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ほっこりと、四季 [幸福の情景]

[冬 - 祥平(語り)]

階段を駆け上がる。
ミシミシと音を立てる。
ここは古ぼけたアパート。
その一室に用があるのだ。
目的の部屋の前まで着くと、呼び鈴を鳴らす。
程なくして、丸っこい体つきの大男が顔を覗かせた。
「あぁ、祥平か。入っていいよ。良く来たね。」
中に入るといつも思うのだが、この部屋には物らしき物があまりない。
押入れを有効に活用して整理整頓しているのは分かるとしても、テレビまでもないというのは今時どうなのだろうかと思わないでもなかった。
ちなみにこのアパート、築年数は経っているが、キッチンとバス・トイレは部屋毎にあるのだ。
エアコンも付いているしで、意外とちゃんとしている。
「座ってていいよ、祥平。今飲み物とお菓子を出すから。」
「あ、お構いなくー。」
目の前の男の名前は、泰弘。
こう見えても一応、僕の彼氏なのだ。
差し出されたのは、どら焼きと僕の好物のオレンジジュース。
まずはどら焼きに手を出してみる。
久方振りの味。
意外と美味い。
そしてオレンジジュース。
泰弘は僕の好みを分かってくれていて、いつもオレンジジュースを常備してくれている。
僕がグラスに注がれたオレンジジュースを半分程飲み干すと、泰弘、笑っていた。
「祥平、飲み過ぎー。」
この時の泰弘の笑顔が、僕の一番の好物なのだ。
嬉しくない訳がない。
でもま、ここはポーカーフェイスで通す僕。
別にいいのだけれど、何となく恥ずかしいのだ。

「ねぇ、これから一緒に何処かへ出掛けない?泰弘。」
とりあえずまだ昼間だし、テレビもない部屋にこもっている事もないだろうと思って提案してみる。
二人共に平日が休みの仕事をしており、普段は仕事帰りに逢うのだが、今日は別。
たまたま二人の休みが重なったのだ。
こんな機会は滅多にない。
楽しまなくっちゃ!
僕がそんな事を考えているとあろう事か泰弘、とんでもない事を言い出した。
「じゃあ、市役所。養子縁組するの。どう?祥平が俺のお嫁さんになるの。駄目かな?次に来る時にはハンコを持ってきてって言ってあったけど、持ってる?」
一瞬固まる僕。
でも次の瞬間、調子の良い事にーー。
「大丈夫!持ってる!僕、泰弘のお嫁さんにならなりたい!」
で。ハグされた。思いっ切り。
泰弘、力強いんだもんなぁ。
「痛い、痛いょ、泰弘。」
「あ、ごめん。」
抱き合いながら、互いに自然と笑みが零れる。
「実はもう用紙は手元にあって、証人の欄にうちの両親の名前を書いてもらっちゃってたんだ。本当は祥平のご両親のどちらかにも書いてもらいたかったんだけど、まだ混乱しているみたいで難しそうだったから、とりあえず。俺が書ける所はもう埋めてあるから、区役所に行く前に祥平も自分で書ける所は埋めておくといいよ。今日辺り来るんじゃないかと思ってさ。待ってたんだ。」
「りょーかぃっ!」
威勢良く返事をしながらも、胸がチクリと痛い僕。
そう、先日僕は両親にゲイである事をカミングアウトしたのだが、怒るというよりも脳内が混乱している感じで。
あんなに困らせる位なら、いっその事言わなければ良かったのかな、とも思った程だったのだ。
ただ、拒絶された訳でもないので、多分時間が解決してくれる事だろう。
僕は泰弘にボールペンを借りると、部屋の小さなテーブルの上で養子縁組届の空欄を埋めていった。
「出来たよ!泰弘ー!」
両親の事もあるにはあるけれど、何だかんだで僕は嬉しかった。
泰弘と付き合い始めてから五年。
遂に家族になれるのだ。
それはもう、感慨深い。
「さ、行くよ。」
泰弘の声に押される形で僕は、部屋を後にするのだった。

息が白い。
季節は冬真っ只中。
落葉樹は葉を落としたままで、死んでいるかのようだ。
僕と泰弘はどちらからともなく、手を繋いで歩く。
区役所までは、泰弘の部屋からなら徒歩で行ける。
時々周囲の目線が痛いけれど、気にしない気にしない。
二十分位の時間だっただろうか。
区役所に着いて、流石に手を離す僕たち。
どちらからともなく。
でも、心は繋がっている。
平気だ。
窓口に向かうと、そこで養子縁組届を提出。
この後の手続きの流れをレクチャーされる。
手続きは煩雑だが、難しくはなかった。
待ち時間、僕はずっと泰弘の横顔を見ていた。
それに気付いた泰弘、照れ臭そうに頭を掻く。
僕たちの周りだけ、空気の色が桜色ーー。
一足早く訪れた、春。
僕は、いや僕たちはこの時、本当に幸せだった。

[春 - 祥平(語り)]

桜が満開だ。
今日は花見に来ている。
もちろん、泰弘と二人でだ。
場所取りの甲斐もあって、絶好のポジション。
「桜ってこの時期だけだよね。綺麗だ。」
僕がそう言うと、葉桜も綺麗だよ、と泰弘は言う。
どの口が言うか、そんな風に思った僕は一言。
「毛虫!」
泰弘は虫が大の苦手なのだ。
僕も苦手だけれど、それ以上に。
「うわぁ、酷いや!」
泰弘は泣きそうになりながら、虫がいないかどうか確かめるために、辺りを見回す。
「大丈夫だから!さ、ご飯食べよ!」
泰弘は料理が得意だ。
重箱の中を綺麗に彩るお惣菜たちは、さながら春のおせち料理といった所。
「いただきまーす!」
見る間になくなってゆく料理の数々。
桜も見ずに、二人共一心不乱に完食。
ま、食事なんて、大体がこんなものだろう。
少なくとも僕はそう思っている。

さて、花見からの帰り道。
手を繋いで、スーパーへ。
カートを押すのは、僕の仕事。
店内は人が多いが、そこはもう、慣れたもの。
巧みに泰弘の傍をキープして、離れない。
「今夜はカレーだね、泰弘。」
「牛すじ肉を圧力鍋で柔らかくなるまで煮込むんだ。いつものビーフカレー。期待して待ってて。」
他にはサラダとスープ、それにカニクリームコロッケだ。
僕は涎が出そうになるのを我慢しながら、カートを押し続けた。
歩いての帰宅。
二人の愛の巣、新居だ。
賃貸だけれどーー。
養子縁組している事もあっただろう。
ゲイの僕らでも借りられる物件が、どうにか見つかったのだ。
まぁ、最悪通い婚でも良かったのだが。
やっぱり出来る事なら一緒に住みたい。
分譲は若い僕らには荷が重かったから、パス。
二人揃って安月給だしね。
ましてや首でも切られたら、たいへーん!
で、遂に。
新居には僕の希望で、テレビが置かれたのだ。
まぁ僕が前の家のテレビを持ってきただけなんだけれどね。
テレビゲーム機もDVDやBlu-rayのレコーダーもソフトも、みんな持ち込んだ。
お陰で、快適快適。
泰弘が台所で夕食の支度をしている間、僕は洗濯機を回してその間に掃除機がけ。
そしていよいよ。
これ、見るの楽しみにしてたんだよね。
一話完結の面白そうな海外ドラマのBlu-ray。
まずは第一話、観てみましょうか。
で。
ちょうどクライマックス、いい所なのに。
そんな時に限って洗濯が終わってしまう。
良くある事だ。
仕方なくBlu-rayを静止させると、洗濯物をカゴに入れてベランダへ直行。
洗濯物を猛スピードで干すと、ドラマの続きだ。
そうこうしている内に、夕食が出来上がる。
我が家では食事は一日四食だ。
朝食、昼食、夕食、夜食の順。
泰弘が仕事の日は、一緒に食べるのは朝食と夜食だけ。
独りの時だろうと泰弘と一緒だろうとどれもしっかり食べるので、夕食は普通の場合よりも気持ち早めかも。
もちろん、休みの日にはこれにおやつも付く。
「いただきまーす!」
泰弘のビーフカレーは、絶品だ。
柔らかく煮込まれた牛すじ肉が、口の中でホロホロと解ける。
「やっぱり泰弘のビーフカレーは美味しぃー!お店に出せるよ、これ。」
まぁ当然といえば当然なのだが。
何しろ泰弘は、レストランの厨房で働く調理師なのだ。
いつか自分のお店を持つ事が夢なのである。
「良かった。いつもたくさん食べてくれるし、作り甲斐があるよ。明日はハンバーグかな。」
はにかんで微笑む泰弘を見て、すっかりお腹いっぱいの僕。
料理を綺麗に平らげて。
「ご馳走さまでしたー!」

[夏 - 語り部(語り)]

海。日焼け止めクリームをたっぷりと塗って。
ビーチパラソルの下で寝転んで。
今時はゲイも美白が命!……という事でもなくて。
二人共、体質のせいで綺麗に焼けなくて。
そんな二人には、日焼け止めクリームは命そのもの、な訳で。
さて。海である。二人共、泳ぎたい所なのである。
ところが。二人は揃ってカナヅチ。
ここで浮き輪と足踏みポンプの出番。
で。波に乗るのだ。
「気持ちいぃー!」
二人はご満悦。まぁ正直、油断していたのである。
二人は沖へと流れる海流に乗ってしまっていた。
気が付くと、海岸は遥か彼方。異変には誰も気が付かない。
「どうしょぅ!どんどん沖に流されてる!もぅ戻れないよー!」
慌てる祥平。
対照的に冷静だったのが、泰弘だ。
泰弘は愛用のAppl● W○tchで救援を要請。
携帯の電波が届いたのも幸いして、事なきを得たのである。
「もう海なんて来ない。怖いもん。」
祥平は、もうこりごりといった様子。
「まぁまぁ、せっかく助かったんだし。また忘れた頃に来ればいいから。」
ここでも冷静なのは泰弘であった。
伊達に年上な訳ではないのである。

次の休み。山である。夏山登山。日帰りで。
前回の海に懲りずに、アウトドア。
好きなのである、泰弘が。
ちなみに祥平は生粋のインドア派。
まぁ好きで共に暮らしているのだ。
ここは合わせる訳である。
で。
登山であるからには、虫が怖い訳である。
結果として真夏なのに、長袖。
バックパックにはゴアテックスのジャケットまでも入っていて、気合は十分。
なのであるが。
「暑ぃ〜。泰弘、何とかして〜。」
早くもへばる祥平。
「じゃあ、上に着てるの脱げば?」
もっともなアドバイス。
だが、実際の所はそう簡単な話でもないのだ。
「Tシャツ一枚じゃ、虫に刺されちゃうでしょ。」
そうなのだ。
やはりここは長袖がベストなのである。
「もうちょっとの辛抱だよ。じきに涼しくなるからさ。」
泰弘は慣れたもので、足場の悪い登山道をひょいひょいと進んでゆく。
すると。
確かに、徐々にではあったが、涼しくなってきていた。
それにしても、不思議である。
泰弘は虫が苦手なのだ。
虫の多い夏場にこんなドの付くアウトドア、向いているはずがないのである。
これは幼児体験にまで話が遡る。
それは、高尾山。
元気だった頃の泰弘の父親が、夏になるとよく連れていってくれたのだ。
やがて中学に上がる頃には、父親は病のためにみるみる内に衰弱し、事切れた。
優しかった父親。

小学校の頃。父親と。
いつか一緒に富士登山をしようと約束をしていた。
そんな、叶わなかった約束が、泰弘を様々な山へと駆り立てていたのだ。
でも。
「うわー!」
飛んでくる蛾には大慌て。
普段は落ち着いている泰弘も、こうなると形なしなのである。

山頂にて。
「うわぁ、凄い景色!泰弘、ありがとう。」
「お礼なんていいょ、別に。でも、来てよかったでしょ?」
「うんっ!」
二人の疲れはいつの間にか何処かへ吹っ飛んでしまっていた。
最高の景色。
これもまた、二人を彩る大切な思い出の、一ページとなった。

[秋 - 語り部(語り)]

時は晩秋。そろそろお鍋が恋しいのである。
白子にあん肝、白身魚に、欠かせない野菜たち。
みんなが主役の、今夜はお鍋。
ポン酢とゴマだれを合わせて頂くのが、泰弘流。
「さ、夕食の時間だよ。テレビゲームはその辺にしておいて、こっちにおいで。」
「はーい!」
実はこの日は、祥平の両親も一緒なのだ。
縁組からしばしの時を経て、祥平と泰弘二人の関係を認められるようになったので、わざわざ足を運んだ祥平の両親。
二人は、本当は泰弘の両親も呼びたかった。
だが、テーブルに六人も一度に腰掛けられないからという、ただそれだけの理由で、断念。
泰弘の両親は、またの機会にーー。

「養子縁組しているって事は、夫婦と変わりないって事よね、感覚としては。」
「そんな所だよ、母さん。来てくれてありがとう!」
祥平はいつにも増して嬉しそうだ。
「泰弘さん、いい人そうで良かったわ。ねぇ、あなた。」
「そうだな。二人共横にワイドだから、糖尿病には気を付けるんだぞ。」
「父さんだってワイドだょ。」
「そうですよ、あなた。」
「こりゃ、一本取られた!」
笑いの絶えない食卓。
まさに、幸福の情景ーー。
泰弘と祥平、二人の時は、まだ刻まれ始めたばかりだ。

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ファルテニア、ヴァルクライン、ミスティレイン・フォレスト、そしてスプルース・フォレストーー。
世界屈指の軍事大国がひしめき合うこの一帯にて、新たなる物語の第二章が今、幕を開けるーー。

