FC2ブログ

海松色の日常 -猛・十七歳、秋-

海松色の日常 -猛・十七歳、秋-

十月十日。高校二年生。
ぼく、海松 猛は十七歳になった。
中学校時代の同級生だった元彼氏の裕哉くんは、高校は進学校に進んだ。
そのために、頭の悪いぼくとは違う学校に通う事となり、関係は自然消滅。
友達だった幹久くんとも違う学校に通う事になったので、高校には中学校時代の頃からの知り合いは一人もいなかった。
元々引っ込み思案だったので、こちらからアクションをかけるのは性格的にとても難しい。
こうして学校での友達作りは諦めていたが、彼氏なんてどうにか出来ないものかと考える事は、年相応にはあった。
昼休み、独りぼっちの昼食。
もうすっかり慣れたとはいえ、心の何処かがちょっぴり淋しい。
義母の愛情の詰まった手作り弁当を早々と食べ終えたぼくは、側に誰もいない事をいい事に、手持ちの二つ折りiモー◉携帯で出会い系サイトにアクセス。
しばらく見ていると、素敵そうなプロフの男が顔画像付きで投稿しているのを見つけた。
無理かな、とも思ったが、どうせダメで元々なので、何日か前に撮っておいた写真を添付して、早速返信を出した。
もちろん、年齢は念の為に十八歳と一歳だけ偽って。
相手からのメールはその日の夕方に届いた。
夕食がまだなら、これから一緒に食べない?といった内容のものだった。
急な誘いだから戸惑ったものの、断る理由などなかった。
メールの返信で早速OKと送り、その後のやりとりで待ち合わせ場所と時刻を確認する。
犬の銅像前で18:00に待ち合わせ、っと。
メールのやり取りがひと段落つくと、ぼくは慌てて出かける支度を始めた。
準備が一通り整うとぼくは、夕食を作っている義母の元へゆき、今日、夕食は要らない旨を伝える。
「あら、せっかくケーキとご馳走用意したのに、残念だわ。」
「ごめん母さん、明日食べるよ!」
「そうね、一日位大丈夫でしょう。泊まる時には電話するのよ。」
義母は念の為にと、お金を少し渡してくれた。
「じゃあ、行ってきまーす!」
「気を付けるのよー!」
待ち合わせ場所までは電車で向かう。
「確か、待ち合わせ場所の最寄り駅までは乗り換えがあるんだよね。どうやって行こうか……。」
ぼくはパンツのポケットの中から二つ折りの携帯を取り出すと、iモー◉の乗り換え案内でルートを確認した。
「待ち合わせ時刻までにはまだ余裕があるみたい。ゆっくり行こうかな。」
焦る必要がない事を改めて確認すると、自宅からの最寄り駅までのんびりと歩いて向かった。
乗り換え用の切符を買って、駅のホームへ。
そこへ、ちょうど電車が滑り込んできた。
ナイスタイミング。
つり革につかまる事十五分。
乗り換えの駅に到着。
そこへ一通のメールが。
「早く着いちゃったから、喫茶店で待ってるよ。店内は静かだから、まずはのんびり話そう。入り口がわかりづらいから、駅前の楓並木の下で待ってて。」
うへぇ、もう着いちゃってるのか!
ぼくは焦って乗り換えをする。
階段を駆け上がって乗り換え用の改札を通る。
滑り込んできた電車に駆け込み乗車、ギリギリセーフ。
そこから二十分で待ち合わせの駅に到着した。
駅前はひらけている。
来た事がないだけに、新鮮だ。
待ち合わせ場所が犬の銅像前から急に変わったので戸惑うかとも思ったが、メールにあった楓並木はすぐに見つかった。
「やぁ、海松くん、はじめまして!青丹 伊知郎と言います、よろしく!さ、まずは喫茶店で軽く話でもしようか。」
緊張で手が汗ばむ。
ぼくたちが向かった喫茶店は、談話室で有名な全国チェーンのお店だった。
一度義母と系列の別の店舗に行った事があるだけに、静かなのは想像がつく。
地下への階段を下って、店内へ。

