FC2ブログ

愛と、恋と、太っちょと -Essentials for Living-

「ねぇママ、俺の下着はどこ?」
「クローゼットの衣装ケース、一番上の段よ。いい加減、覚えて!」
俺は佐久治、高校三年生。
ちょいマザコン入り気味のゲイ。
ーーって、どんなんだ?
自分でもよく分からん。
頭が弱いので進学はしないし、家業の商店を継ぐので、今の時期は暇々。
似たような奴が一人居て、昔からの幼馴染だ。
名前は春太。
最近、彼氏になった。
告白は、どちらからともなく。
見た目、ちょい似てる。
太っちょなとことか。
体だけ見ると、お前らナルシストかって、そんな感じ。
顔はだいぶ違うんだけどね。
暇人同士、よくつるむ。
今日と明日は休日。
なので、二人で出掛ける事にした。

と、ここで問題児登場。
「兄ちゃん、お出掛け?僕も連れてって!」
俺の小学校六年生の弟、修二だ。
見た目は可愛いのだが、まとわり付いてくるので、正直ちょっと鬱陶しい。
今日は一応でぇーとなので、こいつは連れて行きたくない訳である。
が。
ここでママの一言。
「それがいいわ!修ちゃん、お兄ちゃん達に遊んでもらいなさい。佐久治、弟の面倒よろしくね。」
こう言われてしまっては、断る訳にもいかない。
「あいよ。修二、支度早くしろよ。すぐ出掛けるからな。」
「はーい!」
修二、嬉しそうだ。
しかしまぁ。
俺としては、春太がなんて言うか、今から心配だ。

三十分後、最寄りの駅前で。
無論、待ち合わせ場所。
春太、露骨に俺を無視する。
「修二君、こんにちは!可愛いね〜!」
ムカつく。
「おい、こんにちは!」
俺が声を荒げると、春太は一言。
「話が違う。」
結局、修二ばかり可愛がる春太を拝み倒して、どうにか許してもらった俺。
情けない。
で、当の修二はというと。
「僕、可愛いでしょ!」
アホか。

ちなみに、俺や修二がゲイなのは、両親共に知っている。
別に特段カミングアウトした訳でもない。
バレた訳である、アホ修二のせいで。
それは三年前の事。
寝ぼけた俺に馬乗りになってキスしようとしている修二の痴態を、ママが目撃したのである。
「あらあら、男同士で。珍しいわね。」
それだけの事だった。
呆気ない話だったのだ。
まぁ、ママはちょっと抜けた所があるので、助かった訳である。
パパはパパで、ママが怒らない話には、とりたてて介入はしない人なのだ。
ママを信頼しているからだと思う。
で、ママはめったに怒らない。
両親に恵まれて、本当に良かった。
俺、めんどくさい話や揉め事は、大嫌いなのだ。

「どこ行く?」
アクシデントの後。
まさか小学生を連れて二丁目に行く訳にもいくまい。
当然の事ながら、当初のプランは練り直しとなるのだった。
春太の声がカリカリしている。
まずい。
「まぁまぁ、まだまだ時間はあるし、とりあえずマックでも。奢るよ!」
途端に春太の声色が変わる。
「ほんと!?やった!僕、ビッグマックのLセット!」
修二も、これに乗じて。
「僕も、僕も!おんなじの!」
まだ朝だというのに、頭が痛い。
えらい出費になってしまった。
残念。

「で、どこ行く?」
マックで、再びの春太の声。
怒気が含まれていないのが、素直に嬉しい。
ここで、空気を読まないアホ修二の馬鹿馬鹿しい発言が、恒例の如く炸裂。
「ディズニーランドに行きたい!ね、いいでしょ!」
ギロリと睨む、俺。
修二、頰を膨らます。
やったぜ!
修二が頰を膨らませるのは、諦めたというサインなのだ。
物分かりのいい修二は、可愛い。
改めて、確認。

雨が降っていた。
一年前の夜。
修二が、泣いていた。
路上で、傘も差さずに。
失恋したのだ。
抱き締める、俺。
この時、確かに修二は可哀想だった。
告白して。
嫌われたのだ、相手に、露骨に。
それだけならまだ良かったのかもしれない。
しかし、である。
噂になって校内中に広まったのである、あっという間に。
それも、尾ひれが付いて。
曰く、変態修二が犯しただとか、変態修二が脱いだだとか。
で。
しばらく抱き締め合っていると。
「兄ちゃん、付き合って!」
何でそうなる!

水族館に来ていた。
無論、三人で。
安くはない入館料が痛いが、これ位は仕方ない。
しかしまぁ、春太は自分で払ってくれるのでいいのだが、修二はそうはいかない。
ポーカーフェイスを貫き通してはいるが、内心では俺、泣きたいのである。
ニコニコなのは修二だ。
それはそうだろう。
そもそも、呼ばれていない訳だし。
SEXまで混ぜてくれなどと抜かしたら、どうしてくれよう。
不安だ。

館内をゆっくりゆっくりと歩き回る。
俺も春太もここで時間を潰したいので、あえてそうしているのであるが。
ここでも、空気を読めない奴が一名。
「兄ちゃん達、もっと早く回ろうよー!」
またもやギロリと睨む俺。
修二は頰を膨らました。
結局俺達は、水族館に四時間半居たのだ。
これが限界。
綺麗だが小さい水族館なので、五時間も六時間も潰すのは、無理があったのだ。
でも、これでもよく頑張ったと思う、本当に。

近くの喫茶店に入ってお茶をする俺ら。
なんだかんだで金を遣う。
「兄ちゃん、腹減った!」
修二の指摘、もっともである。
このまま夕方まで騙せれば良かったのであるが、そうもいかないようだ。
春太はカミングアウト済みなので、そっちの家でも良さそうなものなのだが、ここは俺の家に向かう事にする。
それというのも春太の親御さん、カミングアウトした際にこう腐したというのだ。
「別にいいけど、勉強もしないで子供の一人も出来ない恋愛にうつつを抜かすだなんて、優雅なご身分ね。」
これでは春太の家には行けないので、選択の余地はないのだ。
そのまま泊まっていくので、春太は家に携帯で電話をする。
「いいわよ。進学しないから、暇でいいわね。」
春太の親御さん、ここでも腐す。
とはいえこれで春太とのんびり出来る。
良かった。
不満なのは修二だ。
「お昼ご飯は!どうせ家で食べるって言うんでしょ!何でレストランじゃないのさ!馬鹿!」
馬鹿はどっちだっつーの、本当にもう。
世話の焼ける。
仕方ないので、近くのガストに寄る事にした。
三人揃って、ミックスグリルのセットを頼む。
夕方まで、ドリンクバーを使ってダラダラと時間を潰すのだ。
修二、終始ご機嫌である。
良かった、そうでなければ。
そうそう、俺もママに連絡をしなければ。
うっかり忘れていた。
「あら良かった。今日は焼肉よ!」
流石はママ。
空気が読める、話の分かる人だ。
修二とは大違い。

交通事故に遭った。
二年前の事だ。
意識不明の重体。
当然俺には、その時の記憶はない。
なんでも、家族旅行の際にパパの運転していた車が、小型トラックに追突されたのだとか。
事故の原因は、相手方の居眠り運転だったらしい。
ママとパパ、それに修二は無事だった。
俺は、内臓を損傷していた。
臓器移植をしなければ助からない。
これにママが真っ先に手を挙げたらしい。
俺はママの愛のお陰で生かされているのだ。
感謝してもしきれない。

それにしてもつくづく思うのは、人間十何年も生きていると、色々とあるもんだなぁ、という事。
先日も、ちょっとした事件が起こった。
三年前の強姦未遂事件を機に、俺と修二の部屋は晴れて別々になったのだが。
今年に入ってからのある日、修二に用事があるので部屋に入ってみると。
修二、なんと姿見の前で自分の裸を見ながら自慰行為に耽っていたのである。
今思い出してもバツが悪い。
そういえば自慰行為中にはドアハンドルに「Do not disturb ! 」のカードをぶら下げておく事になっており、この時も下がっていたのだが、俺が見落としたのだった。
修二、それはもう大騒ぎだ。
無理もないのだが、俺にはドアを閉めて退散する以外にその場を切り抜ける方法が思い付かなかった。
そそくさと、あてもなく出掛ける俺。
その日は結局、修二とは口を利かなかった。
翌朝、「Do not disturb ! 」のカードがないのを確認して、修二の部屋に行ってみると。
懲りもせずに、開口一番。
「兄ちゃん、SEXしよ!」
流石は我が弟、アホさMAX。
とはいえ、これで修二と仲直り出来た訳で。
単純な奴で助かった。
そんな話もあった。
もちろん、SEXはしない訳である。
してたまるか、仮にも肉親、しかも小学生と。
でもまぁ、俺としても興味がない訳では……おほん!

夕方、俺の実家で。
パパ、ママ、俺、春太、修二の五人で焼肉パーティーだ。
考えてみると、五人中ママを除く四人がデブな訳である。
異様な光景とも言えよう。
で、出てきたお肉が二・五キロ。
流石はママ!
愛してるー!
みんな揃って、「いただきまーす!」
みるみる内になくなるお肉。
無言で喰らう俺達。
部屋が暑く感じる。
空調はしっかり効いているというのに。
あっという間に、「ごちそうさまでしたー!」

夜、俺の部屋で。
事に耽る、俺と春太。
そこへなんと、修二がノックもせずに入ってきた!
「Do not disturb ! 」のカードも無視して!
「僕も混ぜて!」
見るとプンスカプンスカ怒っているではないか。
どうしようか。
春太は春太でどっちらけといった感じだし、もうどうにもならない。
そこへまた間の悪い事に、ママが通りすがる。
「あらあら修ちゃん一人じゃ寂しいわよね。一緒に寝てもらいなさい。」
もう涙が止まらない。
喜色満面の修二を無視して俺と春太は眠る事にした。
「あ、なんで兄ちゃん達寝ちゃうんだよ!僕もSEX、混ぜてよ!」
「うるさーい!黙れクソガキ!俺達は寝るんだ、お前も黙って寝ろ!」
背後では、しくしくと泣く修二の声が響く。
ここはガン無視。
決まっている。

修二に言わせると、俺は幼い頃から憧れの存在だったらしい。
よく考えてみれば、俺はそんな修二の気持ちに薄々気付いていながら、無視を決め込んできたのだった。
それでも、それが残酷だったとは思わない。
だってそれが兄弟ってものだろうと、俺は思っているからだ。

それから一ヶ月が経って。
俺と春太は、根負けした。
修二の執念にである。
そもそも一年前に恋をして振られた相手も、俺にそっくりだったというではないか。
一度経験させてみないと、分からない事だってあるだろう。
その内に飽きる、それが俺達二人の出した結論だった。
近親相姦である。
バチが当たりそうだ。
勘弁して欲しいものである、全く。

それから、長かった。
実に半年である。
季節は春になろうとしていた。
俺と春太、もうすぐ揃って高校を卒業、それぞれ家業の店で働くのである。
二人共実家が店なので、その点では気が楽だ。
転機は、意外な所から訪れた。
修二が、リスを飼い始めたのだ。
ペットショップで一目惚れしたらしい。
それから修二は、俺と春太のSEXに混じろうとしなくなった。
夢中なのだ、リスに。
リスの名前は、ピックル。
修二の命名だ。
このリス、動きがとにかくコミカルなのだ。
そして何と、喋る!
まるでダンスでもしているかのように、気忙しく歌いながら動き回る。
可愛い。
夢中になるのも、分かる。

ピックル、他に芸はないのかと思い聞いてみるのだが。
「残念だけど、喋って歌って踊れるだけ。他にはなーんにも!」
でも、喋るだけでも十分だ。
「今幾つ?」
ピックルに歳を聞いてみる。
「まだ一歳にもならないょ!」
おやまぁ。
でも何で喋れるんだ?
そう思ったので再び聞いてみると。
「突然変異らしいょ。物心ついた時にはもう言葉は覚えてたんだ。お兄さん達、僕を飼ってくれたから、いい事あるょ!当たり!」
まぁ弟に似て自己アピール精神旺盛なのである。