近年民主化された共和国・ファルテニアで仲良く暮らしていた兄弟、ビムとバムが隣国ミスティレイン・フォレスト共和国大統領テット・クラウスの誘いで彼の治める地へとやって来たのは、冬も終わりに近い或る日の事。
敵対しつつあった王国ヴァルクラインのスナイパーに狙われていたテット・クラウスを結果的に助ける事になった事が認められて、新天地ミスティレイン・フォレスト共和国に乞われたのであった。
到着したその晩、大統領公邸では二人を歓迎する記念祝賀会が催されていた。
「ねぇビム、僕こういう堅苦しいの嫌いなんだけど。用意してもらった服も動き辛いし。」
「ホントだ。でもバム、ここは辛抱だぞ。テットさんが僕たちの腕を見込んで、鍋工房を新たに造ってくれる事になったらしいんだ。」
「そうなんだ、凄いな!僕たちのためのピカピカの鍋工房か、やったじゃん!」
そこへやって来たのは……。
「じゃん!僕たちを無視して、何コソコソ話してんの!僕たちも混ぜろー!」
ピウとピムであった。
「いゃ、無視なんてしてないし。相変わらず可愛いな、この二人。それはそうと僕たち主賓だよねぇ。挨拶とかあんのかな。」
バムが不安げな顔をするので、ピムが。
「あるに決まってるじゃん!大丈夫、一時的に恥をかくだけだから。断ったらせっかくの鍋工房の話も、パァになるかもしれないょ。」
後半、嘘があるのはご愛嬌。
実の所、断ろうと思えば断れないでもない話ではあった。
だがやはりここは主賓。
挨拶位はしておいたに越した事はないのである。
で、その挨拶。
詳細は省くが、二人共もうガッチガチで、会場の賓客たちの笑いを誘っていた。
「恥ずかしぃ〜!もぅ逃げようか、ビム。」
そんな涙目のバムに追い打ちをかけたのは、ピウ。
「二人共逃げちゃダメだよ。各テーブルを回って挨拶してくるといいよ。今、ちょうどいいタイミングだょ。ほら、行った!」
ビムとバムの背中を押すピウ。
こうしてビムとバムは、まさに恥の上塗りをする事になったのであった。

宴が終わりに近付いた頃。
テット・クラウスがビムとバムに労いの言葉をかける。
「挨拶、良かったぞ。朴訥としていて、かえって好感度が高かったな。こういう儀式は意味はあまりないが、ないがしろにする訳にもいかなくてな。済まなかった。疲れてるだろうし、一緒に住むピウやピムの家に運んだ荷物も片付けなくちゃだからな。とりあえず十日間、休むといい。休みが終わったら、おめぇたちの鍋工房が出来るまでの半年くらいの間働いてもらう事になっている、鍋工房ママココットに挨拶に行ってもらうぞ。」
で。
「承知しました、大統領閣下!」
ビムとバム、ここはやっぱりユニゾンなのである。
「大袈裟だっつの!」
テット・クラウスにつられて、その場のみんなが笑う。
気が付くと、ビムとバムの緊張はすっかり解けていた。
程なくして祝賀会は終わり、会場の皆はそれぞれ帰途に着く。
ビムはピウと、バムはピムと同居する事になったので、彼らもそれぞれの家へと帰るのであった。
「んじゃ、みんなよろしくやってくれな。ビム、バム、また今度な。」
「はい、大統領閣下!」
「だから、大袈裟だっつの!」

夜の住宅街。
フォルクスワ●ゲンのビ●トルに似た小型車が二台、連なって滑り込む。
隣り合った二軒の家、ガレージに各々車を入れると、ピウとビム、ピムとバムがそれぞれ降り立った。
ここに二軒並んでいるのは、ピウとピムの家。
荷物も届いているので今日からは、ピウとビム、ピムとバムがそれぞれ共に暮らす。
家はどちらも小さいが、瀟洒な佇まいで街の景観に貢献していた。
「綺麗な家だね、ピウ!」
「そうでしょ。小さいけど意外とお金もかかってるんだよ。ロートアイアンとか、ステンドグラスとか。」
ビムは感心しきりだ。
一方のピムとバムはというと。
「今夜は寝かさないよ。」
いやらしい目付きでピムが誘いをかけるのだが。
「嫌だ!明日にして!眠い!お腹空いた!」
この調子である。
「祝賀会でちゃんと食べておかないからそうなるんだょ。しょうがないなぁ。スープとパンとかで良ければ、すぐに用意出来るよ。」
「うん!」
実は、ビムもバムも緊張しきりで、祝賀会では食事どころではなかったのである。
こうして、ビムとバム二人にとっての初夜は、ひとまずお預けとなった。

「バム、ポトフ出来たよ。パンも今持ってくるね。ホントはテット兄ちゃんを丸焼きにして食べれば、美味しいと思うんだけど。ねぇバム。」
恒例のネタ、ここでも登場。
「嫌だ!要らない!脂ばっかりでまずそう!まさかこのポトフ、人肉使ってるんじゃないだろうね!?」
ピムを睨むバム。もっともである。
「使ってないから!僕も食べるよ。作ってたら小腹が空いてきちゃった。」
黙々と食べる二人。話に花が咲かない。
二人共、疲れているのである。
何が今夜は寝かさないよ、なんだか。

一方のピウとビム。
「はーい、出来たよー。ティル兄ちゃんの太腿入りカレー。頑張って作ったんだから、美味しく食べてくんないとやだよ、ビム。」
ここでも恒例のネタ。流石は兄弟である。
「要らない!食べる気失くした!寝る!」
「えぇ!?冗談だってばょ!待ってよビム!」
追いかけるピウ。
結局ここでも、黙々とカレーライスを食べるのだった。
終始無言。
皆さんも、冗談のダダ滑りにはお気を付けください。

で、翌朝。
ピウとピムも十日間のお休みをもらっていたので、しばらくは一緒なのである。
そんな事もあって朝食は、昼食も兼ねてブランチ。
ピウの家で三人で作るのである。
一人足りない?
ビムはもちろん、テレビ鑑賞だ。
ファルテニアにはテレビのない家が多く、ビムとバムの丸太小屋もそうであったから、ビムはもう興味津々。
「凄いよバム!箱の中で写真が動いてるー!」
「うるさーい!手伝わないんなら黙って観てろー!」
バムの一喝。
それでもうるさいので、バムが揚げたての唐揚げをビムの口に押し込んだ。
「これで少し静かにしてろー!」
そうこうしている内に、楽しいお食事の時間が到来。
「頂きまーす!」
声が揃った。奇跡的な四人のユニゾン。
木苺のジュースにブルーベリーのパンケーキ、鶏肉の唐揚げにシーザーサラダ、ローストビーフにサーモンのマリネ、そしてビーフシチューにマッシュポテトなどが並ぶ。大量に。
しかし量が多い事などお構いなしの四人。
ご馳走は見る間になくなってゆく。
遂には跡形もなく。
「ご馳走様でしたー!」
食後の挨拶も二重丸。
エンゲル係数の高い四人なのである。

その頃ヴァルクラインでは。
執務室にて軍務尚書が国務尚書を失脚させるための策を練っていた。
首席補佐官が尋ねる。
「あまり乱暴な策を用いて皇帝陛下に気取られてもいけませんが、何か策はおありで?」
これに尚書は眉一つ動かさずに、こう答えた。
「国務省では最上位の副官が昇進を狙っているとか。現国務尚書の命と引き換えに次期国務尚書への陛下への打診を約束する、という事で片が付くだろう。」
顔を青くしながら首席補佐官が続けて尋ねる。
「では、暗殺とか。」
尚書は首を横に振った。
「いや、まだファルテニアやミスティレイン・フォレストとの相互不可侵条約は締結されてはいない。この機に乗じて軍の一部を密かに動かすよう、副官から国務尚書に進言させるのだ。国務尚書はヴァルクライン機動部隊の副長官と仲が良いから、これを動かすとして、軍の三分の一は陛下の御意に背く事になる。それを以って機動部隊の長官による国務尚書一派討伐の布石とするのだ。私は長官とは知己があるので、これは容易い。あまり軍が弱体化しても好ましくはないのでな。国務尚書の首を取った所で、陛下に事態の収拾を図って頂く。そこで、副官には逐一状況を報告してもらい戦況に役立たせる。いわゆる内通だな。己の単細胞ぶりが自滅への道を切り拓くのだ。目出度い事ではないか。それにこれで次期国務尚書には恩を売っておける訳で、何かと事を運びやすくなる。」
流石は辣腕で鳴らすヴァルクライン軍務尚書である。
哀れ、国務尚書の命運もあと僅か……。
「では早速、国務尚書の筆頭副官をお呼びいたしましょうか。」
「頼む。」

そして、再び軍務尚書執務室にて。
「どうかね、筆頭副官殿。これは卿にとってはまたとないチャンスだ。」
「御意。謹んで承りたく存じます、軍務尚書閣下。」
「くれぐれも、私には内密に事を進める必要がある旨、申し添えておくのだぞ。機動部隊副長官が傘下に置くのは、全軍の三分の一に過ぎぬ。気取られると警戒されて厄介だ。」
「承知いたしました。それでは失礼いたします。」
執務室の観音開きの扉が、静かに閉まる。
「これで上手くいくでしょうか、軍務尚書閣下。」
「そうあって欲しいものだな。」

「国務尚書閣下。進言仕りたく存じます。」
「何だね、副官風情で。」
国務尚書が筆頭副官をギロリと睨む。
「恐れ多くも、今が進軍のチャンスです。機動部隊副長官閣下傘下の全軍を、まずはファルテニアに展開させるべきです。今なら軍務尚書にも気取られずに済みます。ファルテニア、ミスティレイン・フォレストの順に速やかに奇襲、各個撃破すれば、勝利は自ずと手中に収まる事でしょう。皇帝陛下の御意には一時的には背く事になりますが、結果が証明いたします。まだ相互不可侵条約は未締結。逃すべきでない好機です!」
鬼気迫る演技。これに国務尚書が乗った!
「ふむ、卿にしてはまともな事を言う。乗ってみるのも悪くはない話だ。くれぐれも軍務尚書には気取られないようにするのだぞ。よいな!」
「御意。」

さてその後、場所は変わって。
ヴァルクライン政府の高官たちがこぞって集う高級レストランの個室にて。
国務尚書はヴァルクライン機動部隊副長官と会食をしていた。
「今回の作戦が成功した暁には、あの忌々しい軍務尚書を公然と排除出来るかもしれぬ。良い機会が与えられたものだ。なぁ副長官。」
「国務尚書閣下、まさにその通り。作戦は部外者に気取られぬよう、電撃的に行われねばなりません。わたくしにお任せを。作戦成功の暁には、あの資源の特に豊富なスプルース・フォレストの併合も夢ではありませんぞ。」
「期待しているぞ、副長官。」
その場に響く笑い声。
それは断末魔の叫びにも聞こえた。

翌日早朝、国務尚書とヴァルクライン機動部隊副長官が率いる機動部隊全軍は、一斉に基地を出発、静かに進軍していった。
今回国務尚書が参加しているのは、功を副長官に独り占めさせないための策略であったが、その事がかえって自らの首を絞める事になるのであった。
国務尚書とは敢えて少し距離を置いて、国務尚書筆頭副官が逐一密かに連絡を取る。
その相手はもちろん、軍務尚書であった。
軍務尚書と、同席する機動部隊長官とは、ヴァルクライン機動部隊全軍の三分の二を占める、傘下の部隊を動かすタイミングを探っていた。
なお、ヴァルクラインでは一般市民には携帯電話等は普及してはいなかったが、軍事用無線技術は発達しており、軍務尚書陣営本丸と国務尚書筆頭副官とは、携帯用レシーバを用いて相互に内密に連絡を取り合っているのであった。
で、筆頭副官からの四度目の連絡。
それは副長官傘下の機動部隊全軍が森の中に突入した事を告げるものだった。
森に入ってしまえば後方視界が悪くなり、副長官傘下の機動部隊にこちらの動きを気取られにくくなる。
「直ちに全軍を進軍させよ!」
機動部隊長官の命が下る。
「私は皇帝陛下に国務尚書一派の謀叛をご報告申し上げる。後から追い付くので、進軍を止める必要はない。長官、よろしく頼む。」
「確かに承ったぞ、軍務尚書閣下!」
こうして事態は劇的な展開を見せる。

「皇帝陛下。国務尚書とヴァルクライン機動部隊副長官が、謀叛を起こしました。」
「何、本当か!?」
「はい。先程機動部隊副長官が国務尚書と共に、傘下の機動部隊を用いてファルテニア侵攻に向かったとの報告がございました。ファルテニア侵攻の企てが成功した後には、ミスティレイン・フォレストへの侵攻を行うとか。これは明確に陛下の御意に背いております。既に機動部隊長官による討伐軍を差し向けておりますが、いかがなさいますか?」
ここで皇帝、驚くべき事を口にした。
尤も、皇帝の人となりを良く知る軍務尚書からすれば、それも予想の内ではあったのだが。
皇帝は激昂していた。
「事ここに至って、国務尚書と副長官を擁護する道理はない。斯くなる上は余自らが戦地に赴き、国務尚書と副長官の首を取る!」
「承知いたしました。」
その後すぐに、警護隊に護られた皇帝一行が、怒涛のスピードで長官率いる本隊に合流すべく進行する。
皇帝一行には軍務尚書も同席していた。
「皇帝陛下。謀叛の疑い有りとの連絡は、国務尚書の筆頭副官からなされました。つきましては次期国務尚書の人事に関しまして、ご配慮頂きたく存じます。」
「分かった。余が国務尚書の首を取った暁には、次期国務尚書の人事に関しては卿の進言を入れよう。」
「有難きお言葉。感謝申し上げます。」

