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Bloomin’ Flowers IV : 徒然小噺

水の中に潜る。
ゆったりとした波の動きに、暫し身を預けてみる。
旅先の海で、シュノーケリング。
ゴーグル越しに覗いた海は、魚たちの楽園だった。
「気を付けな!握った手綱は、決して離さないんだよ。いいかい?」
海の中から聞こえてくる声。
俺はどうしたらいいか分からなくて、ただ黙って頷いた。
それからずっと、何かある度にその時の言葉を思い出すようになっていた。
この時、相方さんは聞いていなかったようで、何も知らなかった。
休暇を取って二人で出掛けた、沖縄での事だったーー。

ずっと、一緒に居よう。
それが、二人で交わした、たった一つの約束だった。
白い薔薇の咲き乱れる庭の真ん中で、俺らは抱き締め合った。
俺らには時々、白い薔薇の囁きが聞こえる。
最初は幻聴だと思ったが、それにしてはいやにはっきりと聞こえる。
しかも、二人共同じ内容を聞いているのだ。
それはもう、驚いた。

最初は不気味だったが、どの薔薇も俺らへの敵意がないと分かると、自然と友達になっていった。
もちろんこの事は、二人と薔薇だけの、秘密だった。
バレると騒ぎになるからだ。

「ところでーー。」
俺らで勝手に長と名付けている薔薇の花が、よく通る声で一言一言を噛み締めるように、ゆっくりと話し始める。
「互いの気持ちを、裏切ってはいけないよ。ずっと仲良くするんだ。そんな姿が、お前さんたちには良く似合う。笑顔で、居るんだよ。」
気にはなった。
でもこの時は、忘れる事にした。
忘れて、しまったんだ。

それから一ヶ月後ーー。
俺は成り行きで、仕事先の先輩に組み敷かれていた。
酒を飲み過ぎたせいで、ここに至るまでの記憶は曖昧だ。
「リリン、リリン、リリン、リリン」
俺の携帯が鳴っている。
相方さんとは共に暮らしているので、心配したのだろう。
だが、今出る訳にはいかない。
放置していると、着信音は鳴り止んだ。

細い道を歩く。
だいぶ酔いが醒めてきた。
すっかり遅くなった。
お詫びにコンビニでアイスでも買って行こう。

家に戻ってインターホンを押すも、反応がない。
ここは鍵を使って開けるしか。
だが、鍵を解錠しても、チェーンのせいでドアが開かない。
困った。

俺は携帯を取り出すと、何度も鳴らしてみる。
が、音信不通だ。
もう家の前であるとはいえ、時刻は既に終電後。
無理もないか。
大体、俺がこんなに遅くなるのは珍しいのである。

待つ事暫し。
そろーっと扉が開く。
中から現れたのは、恨めしそうな顔。
「何だよ、こんな夜更けに。」
「そう言わずに入れてくれよ、頼む!」
「せっかく美味しい麻婆麺作って待ってたのにさ。ご飯はないよ。」
チェーンが外され、ドアが開く。
と共に抱き付いてくる我が相方。
可愛いな。
そんなことを思っているとーー。

「やっぱり!香水臭い!いつも香水なんかつけない癖に!この浮気者!出てけぇーー!!」
またドアは閉じられてしまった。
この家のローンを返済しているのは、俺なのだが。
とはいえ、酒のせいでもあったが浮気したのは、事実、なのだろう。
都合が良いのか悪いのか、その辺りの記憶がどうにも曖昧なのだ。
気が付いたらベッドの上。
その後も記憶は途切れ途切れ。
まぁ断片的には映像が思い浮かぶから、たぶん浮気したのだろう。
だがそもそも、俺には浮気をする動機がない。
俺はずっと相方さん一筋で生きてきた。
高校時代からの付き合いだ。
一度の過ちで全てを失くすのか。
情けないな、俺。

その夜は、繁華街のネットカフェで一夜を過ごした。
朝方。
携帯のバイブで目が醒める。
差し出し人は、相方さんだった。
「出て行く事にした。残った荷物は、全部処分してくれていいから。追いかけたって無駄だよ。僕、結婚する事にしたから。」
顔から血の気が引いてゆく。
相方さん、バイではない。
ゲイなのだ。
だから高校卒業後、二人して逃げるようにして、上京して来たのだ。

ここで庭の薔薇の花の声が、耳元で微かに聞こえた。
「いいかい、これが最後のチャンスだょ。タクシーを捕まえて、駅まで先回りするんだ。相方さん、まだ家だから、間に合うょ。すぐにそこを出て!」
俺は慌てて会計を済ませると、大通りでタクシーを拾い、大急ぎで駅まで向かった。

高一の夏。
クラスメイトに、俺は告白をした。
今の相方さんである。
「変態だと思うなら、それでも構わない。もし良かったら、俺と付き合って!」
相方さんに似合うと思って、白い薔薇の花束を渡した。
そうしたら相方さん、とても嬉しそうに笑って、黙って頷いてくれた。

それからは楽しかった。
ただ、俺らが住んでいたのは地方都市とはいえ結構な田舎であったから、怪しまれないように、それだけは気を遣った。
場所がないのでSEXもキスも出来ず、本当にプラトニックな交際を続けていたのだが、それでも毎日は楽しかった。

同級生は、上手くごまかせた。
元々共通の友人も居たので、三人でつるんでいる分には、誰の疑いの目もかからなかったのだ。
最後の最後で騙し切れずに俺らの関係が発覚してしまったのは、両家の両親だ。
卒業式終了後。
感極まって、周りに両親が居ない事を確認してから、俺らはこっそりとファースト・キスを済ませた。
それを、俺の父が物陰で盗み見ていたのだ。
そこへ、両家の両親が集まる。
無言の圧が凄かったが、彼らは至って冷静だった。
四人で何やら、ひそひそと話をしている。
やがて四人を代表して、俺の父が口を開いた。
「せっかく受かった大学、行きたいだろう?今この場で別れるのならば、通わせてやる。良い見合い話もあるだろう。別れないというのならば、即刻出て行ってもらう。それでも、結婚する気が起きた時は戻って来ていいぞ。よく考えるんだな。」
そこで二人手と手を取り合って、それぞれの実家に急ぎ、最低限の荷物だけを持ち出すと、上り列車へと滑り込むのだった。

「どうする、これから?」
俺が不安の眼差しを相方さんに向けると、目の前の丸顔はあっけらかんとしてこう言った。
「大丈夫だょ。二人だもん。何とかなる。」
その根拠のない自信が何処から出て来るのかは不思議だったが、何となく伝わってくるものは、確かにあった。

それからは、二人して物流関係のアルバイトをして生計を立てながら、地方公務員の試験の勉強をしていた。
安アパートにて、二人暮らし。
男同士なので、物件探しが大変だった。
これはもう、本当に。
まだ東京だったから救われたのだ。
仕事と勉強の両立は、それはそれは苦労の連続だったが、嬉しい事に二人共、試験は受かったのだ。
まぁこれでも二人揃って地元では、成績優秀で通っていた訳である。
そうでもなければわざわざ親が、あんな田舎から金のかかる大学へと進学させようとする道理はない。
少なくとも俺らの実家の方では、皆そう考えていた。

公務員になってみて、予想よりも激務だという事には面食らった。
だが時間が経つにつれて、家のローンを組めるようになったり、クレジットカードを作れるようになったりと、それまで考えられなかったような暮らしが出来るようになっていった。
ボーナスも多い。
なるほど、これは辞められない。
二十代も終わりに差し掛かった頃に、貯金の大部分を頭金に回して買った家は、都内近郊の一戸建て。
格安のリフォーム済み中古物件で、小さいながらも、庭が付いていた。
俺らはその庭を、白い薔薇で埋め尽くそうと話していた。
思えばあの頃が、それまでの人生の中で、一番楽しかった頃だったのかもしれない。

タクシーが、駅に到着する。
近くに花屋があるのを思い出した俺は、白い薔薇の花束を買って、相方さんの到着を待っていた。
今日は祝日。
店、開いていて良かった。

ドスン!

振り向くと、相方さんがこちらを見たまま手荷物を落として、呆然と立ち尽くしていた。
一歩、一歩、距離を詰める。
「今度デパートで結婚指輪を作ろう。もちろん、お金は俺が出す。頼む、戻って来てくれ!」
目の前の顔がくしゃくしゃになって、涙と鼻水でべちょべちょになる。
「可愛い顔が台無しだょ、ほら。」
俺がハンカチを差し出すと、顔中一通り拭いてから、色気も何もなくチーンと鼻をかんで、自分のパンツのポケットにそれを突っ込んだ。
『や、高かったのだが、そのハンカチ。』
とまぁ、思わない事もなかったが、ここは自業自得。
諦めねばならない。

「行こう。」
相方さんの掌が出て来た。
もう二度とないチャンス、繋いだ手は、離さない。
「もうしないでね。」
上目遣いで弱々しくこちらを見るので、俺は「もちろん!」と胸を張った。

帰る途中で、お昼の材料を買う事にした。
「今日から二人で禁酒!酒癖悪いんだから。今回のもどうせそのせいでしょ。破ったらお尻百叩き!絶対やるかんね!」
怖!
俺は別に酒に依存している訳ではないので、断酒は容易い。
ただ、弱いのだ。
すぐに意識を失くす。
俺はもう二度と酒は飲むまいと心に誓いつつ、それとなしに相方さんの横顔を眺めてみるのだった。
「う、何?なんか付いてる?」
「ううん。あんまり可愛いから、つい。」
「恥ずかしいょ、止めて。」
二人して笑った。
これでもう、大丈夫だ。

買い物しながら。
「実家には連絡入れたの?」
「ううん、まだだった。ギリギリセーフ。」
「良かった!麻婆麺作ってよ!炒飯と餃子もね。」
「良いけど、昨日早く帰ってくれば食べられたんだょ。ちょっとは反省してよね。」
「ごめん!」

スーパーで一緒に買い物。
休みの日はいつもだ。
平日は早く帰れそうな方が買い物をする。
二人共料理は作れるので、料理も早く帰った方の担当だ。
今日は休みなので、料理は一緒に作る。
幸せな時間。
豆腐や麺を選んでいるだけでも、楽しい。
二人して、笑顔が絶えない。
手放したくない、この時間を。
決して。

次の週末。
新宿のデパートの宝飾品売り場に来ていた。
二人してすっかり、お上りさん。
勇気を出して、店員さんに声を掛ける俺。
二人の結婚指輪を作りたいというと、怪訝そうな顔一つせず、商品を紹介してくれた。
良く出来た店員さんだ。
それにしても。
「や、高いな。」
思わず漏れた言葉。
横では、そんな俺を相方さんが睨んでいる。
買うとも、買いますとも!
もうこうなればヤケクソである。
どうせもう少し待てば夏のボーナスもある。
何とかなるっ!

