。
都会では珍しい大雪。
滑りそうになるのをぐっと堪えて、ペタペタと進んでゆく。
所々、路面が凍結しているのが分かる。
気を抜けない道程。

空が重い。
辺りはもうすっかり暗いけれども。
まるで、これから起こる出来事を予期しているかのような。
正直、気が進まなかった。
でも、その気持ちとは裏腹に、足は前へと進むのだった。
職業病、かな。

正直、疲れた。
しんどい。
僕は滑らないようにと細心の注意を払いながら、指定の住所の辺りをぐるぐる、ぐるぐると回るのだった。
「あった、ここだ。」
僕は依頼主の住処をやっと見つけた。
それは、あばら屋といっても過言ではない程の、ぼろぼろの木造建築だった。
魔法で大体の場所の見当はついていたというのに、間口が狭く、廃屋にも見えたので、気付かずに迷っていたという訳だ。
「築百年位は経っていそうだな。」
人の住んでいる気配がおよそ感じられない。
だが、番地からするとここで間違いないのだ。

すうっと一つ息を吸い込んで、呼び鈴を鳴らす。
緊張で、身体が固まる。
少し、嫌な予感がした。
「気を付けるんだぞ」という師匠の声が、どこからか聞こえてきたので、僕はいよいよ落ち着かない。
その途端に、家の明かりが点いたので、僕は心底驚く。
奥からぱたぱたと足音が聞こえてきた。
「やぁ、ごめんなさい!泗水さん、ですよね?」
ガラス戸の奥から出て来たのは、年の頃十四、五の少年だった。
『なぜ電気を消していた?』
どこか少年には精神面で問題があるような気もした。
冬の夕方。
こんな暗い室内で何をしていたというのだ。
うたた寝?まあそれも一つの可能性としてはあろうが……。

お茶の湯気が、茶の間に舞う。
お茶請けに落雁が出て来るというのは、多分この少年のセンスではないだろう。
手を出して、一口。
意外と、美味い。
「お茶請け、渋くてすみません。母の趣味でして。母子家庭なんで、母、朝も夜も勤めに出ていて、まだしばらく帰って来ないんすよ。どうぞ寛いで、ゆっくりしていらしてください。」
部屋には、石油コンロ。
今時、珍しい。
時間が止まったような部屋の中で、忙しなく鳴り続ける携帯だけが、今を感じさせる。
SNSのやり取りだろう。
「やぁ、気になさらないでくださいね!あいつ、来客だから送るなって言ってあるのに、寄越すんだから。」
「あいつって?」
少し、引っかかったので、聞いてみる。
「友達っすょ!獅郎。あ、俺の名は直己です。よろしくです!」
手が出て来たので、握ってみる。
思いの外、冷たい。
「冷たいね、手。水仕事でもしてたの?」
「さっきまで母が居て、夕食を作ってくれたんすょ。その洗い物。残り物で良ければ、食べます?カレーっすょ、味はバッチリです!」
「せっかくだから少し、貰おうかな。」
「はいっ!」
夕食を作って待ってくれているオースの顔が浮かばない訳ではなかったが、正直お腹は空いていた。
ここは素直に頂こう、という訳だ。

明るい所だから気が付いた事。
少年、優しそうな面立ちの割には、目が少しきつい。
そして、どこか憂いを帯びているようにも感じられる。
こういう時、どうにも嫌な事がありそうで仕方ないのだ。

かつてまだ駆け出しだった頃、ちょうどこんな少年の依頼を受けた事がある。
いわゆる横恋慕というやつで。
なんとか叶えて欲しいという。
相手はバイセクシャルだが、まずいのは結婚していて子供も三人もいた事だ。
もっと良い相手を紹介するからと言って、結局依頼自体は断ったのだが。
そうしたらその子、泣きながら駆け出していった。
よくある事だろうと思って気にも留めなかったのだが。
その少年、憧れの彼の家、マンションの一階の部屋に乗り込むと、ガラスのサッシを突き破り、持っていたナイフで奧さんと子供三人を次々と殺害。
後に社会問題化するのだった。
一人生き残った被害者の男性の気持ち、いかばかりか。
想像するに余りある。

実はこの時は、世間の僕への反感はさほどのものでもなかった。
家庭を破壊しようとする横暴な容疑者の依頼を、毅然として追い払った、といった論調が主だったように思う。
師匠も優しかったが、僕はひたすら後悔に明け暮れた。

部屋を見回す。
こざっぱりとしていて、物があまりない。
精神的に病んでいるなら、もっと散らかっていても良いはずなのだが。
「ねぇ直己君、君の部屋、見せてくれる?どんな部屋で暮らしているのか気になって、さ。」
「あ、そんな事よりカレーあったまりましたよ。」
「ありがとう。頂くよ。」
やはり素直には見せないか。

僕の名は、泗水。
師匠やミニブタの相棒オースと共に、主にこの日本のゲイ達の恋を紡ぐ、いわば職人のような魔法使い。
この能力は、誰にでも備わっているというようなものでもないので、弟子入りを志願してくれる子達も中には居るが、基本的にそれらは全て断っている。
やって来るのが、能力を持たない人達ばかりだからだ。
憧れだけでは出来ない仕事なのである。
オースの場合も、僕が少し力を分けてあげたというのはあったものの、基本的には素質が十分にあったのだ。
だからこそ、相棒にもなれるという訳で。

カレーが、美味しかった。
少し、といったのに山盛り出て来たので、帰ってからオースの料理を食べられるかどうか。
やれやれ、これはもしかしたらオースには可哀想な事をしてしまうかも知れない。
カレーが胃の中で重い。

少年から話を聞いて、その内容が思いの外重たくて、そう、ちょうど今日の空模様、或いはカレーみたいで。
どうしようか、と迷いながらも結局、家路に就く事にした。
そういえば少年、どことなく不自然な感じがした。
笑顔に嘘があるのだ。
僕はそういうのは割と簡単に見抜く方だし、この少年、顔に出るから分かりやすいのだ。
「ここは誰が片付けているの?」
玄関先で聞いてみる。
気になっていた事。

「いえ、姉が……。」
少年、やはり口ごもる。
まぁ、この感じだと自分でやる訳はないよな。
水仕事も、渋々といった所だろう。

この日はそのまま真っ直ぐに帰宅となった。
今夜は一段とよく冷える。
途中、凍結した路面で尻もちをついてしまった。
かなり、危ない予感がする。
でも予感は予感に過ぎない。
未来が見える魔法があれば万事解決なのだが、あいにくそんな都合のいい魔法は存在しない。

元来胃腸の強い僕が、下痢をしてしまった。
帰宅してしばらく後。
自分でも驚いた。
後は察して欲しい。
くれぐれも、さっき出て来たカレーが痛んでいただとか、そういう訳ではなかったので、誤解のなきよう。
オースの作る料理があまりにも美味しくて、食い意地の張っている僕は無理をしたのだ。
それでもオースの無邪気な顔を見ていると、気分も良くなるというもの。
僕にしてみれば、オースは可愛くて仕方ないのだ。

それにしても困った。
ヘテロセクシャルな人間をゲイに変えて欲しいというのである。
しかも、恋を叶えろ、と。
歴史的に見ても、逆なら枚挙に暇がないのだが。
あまり前例がないので、離れた場所の師匠の頭の中を覗いてみる。
今は就寝中なので、バレる事もあるまい。
早速、今回の依頼と近い事例を見つけた。
だが、それはあまり参考にならない、或いは参考にしてはいけない事例だった。
師匠は断ったのだ。
悲恋になりそうだった訳である。
同じ立場で今だったなら、僕でもそうしていたかも知れない。
で、依頼主、自殺してしまったというのだ。
これはいけない。
それでなくても、昔の失敗の事もある。
今回の依頼、どうやら受けるしかなさそうだ。
が。

八年前のあの日の午後。
雷鳴が轟いていた。
僕達魔法使いでも、一般の人達の依頼を引き受ける事はある。
だが、それは内容にもよる。
あったのだ、僕にも。
迂闊に依頼を引き受けて、悲恋となってしまった事が。
思い出した、というよりも蓋をしていた記憶が後から後から止め処なく溢れ続けた、といった方が正しいかも知れない。

僕達魔法使いは神様の作った掟に縛られている代わりに、守られてもいる。
たとえ依頼主やその関係者が自殺したり事件を起こしたりしても、それが予期出来ない過失であるなら、不問に付されるのだ。
そうでもなければおよそ出来ない仕事なのであるから、仕方ないといってしまえばそれまでなのだが。

それは、哲郎と純也の恋の話だった。
八年前、二人は互いに惹かれ合っていた。
だが、各々の家中の人間が暗に反対していた事もあって、告白するには至らなかった。
今日と同じような雪の日。
耐えかねた哲郎が、僕の元にやって来たのだ。
哲郎は、自分達が無事に結ばれるようにと、強く願っていた。
「お願いします、泗水さん!」
その時の純粋で強い眼差しが、今でも忘れられない。
僕は、人助けをするつもりだった。
実際、僕の力で二人は結ばれた。
だが、谷底とでも呼べる状態は、その先に待ち受けていた。
家の者達が、二人を引き離そうとしたのだ。
彼ら家の者達の意志は、僕の魔法の力が及ばない程に固かった。
まぁそもそも彼らに直接魔法をかけた訳ではないのだから、仕方ないとも言えるのだが。
暗黙の了解で、そうしたことはなるべく行わないようになっていたのだ。
親子間の問題は、魔法を使わない円満な解決が理想、という訳で。
「いいかい、あいつはお前をかどわかそうとした悪人だからね、もう二度と会っちゃいけないよ。」
「あの悪党はお前をホモの道に引きずり込もうとしたんだ。会っちゃ駄目だよ、許さないから!」
各々の両親はそれぞれにそう言って、哲郎と純也の恋を踏みにじった。
それはまだ少年だった二人には、到底受け入れられない話だった。
その直後、哲郎の家の引っ越しが急遽決まった。
直接的には哲郎の父の転勤がその理由ではあったが、実際の所は哲郎の父が上司に強く懇願したから、そうなったのだった。

最期の日。
各々、両親の目を盗んで深夜に家を抜け出し、いざという時の待ち合わせ場所となっていた湖で落ち合う。
二人はその時、どんな顔だったのだろうか。
僕には、笑顔だったように思えた。
その後、手を取り合って、入水するーー。
天性の才能があるとの巷での評判があったとはいえ、まだ駆け出しだった僕には、この事態は予見出来なかった。
少年達は封建的な田舎に住んでいたのだ。
許される訳がなかった。
それを見落とすという、まさに痛恨の失態だった。
都会に居過ぎて、感覚が狂っていたのかもしれない。
その一報を聞いた僕、泣きながら崩れ落ちた。
師匠は、怒らなかった。
それどころか、遺族による謂れなき誹謗中傷から、僕を守ってくれた。
この時から、師匠への畏敬の念が僕の中で確固たるものとなった。