それから間もなく皇帝一行は長官率いる機動部隊本隊と合流し、森の中へと突入した。
「余の命を踏みにじった者には、相応の報いをくれてやるぞ。国務尚書、副長官、受けて立つがいい!」
皇帝が機動部隊の先頭に立って陣頭指揮を執る。
やがて長官に代わって皇帝が率いる事となった機動部隊本隊は、副長官傘下の機動部隊と接触。
ここで数の差が物を言った。
次第に削ぎ取られてゆく副長官傘下の部隊。
そして遂に、皇帝の刃が国務尚書と副長官に向けられる。
「覚悟せよ!」
皇帝が刃を振り下ろす。
副長官、そして国務尚書は、断末魔の叫びを上げながら散っていった。
「うわあぁーっ!」
こうしてヴァルクライン機動部隊は、ファルテニア領の僅か一歩手前で、自らの基地へと引き返す事となった。
斯かる事態の結果、副長官傘下の機動部隊は、全軍崩壊は免れたものの、その半数を失っていた。
それに比して、長官傘下の本隊の犠牲はごく僅かだ。
「軍務尚書。前国務尚書の筆頭副官を呼べ。余が直々に次期国務尚書に任命する。」
このような形で、全ては軍務尚書の計略の通りに事は運んだ。
それが結果的に世界の平和を乱すかもしれない不穏分子を排除する事にも繋がったのであるから、必ずしも悪い事とは言い切れなかった。

それはそうと、軍務尚書はかねてからファルテニアとミスティレイン・フォレストとの軍事同盟に懸念を示していた。
軍務尚書は皇帝に更に進言をする。
「いかに相互不可侵条約があったとしても、破られてしまえばそれまでの事です。スプルース・フォレストと軍事同盟を結べば、均衡と平和は保たれます。恐らくは資源の豊富なスプルース・フォレストも、ミスティレイン・フォレスト領経由で自国への侵攻を許すのを恐れているはず。断る道理はないでしょう。」
皇帝は幾分か晴れやかな表情でこれに頷いた。
「余は卿の進言を入れる事にする。卿は余と共に王宮に赴き、直ちにスプルース・フォレストとのホットラインを繋げ。余自らが軍事同盟締結を進言する。」
ヴァルクラインとスプルース・フォレストとのホットラインでの二国首脳会談は、双方の思惑が一致を見た事もあって、無事に成功。
後日正式に締結式を執り行なう事となった。
このようにして、世界は緊張と平和が共存する時代へと一歩進む事になるのであった。

その後何日かして、ミスティレイン・フォレストでは。
ピムの家のテラスでピウとビム、そしてピムとバムが揃ってお茶を楽しんでいた。
既にビムもバムも初夜を済ませており、
ピウやピムとの絆を深めていた。
「クッキーよこせー!僕も食べたぃ!」
「ダメー!全部僕のー!」
ビムとバムによるクッキーの奪い合い。
「みんなで分ければいいでしょ!この馬鹿共!」
ピウとピムがビムとバムに突っ込みを入れる。
「そういえばさ。」
クッキーを食べながらビムが口を開いた。
「ヴァルクラインの軍隊の一部がファルテニアやここミスティレイン・フォレストに侵攻しようとしてたんだってさ。ヴァルクラインの皇帝自ら、戦場で先頭に立ってその一部勢力の親玉の首を刎ねたとか。」
これにはピムとバムも驚きを隠せない。
また、ピウはビム同様報道で既に知ってはいたが、それでも興奮は収まらないのであった。
「それ僕もテレビで観た。カッコいいよね、あの皇帝!」
少しおつむの足りないピウだけに、何となくミーハーな発言なのである。
で、ビムは続ける。
「ヴァルクラインとスプルース・フォレストが軍事同盟を結ぶらしいょ。ちょっと怖いね。」
ピウはその件に関しては至って冷静であった。
「大丈夫。ヴァルクラインとファルテニアやここミスティレイン・フォレストとは、相互不可侵条約を締結するらしいから。ヴァルクラインも、うちらの軍事同盟が怖かったんじゃないかなぁ。それで対抗してみた、とか。」
ここでもヴァルクラインによる侵攻未遂と新たなる軍事同盟の話題で持ち切りである。
そして。バムが言う。
「明日から、いよいよママココットでの勤務が始まるね。上手くいくといいな。」
そうなのだ。
翌日からはビムとバム、二人のママココットでの勤務が始まるのだ。
「大丈夫だよ。ビムとバムなら!」
ピウとピムの二人による、心からの応援だ。

翌日。ママココットの工房で。
「いやぁ、若いのに二人共大したもんだ。特にビム君。君にはもう教える事は何もないなぁ。二人共、半年だけの事だが思う存分に腕をふるってくれたまえ。」
工房長による有難いお言葉。
半年後にはビムとバムの二人の工房が出来上がる。
大統領テット・クラウスなりの、それが誠意の見せ方でもあった。
「よっ!ビムとバム、よろしくな。ころころしていて、何だかぬいぐるみみたいだな、お前ら。」
「うわー、ホントだ!二人共ふくふくしてるー!」
ビムもバムも、体中をベタベタと触られまくる。
こうしてママココットの皆ともすぐに打ち解けた二人。
仕事が一人前に出来るからこそ生まれる信頼関係というのも、ある。
そう気付かせてくれる光景だ。
「半年でいなくなっちゃうのかー。寂しいなぁ。」
こうしてビムとバムは、晴れてミスティレイン・フォレスト共和国国民の一員となった。
これから先も皆で助け合いながら、楽しく生きてゆく事だろう。
前途洋々、そんな言葉を思い起こさせる、これがその船出なのであった。

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私たちの国日本から遥か遠く離れた地に、ファルテニアという国がある。
国土の大部分は見渡す限りの草原。
そこにポツポツと丸太小屋が建っており、日本人に良く似た風貌の人々がそこで暮らしていた。
「今夜も星が綺麗だよ。バム、早くおいでよ。」
「まだ夕食が出来上がんないのー!ビムもちょっとは手伝えー!」
ここはビムとバムが仲良く暮らす丸太小屋。
彼らは実の兄弟であり、ビムが十九歳、バムが十八歳の青年である。
両親は二人共、ビムとバムがまだ子供だった頃に病に倒れて今はない。
それ以来、二人は寄り添い合い助け合いながら生きてきた。
二人は双子ではないが良く似ており、背が低くて丸っこい。
違いといえば髪の毛と瞳の色位。
ビムはグレー、バムはブラウンなのだ。
二人共に艶やかな髪質で、時折見る者をハッとさせる。
肌も透き通るよう。
だが所詮はチビでデブの男だ。
馬鹿にする者も多かった。
それでもめげないのがこの二人。
「今年こそ彼氏作るぞー!」
彼氏いない歴十九年のビム、絶叫である。
「いいから手伝えって、このアンポンタン!」
バムが怒るのも無理はない。
「結局僕一人で作ったし。ビムの分はないから。悪しからず。」
明らかに四人前はあるビーフストロガノフの入った鍋を、星の良く見える窓際のダイニングテーブルの上に載せると、バムはビムを睨んだ。
もちろん、本気ではない。
「何だよぉー、食わせろよー!」
ビム、もう目がウルウルしている。
「仕方ねぇなぁ。食わせてやるから、サラダ作んの手伝え!」
「何だよもぅ、めんどくせぇなぁ。サラダなんて盛り付けるだけじゃんかよ!お前がやれよ、バム。」
ビムはこういう時、いつも悪態をつくのだ。
「じゃあ、飯抜きね。」
対するバム、会心の攻撃。
「分かりました、やりますよ。ちぇっ。」
さしものめんどくさがり屋ビムも、これにはこたえたようで。
まぁいつもの展開。
当然だが料理はバムの方が上手い。
というよりも、家事全般について、バムの方が良くこなす。
のだが。
そのままの流れだと何でもかんでも弟のバムが背負い込む事になって、不公平にも見える。
二人はその道の達人である父方の叔父から技術を習得した、鋳物ホーローの鍋職人であり、そこではビムの方が一枚上手であるから、結局の所はおあいこなのだが。
二人は十五になると父方の叔父に弟子入りして、鍋造りのイロハを叩き込まれた。
叔父の屋号の暖簾分けもしてもらって、もう立派な職人なのである。
ところで、二人には顔と体型以外にも共通点がある。
それは、ゲイである事だ。
しかも、二人揃ってデブ専ときている。
いわゆる、デブのデブ専。
兄弟愛に走らないのが不思議な位だが、二人共相手の顔は毛嫌いしている節がある。
まあ言ってみれば自分の顔を見ているようなものなのだ。
嫌いになるのも当然。
で、サラダである。
二人が作るのは、シーザーサラダ。
二人共に大好物。
ドレッシングはさすがに出来合いの物を使うから、さして時間はかからないであろう。
語り部もこのシーザーサラダの作り方に関しては無知蒙昧と言ってもいい位であるので、これは省略する。
「頂きまーす!」
声が揃った。ユニゾンである。
黙々と食べる二人。
夢中なのだ。
特にビーフストロガノフはバムの得意料理。
付け合わせのパンも美味しい。
市場に行列の出来るパン屋があるのだ。
結局、星空も眺める事なく四人前のシーザーサラダとビーフストロガノフを二人で完食。
最後はやっぱり。
「ご馳走様でした!」
皆さんも挨拶は忘れずに。

さてこの二人、お風呂も一緒に入る。
で。「あー、暑苦しい!」とか互いに文句を言い合うのである。
そんなに暑苦しいのならば、別々に入れば良かろうにとも思うのだが、それはしないという。
誠に以って不思議なものである。
まぁこれも絆というやつの、一つの形であるには違いない。
掛け替えのない家族には違いない訳だし。
ところで、この町には一つ変わった所があって。
それはお湯を沸かすのを、基本的には各家庭では行わないという事だ。
部落ごとに大型の、薪を使った原始的な給湯施設があって、お湯専用の配管で各家庭に供給される。
そのままでは熱いので、各家庭で使う際には、2バルブ混合栓の水の方をひねって調節するのだ。
それまでは各家庭で薪を用意してお湯を沸かさなければならなかったので、これは革命的な進化であったともいえる。
とはいえ、プロパンガスによるガスコンロやガスオーブンが普及し出した昨今に於いては、その重要性は高いとは言えないものになっているのだが。
「なぁバム、僕ら二人揃ってちっちゃいじゃん、あそこが。セックスの時とかどーすんだろーな。気が滅入る……。」
「相手もいないのにそんな心配したって無駄無駄。ビムって相変わらず馬鹿なのなー。」
「何だよー、バムって相変わらず冷たいのな。自分だって小さい癖に。」
ここでバムがいつもの一言。
「ねぇ、背中洗いっこしよ!」
「うげぇ、何でお前と毎度毎度。たまには素敵な男がいい!」
「こっちだっておんなじ気持ちだ馬鹿!背中が臭いと出会えるものも出会えないんだから!さ、届かない所とかこすってやるから座って。」
ビムは渋々といった様子で、風呂用の椅子の上に座った。
プラスチックは貴重品であり高価だったので、木の椅子が誂えられている。
「ビムが座るとその内に壊れそうだな、その椅子。」
「うるさいっ!自分だって同じだっつの!早く洗えー!」
こうしていつものようにこの日も、二人でワイワイ騒ぎながらの入浴だったのであった。
「さ、お風呂上がりはコケモモのジュースに限るな!バムも飲めよ。」
「ちょっと、そんなに飲んだらなくなっちゃうだろうが!高かったんだから!僕も飲む!貸せ!」
バムは一気に半分以上なくなったコケモモのジュースをビムから奪い取ると、瓶の口から直接飲む。いわゆるラッパ飲みというやつだ。
「相変わらずお前はホンっとに下品なやつだ。」
「これ位しないとなくなっちゃうじゃんか!グラスになんて注ごうものなら隙を突いて自分がラッパ飲みする癖に!」
もう大騒ぎだ。

ところで、この時代のファルテニアでのニュース媒体といえば、新聞と週刊誌である。
新聞といっても宅配サービスはなく、皆市場で毎日買うのだ。
「ねぇビム、ヴァルクラインって国、知ってる?」
「聞いたことはあるな。詳しくは知らない。何で?」
「新聞によると、危ない国らしいよ。その内にファルテニアも攻め込まれるんじゃないかって。怖いよビム。」
「気にするな。その新聞、嘘も多いから。」
「じゃあ何で買ってくるのさ。お金の無駄じゃんか、ビム。」
「いやぁ、漫画が面白くてな。毎号楽しみにしてるんだ。バムだっていつも読んでるじゃないか、この新聞の漫画。」
なるほど、これではさしものバムも返す言葉もない。

場所は変わって。
ここはヴァルクラインの首脳部が集まる公式な会議の場。
ヴァルクラインの各尚書はこぞってファルテニアへの軍事侵攻を唱えていた。
「皇帝陛下、ファルテニアを併合するなら今です!」
国務尚書が熱を込める。
すると、一人だけ冷静な尚書が。
「国務尚書閣下、あまり熱くなりますと、火傷の危険がありますよ。ご注意せられよ。」
これに国務尚書が激昂した。
「軍務尚書閣下!真っ先に出兵を唱えるべき卿がそれでは、我が国の繁栄はなりませんぞ!弱腰は亡国への道を切り拓く、その事は何があってもご承知頂く!」
だが、軍務尚書はいたって涼しげ。
「まぁ。卿も座ってお茶でも飲むとよろしい。その単細胞も治癒するかもしれん。それにこの件で一番のプレゼンスを持つ者は私だ。卿ではない。」
「うがぁー!」
軍務尚書のあまりの辛辣さに耐えかねて、国務尚書は頭を抱えて呻き出す。
「皆の者、冷静に。」
ここでついに皇帝が言葉を述べる。
「余は思う。戦をするにはすべからく勝たねばならぬ。余は我が国の軍が弱いとは思わない。だがファルテニアにも戦う力はあるだろう。つい五年前にも隣国のギプチスを併合したとか。手強い相手ではある。余はこの件に関しては、軍務尚書に一任しようと思う。異論がなければ、解散!」
こうしてひとまずは、武力による正面衝突は回避された。
「軍務尚書閣下、何か策がおありで?」
廊下にて、軍務尚書の首席補佐官が尋ねる。
「簡単な事だ。ファルテニア国内に虚偽の情報を流して大規模なクーデターを使嗾。その隙を突いて特殊部隊でファルテニアの要衝を制圧すれば良い。これで民間の建造物の被害は最小限度に抑えられる。壊れると、再建するのが厄介だからな。ファルテニア民主化の際に我が王国に亡命した貴族くずれが十何人かいたはずだ。侍従たちも含めると百人位は。彼らを使う。パスポートや戸籍の偽造は卿に任せる。」
嫌な予感がしたのか、首席補佐官は非礼を承知で尋ねた。
「もし失敗したら?」
だが、軍務尚書の考えは、首席補佐官が考えていたよりも幾らか辛辣なものであった。
「成功すれば我が国に多大な利益がもたらされる。失敗すれば我が国にとってのお荷物を公然と処断出来る。大した労力もなしにだ。まぁ何にせよ、彼らをこのまま遊ばせておく道理もなかろう。」
こうして、事態は風雲急を告げるのであった。