サイズの調整があるので、その場では受け取れなかった。
また来るのかょ、ここに。
正直言って、デパートは苦手なのだが。
まぁ、元々が身から出た錆なのであるから、仕方ない。

カフェで休憩。
ぼんやりしていると、昔の事を思い出す。
中学生の頃。
クラスメイトの男の子から、告白をされた。
正直、好みではなかった。
だから、断った。
男の子、泣きながら駆け出して行った。
胸がちくりと痛んだ。
それで、終わる話だった。
が。
その場面を盗み見していた者が居た。
学年きってのいじめっ子と、その子分だ。
二人は、男の子がゲイだと吹聴して回った。
俺は断ったから助かったようなものだ。
可哀想に、男の子は遺書も残さずに自殺してしまった。
学校側はいじめがあった事を全面否定。
うやむやになって、終わってしまった。
ある日、男の子の両親と学校の廊下ですれ違ったのだが。
その時の両親の、鬼のような形相が今でも忘れられないーー。

「おーい!どうしたのー?心ここに在らずな感じ。まさか男の品定めとか!許せなーい!」
「違うからー!中学生の頃のクラスメイトの話。自殺した。」
「あぁ、その話か。悩むのはわかるけど、君は悪くないょ。大丈夫だから、ね。」
「ありがとう……。」
俺は思わず、泣き出してしまった。
涙と鼻水で、顔中べちょべちょだ。
「はい、これ使って良いょ。こないだのお礼!」
下ろしたてのハンカチを渡してくれた。
嬉しくて、更に涙が溢れて来る。
その後俺らは再び、デパートに戻った。
ハンカチを買うのである。
二人共に潔癖症のきらいがあるから、涙と鼻水でべちょべちょになったハンカチを、洗濯機で洗う気がしないのである。
地下食料品売り場で今夜のおかずも買って、帰宅。
一緒に夕食を用意して、笑って、喋って。
楽しい。
やっぱり俺には、君がいい。
心からそう思うのだった。

食事の後は、借りて来たブルーレイの鑑賞。
スプラッター映画だ。
二人共好きなのだ。
怖面白いのが、素敵だ。

夜。
事も済ませて、ベッドの縁に並んで。
相方さんの顔が優れない。
「どったの?」
「んぃやね、昼間泣いてたでしょ?似たような話が僕にもあってさ。記憶に蓋をしたくて、今まで話さなかったんだけど……。」

相方さんは切れ切れに、話を始めた。

「僕ね、中一の頃に、痩せ型の体の大きなクラスメイトから、告白されたんだけど。タイプではなかったので断ったら、たちまちいじめられるようになってしまって。結局転校したんだ。」

ゲイの告白、なかなか難しい。
俺も相方さんへの告白は、決死の覚悟でやったもんな。

俺は相方さんに、こんな言葉を贈った。

「東京は自由だ。俺らには住みいい。自由は時に残酷だけれど、それなしではたぶん、ゲイは生きられない。だから俺は自由が好きだょ。たとえ荒波に揉まれて沈む事があっても、二人でなら平気だ。自由であった事を、それで恨んだりはしない。そうだろう?」

相方さんは大きく頷くと、俺に抱きついて来た。
「今度は香水の臭いしないね。うん、僕はこれがいい。」
そのまま抱き合って眠りに就く。

翌朝。
今日からまた、仕事だ。
「頑張ろうね、お互い。」
「うん。」
所属する部署が違うので、仕事中に顔を合わせる事はない。
まぁ、その方が仕事に集中出来るから、良いのだ。
頑張って働かねば。
まだ家のローンがたんまりと残っている。
相方さんの笑顔の為にも、今日も頑張る!

ふと窓の外を見ると、木の枝にムクドリが二羽、留まっていた。
俺らもあんな風に見られたいものである。
可愛い。
そんな事を思って少し手が止まると、上司がやって来て咳払いをする。
いけね!

同じ庁舎に勤務しているので、上手くいけば一緒に帰れる事もある。
今日は二人揃って定時退勤。
こんな日は、二人でスーパーに行くのが楽しみなのだ。
今ここに在る幸せを、決して手放さないようにーー。
もう過ちは犯さない、そう固く心に誓った。
家の薔薇や海の生き物たち、みんなありがとう。

もうすぐ、相方さんと出逢った記念日だ。
忘れてはいない。
プレゼントはちゃんと考えてある。
俺らの日々は、まだまだ終わらない。

お・し・ま・い

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Lumina Sacra : 光の波に抱かれて

海岸に独り、佇む。
水平線が丸く見える。
向かい風が、少し冷たい。
季節は、秋。
一番嫌いな季節なのに、ここに来ると何故かほっとする。

そっと、歩き出す。
波の音が心地いい。
誰も居ない海岸では、聞こえるのはひたすら波の音だけだ。
うっすらと空が白み始める。
朝焼けに照らされて水面がきらきらと光っていた。

ここは俺の、とっておきの場所。
人はここを、光の海岸と呼ぶーー。

Lumina Sacra : 光の波に抱かれて

終わっていた。
俺は、とっくに。
後悔は、していない。
あの子の事が好きだったから、犯されても構わなかった。
ただ、生きる事が大変だった。
ただ、しんどかった。

四年前の秋。
俺はあの子に出会った。
二つ年下の、丸っこい男の子。
はにかんだ笑顔が可愛い、人の良さそうな小悪魔だった。
俺は、夢中になった。
出会ってたちまち、恋に堕ちた。

ある日の午後。
大学のキャンパスで。
あの子から声を掛けてきた。
チャンスだ。

「今日これから、時間ある?良かったら一緒に食事でもどう?」
鼓動がやけにうるさい。
どうも、少し調子がおかしい。
こんな時だというのに、俺の三半規管は悲鳴を上げていた。
でも、俺は踏ん張った。
「良いよ!何処か希望ある?奢るよ。」
どうにかそう言い終えて、俺は少しほっとした。
「ほんとに!?やったね!僕、イタリアンが良い!」
男の子、嬉しそうだ。
良かった、本当に。

レストランで。
中途半端な時間だったからか、店内は客もまばらだ。
サーブされたフレーバーウォーターを口に含みながら、俺は少し考えていた。
何から質問しようか。
正直、迷っていた。
ここでも、口火を切ったのは男の子の方だった。
「僕の名前は、弘也。よろしく!」
柔らかそうな掌が差し出されて、慌てて握る俺。
失敗した。
そうだ。
まだ、名前も聞いていなかったのだ。
「こちらこそよろしく!俺の名前は章彦。」
それだけ言うと、俺はグラスの中のフレーバーウォーターの残りを飲み干した。

パスタとピザがやって来た。
それにしても弘也、美味そうに食べる。
俺も負けてはいられない。
こんな飲み物、どうって事ない。

弘也、青葉台で独り暮らしをしているらしい。
家賃は四十万円だとか。
もしかして、親がセレブなのかな?
築三十年のアパート暮らしの俺とは、えらい違いだ。
そういえば服も垢抜けていて、お洒落だし。
そんな事を思いながら、話を聞いていた。
そもそもこれ、俺が奢る話なのか?
年上だから仕方ないのだけれども。

弘也はバイだという。
聞かれたので俺は、ゲイだと即答した。
嫌な予感がした。
特に根拠らしい根拠は、なかったのだけれども。
ただ昔、付き合っていた子がやはりバイで、俺と女の子と二股をかけていた事が分かって、手を焼いた事があるのだ。
その二の舞は困る訳だ。
だから俺には、ここで引き返すという選択肢も用意されていた。
そうだ。
そうしていれば良かったのだ。
だが猪だったこの時の俺は、目の前の弘也の見た目の可愛らしさに気を取られて、肝心な事を見失っていた。
今思えば、愚かだった。
いや、そうだろうか、そうだったろうか、果たして本当にーー。

ベッドの上で。
俺に組み敷かれた弘也は、寝乱れていた。
食事の後、早速自宅に誘われた俺は、成り行きで弘也を抱いていたのだ。
コンシェルジュ付きの窓も開かないガラスカーテンウォールのタワーの一室、1LDK。
何もかもが俺の住む世界とは違っていて、俺はこの時、舞い上がっていた。
まるで自分までもがセレブになったような気でいた。

俺の両親は、厳格だった。
保守的な考えの二人だったから、一人息子がゲイだなどとは、考えもつかなかったに違いない。
それを分かっていたから俺は、その事は敢えて隠し通そうとしていた。
たとえそれが、無理押しだと分かり切っていてもーー。

二回戦目。
弘也は、今度は自分がリードするという。
されるがままに、堕ちて行く。
今度は俺が、寝乱れていた。
カメラの前で。
そう。
この時俺は、隠し撮りをされていた。
そんな事とはつゆ知らず、俺はこの時、快楽の坩堝に居た。

事を終えた弘也は、さっきまでとは一転して、冷たい態度を取るようになっていた。
まぁこんなものかと思い、その日はそれで解散となった。
連絡先の交換をして、それでお終い。
呆気ないものだ、そう思っていた。

翌日、大学のキャンパスで。
弘也は、見せたいものがあるという。
手を引かれるようにして再び、弘也の自宅マンションへ。
内廊下を歩いている間、俺はジャングルの中の昆虫のような気分だった。
部屋に入ると、おもむろにビデオを見せられる。
驚いた。
腰が抜けそうになった。
そこに映っていたのは、紛れもなく俺。
何という事だ。

弘也に出会うまで、俺は大学には友人は一人しか居なかった。
名は、克太郎と言った。
俺は克太郎には、親が厳格だといった事を含めて、個人情報を洗いざらい話していた。
信用していたのだ。
俺は間抜けだった。
漏れるとしたら、そこからしかないのだ。

俺は言った。
「克太郎とも寝たのか?」
弘也は、ただ下卑た笑いを浮かべるだけだった。
そして、暫しの沈黙の後、畳み掛ける。
「これが意味する事、章ちゃんなら、分かるよねぇ?」
抵抗する事は、最早許されない。
そう思うしかなかった。