席に着き、改めて目の前の顔をまじまじと見た。
いい男だった。
ぼくには、もったいなかった。
これはダメだな、そう思った。
ぼくなんかとでは、釣り合いが取れないのだ。
だが、目の前の男は一旦席を立つと、ぼくなんかに握手を求めてくる。
ぼくはその握手に応じながら、もしかして脈ありなのかな、物好きな人もいるものだな、などと不思議に思っていた。
「海松くん、だっけ?可愛いねー!写真よりもずっといいよ。第一印象はバッチリ、かな。俺の事はどう?」
話を急に振られてドギマギしてしまったが、ここはしっかりせねば。
「あ、青丹さん、ですよね?凄くカッコよくて、素敵だと思います!」
それから、みるみる内に二人は打ち解けて、話は盛り上がった。
「ね、海松くんホントは歳いくつ?十八には見えないよ。」
「実は今日が十七の誕生日です。まだ高二。でも大丈夫、誰にも言わないから。」
「そっか、じゃあ今日は誕生日パーティーをやらなきゃな。良かったらウチに来る?デパートでケーキとか色々買ってさ、ジュースで乾杯しようよ!」
「ホントに!?ぼく、凄く嬉しいです!」
もう、舞い上がりそうな位のトントン拍子。
「そういえば“うみまつ”って“みるいろ”の“みる”と同じ字だよね。これから海松くんの事、みるって呼んでいいかな?俺の呼び名はみるが決めてくれて大丈夫だから。あと、敬語じゃなくて平気だよ。」
そう言われて、勇気を奮い立たせてタメ口で。
「いいよ、みるで。ぼくは青丹さんの事は下の名前から取っていーさん、って呼ぶ事にするよ。」
「それじゃあみる、そろそろデパートに買い物に行こうか。」
「うんっ!」
ぼくたちは喫茶店から程近いデパートの地下食料品売り場で、ホールケーキに小洒落たサラダやローストビーフ、のちに二人の大好物だという事が分かるカニクリームコロッケとエビフライ、他お惣菜などを買うのだった。
お会計はいーさんが払ってくれた。
知り合ったばかりなのに悪いな、とは思ったけれども。
割り勘でいいよと言ったら「これから食事代なんかは全部俺が持つから、心配しなくて大丈夫。こう見えても一応社会人だからさ、あいにく学生に払わせようって魂胆は持ち合わせていないんだよね。」と言われてしまったので、好意に甘える事にした。
いーさん、車で来たというので、二人でデパートの駐車場まで歩く。
顔を見上げるといーさん、笑っていた。
素敵な、いや、素敵過ぎる笑顔だった。
ぼくはというと、さっきから頭が少しふわふわする。
嬉しかった。
幸せへの重い扉が、ようやく、そして力強く開いた気がした。
車はスポーツカーだった。
車のことには詳しくないぼくだけど、国産のちょい高めの車種だという事位は分かる。
鮮やかな青。青丹さんにはピッタリだ。
乗り込むと、着座位置の低さにビックリする。
そうか、これがスポーツカーなのだ、と妙に納得させられた。
走り出すと、エンジンの音が結構聞こえる。
これ、不思議と嫌じゃない。
アクセルをベタ踏みするとどんな咆哮を聞かせてくれるのだろうか。
ちょっぴり聞いてみたい気もしたが、高速に乗る予定はあいにくとないので、これは多分しばらくはおあずけだろう。
そんな事を考えたり、話で盛り上がったり。
気が付くとあっという間に、青丹さんの住むマンションへと到着していた。
築浅の、こじんまりとした綺麗なマンションだ。
駐車場に車を停めて、エントランスへ。
オートロックを解除するとエレベーターで二階へ向かう。
外廊下を突き当たりまで歩くと、青丹さんの住む部屋だ。
「さ、上がって。」
靴を脱いで揃えて、振り返って。
短い廊下の突き当たりのガラスドアを開けると、こじんまりとしたリビングが広がる。
ここで、テレビがいやに大きいのが目についたので、聞いてみた。
「ねぇ、あのテレビ何インチ?おかしいよねぇ(笑)」
「あれね、液晶で七十インチあるの(笑)デカいテレビを置くのが夢でさ。」
「何か観てていい?」
「もちろん!地上波でもBSでもCSでも、好きなの観てていいよ。そういえばさっき、アニメ好きだって言ってたっけ?アニメ専門チャンネルも観られるから、楽しんでてよ!棚にはDVDやBlu-rayもあるよ。その間に俺は食事の準備をするからさ。」
「ありがとう、いーさん!」
こうして自宅へ今夜外泊する旨を電話した後、アニメ版のカぺ●をだらだらと観ながら待っていると、ダイニングテーブルの上にご馳走が並んでゆく。
明らかに歓待されているのが分かって、今更ながら改めてぼくは嬉しくなる。
「二人の出逢いとみるの誕生日を記念して、カンパーイ!」
青丹さんは黒ビールで、ぼくはりんごジュースで。
「なぁみる、エビフライとカニクリームコロッケって、タルタルソースを美味しく食べるためにあるようなもんだよな。」
「それ、分かる(笑)」
「エビフライなんて、名前変えればいいのにっていつも思うもん。タルタル棒でいいよな。」
「それはダメ(笑)」
楽しい会話、過ぎゆく時間。
気が付くと、あれだけあったご馳走はあらかた、胃袋の中。
テレビは相変わらず、カ◎タを映していた。
「カペ●、面白いよな。俺も好き。」
「ホントに!?ウマが合うよね、ぼくたち。」
「そうだな。それでさ、本当は出逢ってすぐに抱くのは抵抗があるんだけど、みるの事見てると抱きたくて仕方なくなるんだよ。ただな、単なる遊びはダメだ。俺のものになるか、みる。」
「うんっ!」
「プレゼントは次に逢った時に、な。」
「じゃあ、次の時にはぼくもプレゼント、持ってくる!」
「ホントか!?物凄く嬉しいぞ!」
こうして、ぼくたちは呆気なく結ばれた。
先の事は分からないけれど、
今はまずはこの幸せに浸っていようと思う。
高校では相変わらず独りだけれど、もう淋しくなんてない。
ぼくはこの幸せを抱きしめながら糧として、これから先を生きていくんだ!
「さ、シャワー浴びて歯を磨いたらベッドだぞ!寝技かけたるー!」
「うんっ!たくさんかけていーよ!」
「襲っちゃるぞー!」
「シャワーと歯磨きが先でしょ(笑)」