今回の件、慎重に対処せねばならない。
直己にも問題はありそうなのだが。
懸念していたのは、直己の母だ。
だがこれは意外にも、頭の中を覗いた範囲では、特に心配はなさそうだったのだ。
ここで懸念となるのは、獅郎の一族である。
彼ら、旧財閥の一門を遠縁に持っているのである。
実は直己と獅郎は通っている学校からして違う。
嫌な言葉ではあるが、育ちが違うのだから、当然だろう。
どうやって知り合ったのか、疑問にも思ったが何故だか仲が良いという。
獅郎の親御さんはこの辺りの大地主らしいので、たまたま住まいが近所だったのがその原因だったのだろう。
まぁそんな訳なので、二人が結ばれた所で、良くて勘当されてしまうのがオチだ。
どうすべきか。

考えた末に、僕は特殊な赤い糸を紡いだ。
技術としては習得してはいたが、実際に紡ぐのは今回が初めてだ。
現時点で結ばれたとしても、勘当されてしまえば二人、年齢を考えればおそらく自活は出来ない。
かといってそのままにしておいても獅郎はやがて、他の相手と交際を始めてしまうだろう。
そこで、二人の気持ちが離れないように固着させつつ、実際に結ばれるのは何年も先になるという、本当に特殊な赤い糸を紡いでみたのだ。
この糸、プラトニック・ラブと呼ばれる事もある。
成人してしまえば勘当された所でどうにかなるだろう。
ここは一つ、直己の忍耐力に賭けてみたのだ。

だが、事態はここで思わぬ方向へと展開してゆく。
悲観した直己、僕が魔法を使う前に、暴挙に出ようとしたのだ。
短絡的な、衝動的犯行。
僕がそこまで信用されていなかった証でもある。
まさに痛恨だ。
嫌な予感というのは、これの事だったーー。

吹雪だった。
珍しい事もある。
前途多難を思わせる冷たい風で、息が苦しい。
やけに胸が痛むのを感じた僕は、千里眼で直己の様子を伺う事にする。
直己は出刃包丁をショルダーバッグに忍ばせて、家を出ようとしていた。
急がねばならない。
だか、運の悪い事に獅郎はすぐ目の前に居たのだ。
とんでもない偶然だ。
よう、と獅郎が声を掛けるのとほぼ同時に、直己は獅郎の腹を突き刺した。
直後、同じ包丁で今度は己の胸を突き刺す。

幸い、目撃者は居なかった。
事は一分一秒を争う。
瞬間移動の出来る大変珍しい魔法使いである紫蘭姐さんを呼び出して、二人で直己と獅郎の怪我を治す。
幸いどちらの怪我も致命傷ではなかったので、助ける事が出来た。
「泗水、よくやったよ。ついでに二人の中のこの事件に関する記憶も、残らず消しておやり。」
「はい!」
念を込める。
程なくして目を覚ました二人は、事件の事などすっかり忘れていた。
出刃包丁は紫蘭姐さんが隠したようだ。
僕は改めて先程の赤い糸を二人に結び付ける。
これもいい機会だと思い、直己に思いの丈をぶつけるように促した。

「あのね、僕獅郎の事、好きなんだ。」
「知ってたよ。」
やはりな。
直己、顔に出るのだ。
「もうしばらく辛抱してくれるか?」
獅郎がそう言うので、直己は泣きながら獅郎に抱き付いた。
「出来るね?」
僕が改めてその意志を直己に確認する。
「うん、ありがとう、泗水さん!」
どうなる事かと思ったが、良かった。
この一件はひとまずこれでひと段落。
だが経過観察は必要だろう。
僕は内心で、心から幸運を祈るのだった。

翌朝、空は澄み渡り、晴れ渡っていた。
二人の門出を祝福しているような、そんな朝だった。
不幸なんてない方がいい。
好きな人を殺すなんて、惨すぎる。
元々直己が良い子だとは知っていたから、何としてでも救いたかったのだ。
間に合って良かった。
もしも二人が空の星になったら、この仕事を辞めようか、そんな事も頭の片隅を過ぎっていた位だ。
二人の幸せは、きっと約束されているのだ。
だって僕達が居るから。
頑張れ!

抜けるように青い空と同様に、僕の心も弾んでいた。
昨日までの頭痛からも解放され、気分がいい。
今回の件で、いつの日か瞬間移動が出来るようになるといいな、そう思った。
まず無理だろう。
だが、可能性はゼロではない。
何より、精進あるのみ、なのだ。
ミニブタであるオースだって、毎日魔法の鍛錬を頑張っている。
僕も負けちゃあいられない。
オースと共に瞬間移動をするのが、夢になった。
諦めたら終わり。
頑張らなければ。

家に戻ると、オースが朝食の準備を終えていた。
天ぷら、煮物、浅漬け、焼き魚、豚汁。
どれも美味しそうだ。
オース、今日もご機嫌だ。
だからあえて言ってみた。
「オース、僕の元に来てくれてありがとう。本当に大切な相棒なんだ。これからもよろしくね。」
オース、これには照れ臭そうに、鼻を擦り擦りして甘える。
これから何が起ころうとも、オースとの絆は揺るがない。
ある意味では、浩司さんとの仲よりも、大切かもしれないのだ。
これはもう、大変な事である。

朝食後。
僕とオースと浩司さんとで、雪だるまを作った。
映画に出て来そうな仕上がり、悪くない。
特にオースが、良く頑張った。
「いい出来で良かった。僕、頑張ったでしょ!」
胸を張るオース。
一同、笑いが絶えない。
この雪だるま、あまりに可愛らしいので、僕とオースが命を吹き込んだ。
人に命を吹き込む事は出来ない。
禁じられているのだ。
だが、雪だるまは無生物であるから、この限りではない。
これ、しんどい魔法なので、一人では出来ない訳で。
オース居てこその魔法なのだ。
ありがたい。
このお話はまたいずれ。
幸せはきっと、まだまだ続く。
今日もまだ、始まったばかりだ。

-完-

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繰り返し、繰り返しの事で、挫けそうになっても。
それでもなお諦めないで、倒れても立ち上がる。
そんな気合いと根性があれば、どんな困難だって、きっと乗り越えられる。
そう信じているから、だから、僕はまだ生きている。
今も、心は折れそうだ。
でも、こんな時こそチャンスだ。
あの人に。
届け、この想いーー。

僕は、ここ日本で人々の恋を紡ぐ事を生業としている、魔法使い。
名は、泗水。
中国かぶれの師匠が付けてくれた通り名だ。
正式な名はもちろん他にあるが、滅多に使わないので、ここでは割愛する。

僕は自分の恋愛には無頓着だった。
そんなことにかまけている暇はなかったのだ。
でもこの頃、押さえ付けていた胸がざわめく感じがして、何とも居心地が悪い。

自殺しそうな女の子を見つけた。
恋の魔法を紡いでみようか。
目には見えない糸を紡いで、念力を込める。
彼女の好みのタイプを確かめて、フリーの男の子を探す。
見つけた。
やってみると早いものだ。
急いでいるだけに、ありがたい。
糸の両端をそれぞれの手の指に巻き付ける。
これでお膳立ては完了。
僕は姿を消す事が出来るので、こんなのはお茶の子さいさいだった。

男の子、女の子に気が付いた。
危なかった。
もう少しでベランダから飛び降りる所だった。
男の子が女の子に出逢ったのは、女の子が親戚に犯された後の帰り道だったのだ。
あと半歩でもタイミングがずれていたら、二人はこの路上で出逢えなかった。
女の子は死に、男の子はその事を知る由もない。
早速男の子が声を掛ける。
恋が始まった。
間に合って、良かった。

こうした事を生業としている魔法使いは、日本国内にだけでも何百人かは居て、僕は本来、男同士の恋愛を成就させる事を専門にやっているのだ。
今回は、たまたま見つけた彼女が死にそうだったから、特別。
お代は、彼女と彼の生気を少しずつだけ。
こうして僕は、生き長らえているのだ。
とはいえ、これだけでは生きていけるとはいえ痩せ細ってしまうので、食べ物も普通に食べる。
お陰さまで肌の艶も良く、丸々と肥え太っているという訳だ。
その分のお金は、固定給で毎月、師匠がくれる。
ありがたい事である。

姿を消して、街を彷徨う。
僕の日課だ。
ふと目の前に、虚ろな背中が一つ。
恋を紡ぐ事で救えないか。
幸いにもその男の人はゲイだった。
僕の領分だ。
確証はないが、何とかなるかもしれない。

一つ、また一つ、積み上げてゆく。
その繰り返しが、僕に信用を与える。
目の前の男の人の事も気にはなるが、先の女の子が心配だ。
千里眼の能力で覗いてみると、彼女、泣いていた。
どうやら親戚に犯された事を告白したらしい。
男の子、女の子を優しく包み込む。
これは上手く行く。
間違いない。
これにてこの件では、僕のお役目は終了。
目の前の男の人に意識を集中する。
彼、デブ専のようだ。
好きな相手にフラれたらしい。
いっその事、僕が彼氏になってみようか。
険しい表情をしている為に分かり辛いが、よく見ると彼、可愛らしい顔をしているのだ。
他の人に取られる位なら、僕が是非。
という訳で、ここで実体化。
気さくな感じで声を掛ける。

また失敗した、また上手く行かなかった。
そう思った。
僕はこういうシチュエーションに弱いのだ。
ところがである。
驚いた様子で警戒しながらこちらの方を見つめていた彼、踵を返そうとしていた僕に笑顔を向けたのだ。
明らかにこちらを見ながら。
その笑顔に邪気がない事を確認出来た僕は、彼の柔らかな頰を丸い指先で軽く突っついた。
これが、運命の出逢いの始まりだった。

師匠の機嫌が良くない。
「公私混同だろう、それは。」
そうには違いないが、これで彼は救われるし、僕も幸せになれる。
その上、仕事も捗る。
なんだ、一石三鳥ではないか。
良い事尽くめだ。
だから僕は反論を試みる。
「良いじゃないですか。みんなが幸せになれるんだから。」
師匠は明らかに苛立った声で、「仕方ない、今度だけだぞ」と言って、僕の意識の中から消えた。

