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WONDER : WONDER [SU]

煌めく星々の下で。
澄み切った空気を吸い込んで白い息を辺りに吹きかけながら、ボクは考えていた。
いつの時代も、人々は戦いを繰り返して来た。
今もまた、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしている。
ボクに何が出来るのか。
太刀打ち出来るか。
いっそ、逃げようか。
途中で道に迷って敵に捕まったら、最期かも知れない。
でも、戦地で亡くなるのも同じ事だ。
それならば、或いはーー。

リン、リン、リン。
携帯のアラームが鳴る。
この時代、携帯の事はスマートフォンと呼ぶらしい。
ボクに言わせれば、ちっともスマートではないのだが。
それにしても、また奇妙な夢を見た。
場所が何処かさえ分からない草原の中で、甲冑を身に纏って佇んでいた。
いつの時代の話だろうか。
きっと、漫画の見過ぎだろう。
そう思う事にして、ボクは洗面台へと向かった。
でもまだ、夢の中にいるような。
そんな不思議な感覚もあるにはあった。

夏。
冷たい水の感触が心地良い。
目が覚める瞬間だ。
歯も磨いて、朝食だ。
「夏彦、ご飯よー!いい加減、いらっしゃい!」
母が呼ぶ声がする。
食卓に座って、いつもと変わり映えのしない朝食に手を付ける。
厚切りトースト三枚、ベーコンエッグ、コーンスープ、大盛りサラダ、昨日の残りの煮物、鯖の味噌煮。
組み合わせがおかしいが、いつもの事だ。
気にしない。

さて、ボクの名前は先に出て来た通り、夏彦だ。
文字通り、夏に生まれて来たから夏彦。
苗字は榊。
高校二年生。
今は夏休み前。
進学は考えていないので、気楽なものだ。
成績は上の中。
とはいっても、偏差値の上では底辺校だから、アテにはならないが。
そんな事を考えていると。
「夏彦、急がないと遅刻するわよー!」
掛時計に目を遣る。
やべっ!
いつの間にかとんでもない時間だ!
まぁこれはいつもの事だが、遅刻だけは免れたい。
生活指導の先生がうるさいのだ。
ボクは鞄を持つと、慌てて家を駆け出した。

バス、電車と乗り継いで、降りた駅から走る事五分。
どうにか間に合った。
「おら、遅いぞ榊、急げ!」
生活指導の先生に追い立てられて、下駄箱までラストスパート。
校内では走ってはいけないのだが、守る生徒は多くない。
ここはボクも、走るしか。
息を切らしながら、教室のドアを開けて席に着く。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。
危なかった。
「夏彦、ギリギリセーフな。お前の事だから遅刻はしないと思ってたが、今日はいつにも増してギリギリだったじゃん。どうした?」
隣の席の蓮が話し掛けてくる。
幼馴染だ。
フルネームは鳳 蓮。
ちょっと珍しい名前だと思う。
それはそうと。
聞かれている質問には答えておこう。
無視は良くない。
「朝方、変な夢見ちゃってさ。起きるなりぼんやりその事考えてたら、遅くなった。」
すると、蓮。
「何だ、またその話か。いくら漫画が大好きだからって、読み過ぎは良くないぞー。」
笑い飛ばすのだった。
少し気が楽になったボクは、伸びをしてHRを遣り過す。

この後、二学年全員で課外授業。
クラシックを聴きにコンサートホールへ行くらしい。
貸切バスで。
だから、遅れると本当にヤバかったのだ。
すっかり忘れていたのだが。
やがてバスは会場へと到着。
生徒たち、続々と席に座る。
曲目は、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ、ドヴォルザークの交響曲第8番、同じくドヴォルザークによるスラブ舞曲集より抜粋である。
演奏が始まる。
が。
どいつもこいつも聴いちゃいねぇ。
そういうボクも、蓮と二人で漫画雑誌を読み耽っていた。
引率の教師も、誰一人としてそれを注意しようとはしない。
底辺校だからな。
ま、こんなものだろう。
クラシックの演奏は、さしずめBGMだ。

帰りのバスの車内で。
みんな流行りのJ-POPの話題で盛り上がる。
でもボクは、漫画の方が好きだ。
飽きもせずに蓮と漫画を読み耽る。
すると。
クラスの目立ちたがり屋がボクたちを見て一言。
「そこ、仲良いな。男同士、付き合ってんのか?」
バスの中は爆笑の渦。
「あぁ、付き合ってるぞ。だが男同士じゃない。俺はレディだ。勘違いするなよ?」
益々以って爆笑の渦。
ボクはというと、呆れて開いた口が塞がらない。
実はボクは、密かに蓮の事が好きなのだ。
だから、こんな言われ方は傷付く。
でも仕方ないね。
男同士だし。
まぁ、ここはサバサバと。
「じゃあ、ボクもレディだから、レズビアンだね!」
一応、乗ってみる。
「笑い過ぎて、腹痛ぇ。」
好評だったようだ。

その日のお昼。
ボクと蓮は机を向かい合わせにして、昼食を食べる。
いつもの事だ。
実はボクも蓮も柔道の有段者だ。
こんな事くらいで虐めに遭う程、ヤワじゃない。
こう見えても一応、クラスメイトからは一目置かれているのだ。
この底辺校では一応、二人とも優等生で通っているしね。
「なぁ、今日部活終わったら本屋行かねぇ?」
蓮からの誘い。
内心嬉しいのだが、ここはいつもの通りにポーカーフェイスで。
「うん、行こ行こ。何なら今からフケようか。」
もちろん、冗談である。
授業はともかく、部活には出ておきたい。
それは蓮も同じ事。
「授業はともかく、部活がなぁ。」
「ま、後の楽しみがあるって事で、とりあえずは授業と部活、頑張ろう。ね、蓮。」
この時に蓮が浮かべたやんちゃな笑顔。
これがボクの大好物なのだ。
眼福、眼福。

さて、放課後。
二人して汗臭いのも気にせず、電車に乗り込む。
「今日も一日暑いなぁ。へばっちゃうよ。」
この時期になると恒例の、蓮の愚痴。
いつもの事なので、右から左へ、受け流す。
電車を降りると、駅前の書店へ。
ボクたちのお目当ては、新刊のコミック。
それぞれ別なコミックを一冊ずつ買って、回し読みするのだ。
あいにくビニールで覆われているので立ち読みは出来ないが、この作家さんの新刊なら、きっと面白いだろう。
会計を済ませて、店を出る。
「読み終わったら、交換な。じゃ、俺はここで。また明日、学校でな。」
「うん!またねー!」

帰ると、中学生の弟が待っていた。
「兄ちゃん、テレビゲームやろうよ。」
やや。
ここは買って来たコミックを早速読みたい所なのだが。
でもまぁ、仕方ない。
ゲームも嫌いではないので、早速一緒にやる事にする。
しかしなぁ。
格闘ゲーム、ボク弱いのだ。
せめてRPGにしてくれればいいのに、なんて思ってみたりもする。
負けるのが分かっていてやるゲームって、何だか虚しい。
結局、全戦全敗。
母親に促されてお風呂を済ませて、夕食の時間だ。
父親の帰りが毎日夜九時なので、夕食の時間はそれに合わせている。
今日は山盛りのトンカツと、添え物にもも肉の唐揚げ。
ご馳走だ。
「いただきまーす!」
食いしん坊揃いの我が家。
一升半のご飯がみるみる内になくなってゆく。
腹八分目で。
「ご馳走さまでしたー!」

「ねぇ兄ちゃん。学校帰りに何か買って来たでしょ。あれ、何の袋?」
流石は目ざとい。
「コミック。バースト・ドライブの新刊。」
「見たい見たい!貸して!」
「明日ね。今日はボクが読む。」
「オッケー。待ってるから。早いけどおやすみ。」
「うん。おやすみね。」
歯を磨いて、宿題をちゃっちゃと済ませる。
いよいよお待ちかね、バースト・ドライブの新刊だ。
これを楽しみに、今日一日過ごして来たのだ。
読み耽る。
どっぷりと。
すると。
「私はサイバー・ジェネシスの世界の住人。キミは選ばれし者。私とともに来なさい。さぁ!」
萌え系の女の子が甲冑を着て何やら喋っている。
サイバー・ジェネシスだとか、意味が分からない。
それにボクはゲイだから、萌えないし。
行きたくない。
睨み付けると、手を引かれた。
凄い力だ。
見ると腰には剣を二本刺している。
二刀流だ。
怖くなって、逆らう気力がなくなった。
壁の手前の空間には、裂け目が表出している。
もう、何が何やら。
とりあえず、行ってみるしか!