ちゃんちゃん。

海松色の日常 外伝 - The Seasons : Winter [お鍋と、愛と、缶ビール]

お鍋を囲んでいた。
他に誰もいないぼくの部屋で、猛くんと二人で。
付き合っている訳ではない。
唯一無二の親友なのだ。
というか、認めたくはないけれど、今の所はそういう事になっている。
鍋奉行はぼくの役目だ。
カセットコンロ上のお鍋に具材や鍋の素やお水を入れていって、火を付ける。
時々かき回したり、灰汁を取ったり。
猛くんはというと、ぼくが録画しておいたアニメを集中しているんだかいないんだかな風情で観ている。
とはいえ、缶ビール片手にケタケタ笑っていて、楽しそう。
ぼくが好きで毎回録画するのだが、
猛くんはぼくと会う度にこれをせがむ。
猛くんの部屋にはレコーダーがないのだ。
鬼灯●冷徹ねぇ。
確かに面白いけど、タイトルからして読みづらい。
それに、猛くんのイメージには合わないとぼくは内心では思っている。
どちらかといえば猛くんは、ぼくの頭の中ではケ○○軍曹のタ◯◯二等兵といった感じだ。
猛くんを捨てた元彼の青丹さんに街中で出くわしたら、この子、懲りもせずに尻尾を振って付いて行きそうだ。
それが内心では、歯痒くてならない。
って、アチっ!
お湯がはねた。
油断していたせいだ。
これだから情けない。
そろそろ火は通ったから、いよいよ待ちに待った食事の時間だ。
「はい、猛くん〜、器取って〜。」
ここは手際良くせねば。
二人分の小鉢に鍋の具材を入れる。ぽん酢も用意して。
「春希くん、美味しそうだね〜!頂きまーす!」
「じゃあぼくも。頂きまーす。」
しばし、無言。
ひたすら鍋に舌鼓を打つ。
この沈黙を破ったのは猛くんの方だった。
「ところでさ、春希くんの好きな男の人のタイプって、どんな?」
幾らゲイである事を互いにカミングアウトし合っていたとはいえ、内心ではギョッとしていた。
まさか猛くんが好みだなんて言えない。
仕方ないのでお茶を濁す事にした。
「うーん、どちらかといえば太め可愛い子かな。」
すると突然、猛くんが信じられない事を言い出すものだから、ぼくは飲みかけの缶ビールを盛大に吹き出してしまった。
「ぼく、春希くんとだったら、寝ても良いよ。」
こちらの想いなど筒抜けである。
穴があったら入りたい気分だ。
しかしそんな事よりもまず、この場面できっちりと言っておかねばならない事がある。
「ダメだよ猛くん。青丹さんが戻ってくるまで待っていないと、きっと後悔するよ。」
すると猛くん、酒の勢いも手伝って、いきなり泣き出してしまった。
「青丹さんが戻ってくるまでなんて、そんなに待てる訳ないじゃんかぁ!うわあぁ!」
仕方ないので、そっとそっと、抱き締める。
他に今のぼくに出来る事は何もないから。
それから酔いが回って、二人揃ってコタツの中で眠ってしまうのだった。
昔母親から風邪を引くからコタツで寝るのはやめなさいと言われていたけど、馬鹿は風邪引かないとも言うし、大丈夫か。
むしろ猛くんが心配だ。
でもま、大丈夫でしょう。
彼も頭が良さそうな感じの子ではないので。
まぁ二人とも睡魔には勝てそうにもないので、本日はこれにておやすみなさい。