その後、僕の自宅となっている築五十年の一軒家で、彼と二人で。
ほっこりとしたひと時を満喫。
この家には結界が張ってあるので、虫やネズミは出入り出来ない。
清潔なのだ。
地震さえ起きなければあと二十年は住めるだろう。
借家だが、古い家なので大家さんもうるさくない。
むしろ綺麗に住んでいるので、好評なのだ。
そんな中、僕の飼っているミニブタがビーフストロガノフとポークソテーを作っている。
自分の分も含めて、三人前だ。
なんだ、共喰いじゃんね。
ふと視線を逸らすと、呆気に取られる彼の姿があった。
こんな事でいちいち驚いてもらっては仕事に差し障って困るので、一応説明を試みる。
一通りの説明を終えて彼を見ると、何か言いたそうにしているので聞いてみる。
「ま、魔法で浮気とか、し、しないよね!」
なんだ、そんな事か。
僕は股をかけるのもかけられるのも大嫌いだ。
だから言った。
「大丈夫。僕はしないょ、絶対に。」
それを聞いた彼の綻んだ顔が可愛くて、僕はファースト・キスを彼に捧げた。

そこへミニブタのオースが料理を持って登場。
「こんな所でおっ始めないでよね」と釘を刺した。
「オース、今日の料理の出来はどうだい?」
隣で相方となったばかりの浩司さんが恥ずかしそうな顔をしていたので、それとなく話題を変えてみたのだ。
「バッチリだょ!」
まぁ分かってはいた。
オースは器用だし、食い意地が張っているから自分も食べる料理は手を抜かないのだ。
「オッケ!いただきまーす!」
宴の始まりである。

僕は人を殺せない。
掟でそう、決まっている。
たとえ相手が殺人鬼であってもだ。
こんな事があった。
ストーカー体質の男が居た。
彼、ゲイなのだが、既に好きだった男の人を一人殺してしまっており、先が危ぶまれた。
刑務所からの出所直後の事だ。
そこへ、格好のターゲットが現れる。
このままではみんなが危ない!
だから僕は姿を消して、ストーカーの男の耳元でこう囁いた。
「狂人。不細工。お前には一生、男は出来ない。」
彼はその途端に路上で叫び出した。
そこで早速、119番にお電話。
ストーカーの男は精神病院の閉鎖病棟に収容され、とりあえずの所は事なきを得た。
投薬治療の甲斐あって、今は病院の開放病棟の普通の病室で、穏やかな日々を過ごしているらしい。
まずはめでたい。

それにしてもオース、料理が上手い。
ビーフストロガノフにポークソテー、更にはポトフ。
どれも感激のお味である。
「オース、今日もお料理ご苦労さま。美味しいょ!」
「良かったょ、泗水。僕のとっておきだから、不味いなんて言われたらどうしようかと思っちゃった。それはそうと、前から聞きたかったんだけどさ、僕の名前、なんでオースなの?」
「オスだから。」
その瞬間に殺気を感じたのは事実であるが、のんびり屋のオースの事、危ない事はしないだろうと思い、無視する事にする。
「まぁいいや、毎日食材を買うお金いっぱいくれてるから、許してあげる。」
そうなのだ。僕もオースも食いしん坊。
こういう所で気が合うから、飼っていられるのだ。
ついでに浩司さんも食いしん坊のようで、みんな大満足の夕食だったのである。

僕は孤児だった。
それを引き取って育ててくれたのが、今の師匠である。
当時から僕の才能は見抜かれていたようで、僕は魔法の英才教育を受けて育った。
という訳で僕、学校の成績はイマイチだったが、魔法を使わせるとピカイチだったらしい。
僕や師匠のような魔法使いは人間ではあるが、神様と契約を交わしている。
殺人をしない、泥棒をしない、特に必要な場合を除いて個人情報を盗まないといった基本的な事から、国の転覆に関わらないといった事まで、様々な掟があり、それを承諾出来た能力者だけが、神様と契約出来る。
一旦契約してしまえば、お給料は歩合制ではないので、気は楽だ。
何処もみんな、師匠達が一括でお給料を受け取り、それを弟子達に支払う。
師匠を除けば誰も彼もがみんな同じお給料なので、喧嘩が起きる事はない。

ちなみにオースは、デブ専ゲイの僕にはお誂え向きだろうという事で、師匠がプレゼントしてくれた大切な相棒だ。
その、うちの師匠。
築三十年のこぢんまりとしたマンションに住んでいるのだが、そろそろ引っ越したいらしい。
飽きたというのだ。
新築の頃から住んでいたらしいから無理もないが、僕の所は築五十年。
三十年なんてまだまだ、序の口だ。
最近は引っ越しを諦めたのか、ちょっとした模様替えや観葉植物の育成、インテリア小物の見立てなどに凝っているらしい。

実はオースも、魔法を使える。
が、それを加えても二人と一頭。
魔法使い界隈でも有名な程、うちは小所帯なのである。
師匠と僕の二人共、ゲイの恋を紡いでゆくのが仕事であるが、その方面では他に有名な大所帯があって、うちはそこでは掬い切れないマイナーなジャンルの担当となっているのだ。

冬将軍の到来。
恋人達にとっては、美味しい鍋の季節である。
それにもかかわらず、鍋とは無縁の中学三年生が一人、孤独に喘いでいた。
オースは言う。
「ねぇ泗水、あの子助けてあげなょ。」
「そうだねぇ……。」
言われなくてもそんな事は重々承知の上ではあったのだが。
この少年、厄介だ。
正確には親が厄介なのだが。
この会話がなされたのは、朝の事だった。
朝だったから、或いはまだ良かったのかも知れない。
これが昼だったら、或いは夜だったら……。
薄ら寒くなる話ではある。
というのも少年の母、自分達にまつわる噂話を遠方からでも聞き取れる能力を持った、地獄耳の魔法使いなのである。
僕にしてもその話、同じ魔法使い同士、分からないでもないのだ。
気付いてしまったと言おうか。
残念ながら少年には何の能力もないから、母の元から逃げ出す事もままならない。
虐待されていたという訳だ。
この時は平日の朝だったから、先の会話を元に少年が虐待される事はなかったのである。
とは言うものの何はともあれ朝なので、会社に出掛ける浩司さんの事を先に僕は見送る事にした。
共に住み出したのだ。
「今日もご馳走だょ、すき焼きだょ、お鍋だょ。早く帰って来ると、良い事あるょ。」
オースが珍しく煽っている。
一方の僕は、不安からくる偏頭痛に悩まされながらも、浩司さんの事を手を振って見送るのだった。
その直後である。
「行くょ!ハーネス付けて。」
オース、少年の家に行こうというのだ。
ハーネスを付けるのは、一応大型のペットというていであるのだから、仕方ない。
僕はオースに急かされるままに、家を飛び出していた。
少年の母は、魔法使いではあるが神様とは契約していない。
そのような魔法使いはしばしば見かける訳で、そうした者達のパトロールも僕達契約済み魔法使いの仕事なのだ。
だから、オースは間違ってはいない。
仕事なのだから、せねばならない。
だがこの時の僕は、どうも気が乗らなかった。
こんな事は珍しい。

オースは家の中では二本足でちょこまかと動き回るのだが、目立つので外では四本足歩行をする。
オース、いつもよりも歩くペースが速い。
オースはオースで、思う所があるようだ。

オース、少年の家に辿り着くと、生け垣を飛び越えて窓ガラスをぶち破った。
「ここは僕に任せて!」
仕方ないので待っている。
これはやり過ぎではないのかと、当初はそう思っていた。
だが、事態はそれ所ではなかったのだ。
今まさに少年の母は、苦しみから逃れる為に首を吊って亡くなろうとしていた。
危なかったのだ。
だが、或いはそのまま死なせてやれば良かったのかも知れないーーのちにそう思う事になるのだった。
だから気が乗らなかった訳なのである。
オースが事情を聞く。
もちろん、少年の母にだ。

事件は、少年が四歳の頃に起きていた。
母が天ぷらを揚げている最中に、宅配便がやって来た。
母は鍋をそのままにして、少年に「見ていて」と頼んだ。
その直後の事である。
三歳になったばかりの少年の妹が、よたよたとやって来て母の真似をしようと、鍋に手を触れたのだ。
ひっくり返る鍋。
油を被ってしまう。
季節は冬。
運悪く静電気で、少年の妹は火だるまになってしまった。
その一連の様子を、文字通り少年は黙って見ていた。
或る意味では母の言い付けを守っていたとも言える。
これで、母はおかしくなってしまった。
夫は逃げるように離婚。
以来女手一つで少年を育てる事になったのである。
上手く行く訳がない。
それ以来今日まで、母も少年も、心に十字架を背負って生きて来たのだ。

オースが一通り話を聞き終えた。
その内容は念で僕にも伝わっていた。
母は虐待の罪で逮捕された。
他に方法はないのだから、仕方ない。
少年は、近所の遠縁の親戚の家で暮らす事になるらしい。
親戚、良い人達だと安心なのだが。
ここである事に気が付いた。
少年も遠縁の親戚の一人息子も、ゲイなのだ。
これも何かの縁。
結び付けてしまおう。
二人ともデブなのだ。
デブ同士、話が合うという事もあろう。
そうだ、それがいい。
僕は姿をそっと消すと、少年の指に赤い糸を結び付けた。
昨晩紡いでおいた、とっておきの赤い糸である。
もう片方の端を、遠縁の親戚の息子に結ぶ。
ぽっと恋の炎が、二人の中で温かく灯った。
これでもう大丈夫。
幸い、親戚は優しい人達だったから、虐待の心配もなくなった。
高校へも、無事に進学出来るだろう。
僕は孤児だったから、少年の気持ちは少しは理解出来ているつもりだ。
この家族はすでに壊れていたから、これで良かった。
願わくば、少年の母親にもいずれは立ち直って欲しい。
それだけでも、少年の心はきっと軽くなるだろうから。

季節は移ろい、翌年の春。
自殺しそうだった女の子は、僕の力で出逢った男の子と、結婚した。
お腹の中には、既に赤ちゃんが居るらしい。
なんともめでたい。

虐待を受けていた少年は、親戚の息子と無事に結ばれ、同じ高校に通うようになった。
二人は同い年なのだ。
親戚の息子は、気は優しいが力持ち。
見た目だけならガキ大将である。
それだけに、揃って歩いていても、誰も何も言わない。
上手く行きそうで何よりだ。

僕と浩司さんは、養子縁組をした。
照れるやら、嬉しいやら。
そんな僕達の元に、紫蘭姐さんが駆け付けてくれた。
うちと違って大所帯の、しかしながら同じようにゲイの恋を紡ぐ魔法使い達の、師匠である。
忙しい弟子達に代わって、お祝いに来てくれたのだ。
もちろん、うちの師匠も同席している。
最初は苦々しい表情を浮かべるばかりだったうちの師匠も、もうすっかり気が変わっていた。
僕達の事を応援してくれているのだ。
紫蘭姐さんが音頭を取って、みんなで乾杯。
「二人の末永き幸せを祈って、乾杯!」
紫蘭姐さんの気の張った声で、一同テンションMAX!
その後は和やかな宴となった。
会場は僕の自宅。
気楽なものだ。
料理はいつも通り、オースの担当。
「しかしお前んとこのブタ、飯が美味いな。」
滅多に人を褒めない紫蘭姐さんのこの言葉には、オースも思わずガッツポーズ。
こうして、ずっこけてばかりだった僕も遂に、幸せを手に入れたのだった。