「セルバチア公。先のクーデターでは酷い目にあったとか。お恨みもさぞや深い事でしょう。」
「軍務尚書閣下、それは当然でございます。わたくしは逃げ遅れた身重の妻を犠牲に捧げました。彼らの行いは正に、鬼のような所業でございました。」
「セルバチア公、あなたは現在、苦境に立っておられる。我々はセルバチア公、あなた方に名誉挽回の機会を与えます。簡単です。ファルテニアで今度はあなた方が、再びのクーデターを起こせば良いのです。実行計画は我々の方で用意します。成功した暁には、あなたにはファルテニアの筆頭執行官としての職が与えられます。行政の権限の全てを手中に収める事が出来るのです。悪くない提案だと思いますが。」
この時、首席補佐官の目の色が曇った。
セルバチア公と軍務尚書の会談後、尚書の執務室にて。
「セルバチア公がクーデターの計画に乗ってくださったのはいいとしても、筆頭執行官職に彼を充てるというのには、わたくしは反対です。」
「別に筆頭執行官職が未来永劫存在するという訳でもなかろう。そもそも用が済んだら御用媒体にスキャンダルを横流しして、彼には退陣してもらうつもりだ。彼は女性関係に問題が多い。突き崩すのは簡単だ。ファルテニアの完全併合には、何かもう一押し欲しい所だが。」
「セルバチア公の名望と単細胞ぶりをこの際、利用するという訳ですね。」
席に座ったままでギロリと、軍務尚書は睨んだ。
蛇に睨まれた蛙のようになった首席補佐官は慌てて、話題を変える。
「ファルテニアのヴァルクラインへの完全併合が実現すれば、筆頭執行官職も必要なくなりますね。国力の増加も著しい事でしょう。」
軍務尚書は席を立つと、「その時には、卿にも期待している。私は用があるので退庁する。卿には残務処理を頼めると助かるのだが。」と言って、返事も待たずに執務室を去っていった。
「残務処理を任せるだなんて珍しいな。さて、どんなだろうか、、、、、、これは!」
首席補佐官が手にした資料には、隣国ミスティレイン・フォレスト共和国初代大統領のテット・クラウスの名前があった。
それは、以前の小競り合いの際に連れて来られたファルテニア人の捕虜を使って、テット・クラウスを爆殺するという内容の計画書だった。
捕虜はかつてはファルテニア軍の軍人であった。
それだけに上手くいけば、ミスティレイン・フォレストの政府や国民の声を我がヴァルクラインの味方に出来るかも知れない。
いざという時には同盟を組む可能性だって出て来る。
なるほど、これが軍務尚書の言う所のもう一押し、という訳だ。
だがもし失敗したら……。
首席補佐官は、書類の一枚一枚にじっくりと目を通しながら、背中が見る間に薄ら寒くなってゆくのを感じていた。
「ん、なんだ?」
何か光るものが二つ、目の前をかすめた気がした。
「気のせいか。疲れているんだな。早く帰って寝るようにしないとな。」
首席補佐官が伸びをしている間に、換気扇の中へ入りダクトを通って外に出た二つの光。
この光こそ、初代ミスティレイン・フォレスト共和国大統領一家の友人にして、同じく彼らの友人であるピウとピムの両親でもある、パウとリリーだ。
かつてミスティレイン・フォレストで圧政を敷いていた雷神と、テット・クラウス一行、そしてスプルース・フォレストの森の神とが、死闘を繰り広げた際に。
雷神のいかづち、即ちライツ・オブ・デスの直撃を受けてパウとリリーは妖精となり、現在は話す訓練を受けたのちに、ミスティレイン・フォレスト政府の諜報機関で働いていたのだ。
パウとリリーがここにいるのは、大統領テット・クラウスがヴァルクラインの動きを不審に思っていたからだ。
予感は的中。
パウとリリーは直ちにミスティレイン・フォレストに戻ると、大統領に報告をした。
「やはりな。手をこまねいていては取り返しがつかなくなる。直ちにファルテニアへのホットラインを繋げ!俺らが同盟を結べば、さしものヴァルクラインも、容易には手が出せなくなるだろう」
その後電話で一時間に渡る二国首脳会談が行われ、翌日にはその内容が大々的に全世界で報道されたのだった。

ヴァルクライン軍務省庁舎・軍務尚書執務室にて。
「軍務尚書閣下、残念な結果となり、誠に遺憾です。」
首席補佐官は肩をすくめた。
「気にする必要はない。卿とは関係のない出来事だ。厄介なのは今回の発表に、ファルテニアとミスティレイン・フォレストの軍事同盟に関するものが含まれていた事だ。やはりテット・クラウス、潰しておきたい。同盟成立の祝賀パレードを狙うのが良いだろう。」
「わたくしもそう思います、閣下。で、セルバチア公らはいかがいたします?」
「今回の件でミスティレイン・フォレスト側に情報を漏らしたとして、犠牲になってもらおう。尊い犠牲となるのだ。本人としても、構うまい。」
「そこまでお考えでしたら、わたくしの出る幕はございません。どうぞ仰せの通りに。」

その頃、ビムとバムは。
「ねぇビム、ウチの国とミスティレイン・フォレスト共和国が軍事同盟を結ぶんだってさ。」
「パレードやるかな?ミスティレイン・フォレストの若い大統領、行って見てみたい!」
「三日後の午後三時、ミスティレイン・フォレストの首都スファインにて、だってさ、ビム。」
「何だ、ウチの国でやるんじゃないのか。残念。」
「行ってみようよ、ビム!せっかくこの間パスポートも取った事だし。」
「そうだな。」
こうしてビムとバムはパレードに参加する事になった。

パレード当日。早朝から最前列を陣取っていたビムとバム。
季節は冬。寒いのである。
「なぁバム、僕もう死にそう。」
「同じく。」
そこへ四人乗りのオープンカーが。
「来たーー!」
次の瞬間だった。
ヴァルクラインの軍務尚書直属の特殊部隊のスナイパーが、大統領テット・クラウスの頭部めがけてサイレンサー付きの銃で発砲。
たまたま前を見たくてジャンプしたバムの肩にその弾が直撃した。
倒れ込むバムと、泣き叫ぶビム。
周囲が騒然となる中、パレードは中止となった。

翌日。
意識が戻るバム。
病室で点滴を受けていた。
周りにはテット・クラウス、ティル・クラウス、ピウとピムらがお見舞いに来ていた。
「ごめんねぇ、巻き込んじゃって。」
ティルが謝罪をする。
次に口を開いたのは、ピウとピムだった。
「僕たちそれぞれ、この二人のどちらかと付き合う事にしたから!可愛い!」
そこへテットが続ける。
「という訳なんでよ、もし良かったらおめぇたち、ミスティレイン・フォレストへ引っ越すといいぞ。助けてくれて、ありがとな。」
テットは、隣のビムとベッドに寝転がるバムの二人の頭をクシャクシャと撫でた。
で、お次は再びあの二人の出番。
「ねぇビム、僕の名前はピウ。よろしくね。」
頰にフレンチ・キスをするピウ。
ビムの顔が真っ赤だ。
「バム、もし良かったらこれから、よろしくね!」
ピムもバムにキスをする。
茹でダコのようになったバムの頰。
無理もない。
ビムもバムも、これがファースト・キスなのだ。
「退院はもう少し先だからよ、ピウとピム、それにビムが毎日来るから、楽しんでやってな。仕事があるんで、俺とティルはひとまずこれで。ホントに、ありがとな。んじゃ!」
ビムにもバムにも、幸せの予感。

一方のヴァルクラインでは、ファルテニアやミスティレイン・フォレストとの今後について、喧喧諤諤の議論が交わされていた。
結論が見えぬ中で、ついに皇帝が口を開く。
「軍務尚書、国務尚書、卿らでファルテニアやミスティレイン・フォレストとの相互不可侵条約を取りまとめよ。なるべく不平等にならぬようにな。」
「御意。」
「仰せのままに。」

こうして、世界の平和は保たれた。
ビムはピウと、バムはピムと、これから先仲良くやってゆく事だろう。
もちろん、テットとティルもだ。
ビムとバムの旅立ちの日。
市場の人たちがパーティーを開いてくれた。
「未成年なのが惜しいねぇ。あと一、二年も経てば酒が飲めるのに。」
「そんな事より。気を付けるのよ。苦しかったら戻って来てもいいのよ。」
みんなの声が、温かい。
そう、ビムもバムもこの町で、多くの人たちに愛されていたのだ。
心は次第に新天地へ。
それでも、ここでの思い出を決して忘れまいと誓う、ビムとバムなのであった。

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Dark Forest Adventure -マルコとダヤンの小さな冒険-

虫の潰れる音が、絶え間無く聞こえる。
グチャリグチャリと、その感触が靴底を通して、集団登校中の少年達の脳に響く。
大量発生した虫の死骸が、通学路の路面を覆い尽くしていたのだ。
「ぐぇ、気持ち悪ぃ!」
「俺もうやだ、帰りたい!」
メープル・キングダムの地方都市マルキスにある私立マルキス中等学院の生徒達は、口々に不平不満を漏らした。
そんな中、リーダー的存在として校内の生徒達から一目置かれているダヤンが、動揺する他の生徒達を一喝する。
「みんな、静かに!我慢して、黙って歩くんだ。学校はもうすぐだ。」
すると、それまで騒いでいた生徒達は、皆急に静かになった。
ちなみにこの学校の集団登校は、マルキスでの虫の大量発生の収束に合わせて、今朝から実施されている。
虫の大量発生中は多くの学校が休校となっており、それはこのマルキス中等学院も例外ではなかった。
マルキス中等学院は私立の男子校なので、今朝の行列も皆男子ばかり。
そんな中、恰幅の良いダヤンの腹の肉を揉む一人の風変わりな生徒が周囲の目を引く。
「おま、またそんな事して、何が楽しいんだ?」
ダヤンはその生徒を窘めようと声を掛けるが、まるで効果がない。
それはそうだろう、その生徒にとってはいつもの事なのだ。
「ふぅ。」
ダヤンは溜め息を一つ深く吐くと、歩きながら空を見上げた。
そんなダヤンの腹の肉を相変わらず気持ち良さそうに揉み続けるその生徒は、最上級生であるダヤンと同級の、マルコである。
マルコは自らが同性愛指向を持つ者だという事を広く全校中にカミングアウトしている、校内で唯一の存在だ。
マルコはこのマルキス中等学院を傘下に収める学校法人の理事長の直系の孫なので、誰であっても手を出す事など決して出来ない。
しかしながらマルコは、そうした己の“力”とでも呼ぶべきものをひけらかそうとした事はなく、ただひたすらダヤンに夢中なのだ。
ダヤンとマルコが並んで歩く。
恰幅の良い二人が並んで歩くと、たちまち歩道は塞がれてしまう。
だが、幸いにもこの時、他の通行人はおらず、二人が学校までのあと少しの道程をこのまま進んでゆくのは、誰の目にも明らかだった。
それを囃し立てる者が誰も居ないのは、ダヤンの、そしてマルコの持つ“力”のお陰であろう。
ふと、突風が通りを吹き抜ける。
ダヤンの比較的短めに刈られた黒髪、そしてマルコのグレーの艶やかな髪が風に揺れた。

それから約三時間後。
午前の部の授業が終わり、皆が昼休みを迎えたその時。
最上級生の選抜クラスでは、いつものようにマルコがダヤンを校内のカフェテリアに誘っていた。
「ねーね、ダヤン!一緒にお昼食べよ!」
人懐っこい笑顔を浮かべてマルコは、ダヤンの何処か影を帯びた瞳をジッと見つめる。
「別に良いけど、マルコまた太ったか?」
ダヤンの思わぬ反応に、慌てるマルコ。
「え?太った男は嫌い?ちょっとショックだぁ……。」
マルコは独り肩を落とすのだが……。
「いや、嫌いだとは言っていないが、身体に悪いだろ?」
ダヤンのこの反応に、俄かにマルコの瞳に輝きが戻る。
「ダヤンにこの身体の心配をされるようじゃ、僕もお終いだよね!」
ニコニコと子供じみた笑顔を浮かべるマルコ。
してやったりの表情。
堪らないのは、ダヤンだ。
「俺のは、筋肉なんだよ。お前とは、ちょっと違う。」
恥ずかしそうにボソリと呟くと、ダヤンは俯いてしまった。
柔術研究部で日頃から鍛えているダヤンの言に必ずしも嘘はなかったが、目の前に居るのはあのマルコである。
「ね、ちょっと触らせて!あ、実は結構筋肉あるんだね!」
案の定抱き付かれてしまい、ダヤンはその丸い顔を密かに紅く染めていた。