夏、俺の一家と春太とで、日帰りで海へドライブ。
ピックルも一緒だ。
海水浴場へ到着し、ビーチパラソルを広げる。
ピックルは小さなテーブルの上で玉乗りの曲芸を披露。
人が集まって来たので、「喋っちゃ駄目だょ」と注意。
結局泳ぐのもそこそこに、ここでもピックルに夢中な俺達なのだった。

季節は過ぎゆき、秋。
相変わらず俺達一家とピックルは、仲が良かった。
そんな中、悲劇は突如訪れる。
庭に干してあった洗濯物を取り込む母、足元がよく見えていない。
グニュ。
嫌な予感がした。
修二、顔面蒼白である。
ピックル、そのまま気を失った。
修二の叫び声が、家中に轟いた。
「あーーーーー!!」

それ以降、修二は引きこもりになった。
鬱になってしまったのだ。
つられてママまでもが、自律神経失調症に。
ママなりに責任を感じているのだろうが、しっかりして欲しい。
ピックルは息はあるが、目覚めない。
多分、普通のリスなら死んでいる。
動物病院で点滴をしてもらいながら、目覚めるのを待つしかない。
それから俺は、毎日仕事帰りにペットショップに通い詰めた。
ピックルの代わりになりそうないい子が居たらと思って立ち寄る訳であるが、なかなか目ぼしい子は見つからない。

再び季節は移ろい、春がやってきた。
相変わらず修二は、学校へも行かずに引きこもり。
母も具合が悪い。
どうなっているやら。
そんな折、すっかり行きつけとなったペットショップで、俺は素敵なリスと出会う。
動きがコミカルで楽しい。
「お兄さん、飼ってよ。」
どこからかそんな声が聞こえた。
試しに離れてみると、他のお客さんの前では大人しい。
決めた。
修二への、これがプレゼントである。
帰宅して早速。
修二を俺の部屋に呼んだ。
ルロイ・アンダーソンのタイプライターをライブラリから選曲して、準備は完了。
気怠そうにして弟が現れるのだが、曲に合わせてコミカルに歌い踊るリスの姿を見て、目の色が変わった。
「兄ちゃん、この子、どうしたの?」
「プレゼント。大事にしろよ。」
思わず抱き付いてくる修二。
嬉しいのだが、ろくに入浴していなかったせいか、体臭が……。

新しいリスの名前は、ピックル二号となった。
そこへ動物病院から連絡が。
遂にピックルが目覚めたのだ。
これには家中が喜びに湧いた。
ピックルはピックル一号と名前を改め、ピックル二号とコンビを結成。
これまで以上に賑やかに曲芸を披露してくれるようになった。
それから修二は、人が変わったように活発になった。
ピックル一号・二号のお世話に、遅れている勉強に、ゲームセンター通いにと忙しい。
修二、学校にも再び通うようになった。
そこではゲームセンター繋がりで新たな友達も出来たようだ。
その子、家で一度見かけたのだが、やはり丸っこいのである。
下心が透けて見えるようで、兄としてはなんだかなぁ、といった感じ。
それにしてもまだ中二で良かった。
高校受験にもどうにか間に合う事だろう。

ママも復活した。
この頃、趣味のお料理の腕が冴え渡っているのだ。
身体も軽くなったようで、こちらとしても嬉しい。
やっぱり俺の愛するママは、こうでなくちゃ!

温泉旅行に出掛けた。
一家四人で、箱根へ一泊。
お店があるので、近場での一泊が限度なのである。
みんな元気になったからという事で、快気祝いのようなものだ。
一泊なので観光はしない。
お宿で一日寛ぐ、そういうコンセプトの旅なのだ。

ロマンスカーで箱根湯本に到着。
登山鉄道に乗り換えて、三十五分。
強羅だ。
今回のお部屋には、何と露天風呂が付いている。
期待大だ。
春太も連れて来たかった。

静かなお部屋。
やる事といえば、携帯いじりとテレビ観賞。
なんだ、実家にいる時と変わらないじゃんね。
強いて言うなら、パソコンがないのが、辛いかな。
携帯は画面が小さいから、見辛いのだ。
毎日の日課となっているエロ動画巡りも、こんな雰囲気だとする気も起きない。
だいたい、携帯でエロは、ちょっとねぇ。

食事が美味しい。
気が付いた一番の事。
皆で舌鼓を打つ。
量がちょっと、物足りないかな。
でも、素敵だ。

入浴は修二と一緒。
緑豊かな庭園の景色を堪能出来る。
しかし、虫が寄ってきそうで、なんとなく落ち着かない。
「兄ちゃん、虫怖いんでしょ!あはは!大丈夫だよ、虫がいたら、僕が追い払ってあげる。」
結局は嫌いな虫はやって来ず、何事もなかった。
たまたまかも知れないが、良かった。

就寝。
至福のひと時。
修二と、二人並んで。
久々に手なんて繋いでみる。

こんな幸せがいつまでも続けばいいのにな、そんな風に思いかけた頃から先の記憶がない。
気付けば朝。
もう帰り支度だ。
早いものである。
その前に朝食だ。
美味しいけれど、もっとがっつり盛って欲しい、そう思う俺は、ここのお宿には向いていないのだろう。
食後、パパが一言。
「帰りにどこかで、あんみつでも食って帰ろうな。腹が物足りなくて駄目だ。」
みんなで、笑った。

帰宅してケージを見るとピックル一号と二号、珍しく眠っている。
が、ケージのある居間が騒がしくなってくると、むくりと起き出して、歌いながら踊り出す。
まるでチップとデールだ。
いつも通りの事ではあるが、サーカスの曲芸でも見ているかのようで、みんな思わず、笑った。
ピックル二号も、すっかり我が家の一員だ。

愛に生かされ、恋に絆され、太っちょにめろめろ。
そんな俺達の日常。
どれも欠かせない。
手放すもんか、そう決めたから、大丈夫、きっと。
俺はこう見えても頑固なのだ。
みんなで手を取り合って、明日からもさぁ、出発だ!

お・し・ま・い

続きを読む

関連記事

三毛猫と白猫 [ミミちゃんズ・ふぁいなる]

空の碧さと海の碧さが交差する。
ここは俺の生まれ育った場所、沖縄。
俺の肌は浅黒いが、別に焼けているからではない。
元々、地黒なのだ。
昔から食いしん坊で鳴らしていただけあって、体はでかい。
今は通っている東京の大学の、夏休み。
「母ちゃん、飯まだー?」
「はいはーい!ちょっと待っててね。」
実は俺、初恋はまだだ。
遅いのだ。
母は言う。
「あんたなんかに、嫁さんの来手なんてあるのかしらねー?」
「ないかもねー。」
俺は適当に返すのだが。
これに父が怒った。
「それじゃ何か?俺達の老後の面倒、お前一人で見るっていうのか?まさか親を見捨てるわけじゃないだろうな?あ?」
凄い剣幕だ。
これでは、喧嘩を売られているのと同じだ。
勘弁して欲しい。
ここで母さんの助け船。
「こんな島で貴重な休みに店の手伝いをしてくれてるだけでもありがたいのよ。あんまり無理な事は言わないであげて。嫁さんの方にも、選ぶ権利はあるのよ。」
最後で腐す辺りが、いかにも母らしい。
「まぁ、それもそうだ。もっともだ。こんな暑苦しいデブ野郎を旦那にしたいだなんて酔狂な女の子は、そうそうおらんだろうからな。無理だとは思うが、お前、少し痩せてみてはどうか?」
また無理難題を。
そもそも骨格から変えないと、スレンダーになどなれっこないのである。
だいたい父も似たようなものなのだから、分かりそうなものなのに。
ここでまたもや母の助け船。
「さ、支度出来たわよ、ご飯!冷めない内にどんどん食べてね。嫁さんよりも、命の方が大事だわ。無理なダイエットは体に悪いわよ!」
こんな風に、この頃は母に助けられてばかりだ。
少しは親孝行もしたいものである。

今日も朝から、店の手伝い。
店とは、父が経営するレストランの事である。
ここ沖縄では、老舗だ。
実は俺は、調理師免許を取ろうと思っている。
父からみっちりとイロハを教わっているので、独学でも行けるだろう。
大学を卒業したら父の店で本格的に働いて、準備が整ったら受験するつもりだ。
大学で学んだ知見や広がった視野を、いずれは店の経営にも活かしてゆきたい。
「いらっしゃいませ。」
早速の来客。
スーツ姿の男性が一人。
お水とおしぼりを置くと、その男性、にっこりと笑ってくれたのだが。
その瞬間、軽い目眩がした。
「君、大丈夫?」
お客さんに心配される始末。
そそくさと奥に戻って、父の手伝いに戻る。
「少し休むか?」
珍しく父がそう聞いてくるので、俺は首を横に振った。

それから毎日同じ時間に、そのお客さんは来店するようになった。

ある日。
父はトイレに向かう。
厨房には誰も居ない。
俺はコップとおしぼりを置いて下がろうとする、のだが。
「良かったら連絡して。友達になろう。」
いつものお客さん、名刺をくれた。
俺は黙って受け取って会釈をすると、名刺をポケットに入れて厨房に戻った。

恋をした。
あのお客さん、俺には天使のように見えていた。
それは、嘘偽りのない真実だ。
まぁ天使とはいっても、当然の事ながら年上ではあった訳であるが。
二十歳を過ぎて訪れた、これが初恋だった。

半年後。
俺はベッドの上で、あの時のお客さんに組み敷かれていた。
彼はテクニシャンだったので、当初は遊び人ではないかと警戒していたが、実際の所はそうでもなかった。
彼の告白で、俺達は共同生活を始める事になった。

島を離れる時、俺達の関係に気付いていた父は、見送りにも来てくれなかった。
仕方ない。
だが母は、涙ながらに手を振ってくれていたーー。

彼はしばらくの間出張で沖縄に来ており、住まいは東京にあったのだ。
大学には引き続き通っていた。
残りの学費を工面してもらえたのもひとえに、母のごり押しが効いたからである。
そうでなければ中退していた。
奨学金など、考えられなかったからだ。
取り立てがとにかく、怖かった。
だから本当に、骨身に沁みてありがたい。
それまで住んでいた寮は、引き払った。

彼は賃貸マンションの一階の部屋に住んでおり、窓辺にはいつも三毛猫が居た。
ある日気が向いて猫を室内に入れてみると、これが喋るのである。
正直、驚きでひっくり返りそうになった。
「こんにちは、私はミミ。この頃少し調子が悪いから、飼ってくださると助かるわ。お礼はいつかきっと、するから。」
そう言われたら、飼う他ない。
正直、お礼は期待していなかった。
喋る猫がいるーーそれだけでも、十分に面白いからだ。

喋る猫、その話を聞ける人間は、限られているらしい。
だが、居ない訳ではない。
むしろそれなりの数は居るのだ。
例えばのちに分かった分も含めると、俺やその両親に泰孝さんと、パッと思い浮かぶだけでもこれだけ居る。

で。
すぐに気付いた事だがミミ、喋るだけあってトイレも粗相をしないし、何かあっても引っ掻く事もないから、実に飼い易いのだ。
これには、島のお店の以前のお客さんでもあった相方の泰孝さんも、感心しきりだった。
餌はとびきり上等の缶詰が、大のお気に入りらしい。
贅沢な奴め。
それはそうと、調子が悪いというのは気掛かりだ。
泰孝さんとも相談して、ミミを二人で動物病院に連れて行く事にした。
結果、内臓疾患という事で、すぐに手術となった。

無事に手術を終えたミミであるが、しばらくの間は静養が必要との事。
野良猫だった旨を告げると獣医の先生、これからはずっと飼ってあげてくださいと言う。
帰ってから「うちの子になるかい」とミミに尋ねると、嬉しそうに「ありがとう」と言ってくれた。
きっとこれまで、病でしんどかったのだと思う。
そのまま放置されていたら、一ヶ月もすれば亡くなっていただろうと言うのだ、獣医の先生。
助かって良かった。
こんなに珍しい猫、死なせていい訳がない。

部屋の窓辺に、小さなチェストを置いた。
ミミの日向ぼっこにちょうどいいだろう、という事で。
泰孝さんの提案だ。
実は泰孝さん、動物はちょっと苦手だったらしいのだが、ミミは賢いから大丈夫、との事。
ミミ、つくづく運のいい猫である。