ボクと女の子は、裂け目に飛び込んだ。
目に飛び込んで来たのは、別世界。
「私は炎を司る女神、フレア。その身なりでは危険だから、甲冑を着てもらう。慣れるまでは重いけど、我慢して。」
そんな事より、今置かれている状況の方が危険に思える。
巨大な鷹の化け物に乗って空を飛んでいるのだ。
それを知ってか知らずか。
「安心して。この鷹は賢いの。私の相棒よ。」
風が冷たい。
日本とは季節が全く違う。
寒い。
ふと見下ろすと、白壁にオレンジ色の屋根の建物が丘の上にポツポツと建っている。
そこへ、もう一羽の鷹が近付く。
「おーい!夏彦ー!」
「蓮!キミも来てたの!?」
驚くボクを他所に、フレア様はもう一羽の鷹の主人に声を掛ける。
「マリン、久し振り。今度の戦いは厳しいものになりそうね。大聖神ファレミスト様が魔都ギルゴニアへ大親征なさるそうよ。私たちも行きましょう!」
「もちろんよ、フレア!そのために選ばし者を連れて来たのだから。」
どうやら蓮も選ばれし者らしい。
また、後で聞いたのだが、マリン様は水の女神との事なのだそうだ。

今ボクたちが居るこの世界の中心、聖都タルフェニアの守りの拠点にして最前線、ワーズワースの宮殿。
ここでボクと蓮は甲冑を身に付けた。
重いが、思っていた程ではない。
運動系の部活をしていた事が、ここで活きた。
ひとまず、動いてみる。
うん、これなら大丈夫そうだ。
これで寒さも紛れるし、かえって助かる。
ボクたちは女神様から、剣を授かる。
「その甲冑も剣も、特殊なの。特別なオーラを身に纏った者でないと、受け付けない。あなた方には、そのオーラがある。だから選ばれし者なの。その甲冑と剣には意思があるから、危険が迫った時、守ってくれるわ。安心して。」
フレア様が説明してくれる。
そこへ駆け付ける、一人の騎士。
慌てている様子だ。
「フレア様、マリン様。大変です。魔都ギルゴニアにて大死精グレゴリ・ダークマターが復活しました。先行するファレミスト様と傘下の部隊が、苦戦しています。急いでください!」
どうやら大変な事態らしい。
「これから、戦いに次ぐ戦いになるわ。覚悟はいいわね、二人とも。」
正直、覚悟なんて出来ていなかった。
でも、他に道はないようだから、仕方ない。
やってみるしか!
「頑張ります!」
たまたまか、ボクと蓮の声は同時に響いた。

途中で、風の女神サイクロン様が合流した。
その選ばれし者は何と、ボクの弟。
まだ中学生なのに、無茶させるなぁ。
選ばれし者は世界でたったの三人。
みんな日本に居るのが不思議だが、ハイレックという宇宙でも数少ないパワーストーンがたまたま落下したのが家の近所だった、という事らしい。
そのハイレックの力を強く受けたのが、蓮と弟とボクなのだ。
正直、迷惑な運命である。

見渡す限りの草原を飛ぶ。
ふと視界に、軍隊の姿が飛び込んで来る。
ここはタルフェニアから少し離れた郊外の村、テルワース。
「奴ら、こんな所まで進軍していたのね!マリン、サイクロン、そして選ばれしみんな、行くわよ!」
フレア様の掛け声。
と共に、鷹に乗っていた女神様たちが次々と地上に飛び降りる。
「さぁ、早く!」
女神様たちに急かされて、蓮と弟とボクも続いて飛び降りた。
こんなの有り得ない!
だが、不思議と体への衝撃は少ない。
敵はざっと千人程。
こちらはたったの六人。
勝てるか。
正直、もう終わりだと思った。
だが、敵を目の前にすると、驚く程の早さで体が動くのだ。
瞬時に敵を、バッタバッタとなぎ倒す。
自分が自分じゃないみたいだ。
むしろ甲冑と剣が、勝手に動いている。
いわば、ボクたち三人は甲冑と剣の依り代みたいなものなのだ。
ただ身を委ねているだけ。

十分後。
ここでの戦いは、ひとまず終わった。
味方は、みんな無事だった。
勝利である。
だが、ここは戦場である。
敗北は、死を意味する。
負ける訳には、絶対にいかない。
勝たねば。
何としてでも。

次の戦いは、すぐに待っていた。
地方都市アーフェニアでの、敵主力部隊との一大決戦である。
敵総数は、二百万。
大砲の部隊も居る。
これをたったの六人で倒すのである。
無理筋な話というものだ。
が、やらねばならない。
まさに、不条理だ。
そこへ。
フレア様が火を放った。
一面の炎、まさに火炙りである。
「さぁ、かかって!」
ここでボクたち三人の出番。
残った敵の兵士たちを根絶やしにするのだ。
しかし、切っても切っても終わらない。
そのまま、三時間が経過。
そろそろ、体力の限界だ。
すると、今度はマリン様が。
「みんな、ちょっと退いてて!」
慌てて避難するボクたち三人。
水攻めである。
ここまでで、敵の四分の三は倒した。
最後はサイクロン様が風で吹き飛ばす。
敵はほぼ全滅。
僅かな残兵も投降した。
これで、最終目的地の魔都ギルゴニアまでは敵は居ない。
鷹に乗って、旅路を急ぐ。
が。
行けども行けども、到着しない。
遠いのである。
夜になって、ひとまず休む事になった。
みんな、疲れ切っていた。
それは女神様たちも同じ事。
見目麗しい顔が、疲れで台なしだ。

煌めく星々の下で。
澄み切った空気を吸い込んで白い息を辺りに吹きかけながら、ボクは考えていた。
いつの時代も、人々は戦いを繰り返して来た。
今もまた、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしている。
今度の敵は、強い。
途轍もなく。
ボクに何が出来るのか。
太刀打ち出来るか。
いっそ、逃げようか。
途中で道に迷って敵に捕まったら、最期かも知れない。
でも、戦地で亡くなるのも同じ事だ。
それならば、或いはーー。

そんな事を考えていると、隣にフレア様がやって来た。
「今更、逃げ出そうなんて、考えないでよね。今逃げ出したら、元の世界には戻れないわ。それに、あなたは強い。余計な事は考えない事よ、いい?」
ボクは黙って頷くしかなかった。
全てお見通しだったのだ。

夜も更けて来た。
ボクと蓮は、並んで横になる。
最後の戦いを前にして、気分が高揚していた。
或いは、焦っていたのかも知れない。
蓮の手を、そっと握った。
何も言わない告白。
拒否しないのが、返事だったーー。

やがて、朝。
起きがけに、蓮がキスをしてきた。
ボクたちのファースト・キスは、フレンチ・キスだった。
もしかしたら、ここに居る誰かが死ぬかも知れない。
そんな思いがあったから。
だからこそ、今ここでキス出来て良かった。
心から、そう思った。

魔都ギルゴニアへと旅立つ。
五時間後。
到着。
しかし、戦況は捗々しくなかった。
大聖神ファレミスト様の傘下の部隊は全滅。
ファレミスト様が一人気を吐いていた。
加勢するボクたち六人。
サイクロン様がみんなに耳打ち。
「一度しか使えない必殺技があるの。使ってみましょう!」
マリン様は反対する。
「エクストリーム・サンダーボルトね。あれを使ったら最後、みんなしばらくの間戦えなくなってしまうわ。一撃で倒せなかったら、そこで世界は終わってしまう。」
そんなやりとりの中、ファレミスト様が静かに口を開いた。
「やりましょう。他に道はないわ。日本から来た三人も、協力してくれるわね?」
ボクたちは揃って頷いた。
「はい!」

ーー戦いは、終わった。
魔都ギルゴニアの中心には、大死精グレゴリ・ダークマターの巨大な亡骸が横たわっていた。
世界は、救われた。

「いよいよ、お別れね。」
戦いの後、最初に口を開いたのは、フレア様だった。
「みんな、ありがとう。」
ファレミスト様がそれに続く。
マリン様やサイクロン様とも挨拶を交わして、ボクたちはいよいよ元の世界に帰る。
日本でのごくありふれた日々が、再び始まるーー。

「よぉ、夏彦!おはよ!そろそろ夏休みだな。二人でどっか行こうぜ。」
高校の教室で。
昨日までの冒険とは打って変わった、まさに日常の始まりだった。
「うん!海にでも行こうよ。湘南とか。」
ボクが返事をすると、早速横から茶々が入る。
「海でデートか?デブが揃って、暑苦しいなぁ!」
教室中、大笑いだ。
でも、邪気はない。
だから、これで良かった。
「レズビアンだからね。ボクたち、レディだから!」
一応、付け加えておく。
まぁ、軽い冗談である。

ボクたちはこうして、幸せを手に入れた。
これからもきっと、仲良くやれるはずだ。
初体験はまだかって?
それは内緒ですょ。

お・し・ま・い。

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GREEN : GREEN [FE]

[Part 1 : 語り - ニト]