敢えて俺は聞く。
動機が知りたかった。
どう考えても、金に困っているようには思えなかった。
答えは、簡単だった。
「親の仕送りだけじゃ、服代とか酒代とか、足りないんだよね。このニット、十二万すんのよ。まさか着た切り雀って訳にも、いかないだろう?」
しかし、服代はまだしも、酒代とは!
弘也はまだ未成年なのにだ。
まぁ本人にしてみれば、あまり関係のない事だったのかも知れないが。
で、俺はプライバシーと引き換えに金を払う事になるのだ。
だが、俺にはそもそも、余分な金は一切なかった。
そんな考えは見え透いていたらしく、弘也は短くこう言った。
「金がないなら作ってもらう。今日から、俺の客と寝ろ。」
要は、売春しろという事だ。

回らない頭で考える。
そもそも俺の裸には商品価値はあるのか?
甚だ疑問だった。
だがその日の夜の情事の相手を一目見て、俺は事情を理解した。
相手は、老人だったのだ。
それも総入れ歯で、レビトラを使って無理矢理に勃たせているような。
正直、吐き気がした。
気持ち悪かった。
でも、引き下がる訳にはいかない。
そんな事では、これから先待ち受ける運命に耐えられる筈がなかったのだから。

それからの日々は、地獄だった。
俺は毎日のように、金持ちの老人の相手をさせられた。
それだけではない。
フェイスマスクを被った弘也と、寝る事もあった。
内心は、複雑だった。
弘也と寝られるのは嬉しいが、その映像はAVとして世に出回るのだ。
そんなものをうちの親が観たら、卒倒するに決まっている。
何しろ、仕送りで生活する身だ。
ここは隠し通すしかない、そう思った。

この頃から、空いた時間に独りで、海に行くようになった。
密かに光の海岸と呼ばれる、知る人ぞ知る名所があるのだ。
そこに行って無になる事で、魂が浄められる気がした。
それで俺は、救われていたのだ。
誰にも教えたくない、秘密の居場所。
そこは程なくして、俺の宝物になったーー。

実は誰かから性的陵辱を受けるのは、これが初めてではなかった。
容姿に自信はなかったが、俺は童顔だったので、少しは需要があったようなのだ。
その相手は、中学校時代の担任だった。
「俺と寝ろ。嫌なら断ってもいいが、内申書はどうなるかなぁ。後は、分かるだろ?」
今にして思えばたったそれだけの事で、俺は担任に逆らえなくなっていた。
その担任は絶倫だったらしく、週末も含めてほぼ毎日相手をさせられていた。
逃げる事など許されなかった。
ただ、生きる為に体を奉仕した。
そうするしかなかった。
少なくとも、あの頃は。

良い事もなかった訳ではない。
同級生による虐めから、担任が俺を守ってくれたのだ。
これは俺が担任の性処理相手となっていたからこその事だった。

もちろん、弘也も鬼ではない。
俺はSMが大の苦手だったので、無断でそうした行為を強要してくる相手の事は、弘也が排除してくれた。
コンドームの着用も、念を押してくれていた。

それでもーー。
心は、いつでも痛かった。

俺は確かに、自尊心の欠片もない人間だ。
それでも、誰かに守られたい時はある。
そんな時、弱虫だった俺は、自分で自分の体を抱き締めて泣く事でしか、自分自身を慰めてやる事は出来なかった。

それから四年後。
ある晴れた秋の日の、夜明け前。
俺は光の海岸を前にして、佇んでいた。
昨日、弘也に一言、こう言われた。
「死ぬなよ。」
どういう意味でだったかは分からない。
だがそれでも、たったそれだけの言葉で、俺は救われたような気がしていた。

ふと、水に手を入れてみる。
ひんやりとした感触が、心地いい。
この中に入って、あの世に行ってみるのも、悪くはないと思えた。
でも、そこで先程思い返したあの弘也の一言が、効いた。
あれがなければこの日、俺は死んでいたかもしれない。
弘也は、俺を見ていないようでいて、実はしっかりと見ていたのだーー。

昔話。
高校時代。
同級生の男の子から、告白をされた。
その子は、真っ赤な薔薇の花束を持って俺の前に現れた。
「章彦くん、僕と付き合って!」
彼なりの、精一杯。
俺は、その告白を受け入れたーー。

しばらくの間は、幸せだった。
だが交際を始めて一年が経った頃に、事態は急変する。
互いの両親に、関係が知られたのだ。
程なくして、俺たちは逢瀬を禁じられた。
俺は、両親から何度となくビンタをされた。
「信じられない!穢らわしい!うちに居たかったら、二度としないで!」
「親不孝者め!お前と言う奴は!この野郎が!」
同級生の男の子は、引っ越して居なくなってしまった。
俺は心の支えを、失った。

話を戻して。
光の海岸から帰って来ると、弘也から告白をされた。
「章彦、今までごめんね。良かったら、僕と付き合って!」
弘也はどぎまぎとしていて、珍しく取り乱していた。
それもまた可愛くて、俺は嬉しかった。
何より良かったのは、老人相手の売春から解放された事だ。
弘也、足を洗うらしい。
俺は住所はそのままで弘也の家に転がり込んで、両親には内緒でハッピーゲイライフを満喫する事となった。
意外な事に、付き合ってみると弘也は一途だった。
てっきり根っからの遊び人かと思っていた。
人は見かけによらないのである。

弘也の家の台所には、高い酒のボトルが幾つもあった。
弘也は酒を餌にして仲間を呼び寄せ、度々パーティを開いていたのだ。
その、置いてある酒というのがまた振るっている。
ドンペリゴールド、リシャール、ルイ13世、ロマネ・コンティーー。
俺は服はともかく、酒は止めるように勧めた。
強制はしなかったが。
またぞろ誰かを餌食にするというのでは、あんまりだというのもあった。
健康の事も、もちろんある。

弘也が酒断ちをしてから三日目の夜。
仲間とも断交。
それがあまりにも辛そうだったので俺は、彼を光の海岸へと連れて行く事にした。

独り自宅に戻って、車を取りに行く。
中古車だが、俺は一応、車を持っていた。
助手席に弘也を乗せて出発。
それにしても、弘也のマンションと俺の車、合成写真のようでどう見ても釣り合わない。
まぁそこはご愛嬌である。

子供の頃。
虫が大好きだった。
今とは大違いである。
中でも、カブトムシが一番、好きだった。
中には食べる人も居るようだが、当時の俺にとってそれは、考えられない事だった。

父とはよく一緒に、森へと出掛けた。
数少ない親子の共同作業、或いは共通の趣味。
カブトムシを何匹も捕まえては、虫籠に入れていた。
父はとても嬉しそうだった。
俺もとても嬉しかった。

母は虫が大の苦手だったので、虫籠には近寄ろうともしなかった。
ある時、父は言った。
俺の普段の振る舞いを見て、不審に思ったのかも知れない。

「ホモにはなるなよ。虫けら以下になるぞ。」

ただそれだけの一言が、ずしんと心に響いた。
それからも父とは、度々森へと出掛けたーー。

俺は弘也との秘密は、墓場まで持って行く事に決めていた。
今度こそ何が何でも隠し通す、そう決意していた。

朝焼けの中。
光の海岸に着いた。
弘也は目を丸くした。
水面は煌びやかに光り輝き、宝石のようだった。
静かな海岸で二人、波音に耳をそばだてるーー。

「綺麗だね。」
「うん。」

それ以上の言葉は、要らなかった。
二人にとってこの時間はかけがえのないものだったのだと、後で知る事となる。
この時を境に、弘也は変わったのだ。
これも聖なる光の力のお陰かも知れない、そう思った。

分不相応な酒瓶は、弘也の家の台所から、姿を消した。
弘也は、洋服も前程には買わなくなっていた。
以前は、クレイジーショッパーだった。
そう言って、弘也は笑ったーー。

ある日、弘也はデパートに俺を誘った。
俺は正直、乗り気ではなかった。
だが、てっきり洋服でも買うのかと思っていたら、違ったのである。
弘也は俺と、宝飾品を見ようとしていた。
結婚指輪を作ろうというのである。
いい考えだとは思った。
指輪を見れば、周りも安心するかも知れない。
ただ、俺には金がなかったーー。

「お金ならいいよ。散々体で稼いでもらったからね。これはそのご褒美!」

二人の結婚指輪。
まるで新婚の夫婦ではないか。
内心では、戸惑いもなくはなかったが、そこはやはり嬉しさが勝った。

幼稚園の頃。
無邪気に結婚に憧れていた。
だが俺は女の子と仲が良くて、当たり前のように結婚は男の子とするものだと、そう思っていた。
女の子と仲が良い事は、男だから自然だと、両親も咎めなかった。
ただ、ままごと遊びだけは、固く禁じられたーー。

男らしく、女らしく。
両親が求めていたような価値観に、気付けば俺は違和感を感じるようになっていた。
俺は自分が男らしいかどうかは、正直言って自信がない。
それでも、こんな俺でも弘也は、必要としてくれた。

「生まれて来てくれてありがとう、弘也。」
ふっと、素で出て来た言葉。
それが弘也の涙腺を刺激したようだった。
「章彦もだょ!ありがとね。」
それからしばらくの間、二人、何も言わずにただ抱き合っていた。

SEXの方は、予想通り弘也は、絶倫だった。
だがその点では俺も負けてはいない。
まだ若いのだ。
この点、相性が良かった訳である。
良かった。

その後。
ある日の夕方、再び俺たちは光の海岸へと足を運んだ。
二人共、自分たちの関係は死ぬまで親には内緒にするつもりだ。
それでもいい。
とにかく、一緒に居たい。
それだけだった。

これから先、何があるだろうか。
果たして、耐えられるだろうか。
疑問は残る。
それでも、前に進むしかないーー。

そんな思いを内に秘めたなら、きっと強い筈、そう思った。
俺たちには、武器がある。
どんな時でも、あの聖なる光のシャワーを浴びれば、きっとまた立ち直れる筈だ。
そう信じているから、頑張れる。
まだまだやんちゃな弘也だが、徐々に俺色に染まって来ていた。
これから先、どうなるかーー。
俺にとっては、それも楽しみだった。
未来の俺らに、まずは乾杯だ。