それからはそのチェストの上が、ミミのお気に入りの居場所となった。
休みの日、ミミや泰孝さんに囲まれて一日を過ごしていると、時間の流れがゆったりとしているように感じる。

引越しをする事になった。
俺の大学卒業がきっかけだった。
泰孝さん、沖縄に魅せられていたのだ。
沖縄支社への転勤を申し出て、認められたのだった。
住まいは、俺の実家だ。
古いが、とりあえず広いのでなんとかなるだろう。
おかんむりの父を説き伏せてくれた母には、感謝してもし切れない。
もちろん、ミミも一緒に引っ越しだ。
きっと店のいいマスコットになるだろう。

出発の前夜。
ミミはたくさんの猫達に囲まれて、嬉しそうだった。
「モモ、ルル、ララ、後はよろしく頼むわね!」
「任せて!ミミ、幸せになって!」
猫同士でじゃれ合う姿はまるで、子供のようだった。

泰孝さんにとっては、住み慣れた家の前。
空は、抜けるように碧い。
出発の当日。
空港へと向かうタクシーに乗り込む二人。
その様子をたくさんの猫達が見届ける。
はたから見れば異様な光景だ。
それでも。
ミミの友達からすれば、そんな事は関係なかった。
たくさんの声に送り出されて、ケージの中のミミは、確かに幸せだっただろう。

那覇空港に到着すると、俺達はタクシーで実家へと向かった。
車から降りてびっくり。
父と母が、門の前で待っていたのだ。
今日は店の定休日だから、大丈夫だったのだろうが。
それにしても、父が居るのが意外だった。
父と母は、笑っていた。
「男同士でも、二人も居れば安心かもな。老後の面倒は、よろしく頼むぞ!」
父がそう言うので、俺と泰孝さんは揃って、親指を立てた。

夜は地元の人も呼んで、宴会。
何と、俺と泰孝さんの仲は、町中の人間に知られていた。
好奇の目に晒されるが、これも仕方のない事。
強く、強く生きるしかない、そう思った。
良い事ばかりは続かない。
当たり前だ。
時には辛抱も必要なのだ。

縁側で、泰孝さんと二人並んで。
「これから、難しい事もたくさんあるかもしれないけど、末永くよろしくな!」
そう言われて、抱き付いてみた。
みんなから、からかわれる。
それでも、良かった。
俺と泰孝さんとの関係、父が公にしたらしいのだが、伝え方が上手かったようで、村八分的な最悪の事態は免れた。
だから、良かった。
ゲイという存在がいかなるものであるか、理解していないような向きもあるにはあったが、まぁいい。
ハブられないだけ、まだマシなのである。
とりあえずこんな感じなので、何とかなるだろう。
この町が田舎過ぎないのが、幸いした。

俺は父に、見た目が似ている。
だから泰孝さん、こう言った。
「親父さんの顔を見て、似てるなって。それで安心したんだ。この分なら一生でも側に居られるだろうから。」
俺は涙が止まらなかった。
この人の手は離してはいけない、深くそう思った瞬間だった。

沖縄に着いてから、ミミは野良の白猫と仲良くしているようだ。
相手は、雄。
カップルの誕生かな?
興味津々。

休日。
俺と泰孝さんとミミと白猫、揃って縁側で日向ぼっこ。
長閑な時間。

黒い影が近付く。
次の瞬間!
酩酊状態の男が庭に侵入、酒瓶を持ってミミに襲いかかった。
間一髪、難を逃れたミミ。
それでもなお、男は怯まない。
ピリピリとした緊張感。
ミミがここで叫んだ。
「あなた、これ以上やったら承知しないわよ!交番の前まで吹っ飛ばしてやるんだから!」
男、驚きで一気に酔いが覚めた様子。
ふらつく足取りで、自宅へと戻っていった。

その半月後。
噂を嗅ぎつけたマスメディアの記者達が猫の喋り声をたまたま聞いて、その映像を隠し撮りしてしまったせいもあって、俺の実家や父のレストランは、観光名所となってしまった。
喋る猫。
最早、社会現象である。
聞こえる人間は本来一部であるはずなのだが、テレビで映像が流れてしまったせいで、人々が押し寄せてしまったという訳なのだ。
店はそのお陰で繁盛しているのだが、当のミミ達はどう思っているのだろうか。
心配だった。
しかし、そんな思いも他所に、ミミは思いの外落ち着いていた。
むしろ、堂々としている。
やがて沖縄には、実際に話し声が直に聞こえるかどうかはともかくとしても、ミミ見たさに観光客が国内外の各所から訪れるようになり、その経済効果は計り知れなかった。

それから、一年が経った。
ミミはようやく、全快した。
ミミのパートナーは、ニーニと言うらしい。
ミミの力のお陰で喋れるようになったばかりだ。
この二匹のお陰で、実家が新しくなった。
キャッシュで建て直したのである。
父が。
前の建物よりはこぢんまりとしてはいるが、使い易いのが良い。
一応、二世帯住宅だ。

ミミとニーニとの間には、子供が生まれていた。
子猫達がまた可愛い。
この子猫達もミミの力で喋れるようにするんだそうな。
この魔法、最近習得したのだとか。
勉強熱心である。
実にありがたい。
と、思っていたのだが……。

それからしばらくすると父の店の前には、喋る猫・ミミとニーニと子猫達の、小さな銅像が立った。
役所からの要望で、是非にという事でそうなったのだ。
最初は気ままに、家と店とを行ったり来たりしていた猫達だったが、この頃はずっとお店の前に陣取っている。
皆猫達を可愛がってくれるので、嬉しいやら助かるやら。

危機は忍び寄っていた。
ミミやニーニ、それに子猫達がちやほやされているのを気に食わないギャング猫達が居たのだ。
ギャング猫達は相談して、夜襲をかける事にした。
全快したミミの事だ。
これは察知していた。
ここでミミ、最近入手したという小瓶を取り出す。
『大丈夫なのか?』
心配しながら見ていると、瓶の中の液体をそこら中に振り撒いた。
するとギャング猫達、へなへなと崩れ落ちた。
「チャンスよ、光彦さん、泰孝さん!ギャング猫達を車に載せて、出来る限り遠くまで連れて行って逃がしてあげて!しばらくは薬の効き目が続くから、なるべく遠くがいいわ。よろしくね!」
結果的には、この危機はこれで去ったのだった。
ミミにかかれば、呆気ないものである。

それからもミミはレストランのマスコットとして人気だった。
危険もあるので、本当は静かな所でのんびりして欲しかったのだが、お客さんの要望ともあれば、そうはいかない。
猫達には常に誰か店の従業員が付くようになった。
大袈裟だが、やむを得ない。

店を増築する事になった。
夏場の炎天下など、長時間お客さんに待ってもらうのが、いたたまれなくなったからだ。
まぁせっかく来てもらった所で、猫達の声が聞こえないお客さんもそれなりには居るのだから、それも申し訳ないので。
店の増築の資金も、猫達のお陰で捻出出来た。
素晴らしい。

だが、悲劇は突如訪れる。
何と猫達、喋れなくなってしまったのだ。
酷使し過ぎたせいで、黒秘岩の力がなくなってしまったようなのだ。
ミミがニーニや子猫達に力を分け与え過ぎたのがいけなかったらしい。
黒秘岩の秘密は、沖縄への移住前夜の宴で、モモから聞いていた。
そういえばモモ、心配していたっけ。
頻繁ではないものの、定期的に黒秘岩の影響を受けていないと、力が徐々になくなっていくらしいので、頑張り屋のミミが無理をし過ぎないか、そんな事を考えて、心を痛めていたのだ。

お客さんみんなの期待には応えたい。
でもこのままだとそれは不可能だ。
だからお店の休業日を月に一日増やしてそこを連休にして、その度に黒秘岩のある場所まで出掛ける事にした。
遠いのだが、仕方ない。
別に北海道に行く訳ではない。
何とかなる。
しばらくの間黒秘岩の側で猫達に寄り添っていると、こちらまで元気になって来るような気がするから、不思議だ。
ここに来るとミミ達は他の猫達と再会出来る。
みんな、嬉しそうだ。

沖縄に戻ると、猫達はすっかり調子を取り戻していた。
心配していたお客さんも、一安心だ。
それにしてもミミ、今時珍しくウインクなどするのだ。
そんな事をする存在など、絶滅したのかと思っていた。
なのでからかってみると、「あら、失礼ね!」と言って、ぷんすかぷんすかご機嫌斜め。
仕方ないので極上の缶詰を今日だけ特別に、三缶もあげてみた。
不公平になるといけないので同じ数だけ各猫にあげるのだ。
まぁ、仕方ない。
身から出た錆とはこの事だ。

で、ウインク、お店では好評なのである。
ちょっと驚き。
得意げなミミもまた、可愛い。

冬。
二人して綾織りの比翼仕立ての薄手のハーフコートを羽織って、海辺をお散歩。
こんなに薄着で街を歩けるのが凄い、と泰孝さんは言う。
ある意味、カルチャーショックだったのだそうな。
考えてみれば、下はTシャツ一枚なのだ。
これは確かに、素敵だ!
さすがは我が故郷、沖繩。
もちろん猫達も一緒、側に居る。
子猫達、大きくなった。
早いものである。

子猫の名前はピピ、ムーム、ハロルドだ。
ハロルドだけ雰囲気の違う名前なのは、ご一興。
特に意味はない。

ちなみに猫達、お店の中だと衛生面での問題が発生する可能性があるので、外のベンチに座っている。
定位置なのだ。
撫でるだけで去ってゆく外国人観光客などにも、ウインクをして、愛想がいい。

親戚の子がやって来た。
しばらく預かるらしい。
面倒は母が見る。
父と俺はお店でてんてこ舞い、泰孝さんも仕事で忙しい。
親戚の奥さん、本当は育てたいのは山々だったのだが、旦那さんが働かない上に暴力を振るうという事で、泣く泣く手放したのだ。
旦那さんとは離婚する方向で考えているそうで。
それはそうだろう。
俺だってもしも同じ立場に立たされたなら、きっと同じ対応を取るに違いないのだ。

みんな、大変なんだな。
自分は恵まれている、この頃とみにそう思うのだ。

季節は巡って。
また冬がやって来た。
まぁそうは言っても、沖縄だから、そこまで寒い訳ではない。
さすがは日本で唯一の亜熱帯である。

親戚の子、名前は雄太と言うらしい。
俺や泰孝さんと同じで、童顔デブだ。
肌の色は、三者三様なのだけれどね。
顔立ちもそれぞれ違う。
泰孝さん、雄太とは適度に距離を置いているようなので、ひとまず安心。
というよりもまだ雄太は、子供なのだった。
何を考えていたのだろう、自分。
嫉妬でおかしくなったか。

喋る猫がたまたまクローズアップされた結果、モモやルル、ララなどに害が及ぶようになっていた。
正直、以前のミミはこのままでもいいと思っていた節がある。
いい加減喋れないふりをするのも辛い訳だし、そもそも猫の話を聞き取れない存在も、一定数は存在する。
もういいだろうと思っていた訳だ。
第一、広まり過ぎた噂の記憶を無理に消そうとすれば、自分達がこの後死ぬまで喋れなくなってしまう恐れがあったというのもあった。

しかし、そうも言ってはいられない事態が続発する。
各地の喋る猫を拉致しようとする不届き者が後を絶たなかったのだ。
これでミミは決意したようだ。
ミミ、ニーニ、ピピ、ムーム、ハロルドは持てる力の全てを使って、世界中の多くの人々から喋る猫の記憶を残らず消す事にした。
「光彦さん、泰孝さん、今まで本当にありがとう!これからは喋れないただの猫になるけれど、これからもよろしくお願いするわね。」
言われなくても、もちろんだ。
俺も泰孝さんも、涙が止まらない。

翌日。
実家や店は、綺麗になった状態のまま。
これはもしかしたらミミからの、最後のプレゼントなのかも知れない。
銅像は綺麗さっぱり消えていた。
設置してあった場所からも、人々の記憶からも。
実に対照的だ。
まぁ銅像なんて正直、要らないのだ。