雑踏の中で。
それは、勧誘だった。
しかも、悪質な。
「お住まいは、どの辺りですか?」
これで俺はキレた。
それまでは適当に相槌を打っていた。
それがいけなかったのだが。
俺は「うがぁ!」と叫んで、勧誘を振り払った。
不動産の勧誘だが、俺にはそんなものを買う余裕はない。
ここハーレスに越して来て二年になるが、冴えないワンルーム暮らしなのだ。
ハーレスは便利で治安も良いが、とにかく家賃が高い。
それも、べらぼうに。
他国だが、メープルキングダムの首都・メープルシティ並みには高いのではないかと思っている。
メープルシティも、家賃は鬼のように高いというからな。
メープルシティもハーレスも、ワンルームはとても少ない。
そもそも、将来のために貯蓄もしたいのだ。
ワンルームは安くて良い。
だから、今住んでいる物件は貴重なのだ。
それにしても遅い。
俺は約束に遅れている相方のポコを待ちながら、銅像の前で貧乏ゆすりをしていた。
こんな事はしょっちゅうなのだが、せっかちな俺はいまだに慣れない。
「ニト、ごめーん!」
ポコが駆け寄る。
「何がごめんだ。お前が可愛くなかったら、とっくに帰っていた所だ。」
俺は頰を膨らます。
するとポコ、俺の両頬に人差し指を突き立てて、おもむろに押す。
頰の中の空気が間抜けな音と共に抜けてゆく。
ケタケタと笑うポコ。
「あのなぁ!」
俺は怒っているのだが、ポコは笑うのを止めない。
まぁ、いつもの事なのだが。
「怒らない怒らない。お詫びにお昼ご飯奢るからさ。」
嬉しい!
喜びが湧き上がる。
笑いが止まらない。
「これからもどんどん遅れていいぞ。俺、ハンバーグとビーフシチューが良いな。大盛りで!」
「ほんっと、ニトは単純なんだから。リクエスト、りょーかいっ!」
怒りは収まったが、痛い所はしっかりと突かれていた。
でもま、無事に逢えた事だし、まずは食欲である。
目抜き通り沿いを歩く俺達。
やがて行きつけのレストランが目に入った。
三つ星の高級店だが、そもそもハーレスには高級でない店は一切ないので、特に珍しくもない。
この街に越して来てから、ジャケットもローファーもすっかり板に付いた。
昔実家に住んでいた頃には、ジャージ姿で出歩く事もしょっちゅうだったのだが。
困るのはデブなので、吊るしだとサイズがない場合が多い事。
お洒落なジャケットがあっても、ワンサイズ展開だと間違いなく入らないのだ。
自然と行く店は決まってくる。
これは俺とポコ共通の悩み。
さて、席に座る。
窓際。
店内は空いているし、今日はツイている。
程なくしてウェイターがやって来た。
水の入ったグラスを二つ、当たり前のようにテーブルの上に置くのだが。
この水がまた高い。
スーパーで買うコーラの方がよっぽど安い。
まぁ仕方ないのだが。
ハーレスには、水代を取らない店はないのだ。
それに今日の会計はポコが払うのだ。
別に良いか。
注文をして待つ事暫し。
料理がやって来る。
ここのビーフシチューは絶品だ。
バゲットと共に味わう。
「うんまいね、ポコ。」
「うん、それだけ美味しそうに食べてくれると、奢り甲斐もあるょ。」
その後も続々と料理が到着し、あっという間に完食。
我ながらなかなかの食欲だ。
「ニト、トイレ行って来たら?」
「あいょ。」
このお店に限らず、ハーレスのレストランは大抵は座席会計だ。
ポコのトイレの合図は、俺の居ない間に会計を済ませておきたいという配慮から来るものだった。
いつもの事だ。
慣れたもの。
阿吽の呼吸だ。
戻ると、ポコが席を立つ。
「行こう。」
さり気なく俺の手を引く。
ハーレスはここヴァルクラインの中でも最もゲイフレンドリーな街なので、男同士手を繋いでも特に違和感はない。
これが、俺がハーレスに住み続ける理由でもある。
物価は高いが、気に入っているのだ。

街を歩く。
タクシーを探しているのだ。
程なくして黄色いタクシーが視界の中に入った。
手を挙げると、目の前で停まってくれる。
「お客様、どちらまで?」
「ネイチャーセンターまで。」
ネイチャーセンターとは、旧スプルース・フォレスト領にある国営の大型テーマパークだ。
スプルース・フォレストの大自然を、最新の技術を使ってあらゆる方法で体感出来る。
スプルース・フォレストは今はヴァルクラインの領土なので、気軽な国内旅行だ。
開業当時と違って道も整備されたので、迷う事はない。
だが、ハーレスからだと徒歩で行くには遠いし、電車は通っていない。
ハーレスでは自家用車にはとても高い税金が課せられるので、俺みたいな安月給には高嶺の花だ。
で、タクシーな訳だ。
それにしても回る回る。
メーターが。
遠いのだ、思っていたよりも。
脂汗がじっとりと背中を濡らし切った頃に、ようやく到着。
死ぬかと思った。
この分のお代は俺持ち。
元からそういう話になっていた。
どうりでポコの奴、レストランであんなに気前が良かったのだ。
吐きそうになりながら料金を払う。
顔を上げると、ポコの満面の笑み。
「帰りもよろしく!」
もう、どうにでもなれ!

ネイチャーセンター内部で。
施設は大部分が屋内。
その延べ床面積は優に1,000,000m2を超える。
迷子になりそうだ。
はぐれないように、というのもあって、男同士ではあるが手を繋いで歩く。
すると。
男同士の同年代のカップルが二組、それぞれ手を繋いでやって来た。
面白そうなので、声を掛けてみる。
「やぁ、みんな可愛いね。良かったら友達にならない?俺の名前はニト。横にいるのは相方で、名前はポコ。」
自己紹介を済ませると、向こうからも返事が。
「僕の名前はキリル。他は左からプリム、キッフル、ポッコイ。よろしく!」
次々と手が出て来たので、握手。
これでみんな、友達だ。
まぁ言ってみればデブの集まりである。
側から見れば何と暑苦しい事だろうさ。
で。
とりあえず、施設内のラウンジでお茶をする事に。
まずは一服、である。
最近はヴァルクラインでは抹茶がブーム。
日本人は俺達と見た目は殆ど変わらない。
何となく親しみは湧くが、さてどんな味なのだろうか。
六人で早速検証。
「うげぇ!」
「何だこれ!不味い!」
大不評だ。
しかも値段が素晴らしく高い。
お茶受けの羊羹なるスイーツもイマイチ。
オリエンタルブーム、俺達には来なかった。
ここでプリムが話題を変える。
「ところで最近、メープルキングダムをファルテニアとミスティレイン・フォレストの連合軍が襲うんじゃないかって話がまことしやかに囁かれているんだけど。あれ、どうなんだろうね。」
やや。
これは聞き捨てならない。
物騒な話だけに。
「テレビでは何も言わないね。」
キリルが一言。
報道管制か?
疑問が湧く。
「ウチの国の皇帝はどう出るのかな?確かファルテニアやミスティレイン・フォレストとは相互不可侵条約を結んでいたような。とはいえ、メープルキングダムが占領されるのは、ウチの国にとっては相当痛い話だろうし。国が傾くかも。」
キッフルは首を傾げるが、これって一歩間違えたらマズイのでは。
いよいよキナ臭い。

[Part 2 : 語り - 語り部]

その頃。
ヴァルクラインの玉座では。
皇帝と、大元帥に昇進した軍務尚書とが、今後の自国の戦略について討議をしていた。
「陛下。恐れながら、好機です。」
「ほう。卿の考えを述べよ。」
「ファルテニア、ミスティレイン・フォレスト両国との相互不可侵条約を一方的に破棄するのです。メープルキングダムと連携を取れば、南北から二国を挟撃出来ます。地理的には、ファルテニアはメープルキングダム領に、ミスティレイン・フォレストは我が国の領にするのが良いでしょう。今動けば、味方の犠牲も少なくて済みます。メープルキングダムとのホットラインを今すぐに繋げるのがよろしいかと。放置しておくと我が国にとっては重大な損害に繋がりかねません。ご決断を。」
「よろしい。卿の策を容れよう。無闇な交戦は避けたいが、この際止むを得まい。メープルキングダムを独占されると、国力の衰退にも直結する。正に一大事だ。彼らも愚かな事をする。大元帥、直ちにメープルキングダムとのホットラインを繋げ。余が直々に話を通す。」
「御意。」
メープルキングダムの国王とヴァルクライン皇帝との会談はこうして行われた。
内心では皇帝は、自ら行った方針の転換に、戸惑いを覚えていた。
しかし、状況は刻一刻と変化する。
あの二国にメープルキングダムを独占させる訳にはいかない。
何としてでも。
メープルキングダムは世界の商業の中心地。
ここを奪われれば、景気が悪化するだけではなく、逆にヴァルクラインが侵略の危機に遭うかもしれないーー。
これはヴァルクライン首脳部共通の懸念だった。
会談では、大元帥らも交えて具体的な戦術や連携についても話し合われた。
実はミスティレイン・フォレストでは強硬派、保守派の残党によるクーデターが起こっており、軍事政権による独裁体制が敷かれていた。
不意打ちだったため、警戒が手薄だったからこそ成功したクーデターだ。
元大統領テット・クラウスら一行、ピウ、ピム、ビム、バムらはメープルキングダムへ脱出、既の所で難を逃れた。
同日未明。
攻撃開始。
同時刻を以って、ファルテニア、ミスティレイン・フォレスト両国に対して宣戦布告。
同時に、ヴァルクラインのA22垂直離着陸型ステルス汎用攻撃機及び実戦初投入となるSAX超高高速高高度爆雷艇群、メープルキングダムのQ7長距離ステルス爆撃機及びR1ステルス戦闘爆撃機群が敵地侵入。
同時刻、重装甲自動追撃ステルスミサイルや拡散熱弾頭ミサイル、重爆雷群らを敵軍事要衝にピンポイントで発射。
ほぼ奇襲であった。
南北からの同時攻撃だった事もあり、ファルテニアやミスティレイン・フォレストの国内は混乱を極めた。
暴発した両国の残党が核攻撃を試みるも、ミサイルはヴァルクラインのSAX超高高速高高度自動追尾型迎撃ミサイル群によって全弾撃墜。
ファルテニア、ミスティレイン・フォレストは焦土と化した。
「あの連中は何を考えている!核攻撃とは何と愚かな!」
激昂するヴァルクライン皇帝。
正に、想定外の事態だった。