桜が散りそうな頃。
僕は己の人生を振り返っていた。
色んな人達に助けられて来た。
それでも、孤独は消せなかった。
今は違う。
もう一人きりではない。
ようやく訪れた幸せを胸に、前を向いて進みたいーーそう心から思う、春の宵だった。
諦めなくて、良かった。
本当に、良かった。

-完-

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月曜日のエレジー [いつまでも君に溺れていたい]

野良猫が街を往く。
真冬の朝。
今朝は特に冷え込んでいる。
今日は月曜日。
毎週、この時はいつも二人揃って無言だ。

「今日は、こっち。」
僕の彼の出社ルートは二つある。
今日はハズレ。
このルートだと、少ししか一緒に居られない。
終始、無言。
「じゃ。」
それだけ、たったそれだけの一言を残して、彼は僕の元を去って行った。
これから土曜日まで、長い長い一週間が始まる。
また逢えるかどうか、いつも不安だ。
いつ離れ離れになってもおかしくない、そんな関係性。
僕は学生だ。
気楽なものだと、人は言う。
だが僕は、心の中ではいつも苦闘していた。
出来る事ならいつまでも彼に溺れていたい。
そう思うのだが、現実はそれを許さない。
シビアだ。
恋愛依存体質なのかも知れない。
我ながら、困ったものである。

彼は二股をかけていた。
それは知っている。
はじめの内はショックだったが、じきに慣れた。
だいたい、僕の恋愛は大抵そんなだ。
かといって、こちらが二股をかければ、皆離れて行ってしまうだろう。
確証はないが、そんな気がする。
常に相手が優位に立っているのだ。
これが、惚れた者の弱みというやつか。
仕方ない。

ある週末。
約束を反故にされてしまった。
今週も、来週も逢えないと、彼は言う。
それを聞いて一瞬、眩暈がした。
一体、どれだけ逢えないというのだろう。
途方もない二週間が、これから始まるのだ。
その夜、ストーンズを爆音で鳴らしながら、枕に顔をうずめて、僕は泣いた。

妬ましい。
心が疼く、そんな感じ。

昔、似たような事があった。
相手は当時の僕の彼氏だった訳だが。
前日の夜になってデートの予定がキャンセルとなった。
なんでも、友達が困っているとか。
嘘だった事には気付いていながらも、涙を飲んだのだった。

大抵、そういう恋愛は長続きしない。
当時の彼の時も、そうだった。
だが、今回は違う。
出逢ってもう、四年になるのだ。
よくまぁ辛抱しているというか、されているというか。

行ってみようか、彼の元に。
耳元で、悪魔が囁いた。
だが、アポイントメントなしで彼の元に往けば、僕達の関係はそれで終わってしまう。
「うがぁ!」
思わず手に持っていた携帯を、叩き壊した。
これで、新しい携帯を買わねばならなくなった。
痛い出費。
自業自得だ。
自分で自分の首を絞めているのだから、世話がない。

翌日、キャリアのお店で機種変更の手続きをする。
ちょうど新しいiPhoneが出回りだしたタイミングだったようで、運がいいのか悪いのか。
iPhoneには前から興味はあったのだ。
悪運が強い、とでも言うべきか、自分。

帰りに、何もない所で転んだ。
奇跡的に、手に持っていたiPhoneは無事だった。
それは良いのだが、左手中指の骨が折れたらしい。
ここでも、折れたのが利き手の方ではないという。
やはり自分、悪運は強いんだな。

iPhoneのお陰で、案外あっさりと二週間が過ぎた。
良い事ばかりでもない。
音楽ライブラリ関連のトラブルで、どつぼに嵌まったのだ。
試行錯誤を繰り返している内に、二週間の半分は過ぎていた、という訳だ。
右も左も分からないiPhone。
ただ一つ言えるのは、何から何まで隅から隅まで美しい、という事。
それに尽きる。
あまりに繊細で綺麗なものだから、ぎりぎりの所で踏み止まれるのだ。
『壊さないで!』
何かそう、iPhoneが語り掛けているようで、可哀想で壊せないのだ。
べらぼうに高い端末の値段も、輪を掛けて壊すのを踏み止まらせた。
いい事ばかりが続かないのは無論のことだが、悪い事ばかりも続かないのだ。

今の彼氏。
昔は自宅近くの駐車場まで送り迎えしてくれた。
思えば、あの頃が一番幸せだったのかも知れない。
そもそも付き合いはじめは、見知らぬ街の待ち合わせ場所で、右も左も分からずに、右往左往していたっけ。
逢っても、緊張してろくに話す事も出来なかった。
以前の彼氏はことごとく僕にため口を要求したが、僕にとってそれはとてもハードルの高い事だった。
何故なら、僕がこれまでお付き合いさせて頂いていた男性は、ことごとく年上だったからだ。
今の彼が初めて、年上なのに僕にため口を要求して来なかった。
個性がようやっと認められた気がして、それはもう、嬉しかった。

昔話でもしようか。
僕は小学校二年生になるまで、実の両親の元で虐待を受けながら過ごしていた。
毎日、殴る蹴るは当たり前。
学校の教師も親戚も誰も助けてくれる者はおらず、孤軍奮闘を強いられた。
学校でも、体育倉庫の中で着ていた服をひん剥かれて、全裸の状態で写真を撮られながら暴行を受け続けた。

小学校一年生の時には、担任の意向で身体測定にすら参加させてもらえなかった。
二年生になって担任が変わり、その直後に初めて測定を受けさせてもらえたのだが。
その際にようやく、事態が明るみになったのだ。
そのお陰で両親は逮捕、いじめっ子の両親達からも賠償を勝ち取る事が出来たようだ。
賠償金は、今の義理の両親が受け取った。
親権が移ったからである。
実の両親は警察の取り調べで、「いじめられるのにも虐待を受けるのにも、理由がある。悪いのはあの子だ。」と答えていたらしい。
どこまでも闇は深い。
いじめや虐待に理由なんて、必要ないのだ。

新しい両親は優しかった。
だが、僕が引きこもろうとするのは、許さなかった。
「誰か新しい友達でも出来れば良いんだがな。」
義理の父は苦々しい表情でそう言うと、グラスに注がれたブランデーの残りを、一口で飲み干した。
「お代わりは要ります?」
「ん、頼む。すまんな。明日からも学校、ちゃんと行かせるんだぞ。」
子供には入り込めない夫婦のやり取り。
これだけで僕の命運が決まってしまう事には内心では正直腹を立ててはいたが、僕はこの家では穀潰しのような存在だったから、何も言う資格は当然、ないのだった。

新しい両親は僕の遠縁にあたる人達だ。
義理の母は僕の身体中に刻み込まれた痣や裂傷を見て、泣いてくれた。
義理の父もガッチリと抱き締めてくれたのである。
その時から僕は、様々な人達に守られている事に、想いを馳せるようになった。

小学校では二年生以降の担任は誰もが、僕の味方をしてくれる優しい人達だった。
彼らの尽力もあって、小学校三年生の時に生まれて初めての友達が出来た。
浩平だ。
浩平は裕福な家に生まれ育ったからか、おっとりした所がある。
だからか、鈍臭い僕とは気が合ったのだ。
浩平の家には、よく遊びに行った。
そこはいつ行ってもお洒落で、僕は憧れた。
僕には元々、恋愛依存体質ならぬ友達依存体質とでもいうべき性質が備わっていた。
友達なのに、いちいち嫉妬をする。
恋などしていないのにである。

浩平の父が居る日は、浩平の一家と一緒に車で出掛けたりもした。
その車が外車で、しかも4シーター・クーペだったりするのがまた、なんとも羨ましく妬ましかった訳である。
強いて言えば、生活感のない一家に恋をしていたというような、そんな感じ。
だから、浩平が「遊ぼう」と言えば、先約があろうともそれを断って浩平と遊ぶのである。
そんな事をしている内に僕の周りからは人がどんどん離れてゆき、最終的には浩平からも見放されて、独りぼっちになった。
自業自得には違いないのだが、とにかくひたすら、悲しかった。

それでも、である。
もはや友達ですらない浩平が、僕を取り巻くいじめっ子達を追い払ってくれたのだ。
追い払う方にもリスクはある訳で、勇気のある尊敬すべき行動だったと思う。
それからは再び浩平とは口も利かなくなったが、内心では感謝していた。
やがて僕は透明になり、誰の視界にも入らない存在となった。
そして今に至るーー。

月曜日は僕にとっては、鬼門であった。
月曜日の夜に呼び出されて別れよう、という話になった事が、これまでに三度もあったのだ。
だから月曜日の夜にメッセージが来ると、思わず身構えてしまう。
恐る恐る中身を読んで、当たり障りのない内容だと、それだけで小躍りしたものだ。

閑話休題。

今付き合っている彼、智が事故に遭った。
スピード超過の車に轢かれたのだ。
奇跡的に助かった、との事で。
まずは見舞いに行く。
智、塞ぎ込んでいた。
それもそのはず。
両足切断の大事故だったのだ。
これから、先の長い車椅子生活が始まる。
そんなの、誰だって悲しい。
「もう、来なくていいぞ。」
三度目の見舞いで。
これまで終始無言だった智。
ぼそりと、一言、呟いた。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
彼の目に留まる、不謹慎ながらこれがチャンスなのだ。
「大丈夫だよ!二人居れば、何とかなる。」
智はこちらの方を見ようともせずに、「お前に何が出来る」そう吐き捨てたのだった。

こうなれば意地だ。
僕は毎日智の病室に押し掛けては、林檎の皮を剥いて、食べさせてあげるのだった。
最初は無視されていた。
だが、八回目の来訪で、様子が変わった。
変わったのは智だけではない。
僕も変わったのだ。
最近、智ともため口で話せるようになった。
事故が転機となった、それは間違いない。
「両親が離婚した。父曰く、俺の面倒など見きれん、という事らしい。」
智の家は開業医だ。
外科ではないので、今回の事故は専門外な訳だが。
まぁ智の父にしてみれば、額の大小は多少はあれど、結局自分が養育費を出す事になるのだから、どうせなら自由になりたかった、そんな所だろう。
「母さん、泣いていた。ここには多分もう、来ない。父さんから家を追われたのを機に、仕事が忙しいらしい。養育費、大した額じゃなかったみたいだ。父さんらしいよ、ほんと。ケチな所とかさ。」
奥さんの事、どうやって黙らせたのだろう、個人的にはそちらの方が気がかりではあるが。
そんな事を考えていると、智が。
「ハニートラップみたいな。母は俺にべったりだったから、ショックが大きくてね。
元々父さんは母さんには飽きていたみたいだから、頼もしい男を送り込んで関係を持たせて、その時の写真を元にゆすったみたい。僅かな養育費も、温情だって恩着せがましく言ってたらしい。何もしなかったせいで死なれたら、父さんの評判も落ちるからな。最低だろ?」
久々に見た智の笑みは、どこか斜に構えたような、そんな笑みだった。