翌朝。
まだ土曜日である。
月曜日も休みであるから、三連休。
実はこの三連休を利用して、ちょっとした小旅行をする事にしていた。
ここは東京。
二泊三日がせいぜいだから、遠すぎてもいけない。
かといって幾ら近場でも、伊豆や箱根は宿代が高い。
という訳で、季節外れの海を見に、南房総のホテルまで出かける事にした。
ぼくは車の免許を持っているので、近所でレンタカーを借りて早速出発だ。
選んだ車はトヨ◉の小型車。
別に買う訳ではないので、選ぶのは気楽だ。
小型車は取り回しがし易いし、料金も安いので、仕送り・バイト風情の一人暮らし大学生には大いに助かる。
それでも奮発したのだ。
猛くんには喜んでもらえると嬉しいな。
道中、レインボーブリッ◎を渡り、その後アク●ラインを利用する。
どちらも景色が良いから、猛くんが好きなピンクフ○イドを流しながら二人で盛り上がろう。
コンビニで飲み物を買って、いざ南房総へ!

「春希くん、昨日はごめんね。」
猛くん、申し訳なさそうな顔でこちらを上目遣いで見やる。
「ん?何の事?別に気にしてないよ。それより今日、楽しみだねー。」
そう返したら猛くん、嬉しそうにはにかんだので、
ぼくとしてはこの上ない。
昨夜、流れに流されて襲わないで本当に良かった。
少し経つと車は都心を抜けてレインボーブリッ◎を滑りながら上ってゆく。
ここまでの道のり、高そうなタワーマンションが雨後の筍のようにあちこちにそびえ立っていた。
だから猛くんに、「あの辺のマンションどこも筍みたいで美味しそうだょ。みんなぶっ壊して一緒に食べよっか?」って笑いながら話しかけたら、猛くんも笑ってくれたので、思わず小さくガッツポーズ。
次の見せ場はアク●ラインだ。
海ほたるには寄る予定。
軽食でも食べてから、デッキで景色でも眺めようか。
という訳で、車はひとまずの休息の地海ほた○へ向けてひた走る。
で、まぁ着く訳である、海ほた○に。
二人して欠伸やら伸びやらしちゃってさ、
だらだらムード全開でさ、いたって呑気なもの。
と、ここでふと上着のポケットに手をやって、重大な事実が判明する。
財布がないのだ。
持って出たのは確かだから、どこかで落とした事になる。
「うわぁー、猛くんどぅしょう!財布がないよお!」
「えーっ、たいへーん!」
結局さ、こういう時の例に漏れず灯台下暗しという奴でさ、何故だか後部座席助手席側のフロアマットに落ちているのを猛くんが見つけてくれて、一件落着、という訳。
ぼくの財布はマットな黒革のやつだから、黒いフロアマットの上では目立たなかったのもあって、ひと騒動になってしまったという訳である。
良かった、良かった。
気前が良くなったぼくは、遅めの朝食にと食べる事にしたカツカレーとソフトクリームそれぞれ二人分の料金を払う事にした。
「春希くん、悪いよ、ぼくの分まで。」
「へーきへーき、猛くんのお陰で財布が無事に見つかったんだから、これ位はしないとね!」
そうそう、それ位はしておかないと、ぼくの気が済まない。
あぁ、幸せだなぁ。
で、軽食を済ませてデッキに出ると、それはもう寒い寒い。
ダウンジャケットを着ていた猛くんは暖かそうだけれど、ぼくはね。
ロングコートだとかダウンジャケットだとか、暖かそうな上着は運転の邪魔になるので、運転中はどうしても薄手のハーフ丈の上着になるのだ。
「ねぇ猛くん、そろそろ車に戻ろうか。」
あまりの寒さに一応聞いてはみるのだけれど、ね。
「うぅん、まだここにいる。ねぇ見て、景色最高だよ、ほら!」