[Part 3 : 語り - 語り部]

世界は、変わった。
ファルテニア、ミスティレイン・フォレストは、国家としては完全に消滅した。
国民の大多数は死に絶え、国土は不毛の地と化した。
一方で、この戦争で亡くなったヴァルクライン国民及びメープル・キングダム国民は、一人も居なかった。
この事態を看過出来なかったのは、ミスティレイン・フォレスト元大統領のテット・クラウスである。
彼は相方ティル・クラウスを連れて飛行機で旧スプルース・フォレスト領奥地に向かい、神聖ヘリテイジ・ストーンに祈る事で森の神を呼び出した。
実は森の神は事前にこの事態を予測していた。
聖地サウザンライツ・バレーへ赴き許可を得て、ミスティレイン・フォレスト国民だけでなく、ファルテニア国民のDNAと記憶もデータベース化していたのだ。
テット・クラウスとティル・クラウスは祈った。
ミスティレイン・フォレストとファルテニアの亡くなった全ての民が、復活するようにーー。

祈りは、通じた。
全てとはいかなかったが、亡くなった多くの国民が復活出来た。
ファルテニアはメープル・キングダム、ミスティレイン・フォレストはヴァルクラインの下で復興を目指す。
道は険しいが、国民は皆、明るかった。
一度は亡くした命。
生き返る事が出来ただけでもめっけもん、皆そう思っていた。
その頃。
テット・クラウス、ティル・クラウス両名は、ヴァルクライン皇帝から直々の呼び出しを受けた。
要件は一つ。
「側近として余に仕えよ。」
それだけだった。
二人の覚悟は、決まっていた。
「はい、喜んで!」
テット・クラウスは軍務尚書と同格の大元帥の称号を賜り、国務尚書となった。
前国務尚書が病で急死、ちょうど空席だったのだ。
また、ティル・クラウスは副元帥の称号を賜わり、総参謀長となった。
二人に、笑顔が戻った。
この世界は、きっともっと良くなるーーそう信じられたから、だから笑った。

ピウとピムは皇帝付侍従となった。
ビムとバムは宮中御用達の称号を得て、鍋作りを益々極める。

一方、ニトとポコは、キリルとプリム、キッフルとポッコイ、彼らと交流を深めていた。
ニトとポコは、それぞれ中堅の商社で平社員をしている。
旧スプルース・フォレスト領は開発ラッシュだったが、現地に勤務する要員は不足気味。
不人気だったのだ。
そこでニトとポコは上司に志願して、旧スプルース・フォレスト領勤務に。
晴れてキリルやプリム、キッフルやポッコイと頻繁に行き来出来るようになったのだ。
引っ越しの日。
「さらば、ハーレス。」
寂し気なニト。
一方のポコは、友達が増えたという事で、嬉しそう。
「さ、新天地へレッツ・ゴー!」
特にニトは、今は感傷に浸っているが、べらぼうに物価の高いハーレスを離れる事で、暮らしに余裕が出来る事だろう。
こうして、皆が幸せになってゆく。
新生ヴァルクラインは森の神が見守っていた。
新生メープル・キングダムも、戦争を起こす事は最早ないだろう。
「さぁ馬鹿共、6Pするよ!」
「無理だょ、キリル!」
こんな彼らにも、神の御加護がありますように。

とりあえず、お・し・ま・い。

[おまけ : 語り - 語り部]

ニトとポコは共に暮らす事になった。
丸太小屋を新築したのだ。
それも、キリルとプリム、キッフルとポッコイが住む丸太小屋の、目の前にである。
小ぶりだが、可愛い家だ。
当初はニトは新築には乗り気ではなかったが、そうも言っていられない。
仮住まいとして中古家屋は確保したが、正直状態は良くなかったのだ。
近隣に賃貸物件は存在しない。
ダブルインカムならば上手く行く、そう熱心にポコに押されて、新築を決意したのだった。
この辺り、最近、近くに大型のスーパーが出来た。
ホームセンターも洋服屋さんも、家電量販店も出来た。
道も整備されて、買い物には困らない。
ヴァルクラインは世界では、メープルキングダムに続く金持ち国家なのだ。
有利な税制もあり、世界中からやって来た富裕層も数多い。
そうした層に向けて、旧スプルース・フォレスト領では別荘地開発も盛んだ。
ハーレスやメープルシティ程には治安は良くないが、当局の介入が増えたお陰で、日に日に良くなって来てはいる。
今日はニトとポコの引っ越し祝いのパーティーだ。
キリルとプリムが、ここぞとばかりに腕を振るう。
ジビエのステーキに、最近新鮮なものが流通するようになって手に入りやすくなった海の魚の料理の数々、ビーフストロガノフにロールキャベツ。
サラダやマリネ、ローストビーフやフォアグラもある。
楽しい食卓。
キリルがジビエのステーキを一切れ、フォークで取ろうとすると。
横からニトが強奪。
これにはキリルが怒った。
「ひどーい!こんなの虐めだー!夜、寝込みを襲っちゃうもんね。許さなーい!」
ここでニトが一言。
「別に可愛いし良いんだけどさ。もうちょっと貞操観念というものを持とうよ。」
可愛いという言葉に反応、キリルはしてやったりの表情だったが、堪らないのはポコ。
「こんなの許せなーい!浮気だー!もう二度とSEXしてあげないもんね!」
これには流石のニトも参った。
「ごめん、悪かった。絶対に浮気なんてしない。約束する。本当に可愛いのはお前だけだ。だから今晩、な?」
「仕方ないなぁ。今回だけは許す。」
ひとまず一件落着。
キリルも、これ以上つつき回す程には、デリカシーがない訳ではないようで。
「おSEX、頑張ってね、ニト、ポコ。僕らも頑張る。」
「おう。もちろん。な、ポコ?」
「うん!」
これにて、めでたしめでたし。
これから、新生活がスタートする。
これからは六人で仲睦まじく暮らしていく事だろう。
幸せになろう、皆がそう誓った。
でも彼らは既に、幸せの只中にあったのだ。
これからも続いてゆくこの暮らしに想いを馳せて、六人は笑顔で見つめ合った。
最高の船出、正にそうに違いない。
「またお気に入りの歯ブラシがなーい!こんなの虐めだ、許せなーい!」
賑やかな日常。
ちょっぴり我儘な者も居るが、皆楽しかった。
こんな日々がいつまでも続きますように、あのキリルまでもがそう思っていた。
約束の地は、もうすぐだ。

ちゃんちゃん。

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三毛猫と白猫 [其ノ陸]