猫達は店先のベンチでいつも日向ぼっこ。
喋れなくなっても、マスコットぶりは健在だ。
お店に来たお客さんは大抵話しかけたり撫でたりしてゆく。

みんな喋れなくなっても、知能は高いのだろう。
まだやんちゃな子供の雄太がやって来ても、平然といなす。
大したものだ。

季節は過ぎゆき、雄太は母親の元へと帰って行った。
あんまり遊んでやれなかった事には、後悔している。

取材のクルーや喋る猫目的の観光客が居なくなって、店にはのんびりとした空気が戻った。
でも、猫達のお陰もあって、お客さん、それなりには来てくれている。
俺は調理師免許を取得した。
元々手先は器用だし、自分で言うのもなんだが頭も悪くはない。
親の金で島からわざわざ東京の大学に通う為に、上京した位なのだ。
当然だ。

ミミ達がかつて喋れた事を知っているのは、元からミミ達と交流があった人達だけ。
彼らは皆、口が堅いのだ。
だから願いを聞いてもらえた、というのもある。
我が家のみんなもそうだ。
喋れなくなっても、ミミ達の事が可愛くて仕方ないのだ。

ミミは無数の人達を助けて来たらしい。
ようやく定年、そんな所だろう。
人々の記憶からは徐々に消えても、ミミが振り撒いた幸せの数々は消えない。

みんなを幸せにして来たミミ、今度は彼女達が幸せになる番だ。
のんびりとした島の中で、俺達もまた、幸せだった。

お・し・ま・い

続きを読む

関連記事

unlimited force [WONDER : WONDER 外伝]

「美は時に不便なものである。
それでも美を欲するというのが、人間の性というもの。
これは人に対しても当てはまらないだろうか?
高貴で美しい人は手が掛かる。
その点、お前のような平民ならば、こちらも気を遣わなくて済むという訳だ。
どうだね、今夜。
もっとも、お前には拒否権などないのだから、聞くだけ無駄だがな。」

カストロール公爵は、亜麻色の髪の丸っこい少年を視界の中に収めていた。
少年は、歯軋りしている。
悔しいが、命が惜しい少年は、歯向かう事が出来ない。

ここパドワール王国は、日本の西方にある独裁国家だ。
ライデルベルク王家が代々治めて来た小国である。
小国であるのに他国から侵略されないのには、それなりの訳がある。
パドワール王国の上空には、無数の浮遊型ミサイル発射台が浮かんでおり、敵の侵入を防いでいるのだ。
この発射台を発明した男の末裔が、今のカストロール公爵なのだった。
発明の栄誉に対して、ライデルベルク王家は爵位を与える事で報いたのである。

カストロール公爵家の現当主は、ビサールという。
ビサール・フォン・カストロール、これが彼のフルネームである。
両親には先立たれており、少し前まで良く出来た両親を持っていたというような、典型的な放蕩息子だ。
名門を一代で潰しかねない、そんな雰囲気もあるにはあったが、その事を面と向かって口に出来る者など、彼の周りには何処にも居なかった。
彼の権威は、砂上の楼閣のようなものだったのだ。

開放された少年は、街をうろつき歩いていた。
カストロール公爵は、彼にしてみればただのいけ好かないじじぃだ。
そんな男に花の十代のバージンを捧げたのであるから、やさぐれたくもなるというもの。
しかもカストロール公爵からは、また連絡があるかもしれないというおまけ付き。
待っている間は、恋愛も禁止されている。
性病を持ち込ませない為だ。
よほど気に入られたのだろう、少年には二十四時間三交代で、休みなく監視役の兵士が付いている。
隙がない。
息が詰まる。
苦しい。

少年の名は、ディンケル。
母子家庭に生まれ育った、名もなき魔法使い。
本来なら魔法でこの苦境から脱する事が出来る筈なのだが、魔法使いだと知られては厄介な事情がある。
巷で、魔法使い狩りが横行しているのだ。
少しでも怪しまれれば火炙りだ。
逃れる為には魔法を使うしかないのだが、中には魔法を知らない一般人も混じっている。
そうなると、もう焼かれる他ないのだ。
残酷ではあるが、パドワールに於けるこれが、現実なのである。
この頃、地球全土を中世的退廃が覆い尽くしていたから、何もパドワールだけが特別だった訳ではないのだが。

ディンケルにはもう一つ厄介な事情がある。
彼はゲイなのだ。
ゲイもまた、パドワールに限らず至る所で差別されていた。
先のカストロール公爵にしても、偽装結婚までして世間を欺いている位なのだ。
そのカストロール公爵を裏切って逃亡すれば、二度とパドワールには戻れなくなる上、下手をすれば病床に伏している母の命も危ない。
だから甘んじて公爵からの凌辱を受け入れた訳であるし、これから先もあまり目立ちたくはない訳だ。
では我慢すればいいのかというと、それはそれで少しおかしい。
そんなにも忍耐を許容出来る程には、大抵の人間は強くはないからである。

ディンケルには相棒が居た。
ハムスターのプップである。
プップとは、ディンケルによる命名だ。
このハムスターは賢い。
そして、良く懐く。
何故なら、ディンケルがそうなるように魔法をかけたからである。
弱っていたハムスターを知人から貰った際に、病気を治す代わりとしてそうしたのだった。

知人の事は、信用していた。
これは大前提である。
実際、信用するに値する男だったから、ディンケル、見る目はあったのだ。
そうした訳で、ディンケルは母を匿うように、知人へと頼んだ。
それを実際に伝えたのは、プップだ。
ディンケルの事を張り付いて監視していた兵士も、ハムスターの動きにまでは関心がなかったのである。
ディンケルとプップは念でやり取りが出来るから、その点からも怪しまれる事はない。
かくしてディンケルは、国外逃亡を謀るのだった。
やはりこれ以上の凌辱には、耐えられなかったのである。
魔法使いとは言っても、ディンケルも人の子なのだ。

電車の中。
程良い振動に揺られながら、暁は車窓からの景色を眺める。
思いの外、綺麗だった。
暁、勤務先が家の近所になってから、この電車に乗らなくなって久しい。
今日は暁、相方の増造と久々のデートなのだった。
「なぁ、暁。昼飯、何にする?」
「サンマーメンで良くない?」
たわいもない会話。
と、ここで。
乗っていた電車が急停止。
吊り革につかまっていた暁と増造はその場に、転げて一回転してしまった。
混んだ車内でなくてまだ良かった。
「いてて!何だぁ!」
何が起こったのかはこの時の二人には分からなかったが、電車はなかなか発車しない。
噂話が聞こえる。
どうやら、見た人が居るようだった。
人身事故らしい。
「それがね、血だらけの少女がね、消えたんですってよ。」
「何をそんな、馬鹿な。」
次の瞬間だった。
暁と増造の乗っている車両内に突如少女が現れ、二人を無理矢理に持ち上げると、そのままその場から消えてしまった。
何の事か分からない二人。
気がつくと、空を飛んでいる白い龍の上で、横になっていた。
目をぱちくりとさせる増造。
無理もない。
「やぁ、気が付いたか。」
血だらけの魔法使いの少女が、暁と増造の二人を気遣う。
別に勝手にすればいい訳だが、自分の体の心配でもしたら?などと二人がもっともな事を思っていると……。
「私は魔法使い。自己治癒力が普通の人間よりもだいぶ高いから、これ位の傷など平気だ。」
筒抜けなのだ!
二人は、腰が抜けそうになる。
「やれやれ。だから魔法使いだと言っておろうが。君達にはチラン耐性が豊富にある。よってこれから起こる戦いに参加する為の、戦士になってもらう。」
何が何やらさっぱり分からない、といった風情の二人。
特に増造は開いた口が塞がらないようだ。
暁は暁で、思わず下の景色を覗き込んで、体が硬直してしまった。
恐怖のあまりに全身が震える、そんな感覚。
「この龍はアルトと言って、私の掛け替えのない相棒だ。優秀だから、そんなに心配しなくても大丈夫。ただ、無駄に動かないでくれ。」
そんな事を聞かされるまでもなく、動ける訳がない二人。
二人は、ただしがみ付くのに必死だった。

やがてアルトは急降下を始める。
「あーあー!」
振り落とされないようにするので、二人は精一杯。
降りた所は、広い庭。
山の中の、本造りとでも言うべき大きくて立派な木造の建築物が、視界の先に広がっている。
「何ですか、ここ!」
暁は堪らずに、まだ名前も知らない魔法使いへと問い掛けていた。
返ってきた答えは、単純にして明快。
「道場だ。お前達をこれからの一か月で鍛える為の、な。まぁ、頑張れ。地球の命運はお前達にかかっているのだからな。」
さらっと重大な事を言う、魔法使いの少女。
二人共、危うく聞き逃す所だった。
「チラン耐性を持つ者は、魔法を習得し易い。お前達には戦いに必要な魔法を、一通り覚えてもらう。一日一つのペースで、ひとまず三十の魔法の特訓をしよう。」
これには流石に、二人揃ってブーイング。
「死にたいのか?敵に対して抵抗しなければ、こちらが殺されるだけだぞ。マゾか、お前らは。」
そう言われて二人は、慌てて首を横にぶるぶると振るのだった。

どんっ!
空から丸っこい物体が降って来た。
ディンケルだ。

ディンケルが住んでいた時代よりもおよそ二百年前の世界。
場所も全く異なる、ディンケルにとってはまさに未知の世界。
追っ手は来ないので、かえって都合は良かったのかも知れないが。

「お前、魔法使いか?」
魔法使いの少女・レーシアが尋ねるも、返答がない。
それどころではないのだ。
「っ!痛たたた!動けねぇ!」
「間抜けな奴め。暁、増造、行くぞ。」
退散する一同。
ディンケル、ここで待ったをかける。
「待て!しばらくの間ここに置いてくれ!その代わり、魔法で出来る事なら手伝ってやる。どうだ?」

ここで突如、ブリザードが発生する。
もちろん、ディンケル目がけてだ。
「ゴールデン・ブリザード!」
レーシア、渾身の一撃。
だが、ブリザードが目の前にあってもディンケルは冷静だった。
「ウルトラ・スパーク!」
大きな火花があっと言う間にブリザードを飲み込む。
気が付けば、レーシアまでをも飲み込もうとしていた。
「リバース!」
掛け声と共に火花は消滅、ディンケルは胸を張った。
「どうょ?」
がっくりと肩を落とすレーシア。
「分かった。好きなだけ居てくれて構わない。才能は認める。その代わり、協力してくれ、頼む。」
「俺はディンケル。よろしく!それにしてもすごい龍だね!」
レーシアの顔に笑みが戻る。
「アルトだ。頼もしい相棒だ。お前には相棒は居ないのか?」
「居るょ、ここに!僕、プップ!」
ディンケルの上着のポケットから、プップが顔を出した。
一同、爆笑。
これに怒ったのは、もちろんプップだ。
「ストロング・ファイヤー!」
レーシア、黒焦げである。
可哀想なのでディンケル、救いの手を差し伸べる。
「リバース!」
ディンケルの掛け声一つで、レーシアは黒焦げになる前の状態に戻った。
「度々見くびって、すまん。助かったぞ、ディンケル!」
がっちりと握手をする二人。
友情がここに、結ばれた。

突如、上空に暗雲が立ち込める。
雨が降り出した。
バケツをひっくり返したような、まさに。

あれから暁と増造は猛特訓を重ねた。
もう一端の魔法使いである。
特にディンケルの教えは、痛烈に効いた。
「相手に同情していたら、負けるよ。
余計な事は考えないで、全力を尽くすんだ。
基本的にこれは負け戦だ。
勝とうと思ったら死んだ気になってさ。
そもそも奇跡なんて滅多に起きないのに、無理を通そうとしている訳で。
正気を失ったら、終わりだょ。
大丈夫、俺は未来の地球から来たんだ。
勝てるよ。
ここで負けたら歴史が変わってしまう。
俺らは無名の、けれども最強のヒーローになるチャンスを得たんだ。
ある意味では、運が良いょ。」
この言葉は、のちに二人を救う事になるのだった。

WONDER : WONDER史上最強の敵が、突如ディンケル達の目の前にワープアウトする。
総艦艇数、二百万。
どれもヘビー級だ。
勝てるか。
いや、最早そんな事を言っている余裕さえもない。
「エレクトリック・グリッド!」
ディンケルの叫びと共に、世界中の空が格子状に光る。
これは強力なバリアーで、触れると重装甲の大型戦闘艇でも撃沈するというものだ。