うん、見ました。十分に。
あぁ、吐く息が白い……。
本当に、涙が出そうだょ。
それを知ってか知らずか猛くん、
すっかり身体が冷え切った頃になって、
「さぁ、そろそろ出発しよっか!あれ、春希くんもう疲れたの?大丈夫?」
だなんて見当違いも甚だしいズレまくった心配を今頃になってしてくれるという。
こんな時は、想い人の優しさに心から感謝。
うぅ、寒い。
ステアリングヒーターとエアコンの方が案外、猛くんよりも優しかったりして。
そんなこんなを思いつつ、二人して車に乗り込むと少し遅めの昼食を食べに一路南房総へと車を走らせてゆくのだった。

やがて車は高速を下りて一般道へ。
外気温とは打って変わって、なかなか暖かな車内。
ともすれば眠くなりそうで、危険を感じたぼくは途中コンビニに立ち寄ると、小瓶入りの眠気覚ましドリンク剤を買って飲み干した。
それから海沿いの道をしばらく走り続ける。
予想通り、ピンクフ○イドを聴きながら猛くんはご機嫌である。
と、ここで車を路肩に停めてカーナビをセット。
寄ってみたい海鮮丼屋さんがあるのだ。
しかしカーナビって便利なようで不親切だよね。
目的地が近付くとそこで案内を終了してしまうから、
どこが入り口なのかが分からない事もしばしば。
「ま、何事も慣れなんだけどね。」
「ん?春希くんどうしたの?」
「あ、んぃや、別に。」
それから車を走らせる事およそ三十分、目的の海鮮丼屋さんに到着。
この辺りは駐車スペースが広々としているから、停めやすくて良い。
お店に入って。
貧乏大学生同士の旅行、それもまだお昼である。
ぼくは海鮮丼、猛くんはサーモンとイクラの親子丼。
単品で。それだけ。節約も時には大事なのだ。
で、現れたのは、具がたっぷり乗った美味しそうな丼。
猛くんのイクラなんて、量が多すぎてもう零れ落ちそう。
しかもこれはお味もなかなか。
お値段もお安め、もうホックホク!
すっかりお腹いっぱいになったので、お次はデザート。
びわソフトクリームを食べに行くのだ。
車を発車させ、道路へと戻る。
それにしても眠い。
暖かな車内、うららかな日差し。
と、そこへ!!
路上を斜めに横切って横断する老人が!!
すかさず猛くんが叫んだ。「ブレーキ!!」
猛くんが、何も出来ないでいるぼくの代わりに横から咄嗟にハンドルを切る。
茫然自失のぼく。
老人は何事もなかったかのように道路を斜め横断すると、のんびりと歩いて行く。
それでも、老人を怒る気は起きなかった。
むしろ猛くんがいなかったら老人を死なせていたかもしれない自分が、怖かった。
「春希くん、大丈夫だった?」
猛くんは、こんなどうしようもないぼくの事を怒らないでいてくれた。
この瞬間に、ぼくの中での猛くんへの想いが、恋から愛へと変わった。
その後は美味しいびわソフトクリームを食べた後、カラオケボックスでチェックインまでの間時間を潰してから、ホテルへ。
ツインのお部屋はなかなか綺麗で、しかもオーシャンビュー。
シーズンオフだけあって料金も格安。
いい事尽くめだ。
ちなみに、昼食をセーブしたのにはちゃんと理由がある。
夕食にはホテルのレストランで舟盛りが出るのだ。
初日から二食続けて贅沢なんて出来やしないから、これはこれで正解なのだ。
夕食までまだ少し時間があったので、ぼくたちは誰もいない海岸をそぞろ歩く。
「……ね、今夜手、繋いで眠ろっか。」
突然の猛くんの言葉に、ぼくは頭が沸騰しそうになる。
それに気付いたのか猛くん、ぼくの事を見て、笑っていた。