夜。
今日は仕事が休みだった。
一日中泥のように眠っていて、気が付くと午後8時を回っていた。
「腹減ったな……。」
俺は丸く膨れた己の腹をさする。
そして、立ち上がってハンガーにかかっていたウインドブレーカーを羽織る。
原付の鍵と携帯、それに財布をポケットに入れて、コンビニまで出掛けるのだ。
路上で。
夜の割には、寒さが幾分か和らいできた。
春の足音が聞こえる。
たまたまかもしれないが。
まぁそんな風に油断していると、いつだってロクな事が起こらないもの。
案の定、昨日の季節外れの雪と今日の午後までの寒さで出来たアイスバーンでスリップ。
道路の端に固まっていた雪に突っ込んでしまった。
奇跡的に原付は無事だったのだが。
俺の脚が無事ではなかった。
『折れてるな、これは。』
苦痛に顔を歪めながらも、どうにか携帯を取り出して、救急車と警察を呼ぶ。
と、そこへ。
三毛猫がやって来て、俺の隣で丸まる。
「私はミミ。三毛の野良猫。喋れるの。あなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。その代わりに元気になったら、私の事を少し家に置いて欲しいの。」
口を開けたままで、思わず固まった。
ポカーン、という表現がここまで似合うシチュエーションも、そうはないだろう。
とはいえ喋れる位だから、話は本当なのだろう。
これはチャンスだ。
といっても、まず心配しなければならないのは仕事だ。
「仕事がクビにならないように、早く怪我が治って復帰出来る事。彼氏が出来る事。親に無事にカミングアウト出来て、受け入れてもらえる事。以上かな。お願い出来る?」
そこまで俺が言い終えるとミミは立ち上がって、今時珍しくウインクをした。
「大丈夫!あなたの願い、ちゃんと叶えるわ。待ってて頂戴ね。また来るわ。じゃ!」
のったりと去ってゆくミミ。
入れ替わりで救急車がやって来て、俺は病院に運ばれた。
その後、手術を終えた俺は、警察の事情聴取も終え、被害が出なかった事を確認して。
ようやく、ホッと一息。
でも、何だかんだで復帰には時間が掛かりそうだ。
ミミにお願いしてあるとはいえ、やはり心配だ。
と、そこへ。
社長が見舞いにやって来た。
俺が勤める会社は、自動車の整備工場。
キツイけど、やり甲斐はある。
勤め始めて五年。
ようやく社内にも居場所が出来た所だ。
ここで辞めたくはない。
そんな事を思っていると。
「そんな辛気臭い顔をするな。大丈夫だ。君みたいな優秀な部下は、簡単にはクビにしないよ。さっきも君がクビになるかもしれないと思った社員達が、私に直談判して来た。本当のことを言うと、怪我が長引くようならもしや、とは思っていた。でも、他の社員にも慕われているようだしな。ゆっくり治して、しっかり復帰したまえ。これは社長命令だ。」
社長が最後にニンマリと笑うのを見て、俺は心から安堵した。
怪我の治りは早かった。
医者は若いからだろうと言っていたが、多分それだけではないのだろう。

入院中のある日。
疎遠にしていた両親が見舞いに来た。
バツの悪そうな父。
父とは以前、喧嘩になった事がある。
ピンと来たのだろう。
もしも万が一お前がホモなら、私はお前を義絶する、そう言って詰め寄ったのだ。
仕方ないので、そんなわけないだろうが、そう言ってその場は収まったのだが。
それからもこの話は燻り続けた。
父は度々見合い話を持って来るのだが、まだ早いと俺が断る度に、機嫌を悪くする。
だから、正直俺は困っていたのだ。
そんな訳なので、今日もなにかあるのだろう、そう思っていた。
が、今日は違った。
最初に口を開いたのは、母だった。
「弟が、結婚したの。店も弟に継いでもらう。あなたには、もう無理に結婚を迫る事はしない。ゲイなんでしょ、あなた。自由に生きなさい、弟の分まで。」
弟の分まで。
この言葉のずっしりとした重み、効いた。
もしかしたら弟だってゲイだったかもしれない。
それに弟はまだ、若い。
俺の分まで苦労を背負い込もうと言うのだ。
うちの実家は老舗の商店だが、弟は事あるごとに継ぎたくないと言っていたのだ。
それなのに、である。
何だか泣けて来た。
俺の我儘のせいで、弟が犠牲になる。
これではもう、弟に顔向けが出来ないではないか。
続いて俺に近付いて来たのは、父。
「お前に、期待していた。でも、行き過ぎた。すまなかった。弟の結婚式には、出なくていいからな。弟が嫌がるのでな。でも、私達はこれからもずっと、親子だ。それは変わらない。義絶などしない。自由に、生きていいんだぞ。その二本の足で、しっかりと立つんだ。お前になら出来る。怪我、早く良くなるといいな。邪魔したな。」
ガッチリとハグされた。
思わぬ事に、嗚咽が止まらない。
それからしばらくの時が経って、両親は病室を後にした。

二十日後。
俺は退院した。
出社すると、みんなが出迎えてくれた。
だが、違和感がある。
よく見ると、知らない顔が一つ。
そこで社長が。
「彼はつい先日中途採用で入った、山中 嗣君だ。実家の都合で急に退社する事になった崇君の後釜だ。君が教えるんだ。しっかり頼むぞ。」
はい、そう大声で返事をしながら、胸がドキンとした。
嗣君、俺のタイプど真ん中なのだ。
艶やかでノーブルなグレーのショートヘア、むちむちとした肉感、透き通るような綺麗な肌、実際の歳よりもだいぶ若く見える幼い顔。
どれもみんな、俺の好みだった。
「よろしく!」
俺が嗣君に片手を差し出すと、嗣君はそれを握りながら、はにかんだ笑みで応えてくれた。

それからは毎日が楽しかった。
嗣君は要領が良かった。
ただ、時々ちょっとしたポカをやらかすので、その都度丁寧に教えてやる必要があった。
それでも。
怒る気になど到底なれなかった。
可愛い後輩。
教え甲斐があるというものだ。
ある日の仕事終わり。
俺は嗣君を居酒屋に誘ってみた。
返事はOK。
鶏の唐揚げやつくね、焼き鳥などを頬張りながら、ハイボールのジョッキ片手に仕事の話題に花が咲く。
と、不意に嗣君、モジモジしだした。
トイレかな、と思い促すも、違うという。
あぁ、ミミのこれが力なんだな、そう思って、さりげなく聞いてみた。
「俺の事、好きかい?」
嗣君、震えながらも必死で頷くので、俺はニコニコしながら頭を撫でてやった。
嗣君、泣いていた。
俺は、「出会った時から好きだったよ」、そう返した。
そして、どちらからともなくテーブル越しのキス。
こうして俺達は、公私共に充実した幸せを得る事が出来た。

その後、酔いも回って来た頃。
翌日は仕事が休みだったので、俺の部屋に嗣君を誘ってみる。
ミミもいるのだ。
紹介したい。
「行ってみたい!早く行こうよ!」
嗣君が急かすので、結局酒盛りもそこそこに帰宅する事にした。
時刻は夜、ミミもお腹を空かせているだろうし、ちょうど良かった。
途中、タクシーを捕まえて家路を急ぐ。
「ただいま〜。嗣君、さ、上がって。」
「あら、遅かったのね。でも、二人共上手く行っているみたいで良かったわ。」
「猫が、喋った!!」
「私の名前はミミ。三毛の野良で、喋れるの。嗣さん、あなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。何が良いかしら?」
言葉に詰まった嗣君。
「さ、ほら。」
俺が促すと、嗣君、訥々と話し始めた。
「先輩と末長く幸せに居られますように、っていう事と、病気がちの母親が少しでも元気になれますようにって事、それに父親と仲直り出来ますようにって事、その三つ。お願い出来ますか?」
「了解よ。私今怪我をしていて、すぐには無理かも知れないけれど、ぼちぼちやってみるわ。」
そうなのだ。
ミミ、出会った時、右後ろ脚を痛めていたのだ。
だから素早く走れなかったのだろう。
俺は怪我が治るとミミを動物病院に連れて行き、せっせとお世話もした。
もちろん、俺を幸せにしてくれた事へのお礼なのだ。
これっぽっちも負担ではなかった。
むしろもっと早くに病院に連れて行ってやりたかったと、後悔した位なのだ。
「まぁゆっくりやっておくれ。」
俺がにこやかにミミに話し掛けると、ミミはお馴染みのウインクでそれに応えた。

翌朝。
部屋のダブルベッドの上で嗣君と二人で寝ていると、誰かの来訪を知らせるチャイムが鳴る。
モニター付きドアホンで顔を見ると弟だったので、嫌な予感がしながらも、とりあえずオートロックは解除、ドアも開ける事にした。
驚いた。
「よぉ、何か用か?」
そう言い終わる前に弟の拳は俺の顔にクリーンヒットしていたのだ。
何が何だか分からずにしゃがみ込んでいると、弟、衝撃の告白をする。
「僕も兄ちゃんと同じで、ゲイだったんだ。一発殴らないと気が済まなかった。突然ごめん。もうすっきりしたからいいや。幸せになってね。僕は兄ちゃんの分まで頑張るから!この事、みんなには内緒だよ!じゃ!」
弟はそう言ってその場を去ろうとするので、俺は引き止めてガッチリとハグをした。
俺はろくでなしだ、この時、心からそう思った。
やがて弟を見送り後ろを振り返ると、嗣君とミミが心配そうにこちらの様子を伺っていた。
なので。
「さぁー、みんな朝食の時間だよー!」
などと、白々しいテンションでその場を取り繕ってみるのだが。
そんな思いとは裏腹に、ミミは叫んだ。
「これはもう、ぼちぼちなんて言っていられないわ!嗣さん、お父さんの所へ案内して!みんなで行くのよ!」