「俺、ポークソテー定食。マルコは何頼むん?」
「僕はカツカレー!大盛りでね!」
「お前それ、ホント好きなー。」
「美味しいよ、ダヤンも今度頼みなよ!あ、窓際座ろ!」
マルコに手を引かれてダヤンは、暗黙の了解でいつも空いているカフェテリアの特等席へと、腰を下ろす。
ちょうどダヤンの座った位置からの中庭の眺めが、このカフェテリアでは一番なのだ。
向かい側には、幸せそうなマルコ。
だがダヤンは、この場面には似つかわしくないシリアスな話題を、マルコに敢えて振るのだった。
「なぁ、マルコ。北方のダーク・フォレストの連合軍がこのメープル・キングダムに攻めてくるっていう噂を時折耳にするんだけど、あれ、どうなんだ?」
「ん、そういう企てをダーク・フォレストの一部の連中が起こそうとしているっていうのは、本当。」
即答だった。
そしてダヤンにとってそれは、あまり聞きたくない答えでもあった。
「あぁ、やっぱりマジなのか……。」
頭を抱えるダヤン。
今、ダヤンの脳裏に映るのは、戦火に燃えるメープル・キングダムの惨状だ。
ダヤンが争いを好まないのを知っているマルコは、そんなダヤンに優しく声を掛ける。
「ねーね、ダヤン。まだ戦争になるって決まった訳じゃないよ。避ける方法だってきっとあって、それくらいの事はこの国の政治家だって、幾らなんでも考えてくれてる筈だよ!」
そんなマルコの声に耳を傾け、ただ黙って頷くダヤン。
もしも戦争になったら……。
世界の商業の中心地として発展してきたメープル・キングダムであっても、あの国々には勝てないかもしれない。
そんな悪夢が二人の脳裏を過らなかった訳ではないが、二人は黙々と目の前の食事にありついた。
食欲には、素直な二人である。

さて。
ダーク・フォレストとは、メープル・キングダムの北方に広がる森林、ミスティレイン・フォレスト、そしてスプルース・フォレストのそれぞれを支配する専制国家群の俗称だ。
二国共に軍事強国であり、持てる強大な軍事力を国内統治に役立てて来たのは言うまでもない。
だが、それぞれの軍務省のトップに強硬派として知られる軍部出身の人間が就いたのを機に、二国間で軍事同盟を結びメープル・キングダムを侵略すべきとの声がそれぞれの国内で俄かに高まっていったのであった。
マルコの父はマルキス州議会の議長を務めており、そうした情報がいち早く手に入る。
ダヤンがマルコに噂の真偽を尋ねたのも、そのパイプを信用しての事だった。

「ご馳走様、っと。ダヤン、帰りにちょっと付き合って!」
「良いけど、何の用だ?」
「秘密!さ、お昼休みもまだ時間はあるから、中庭でも散歩しよ!」
「お、おう……。」
こうして、マルコに手を引かれたダヤンがマルキス中等学院内のカフェテリアを後にした頃……。
スプルース・フォレストでは、キリルとプリムがノースポールの花咲く庭で、午後のティータイムを楽しんでいた。
「ねぇキリル、最近新聞読んでる?」
やや伏し目がちに、最愛の相方に問い掛けるプリム。
「うぅん、でもどうしたの、プリム?」
キリルは不思議そうにその様子を眺める。
「メープル・キングダムを敵視する論調が、日増しにエスカレートしているように思えてさ。メープル・キングダムには僕達を救ってくれたテットさんやティルさん達が暮らしているから、とても心配なんだ。」
「ねぇ、それってどういう事?」
キリルは身を乗り出してプリムに尋ねた。
「戦争になるかもしれないって、そんな気がしてならないんだ。僕の勘違いなら良いけど……。」
「そんなの嫌だっ!プリム、どうしよう……。」
見ると、キリルは目に涙を溜めていた。
その姿を見てどうにかしてやりたくて、プリムは森の神に願いを掛けてみた。
すると……。
「やぁ、どうした。キリル、プリム。」
白い光と共に森の神が現れ、二人に問い掛けた。
「ねぇ、神様!メープル・キングダムとの間で戦争だなんて、止めさせてください!」
プリムは木の椅子から即座に立ち上がると、森の神に懇願した。
つられて、一足遅れてキリルも立ち上がり、森の神を懸命に見つめる。
「プリムよ。そうした声はちらほらと、私の元に届いてはいた。だが私には、このスプルース・フォレストの人間に戦争を止めるように働き掛ける事は出来ても、隣のミスティレイン・フォレストの人間にまで働き掛ける事は出来ない。だからこのままでは、戦争になるのは避けられないかもしれない。雷神亡き後、あの地を見守る者が居ない事が、今回は凶と出るかもしれない。私は、このスプルース・フォレストが戦争に加担しないよう、全力を尽くすとしよう。」
森の神の溜め息混じりの告白に、キリルとプリムは失望の色を隠せない。
「そんなぁ……。」
キリルとプリムはスプルース・フォレストに住む、まだ若い同性カップルであった。
出逢った頃は少年で、その頃のスプルース・フォレストでは大々的な弾圧が同性愛者に対して行われており、人々の自主性を重んじていた森の神は、その事に対して干渉する事はなかった。
そんな中で何も知らなかった彼らは互いに惹かれ合う。
結局、森の人々に処断される前にとの配慮で、森の神は二人の恋を禁じた。
その結果プリムは、キリルのためを思っての過剰なまでの辛辣な言葉でキリルを傷付けて自殺に追いやってしまい、自らも後を追う。
やがて森の木の精として生まれ変わった二人であったが、ミスティレイン・フォレストを雷神の弾圧から解放した英雄のテット・クラウスとティル・クラウスが森の人々の記憶とDNAのデータベースである神聖ヘリテイジ・ストーンに二人の復活を祈った事により、再び人間としてこの世界に還ってくる事が出来たのだった。

一方その頃、マルコとダヤンは一日の授業を終え、共に帰宅の途に就いていた。
マルコとダヤンが学校で過ごしている間に路上の虫の死骸は綺麗さっぱり片付けられており、帰りは通常通りの自主的な下校となった。
今日はダヤンの柔術研究部の活動も無い日で、もちろんマルコはそれを狙って先程ダヤンを自宅に誘ったのだった。
昨日までは学校が休みだったので誘いにくかったという事情があり、明日からは柔術研究部の活動が再開される。
今日はまさに、うってつけのタイミングだったのだ。
帰り道、マルコはダヤンの腹を、行きと同じように揉み続ける。
「お前、ホントに俺の腹、好きなー。」
ダヤンは少々呆れ顔だ。
だが、もちろんマルコはそんな事ではめげない。
結局、大した会話もなくだらだらと歩き続けた二人は、マルコの家に到着する。
その間、マルコがダヤンの腹を揉み続けていたのは、言うまでもない。
「しっかし、いつ見てもデカい家だな。」
マルキスはメープル・キングダムの中では王都メープルシティに次いで大邸宅の多い地域でもあるが、この大邸宅の威容は格別のものがあった。
「さ、入って!とりあえず部屋に上がってもらうから。」
マルコが掌を認証装置に翳すと、その静脈を読み取ってゲートが開く。
「お帰りなさいませ、マルコ坊っちゃま。」
門衛と挨拶を交わした二人は、長いアプローチを抜け、エントランスへ。
再び掌を翳すと、自動ドアが開いて、エスカレーターが現れた。
この家は、エントランス周りの建物だけが高台にあり、住居エリアとの行き来にはエスカレーターを使うようになっている。
マルキスは起伏に富んだ地形が特徴の、坂の多い街であり、市内には他にも同じような作りの邸宅は存在している。
「いっつも思うんだけどさ、何で家ん中にエスカレーターがあるんだよ。」
「細かい事は気にしない、気にしない。さ、乗って!」
二人は下りエスカレーターに乗って、マルコの部屋へと向かう。
「お帰りなさいませ、マルコ坊っちゃま。」
途中、住み込みのメイドの一人のメアリーが、門衛と同様の紋切り型の挨拶を交わす。
何処か冷たい感じのするその挨拶を適当にあしらうと、マルコは自室の前で再び掌を認証装置に翳した。
扉のロックが解除され、開けるとすぐ目の前にマルコ専用のクローゼットが現れる。
「ここは本当に作りが変わってるよな。にしても靴も洋服も凄い数だな、買い過ぎだぞお前。このクレイジーショッパーめ。」
マルコは中学生ながらブラックカードホルダーである。
この国の超富裕層の子弟には、そうした者も数多い。
「へへ、あんま見ないで、恥ずかしいからさ。さ、適当に靴を脱いで上がって!」
先に進むマルコに続いてダヤンが靴を脱いで上がると、床は分厚い絨毯敷きだ。
厚みがあり過ぎていつ来ても慣れないのか、ダヤンは歩きずらそうにクローゼットの中を通り抜ける。
入ると、四十畳程はあるベッドルームが現れた。
部屋の中にはキングサイズのベッドとサイドテーブル、二脚のラウンジチェアとテーブル、そしてデスクなどがゆったりと配置されており、その様はさながら五つ星ホテルのスイートルームのようだった。
「でさ、用って何だ?」
「こういう事!」
ダヤンにとっては、完全に不意打ちだった。
マルコの柔らかな唇が、ダヤンのぷっくりとした頬に触れる。
「あ……。」
思わず声を上げるダヤン。
抱き付くと、ダヤンが興奮している事が分かってしまって、マルコは箍が外れたようになってしまった。
マルコのスラックスは既に足元で丸まっている。
ダヤンに覆い被さるマルコ。
その瞳は、曇っていた。
「ち、ちょっと待って、落ち着いて、な!」
体力はダヤンの方があるので、取り乱したマルコとどうにか距離を置く事が出来た。
見るとマルコは俯いたまま、動かない。
失敗を後悔しているのだろう。
次第に嗚咽が聞こえるようになって、ダヤンは焦る。
「落ち着いて、な!俺、お前の事嫌いじゃないけど、まだ気持ちの整理が出来てないから、返事はもう少し待って欲しいんだ。な、いいだろ?」
するとどうだろう。
顔を上げたマルコは、目に涙を溜めたままで、満面の笑みを浮かべるのだった。
「ダヤンの身体、抱き心地最高だった!」
幼い子供のような笑顔でダヤンに懐くマルコ。
この時ダヤンは、己の気持ちを初めて、ハッキリと自覚するのだった。

「それでね、ダヤン。テット・クラウスとティル・クラウスって知ってる?」
スラックスを上げ、乱れた洋服の裾を直しながら、マルコはダヤンに尋ねる。
実はダヤンを自室に招いたのには、もう一つ理由があるのだ。
「聞いた事はあるな。それがどうかしたのか?」
何処となく生々しいマルコの仕草に少しばかり興奮を覚えながらも、それを顔には出さないように必死に取り繕いながらダヤンは、話の続きを促すのだった。
「二人は同性愛のカップルで、ミスティレイン・フォレストを雷神の弾圧から解放したメープルシティ在住の英雄なんだ。二人ならもしかしたら、ダーク・フォレストとの戦争を止めさせる事に協力してくれるかもしれないと思ってさ。」
「それだ!マルコ、二人にすぐに逢いに行こうよ!四人集まれば、何か出来るかもしれない!」
ダヤンが柄にもなく身を乗り出してマルコに提案するのだが、二人はまだ学生の身。
親や学校の許しがなければ、休みでもないというのに旅に出られる訳がない。
「まぁま、ダヤンちょっと落ち着いて。まずは両親や学校の許可が必要だから、ウチの親に会って行きなよ。今後の事はそれから考えよ、ね?」
「おう……。」
まだ己が無力な学生でしかない事を改めて思い知ったダヤンは、渋々といった表情でマルコの言に同意する。