立て続けに今度は四人揃って、チランシールドを世界の主要都市に展開する。
四人なのだ。
それが限界である。
ここでプップの出番だ。
プップお得意の酩酊ミスト。
お尻の穴からプップと出るのだ。
これがプップの名前の由来だ。
もっとも、当初出ていたのはただのガスで、酩酊作用が出るようになったのは、ディンケルの魔法のおかげなのであるが。
で、そのミストを吸い込んだが最後、ディンケルがリバースするか彼らが死ぬまで、酩酊状態のままになるという。
シュールストレミング並みの悪臭が、欠点とも言えなくもなかったが、それも攻撃に役立つのであるから、悪い事ばかりではない。

時間は稼いだ。
だが、もうひと押しが必要なのだ。
ディンケルは提案する。
魔法は進歩する。
二百年の時間差は大きい。
ディンケルはレーシアよりも、魔法使いとしての力は、正直遥かに上だった。
そこでだ。
unlimited forceの発動だ。
ディンケルでさえ覚えたての、最新の魔法だった。
この魔法は、四人以上でしか発動出来ない。
しかも全員が魔法使いである必要がある。
体力のない者だと、終わった後に亡くなるという事もある。
だが、今の状況にはお誂え向きだ。
強力なのだ。

皆、笑顔だった。
後退る訳にはいかない。
暁と増造に、今になってディンケルの先の言葉が効いていた。
円陣を組む。
ここはディンケルが音頭を取った。
すっかりリーダーである。
「勝つぞー!」
「おー!」
もしも負けたら歴史が、或いは未来が変わってしまう。
それはつまり、自分達を含む大勢の人々の死を意味している。
負けられない、絶対に。

昔、ディンケルはいじめられっ子だった。
魔法を使えばその場は解決するのだが、後で問題になるのでそれも出来なかった。
ある日、密かに恋をしていた相手の男の子と二人きりになった。
ドギマギするディンケルにその相手、何と唾を吐いたのだ。
「この変態ホモ野郎!死ね!」
こう言われて、疑惑を否定するのに必死だったディンケル、心の中では泣いていた。
そんな毎日の中でもディンケルは、何があっても生きていようと、心に固く誓っていた。
今日この日を迎えて、ディンケルは密かに、嬉しかった。
やっと自分も、誰かの役に立てるかも知れないのである。
喜びもひとしおだった。

一方のレーシア、死ぬ気だった。
unlimited force、自分の体力では持たない。
はなからそれは分かっていたのだ。
ここで自分が散っても、誰も悲しむ者は居ない。
両親を失っていたレーシア、心の底からそう思っていた。
そしてそれは、現実の事となる。

四人、手を繋いで、叫んだ。
「unlimited force !」
空が鮮やかなグラデーションを描きつつ、敵の艦隊を吸い込んでゆく。
戦いが終わった時には、レーシアの息は、既になかった。
力を使い果たしたのだ。
「レーシア!レーシア!」
皆が叫ぶが、時既に遅し。
それでもレーシアにとっては本望だったろう。
地球に住む皆の役に立てて、愛する両親の居る場所へと旅立つ事が出来たのだから。
それに、悲しんでばかりいても、仕方ない。
黙っていても泣いていても、時は粛々と進んでゆくのである。
それはもう、残酷な程に。

後日、レーシアの兄が遺体の引き取りにやって来た。
レーシアの兄、その名をキルドという。
愛くるしい笑顔が印象的な、丸っこい青年だった。
キルド、妹の死にも淡々としていた。
「魔法使いって、そういう仕事ですから。」
笑っていた。
それがまた、涙を誘った。
無理に作られた笑顔だというのが、一目瞭然だったからだ。
それでも、ディンケルは恋に堕ちた。
キルドにである。
このチャンスを逃したら、次はないかも知れない。
そうした思いが、決して外向的とは言えないディンケルの背中を押した。

ただ、無言で。
抱き付いたのである。
拒絶されたら、笑ってごまかして、泣きながら逃げるつもりだった。
だが、キルドは受け入れた。
ディンケルの精一杯の想いを、優しく優しく、受け止めたのだった。
ディンケル、キルドの胸の中で涙が止まらない。
「寂しかったんだぁー!キルド、ずっと側に居てくれ、な?な?」
これにキルド、涙交じりの笑顔で答えた。
言葉など要らなかった。
これで、たったこれだけで、今の二人には十分だったのだ。

もはや身寄りもないディンケル、キルドに全てを捧げる覚悟は出来ていた。
アルトは、ディンケルの相棒となった。
これに機嫌がよくないのが、プップだ。
「大丈夫だょ。プップもアルトも、どちらも大切な仲間だからさ、どっちも大切にする。命に代えても約束するょ。」
ディンケルの言葉にアルト、珍しく涙を零した。
何も出来なかったーーそんな思いが、アルトをどん底に貶めていたのだ。
だが実際には違う。
生前レーシアは度々、アルトに助けられていたのだ。
今回の戦いでもレーシア、勝ち目がないと思って、これまでで初めて特攻をしようとも思ったのだが、最愛の相棒・アルトに止められていたのだ。
一人で特攻をしても、まず勝ち目はなかったから、これで良かった訳である。

「さぁ、第二の人生、行ってみようか!」
ディンケルが気勢を上げる。
プップの魔法で、アルトは普段プップと同じサイズになった。
戦う時だけ、巨大化するのだ。
実に効率的なのである。
まぁ今後しばらくの間は、平和が続くだろうから安泰だとは思われるのだが。
何せあれだけの戦力に勝利したのであるから、その噂は天の川銀河中に轟いているのである。
怖くて敵も近付けないという訳だ。

レーシア、今頃天国に居るだろうか。
そうだといいなーー四人の胸に同じ思いが去来する。

ディンケルは相方となったキルドや暁、増造らと共に、これからは道場で暮らす事となった。
好きに使っていいとのお達しが、生前レーシアから出ていたのだ。
元々はレーシアの父母が所有していた物件。
二人の死後、レーシアが相続していたのだ。

テーブルの上には通帳があった。
unlimited forceが身体の負担になる事を知った時から、自分には耐えられない事を悟っていたのだ。
皆で大切に使ってーー。
そんなメッセージと共に、五百万円もの預金通帳が置いてあったのだ。
一同、啜り泣く。

翌日からは日常が戻った。
亜麻色の髪の二人には掃除・片付け・洗濯・炊事・庭の手入れが任された。
道場だっただけあって、この家は大変広いのだ。
仕方ないので同じ場所の掃除は一週間に一度とした。
暁と増造は会社員だから、お金を稼ぐ。
さすがにディンケルやキルドには、会社勤めは無理なのだった。
そんな事もあり空いた時間には、手先の器用なディンケルは手品の、頭の良いキルドは投資の勉強をそれぞれしていた。
どちらもこの日本では魔法が使いたい放題。
でも、二人共にお金儲けにはさしたる興味もないようで、趣味でやっている、という程度の事。

それにしても、家と呼ぶには広すぎるからだろうか。
掃除だけでも大変であるし、もちろん出社組にもストレスが溜まっていった。
そんな訳で、楽な暮らしでは決してなかった。
それでも四人で鍋を囲む時、そんな事は四人共、綺麗さっぱり忘れ去っていたのだ。
皆、ここにしか居場所はない。
この幸せはきっと守ってみせるーーそう心に誓う、四人なのだった。

-完-

続きを読む

関連記事

Identical Twins -父と息子のリリカル・ライフ-

「むーねーよーしー!むーねーたーかー!ご飯だぞー!」
父ちゃんの呼ぶ声でおいら達は二階の部屋から一階の食堂に向かって駆け出す。
「わー!飯だ飯だー!」
「今日は何かな?」
「ステーキだったりして!」
「そんな訳ないだろー。」

おいらの名前は宗吉。
一応、双子の兄。
弟の名前は宗高。
父ちゃんの名前は、耕造だ。

で、今日の晩飯のメニューは何とーー。
ジャーン!
まさかのステーキなのだ!
予感的中!
「奮発したんだぞー!よく味わって食べろなー。」
「わー!父ちゃんすげー!」
「いただきまーす!」
ここで図々しい事に、弟の箸がおいらのステーキに伸びる。
あまりに腹立たしいものだから、弟の箸を持つ手を、空いた左手で引っ叩いてやった。
これが毎日のように繰り返されるのだから、おいらとしても参ってしまう。
「ちぇっ!何だょけちー!ぼくのステーキはぼくんもの、お前のステーキもぼくんだぞ!決まりには従えよなー!」
あんまりな物言い。
ジャイアニズムむき出し。
「ふざけんな、このやろー!」
さすがのおいらも怒る。
こうして取っ組み合いの喧嘩が始まる。
いつもの事だ。
ここで父ちゃんが恒例の一喝。
「いい加減にしないと、ご飯抜きだぞ!冷めない内に食べろ!」
渋々食べ始める弟。
おいらも肉に箸をつける。
「うめー!」
「父ちゃん最高!」
おいら達が口々に感想を述べると、父ちゃん何だか嬉しそうだ。

公園をふらつく。
弟も一緒。
ふと、昨日のステーキの味を思い出す。
今考えても、美味かった。
そんな折。
健坊がこちらに向かってやって来た。
近所に住む、年下の男の子。
可愛いのだ。
「むねたん、遊ぼー。」
「いいょー。暇だし。鬼ごっこでもやろーか?」
「うん!」
で。
久々の鬼ごっこ、おいらが鬼。
あの二人、なかなか捕まらない。
や、鈍いな、おいら。

三十分程遊んでたっぷり汗をかいた頃。
健坊のお母さんがやって来て、おいら達を自宅に誘ってくれた。
今日は暑いので助かった。
「二人とも、いつもありがとう。アイスがあるのよ。うちに着いたら、たっぷり召し上がれ。」
「やっほー!」
「やったね!」
ここは宗高とハイタッチ!
ここ二日、ステーキにアイスと、ついている。
怖い位だ。

健坊の家は立派だ。
うちとは大違い。
居間には暖炉がある。
冬しか使わないのに、贅沢だね。
「はーい!アイスとジュースよ。どちらもお代わりあるから、遠慮なく言ってね!」
こうして、みんなで仲良くアイスを食べる。
美味い!

健坊とは五つ違いだ。
可愛い弟みたいな感じ。
可愛げのない宗高とは、大違いだ。
ふと目を遣ると、健坊一家の写った写真が飾ってあった。

三年前、母ちゃんは空の星になった。
父ちゃんは、一足先に天国に行って、おいら達を見守っているんだと言っていた。
どうしていなくなったのかは、何度聞いても教えてはもらえなかった。
寂しかった。
でも、おいら達があんまり寂しそうな顔をしていると父ちゃんの元気がなくなるから、今はいつでも笑うようにしている。

「宗吉くん、お代わりはいらない?」
ぼーっと考え事をしていたせいで、アイスがなくなった事にも気付かなかった。
見ると宗高はもうお代わりをもらっているようだ。
「あ、いりまーす!」
早速返事をする。
しんみりしている場合じゃない!
美味しいアイス、腹いっぱい食べなきゃ!
が。
「宗吉くん、そういう時には、お願いしますって言うのよ。」
珍しく、健坊のお母さんに注意をされてしまった。
「あ、ごめんなさい。お代わり、お願いしまーす!」
「はい、よく出来ました!今持ってくるから待ってて!」
「おかーしゃん、おかーりーおねがいちます。」
健坊も器を差し出す。
「はいはい、待っててね。」
「あーい!」
みんなでおやつを食べた後は、健坊の積み木遊びに付き合った。

陽が傾く頃。
「今日も遊んでくれてありがとうね!またよろしくね。」
健坊のお母さんとあいさつを交わして、おいら達は帰宅する。
帰ると、夕食の支度が出来ていた。
「さ、二人とも、今日は豚しゃぶだぞ!早く手を洗ってこい。」
「はーい。」

「豚しゃぶ、美味そうだな。」
よだれが出そうだ。
そう、親子揃ってうちは、肉好きなのだ。
だからきっと、みんな丸々とした体型なんだな。
「ぼくの分、取んないでょ!」
宗高がこちらを睨む。
いつも人の分を取ろうとするのは、どっちだっつーの!
「べー。」
おいらはゾウアザラシみたいにあかんベーをしてみせた。
宗高、怒る怒る。
さあもっと怒れ、ざまあみさらせ。