俺の所有する車で高速も使って二時間。
俺達一行は、嗣君の実家近くの駐車場へと到着した。
更に歩く事十分。
もう嗣君の実家の門は目の前である。
「さぁ、早く!」
ミミに急かされて嗣君は、渋々といった表情でインターホンを押した。
すると……。
困った顔をした嗣君のお母さんがお父さんを呼びに行った。
嗣君のお父さん、あろう事か竹刀を持ち出して、飛びかからんとする勢いだ。
「ホモには我が家の敷居は跨がせん!どうしてもというのなら、この俺を倒してから行け!」
その時だった。
ミミが念を送り始める。
後で聞いた話だが、ミミと嗣君のお父さんとの距離が近かった分、念が効果的に効いたらしい。
やがて嗣君のお父さんは、その場でへなへなと崩れ落ちた。
「すまん、言い過ぎた……。まぁ入れ。」
それだけ言うとのっそりと立ち上がって、ヨタヨタと家の中へと戻っていった。
付いて行く俺達。
茶の間へと通された俺達は、昔懐かしいちゃぶ台を囲んで正座をした。
「はい、どうぞ。」
嗣君のお母さんがお茶と羊羹を持ってきてくれた。
ありつく俺達。
目の前には如何にも頑固そうな、嗣君のお父さん。
正直、間が持たない。
苦悶していると、お父さんの方から口を開いてくれた。
「うちは代々農家だ。嗣には嫁をもらって跡取りになって欲しかった。それで丸く収まると、信じていた。だが、私は嗣の幸せの事は何も考えて来なかったのかもしれん。これからは自由にするといい。幸い私には娘もいる。婿養子をもらえば、跡取りの問題は心配ない。人様にご迷惑を掛けずに、幸せになるんだ。約束出来るな。」
嗣君の目の前にお父さんのゴツゴツとした風格のある掌が差し出される。
それを握って、嗣君、幸せそうだ。
お父さんのお陰で、一転した空気。
それもこれも、ミミの力あっての事だ。
感謝しなければ。
結局俺達はその後、お母さんも交えて四人で談笑し、帰宅の途についた。
途中、俺は嗣君にある提案をした。
それは俺の部屋で二人で暮らそう、というものだった。
返事はOK。
これで家賃が浮くから、嗣君の生活も楽になる。
何より、大好きな嗣君をずっと間近で見ていられるのだ。
そう思うと、テンションも上がる。
俺の住む部屋は分譲マンションだから気兼ねがないし、部屋も二つあるから困らない。
実はこんな時のために、わざわざ部屋が二つある物件を選んでおいたのだ。
良かった。

その日は疲れたので各々互いの家に帰宅。
俺はチマチマと部屋の整理をしていた。
元々物は少ないが、それでも片さないといけない物はある。
三時間程整理をして、ようやく二部屋とも片付いた。
たくさんのゴミは、マンション内のゴミ置場へ。
これで受け入れ準備は万端。
一週間後、俺の知り合いの赤帽さんに頼んで、嗣君の荷物を運び入れた。
「やったね、嗣君!これからもよろしくね。」
「こちらこそよろしくね、先輩!」
ガッチリとハグをする俺達。
それからしばらくして。
嗣君のお母さん、調子が良くなったそうだ。
嗣君の実家に二人で押し掛けて、お祝いだ。
「おめでとう!良かったね、お母さん。」
「あら、ありがとう、二人共。」
「めでたいめでたい、ガッハッハ!」
各々みんな酒を片手に、話に花が咲く。
寂しい事もあった。
ミミが全快したので、暫しのお別れなのだ。
「今までありがとう。まだまだ色んな人の願い事を叶えてあげないといけないから、あなた達とはここで一旦お別れね。でも、また遊びに来るわ。二人とも、元気でね。」
俺達は次々と、ミミを抱き締めた。
「じゃあねー!」
「元気でねー!」
いつまでも見送る俺達。
また会える、そう信じていたから、涙はお預けだ。
その後は公私共に順調。
とはいえこれから先、楽しい事ばかりではないだろう。
でも、何があっても二人でなら、きっと乗り越えてゆけるーー。
そう思ったから、俺はこの時、心から幸せだった。
それは嗣君もきっと同じに違いない。
「先輩、好きです。」
「俺もだよ、嗣君。」
俺達の幸せな日常は、まだ始まったばかりだ。

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豆柴日記 by [SU]

はじめまして、皆さん!
ぼくは太っちょ・みぃ君に飼われている豆柴の太郎。
みぃ君はちょっとものぐさな大学一年生。
ただいま、ペット可のアパートで独り暮らし中。
実はぼくは、人間ではみぃ君とだけ会話が出来る。
人間以外の動物達とは普通に会話が出来たりもする。
そんな訳で、みぃ君や動物達とぼく太郎との、短い日常のお話の、はじまりはじまりーー。

[一日目 : 語り - 太郎]

「起きてみぃ君、講義に間に合わなくなるよ!」
ぼくはみぃ君を必死に起こす。
ここはもちろん、みぃ君に話しかけるのだが、他の人間達にはワンワンと吠えているようにしか聞こえない。
「あ、太郎おはょ。ご飯の時間だね。待ってて。」
みぃ君は布団からのっそりと起き出すと、いつものトレイにドッグフードを入れてくれる。
「ありがとう!さ、みぃ君も早く支度して!」
こんな時、見ていて危機感が薄いからか、みぃ君の事が心配になる。
でも、当のみぃ君はどこ吹く風。
のんびり悠然と支度をするのだ。
いつもの事だ。
「さ、早く早く!」
ぼくはみぃ君を追い立てるように声を上げる。
「分かった、分かったょ。」
みぃ君、やっと観念したのかせかせかと支度をし始めるのだった。
「じゃ、行ってくるね。留守番お願いね。」
「ラジャー!いってらっしゃーい!」
こうしてひとまず、任務完了。
ふぅ。
朝から疲れるのである。
しばしのんびり。
すると。
ここは一階なので、時折動物の来訪者がある。
今日も仲良しの小さな蛙さんが、窓辺でぼくを呼んでいる。
「ねぇねぇ太郎君、ちょっと来てくれるかい?」
蛙さんが待っているので、ぼくは外に出る事にする。
実はぼく、ちょっとした超能力を使える。
これを知っている人間はみぃ君だけ。
バレると厄介なので、他の人間達には秘密なのだ。
ちなみに動物達はこの事をみんな知っている。
だからこうして、頼られるのだ。
ぼくは閉まっているサッシを超能力で開けると、ピョンと外に飛び出して、サッシを閉める。
鍵もバッチリ。
「どうしたんだい、蛙さん。」
まずは事情を聞かねば。
すると蛙さん、必死の形相で。
「近くの池に棲む仲良しの鴨さんが、人間に虐められて怪我をしちゃったんだ。治してくれないかな?」
これは大変だ。
すぐに向かわなければ。
ぼくは蛙さんを背中に乗せて、現場まで走り出す。
着くと鴨さん、血を流していた。
見るからに痛そうだ。
「痛いよ、痛いよ。」
鴨さん、泣いている。
可哀想なので、すぐに治してあげる事にした。
ぼくは鴨さんへと、力を送り込む。
三分後。
「治ったよ!もうすっかり大丈夫!太郎君、ありがとね!」
鴨さん、元気になった。
嬉しそうに跳ね回っている。
良かった。
その後ぼくと蛙さんと鴨さんは、しばらくの間一緒に遊んだ。
気が付くと、いつの間にか陽が傾いている。
これはいけない。
みぃ君、きっと心配している。
いや、そうでもないか。
いつもの事だし。
でも、帰らねば。
「じゃあ、ぼく帰るね。今度は気を付けるんだよ、鴨さん。蛙さんも、またね。」
「じゃあねー!」
「ありがとねー!」
帰宅。
「ただいまー。」
「お帰り。心配したょ。ご飯の時間だょ。さ、おいで。」
言葉とは裏腹に、別に心配していないような眠たい顔。
でも、これもいつもの事。
たぶん慣れっこなのだが、心配はしてくれているようなのだ。
なので、こちらとしても気分は悪くない。
たくさん動いたのでお腹が空いている。
一心不乱にご飯を食べるぼく。
たっぷりのご飯をペロリと平らげたぼくは、みぃ君にすり寄ってみる。
「少し汚れてるね。お風呂、入ろうか。」
あれ、そんなつもりではなかったのだが。
おかしい。
間違っている。
まるで嵌められた気分。
「嫌だ、嫌だ。」
こんな時はとりあえずゴネてみるのだが。
「さ、行こうか。」
持ち上げられてしまい、ジ・エンド。
無念。
お風呂場へと直行。
待っているのは、辛い時間。
ただ耐えるのみ。
で、終わったのである。
「偉いね。今日もおとなしくしてたね。見違えたょ。」
みぃ君にハグされた。
嫌なことも終わったし、極楽気分だ。
夜。
寄り添い合って眠るぼく達。
みぃ君、スースーと先に寝息を立てている。
ぼくももうすぐ、夢の中。
明日はみぃ君の、ちょっと遅い初恋のお話。
今日はこれにて、おやすみなさい。

[二日目 : 語り - みぃ]