「パパ、入るよ!」
マルコの父親の書斎はベッドルームの一角のアルコーブに誂えられているため、二人はマルコの父親に会うためにわざわざベッドルームに入る必要があった。
「失礼します……うわ!」
その事実を聞かされていなかったダヤンは、マルコの案内で思い出の写真などが額装されて飾られているギャラリーと、それに続くライブラリ、そしてクローゼットを抜けて部屋の内部に入るなり、ミンクで覆われたベッドの上で寛ぐあられもない夫人の姿を見て驚きを隠せないのであった。
「あらいらっしゃい、お友達も一緒なのね。今パパを呼ぶから待ってて頂戴。」
シルクサテンのセクシーなラウンジウェア姿の夫人が夫であるマルコの父親を、平然とした表情で書斎へと呼びに行く。
程なくして、マルコの父親は二人の前に姿を現した。
「やぁ、いらっしゃい。話があるんだろう?ここでも良いんだが狭いから、応接間に行くとしよう。来なさい。」
三人はライブラリの手前のシューズイン・クローゼットの中で靴を履くと部屋を出て、応接間に向かって広い通路を歩き出した。
「妻は身体が弱くてね。パーティーの時以外はああして休んでいる事が多いんだ。気にしないでくれたまえ。そうそう、君、名前は?」
「申し遅れました、ダヤンと申します!」
普段ならいざ知らず、初対面となる夫人の意外な姿を見せ付けられた後とあっては、自己紹介が遅れるのも無理はないと言うべきだろう。
だがダヤンは、らしくない己の失態を、じくじくと後悔しているのだった。
一方、そんな事を気に留める様子もないマルコの父親は、応接間の観音開きの扉を自らの手で開け放つ。
「さ、適当に腰を掛けなさい。今、メイドにお茶の支度をさせよう。」
適当に、と言われてはみたものの、夥しい数のソファを前にして珍しくダヤンはまごついてしまう。
この家のマルコの部屋以外の居住空間にダヤンが足を踏み入れたのは、今日が初めてだったのだから、慣れないのも無理はない。
だが、ダヤンは学校でのようには上手く振る舞えない自分に、イライラしていた。
「さ、ダヤンこっち!」
結局マルコが叩いた所にそのまま座り、かしこまるしかないダヤン。
ダヤンにとっては、先程から少しばかり憂鬱な時間が流れているのだった。
「お茶をどうぞ。」
少し冷たい声色のメイド・メアリーが、紅茶とお菓子を銀色のワゴンで運んで来る。
目の前に差し出された紅茶は適温で、良い香りがふわりと鼻腔をくすぐった。
「それで、私に話とは、何だね。」
父親の当然の問い掛けに、息子であるマルコが応じる。
「パパ、ダーク・フォレストと戦争になるかもしれないって、本当?もしも本当なら、あのテット・クラウスとティル・クラウスの二人に会いに行こうと思ってるんだ。あの二人ならもしかしたら、って思ってさ。」
マルコがそう言い終えるのを待つまでもなく、見る見る内に表情が固くなるマルコの父親。
「事態が急速に悪い方に向かっているのは事実だ。特に雷神亡き後のミスティレイン・フォレストでは、軍部の強硬派が我が物顔で跋扈しており厄介だ。私としては、子供達と青年達だけで何が出来るのか、甚だ疑問ではあるが、立場上その件に関しては私は身動きが取れなくてな。しかし危険だぞ。それでも行くのか?」
意外と強情なマルコの性格を良く知っている父親だけに、この件に関してマルコが譲らないだろうという事も良く理解していた。
だからこそ、の展開である。
「もちろん!」
息子のマルコが予想通りに大きく頷いたのを確認した父親は、手招きしてメイドを呼び寄せる。
「メアリー君、私の代わりにこの子達をメープルシティのクラウス家に連れて行ってくれたまえ。
調べるまでもない程有名かも知れんが、念の為に詳細な住所は私が調べて、追って連絡する。君の留守中は他のメイド達だけで用を済ませるから、心配は要らない。」
「かしこまりました。支度がありますので、私はこれにて失礼いたします。」
白髪混じりのメイドのメアリーは冷たい声色でそれだけ言うと、自室へと戻っていった。
メアリーはスプルース・フォレストに眠る、キリルの祖父テムの元妻なのであった。
初孫キリルの父親となるはずであった一人息子のクリルをヘイトクライムで亡くし、元々夫婦不和だった事も手伝って密かに同性愛者であったテムと協議離婚をした後、その原因が魅力のない自分の方にあるというような、己に対する心ない噂に悩まされていたメアリーは、新天地を求めて全てを捨てて命懸けでメープル・キングダムへと移住していたのである。
メアリーは当時の多くの森の民と同様にかつては同性愛者を憎んでおり、今でも必ずしも同性愛者に好意的な訳ではないが、ここメープル・キングダムが自由な国である事は十分に承知していたし、マルコの父親にはメイド職での採用に際して多大な恩義があった。
複雑な心境ではあったが、マルコの事は命に代えても守ろうと、固く心に誓っていた。
メアリーはそれだけ変わっていたのである。
そのメアリーの姿を見送るとマルコの父親は、立ち上がって二人のもとへと近付く。
「ダヤン君のご両親へは私から連絡しておくから大丈夫だ。
今の私に出来る事はこれだけだが、二人とも気を付けて行くんだぞ!」
力強くそう言うとマルコの父親は、立ち上がった二人を抱き寄せて両腕に力を込める。
続けざまにはい、と返事をする二人の声は、すぐさまユニゾンのように空間中に揃って響いた。
暫しの抱擁。
「ちょっと待っていなさい。」
やがてマルコの父親は近くのウォークインクローゼットまで向かうと、ガラスケースの中から大型のライフルを二丁取り出す。
この国では銃は過度な流通の防止のために税金によって高額となっており、大型ライフルともなれば二丁で一億円は下らない。
ハンガーに掛かっていた防弾チョッキも二着手に取って、
父親は再びマルコとダヤンのもとへと向かった。
「くれぐれも気を付けて行くんだぞ。」
父親の眼差しは、いつにも増して力強かった。
マルコはいつの間にか流れ出ていた涙を袖でぬぐいながら一式を受け取ると、ダヤンを引き連れて自室へと戻るのだった。
「ライフルや防弾チョッキなんか持ち出すなんて、やっぱりこの先危険がたくさん待ち受けているんだな。でも、今更引き返すわけにもいかないし、やるしかないな。」
ダヤンの目はこの時、とても厳しかった。
だから話を逸らそうと、マルコはクラウス家の事を知っている限り話した。
「クラウス家はお菓子の製造と、国際的にチェーン展開している様々な業態の小売店、それにカフェ&レストランチェーンなどで世界的に有名なグラン・デセール・グループの創業者一族で、メープルシティの代々の個人筆頭大地主でもあるんだ。ウチよりもだいぶお金持ちだよ。セントラルパーク沿いの超一等地にあるというクラウス邸の12階建の家はさながら城塞のようだとか。廊下の長さは200mという噂もあるよ。」
幾ら何でも廊下の長さは盛っているんじゃないのかなぁ、などとこの時のダヤンは思ってはいたが、ともあれグラン・デセール・グループの創業者一族ともなれば名家には違いないのだった。
とまぁ、そんな事をダヤンがつらつらと考えていると、隣で力なく呟く丸々とした背中が視界に入って、ダヤンはほんの一瞬、頭がクラクラとした。
「僕達、死ぬかもしれないんだよね。もしも危険な目に遭いそうな時は、僕がダヤンを守るから、盾になるから。だから、安心していいよ。」
この時に彼は改めて自覚した。
マルコがダヤンに対してそうであるように、ダヤンもまたマルコが大好きなのだ。
ここでようやっと、その事実をハッキリと認める覚悟が出来た。
だからこそここで言わねばならない事がある。
「俺だってマルコを守るぞ!危ない時には俺が盾になるんだ!マルコは絶対に居なくなっちゃ駄目だ。自分だけ格好付けようだなんて、ズルイじゃないか。戦いが終わって生きて帰ったら、俺たち付き合うんだから、さ。」
ダヤンはしまったか、と思った。
けれどもそれは杞憂だったようだ。
「やっぱりダヤンは最高だぁ!こうなったら意地でも生きて帰って、ダヤンと絶対に付き合うんだぁ!」
などという言葉を言い終わるより前に、
マルコはその重たい体でダヤンに覆い被さってきたのだ。
「えぇ!?ここは廊下だってばょ!落ち着いて、落ち着いて。それよりもメープルシティに行く事の方が先だと思うんだ。続きは帰って来てからすればいいし、俺は逃げないから。大丈夫。」
そうだね、と言って照れながらもマルコは嬉しそうだ。
マルコは自室で四角い革張りのトランクに洋服の替えなどを詰め込んでゆく。
「後で車でダヤンの家に寄るからさ、メープルシティに行く前に荷物を詰めておくといいよ。」
これまで王都メープルシティに行く気満々でいたダヤン。
だが、その前にまずすべき事があった。
そもそもまだダヤンの口からは家族には何も話していなかったのだ。
危険なのは確かだし、何の相談もしていなかった訳であるから、お詫び位はしておかないとな、などとダヤンは反省しながら思うのだった。
ふと窓の外を見上げると、艶やかな漆黒のリムジンに先導されて、フルオーダーメイドのポールスポイスのランドーレットボディの真っ白な観音開きの大型リムジンが車寄せから発車しようとしている。
これから理事長を交えての打ち合わせが、マルキス学園本部にてあるのだ。
あれじゃあまるでパレードカーだよね、と言ってマルコとダヤンは二人で笑った。
その後、ご自慢のこれまたポールスポイスのフルオーダーメイドの完全オフロード仕様の六輪駆動車でメイドのメアリーと共に出発した二人は、程なくしてダヤンの家へと到着する。
マルコがこの場所に来るのは初めてであった。
二階建ての、ここマルキスでは平凡極まるこじんまりとした家。
築浅だが正直、あまり立派とは言えない。
ちょっと恥ずかしい、などとダヤンが内心で思っていると……。
「可愛い家じゃん!僕は好きだよ!」
その言葉を聞いてマルコの目を睨んだダヤンであったが、顔付きに邪気がないのを確認出来たので、ダヤンはマルコの頭を軽く撫でてやるのであった。
それにしても嬉しそうで、まるで仔犬か何かのようだ。
これから厳しい戦いが待っているというのに、いやだからこそ、こんなテンションもこの場面では必要なのかもしれないと思えて来て、ダヤンはこれから先の一瞬一瞬をひと時も無駄にしないで生きようと、心から誓った。
ダヤンが片開きの玄関扉の鍵を開ける。
すると、エントランスホールに飾ってあった生け花の手入れをしていたダヤンの母親が、すぐさま応対した。
「あら、ダヤンお帰りなさい。マルコ君も一緒ね。マルコ君のお父さんから大体の話は伺ったわ。本当の事を言うとね、私としては賛成出来ないの。でも、決意が固いのなら、少し早い巣立ちもいいわね。その代わり、ちゃんと生きて帰って来るのよ、二人共。これは約束。ちゃんと守るのよ。護身用の銃がちょうど二丁あるから、身に付けておきなさい。あと、ナイフもね。」
暫しその場で待っていると、母親が決して安くはない銃も含めた一式を持ってやって来た。
「母さん、改めましてただいま!」
「ホント、無茶ばかりするんだから、この子は……。」
いきなり抱き付かれて、正直、びっくりしたダヤン。
同時に、やはりしっかりと愛されていたのだと、当たり前の事を改めて確認させられもした。
「さ、ダヤンもマルコ君も上がって頂戴。本当はお茶でも出すべき所なのでしょうけれど、時間もなさそうだから省くわね。早く荷物を詰めなさいね。父さんには私が話すから、心配しないで。」
この時のダヤンには、去って行く母親の後ろ姿がいつにも増して頼もしく見えた。
もしかしたらもう二度と会えないかもしれない。
それでも、立ち上がらなければならないと思った。
何しろ、何もせずにいたとしても戦火に巻き込まれたら結局は同じ事なのだから。
「さ、狭いけど上がれよ。」
そういえばマルコを家に呼んだのは今回が初めてだった、という事にここで気付くダヤン。
「階段なんてタルイよ。エレベーターで行こうよ、ね!」
邪気のない顔でそう言われて、
この時のダヤンは身体から力が抜けてゆくのを感じていた。
そんなものはこの平凡な家にはハナからないのだ。
ここは確かにエレベーターやエスカレーター、室内温水プールなどが当たり前の超高級住宅地。
そもそもここは敷地があまり広くなく、平屋に出来なかったのも問題の一つではあった。
どう説明しようかと一瞬迷ったが、
それも面倒なのでとりあえず無言でズンズン先に進む事にしたダヤン。
「えー、何だよ階段なんて!疲れるじゃんかぁ、もぅ!」
不平を漏らしながらも慌てて付いてゆくマルコ。
やがて手早く荷物を詰め終えたダヤンは、あえて未練を残さないように母親との別れのハグをごく簡単に済ませると、呆気ない程にマルコと共にメイドのメアリーの運転する六輪駆動車の後部座席に乗り込んだ。
こうして、名もない少年達による王都メープルシティへの短い冒険の旅が始まるのだった。