そんなこんなで一日は終わり、寝る時間になる。
明日からはまた一週間が始まる。
今日は日曜日だったのだ。

いい事ばかりは続かない。
翌朝。
目がさめると、股間がじとっとしている。
まさか……。
ふと横を見ると、呆然としている宗高の姿があった。
「なぁ、お前も世界地図か?」
宗高、黙って頷く。
内心、ちょっとホッとした。
一人だけで怒られるというのは正直、怖いのである。

学校に着くと、転校生がうちのクラスにやって来るという。
もうすぐ夏休みなのに。
それにしても、久々の世界地図。
父ちゃん、もっと怒るかと思っていたけれど、意外と淡々としてたな。
父ちゃん、優しい。
おいら、嬉しい。
と、ここで。
担任のイモアタマが転校生を連れて、教室に入って来た。
転校生と目が合う。
会釈する転校生。
その瞬間、おいらは固まった。
眩しい。
見ていられない。
「おい!イモアタマがこっち見てるぞ!」
隣の席の宗高が教えてくれて、おいらはハッとする。

何だろう、この胸のざわめく感じ。
今まで、経験した事もない。
ポーッとした状態で、転校生の自己紹介を聞き流す。
「宗吉、恋か?」
「へ?」
青天の霹靂、そんな感じさえする宗高の一言。
恋!
言われてみれば、まさに!
相手は同性。
おいら、終わったのか?
「心配するな。ぼくも初恋は男だった。年上だったけどな。」
宗高、驚きの告白。
やっぱり、想いを伝える事さえ出来ずに、結ばれなかったらしい。
そんなもんだよな。
おいらもたぶん、同じ轍を踏むと思うのだ。
悲しいが、仕方ない。

それでも、五年後のおいら達にはそれぞれ彼氏がいるようだから、男日照りが長く続く訳ではないのだ、たぶん。
もう少しの辛抱なのだ。
頑張れ、おいら!

転校生とは、友達として仲良くなった。
よく考えてみたら、三人とも丸っこい体型をしている。
宗高の初恋の相手は、スレンダーだったのだそうだ。
やっぱり双子でも、好みのタイプは違うんだな。
まぁ、揃ってゲイだというだけでも、驚きなのだけれど。

終業式を終えた。
転校生と出会ってから、数日後の事だ。
いよいよ夏休み。
嬉しいはずなのだけれど、どこか落ち着かない。
転校生が気になるのだ。
三人での帰り道。
転校生がふいに、おいらに問う。
「宗吉くん、緊張してる?それともぼくの事、苦手?」
どきりとした。
おいらはぶるぶると、首を横に大きく振った。
「よかった。これからも仲良くしてね。」
奏太というその転校生、にっこりと笑って片手を差し出した。
慌てておいらは、両手を出す。
がっちりと握手。
こちらは緊張と眩暈で倒れないようにするのに、精一杯だった。

健坊の家の前を通る。
お母さんが見守る中で、健坊は小さなビニールプールで遊んでいた。
「あ、むねたん遊ぼー!」
こちらに気が付いたようで、門の近くまで駆け寄って来る。
「少ししたらここに来るから、そしたら遊ぼうね。」
おいらがそう言うと、健坊は嬉しそうににこにこと笑った。

まだ七月。
おいら達は夏休みだけれど、父ちゃんには当面、関係のない話だ。
毎日汗だくで働く父ちゃんには、感謝する他ない。
学校は早くに終わったのだが、それでも当然、家は既にもぬけの殻。
奏太とは一旦別れて、後ほど健坊の家の前で合流する予定だ。

うちに向かう途中で、お隣さんちの瑞樹姉ちゃんの顔が見えた。
「おーい!瑞樹姉ちゃん、どこ行くのー?」
「よぉ、宗吉に宗高!私はこれから勉強しに友達の家に行くのよ。来るか?」
「いや、おいら達勉強は好きじゃないから、いいや。」
「そっか。んじゃ、またな。」

冷蔵庫を開ける。
帰宅直後、まずは水分補給だ。
おいらは棚から出したコップをテーブルの上に置き、冷蔵庫から出した麦茶を注ぐ。
「ぼくの分もー!」
「あいよー。」
飲み干す。
あぁ、美味い!
「お前も着替えて来いょ。麦茶さんきゅ!」

健坊の家の前に着くと、奏太は既に待っていた。
やっぱり可愛い。
「お前、あれがいいだなんて、趣味悪いな。」
宗高がそう耳打ちするので、頭にげんこつを食らわせてやった。
「痛ってぇ!殴る事ないじゃんか!」
大袈裟に痛がる宗高。
だいぶ手加減したのに、これではまるでおいらが悪いみたいだ。
「宗吉くん、せっかくの双子なんだし、仲良くしなきゃ駄目でしょ。」
健坊のお母さんに、注意を受けてしまった。
目の前には宗高の得意げな顔。
腹は立つが仕方ない。
「悪かったな。ごめん。」
ここは謝って、引き下がる。

健坊のお母さんから、アイス代をもらった。
四人でアイスを買いに行くのだ。
一人一個の約束で、もらったのは千二百円とちょっと。
や、金持ちは違うな。
おいら達はいつもガリガリ君なのに。
健坊はクッキー&クリームが好きらしい。
銘々好きなアイスを選んで、おいらがまとめてお会計。
と、ここでアクシデント。
健坊がチョコレートとポテトチップスを持ってやって来たのだ。
「あい。」
にこにこしながら、レジのお姉さんに健坊はそれらを手渡す。
『あい、じゃねぇょ。』
内心ではそう思っていたが、仕方ないので足りない分はおいらがなけなしの小遣いから払う事にした。
もう、泣きたい。

そうは言いつつも。
いまだに頭がふわふわする。
奏太の顔がたまたま視界に入っただけで、先ほどの余計な出費の事も忘れられた。
それは、帰り道での事。
報われなくてもいい、そばにいたい。
この時のぼくは、そう思っていた。

健坊の家に着くと、お母さんがチョコレートとポテトチップスのお代を払ってくれた。
お礼まで言われて、ありがたい。

風薫る五月。
五年後の事。
健坊は小学生に、おいらと宗高、それに奏太は中学生になっていた。
おいら達は相変わらずの仲良しで、四人でよくつるんでいた。
宗高と健坊は、半年前から付き合っていた。
健坊から告白されたのだという。
年下だが、健坊は可愛らしいスレンダーな子供だったから、宗高としても申し分なかったのだろう。
一方のおいらと奏太は、仲は良かったのだが、あと一歩が踏み出せないでいた。

そんなある日。
おいらと奏太が二人で歩いていると、路側帯に軽自動車が突っ込んで来た。
「危なーい!」
たまたまそばにいた瑞樹姉ちゃんの叫び声。
おいらは幸い、かすり傷で済んだのだが。
奏太が骨折してしまった。
急遽、病院で手術。
それからおいらは、毎日欠かさずに奏太のお見舞いに行った。
退院の日。
病院を出るおいら達。
昨日までの雨が嘘のように、晴れ渡っていた。
奏太は言う。
「よかったら、ぼくと付き合おう。」
感無量だった。涙で顔がべちょべちょになる。
奏太は、笑っていた。
たぶん奏太には、おいらの気持ちは筒抜けだったのだろう。
街路樹のそばでハグしてもらって、おいらは天にも昇る心地だった。

ギラギラと照りつける日差しが眩しい。
蝉の声がうるさい。
再び、五年前の夏。
父ちゃんに、新しい母ちゃんが出来た。
それは、優しそうな、綺麗な人だった。
おいらと宗高の反応は、正反対だった。
新しい母ちゃんと初めて会った日。
「仲良くしましょうね。」
にっこりと微笑むその人を見て、おいらはただ頭を下げるしかなかった。
宗高は、違っていた。
「嫌だ!こんなの母ちゃんじゃない!」
喚き散らす宗高。
その時だった。
父ちゃんのげんこつが、宗高の頭を直撃した。
おいらは、父ちゃんが手を上げる所なんて見た事がない。
驚いた。
「少しは頭を冷やせ!」
父ちゃんがそう言うと、宗高は泣きながら走り去って行った。
後を追うおいら。

見失った。
でも、おおよその見当はつく。
落ち込むと二人でよく行っていた、河川敷に向かった。
やっぱりだ、いた。
蹲って泣いている宗高においらは、声を掛ける。
「お前、父ちゃんの事が嫌いなのか?」
おいらの問いに、宗高は首を横に振った。
なら、話は簡単だ。
「だったら、父ちゃんが好きになった人の事も、好きになれ!」
宗高はおいらに抱き付いて来た。
珍しい事もあるものだ。

「しけた面してどうしたょ、そこの二人。」
瑞樹姉ちゃんが声を掛けてくれた。
事情を話すと、瑞樹姉ちゃん、おいらが思っていたのと同じ事を言った。
「とりあえず謝れ。それで不満が残るようなら、うちに来い。話なら、いくらでも聞いてやるぞ。」
瑞樹姉ちゃんは、宗高の背中をポンと叩いた。

「さっきは、ごめんなさい。」
うちの前で、宗高、俯きながら新しい母ちゃんに謝る。
そんな宗高にも新しい母ちゃんはやっぱり優しくて、少なくともおいらは好きになれそうだ。
「さ、みんな、お昼ご飯にしましょう!」
スカートが風に揺れる。
ドレープ感が綺麗だ。

新しい母ちゃんは、その名を愛美と言うそうだ。
まなみ、読みにくいな。
それはともかく、優雅な見た目とは裏腹に、食事の支度はチャキチャキとこなす。
しかも、男所帯で散らかっていた家の中が、新しい母ちゃんのお陰でどんどん綺麗になってゆく。
女の人って凄えな、子供ながらにそう思った。
前の母ちゃんもそうだった。
父ちゃん、見る目はあるのだ。

インターホンが鳴る。
おいらが玄関のドアを開けると、そこには健坊とそのお母さんがいた。
そこへ父ちゃんと新しい母ちゃんがやって来る。
「ご結婚おめでとうございます!式は挙げないんですって?残念だわ。」
「まぁ、二度目なんで……。」
健坊のお母さんとうちの父ちゃんが話を始めた。
そこへ健坊が、衝撃の一言!
「むねたん、このきれーなばぁしゃん、誰?」
一同、凍りつく。
「こら!健坊!婆さんじゃなくてお姉さんでしょ!」
ここで健坊のとどめの一言。
「でもこれ、ばあしゃんだょ。」
たまりかねた健坊のお母さん、健坊を連れて大慌てで帰ってしまった。
そんな出来事の後なのに新しい母ちゃんは笑顔で、「面白いわねぇ」なんて言っていた。
凄え。

夜。
自室で。
おいらと宗高は同じ部屋で寝起きしていた。
「なぁ宗吉、新しい母ちゃんと父ちゃんの仲、どう思う?」
何を今更、そんな事を。
そう思ったおいらは、「いいんじゃん?」とだけ答えた。
宗高の思いは複雑だったようで。
「なんかさ、新しい母ちゃんのせいでおいら達の本当の母ちゃんがさ。父ちゃんの心の中からいなくなっちゃったんじゃないかって。凄く心配なんだ。」
しばし無言のおいら達。
思い立っておいらは、宗高の手を取った。
「そんな事、父ちゃんに直接聞いてみろょ!」
駆け出すおいら達。
意外なもので宗高、これには反発しないのだった。

「父ちゃん!」
宗高がふすまを開けると、父ちゃん、おいら達の本当の母ちゃんの仏壇の前で、お祈りをしていた。
「よかった、ぼく、父ちゃんが本当の母ちゃんの事忘れちゃったんじゃないかと思って、心配で……。」
父ちゃん、そんな宗高を抱き寄せて、こう言った。
「忘れる訳がないだろう?お前達を産んだお母さんも、今のお母さんも、どっちも本当のお母さんだ。だから少しずつでもいいから、今のお母さんの事も好きになろうな。」
宗高はただ黙って、大きく一つ頷くのだった。