朝。
気怠い。
いつもの事だけど。
もう少し眠っていようか。
そんな時に限って、太郎がうるさいうるさい。
「分かったょ。今起きるから。」
のそのそと起き上がると、ぼくは台所で太郎の餌の支度をする。
毎朝の日課だ。
「ほら、餌だょ。ゆっくりお食べ。」
自分の支度も、ぼちぼち始める。
で。
大学に到着。
特にこれといった友人も居ないぼくにとっては、暇で退屈な日常の始まりだ。
まぁ、親の仕送りで生活している身分だから、せめて留年はしないようにしなければ。
あるのは、その程度のモチベーションである。
講義を受けて。
眠い。
「怠いな。フケようか。」
まぁでも、ここは我慢。
親の手前。
さて、お昼である。
カフェテリアへと向かう。
食べるのは、大盛りパスタとカツカレー。
どちらもセットなので、サラダとスープ、それぞれ二個付き。
ついでに、コーラも頼む。
モリモリ食べる。
これがないと、力が入らない。
自慢じゃないが、燃費は悪い。
頗る。
食事を終えると、再びの講義。
結構、真面目に出ているのだ。
ノートを借りられる友人も居ない訳で。
それはまぁ、必死なのだ。
結局の所、要領が悪いのかもしれない。
どうやらその辺の感覚が、少し鈍いようだ。
そして、帰宅。
今日もつまらなかった。
お腹が空いた。
ピザでも頼もう。
太郎の餌も用意。
少し早いが、何となく、ついでに。
「太郎、留守番ご苦労さま。餌だょ。何か変わりはなかったかい?」
とりあえず、聞いてみる。
「大丈夫だったよ、みぃ君。いつも餌、ありがとう!」
一安心。
で、ピザである。
宅配ピザを、デリバリーで注文。
早速お電話。
パパゲア・トルチンチーヤ味のLサイズ二枚。
大好物なのだ。
健康の事も考えて、シーザーサラダも一緒に頼む。
二十分後。
到着。
インターホンが鳴るので、ドアを開ける。
ドキンとした。
いつもの人と違う。
目を奪われた。
目の前に現れたのは、好みのタイプど真ん中の、これまでに見たどの男とも違う、素敵過ぎる配達スタッフだった。
頭がふわふわする。
ぼく今、たぶん、挙動不審だ。
暫し、呆然。
これがぼくの、初恋だった。
首を傾げながらも帰ってゆくスタッフ。
後に取り残されたのは、抜け殻のようなぼく。
どうするか。
ここはまず、飼い犬詣でだ。
「ねぇ太郎。お願いがあるんだけど。」
「何だい、みぃ君。」
「実はね。今帰っていった宅配ピザのスタッフの人を、ぼく好きになっちゃったみたいなんだ。どうにかならないかな……。」
もう涙目である。
この時ばかりは、太郎が神様に見えて仕方なかった。
で、太郎。
「うーん。あんまり気が進まないけど、少し運命の糸を手繰り寄せてみようか。やってみるね。待ってて。」
十分後。
インターホンが再び鳴った。
慌てて玄関へと駆け出すぼく。
目の前には、さっきのスタッフさん。
ドギマギして何も言えないぼくに彼、フレンチ・キスをした。
ぼくは、抱き締めた。
離したくない、離れない。
そんな思いで、ぼくはいっぱいだった。
そうした中で、彼は訥々と言葉を紡ぎ出す。
「実はぼく、半年前に街で君を見かけて、その時から好きになっちゃってたんだ。なかなか言う機会もなくて、困ってたんだけど、今日たまたま会って、後から勇気が湧いて来て……。舞い戻って来たんだ。良かったら付き合おう。明日の夕方にまた来るから、その時に返事を聞かせて欲しい。今日はまだ仕事があるから、これで。」
去ってゆく彼を見送るぼく。
それはもう、くらくらする。
それからは、何も手につかない状態が続いた。
夜も眠れない。
心配した太郎、付きっ切りで傍に居てくれる。
結局その日は、丑三つ時になってようやく、眠りに就いた。

[三日目 : 語り - みぃ]

また朝が来た。
今日は大切な日。
この状況、決して悪くはないのだ。
だから落ち着きたい所なのだが、そわそわしてしまう。
太郎は言う。
「記憶操作は多少はしたけど、あの人、元からみぃ君の事は好みのタイプだったんだ。だから、あんまり思い詰めないようにね。悪い事をしている訳ではないんだし、相思相愛なんだしさ。」
心強い言葉だった。
ぼくは、嬉しかった。
罪悪感があったのだ。
だが、元から好みで居てくれたなら、気を患う必要もない。
まぁここはとりあえず、大学には行かねば。
本当は休みたい所だが、家に居てもそわそわするだけなのだ。
講義でも受けていれば、多少は気が紛れる。
という訳で。
惰性で講義を受けて。
お昼。
カフェテリアで。
ノエヴェ・プーラントなる料理を発見。
味の想像がつかない。
プーラントって作曲家じゃなかったか。
プーランクという作曲家も居た筈だし。
まぁここは試しに、一人前だけ。
もう一つは、ポーク・カツレツの大盛りで。
一口目。
まずはノエヴェ・プーラントから。
うーん。
不味くはないのだが。
何というか、微妙。
一人なので、黙々と食べる。
そこへやって来たのは、同い年位の青年。
「やぁ!時々見かけるけど、名前はなんていうの?俺の名前は彦助。ノエヴェ・プーラント、頼んだんだー。俺がリクエストしたからメニューに載ったんだ。美味しい?」
「ぼくの名前は三乃介。みぃでいいょ。なんかこのメニュー、味がぼんやりとしていて美味しいんだか不味いんだか。悪いけど。」
ぼくがそう言うと彦助、目の前の座席に座った。
「そっか。それは残念。レストランで食べるともっと美味しいんだけどね。それはそうと、友達にならない?これも何かの縁だし。隠すつもりもないから言うけど、ぼくゲイなんだ。それでもよければ。」
ぼくと友達になりたいとは、誠に以って酔狂な事だ。
が、異存はない。
「ぼくもゲイだょ。よろしくね。」
片手を差し出す。
すると、両手が出て来た。
ガッチリと握手。
かくして、友情はここに結ばれた。
それはそうと彦助、よく見ると可愛い顔をしている。
や、我ながら節操がないな。
やめておこう。
そんな事を思っていたのが伝わったのか、案の定妙な展開になってしまう。
「みぃ君、付き合っている人、居るの?ぼくは今、フリーなんだ。」
仕方ない。
ここは、はっきりさせておくしか。
「ごめん。先の事は分からないけど、今はとりあえず間に合ってる。」
「そっか、残念。でも、今度一緒に飯でも行こうよ。L●NEのID、交換しよっか。」
サバサバしている。
こういうのは、有り難い。
でも、L●NEはなぁ。
「ごめん!ぼく、ID持ってない。メアドと携帯の番号でいい?」
「いいよ。オッケー!」
こんな感じで交換終了。
しかし今時、L●NEのIDも持っていない大学生って、どうなんだろうか?
我ながら、自分の事が心配になる。
まぁ、今まではそもそも、必要もなかった訳だが。
でもこれで、講義の代返とか、ノートの貸し借りとかが出来る。
怠けたいというのもあるが、そういうのに憧れていたのだ。
それからは、話に花が咲いた。
やがて話も終え、食事も終えて。
そろそろ休み時間も終わりだ。
二人して、とりあえず講義へ。
「この教授の授業、退屈だよな。」
「お腹もいっぱいだし、眠くなるよね。」
その後。
我慢し切れずにウトウトしていると。
彦助がつねってくれた。
有り難い。
授業も終わり、ひとまず解散。
帰宅。
そろそろ夕方も近い。
いよいよそわそわするぼく。
が。
想い人、待てど暮らせどやっては来ない。
午後十時。
すっかり諦めて、早々に寝る支度を始める。
今夜は独り、拗ねてみようか。
するとーー。
ピンポーン♪
インターホンが鳴るので、慌てて玄関のドアを開ける。
想い人、到着。
「やぁ、遅くなってごめん。友達に捕まっちゃって、飲んでた。昨日の返事だけど、考えてくれたかな?」
ほろ酔いの想い人、ほのかに紅い顔もいい感じ。
そんな事を思っていると、太郎が騒ぎ始める。
「みぃ君駄目!その人四股掛けてる!悪い人!」
言うなり、撫でようとした想い人の手をガブリ。
「うわぁ、何だこの犬!うわぁー!」
一目散に逃げてゆく想い人。
事態が飲み込めない。
何が何だか分からない。
悲しいぃ。
「みぃ君ごめんね。昨日の内に気付いておくべきだったよ。あの人は悪い人。もっといい人が近くに居るよ。心当たりがあるんじゃないかな?」
「……もしかして、彦助?」
「そう、そう!きっと上手く行くよ!明日、告白しちゃいなよ!」
太郎、嬉しそうにクルクル回る。
面白い。
ちょっと落ち着いた。
「さ、太郎おいで。寝るょ。」
ぼく達は横になった。
今日は太郎、いつもよりも甘えん坊だ。
ぴったりと寄り添って、ぼくの顔をペロペロ舐める。
という訳で、今夜はこれにておやすみなさい。