お・し・ま・い

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ANNIVERSARY

寒い冬の午後。
日曜日。
仕事は休みだ。
炬燵に入ってぬくぬくとする。
蜜柑を剥きながらふと窓に目をやると、結露で涙のように水が滴り落ちていた。
それはもしかしたら、あの時の君の涙かも知れないーー。
どうかしている、そう思いながらも、心の何処かでどうしてもそんな事を考えてしまう俺が居た。
あの別れから三年。
罰せられるべきは、俺の心だーー。

部屋のサボテンが萎れてしまった。
大した事ではないのだが、なんだか泣けて来てしまう。
冬なのにうっかり水をやったのがいけなかったのか。
一度の過ちで取り返しのつかない事になる。
人生には、そうしたトラップが数多い。

仕事を辞めようかどうしようか、迷っている。
今は製菓工場で働いているのだが、辞めて田舎に帰ろうかとも思っている。
田舎に帰るという事は、ゲイとして生きる事を諦めるのと、同じ事だ。
でも、それも良い。
どうしようもない俺には、ちょうど良い罰だ。
女を抱くのか。
俺に出来るか。

でも、やってみなければ分からない事があるのも、事実だ。

携帯のメールアドレスを変えられない。
出来なかった。
この三年間、ずっとだ。
また君に逢えたらーー。
そんな妄想に囚われて、女々しくも変えられず終いだった。
今日、変えようか。
どうしようか、悩む。
頭の片隅がやけに痛いのを感じながら、結局はまた変えられないのだった。

上着を羽織って、外に出てみた。
息が白い。
この季節は、いつまで続くのか。
いつまで俺の心を蝕むのか。

携帯がメッセージの着信を知らせる。
どうせ詐欺紛いの広告だろう。
俺はそれを開かない事にして、近所の花屋に向かった。
店頭で。
またもサボテンに目が行く。
サボテン、風水では良くないとされているらしいのだが。
まぁ、何を今更だ。
俺はセレウスというサボテンを買って帰る事にした。
ボブのヘアスタイルが印象的な、感じの良い店員さんが笑顔で言う。
「可愛がってあげてくださいね。」
俺はその時ぼんやりと、女を抱くというのはどういう事なのかと、考えていたりした。
「どうかなさいましたか?」
気が付くと、店員さんが怪訝そうな顔をしていた。
当たり前だ。
俺は自分の浅ましさに嫌気がさし、袋を受け取るとそそくさと店の外に出た。

雪がちらついていた。
君と、そう、あの子と出逢ったあの日の事を思い出す。
あの日も、ちょうどこんな雪の日だった。
五年前。
あの子はウチの最寄りの駅前で待っていた。
時折時計を見る仕草が、遠目から見ても可愛かった。

俺は駆け出していた。
目の前で転びそうになっている所に、手が差し伸べられた。
短くて太い指の、小さな桜色の手だった。
「あの……。嘉之さんですよね?僕、公彦って言います。はじめまして!」
冗談交じりで、空いた手で敬礼のポーズを取る。
そういえば公彦、警備員のアルバイトをしていたのだった。
小さな、丸っこい体の、警備員。
地元のスーパーで働いていたのだった。
あれから、どうしているか。
確か、正社員になっていた筈だったが。
元気にしているといいな。
あわよくば、一目姿が見れたらーー。
女々しくもそう思う自分がこの時、居た。
もう自分にはそんな資格は、ないというのに。

で、その時の俺はというと、転びそうになった事へのフォローに必死だった。
何しろ、可愛いのだ。
「やぁ、ごめんね。君があんまり可愛かったから、早く話してみたくて、焦っちゃった。」
俺は、照れ隠しに舌を出す。
「大丈夫です!ぼくなら、逃げませんから!」
そう言ってはにかんだ笑みを浮かべる公彦を見た時に、俺はこの子の傍に居たい、心からそう思った。

中学校卒業間際。
俺は失態を犯した。
部屋に隠してあったゲイ雑誌が、親に見つかったのだ。
その時の父親の対応は、苛烈と言って差し支えのないものだった。
「お前が心を入れ替えたら、高校や大学に進学させても良い。そうでなければ、中学卒業と同時にこの家を出て行け!これ以上親不孝者の面倒は見切れん。このままならもう二度と、ウチの敷居は跨がせん!」
だが同時に、こうも言っていた。
「お前は家の跡取りの、一人息子だ。心を入れ替えたら、いつでも戻って来るんだ。その時は、嫁さんも加えて、もう一度家族をやり直そう。」
或いはこれが、父親なりの温情だったのかもしれない。

俺は結局、着の身着のままで家を飛び出して、今も勤める小さな製菓工場に就職した。
最初は、忍耐が必要だった。
だが、仲間は出来ないまでも、周りの空気は次第に穏やかなものになっていった。
俺の働きぶりが認められたのだとーーそう思いたい。

当時、面接をしたのは専務さん。
俺は就職後しばらくの間、専務さんからはとても可愛がられていたから、採用されたのも偶然ではあるまい。
或いはもしかしたら、見る目があったのかもしれないが。

ここを辞めたら後がないーーそう思っていたから、これまで無遅刻無欠勤を通して来れた。
それがここに来て、崩れ去ろうとしている。
本当にこのまま流されていいのか。
後悔はしないのか。
何度己に問い質しても、答えは曖昧なままだ。
『どうしようもねぇな、俺。』
俺は積もって来た地べたの雪を蹴っ飛ばして、何となくふらつき始めた。

公彦とは、出逢ってすぐに意気投合。
そのまま、付き合い始めた。
何もかもが順調で、俺たちは幸せを謳歌した。
それから二年。
そう、今からちょうど三年前。
公彦に突如、結婚話が持ち上がる。
それは家同士の都合による、愛の欠片もない結婚だった。

「ねぇ嘉之、助けてよ!結婚なんかしたくないよ!」
涙交じりで縋る公彦に、俺は冷淡だった。
「別れよう。」
それが、公彦に告げた最後の言葉だった。
「うわぁぁーっ!!」
叫び声が、いつまでも耳に焼き付いて離れなかった。
とはいえ、どうせこのまま公彦を匿っていても、公彦の親御さんは乗り込んで来るに違いない。
こうするより他なかったのだ。
それに、この結婚を機に公彦は警備会社の正社員となれるのだ。
いわゆる、コネクションである。
こういうのは、大事にすべきなのだーー。
そう言い聞かせて、誰も居なくなった部屋で俺は独り、号泣した。

それからの三年間。
俺は何もなくなった空っぽの心を抱えたまま、ただひたすらに働き続けた。
汗水流して、一日も休まず、文句も言わずに、黙々と。
「嘉ちゃん、あんまり根を詰め過ぎると、続かんよ。」
パッと明るい笑みで専務さんが声を掛けてくれる。
実はこの三年間、俺は専務さんの性処理相手となっていた。
好きだった訳ではない。
でも、優しかったからーー。
だから俺は、その大きな背中に縋った。
もちろん、専務さんには家庭があった。
だからこれは密やかな、誰にも告げられない関係だった。

ある日、いつも使っていたブティック・ホテルのベッドの上で。
「嘉之は良い子だね。また会おうね。」
「うん。」
頭を優しく撫でられて、この時、俺は情けない事に溢れ出て来る涙を止める事が出来なかった。

気が付くと、サボテンの入った袋を提げたまま、最寄り駅の前まで来ていた。
「いけね、帰らないと。」
この時、何故だか携帯に届いていたメッセージの内容が気になり出したので、取り出して通知を見る。
それを見て、俺の体に衝撃が走った。

その時だった。
「嘉之ー!」
振り返るとそこには、三年前と寸分違わぬ公彦の姿があった。
「僕は今日、離婚して来た。両親とも、家族でなくなった。仕事も、辞めて来た。もしも許してもらえるなら、もう一度嘉之の傍に居させて欲しい。我儘かも知れない。でも、きっと嘉之となら“家族”になれる、そう信じられたから、だから今日、ここに来た。三年前のあの日、もっと体当たりでぶつかっていけなかった事、後悔している。今なら言える。嘉之、愛してる。」
公彦はそれだけ言い終えると、涙交じりの笑顔で、敬礼のポーズを取った。
俺は体が動かなくて、その場に崩れ落ちた。

それから三日後。
俺は専務さんと会っていた。
本当は、これで終わりにするつもりだった。
だが、専務さんはそれを許さなかった。
「ねぇ専務さん、こうして会うの、これで終わりにしようよ。」
「ーー好きな相手でも、出来たのか?」
どきりとした。
何も言えずにいる俺を置き去りにして、専務さんは続ける。
「お前がもう会わないというのならば、私はお前をクビにする。それだけだ。」
固まった。
動けなくなった。
そんな俺に専務さんは尚も続ける。
「別にそいつと別れろと言っているんじゃない。私にだって、壊せない家庭がある。お互い様だ。上手くやれ、そういう事だ。」
俺は何故だか込み上げて来る涙を止められないまま、黙って頷いた。

行きつけのブティック・ホテルからの帰り道、俺は昔楽しかった頃の公彦との思い出を思い返していたーー。

冬。
二人で時々、スノーボードに出掛けた。
転んでは雪をかけ合い、楽しかった。
夜は温泉に浸かって、ほっこり。
料理も楽しみの一つだった。
山菜や釜飯、川魚に舌鼓を打った。

春。
近所の公園に、お花見に行った。
夕方、花見客で賑わう中、ブルーシートの上でほろ酔い気分。
桜は、散る間際が美しい、この時改めてそう思った。
では、愛はーー。
それには、今も答えは出せていない。

夏。
二人してアイスと素麺ばかり食べていた気がする。
一応いっちょまえに海にも行ってはみるのだが、芋洗いの中に入り込む気も起こらず、二人してビーチの上でごろごろ。
もちろん、それはもう暑い暑い。

秋。
世間では芸術の秋なんてのもあろうが、俺たちにとっては違う世界の話だ。
もう脇目も振らずに、何と言っても食欲の秋!
色んなグルメがあるが、中でもすき焼きは良く食べた。
本当に、しょっちゅうだった。
二人共、大好物だったのだ。
そういえばあれ以来、すき焼きなんて食べていないーー。

あれから俺たちは、寄りを戻していた。
だが、何処かぎこちない。
たぶん公彦が、俺の振る舞いに不安になっているのだろう。
それでも、今会社をクビになる訳には行かない。
何としてでも。
何しろ、公彦は今、求職中。
俺の部屋で暮らしながらだ。
働いているのは今の所、俺だけ。
安月給と言えども、失くす訳には絶対に行かないのだ。