この時僕は、決意を固めた。
大学を出たら就職をして、智を引き取ろうと。
中退しても良かったのだが、ここまで育ててくれた義理の両親を裏切りたくはない。
それでなくても、義理の父のコネクションを使って就職するのだ。
それをフイにするような事など、出来はしない。
僕が就職する会社は、大卒以上でないと入社出来ないのだ。
僕が通っていたのは三流の大学だから、こうでもしないとなかなか就職の口はない。智と二人で暮らすのにも、金は要るのだ。
だからこれは、仕方のない事なのだ。
僕は本当に恵まれていた、確かにそう思う。
コネクションを使って就職が出来るなんて、そんな上手い話は滅多にないからだ。

退院後も、智は自室に引きこもって生活しているらしい。
仕事は、なくなった。
会社としても、やむを得なかったのだろう。
両足のない人間に出来る仕事など、智の勤めていた会社にはなかったのだ。

告白。
智が母と住む小さな家で。
「ずっと一緒に居よう。共に暮らそう。仕事ならあるよ、僕にも、智にも。」
僕が勤める事になった会社には、莫大な数の書類や文献の整理・分類・補修などの仕事がある。
ちょうどタイミング良く前任の女性が寿退社したので、空席となっていたのだ。
目の前の智の瞳はまだ、半信半疑といった所だ。
だからここで、僕の義理の父の登場となる訳だ。
ここで智が口を開く。
その内容に、僕は軽いショックを受けた。
「俺にとってはお前は彼氏なんかじゃなかった。ただ、友達も彼氏もいなくて可哀想だったのと、一緒にいる時は楽しかったからというのと、そんな理由でつるんでいただけだ。もう来なくていいから、帰ってくれ!」
僕の目からほろほろと、涙がこぼれ落ちた。
その時だった。
僕の義理の父が口を開いた。
「まだ付き合っていないというなら、これからそうすればいい。私も応援する。悪いようにはしない。きっと楽しいぞ。それでも確かに、幸せになれるかどうか、それはまだ分からない。それは君が決める事だ!さぁ、どうする?」
圧に押された、それだけの事ではなかったと、そう思いたい。
僕も智も、ノースポールの鉢植えの置いてある小さな出窓が印象的な六畳の小部屋で、ただひたすらに啜り泣くのだった。

それからの智は、良く笑うようになった。
つられて僕まで、笑みが溢れる。
僕の義理の父は、智の移動の為にと、車椅子のままで乗れる福祉車両をプレゼントしてくれた。
嘘みたいな本当の話だ。
僕と智、職場は同じ。
だから運転は、僕の担当。
愛と期待のこもった車。
大切に、大切にしなければ。

この頃智は、本を読む。
新居での話なのだが、思想書や哲学書など、相当にお堅い本もある。
試しに一冊パラパラとめくってはみたのだが、全く意味が分からなくて、五秒で閉じた。
もう読む事はあるまい。
どうも脚を失くした辺りから、本における好みのジャンルが変わったらしい。
僕は隣でコミックスを読む。
何冊かをテーブルの上に積んでおいて、続きを取りに行く手間を省こうというのだ。
「横着だな。」
確かに。
自分でもそう思う。

不意に。
「浮気するなよ。」
二股をかけていたこいつにだけは、絶対に言われたくない言葉だ。
「そっちこそどうなのさ。」
で、自分でも珍しく頬を膨らましてみた訳なのだが。
「どうやって?面白い事を言うな、お前。」
それもそうだと合点がいき、二人揃って笑うのだった。

六年前。
智にも忘れ難き恋の相手が居たらしい。
尽くした挙句に、振られてしまったのだとか。
今、智に貯金がないのも、その時に使い果たしていたからなのだ。
それからはストレス解消と称して、ちょっとした通販にSEXにと、勤しんでいたという訳だ。

さて、という事は。
智を連れて、早速HIVと性病の検査だ。
二人揃って受けるのである。
僕は問題ないのだ。
分かっている。
一方で。
まさかね、とは思っていたが、性に奔放な智の事だけに、以前から見ていて心配だったのだ。
で、気軽な気持ちで検査会場に入った僕達だったのだがーー。

智、結果はなんと陽性、HIVのである。
智の顔は真っ青だったが、まだ発症前だと聞いて、僕は少し安心した。
今はいいお薬があるから、早期発見すれば結構生きられるのである。
それにしてもだ。
お医者さんの前で。
「俺のハッピーSEXライフがー!」などと叫び出すのは、本気でやめて欲しかった。
恥ずかしくてもう、顔から火が出そうだったのである。
まぁ、その昔小遣い稼ぎにと売り専にまで手を染めていたのだそうだから、これ位は仕方ない、そういう事にしておこう。

中学三年三学期の、月曜日。
僕は二郎という子に、告白をした。
校舎の片隅に呼び出して、好きだと告げた。
結果は轟沈。
大笑いされた挙句、その話は全校中の笑いの種となっていった。
まぁ良かったのだ。
自分としては想いを告げずに卒業をするのも辛かった訳であるし、失敗に終わってもどうせ卒業でみんな離れ離れになるから、都合が良かったのだ。
旅の恥はかき捨て、みたいな。
それにしてもこの時も月曜日だったのね。
因縁深いなぁ。

ある日曜日、銀座の目抜き通り。
僕と智は時折手なんて繋ぎながら、車椅子で闊歩してみる。
途中、Apple 銀座に立ち寄って、店内を散策。
成り行きでiMacを購入するのだった。
ボーナスが出たから、まぁいいのだ。
人間、辛抱してみるものである。
あの時勢いで大学を辞めていたら、こうは上手くは行かなかった。

重たい箱を持ちながら、こう言ってみる。
「僕のこと好き?」
「いんや、愛してる。」
「月曜日でも?」
「なんだそりゃ!?」
二人して、笑った。

これから先、どうなるかなんて誰にも分からない。
それでも、二人で幸せだった記憶なら、きっと、ちゃんと残せているから、大丈夫。
月曜日のエレジーは、もう歌わなくて済みそうだね。

-完-

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草原のカピバラ -Essentials for Living 2-

「むしゃむしゃ、むしゃむしゃ。」
風車の回る、水辺の草原。
陽射しがポカポカ、暖かい。
そこで並んで草を食むのは、二頭のカピバラ。
オス同士だが、大の仲良しだ。
「今日もあったかいね、プノ。」
「気持ちいいね、ルノ。」
このカピバラ、牧場を経営する酪農家に愛玩用として飼われているのだが、殆どの人間には聞こえない周波数の声でお喋りするのが、好きだったりする。
殆どの、というのには理由があって、突然変異的に聞こえるようになった人間というのが時々、存在するのだ。
この牧場の主、文彦もそうなのである。
文彦には高校生になる息子が一人居り、大雅という。
大雅にはカピバラの声は聞こえない。
親子だからといって、遺伝する訳でもないのだ。

大雅はゲイである。
父親である文彦はその事を知ってはいたが、当の大雅は隠し通せているつもりでいた。
今日は休日。
大雅の元にお隣の農家の一人息子の光治がやってきた。
大雅と光治は中学時代から交際を続けている。
その事には、文彦だけではなく周りの大人たちも皆気付いてはいたが、誰も何も言わないのだった。
皆一様に、今の内だけの事だからと、そう思っていたのである。

「やぁ光治君、いらっしゃい!自家製のチーズケーキがあるけど、食べていかないかい?」
「パパさん、こんにちは。ケーキは後でいいすよ。行こ行こ、大雅。」
去ってゆく二人の後ろ姿を、文彦は苦々しい表情で見つめるのだった。

この二人、会うと必ずカピバラ達の小屋に行く。
それに感付いたカピバラ達、いそいそと小屋へと戻るのだった。
いつもの事。
二人のSEXを見物するのだ。
「プノ、今日もするね、あの二人。」
「僕達に見られている事にも気付かないで、間抜けな声を上げるんだよね、ルノ。」
カピバラ達、文彦が飼っていると言っても、小屋のお掃除は大雅の担当だ。
それにかこつけて、小屋でSEXをこっそりと内緒でしているつもりなのである。
まぁ、実際にはカピバラを経由して、文彦が周囲の人間に漏らしていたのであるが。
大雅と光治は今年で高校三年生になる。
周りの大人達は皆、高校卒業と同時に二人が逢う事を禁じ、お見合いさせるつもりでいた。
しかし、である。
そんな思惑を、光治は嗅ぎ付けたのだった。
二人は以前より親に内緒で貯金をしていた。
上京費用に充てるつもりだったのだ。
本当は高校は卒業したかった。
大学はともかく。
しかし卒業式を迎えるまで出席してしまうと、その場で強制的に隔離される恐れがあると、光治は大雅に言うのだ。
今なら、周りの人間も油断しているだろう、光治はそう思った訳なのだ。
かくして、二人の上京が決まった訳である。

上京の朝。
いつもならば登校をする訳で、怪しまれないように制服での出発だ。
鞄に荷物も少々入るので、ありがたい。
本来ならば、これで上手く行く筈だった。
けれども、こんな時に限ってカピバラが二人に懐いて離れない。
この時二人は、生まれて初めて、カピバラの喋り声を聞いた。
「行かないで、行かないで。」
二頭が確かにそう言っているので、面食らう二人。
そこへ文彦がやって来た。
まずい。
大雅は光治の手を取って自転車置き場まで走った。
それに気付いた文彦は車の鍵を取りに戻ったが、時既に遅し。
見失ってしまった。
向かうのは最寄りの駅だろう、そう踏んで駅の近くに住む知り合いに電話をするのだが、あいにく留守なのだった。
万事休す。

車窓から景色を眺める二人。
もう戻る事はないかも知れない。
そう思うと、自然と涙が零れた。

東京。
いつかこの地を踏むと思っていた。
思いの外早く訪れたその機会は、二人に幸せの風を届けてくれるのだった。
だが、みんなで幸せになる方法など、所詮はないのだ。
二人が去った事は、文彦や、光治の両親にとっては、まさに凶事だった。
特に文彦にとって大雅は、妻を乳がんで失った後唯一の希望の光だったから、その悲しみは底知れぬものがあった。