[四日目 : 語り - みぃ]

時刻はお昼。
大学のキャンパスで。
呼び出した彦助に、ぼくは告げた。
「昨日の話だけど、ぼくと好きだった人、終わっちゃってさ。その人四股かけてたんだ。もし良かったらお付き合いしない?一緒に楽しくやろうょ。」
さり気ない告白のつもり。
さぁどうなるか。
次の瞬間。
ぼくは、彦助の大きな身体で抱き締められていた。
「ごめん。ちょっと痛い。」
ぼくがそう言うと、彦助、はにかんだ笑みで頭を掻いた。
こうしてぼく達の関係は、一日にして友達から恋人へと変わったのだった。

それはそうと。
お腹が空いたのである。
昼食の時間なのである。
お腹には正直なぼく達。
ぼくは彦助と連れ立ってカフェテリアへと向かった。
「俺はノエヴェ・プーラントとビフテキ定食。みぃは?」
「ぼくもおんなじでいいや。ノエヴェ・プーラント、また食べてみたくなったょ。後を引くよね、あれ。何となく。」
「いいでしょ、あれ!やったね!」
彦助、嬉しそう。
そんな顔も可愛くて、今、ぼく幸せ。
それにしてもノエヴェ・プーラント、改めて食べてみると、悪くない。
むしろ、結構いいのだ。
「ノエヴェ・プーラント、美味しいね。食べれば食べる程いい感じになってゆく、みたいな。」
「良かった!みぃのお勧めは?料理で。何かある?」
「今日講義が終わったらウチにおいでよ。パパゲア・トルチンチーヤ味のピザが美味しいょ。豆柴が居るけど、犬は大丈夫?」
「平気だよ。行きたい!パパゲア・トルチンチーヤ味かぁ。食べた事ないや。楽しみにしておこう。」

で。
講義を終えて。
部屋に着いたぼく達。
「へぇ、綺麗なアパートだね。でもちょっと散らかってるね。片付けたら?手伝うよ。」
「ほんとに?うわぁ、恥ずかしいゃ。でも、助かるょ。ありがとう!」
ここで太郎、一言。
「普段片付けサボっていた罰だね。」
ペロンと舌を出すぼく。
すると、何と!
「い、今、この犬、喋ったよな!?」
何と!
ぼく以外にも太郎の言葉が分かる人間がいたのだ。
正直、腰が抜けそうになった。
とはいえ、とりあえずの所は、事情を説明せねば。
話をしてみると、案外あっさりと受け入れてくれた。
やはりサバサバしているのだ。
実に有り難い。
ここで、彦助の思いがけない一言。
「俺達、部屋の片付けが終わったらおSEXに励むんだからな。盗み聞きするなよ。」
「大丈夫。聞きたくないからね。」
太郎は何処吹く風。
たぶん、ぼくの顔は今、真っ紅に染まっている事だろう。
その晩、初体験を済ませたぼく達は、遅めの夕食を摂る事にした。
でも、その前に。
「はい、太郎。おとなしくしてたね、偉いね。さ、夕食だょ。」
「みぃ君、声大きい!」
「ふぅん、そ。じゃ、餌なしね。」
「何にも聞こえなかったよ、みぃ君。」
「さ、たくさんお食べ。」
太郎との付き合いももう少しで一年になる。
こんな風なやり取りも、たまにはあるのだ。
で、パパゲア・トルチンチーヤ味のピザである。
今日はサラダの他にもサイドメニューを注文。
コルコサッサだ。
最近発売になった新メニューである。
これがまた、実にうんまいのだ。
「本当に美味いな、これ。また一緒に食べような。」
「うん!」
二人して、一心不乱に黙々と食べる。
あっという間に完食。
流石はデブ二人と言うべきか。

さて。
都合のいい事に明日は大学が休みなのである。
お互い一人暮らし、気兼ねもない。
ぼくは彦助に、泊まっていくように提案した。
返事はもちろんOK。
こんな事もあろうかと、布団は予備があるのだ。
これまで、泊まりの来客なんて一度もなかったのにね。
妄想癖があるのかも、自分。
でも、今回こうして役に立ったのだから、あながち間違いでもなかった、と言う事だろう。
ちなみにこのアパート、間取りは1DK。
今晩は太郎には、ダイニングで寝てもらう事にしよう。
「太郎、ごめんね。ちょっとの辛抱だょ。」
「うぅん、平気!いい人と出逢えて、良かったね。」
太郎、またもやクルクル回る。
ただ今ぼく達、絶好調です!
今夜はこれにて、おやすみなさい。

[五日目 : 語り - みぃ]

今日は彦助と二人で朝から外出。
彦助の車でアウトレットモールへ行くのだ。
まずは彦助に車を取りに行ってもらう。
特にアテがある訳ではない。
お金のない大学生が一日居られる場所としては、なかなかに優秀なのだ。
まぁそれだけなのである。
到着。
服を見る。
何処のお店にも、可愛い服がいっぱい。
でも、浮つく彦助とは対照的に、斜に構えるぼく。
「それ、どうせ入らないょ。サイズがないもん。」
「あ!?そうだった……。」
デブなのだから、その辺りの覚悟は、あらかじめしておくべきなのである。
結局、三時間も歩いて。
もうクタクタ。
アウトドアブランドのお店で辛うじてサイズの合う服をゲット。
元値が高いので、アウトレットモールとはいえ、割高だ。
だから、ありそうなのは分かっていても、敢えて避けていたのだが。
他に選択肢はないのであるから、仕方ない。
まぁ定価よりはだいぶ安いのだから、満足すべきだろう。
で。
「腹減ったー!」
「ほんと、お腹空いたねー。」
まぁ、こうなるのである。
そうなると、探すのはフードコートだ。
「マ◎ドナルドでいいか?」
「うん。この際何処でもー。」
二人してビッグマッ◎二個ずつとLサイズのポテト一つずつ、それにナゲットとコーラLサイズを頼む。
食べながら。
「で、この後どうする?」
時刻は午後一時。
まだ夕方までには時間がある。
「買い物も終えちゃったし、海沿いでもドライブする?」
「賛成!」
彦助は運転がとても上手い。
見ていて分かる。
車もなく、ペーパードライバーになりつつあるぼくとは、大違いだ。
さて。
海が近い。
次の長いトンネルを抜けると。
いよいよ海沿いを走る事になる。
「そろそろだな。」
彦助の合図。
さぁ、海だ。
景色が素晴らしい。
太郎にも見せたかった。
と。
不意に、フレンチ・キス。
「わ、脇見運転は、危ないんだかんね!」
でも、嬉しい。
胸がキュンとする。
こんな恋なら、いつまでもしていたいーー。
そう思って、目の前に広がる景色を脳裏に刻み付けるのだった。

帰宅。
ひとまず、彦助とは解散。
今夜辺り、両親が様子を見に来るといけない、というので。
明日、また逢えるだろう。
「太郎、留守番ご苦労さま。色々、ありがとうね。」
珍しくガッチリとハグをしてみた。
「いいんだよ、みぃ君。それよりちょっと苦しいかも。」
あぁ、いけない。
「もう夕方だね。今、餌をあげるから、待ってて。」
帰って来ると、いつも通りの日常が待っていた。
でも、これも幸せの大切な一ページ。
明日は何処へ行こう、そう思うぼくには、きっと幸せな未来が待っている。
そう信じられたから、ぼくは、掴んだ恋を離さないでおこう、そう思ったんだ。

[六日目 : 語り - 太郎]

今日は日曜日。
彦助が来ている。
みぃ君と、仲睦まじくお喋り。
せっかくなので、仲良しの動物みんなで、二人のお祝いをしよう。
「ぼく、近くの池まで散歩に行ってくる。みぃ君と彦助は待ってて。」
「了解。気を付けるんだょ。」

まずは蛙さんに声を掛ける。
「いいよ。太郎君にはお世話になっているからね。鴨さんも誘うといいよ。」
で、鴨さんの元へ。
「オッケー!太郎君の誘いなら、大歓迎だよ!ひよこさんも誘いなよ。」
という訳で、ひよこさんも誘って。
アパートに戻るのだ。
連れ立って。
戻ってみると、今にもキスでもしてしまいそうな距離感の二人が、目の前に。
間が悪いのである。
でもま、いいか。
サッシを超能力で開けると、みんなで中に入る。
蛙さんや鴨さん、ひよこさんの言葉は二人には分からないから、ぼくが通訳をするのだ。
「おめでとう、みぃ君!彦助!」
みんなで歌って、踊る。
楽しい時間。
すっかりみんな仲間だ。
これからも、何だかんだでこんな感じの毎日が続くのだろう。
みぃ君に飼われて良かった、本当に心からそう思っている。
だからこれからも、みぃ君と彦助が幸せになるための手伝いをするのだ。
言ってみれば恩返し、かな。
道は広く長く続いている。
みぃ君達とならきっと上手く行く、そう思った。
作品は終わっても、豆柴日記は終わらないーー。
そう思った、初夏の事だった。

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