ある日、帰宅。
今夜はすき焼きにしようと、メッセージで送っておいた。
帰りがけについでに、材料もしこたま買っておいた。
食いしん坊の俺たちでも、たぶん足りるだろう。

鍋を囲んで。
公彦、笑ったままで、泣いていた。
器用な事だ、などと笑い飛ばせる訳がなかった。
公彦には、もう分かっていたのだ。
何も言えない俺。
口を開いたら最後だと、そう思っていた。

次の瞬間だった。
「ごめんね、僕、邪魔だったよね。」
泣きながらベランダに駆け込む公彦。
これはいけない、そう思った俺は、駆け寄りながら叫んだ。
「愛しているんだ、本当に!だから、止めてー!」

翌日、月曜日。
俺は、病院にずっと居た。
可哀想に、公彦の親族へは誰が電話をしても、誰一人として話を聞こうともしなかったらしい。
警察には根掘り葉掘り、色んな事を聞かれた。
それはもう、興味本位ではなかったかという位に。
公彦は、一命を取り留めた。
だが、その後の推移によっては、後遺症が残る可能性も、十分にあった。
俺は専務さんに、この日欠勤した訳を残らず、余す所なく話した。
それはとてつもなく、勇気の要る事だった。
だが、俺の心配を他所に、専務さんはこの時、優しかった。
専務さんは後悔をしているようだった。
そして、話の最後に、こう言ってくれたーー。
「公彦くん、早く良くなるといいな。嘉之、二人で頑張れ!仕事の事は心配するな。見舞いの為に定時で上がる分、ちゃんとフォローしてやる。明日から、ちゃんと来るんだぞ。」

俺は、どうしようもない奴だった。
一人息子なのに家業の和菓子作りも手伝わず、公彦の事も救えなかった。
俺は実家には戻らない決意を固めた。
何としてでも、公彦に寄り添ってやりたい。
その一心だった。

その後。
公彦はなかなか目を覚まさなかった。
だが、ここで俺が折れる訳には行かない。
病院代もあるのだ。
稼がねば。
毎日仕事終わりに病院に顔を出す日々。
「感心ね。頑張って!」
看護師さんには度々、励まされた。

ふと、思い出す。
昔付き合っていた頃に、公彦とこんなやり取りをしていたのを。

「なぁ公彦。もしも俺が浮気してたら、どうする?」
これに公彦、ニカッと笑って、こう言った。
「そしたら僕、居なくなっちゃうかもしれない。」

今思えば俺は公彦にとっては、最後のよすがのような存在ではなかったか。
それだけに、その心情を慮れなかった俺の失態は、決して許されるものではなかったのだ。

あの言葉。
ーーそしたら僕、居なくなっちゃうかもしれないーー

この時まさに、その通りの状況になりつつあった。
掌から零れ落ちてゆく砂のように、公彦の命は風前の灯火にも思えた。

それから半年。
険しい表情をして、ある人物が俺と公彦の居る病室に姿を現した。
公彦の容体は奇跡的に安定はしていたが、まだ目覚めない。
そんな中での来訪。
やって来たのは、公彦の実姉であった。
暫し、無言。
ようやっと口を開いたお姉さん、「これ。」とだけ発すると、小型のアタッシュケースを黙って置いて帰ろうとした。
カチンと来た。
中身の見当は、付いていた。
「何だこれは!」
じりじりと近付く俺に、お姉さんは冷たく言い放った。
「五百万。手切れ金。お金、要るんでしょう?これ以上は出せないし、もう関われないの。ごめんなさいね。」
本当は、怒る所だったのかも知れない。
だがこの時の俺は、情けない事に涙が溢れて止まらなかった。
お金は、喉から手が出る程に欲しかったからだ。
だから、俺はアタッシュケースを抱き抱えると、その場に崩れ落ちたーー。

一年が過ぎた。
この頃は安らかな寝顔を見せてくれる。
これで十分かもしれない。
そう思いかけていた。
だが、その時だった。
「公彦ーー!?」
ついに公彦は目覚めたのだ。

医者の見立ては厳しいものであった。
それだけに、感無量である。
とはいえ、本番はこれからだ。
右半身の一部に、麻痺が残っている。
長いリハビリが、始まろうとしていたーー。

俺は、仕事以外の時間は、極力公彦の傍に居てやるようにした。
俺が居ると、目の輝きが違うのだ。
何だか、照れ臭い。
が、これも大事な、二人の共同作業。
公彦が全快した際には、きっと笑い話になっているだろう。
この時の自分には、そんな予感がしていた。

だが、この話はここで終わらない。
俺たちの読みは、甘かった。
専務さんの奥さんが、かつての専務さんと俺の不倫の事を、嗅ぎ付けてしまったのだ。
たまには携帯のチェックをと思ったらしく、たまたま端末に残っていたメールを、ロックが解除された状態で専務さんがトイレに行った隙に、見てしまったらしい。
それまで綺麗好きで見た目も美人であった奥さんが、みるみる内に家事がこなせなくなり、部屋やリビングにはゴミが堆積。
容姿に至っては、見るも無残だったという。

結局、専務さんは小さな施設に奥さんを入れる事にして、別居する事となった。
その話を聞きつけた俺、いてもたっても居られず、翌朝会社で、専務さんにその事を尋ねてみる事にした。

翌日。
専務さんの顔は、優しかった。
「私は二人に悪い事をした。償っても償い切れない。気にしなくていいんだよ。権力を笠に着て、やりたい放題やっていた自分がいけなかったーーごめんな。」

それだけで、たったそれだけの言葉で、嬉しかった。
全てを許せる、そんな気が少なくとも今の俺にはしていた。
それよりも俺は、奥さんの方が気掛かりだった。
世の中、上手くはいかないーー。
この時の俺はまさにそれを、痛感していた。

それから二年。
俺は良く耐えた。
公彦もそれ以上に、本当に良く頑張った。
俺は会社での頑張りが認められ、副工場長にまで上り詰めていた。
中卒では異例の出世だ。
辞めなくて良かったーー。
本当に心からそう思った。

公彦は、警備員の仕事は絶望的だが、専業主夫としてなら頑張れそうだ。
脳にまだ障害が残っているので、記憶を忘れている事もザラだが、実家の人たちの事は覚えていなくても、俺の事は覚えてくれていた。
まさに、感無量だ。

これから先は、何があっても二人で助け合って生きて行こうと思う。
今日は俺たちの、大切な大切な、記念日となった。
何があってもこの日を、この絆を忘れないーー。
そんな自信がある内は、まだまだ平気だ。
そうだ。
まだ行ける、まだ大丈夫。
二人、手に手を取ったら、意外と俺たち、パワフルなんだ。
これは最近気付いた事。
遅過ぎたかもしれないが。

そう、とにかく頑張る!
脳裏に咄嗟に浮かんだ言葉。
それしかない。
あの子の、公彦のあの堪らない笑顔の為にも。
きっと幸せにすると誓って、俺は息を一つ、深く深く吸い込んだのだった。
掴んだ手は、もう離さない。

-完-

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Hero [キミに捧ぐ詩]

独りぼっちだった。
ずっと、ずっと。
もう思い出せない程昔から、ボクの傍には誰も居なかった。
そんな日々を、苦闘を、キミだけは見ていた。
いつの頃からか、そっと寄り添うように。
だからボクは、キミのためにならどうにでもなれる、そう思った。
初めての気持ちだった。
胸がポカポカ、温かかった。
そんなキミも、ずっと独りぼっちだった。
ボクたちは惹かれ合うだけではなくて、同じ、仲間でもあったんだ。
この話は、そんなボクたちの特別で普通な日常を綴った、日記のような物語であるーー。

Hero [キミに捧ぐ詩]

ボクは幼い頃から何度も自殺未遂を繰り返して来た。
リストカット、首吊り、色々やった。
両親や親類縁者からは、既に見放されていた。
通っている中学を卒業すると同時に、自活する事になっていた。
全てを、諦め切っていた。
ただ、寂しかった。
それだけだった。

胸が痛い。
いや、こころが痛い。
軋むように。
そんな中。
学校で。
ボクを見つめる、キミを見つけた。
独りぼっちで佇んでいた。
ボクと、同じだった。
憂いに満ちた瞳が、それを物語っていた。
もしかしたらボクもあの子にはそう見えているかも知れないーー。
そう思った。
だから、嬉しかった。
やっと、仲間を見つけた。
そんな気がした。

この時、ボクは中学三年生だった。
両親は居ない。
ボクが幼稚園の頃に、山のような借金を残して失踪した。
事業が失敗したのだ。
それ以来、親戚をたらい回しにされる日々。
誰からも疎まれていた。
仕方なかった。
所詮は親子ではない。
他人なのだ。

小学校の頃。
ある年の夏。
ボクは親代わりの親戚に、線香花火をねだった。
店先で。
「ねぇ、これ欲しい。」
バチン!
頬を叩かれた。
これが初めてではない。
だがこの時に、ボクはようやく学習した。
誰にも何もねだらない、決して甘えない。
そう、固く心に誓った。
隣には、別の親子の姿があった。
「ねぇパパ、花火やりたい。」
「よしよし、どれが良い?」
「これー!」
「よーし、帰ったら一緒にやろうな。」
息子の頭を撫でる父。
正直、羨ましかった。
でも、羨んでも意味はない。
ボクはこの時から、ある意味では諦めが良くなった。
自殺未遂を始めたのも、この頃からだった。
この世界に未練はない、これ以上迷惑を掛けたくないーー本気で、そう思っていた。
これは、単なる我儘だったのかも知れない。
それでも、衝動的に死のうとするのを止める事は、出来なかった。
だが。
死ねなかった。
意外と、難しいのだ。
ただ、一日一日が気怠く、鬱々としていた。

こんな事もあった。
ある日。
熱を出した。
珍しく。
39℃あった。
だが、親代わりの親戚は、何もしてはくれなかった。
学校へも連絡してくれない。
「軟弱ね!熱なんて気持ちの問題よ!早く学校へ行きなさい!邪魔なのよ!いっそこのまま死んでしまえばいいんだわ!そうよ、自殺するくらいなら、そうなさい。それがいいわ。」
罵倒された。
結局、行った先の学校で倒れてしまい、家まで帰る事に。
布団に寝ていたが、ぐちぐちと文句を言われたものだ。
今思えば、それすらも懐かしい。