あくる日。
健坊のお母さんが、健坊を連れてうちにやって来た。
玄関先でのやり取り。
「昨日はごめんなさいね、うちの息子が。これ、お詫びの気持ち。受け取って!」
「あらあら、そんな、いいのに……。」
そこへ、健坊が一言。
「ブスなばぁしゃん、昨日はごめんなしゃい。間違ってきれーって言っちゃったの、ぼく悪い子。」
凍りつく空気。
それを壊したのは、他でもない母ちゃんだ。
「あらー、凄い子ねー。将来強くなるわょ!」
笑い飛ばす。
すると健坊、勝手に靴を脱いで上がってきた。
「ブスなばぁしゃん、おしゃましまーしゅ!」
「あらあら、駄目よ健坊。」
健坊のお母さんは慌てるのだが。
ここまで言われてもうちの母ちゃんは平然としている。
我が親ながら、大したものだ。
「挨拶、よく出来ましたー!さぁ、ゆっくり遊んでいってねー。」
この調子。
「あーい。むねたん、遊ぼー。」
「さぁ、おいでー!」
おいら達は居間の片隅でジグソーパズルをやっていた。
健坊、ピースを一つ手に取って一言。
「いただきまーしゅ!」
これにはおいら達、顔面蒼白。
「それは食べちゃ駄目ー!」
おいら達は叫ぶ。
これに怒ったのが健坊だ。
「んきゃー!」
奇声を発しながら組み上がっていたジグソーパズルをばらばらにしてゆく。
「あーあー!」
もう、涙が止まらない。

居間のソファですやすや眠る健坊。
気付けばもう、夕方。
健坊も疲れたのだろう。
父ちゃんが仕事から帰ってくる。
健坊を揺り起して、入れ違いで二人が帰宅。
「こんばんは、健坊は相変わらず元気そうで、何よりです。」
父ちゃんが健坊のお母さんに挨拶。
「元気なだけが取り柄で。はしたない事ばかり言うんですょ。困っちゃうわ。」
「ブスばぁしゃん、アホじぃしゃん、ばいばーい!」
健坊、おいら達の母ちゃんと父ちゃんに手を振る。
「またいらっしゃいね!お菓子用意して待ってるわ。」
これに健坊、またもや。
「ぼく、ばぁしゃんの事しゅきー。」
「さ、帰るわょ!お邪魔しましたー!」
いたたまれなくなったのか、健坊のお母さん、そそくさと帰ってゆく。

父ちゃんが居間に向かう。
「父ちゃん、お帰りー!」
「おみやげはないのー?」
父ちゃんにまとわり付くおいら達。
「おみやげかー!毎日おみやげ買ってたら、破産しちゃうなー。そうだ。来週、仙台に出張があるから、牛タンと萩の月買ってきてやるょ!」
これは聞き捨てならない。
「それ、食べられるの?」
「もちろん!」
「おいしい?」
「おぅ!保証付きだ。」
あまりの嬉しさに、二人で踊り出すおいら達。
こんな時には決まって、フォークダンスを踊るのだ。
父ちゃんも母ちゃんも笑い出す。
そういえば、母ちゃんがおいら達の踊りを見るのは、これが初めてなんだったっけ。
「あなた達素敵ねー!面白いわ!」
喜んでもらえて、何よりだ。

滑り出した日常。
まずは上出来だ。
これから幸せな出来事がいっぱいいっぱいあるといいな、二人してそんな風に思う夏の夜だったーー。

暑い。
でも、文句など言ってはいられない。
父ちゃんが今、大変なんだ。
おいら達がしっかりしなきゃ、駄目なんだ!
という訳で、またもや五年後。
その夏休み。
母ちゃん、おいらと奏太、宗高と健坊の五人は揃って、毎日のようにうちの父ちゃんのお見舞いに行っていた。
時々、瑞樹姉ちゃんも来てくれる。
おいら達がゲイである事は、関係するみんなの両親に知れ渡ってしまっていた。
救いだったのは、誰一人として怒らなかった事。
みんな、将来を心配して、励ましてくれた。
まだまだ差別はあるもんね。
みんなで、強くならなきゃ!

父ちゃんは胃がんだった。
実は前の母ちゃんも乳がんで空の星となったらしい。
発見された時には既に末期で、助からなかったのだ。
本当に、あっという間に亡くなったのだった。
それだけはおいら達も、よく覚えている。
母ちゃんがいなくなってから、父ちゃんは度々がん検診を受けるようになった。
その甲斐もあって、まだまだ生きられるらしい。
よかった!
父ちゃんは大黒柱だ。
まだまだ元気でいてもらわなきゃ!

公園の草原の上にシートを敷いて、寝そべるおいら達。
その様子を父ちゃんが動画で、母ちゃんが写真で撮ってゆく。
陽射しが眩しい。
だんだん眠たくなって来た。
「さ、みんなご飯よ。」
今日は大きな公園に一家でピクニックに来ていたのだ。
父ちゃんが退院したから、みんなで遊ぼうという話になったのだ。
おいらと宗高、おにぎりをかじりながら空を見上げる。
空は広くて、大きいなぁ。
おいら達もあの空みたいにでっかくなって、奏太や健坊、そして父ちゃんや母ちゃんを支えてゆきたい、心からそう思うのだった。
亡くなった前の母ちゃんは、どんな風に思いながらおいら達を見下ろしているのだろうか?
いつかまたあの世で会えるのかな?
会えるとして、前の母ちゃん、おいら達の事覚えていてくれるだろうか。
そんな風に考え事をしながら、夏の楽しい一日は過ぎていった。
宗高も同じ事を考えていたようで、「大丈夫だょ!」そう言って励ましてくれた。
そうだよな、母ちゃん、そう、あの人に限っておいら達の事を忘れる訳はなかったんだ。
「どうした?」
父ちゃんが心配そうな顔をしているので、おいら達は揃って首を横に振った。
「何でもない」と言いながらーー。

食後、思い立って円陣を組む事になった。
父ちゃんと母ちゃんも巻き込んで、みんなそれぞれの片手を出す。
「行くぞー!幸せになるんだ!」
「おうっ!」
未来へのキックオフ、試合はまだまだ始まったばかりだ。

お・し・ま・い

続きを読む

関連記事

WONDER : WONDER [Sound Of Silence]

(1) 語り : 朔太郎

世界が、ほぼ終わってしまった。
人々は、地球上から皆、消え去った。
チラン耐性を持った、僕と魔法使いの少女の二人、それに僕の相方を残して。
僕はずしんと重たい気持ちを抱えて、他に誰か居ないか、探して回っていた。
そこへ、追い打ちをかけるように残酷な少女の一言が。
「無駄だぞ。」
大聖神を始めとする能力者が、敵の脅威からは身を守りつつこぞって体当たりする事で、その場に居た敵の殲滅には成功したのだとか。
しかし、敵は後から後からやって来て、結局地球は敵の手に落ちつつあったのだ。
しかも敵の攻撃のせいで、先も言った通りに人々はほぼ居なくなってしまった。
にもかかわらず建物や他の生物は、綺麗に残っている。
これは、敵が特殊な爆弾を使って、人々だけを残らず抹殺しようとしたからだ。
僕達はチラン耐性が豊富だったから、助かったという訳だ。
「私の千里眼の能力で人々を探してはみたのだが、見事に誰もいない。」
死体まで消し去るとは、念が入っている。

誰も居ない街。
当面は食べ物には困らない。
しかし、賞味期限切れの問題は重くのしかかる。
保存食品にも賞味期限はあるからだ。
しかも、電気もガスも水道も使えない。
このままでは早晩、行き詰まる。
「他の神様は、助けに来ないの?」
純粋な疑問。
「こうなってしまってはな。無理だろう。すでにこの星は神々からも見放されているから、救いの手が差し伸べられる事はないと思え。」
正直、泣きたくなった。
だがこの少女は、希望を捨ててはいなかった。
「住む場所なら、魔法で何処でも鍵は開く。電気やガス、水道も魔法でどうにかなるだろう。最大の懸案事項は食べ物だが、幸いにして人間以外の動植物は生きている。これらを魔法で捕獲・調理などして食えば良い。まぁいずれは畑や牧場のようなものもやらねばならんだろうが。」
少女の名はサーベター。
「ねぇサーベター、僕に出来る事は何かないの?」
この問いにサーベター、即答だった。
「あるぞ。朔太郎、お前には素質がある。魔法を覚えてもらう事になる。それから、言ってみれば私達はアダムとイブだ。不妊治療と私の魔法を使えば、ゲイのお前ともセックスをせずに子供が作れる。全て双子にして、二十人は作りたい。手伝え。これはたった二人だけ残された私達に託された、大切な使命なのだ。仕事はたくさんある。お前も頑張れ!」
一瞬、気が遠くなる。
と、そこへ。
「僕も混ーぜて!」
僕の相方、脩君だ。
「何だ、お前も生きていたのか!近くに居過ぎて、見落としていた。不覚だ。」
実は脩君には、戦いの間背中にぴったりとくっついてもらっていたのだ。
同じデブながらも僕は大柄で脩君は小柄なので、すっぽりと隠れてしまい、サーベターの視界には入らなかったのだ。
「良かった!お前とも子供を作れば、種の健全性はより良く保たれる。」
そう言い放つサーベターに、脩君は僕が疑問に思っていた事を、躊躇なく口にする。
「不妊治療と魔法で二十人ねぇ。別にいいけど、生まれて来た子達、誰が育てんのさ?」
これにはサーベター、即答だった。
「それはもちろん、魔法を使えるようになる可能性が限りなくゼロに近いお前だ。他の事をしろとは言わん。子作りと子育てに専念しろ。」
「うげぇー!僕、子供嫌いなんだけど。二十人なんて無理筋もいい所だょ。」
抵抗する我が相方へ、サーベターがとどめ。
「嫌なら死んでくれてもいいんだぞ。お前、この世界には昔からカニバリズムという風習があるのを知っているか?」
「わぁーったよ!やりゃあいいんでしょ!」
脩君、やさぐれている。

それからは僕と脩君、そしてサーベターには、子作りの試練が待っていた。
まずは僕の番。
そしてサーベターが無事に出産を終えたら、今度は脩君の番だ。
あの魔女の女の子とセックスをしなくても子供が出来るというのは、この状況下に於いては確かに、都合はいい。
だが、僕達男はともかく、サーベター、痛むというのだ。
大した事はないというが、負担の掛かる事をことごとくサーベターに押し付けているようで、流石に気分が優れない。
しかし僕には、そんな事にかまけている時間はなかった。

魔法を覚えなくてはならないのである。
これは大変だった。
まず、無数にある魔法陣の描き方を全て覚え切らなくてはならない。
そして、力の引き出し方とコントロール方法のマスター。
時間が足りない。
少しでも早く習得して、サーベターの力になりたいのだ。
だが、焦っても仕方ない。
結局、一日中魔法漬けの日々を送るより他なかった訳である。

(2) 語り : 語り部

宇宙の果て。
天の川銀河とは大きく離れた、異なる銀河の一部に勢力を持つ大規模な宇宙海賊が、既にほぼ無人となった地球を手中に収めようとしていた。
もはや、大した抵抗もなしに資源のある惑星を奪えるというので、皆乗り気だ。
「総大将!ここを第二の根城にして、天の川銀河を乗っ取っちゃいましょう!」
「まぁそう早まるな。天の川銀河にも戦う力を持った種族は居るだろう。ともあれ、地球を第二の根城にするという意見に関しては、私も正しいと思っている。反対する者はおるまいな?」
これにはその場にいた皆が気勢をあげた。

夜。
地球上の湾内に着水している艦艇内にある宇宙海賊御用達のラウンジで、ワイングラスを片手に談笑する二人。
総大将ヘルマン直属の部下だ。
髪の紅い大男がブリーノで、ネイビーの艶やかなミディアムヘアのスレンダーな男がクラーロだ。
クラーロはヘテロクロミアである。
クラーロが言う。
「このワインと地球、どちらがより飲み干す価値があるかな。」
ブリーノ、これには「それは俺にも分からねぇな」と応じた。
「ではどちらがより手に入れ易いかーー。」
クラーロがそう言いかけた所で、「地球だな」とブリーノが短く答える。
「まぁ、そうであって欲しいものだ。だが、甘く見るなょ。あと一歩の所で全てを失う羽目になった輩の、何と多い事か。」
「分かってるさ。まぁ飲め。」
「すまんな。」
ブリーノ、クラーロのグラスに年代物のワインを注いだ。