大雅と光治は揃って、土木作業員となった。
仕事はきつかったが、体力自慢の二人だけにへばる事なくこなし、上司や同僚にも好評だった。
特に同僚からは、マスコットキャラクターのような扱いを受ける二人、上京して早くも小さな居場所を見つけていた。

この頃、光治の父・大佑は、文彦と密通していた。
前から文彦に目を付けていた大佑、息子達の逃亡劇で落ち込んでいるのに乗じて、犯したのである。
大佑はバイセクシャルだった。
妻の弘子とも良好な関係を築いており、離婚する気などさらさらない。
文彦との事は、言ってしまえば遊びである。
一方の文彦は、かなりヘテロセクシャル寄りの人間なので、大佑の事は何とも思っていなかったのであるが、相手は手練れのテクニシャン。
快楽に溺れたのだった。

毎日毎日、隙を見つけてはカピバラ小屋でSEXに耽る二人。
当然カピバラの声が聞こえる文彦には抵抗感があったのであるが、大佑には聞こえないので、そこはお構いなしである。
言うまでもない事だが、リードを取っているのは、大佑だったのだ。
繰り返される情事が当たり前の事となりつつあったある日、事の最中にカピバラ二頭が揃って小屋から出て行った。
これまでは無言で二人の情事を見物していたカピバラだっただけに、文彦には気掛かりだったのだが。
そんな事を言ってみた所で、大佑が取り合うとも思えず、黙っているより他なかったのだった。

カピバラは、弘子の元を訪れていた。
実はカピバラの声が聞こえる人間というのは、当のカピバラ自身が選定していたのである。
このカピバラのコンビ、特殊な能力を持っていたのだ。
弘子は、カピバラの声が聞こえる事に戸惑うが、その話の内容の重大さのせいで、そんな事は吹き飛んでしまった。

文彦の牧場のカピバラ小屋にやって来た弘子。
後からカピバラ二頭も付いて来る。
小屋の中では、二人が絶頂を迎えようとしていた。
まさにその瞬間に、弘子は小屋の中に踏み込んだのである。
「あなた、離婚しましょう。」
射精と同時に聞こえる弘子の声に、大佑は固まった。
「ま、待ってくれ、頼む。」
大佑はそういうのだが、既に絵面が有り得ない。
無駄な足掻きのようなものだと、文彦はどこか他人事のようにそう思っていたのだった。

そこから離婚までは、早かった。
弘子が頑なだった為に、交渉の余地がなかったのだ。
村では弘子は美人で有名であり、それを裏切った事は村中の噂になって広まった。
代償は大きかった、余りにも。
文彦共々、村八分となってしまったのである。
それでなくとも大雅と光治の事もあったのに、親がこれである。
許されなかったのだ。

文彦と大佑は、東京に移住した。
文彦にしてみれば大佑の事は特段好きという訳でもなかったのだが、他に頼るあてもないので、共に暮らす事にした。
これは大佑にとってみれば、非常に喜ばしい事だった。
これを機に文彦は、大佑の精神的支柱になってゆく。
東京では、二人揃って求職活動に明け暮れていた。
成果は芳しくはなかったが、独りではなかった事が幸いして、挫ける事はなかった。

ある日、都内の談話室で。
文彦と大佑は、大雅や光治と話をする機会を持っていた。
文彦は言う。
自分達の後を継がないか、と。
大雅も光治も、戸惑って声が出せなかった。
その時である。
大雅や光治に、野良となったカピバラ二頭の声が聞こえて来たのだ。
「戻って来て、戻って来て。お願い、お願い。」
必死に懇願する二頭の声に心を動かされた、二人。
村に戻る事を決めた。
決死の覚悟だった。

勤務先の上司には、早速報告をした。
残念がられたが、やむを得なかった。

人間を警戒していた鷲、これまでカピバラを狙う事はなかった。
だが人間なき今、まさに危険な状況にあった。
弘子の気持ちを慮って密通の事実を伝えたカピバラではあったが、そのせいで自分達が危機的状況に陥ったのである。
このカピバラ達、特殊な能力は持ってはいるものの、戦闘能力はないに等しかったのだ。

急がねばならなかった。
一刻も早く村に戻らなければ、カピバラ達の命が危ない。
村での暮らしは厳しいだろう。
人手が足りないし、ゲイに対しての偏見も大いにある。
唯一の救いは、二人の父の行いの悪さのせいで、自分達に同情的な見方が支配的な事だった。

夜、カピバラは一睡も出来ない。
子供の頃からここで飼われていたので、野生での暮らしには慣れていないのだ。
「プノ、小屋の中なら大丈夫だよね。」
「多分ね、ルノ。」
「でも、ドアがないよね。」
「怖くて眠れないね。明日辺り、大雅と光治が来てくれるといいんだけど。」

翌日。
カピバラの窮状を察して、大雅と光治が早速戻って来た。
東京にある荷物の引き取りは後日に回して、とりあえずやって来たのだ。
二人が牧場の敷地に入ろうとした時、お向かいの時江ばあちゃんが声を掛けてくれた。
「あらあら、大雅ちゃんに光治ちゃん。戻って来てくれて良かったわー!牛ちゃん達を置き去りにして文彦が居なくなったもんだから、時々様子は見てたんだけど。カピちゃんのお世話までは手が回らなくてねぇ。野良になっちゃったわよ!まぁ、男同士だからって、文彦や大佑みたいに奥さん騙してる訳でもないし、良いわよ。私が取り成してあげるから、とりあえず村八分にはならないわよ!大変だけど、頑張りなさい!」
思いがけない後ろ盾を、ここで得た二人。
時江ばあちゃんは村の中でも発言力が大きいので、心強いのだった。
牛達は大丈夫との事だったので、カピバラの様子を見に、二人は駆け出す。
それに気付いたプノとルノ、早速大雅達に擦り寄るのだった。
「良かった、良かったょー!戻って来てくれてありがとぅ、ありがとぅ!」
カピバラと大雅、涙涙の再会である。

精霊が呼び出された。
カピバラ達が、その能力をフルに発揮する時、それは稀に現れる。
体力を消耗するので、のんびり・だらりんをモットーとするナマケモノのカピバラ達は、この力を滅多に使わない。
呼び出されたのは、二人の精霊。
丸太と、丸男である。
その昔、十五歳の時に事故で亡くなった双子の少年の精霊なのだった。
彼らはかつてこの地に住んでいたが、流石に今となっては誰の記憶にもない。
好都合なのだ。
「お願い。大雅と光治を手伝ってやって。」
「分かった!」
「了解したょ!」
その瞬間に、丸太と丸男は実体化したのだった。

「こんにちは、大雅さん、光治さん。僕、丸太です。」
「こんにちはです!丸男っていいます。よろしくお願いします!」
実体化して現れた精霊、早速の挨拶。
開いた口が塞がらないのは、大雅と光治である。
突然目の前に現れたというだけでも、驚きなのだが。
しかも、である。
服くらい着ていてくれればいいのに、敷地内とはいえ、野外で全裸である。
どうしろというのか。
仕方ないので人目に付く前に、丸太と丸男の手を引いて、一同は慌てて大雅の家に駆け込むのだった。

丸太と丸男の昔話。
二人はいつでも、仲が良かった。
兄弟なので恋仲ではなかったが、いつも二人でお喋りし、じゃれあっていた。
両親の仲は不和であったが、それぞれが丸太と丸男を愛していた。
丸太と丸男には、恋人は居なかった。
ほのかな好意を寄せる相手は、それぞれに居たのだが、望み薄であるという事もあって、告白には至らなかった。
学校では揃って、いじめられていた。
それでも、だからこそ二人は結束して、前を向いた。
「兄ちゃん、またあざができちゃったね。母ちゃんに見つからないといいけど。」
「大丈夫、大丈夫。また適当にごまかせばいいって。」
そんな時に限って、身体中に出来たあざを母に見られてしまう二人。
お風呂場の脱衣所で。
開口一番、母は怒った。
「男の子でしょ!やられてばかりでどうするの!少しはやり返しなさい!」
しかし、そう言いながらも、母の真意は別の所にあった。
「まぁやられちゃったものは仕方ないわね。次からは頑張るのよ!それと、痩せ我慢はおやめ、ね?隠さないでいいのよ。」
母はその時、泣いてくれた。
双子も共に、泣いていた。

列車に乗って旅に出ていた。
いじめに耐え抜いて中学を卒業した双子への、父母からのお祝いだった。
座席で寛ぐ二人、仲睦まじい。
悲劇は、そこで起こった。
列車が、脱線事故を起こしたのである。
大勢、空の星になった。
その中には、丸太と丸男も含まれていた。
父も母も、変わり果てた我が子を前にして、狂ったように泣いていた。
程なくして、双子の両親は離婚した。
双子が居なくなった事もあり、もはや一緒に居る理由などなかったのだ。

それ以来、長い長い時を意識もないままに精霊として過ごしていた二人。
カピバラ達によって、晴れて人間に戻る事が出来たのだ。
この二人に現代の常識は通用しない。
だが、ここは長閑な田舎。
結局の所、それでも生きてはゆけるのだから、問題はない。
ましてや、酪農や農家の仕事は、ICTによって変わりつつある面もなくはなかったが、大筋では太古の昔から変わらないのだった。
やってやれない事はないのだ。
掃除、餌やり、搾乳。
酪農の基本を、双子は大雅より一から学ぶ。
思えば大雅も、幼い頃からこうして父を通じて酪農のイロハを教わって来たのだった。
双子は、大雅が忙しければそちらへゆき、光治が忙しければそちらへ向かう。
そうしている間に二人は、一人前に育ってゆくのだった。

カピバラは前よりも甘えん坊になっていた。
野良でいる事の恐怖が染み付いて、離れない為である。
餌の時間。
カピバラ達の腹時計は正確だ。
水浴びをやめると大雅の元へと向かい、きゅるるると鳴きながら擦り寄る。
「餌ちょうだい、餌ちょうだい。お願い、お願い。」
「ちょっと待ってな。今持ってくるね。」
カピバラ達の背中を撫でる大雅。
カピバラ達、これには堪らず、気持ち良さそうに横になって寝そべるのだった。
二頭共、背中を撫でられると、弱いのだ。
このカピバラ達、喋る代わりに大飯食らいである。
普通のカピバラの三倍は食べる。
餌代が馬鹿にならないのだ。
まぁそうは言っても、大切な家族である。
見捨てる事など、有り得ないのだ。
このカピバラ達、外敵には弱いが、襲われさえしなければ、寿命もだいぶ長い。
まだまだこれから、元気いっぱいである。

困った事が起きた。
丸太と丸男がそれぞれ、恋に堕ちたのである。
その相手がなんと大雅と光治であるのだから、もうどうにもならない。
大雅と光治が付き合っている事はカピバラ達より聞いて知っていたから、告白といった最悪の事態は辛うじて免れた。
だが、この二人、分かりやすいのだ。
そういえば村には他に太ったゲイの子は居なそうであるし、ここは我慢してもらう他ない。
苦々しい思いを抱えながら双子に接しなければならない、大雅と光治なのだった。