マルコとダヤンを乗せた六輪駆動車は、制限速度ギリギリいっぱいの200km/hで自動車専用道路の追越車線を飛ばしてゆく。
マルキス出発から三時間程経った頃、燃費の悪い六輪駆動車は給油も兼ねて途中のパーキングエリアに立ち寄った。
トイレを済ませ、軽食を摂る事にするマルコとダヤン。
セルフサービス式の大型レストランは人々で賑わっており、
券売機には行列が出来ていた。
列の最後尾にマルコとダヤンがつく。
すると何処からともなくダーク・フォレストとの戦争がすぐにも始まるのではないかとの話し声が聞こえて来た。
「なぁ、ダーク・フォレストの連中がこの国に攻めて来るんだって?」
「なんでも新型ステルス爆撃機とレーダー付き巡航ミサイルで一気に攻め落とすとか。怖えぇ。」
「この国の議会の連中は高い給料を貰って一体何やってんだか!」
「そうだそうだ!あんな連中辞めさせちまえばいいんだ!」
そうした声を耳にするにつけ、父親がマルキス州議会の議長を務めるマルコは、肩身が狭くなる。
そんな様子を察したダヤンは、州議会は国政に直接関係する訳ではないからお父さんの仕事は関係ない、と言って、縮こまるマルコを慰めてやるのだった。
やがて券売機でアメリカンドッグとピザ、ナゲットとフライドポテト、それにコーラの券を買った二人は、品物を貰って席に着くと食べながら今後の動きについて話し始める。
「テット・クラウスとティル・クラウスの二人に会うのはいいとして、その後どうするんだ?何かあてはあるのか?」
ダヤンのもっともな問いかけに対して、マルコは次のように答える。
「うん。スプルース・フォレストの軍が動かないようにするには、彼の地を治める森の神様とコンタクトを取るのが一番だと思うんだ。それに関してはあの二人なら詳しいはずだから問題ないよ。問題はミスティレイン・フォレストの軍をどう抑えるかなんだ。これは私見だけど、あの二人はミスティレイン・フォレストでは英雄だから、国民の蜂起を促す事が出来れば勝機はあると思う。要はあの二人にはジャンヌダルクみたいになってもらえればいいな、という事。」
「火炙りか!?それは駄目だろ。」
珍しく真面目一辺倒なマルコを、半分茶化すダヤン。
「いや、別にそういう事じゃないんだってば、ダヤン!」
マルコはただでさえ丸い頰を河豚のように膨らませて怒るのだった。
こうして話し合いながらの軽食を終えた二人は、パーキングで待つ六輪駆動車へと戻った。
大型のボディがグレーの路面を駆け抜けてゆく。
そこからおよそ二時間で、車は王都メープルシティ中心部へと到着した。
陽は既にとっぷりと暮れている。
マルコの父親からの連絡でクラウス本邸の代表電話番号を聞いていたメイドのメアリーは、車載電話でコンタクトを取る事にした。
「……かしこまりました。
間もなくお伺い出来ると思いますので、よろしくお願い申し上げます。
それでは失礼いたします。」
メアリーがクラウス本邸のフロントスタッフと会話をしてから間もなく、車は本邸正門へと到着した。
車寄せに車を停車させると、建物の中からは何名ものスタッフが駆け寄って来る。
「マルコ様のお父君からお話は伺っておりまして、お待ち申し上げておりました。
お車はバレースタッフが地下パーキングへとお運びいたしますので、皆さまはここでお降りくださいますようお願い申し上げます。邸内は私共がご案内申し上げますので、短い間ではありますが何卒よろしくお願い申し上げます。」
卒のない対応で広義の意味でのこの大邸宅の侍従長が邸内を案内してゆく。
この家は無数の監視カメラ、二十四時間三交代で門衛のいるゲート、ドアマンとポーター・それにバレーサービスのスタッフが常時居るエントランス、二重オートロック、バイオメトリクス認証を通るかフロントで貸与されるカードを翳すかしないと動かない一部着床制限付きのエレベーター、各個室に備わったバイオメトリクス認証によるロックといった、何重ものセキュリティが自慢だ。
まずは一階手前のセキュリティを抜けるとフロントに面して列柱の立ち並ぶホワイエが現れて、一同を圧巻させる。
そこを抜けて曲がると、200mは流石に嘘であったものの、
長さ150mは優に超える邸内縦断通路があり、一同は気が遠くなるのであった。
侍従長の後に続いて総ガラス張りの大型シースルーエレベーターに乗り、最上階の12階へ。
観音開きの扉が開かれると、夥しい数の大型ソファの向こうに巨大なルーフバルコニーが見渡せる。
「やぁ、いらっしゃい、マルコ君とダヤン君、それにメアリーさん。
マルコ君のお父君から話は伺っているよ。
まずは座りたまえ。
今後についてゆっくりと話をしようじゃないか。」
テットの父親は一同をソファへと案内する。
そこにはテットとティル、それにピウとピムも居た。
ピウとピムは兄弟で愛し合っている、ティルの昔からの親友の少年達だ。
兄弟愛の罪でピウとピムはミスティレイン・フォレストを治めていた雷神の怒りを買い妖精になるも、ティルと、ミスティレイン・フォレストで圧政を敷いていた雷神を倒すための旅の途中で知り合ったテット、それにスプルース・フォレストの森の神の尽力により、見事この世に復活する事が出来たのだった。
ピウとピムの両親は結果として復活出来なかったので、彼らはここクラウス邸でお世話になっている。
「おぉ、おめぇたちよく来たな。まぁ寛いでくれ。それにしてもこれでここのデブ率が急上昇したぞ。どこを見渡しても丸っこいぞ。ちっと暑苦しいな。」
「ほんとだねー。みんなチャーシューみたいだもん。」
「そこ、二人ともうまそうだな。早く焼ぃて食わせろー!」
「僕、左側(マルコ)のステーキ食べたい!脂乗ってそぅだし。」
言いたい放題である。
ともあれ、これでマルコ達の緊張は一気にほぐれたのであった。
「ようこそいらっしゃいました。私はここクラウス邸のメイド、スーザンです。温かいお飲み物をお持ちいたしました。お口に合うかどうかは分かりませんが、グラン・デセールのトップ・ブランドのお菓子と共にどうぞご賞味ください。」
モデルのようなスタイルの黒人メイド・スーザンがワゴンに乗ったカップやお菓子をテーブルに並べて後ろに下がると、
いよいよ話は核心に迫る。
ちなみにスーザンはミスティレイン・フォレストで生まれた孤児で、縁あってクラウス家に引き取られて育てられ、今はメイドとして働いているのだった。
「それでマルコ君、ダヤン君。うちの子達に協力を求めるのはいいとして、何かビジョンはあるのかね?」
テットの父親は、にこやかながらも鋭い眼光で、マルコとダヤンの瞳を突き刺した。
怯む事なくダヤンが口を開く。
「テットさんとティルさん、二人の知名度を活かして、ミスティレイン・フォレストでパルチザンを組織しましょう!スプルース・フォレストの方は彼の地の森の神様に働きかける事が出来れば、きっと上手くいきます。まごまごしているとミサイルの雨が降って来ます。急ぎましょう!」
するとテットの父親の表情は一転して、穏やかなものへと変わった。
それは、この世界の平穏は目の前の勇気ある少年達、そして青年達に託すより他ないという事を、心の底から悟ったからであった。
泣きたい気持ちを抑えて、慈愛に満ちた表情で彼らを送り出そうと決めたのだ。
「それなら、いいだろう。実を言うと私も、他に方法はないと思っていた。最早政治的な解決で事を鎮める段階にはない。だが今の弱腰のメープル・キングダム首脳部では恐らく何も出来ないだろう。善は急げだ。私も本当ならば行きたい所だが、今のままで同行しても足手まといになるだけなのでな。何名か使用人を同行させるから、有効に活用しなさい。こんな時のために先日、機関銃とキャノン砲、それにバズーカ砲を用意したばかりだ。人数分はないが、持ってゆくといい。」
テットの父親は立ち上がると、スーザンら何名かのメイドと共に銃器ギャラリーに向かい、ガラスケースの中から機関銃やキャノン砲、バズーカ砲を取り出してリビングのテーブルの上に次々と乗せる。
機関銃だけでも、置いてある四丁で十億円は下らない代物だ。
「おやじ、ありがとう。さ、ここに置きっ放しもなんだからよ、この武器はみんなで手分けして後で俺様の寝室に運ぶんだぞ。明日になったらマルコとダヤン達にも分けるからよ、有効に使ってくれ。マルコとダヤン、それにそこのメイドの……メアリーだっけか?今夜はもう遅いから、今から案内するゲストルームでひとまず休んでてくれ。明日の朝になったら出発な。ところでマルコとダヤン、部屋は別々か?」
テットに尋ねられてドギマギするダヤンをよそに、マルコの答えは明快そのもの。
「一緒で!」
その様子を見てテットやティル、ピウやピムは、
ニタニタと意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
「さ、俺様はマルコとダヤン、それにメアリーをそれぞれのゲストルームに案内すっからよ、ティルとピウ、それにピムはテーブルの武器を運べるだけ俺様の部屋に運んでおいてくれ。残りは後で俺様が運んでおくからよ、大丈夫だぞ。」
こうして一同は明日からの新たな冒険に向けて、束の間の休息をとる事になった。

翌朝。
クラウス家のメイドの一人であるスーザンが、マルコとダヤン、それにメアリーを起こしに回っていた。
マルコにしてみれば二人きりで眠れる好機、逃す手はなかったのだが、続きは帰って来てからすればいいというダヤンの言葉を信じて、どうにか大人しく眠りに就いたのであった。
今朝の食事は邸内のホールでのビュッフェ形式。
テットとティル、ピウとピム、それにテットの父親は既に会場に居た。
「さぁ、ローストビーフもシャトーブリアンのステーキも、スイーツも何でもあるぞ。気兼ねする事はない、たらふく食べてくれたまえ。」
テットの父親にそう言われて、俄然食欲の湧くマルコとダヤン。
「俺、トリュフなんて久々に食べたぞ。マルコは?」
「僕はしょっちゅう食べてる。でもここのは美味しいね。良いやつを使っているからかな。」
「あ、ゆで卵にキャビアの乗った奴、旨いんだよな。取ってくるとするか。マルコは?」
「僕も欲しい!取って来てくれるの?」
「おう、座って待ってろよ。」
「ありがと!」
和やかな食事。
これから先は、何が起きるか分からない。
だからこその、この空気。
もう二度と味わえないかもしれないからこそ、みんな真剣になって舌鼓を打つのだ。
「朝食からビュッフェだなんて、久し振りだねー。」
「おぅ、おめぇ達みんなしっかり食っとけな。さ、俺様も食うとするか。」
テットとティルは幸せそうだ。
「あのデブ二人、食べられなくて残念だ。」
「全くだよ、シャトーブリアンよりもマルコとダヤンの方がうまいに違いないのにさ。」
「今からでもあの二人、丸焼きにしてもらおぅか?」
「いいねぇ!賛成!テット兄やティル兄も一緒に焼いてもらおうょ!」
相変わらず言いたい放題のピウとピム。
それでも、誰も咎めようという気は起きなかった。
こんな幸せな朝が次にいつ来るのか、
それはこの時の誰にも想像が出来なかったからだ。

その後。
支度を終えた一同は、車寄せでおのおの四駆や六輪駆動に乗り込む。
今回の旅に参加するのは、マルコとダヤン、テットとティル、ピウとピム、メアリー、スーザン、クラウス家の近衛隊から選りすぐりの精鋭七名、以上の全十五名。
「必ず生きて帰って来い!待ってるからな!」
普段見せない表情で、テットの父親が叫ぶ。
侍従長以下クラウス家の使いの者もまた、険しい表情で一行を見送るのだった。
「何とか間に合ってキャノン砲とバズーカ砲も幾つか手に入りましたね。でもこのままでは不足です。お館様から小切手を預かりましたから、もう少し武器を揃えなければ。」
近衛隊の一人が同僚に口を開く。
「多数の犠牲者が出るのは最早不可避ですね。テット坊っちゃま、ティル坊っちゃまや子供達だけでも生きて返してやりたいですね。どうなることやら、ですね。」
同僚は今後の展開に不安を隠さない。
「ミスティレイン・フォレストでの蜂起集会が成功するかどうか。今回の作戦の成否はそこにかかっています。」
「その通りですね。」
その頃、テットお気に入りのイエローのボルギーニの四駆の車内では、今後の事についてテットとティル、それにピウとピムが作戦を練っていた。
テットが口を開く。
「ピウとピムには別の四駆に乗ってもらって、スプルース・フォレストに行ってもらうぞ。スプルース・フォレストの森の神様と、コンタクトを取って欲しいんだな。俺とティルは一路ミスティレイン・フォレストに向かう。一刻も早く現地に着いて、危機的な状況にあることを現地の人々に訴えてみるつもりだぞ。戦争になればミスティレイン・フォレストもタダでは済まない。賛同してくれる奴らは居ると思うんだがよ、どうかよ。」
確かに、他に方法はなかった。
五台のオフロード車がグレーの路面を駆け抜ける。
全車防弾仕様だが、助かる見込みはないと言っていい。
それから車は二手に分かれて、何時間もの間飛ばし続けた。
結論から言うと、ピウとピムの交渉は成功だった。
既にキリルとプリムら森の良識派達が立ち上がって、森の神に直談判していたのも効いていた。
森の神の今回の対応は苛烈を極めた。
それは、戦争に加担しようとした者は根こそぎ処刑をするというものだ。
これではいかにメープル・キングダムを敵視していても、
手出しなど出来るはずがない。
問題はただ一つ、ミスティレイン・フォレストの強硬派連中をいかにねじ伏せるかにあった。
集会に何人集まるか、ビジョンを共有出来るか、ミスティレイン・フォレストの軍部と太刀打ち出来るのか。
まさに今が勝負どころだった。
テットは考えていた。
森林に囲まれたこの国の建物は、木造が殆どなのだ。
コンクリート造よりは、壊すのは容易い。
同志達を集めて集会を開き、一気に攻め込めば。
そして軍本部の建物を制圧する事が出来れば、もしや。
こうして作戦は固まった。
だが実際にはそうは簡単に事は進まない。
森の中には家が点在してあり、しらみ潰しに回るのは効率が悪いのだ。
結局の所、まずは敵の要衝を次々と陥して民衆の信頼を勝ち取り、改革の旗手として人々の支持を得なければならない。
実はこの時、テットは父親から高額の小切手を預かっていた。
近衛隊達が預かっている、まさにそれであった。
事態が思っていた以上に切迫している事を土壇場で感じ取っていたテットが、珍しく父におねだりしていたのだ。
「くれぐれも有意義に使うんだぞ。お前ならきっと大丈夫だがな。」
その時、テットの目からは涙が溢れ出て止まる気配がなかった。
さて、車はそろそろ危険地帯に入っていた。
途中で小切手を切り、モグリの業者で中型ミサイルを複数基購入。
そこでまずは先制攻撃だ。
テット達は皆キャノン砲やバズーカ砲、大型ライフルや機関銃、銃やナイフで武装している。
まさか子供と青年でここまでやるとは、先方も考えていなかったようで、呆気なく敵の要衝を幾つか抑えることが出来た。
だが厄介なのはこれからだ。
今の攻撃で場所が知れた以上、生き残った敵の兵士達がぞろぞろとこの場所へとやって来る事が大いに考えられる。
幾らたくさんの住人がパルチザンに参加したとしても、敵の兵士達には敵わないかも知れない。
苦戦していたテット一同。
考えてみればそれも当然と言えよう。
いよいよ、万事休すか。
誰もの脳裏にそんな言葉が浮かんだその時、ティルは、まだ残っているんなら燃やしちゃえばいいんだよ敵の本部、と言って明るく微笑んだ。
そうだ。
もともとそのつもりでやって来たのだった。
みんなに優しくする事も、みんなと仲良くなる事も、所詮は出来っこない。
残念だが、当たり前の事なのだ。
「ありがとな、ティル。これでやっと勇気が出て来たぞ。」
いざとなったら森に火を放つ覚悟を、テットはここで決めた。
遠くから敵の声が聞こえて来た。
次第にその荒々しい声は近付いてくる。
思っていたよりも随分と早い敵の襲来。
目算が狂った。
「キャノン砲、バズーカ砲、機関銃、ライフル、銃、構え!」
テットの合図に合わせて少数精鋭の部隊が構えた。
「撃てーっ!」
弾幕が足りない。
次々と倒れるクラウス家の近衛隊達。
「わあぁーっ!」
「ああぁーっ!」
スーザンやメアリーも、おのおのテットやマルコを命がけで守って、空の星となった。
心からのまごころと愛に守られて、テットやマルコは寸での所で助かったのであった。
どうやらこちらからの敵の総本部へのミサイル攻撃は間に合わなかったようだ。
いよいよ終わりの時が近いのであった。
或いは、森の住人にも多数の犠牲者が出るのを覚悟で、火を放つより他ないのか。
だがその時、ピウとピムが戻ってきた。
二つの吉報を持って。
一つ目はスプルース・フォレストの森の神が動いた事。
森の神は自らが生まれた聖地・サウザンライツ・バレーに赴き、自らがミスティレイン・フォレストをも統治する事について、この世界全体を影より支配する青い鳥達からの許可を得ていたのだ。
もう一つは、先程ミスティレイン・フォレスト内の大広場にてピウとピムがパルチザンを結成する事に成功、今この場にやって来たという事だ。
テット・クラウスとティル・クラウス両名の知名度が、ここでようやく役に立った。
ミスティレイン・フォレストの人々を一ヶ所に集める事が出来たのは、スプルース・フォレストの森の神の尽力によるお陰であった。
ピウとピムによる演説は、以下のようなものであった。
「僕らの、僕らによる、僕らのための政府を樹立しましょう!あのテット・クラウスとティル・クラウスになら出来ます!このままではミスティレイン・フォレストも無事では済みません。メープル・キングダムにも武力はあります。協力してください、皆さん!今もテット・クラウスとティル・クラウスを始めとするみんなはこの国のために命を懸けて戦っています。行きましょう!一刻の猶予もありません!立ち上がるのは今です、さぁ!」
この演説のお陰で国民の士気は高まり、次々とパルチザンに参加する事になったのだった。
形勢は完全に逆転した。
「行けー!独裁者を倒せー!」
「うぉー!」
パルチザンの人数は敵の兵士の数を大きく上回っており、
武器が少なかったために結果として多くの死傷者を出したものの、森の神の尽力もあって、目の前の敵軍の殲滅に成功したのだ。
するとそこへやって来たのは、ミスティレイン・フォレスト軍の爆撃機隊と戦闘機隊。
次々とパルチザンを始末してゆく。
だが、遅かった。
今のパルチザンには森の神が付いていた。
森の神の力で最新鋭ステルス爆撃機・戦闘機群は次々と墜落するのであった。
勝利を収めたパルチザン。
そこからミスティレイン・フォレスト現執行部の解体までには、
時間はさしてかからなかった。