それからも親代わりの親戚の顔ぶれは度々変わったが、互いの関係性に違いはなかった。
余計な物をねだれば叩かれる。
余計な事を言えば蹴られる。ど突かれる。
だからひたすら目立たないように、大人しくしていた。
それしか、自分の感情を押し殺す事でしか、生きてゆく事は出来なかった。
ただ、死にたかった。
その思いだけが、日増しに募っていった。

学校でも、いつも独り。
特に虐められていた訳ではない。
ただ何となく、無視されていた。
勇気を出して声を掛けても、誰からも返事はない。
独りぼっちの長い一日。
正直、持て余していた。
何の記録にも、記憶にも残らない、透明なだけの日々。
キミに会うまでは、ボクは空っぽの、本当にただの、がらんどうだった。

出会った日。
というよりも、ボクがキミを初めて意識した日。
ふと視線を送ると、キミは笑う。
憂いに満ちていた冷たい瞳に、温もりが灯る。
それは、精一杯の勇気の証。
だからボクも、笑った。
勇気には、勇気で応えたかった。
やがてボクは近付いて、教室を出るように促した。
「行こう。」
もう間もなく授業開始。
でも、ボクは進学しない。
だから、関係なかった。
すれ違った先生も見て見ぬ振り。
厄介ごとには関わらないのだ。
二人して、廊下を歩く。
気が遠くなった。
鼓動がうるさい。
自分でも意外な程に、この時の自分は大胆だった。
すると。
キミの手が、温かな手が、スッと伸びてきた。
慌ててそっと、握り締める。
誰も居ない廊下で。
無言のやり取り。
ボクはこの時確かに、幸せだった。

そのまま空き教室に入り、二人で話をした。
「ねぇ、キミ、名前は?」
ボクが訊ねる。
「悠真。キミの名は、何て言うの?」
「陽太。よろしくね。」
久々の、本当に久々の笑顔が零れた。
自分もまだ笑えるんだーーそんな当たり前の事が、意外にも思われた。
その時。
キミもまた、笑った。
「多分、陽太もボクと同じ、仲間だよ!仲良くしようね。」
そう言って、キミはボクのヒーローになった。
いつまでも変わらない、絆がここに生まれた。

それから、いろんな話をした。
悠真にも、両親は居なかった。
幼い頃に自動車事故で亡くしていたのだ。
親戚の元へと身を寄せる事の辛さ、切なさを、悠真は分かってくれていた。
悠真は言う。
「授業を抜け出してきちゃったけど、陽太は進学するの?ボクは就職するよ。だから大丈夫。これ以上親戚に迷惑も掛けられないしね。」
そんな事まで、同じだった。
「ボクも就職するよ!おんなじだね!」
嬉しくて、声が自然と上ずった。
その時。
不意打ちだった。
「陽太は、ボクの事好き?友達としてでも、それ以上でも。」
固まってしまった。
衝撃で思わず。
目の前の顔がみるみる残念そうに変わる。
でも、だからこそ、再び勇気が出た。
「好きだよ。大好きだよ。」
顔が火照っているのが分かる。
次の瞬間。
悠真はボクの事を力一杯抱き締めて、嗚咽を漏らし始めていた。
ボクはただ、あまりの展開の早さに戸惑って、悠真の胸の中で、もらい泣きをするしかなかった。
やがて悠真は、笑った。
「もしかしたら、ってずっと思ってたんだ。キミならきっと、酷い事は言わない気がしたから。だから勇気が出たんだ。」
だからボクも笑った。
「ボク、キミみたいな子が好きなんだ。付き合うってだけじゃなくて、仲間に、同士に、お互いの味方になれる気がしたから。嬉しかったんだ。ずっと想っていてくれて、本当にありがとう。」

その日から、ボクたちの交際はスタートした。
と言ってもまだ中学生。
ましてやどちらの親も、悠真やボクの来訪は歓迎しない。
という訳で、交際はほぼプラトニックだった。
まぁ、キスは済ませたけどね。

それから、学校をちょくちょくサボるようになった。
もちろん、二人でだ。
今のボクたちの親代わりの親戚は、そういった事には一切、無関心だった。
ただ、中学校を卒業したらすぐに働く。
これは絶対に破れない約束だった。
それさえ守れば、中学校卒業と同時に居なくなるのであれば、うるさくは言わない人たちだった。
まぁ、迷惑さえ掛けなければボクたちに無関心なのは、間違いがなかった。
それはある意味では、とても有り難い事でもあった。
さて二人共、小遣いはほとんど貰っていないから、お金のかかる遊びは出来ない。
という訳なので、図書館や公園通いは日課となった。
近所に大きな公園があって、そこは時間潰しには最適だった。
本屋での立ち読みもよくやった。

ある日、公園で。
悠真が悲しい顔をしている。
放ってはおけない。
理由を訊ねてみる。
「僅かなお金を毎月少しずつやっと貯めて買った一冊の漫画本、親代わりの親戚に破り捨てられたんだ。この穀潰しめ、資格の本でも買うと思ったら!って言って四発ビンタされちゃった。ボクが悪いんだ。けど、悲しいぃ。」
悠真の目には、涙が浮かんでいる。
もう、見ていられない。
ボクは思わず、叫んだ。
「キミは悪くないよ!僅かでも、お小遣いには違いないんだ。漫画を買ってはいけない、そんな道理はない筈だよ!」
悠真はボクの体にしなだれかかって泣いていたね。
本当はボク、そんな時間も幸せだったんだ。
悠真にはそんな事、口が裂けても言えないけどね。

この頃、学校ではちょっと困った事が起きていた。
ボクたちの交際が、クラスメイトにバレたのだ。
クラスにいる間中、嘲笑と嫌がらせの嵐。
机の足下に画鋲がばら撒いてあったり、宿題でやって来たプリントを盗まれたり。
ボクは正直に、プリントがなくなった、そう言った。
だけど先生は、全く取り合わなかった。
それどころか、ボクが嘘をついていると一方的に決め付けて、ボクをみんなの前で晒し者にした。
「忘れたら忘れたと、そう言いなさい!あなたは底意地の悪い大嘘つき。どうして嘘なんかつくの!やる気がないなら、出て行きなさい!進学しないからって、適当に授業を受けるなんて、私は許さない。この愚か者が!親が居ないから、こんな馬鹿が育つんだわ!後であなたの親戚を呼んで、叱咤してもらうようにします。覚悟おし!」
涙が、止まらなかった。
クラスメイトは皆、クスクスと笑っていた。
「みんな、こんな馬鹿と同じになりたくなければ、笑うのはよしなさい。ところであなた、まだ居るの?どうせやる気なんてないんだから、出てって頂戴。邪魔!」
ここで救いだったのは、悠真が駆け寄ってくれた事。
「もう学校なんて行かないで、一緒に遊ぼうよ。その方がずっと楽しいよ!」
悠真の言葉に、また救われた。
やっぱり悠真は、ボクのヒーローだ。

それからは就職活動までの間、前にも増して二人でよく遊んだ。
ちなみに、プリントの件では、ボクたちは二人共親代わりの親戚に、殴る蹴るの暴行を受けた。
「この恥晒しが!貴様なんて、人間の風上にも置けないわ!このアホンダラあぁーー!!!」
この一件で、また一段と強くなった。
元々の諦めの良さもあるにはあったが、いちいち落ち込んでいてはキリがないと、ようやく悟ったのだ。
まぁ、悪い事ばかりではないという事だ。

それから、卒業式まで一日も学校へは行かなかった。
職場は、小さな町工場。
雑用からのスタートだが、嬉しい事もある。
悠真と一緒に働ける事になったのだ。
仕事は、キツかった。
だが、二人だ。
一人ではない。
だから、まだ頑張れる。
やれる。

仕事を始めてから、一緒に住み始めた。
LGBTフレンドリーな物件に詳しい不動産屋さんで、男同士で住める格安の物件を見つけたのだ。
築28年だがこの際だ。
文句は言うまい。
二人暮らしでダブルインカム、しかも家賃は格安。
暮らしに少しばかりの余裕が出来た。
嬉しい誤算だった。

勤務先の人たちは、仕事さえ出来ればゲイであろうとなかろうと、関係はないという人たちばかり。
だからこそ、頑張るしかない。

やがて、勤務開始から半年。
仕事にも慣れて来た。
勤務先の人たちの殆どは、ボクたちの関係を知っている。
それでも、何も言われなくなった。
みんな、当たりが柔らかくなって来たような気がする。
以前のように罵倒される事がなくなった。
「おはようございます、皆さん!」
「おはよう、悠真、陽太。」
工場の中に、やっと小さな居場所が出来た。
もう手離すまい、そう思った。

ある日の夜。
二人の自宅で。
まだお酒は飲めないから、ジュースで乾杯。
お酒ってどんな味がするのだろう?
興味はある。
早く成人して、一人前になりたいものだ。
さて。
今日は悠真の誕生日なのだ。
珍しくホールケーキなど買って、お祝いをする。
プレゼントは、前から欲しがっていたテレビゲーム機。
「わ、これ、良いの!?」
「当たり前だよ!キミのために買ったんだから。」
「嬉しい!やっぱり陽太は、ボクのヒーローだね!」
あ、おんなじだ。
ボクがずっと思っていた事。
やっと共有出来た気がして、嬉しかった。

その夜。
布団の中で。
SEXもそこそこに、二人で語り合った。
驚いたのは、悠真にとってはボクが初恋の相手だったという事だ。
「陽太の事が可愛くて、ずっと見ていたんだ。男同士だし、それ以上の事は出来なくてさ。でも初めて目が合った時、きっと陽太はボクとおんなじだって、直感でそう思ったんだ。だから勇気が出た。出会えて、良かった。」
ボクにとっては悠真は二人目の恋の相手だったが、これには特に触れないでおこう。

翌朝。
今日は仕事がお休みなので、朝から凝った料理を作ってみる事にした。
なに、材料は昨日の内に買い出してあるのだ。
あとは腕次第。
どうなるか?