大雅と光治、それに丸太と丸男の四人は、村の宴会に呼ばれた。
時江ばあちゃんを始めとする村の長老達もこぞって参加する宴会。
まだ酒が飲めないのが辛い所ではあったが、これを機に双方のわだかまりも解け、和やかなムードに包まれた。
四人揃って再び、これで正式に村の一員となったのである。

「二人共、双子の二人に好かれとるようだけども、手を出したらあかんよ。もしもの時には村八分だからね、しっかりと胸に留めとき。」
時江ばあちゃんの言葉。
重みがある。
「大丈夫だよ、大丈夫。」
今の二人には、ここにしか居場所はない。
時江ばあちゃんの言葉を、二人は末長く守って生きてゆく事だろう。
カピバラ達も珍しく宴会場に呼ばれていた。
むっしゃむっしゃと餌を頬張るカピバラに、時江ばあちゃんが一言。
「四人の事、しっかり頼んだよ。」
野良になった際にカピバラ、時江ばあちゃんに自分たちの話を聞く事の出来る能力を、授けていたのだ。
カピバラ、いざという時には時江ばあちゃんに助けてもらおうという魂胆だったのである。

翌日。
空は抜けるように青い。
爽やかな空気に包まれて、カピバラ達もご機嫌だ。
四人は毎日、仕事に精を出している。
休日など、ない。
それでも、忙しいけれども、四人はとても幸せだった。
カピバラ達は、それをのんきに見守る。
東京では、文彦と大佑がささやかな幸せを手にしていた。
仕事も決まって、幸先がいい。
ここに至るまでの経緯は、誠に自分勝手な話ではあったのだが、これからは悔い改める事だろう。
弘子は、離婚後すぐに向かった先の東京で、新たな男性と結ばれていた。
皆、幸せになったのである。
こうしてそれぞれがそれぞれの道を、歩み出していた。
その立役者であるカピバラ達は今日ものんびり、お昼寝なのだった。
新しい日々が、始まるーー。

お・し・ま・い

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Tomorrow is another day [WONDER : WONDER 外伝]

薄暗い午後三時。
遠くから雷鳴が聞こえた。
肌を掠める風は、いつの間にか冷たくなっている。
また、この季節が巡って来た。
晩秋。
祥太郎が、修太を失った季節だ。

空の星となり、一度復活を遂げた修太は、他の人間には見えない存在だった。
祥太郎にだけ見えるのだが、それが修太には嬉しかったようで、良く懐いてくれていた。

誰も来ない、小さな祠の前で。
修太は独り、立ち尽くしていた。
再会の日。
季節は違うが、空模様はちょうど、今日みたいなこんな雰囲気だった。
五年と八ヶ月前の事だ。
修太は、ずっと前から祥太郎に恋をしていた。
祥太郎に逢う為に、再び人間の姿で現れたのだ。
大聖神ゴーストに何度も懇願して。
だから、修太の姿は他の人間には見える必要がなかった。
何故なら、修太は六年前の交通事故で、空の星となったからだ。
生き返ったとなれば騒ぎになる。
だがまだ、それはいい。
それより何より、修太が人間の姿で居られるのは、五年だけ。
そう定められているのだ。
余計な事をしている時間はない。
これは遥かな昔からの、決まり事だ。
大聖神ゴーストが決めた事。
逆らう事など、出来ない。

祥太郎は修太と、念で話す事を覚えた。
それなら、誰にも怪しまれずに済むからだ。
そうでもないと、誰も居ない場所で祥太郎が独り言を言っているように、はたからは見えてしまうので、とても都合が悪いのだ。
修太は優しい子だった。
いつでも真っ直ぐに、祥太郎だけを見ていた。
念の方法も、手取り足取り教えてやっていた。
その為の力も、祥太郎は修太から授かった。
でも、幸せが長くは続かないというのは、初めから分かっていた。
先も述べた通りで、修太は、五年だけという約束で、祥太郎だけに見える人間の姿を得ていたのだ。
五年経つと無になってしまう。
残酷だが、仕方ないのだ。

修太は、母子家庭で育った。
修太のお母さんは、優しくて強い人だった。
陰口や無理解にも負けずに、一日も休まず毎日汗水垂らして働いていた。
修太の母は、息子である修太が真っ直ぐに成長してゆく姿を見るのが、何よりの生き甲斐だった。

曇り空のある日。
バスに乗っていた。
修太、通っていた中学の修学旅行で京都に行っていたのだ。
祥太郎は修太とは学年は同じだが、違うクラスだったので、バスは別だった。
あの忌まわしい、事故の日。
運転手とその真後ろの修太だけが、命を落とした。

葬儀で。
修太の母、棺に縋り付いて、狂ったように泣いていた。
祥太郎の目からも、堰を切ったように涙が溢れ出て止まらなかった。

修太は選ばねばならなかった。
五年だけ、誰か一人と一緒に居られる。
元々は修太が懇願した事ではあったが、これは神様の、温情のようなものでもあった。
もしもそれが祥太郎だったなら、或いは母を選んでいたかも知れない。
だが、修太は違った。
迷わず、祥太郎を選んだのだ。
その覚悟を知った時、祥太郎は思わず、息を飲んだ。

人の多い場所は落ち着かない。
自然と、大きくて静かな公園などが、デートコースになった。
手を繋ぐ。
温もりがあるのが、嬉しい。
祥太郎は、高校へは進学しなかった。
受験はしたのだが、合格した学校への入学を、ギリギリのタイミングで蹴ったのだ。
修太と片時も離れずに側に居たい、それが理由だった。
これまで我儘らしい事を言った事のない祥太郎の、これは珍しい我儘だった。

ヨーロッパの小国、マルタ。
眩しい程の、空と海の青さが魅力の、世界屈指のリゾート地。
ここにこれからの戦いの鍵を握る人物が潜伏していた。
その名は、リヒテンラーデ候。
彼は考えていた。
先に押さえるなら、どちらが良いか。
アジアか、ヨーロッパか。
彼はそれを、コイントスによって決めようとしていた。
表ならアジア、裏ならヨーロッパ。

表だ。
リヒテンラーデ候は、イギリスにある自らの拠点に移動して、戦力の集結を図る。
目指すは、アジア制覇だ。

リヒテンラーデ候には、切り札があった。
密かにライバル関係にあったブラウンシュヴァイク公を追い落とすのにも用いた、決戦兵器だ。
フェーブルと呼ばれるそれは、ロックオンしたターゲットをAIを用いて何処までも追尾し、装甲板をも突き破って内部から破壊するブロックと呼ばれるミサイルを主兵器とした、大型爆撃機群だ。
ブロックの特筆すべき特長は、その破壊力にある。
たったの一発で、ロンドン全域が灰と化す程なのだ。
そして、核兵器と違って土壌を汚染しない。
その為、制圧した地を迅速に再利用する事が出来る。
こうした訳で、何かと都合が良いのだ。

ロンドンからフェーブルの大群が飛び立つ。
一機につき、十二発のブロックを搭載している。
空中補給機や電波妨害艇の大群も、一斉に飛び立った。

その頃祥太郎は、修太を喪った悲しみにまだ溺れていた。
彼が居なくなってから、八ヶ月。
時は容赦なく流れてゆく。

祥太郎にはチラン耐性が豊富にあった。
父はチラン耐性を増幅させる事を目的とするチランブーストの研究者だ。
その道の権威である。
ある時父は息子・祥太郎にこう告げた。
「お前がアジアの盾となれ。私は精一杯のサポートをする。」
この時、既に最も大切な存在を喪っていた祥太郎は、覚悟を決めた。
「分かった。何をすればいい?」

その時だった。
大聖神ゴーストが突如現れた。
「君の、その決意を待っていた。君が立ち上がらなければアジアは救われない。だが、強制する事も出来ないのだ。」
この時、祥太郎は疑問を持った。
「神様でも撃退出来ない敵なんて、存在する事自体がおかしくないですか?」
これにはゴースト、無言だった。
無理からぬ事ではある。
神は一般に創生には絶大なる威力を発揮するが、中でも特にゴーストは戦いに関しては弱かったのだ。

事態は切迫していた。
電光石火の攻撃の為、中国は既に陥落しつつあった。
アジアが陥ちれば、次の標的はヨーロッパだ。
そして最後にはアメリカまでもが標的となる。
急がねばならない。

脳にプラグを差し込む。
祥太郎は全身麻酔の為に眠っている。
父はコンソールを操作しながら、チランブーストの具合をモニタリングしている。
「今だ!」
一気に限界の一歩手前までブーストを掛ける父。

アジアの大部分がシールドによって覆われた。
ブロックによる攻撃にも、辛うじて耐えている。
だが、いつまで持つか。
「頼む。耐えてくれーー。」

修太の母の元に、ゴーストが向かった。
実は修太の母も、チラン耐性の保持者だったのだ。
「あなたがこの世界で最後の、そして二人目のチラン耐性保持者です。世界を救ってください。力を貸して頂けるなら、修太君を復活させましょう。」
修太の母、ゴーストに縋った。
「本当ね!?本当なのね!?」
ゴーストは無言のまま、頷いた。

修太と祥太郎、幼馴染だった。
小学校の頃。
祥太郎は校内で孤立していた。
そんな彼に話し掛けた丸っこい同い年の少年、それが修太だった。
それからは、二人揃って毎日が楽しかった。
手こそ繋げなかったものの、実はこの頃から互いに仄かな好意を寄せ合っていた。
春は花見、夏は海にプール、秋はバーベキューに紅葉狩り、冬はスキーに温泉。
共に過ごした思い出の数々が、逆境でも二人を支えた。
振り返ってみればこの頃が、これまでの二人にとって最も幸せな日々だったのかも知れない。

事故の後。
修太が祥太郎の元にだけ戻って来て、それはもう嬉しかった。
二人共、喜びあったものだ。
その後の二人は、閉ざされた世界の中に篭って、ただひたすらに愛し合った。
当初の懸念とは裏腹に、周りの目など、最早気にならなかった。
時間がないのだ。
とにかく一緒に居たい、それだけだった。
周りからは祥太郎は少し変わった人だとは思われていたが、実際の所それだけなのである。
そう、どうって事はないのだ。

ゴーストは修太を復活させる。
これにはもう一つ、理由があった。
土壇場で修太が、世界で三人目のチラン耐性保持者だと判明したのである。
まさに、奇跡だ。

修太とその母、二人を連れてゴーストは祥太郎達の居る研究室へと向かう。
到着するも、再会を喜び合っている暇はない。
祥太郎の父、早速二人に全身麻酔を掛け、脳にプラグを差し込む。
チランレベルが一気に上昇するのだった。