実の所ブリーノの心中にも、穏やかならざる思いはあった。
クラーロと共に大規模な宇宙海賊のナンバー2の座を占めるだけあって、単なる猪ではないのだ。
しかし、守りに徹する時でもないーーそうも思っていて、内心は複雑だった。

翌朝。
全幹部の前で、総大将ヘルマンは作戦名を告げる。
「これが地球での最後の戦だ。作戦名は、花のワルツ。皆の者、我に続け!」
「うぉーっ!」
宇宙海賊、全軍出陣。
サーベター達には残酷な程に、残された時間は少なかった。

(3) 語り : 語り部

サーベターの双子の妹ユーリが、魔法で造ったノアの箱舟とでも言うべき宇宙船で、宇宙海賊から逃れようとしていた。
乗っていたのは、先の攻撃にもかかわらず奇跡的に助かった、地球人五千人。
生き残っている地球人の、これがほぼ全てだ。
宇宙船はいち早く宇宙海賊から逃れる為に、ワープを繰り返していた。
どんどん地球から遠ざかってゆく宇宙船。
サーベターとユーリは仲良しだったが、もう会う事もない、そう思われた。
逃げられない使命を背負い、離れた場所でそれぞれが戦おうとしていた。

やがてユーリが率いる宇宙船は、今まさに地球を襲っている宇宙海賊の根城のある星系へと、到着しようとしていた。
現地の湾内に宇宙船を着水させるユーリだったが、人の気配が全くない。
それもそのはず、その星は宇宙海賊に叛乱を起こして勇敢に戦ったパルチザン達が死刑を待つ、収容所だったからだ。
はなからその事に気付いていたユーリ、厳重にロックされた扉の数々を魔法で次々に破壊して回る。
生き残っていた現地のパルチザン達は皆、拷問を受け続けたせいで、傷だらけだ。
ユーリ達は彼らからは熱狂的に歓迎されたが、海賊達から逃げ切れるか。
捕まれば、万事休すだ。

ここでユーリは、敵の戦略コンピュータから、興味深い情報を得る事が出来た。
最先端の軍事技術を獲得する為に、近くの銀河の惑星トリーを手中に収めようというものだ。
特に敵は超重装甲広域拡散A2熱爆雷弾頭搭載大型ワープミサイル・ガルペゴンを欲していた。
早速ユーリは、トリーの国王マクセン麾下のラーヴェ元帥とコンタクトを取る。
この情報はたちまち国王の耳に入り、その逆鱗に触れた。
「直ちに機動部隊の半数を、敵本拠地の惑星へと向けて出発させよ!私が指揮を執る!」
国王の号令の下、おびただしい数の艦艇が空高く飛んで行くのだった。

(4) 語り : 朔太郎

僕は魔法をどうにかマスターした。
間に合った。
けれども、戦力になるのは、僕を入れてもたったの二人。
何が出来るか。
正直、よく分からない。
それでも、それでも。
完全には終わらせられない、この世界。
全てをなげうってでも。
放り出せない。
逃げ出してはいけないんだ!
深呼吸する。
気持ちが落ち着く。
僕はゲイだけれど、これからはパパにだってなるんだ。
しっかりしなきゃ!

俄かに雲行きが怪しくなる。
遠くの方で、雷鳴が轟く。
敵がやって来た。
数が多い。
これでは、敵わない。
それでも、怯えている時間はない。
早速、サーベターと共にチランブーストの魔法陣を描く。
せめてここ、日本だけでも、守りたい。

敵の陣頭に立つのは、総大将らしい。
真っ赤な、巨大な艦艇だ。
まぁ、ある意味では、筋が通っている。
流石は総大将というべきか。
しかし、何の宣戦布告もなしに、いきなり攻撃が始まる。
敵には、武士道はないと見える。
当たり前か。

(5) 語り : 語り部

その時だった。
ユーリが戻って来たのだ。
五千人の地球人と、彼らや元パルチザン達を乗せる、トリーの艦隊を引き連れて。
トリーの艦隊は既に宇宙海賊の根城を粉砕撃滅していた。
ガルペゴンを使わずに。
ユーリは、覚えたてのチランミラーリングの魔法で、チラン耐性を持つ者を大幅に増やし、それをチランブーストの魔法で更に増幅させる。
地球全体がこれにより、シールドで守られた。
そこへマクセンが、ガルペゴン発射の合図を出す。
発射といっても、別に空を飛ぶ訳ではない。
発射口から完全に飛び出すのと同時に、敵の艦艇内に直接ワープするのだ。
発射口から完全に飛び出す必要があるのは、ワープの影響を母艦に与えない為。
推進用のエンジンは必要ない為に搭載していない。
極めて珍しいタイプのミサイルだ。

敵の総艦艇数はおよそ一万隻。
ガルペゴンは四万発。
ガルペゴンは地球程度の小規模な惑星なら、数発で吹き飛ばす事が出来る。
形成は完全に逆転した。
もちろんその他の兵器も使って、一斉に攻撃が始まった。
敵のエネルギーと融合して、巨大な爆発が起こる。

一瞬の沈黙。
永遠にも思える、沈黙の音、沈黙の響き。

次の瞬間、巨大な爆風と爆音が、辺りを満たした。
チランシールドの効果がなければ、地球はとうに吹き飛んでいたに違いない。

(6) 語り : 朔太郎

「耳鳴りがするょ。みんな、大丈夫?」
僕がその場の皆に確認をすると、揃って、ニッと笑った。
トリーの艦隊が続々と東京湾に着水する。
マクセン搭乗の総旗艦だけが、僕達の居る新宿御苑に着陸した。
「あのシールド、凄いね!」
僕が初対面のユーリに話し掛けると、ユーリは得意げにこう抜かした。
「あれはチランミラーリングといって、まだ確立されていない未完成の魔法。出たとこ勝負だったけど、賭けに勝っちゃいました!」
出たとこ勝負って……。
怖っ!
しかし、そんな事ばかりも言ってはいられない。
今回地球を救ってくれた惑星トリーの国王、マクセンがタラップを降りて、直々にこちらにやって来たのだ。
僕達に向かって、国王が言葉を掛ける。
「この度の被害には、心から同情する。そちらの魔法使いの方々のお陰で、敵に先制攻撃を仕掛ける事が出来た。そのお礼として、地球の方々には是非ともトリーに移住して頂きたい。敵地の元パルチザンもそうするそうだ。どうだろうか?」
その瞬間、前に現れたのは、ミリーとプリーと言うらしい、良く似た兄弟。
地球に住む事にした、マクセンの息子達である。
悪運強く、生き延びていたのだ。
もちろん生き残れた理由には、リスにしか見えない小動物、ペグの力もあったようで。

ミリーが言う。
「この人達は行かないょ。僕達も残る。気骨ある地球人の行く末を、最後まで見届けたいからさ。」
プリーも続ける。
「ここはトリーと違って虫も獣もいるし、嫌な所もあるけど、慣れちゃうと快適なんだ。何より、自由!」
ミリーとプリーのその言葉を聞いて、二人をがっちりと抱き寄せるマクセン。
で、一言。
「お前達、ホモなのか?」
これには、二人顔を見合わせて、苦笑い。
「そうなのか?」
仕方なしに、二人はそうっと頷く。
ゴツン!ゴツン!
目から火花が飛び出るような衝撃。
マクセン、渾身のげんこつ。
「今ので許してやる。達者で暮らせ!」
手を振るマクセン。
「ありがとーう!父さーん!」
二人、涙が止まらない。
恐らく、二度と会えないのだ、などと思っていると。
「また来年来てやる。それまでに復興に当たって欲しい物のリストを作っておけ。用立ててやる。それじゃ、また!」
マクセンは後ろを振り返る事なくタラップを登ってゆき、飛び去って行った。

(7) 語り : 語り部

ミリーとプリーは、財務相と外務相を務める事になった。
ここは、惑星トリーとのパイプが重視された。
防衛相と農水相は兼任でサーベター、復興相と国交相も兼任でユーリ。
どちらも、魔法が使えるからこその任命だった。
残りの大臣の椅子は、生き残った知識人が務める。
朔太郎も魔法は使えるが、生まれて来る子供達の子育てに専念するのだ。
魔法の能力では、サーベターやユーリの方が一枚上手だからだ。
ただ、サーベターはまだ妊娠中である為、出産までの間は防衛相と農水相の任を代わりに朔太郎が務める。
ユーリと脩も双子を作る事にした。
今は非常時だ。
子供は何人居ても足りない位なのだ。
仕方ないのである。
ミリーとプリーは作らない。
元宇宙人、そんな彼らには誰も子作りは求めなかったのである。

たったの五千人強。
残された地球人は、本当にそれだけだ。
もちろん中には、高齢の為に子作りが出来ない人達も居る。
だからこそ、若者には子作りが求められた。
古き良き地球の自由は、失われたと言える。
もっとも、発展途上国の中には、以前からそんな自由は存在していない、そういった国もあるにはあった訳だが。
だが、窮屈ではあっても朔太郎達は皆、絶望はしていない。
生き残れたのだ。
それだけでも幸せなのだ。
まだ悲しみのどん底にいる人達も少なくない。
朔太郎も脩も、親兄弟を根こそぎ奪われた。
それでも、前を向くのである。

(8) 語り: 語り部

一年後……。
子供が出来ても、朔太郎と脩は付き合っていた。
むしろ前よりも、仲良くなっていた。

子供は、可愛かった。
だがまぁ、うるさいうるさい。
男の子の双子が二組である。
サーベターもユーリも仕事で忙しい。
魔法がフル稼働なのだ。
よって、食事の支度から子供の面倒から洗濯から掃除から何から何まで、全てを朔太郎と脩がやるのである。
ちなみに、この八人は同居している。
これは朔太郎と脩が希望した事。
双子の面倒など、一人ではとても見きれないのである。
これ以上子供が増えたら……。
そう思うと、背筋が凍る思いの朔太郎と脩なのだった。

(Epilogue) 語り : 語り部

それからすぐ。
首都は東京に決まった。
地球全体何処を見回しても、何処も彼処もゴーストタウンなのだ。
その中でも最も被害が少なかったのが、日本だったのである。
極東の島国であった事が、幸いした。
という訳で、生き残った地球人の中で最も多かったのも、日本人なのだ。
東京に決まる訳である。
民主主義の基本に則った、とも言える。
各庁舎やその他公共施設などは、全てサーベターとユーリの魔法で建て替えられた。
老朽化した建物も幾つもあったし、そうでなくても、今の人口では使いにくい無駄に大きな建物も多かったのだ。
人口が増えた時には、また方策を考えればいい。
完全な復興には途方もない時間が掛かる。
それに比して、人の寿命は短い。
そう、人手不足は深刻で、これは簡単には解消出来ない。
だからこそ、少人数でも運用の出来る、効率の良い施設が求められたのだ。
時には、朔太郎が手伝う事もあった。
しかし魔法で、といってももちろん、一筋縄では行かない。
複雑精緻で時間の掛かる、大仕掛けで大変な魔法なのだ。
だからそれなりに時間は掛かるが、魔法の方がそれでも効率は良かったのだ。

朔太郎と脩、この頃はミリーやプリーと親交を深めていた。
「ねぇ、6Pしない?」
ミリーがまた面倒な事を言い出す。
いつもの事だ。
ミリーにもプリーにも彼氏は居るから、彼らも交えてSEXをしようと、そういう話なのだが。
「チーズみたいだね。6Pチーズ。そうだ、チーズ食べよう、みんなで!」
プリーが食べ物の話にすり替えてしまった。
先程までの話を完全無視するつもりでいた朔太郎と脩も、プリーのこの話には乗った。
「いいねぇ!食べよう、食べよう!」
「僕、チーズ大好き!チーズLOVE!」

で。
チーズを食べながら朔太郎は言う。
「こんな時だからこそ、LGBTI友の会みたいなものを作ろうょ!」
すると……。
「いい考え!僕が会長!」
「いや、会長は僕だっつの!」
ミリーとプリーが恒例の喧嘩を始めてしまった。
あーあ。
先が思い遣られる。

ちゃんちゃん。

続きを読む

関連記事

最新記事

検索フォーム

QRコード

QR