それにしても、二人並んで仲睦まじく料理だなんて、幸せ過ぎる。
今日は朝から天ぷらと煮物、それに銀ダラの煮付けと豚の角煮、そして山程の豚汁を用意するのだ。
気合いが入っている。
豚の角煮は圧力鍋で作る。
圧力鍋、珍しくボクがおねだりしたのだ。
やっぱり時短でしょ、という訳で。
ご飯は一升炊いてみた。
食べ切れるかな?
まぁ無理なら晩御飯にでも、と思っていたのだが。
やっぱり食べ切ってしまうのだ、二人で。
や、我ながらこの家、エンゲル係数高いな。
大丈夫か?
少し心配になる。
「何ぼーっとしてるの?陽太の分、ボクが食べちゃうよ。」
悠真になら良いのだが。
食べられても、別に。
でもまぁここは、慌てて食べるふりをするのである。

午後からは遅い昼食を食べに外出だ。
二人の洋服も見たいので、都心に出る事にした。
電車に揺られる。
勤務先の工場は家の近所だから、こんな事でもない限り、電車に乗る事はない。
車内の混み具合はそこそこ。
助かった。
ボクたち二人共、満員電車は苦手だったもんね。

やがて電車は新宿駅に到着した。
降りるボクたち。
が、ここで。
ボクはいつの間にかはぐれてしまった。
しばらく探していると、悠真に良く似た姿を発見。
たぶん間違いない。
筈なのだがーー。
その男、地下通路で女と、キスをしていた。
まさかね。
まさか。
でも、不安で。
悔しくなって。
久しぶりに涙が零れる。
と、そこへ。
携帯への着信。
悠真からだ。
「ねぇ、今何処?ボク、マルイ前。早くおいで。」
良かった。
本当に。
こういうのを、取り越し苦労と言うのかも。
心配して損した。

マルイ前に到着。
だが、別にマルイで洋服を買う訳ではない。
高いし、どうせサイズもないのだ。
洋服はサカゼンで買うとして、まずは腹ごしらえだ。
心配したらお腹が空いた。
こういう時は、食べ放題のお店がボクたちの味方だ。
とは言っても、別にホテルまで出向く訳ではない。
そんなにお金はないのだ。
格安のランチビュッフェ。
お値段なりだが、悪くはない。
「さっきボク、悠真に良く似た人が女の人とキスしてるとこを見ちゃってさ。心配したよー。」
「何だよそれー!ボクがそんなに浮気者に見えるのか?残念だ!」
「ごめん、悪かったよ。でも、良かった。」
二人で、笑った。
すっかり二人だけの世界に入り込んでいたボクたち。
気が付くと、ランチビュッフェの制限時間が到来。

その後、ボクたちはサカゼンで服を見立てて、帰途に就く。
電車の中で。
ボクたちは互いに見つめ合って、笑顔だった。
これからも、こんな平和な日常が続いていくといいな。
そう思った。
やっと得た居場所。
手放す訳にはいかない。
ボクたちはもう独りぼっちじゃないんだ、そう思うと、不意に涙が零れた。
それを悠真は、ハンカチで優しく拭き取ってくれた。

ーーキミは、ボクだけのヒーロー。
ボクもきっと、キミだけのヒーローになるから。
だから、一緒に居よう。
結婚なんて出来なくてもいい。
これがボクたちが見つけ出した、唯一無二の答えなのだからーー。

幸せになるんだ。
そう誓って、一人、拳を握り締めるのだった。

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Star that twinkles in the night sky -星々を巡る旅路で-

天の川銀河を航行する小さな宇宙船の中で。
「ねぇ兄ちゃん、あの星が綺麗だょ!」
「そっか、そだね。あの星にしよぅ!」
兄弟は地球を目的地に定めた。
二人は宇宙人ではあるが、その容姿は全裸に至るまで、日本人のそれと寸分違わず同じであった。
ただ髪の色が艶やかなグレーである事が、唯一の違いといえばそう言えなくもなかった。
彼らの脳内には汎用コンピュータが埋め込まれており、相手の話している事は視界にオーバーレイする形で翻訳して表示される。
喋る時には、汎用コンピュータに接続されたスピーカーが音を発し、口はそれに合わせて勝手に動く。
怪しまれる事はない。

兄弟は元々、天の川銀河に来る予定はなかった。
アンドロメダなどいくつかの銀河を周遊する旅に出ていたのだ。
だが、二人で乗っていた宇宙船の自動航行プログラムが故障してしまい、慣れない手動操縦では上手く操縦出来なかった為、なすすべもなく漂流。
二人は魔法を使えたのであるが、それを以ってしても宇宙船の操縦は難易度が高かった。
それだけ自動操縦に頼り切っていたのである。
やがて制御不能に陥りワープに次ぐワープを経て、エンジンは爆発寸前。
手近で綺麗そうな地球に、緊急用脱出艇で慌てて不時着しようとしていた。
どうやら自分たちの容姿が地球のアジア系の人たちと全く同一である事が判明し、とりあえず無難な所で深夜の東京湾に着水したのであった。

「ねぇ、とりあえずどうする?」
「戸籍と住民票とマイナンバーと職歴、それに住所をでっち上げよう。運転免許も取った方がいいな。」
「えー!いくらこの星より進んだコンピュータが体内に内蔵されているったって、それは幾ら何でも無理筋な話じゃない?」
「魔法を使えば、チョチョイのチョイ、さ!」
「ウゲェ。あれ、疲れんだょな。ま、しゃーないか。」

さて、二人には共通のペットが居た。
もっとも、ペットと言うよりは優秀な相棒に近いものだが。
それは、地球のリスと瓜二つ、並べても見分けが付かない小動物で、二人からはペグと呼ばれていた。
今まで寝ていた為に兄弟の脳内からは存在が忘れられていたのだが、運悪くここで起きてしまう。

兄弟はそれぞれ、ミリーとプリーという名前だ。
双子ではないがよく似ているので、初対面だと見分けが難しい。
ただ、性格的にはかなり異なっていて、ちょっぴり怒りっぽくてずる賢いのがミリー、のんびり屋さんがプリーだ。
二人ともふくふくとした体型である。
ミリーが兄で十六歳。
プリーは弟で十五歳。

起き抜けのペグにミリーが言い放つ。
「餌が欲しければ、ぼくたちの日本での戸籍と住民票とマイナンバーと職歴、それに住所と運転免許、魔法でよろしく!」
「嫌だね!何でぼくがそんな事しなくちゃならないのさ!」
ペグの怒りにも一理はあるのだが、残酷なミリー、ここでとどめを刺す。
「あ、そう。やってくんないなら、一週間飯抜きでカゴの中ね。」
「ちぇっ。面倒な役回りは全部ぼくに押し付けてさ。参っちゃうよ。」
ペグは愚痴をこぼすのだが、ミリーはここでも冷たい。
「やるの?やらないの?どっちなの!」
「しょうがないなぁ。やるっきゃないか。全く、動物使いが荒いんだから。」

東京・港区のタワーマンションの高層階。
庶民ならば目玉が吹っ飛ぶ位のお値段の、大型2LDK。
ここがミリーにプリー、そしてペグの新居である。
一応、二人の寝室は別々なのである。
ペグはリビングで就寝。
少し割高だったが、新築未入居の即入居可能な物件があったので、それを購入したのだ。
新規分譲時に新築を買うという手もあったし、そもそもこの物件にしても、もう少し待てばもっと下がるのかもしれなかったのだが、そんなには待てなかったのである。
まぁ腐ってもここは首都・東京。
不動産価格は安くはなかったという訳だ。

お金はどうしたって?
魔法で金の延べ棒をしこたまこしらえたのである。
インチキにも程があるが、背に腹は変えられない。
一応、出来上がった延べ棒は本物であるから、罪にはならないであろう。
ペグがぶつくさ言う。
「この魔法疲れんだからねー!ちょっとは労って欲しいょ。大体、職歴なんている訳?延べ棒作れば済む話じゃんか。」
身も蓋もない話である。
更にペグは続ける。
「大体、日本で運転免許を取るには、教習所に通わなくちゃならないの!あなたたち、ハナからそんな気さらさらないでしょ!魔法で運転なんて、ご法度なの!捕まるから!馬鹿!」
もっともな意見に、ミリーとプリーは沈黙。
まぁでも金はあるのだ。
何とかなるのである。
たとえば、タクシーとか、ハイヤーとか、ショーファードリブンとか。
だが、浮かないのはミリーだ。
「あーあ。プリーと二人きりでドライブに行きたかったな。ちぇっ。」
これにペグが噛み付いた。
「ぼくを置き去りにする気!?許せなーい!延べ棒なら出すから、一緒に連れてけー!」
「うるさいなぁ!分かってるょ。」

そんな事を言い合っている内に、プリーのお腹の虫が鳴った。
時刻は正午ぴったり。
プリーの腹時計は、下手なクオーツよりもよほど正確なのである。
「ねぇ、そこの。なんか食べようょ。これ以上お腹が空いたらぼく、暴れちゃうから。」
ミリーをそこの呼ばわり。
気が立っている証拠である。
これは危険だ。
プリーが空腹で暴れ出すと、抑えるのが大変なのだ。
人格が変わるのである。
早速ピザなる食べ物を注文。
Lサイズ四枚。
サイドメニューも色々と付けて。
や、多いな。
そう思った諸君は、まだまだ甘い。
デブにとってはピザは飲み物なのである。
二人で四枚平らげる位、訳ないのだ。
でもまぁ、ミリーとプリーにとってはこれがピザ初体験。
だから慎重になるのである。
そういう訳でたったの四枚なのだ。

ところで、ミリーとプリーにも戸籍が出来たのである。
ペグの魔法で記録を改竄したのだ。
年齢が十六と十五では何かと不便を生じるので、戸籍上は十九と十八という事にした。
童顔なので、それ以上の年齢には出来ないのだ。
で、名前である。
日本人らしい名前が必要なのだ。
そこでミリーは晨平、プリーは琉輔と名乗る事になった。
ちょっと個性的。
一方で苗字は、大澤。
こちらは、無難な線を突いたのである。

ピザが到着。
美味しそうな匂いが鼻腔を刺激する。
「頂きまーす!んまんま。」
「うんまいね。暴れる気も失せたょ。」
大好評である。
「それは良かった。で、ぼくの餌は?」
ペグがチクリ。
「後でね。」
冷たいミリー改め晨平。
これに、ペグが怒った。
「んがぁー!」
リビングのソファを魔法で宙に浮かせる。
プリー改め琉輔は食事に夢中で、この事態に気付いていない。
仕方ないので晨平、いそいそと木の実を皿に盛り、ペグの前に差し出した。
「ほら、お食べ。」
「そうこなくっちゃ!」
一心不乱に木の実に齧り付くペグ。
魔法で力を使ったので、お腹が空いていたのだ。
何はともあれ、平和な食卓である。