リヒテンラーデ候は考えた。
このままでは破れてしまう。
では、どうすれば良いか。
ここでもう一つの切り札が登場する。
こんな事もあろうかと、ブロックをアジア各所の地下に配備していたのだ。
チランシールドの内側から発射をすれば、ミサイルは何の妨害をも受ける事なく、アジア各所を叩ける。
その数は少数ではあったが、それでも要衝に狙いを絞って発射すれば、効果は絶大だろう。

中国が、陥ちた。
祥太郎の父の研究室に、衝撃が走る。
ここで祥太郎の父はある決断をする。
まだ試験もしていない未完成の技術、チランブラストを使う事に決めたのだ。
更に、三人のチランレベルをコンソールで限界まで引き上げる。
これは三人の死を意味していた。
祥太郎の父はゴーストにこう告げた。
「これで駄目なら、終わりです。みんなで自爆しましょう。」
「すまない……。」
ゴーストは、その場に崩れ落ちた。

その時だ。
助手が声を上げた。
「大聖神様の力を使えば、新たに有効な兵器を作る事が出来るのではないですか?」
今まで気付かなかった事。
その手があった。
ゴーストの能力は、新しい物の創生にこそ存分に発揮される。
勝機は、まだある。

ゴーストはこの後の三人の犠牲を無駄にしない為にも、チランブーストビームキャノンを五百万基生み出した。
そして、マスメディアの力を使って大衆を扇動した。
他に手はない。
時間がないのだ。
こうしている間にも韓国、北朝鮮、さらにはロシアまでもが危険に晒されていた。

リヒテンラーデ候はロンドンに居た。
日本国内での不穏な動きを、察知していた。
劣勢と知って、兵の撤収を図る。
何も諦めた訳ではない。
後日の機会に賭けようというのだ。
これでひとまず、危機は去った。

再びマルタで。
リヒテンラーデ候は優雅なリゾートライフを満喫していた。
海を一望出来る豪邸。
テラスで寛ぐリヒテンラーデ候。
そこへゴーストがやって来た。
ナイフでひと突きにするのだ。
だが、甘くはなかった。
諸戦の結果は華々しくはなかったが、リヒテンラーデ候とその配下の研究者達は、データを解析した上で、キャノン型のチラン発生機を完成させていたのだ。
つい先日、リヒテンラーデ候の元に届いたばかりの代物だ。
神だけに一撃で消滅する事はなかったが、何度も連射されたせいで、その力は著しく衰えてしまっていた。

「お引き取り頂きましょうか。私の邪魔はしないで頂きたい。ご機嫌よう、さようなら。」
大聖神ゴースト、ここで息を引き取った。
だが、悪いことばかりでもなかった。
娘のユリイカが父の死を知って、駆け付けたのだ。
悲しんでいる暇もないのが、ユリイカには切なかった。

ユリイカには、とりわけ特殊な能力が備わっていた。
敵の力を吸収して、己のエネルギーとして再利用出来る。
そればかりか、状況に応じてそのまま反射する事も出来るのだ。
ゴーストとユリイカ、親子でありながらも長年に亘って敵対関係にあった。
父の方針が冷酷に思われたのが、その理由だ。
その認識は今も変わらない。
それでも今なら、父の気持ちも分からないでもない。
そもそも、ナイフでリヒテンラーデ候をひと突きにしようなど、あまりにも浅はかで無謀に思われた。
もしかしたら父は、自分に跡目を継がせる為にあえてこうした方法を取ったのではないかーー。
実際、戦闘能力に於いてはユリイカはゴーストよりも上なのだ。
また、ゴーストは亡くなった者達の復活には極めて消極的だったが、ユリイカが大聖神になれば、己の裁量である程度はそれらにまつわる掟を変える事が出来る。

父の仇だ。
ユリイカは、いつにも増して気合いが入っていた。
リヒテンラーデ候はチラン発生機を何度も連射するが、それがそのまま自分の体に跳ね返ってしまった。
即死だった。
ユリイカは、チラン発生機を回収して、中国へと向かう。

ユリイカは、ゴーストに代わり大聖神に即位、世界を統治する事になった。
その最初の任務は、中国の人々と建物の復活である。
全ての復活には一年を要した。
ゴーストなら三ヶ月で出来た事だろう。
これはゴーストとユリイカの、能力の方向性の違いによるものである。

ここで本来ならば日本へと向かうはずなのだが、リヒテンラーデ候一派の残党が再集結しており、蠢き出したのだ。
放置してはおけない。
リヒテンラーデ候一派の残党、今度はヨーロッパを制圧しようとしていた。
慎重に時間を掛けて、用意周到に準備を進めて来たリヒテンラーデ候一派の残党。
今度こそ失敗は出来ない。
本気だ。
かつてのリヒテンラーデ候の戦力はほぼ全てヨーロッパにある。
「まずいわね。すぐに攻撃が始まってもおかしくはない。急がなきゃ!」

ユリイカには、ミラーリングと呼ばれる能力が備わっていた。
チラン発生機によるエネルギーをミラーリングさせれば、或いは対抗出来るかもしれない。
先に攻撃をされたら終わりだ。
ブロックは強力だからだ。
ここでユリイカ、閃いた。
ブロックのエネルギーをそっくりそのまま反射させればいいのではないか。
これに必要なエネルギーは、チラン発生機をフル稼働させて、そこから補給すればいい。

上空にはフェーブルの大群。
動きに統率が取れていて、この日のために訓練を重ねて来た事が伺える。
手強い。
すかさずブロックが発射される。
ここでチラン発生機によるシールドを展開、ユリイカにより爆発のエネルギーは全て敵に向かって反射される。
フェーブルの大群は跡形もなく消滅した。

ユリイカは日本に居た。
翌日の事だ。
三人の遺体はもうない。
それでも大聖神であるユリイカになら、復活させる事も可能だ。
ただ一人を除いて。
「修太、か。三度目の復活は掟により禁じられているのだがな。」
「どうにかなりませんか?」
祥太郎の父が詰め寄る。
「掟を変えるのは簡単だが、この場合無理に復活させると三人とも短命になる可能性が極めて高い。三人の内の誰か一人が復活を諦めれば、出来ない事もないが。」
「それなら私が!」
祥太郎の父はそう言うのだが。
「駄目だ。お前にはチランブーストの研究という使命がある。ここは修太の母君に犠牲になってもらうしかないか。」
がっくりと肩を落とす、祥太郎の父。

ここでユリイカ、粋な計らいをする。
ほんの一瞬だけだが、修太の母も復活させるのだ。
これがユリイカの、精一杯。
これでも、特別なのだ。
修太にしても先の通りで、本来ならば二度も復活しているから、再度の復活は出来ないのが、これまでの掟だ。
世界を救った、これがご褒美なのだ。

白い光が辺りを包み込み、三人は復活を遂げた。
抱き締め合う三人。
修太の母には、己の運命が既に分かっていた。
だから言う。
「あなた達、二人で仲良く、助け合うのよ!もらったような命なんだから、大切になさい!しっかりね!」
消えてゆく修太の母。
「お母さん!お母さん!」
修太は叫び続けた。
やがて崩れ落ちる修太。
祥太郎は彼に、ただ黙って寄り添った。

祥太郎とその父、そして修太は一つ屋根の下で暮らす事になった。
父は研究で忙しく、家を空ける事は度々だった。
実は二人共、まだ抱き合った事もなかった。
二十歳を過ぎて、ようやく抱き合う二人。
それは本当に、甘くて温かい、幸せな幸せな時間だった。

二人は就職した。
学歴はないに等しい二人だったが、父のコネクションにより、小さな職場での仕事を得た。
スレンダーな体型の社員が多い職場で、丸っこい二人は目立っていた。
どういう訳か、修太を一号、祥太郎を二号と呼ぶ社員も居た。
特に意味はないようだったが、二人とも太っているから、そこから連想したのだろう。
ゲイフレンドリーな会社だったので、そこは助かった。

二人共にインドア派だった。
休みの日は、平日の内に通販で買っておいたコミックを、二人並んで読み耽る。
祥太郎の父の家は築年数は経ってはいるが広いので、しまう場所なら幾らでもあるのだ。
問題はない。

祥太郎の母は、父の助手だった。
不幸にも実験の際の事故で、還らぬ人となった。
やはり父も、妻である祥太郎の母の死後五年だけ、その側に居た。
その頃の父が挙動不審だった事を、祥太郎は今でも良く覚えているーー。

ユリイカの力で母を復活させる事も或いは出来たのかも知れないが、父には、新しいフィアンセが出来ていた。
挙式が間近いようで、フィアンセ共々慌ただしい。
そのフィアンセ、名を洋子と言う。
こうして四人での同居となった、祥太郎の父の家。
賑やかな食卓が、みんなにとって嬉しかった。

旅行に行った。
連休の折の事。
洋子も含めた、四人みんなでだ。
挙式も無事に終え、新婚旅行の代わりなのだ。
カピバラが温泉に浸かっている様を、皆で延々と見ていた。
何故だかやたらとそれが印象的で、皆カピバラを飼ってみたいと思った。
まぁ言うまでもなく、それは不可能に近い話なのであるが。

宿に戻って。
旅館の大浴場で。
男三人、裸の付き合いだ。
ここで祥太郎が一言。
「父さんのちんちん、大きいね。今更だけど、意識してまじまじと見たのは、これが初めてだからさ。」
これに父がカウンターパンチ。
「お前らが小さ過ぎるんだょ。さ、出るぞ。」
「うげぇ。お前のお父さん、厳しいな。」
ずーんと沈み込む、修太。
「気にしない、気にしない。もうすぐご飯だょ。美味しいもの食べれば、そんな事すぐ忘れるょ。」
そう、ここは親子だ。
祥太郎は余裕なのである。

海が見える。
見渡す限りの、大海原。
夕焼けが眩しい、夕食時。
四人揃っての、お部屋食。
「うわぁ!伊勢海老じゃんかぁ!」
「いぇーい!」
ハイタッチをして喜びはしゃぐ、修太と祥太郎。
こんな旅行は初めてなのだ。
流石は事実上の新婚旅行、豪華だ。
こうして二人の心の中からは、過去の悲しい出来事はあらかた消えつつあった。
それでも、母の死は二人にとっては忘れ難き特別な出来事なのだった。
それだけ、各々の母がそれぞれにとって大きな存在だったという事だ。

眠る前。
修太と祥太郎は並んで、手を繋いだ。
この平和が出来る限り長く続くようにーーそう祈りながら、二人は眠りに就いた。
世界を守った者達は、こうして安らかな時を取り戻した。
まだ行ける、まだ大丈夫ーーそんな想いが、一家四人の心を温めるのだった。

-完-

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