「テットさーん、ティルさーん、マルコさーん、ダヤンさーん!」
大観衆の前で呼ばれる四人。
当然膨れるのはピウとピムだ。
「今度テット兄の脳みそ食べさせてもらおぅよ。」
「賛成!他の三人のもおいしそぅだし!僕達を邪険にした罰だょ!」
怒っている二人をなだめるために、テットは観衆にピウとピムも紹介するのであった。
まんざらでもないピウとピム。
そこでテットは宣言した。
自分がミスティレイン・フォレストの初代大統領になると。
そこには既に、駆け付けた何百万、何千万もの無数の国民が居た。
割れんばかりの拍手は皆、テットの大統領就任を認め祝うものだった。
ここにミスティレイン・フォレストの専制政治は幕を閉じた。
ミスティレイン・フォレストの未来は、テットを始めとする新たな顔ぶれにかかっているのだ。

数日後。
ミスティレイン・フォレストの王宮をそのまま住まいとして使っていたテット一同。
そこでテットは父親と再会を果たす。
「良くやった!流石は私の息子だ。ただ、ちょっと無理しすぎだぞ。」
突然のハグに戸惑ったテットではあったが、やはり内心ではとても嬉しかったのであった。
一方のティルであるが、さらなる英雄となってから、顔も見たことのない、苗字も知らない自称親戚がひっきりなしに来訪するので、大変困っていた。
ピウとピムは、大統領の世話係として立派に活躍している。
で、ティルの役職はというと?
もちろん大統領夫人(?)ですよ。

そして、マルコとダヤンはテット達と別れを告げ、亡くなったメアリーの代わりにクラウス家の使用人の生き残りが運転する六輪駆動車でマルキスへと戻るのだった。
「メアリーさん、可哀想だった。」
俯きがちに弱々しい声で、マルコは涙を零す。
「そうだな。メアリーさんやスーザンさん、それに亡くなったクラウス家の近衛隊の皆さんやパルチザンの皆さんの分まで、俺たち幸せにならなくちゃ!」
「そうだね、約束だもんね。守ってもらうもんね。」
「何の話だ。話が見えないのだが。」
「えぇ!?生きて帰ってこれたら、僕たち付き合うって!そう言ってたじゃないかぁ……。ダヤン意地悪だぁ!」
「まぁまぁ、忘れた訳じゃないからさ。」
そう言って今度はマルコの唇にダヤンが、
濃厚なキスをするのだった。
まだまだこれからの二人、辛い事も共に乗り越えて、末長く幸せなパートナーとして仲良くし続けるに違いない。
その様子を、今は亡きメアリーらが、きっと天上から見守っているに違いないのだった。

今回は、こ・こ・ま・で。ちゃんちゃん。

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三毛猫と白猫 [其ノ壱・番外編]

これは、三毛猫とよくある家族の織り成す、ごくありふれた、けれども優しい物語である。

私はミミ。
一部の人間たちと話す事の出来る、メスの三毛猫。
ドライバーさんたちの好意に甘えて全国を移動しながら、様々な人たちの様々な願い事を叶えるというのが、目下のライフワーク。
先日は白田耕平という男の方と知り合い、三つの願い事を叶えてあげたの。
お仕事の面接が上手くいきますようにという願いと、人間関係がスムーズにいきますようにという願い、それに素敵な彼氏が出来ますように、という願いの三つね。
実は耕平さんの所に向かったのには理由があって。
その少し前に知り合っていた耕平さんのお母さんの、たっての願いだったの。
他にも彼女、二つ願い事をしていて。
お金を、居場所の分からない耕平さんの元へと安全に届けて欲しいという願い。
それに、いつか一家四人で仲良くお話したいという願いね。
本当は三つ目の願い事は、耕平さんが出来るだけ早く孫の顔を見せてくれますように、っていう願いだったんだけれど。
よくよく話を聞いてみると耕平さん、ゲイだっていうから。
彼女はそんなのは一時の気の迷いだって頑なだったけれど。
結局、その願いは聞かなかったの。
「よりにもよって私の息子がホモだなんて、ホモだなんて、あんまりだわー!どうして治してくれないのー!」
彼女、そう言って泣き崩れていたわね。
でも、可哀想だけれど仕方のない事。
ゲイはゲイとしてしか生きられないのよ。
それは、この世界でみんなが受け入れざるを得ない決まりみたいなもの。
言ってみれば天の定め。
私の力で変えてはいけないのね。
それに、ゲイかヘテロセクシャルか、っていう問題は大きな問題だから、私の力は効きにくいの。
私が変えられるかもしれないのは、彼女・京子さんとその旦那さんの頑なな気持ち。
正直手強いけれど、やってみるしか!

「お金、大切に遣うのよ。それじゃ、また来るから。」
そう言って、お母さんからの札束を手に持って泣き崩れる耕平さんの元を離れた翌日、三連休の初日ーー。
私は耕平さんのお母さんの京子さんとその旦那さん、それに次男坊さんの頑なな気持ちを変えるべく、その住まいの近くまでやってきていたの。
入り口で戸を叩く私。
顔を出してくれたのは、予想通り京子さんだったわ。
「あら、いらっしゃい、ミミちゃん。今日はお父さんも同居している次男坊も中にいるから、挨拶していって。お金……渡してきてくれたのよね?……ね?」
私が大きく頷くと、京子さんは「ありがとう!」そう言って私を抱き上げてキスをすると、居間へと連れていってくれたの。
「こんにちは、私はミミ。もし良かったら今日一日、ここでやっかいになろうと思うのだけれど。いいかしら?」
これに応えてくれたのは、この家のお父さん。
京子さんの旦那さんね。
「あぁ、構わん。喋る猫か。珍しいな。」
それだけ言うとお父さん、読んでいた新聞に再び目線を落としたの。
『もしかしたらこのお父さん、私の力が効きにくい体質なんじゃないかしら?』
そう思った私は直ちに、お父さんに集中的に力を送り始めたの。
正直、一晩では時間が足りないかもしれない。
でも、さっきも言ったけれど、やってみるしかないわね。
私はただ寛いでいる風を装いながら、お父さんめがけて力を送り続けたわ。
やがて夕食の時間がやってきて。
疲れていた私は、京子さんの持ってきてくれたキャットフードでリフレッシュ!
ついでに京子さんと次男坊さんに力を送って、意識を変えてもらったの。
狙い通り、京子さんと次男坊さんはすぐに考えを改めてくれたわ。
問題はやはり、お父さんね……。
「私、京子さんやお父さんと一緒に寝たいわ。いいかしら?」
ここで断られたら万事休す。
でも。
「あら、いいわよ。ウチはダブルベッドだから、私たちと同じお布団で眠ってちょうだいな。」
これはラッキー。

夜、就寝の時間。
私は京子さんとお父さんの間で丸くなりながら、お父さんに力を送り続けていたの。
結局、一晩中力を送り続けて、もう限界。
お父さんの考えが改まったかどうかは、正直自信がなかったけれど。
それでも。
この機を逃したら次はいつになるか分からないから。
だから朝、京子さんに言ったの。
お父さんに気付かれないように、そっとね。
「京子さん、今日は三連休の中日でしょ。耕平さんを呼んでみたらいかがかしら?」
「そうね、誘ってみるわ。でもお父さん、大丈夫かしらーー。」
「とにかく誘ってみて!京子さん、ファイト!」

それから何時間か経ってーー。
家の玄関の前で私が待っていると、オドオドしながら耕平さんがやってきたの。
「耕平さん、きっと大丈夫。あのお父さんに会うんだから、オドオドしてちゃダメよ。男らしくね!」
私がウインクをすると。
「分かった。」
それだけ言って、呼び鈴を押す耕平さん。
長い長い、永遠に近い一瞬。
次の瞬間、京子さんが玄関扉から顔を覗かせたわ。
「耕平、お帰りなさい。長い間色々と、済まなかったわね。」
そう言って、耕平さんにとってはまさかの、ハグ。
「あなたと弟とは仲が良くないけれど、弟はあなたの代わりになろうとして頑張ってくれているわ!それだけは分かってあげて、ね!」
涙を流す二人。
そこに次男坊さんも加わる。
「兄さん、良く帰ってきたね。お帰り!」
三人の和解。
そこへーー。
「何やら騒がしいな。誰か来たのか。……なっ!お前は!」
鬼のような形相を見せるお父さん。
残念。私の力、及ばず。
「そこを退け、京子!」
お父さんの目の前に耕平さんを庇うようにして立ち塞がっていた京子さんめがけて、拳が振り下ろされる。
でね。まさかと思ったわ。
いつもの京子さんだったら、間違いなく退いていたわね。
でもこの時の京子さん、微動だにしなかったの。
次の瞬間。お父さんの拳が京子さんに直撃。
それでも怯まずに、京子さんはお父さんを一喝。
「ホモだろうと何だろうと、この子は私たちの息子です!これ以上この子を殴りたいなら、私を殴り殺してからになさい!」
その時。耕平さんが泣き崩れて。
そこへ大きな掌が。
お父さんが、あれ程嫌っていたはずの耕平さんに、手を差し伸べたの。
私の力も効いていないはずなのに。
「立ちなさい。そうだったな。お前も立派な、私の息子だったな。長い間、忘れていたよ。済まなかったなーー。」
お父さんの胸の中で泣きじゃくる、耕平さん。

その後、積もる話も尽きない中、時間は夕刻に。
一家四人の、実に二十年ぶりの穏やかな団らん。
お鍋を囲んで。
一番のご馳走は、みんなの笑顔。
でもーー。
「兄さん食べ過ぎー!なくなっちゃうよー!」
「え、僕そんなに食べてないょ?」
耕平さんが珍しくすっとぼけるので、お父さんが。
「二人共図体ばかりデカくなって、食べ過ぎだわ!」
それでも笑いは尽きない。
「お父さん、髭生やしたら似合いそう!」
「耕平、お前こそ生やせ!」
「残念だけど父さん、僕、髭似合わないんだ。前に一度、やってみたけど。」
「髭も似合わんとは、情けない。」
「お父さん、そういう事はご自分がまずは髭をお生やしになってから言うものでしょ。」
「京子か、鍋の具材が足らんのだ。」
「今、お持ちしますねー。」
ここにあるのは、揺るぎない絆。
場所は違えど、切れる事はきっと、もうない。
「耕平さん、私そろそろ帰るわね。皆さんによろしく。また会いましょうね!」
皆に気付かれないように、そーっと帰る私。
と、そこへ。
「あら、ミミちゃん。もう帰るの?今日はもう遅いから、泊まって行きなさいな。明日、耕平と一緒に家を出ればいいわよ。」
すっかり角の取れた京子さんが、私に声をかける。
「おぉ、そうだ。もう一晩位、いてもいいだろうよ。そうしろ。」
お父さんも上機嫌で声をかけてくれる。
「そうね。そうさせて頂くわ。」

「耕平、たまには一杯どうだ。ビール位、付き合え。」
「父さん、じゃあせっかくだからちょっとだけ。」
「息子共、二人とも飲むだろ。京子、大ジョッキ二つと瓶ビール三本!」
「だから父さん、ちょっとだけ!」
「俺の酒が飲めないのか!いい度胸だ!腕相撲で勝ったら、グラスにしてやる。」
よーい。スタート!
で。瞬殺。次々と。
二人共、大ジョッキ決定。
「父さん、強過ぎー!」
「お前たちが弱いんだわ!まだまだだな、息子共よ!」
「はーい、大ジョッキと瓶ビール、お待たせー。みんな、程々になさいね。」
「おう、大丈夫だ京子よ。三人で瓶ビール、あと十本もあれば足りるな。」
「死んじゃうから、父さん!」
「いや、大丈夫だょ兄さん。兄さんと父さんが四本ずつ飲めば。僕は二本で。」
「それがいい、耕平。な、そうしろ!」
「無理!」
ーーみんなが幸せになってゆく。
雪解けの日。今日は記念日。
「忘れられない日になりそうね、京子さん。」
「そうね。ミミちゃん、ありがとうーー。」

幸せの温もりは、既にもうここにある。
四人の物語はこうして、今までにはない新たな展開を見せるのだった。

お・し・ま・い。
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