その頃。
晨平と琉輔の住んでいた惑星では、ひと騒動起きていた。
実は晨平と琉輔は、惑星トリーの王族であったのだ。
いつまでも戻らないので、母親である王妃サラトヴァが国王マクセンに掛け合う。
「あなた、軍を動かしましょう!とりあえず百個艦隊とXVR親衛機動部隊を動かして、敵を殲滅するのよ!あの二人はきっと今頃囚われの身に違いないから!」
「よし、そうしよう!私が指揮を執る!」
「あなた、どうかお気を付けて。」
「分かっている。心配するな。必ず生きて戻る。」

この動きが面白くないのは、晨平と琉輔の異母兄弟、サローグ。
晨平と琉輔がこのまま失踪していてくれれば、次期国王の座は自分に巡って来るのである。
そう、晨平と琉輔の乗った宇宙船に細工をして故障させたのは、他でもない、サローグ一派の部下連中であったのだ。
もちろんサローグの命で、である。
しかし国王自らが大軍を率いて出陣するこの事態。
考えようによっては好機なのだ。
軍の半分が出陣するのだ。
国内の軍は手薄になり、治安統制は難しくなって来る。
それどころか国王不在ならば、軍を掌握出来る可能性も高い。
クーデターを起こせる余地は十分にあるのだ。
いち早くこの事態を把握していたサローグの最側近、ラーベターは、サローグをも差し置いて自らの手でクーデターを起こそうとしていた。
上手くすれば自らが国王の座に就く事も有り得るのだ。
こんなチャンスをみすみす逃す訳にはいかない。

一方、地球では。
晨平と琉輔、それにペグは、地球でのセレブライフをそれなりに満喫していた。
何より自由なのだ。
これまでは王族として相応しくあるよう、教育ばかりの毎日だった。
国王である父は厳格であった。
息が詰まっていたのである。

マクセン率いる王立艦隊による捜索は、難航していた。
それもそのはず。
物理的に距離が離れすぎていて、地球までは捜索不能だったのである。
まさか地球に居るとは誰も思わなかった、というのもある。
そこへ、ラーベターによるクーデターの一報。
マクセンは国内に戻る事を余儀なくされた。
マクセンの部隊とラーベターが押さえた国内駐留の艦隊、数の上では互角だ。
だがラーベターは一つ見落としていた。
ラーベターは最新鋭技術の塊であるXVR親衛機動部隊の実力を過小評価していたのだ。
艦艇数こそ少ないが、第六世代ステルス技術に重装甲高高度完全自律型自動追尾ミサイル、近接距離ワープ機構付き重爆雷、超大口径六連装拡散ビーム砲、敵方のレーダーのみを選択的に妨害出来る電波妨害艇などの最新技術のいわばショーケース。
戦力としては巨大なのだ。
中でもマクセンが搭乗している総旗艦は、最新鋭の特殊な超合金を全面に採用していて、ラーベター麾下の艦艇の兵器では破壊する事はおろか傷一つ付ける事も出来ない。
そして、マクセン搭乗の総旗艦には、死の雨と呼ばれる、この宇宙に現存する兵器では迎撃困難な超重装甲広域拡散A2熱爆雷弾頭搭載大型ワープミサイル・ガルペゴンの発射口が二千もあるのであった。
その艦内には、実に四万発ものガルペゴンを抱えているのである。
その威力はたったの二十発で大型惑星をも粉砕する程のものだ。

やがてマクセンの部隊が惑星トリーに帰還。
決戦はその遥か彼方上空で行われた。
近過ぎては政府関係施設を始めとする各種建造物が危険に晒されるからでもあるが、マクセンが国民の安全を考えていたのに対して、ラーベターの脳内にはそのような思考は一切なかった。

「全艦、攻撃開始!」
マクセンの合図により、会戦の火蓋は切って落とされた。
最前列に超高高速連続ワープ機構を全艦に搭載するXVR親衛機動部隊を配して、必勝を期すマクセン。
ラーベター麾下の艦隊による攻撃をかわすかのようにワープしたマクセン麾下の機動部隊であるが、ワープアウトするとラーベターの艦隊を包囲していた。
ワープしたのはこれが目的なのだ。
マクセン麾下の残りの艦隊も先行する味方に守られながら、それに合わせて包囲体制を固める。
いわゆる包囲殲滅戦を企図していた。
決戦は短期で決着した。
中でも、マクセン搭乗の総旗艦による死の雨の効果は絶大であった。
ラーベターは炎に包まれた旗艦の中で、自らの行いを今更ながら悔いていた。
しかし、時既に遅し。
同艦内に拘禁されていたサローグ共々、冥界の門をくぐるのであった。

惑星トリーで国王マクセンの妹の長男が正式に王位継承者となる事が決まった頃、晨平と琉輔は地球上の各地のグルメを堪能する旅にちょくちょく出ていた。
ある時、マルタに滞在する二人。
バカンスも兼ねているのだ。
ビーチで寛ぐ一行。
「暇だな。なぁ琉輔。」
「平和が一番だょ。そろそろお昼だょ。食事の時間だょ。」
「いつもの事だけど琉輔、時計も着けていないのに良く分かるね。流石の食いしん坊だ。」
「でも時計はあった方が便利だよね。今度一緒に買いに行こっか?」
「そだねー。さ、食事、食事。」
「それよりぼくの餌、ちゃんとあるんだろうね。なかったら許さないょ。」
ペグが二人を睨む。
「あー、今のうちに食べちゃえ。木の実があるから。レストランでは鞄の中に隠れててもらわないといけないからね。」
ペグ、お腹いっぱい木の実を食べて大満足である。
ここで琉輔、閃く。
「ねぇ、魔法で宇宙船が出来ないかな?」
これをペグが一蹴。
「あんなに複雑なものは無理!延べ棒だって大変なのに、宇宙船なんて三人がかりでも死んじゃうょ。」
「そっかぁ、残念だぁ。」
眠たそうな目で空を見上げる琉輔。
実を言うと、ちょっぴり寂しいのであった。
それは晨平も同じ事。

惑星トリーに居た頃。
二人には友達が居なかった。
王位継承候補に悪い虫が付かないようにと、周囲の人間たちが追い払ってしまう。
父は国政で忙しく、母は教育ママときていた。
息が詰まる毎日。
それでも二人は、両親を嫌う事は出来なかった。
戻れるものなら、戻りたいーー。
ここで珍しく、晨平の目に涙が浮かぶ。
「お腹がいっぱいになれば寂しさなんて忘れちゃうょ。ぼくもそう。さ、ご飯食べに行こー。」
琉輔の言葉に救われた晨平。
そうだ。
自分には琉輔もペグも居る。
一人ではなかったーー。

とはいえ、そろそろ彼氏が欲しいのである。
東京に戻ったら探してみようか。
そう思う晨平なのであった。

それから一ヶ月後ーー。
東京に戻った一行。
「彼氏作るぞー!」
家に戻るなり、晨平が叫んだ。
「うるさいょ。それよりご飯。食べらんなかったら、暴れちゃうもんね。」
琉輔お得意の脅し。
ご飯の事になると、見境がなくなるのだ。
「右に同じく。」
ペグも腹ぺこ。
まずはご飯。
男探しはそれからだ。

晨平も琉輔もゲイである。
だが、惑星トリーではそんな事は、口が裂けても言えなかった。
ある時、父がこう言ったのだ。
「巷ではホモが流行っているようだが、お前たちはそれに乗るなよ。もしホモ行為をしたら、この刀でお前たちを斬る。容赦しないからそのつもりで。」
それからの二人は、ますます窮屈な思いを感じるようになっていた。

惑星トリーでは、魔法を使えるのは支配階級のエリートだけ。
これには、魔法の術を一般人にも教えてしまうと、社会の秩序が揺らいでしまうからという、支配階級ならではの発想があった。
そんな考えが、晨平や琉輔は嫌いだったーー。

日本にも問題は山ほどある。
それでも晨平と琉輔は、この国を次第に好きになっていったーー。

晨平の男探しは難航した。
晨平も琉輔も可愛いので男位出来ても良さそうなものなのだが、高望みである事に加え、ゲイ界での常識や日本での常識を知らなさ過ぎる事も致命的であった。
仮にも元王子、特に晨平であるが、プライドが高過ぎたのもある。
アバンチュールなどもっての外、ちゃんとしたお付き合いを望んでいたのだが、網にかかるのは金目ばかり。
それでも、晨平はともかく琉輔は焦ってはいなかった。
そもそも琉輔は晨平につられて何となく動いているだけで、特に彼氏を必要としている訳でもなかった。
「ま、のんびり行きましょ、晨平ちゃん。」
こんな男日照りの状況でもマイペースなのが、琉輔の取り柄。

惑星トリーでは既に公式に、晨平と琉輔が亡くなった旨国民に発表されていた。
その死を悼む民は多数に上ったが、ゲイである事が発覚してぶった斬られるよりは皆にとってマシだったのであるから、これも結果オーライであったと言えるであろう。

そんな中、二人のうちの片割れに彼氏が出来たのである。
これが晨平に出来たというのならばめでたしめでたしで済むのであるが、彼氏が出来たのは琉輔の方なのであった。
これには晨平、不満タラタラであった。
「何でお前だけ!ぼくの何処がいけないって言うのさ!」
「たぶん、そういう所ー。ガツガツしてると、逃げてくょー。」
琉輔の的確なアドバイスに、ぐうの音も出ない晨平なのであった。

琉輔のお相手は、駆け出しの弁護士であった。
逢うのは週に一日位で、過ごすのは専らお相手の家。
これでも琉輔、晨平には気を遣っているのである。

ある晩。
広くもないバルコニーに出て、並んで夜空を見上げる晨平と琉輔。
「あの空の向こう側の何処かに、トリーがあるのかな?」
感傷に浸る晨平に琉輔が言う。
「寂しいの?でもトリーに居たままだったなら、好きでも何でもない女性と結婚して窮屈な暮らしをしなければならなかったんだと思うょ。ぼくは今の方がいいな。」
「そだね。」
それだけ返した晨平は、いつの間にか流れ出た涙を、服の袖で拭う。

こうして兄弟の地球での暮らしは、まずまずの滑り出しを見せたのであった。
もちろんペグもずっと側に居る。
この先晨平に彼氏が出来ても、この兄弟はやはり共に暮らすのであろう。
何だかんだで、仲良しなのだ。
今夜は雲一つない晴れ。
満点の星空に、乾杯だ。

-完-

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