部屋に戻るとせっかくのオーシャンビューが台無しに。
少し前から薄々感づいてはいたのだが、周囲に灯りらしい灯りがないので、夜になると真っ暗になってしまいせっかくの景色が何も見えないのだ。あーあ。
でも、舟盛りはとても美味しくて、記憶に残る味だった。
レストランから部屋に戻る途中の自販機でビールを買うと、部屋で乾杯!
明日何をしようか、今から楽しみで仕方ないのだ。
お鍋と、愛と、缶ビール。
そうだ、お鍋にしよう。
明日のお昼は、そうしよう。
そう独り頷いて、シャワーを浴びに浴室へと向かうのであった。
「待って、ぼくも一緒に入るょ!」
その瞬間……やべ、鼻血出てきた。
どうしよ、これ。

ちゃんちゃん。

続きを読む

海松色の日常 外伝 - The Seasons : Spring 1 [こころの色、さくら色]

今から遡る事ちょうど一年前の春に、ぼくと猛くんは大学のキャンパスで出会った。
さくら舞う季節、頰の色もさくら色。
幼く見えるほどの童顔で、短い髪がとても良く似合っていた。
そんな猛くんを見て、ぼくはいっぺんに一目惚れをした。
最初は、遠巻きにちらりちらりと、見ているだけだった。
でもその内に、話してみたいという思いが募っていった。
さくらの花びらが散り始めたある日のお昼休み、いつも独りで食事を摂っている猛くんの後をそうっと付けていって、猛くんの昼の定番カツカレーをぼくも頼むと、「ねぇ、ここ空いてる?」と言いながら半ば強引に猛くんの目の前に腰を下ろした。
目を丸くしているのは、猛くん。
無理もない。
ここは勢いで畳み掛けるしか。
「いきなりだけどぼく、ゲイなんだ。そういうの、気味悪がらない友達が欲しいんだ。嫌なら正直にそう話してくれればそれでいいよ。残念だけど、傷付けるつもりはないからさ。ぼくは春希。当て字で、ハルキと書いてハルって読むんだ。ぼくはこの名前、気に入っているよ。君も名前を教えてくれると嬉しいな!」
すると猛くん、かすかに抱いていたぼくの期待以上の応えを返してくれた。
「ぼくもゲイなんだ。おんなじだね!仲良くしてくれたら嬉しいな。ぼくの名前は猛。よろしくね!」
ぼくは内心では飛び上がりそうなほどだったが、努めて冷静を装った、つもりではあった、一応は。
で、握手。
あ、猛くんの掌、しっとりとしていて温かい。
いつまでも握っていたい気持ちを抑えて、ここは我慢。
「猛くん、いつも独りだね。友達はいるの?」
気になっていたので聞いてみる。気軽に。
そうしたら、猛くんの目の色が瞬時に曇った。
これはやらかしたかな、と思ったので話題を変えようとする、のだが……。
「ぼく、大好きだった青丹さんが結婚するとかで、振られて寂しかったんだ。そしたら、悪い男の人に引っかかっちゃって……。」
見ると猛くん、涙ぐんでいる。
これは失敗だったか。
でもま、こうなった以上は行く所まで行くしか。
「猛くん、何されたの?力になれるかどうかは分からないけど、相談にはいつでも乗るよ。」
我ながら根拠もなくの見切り発車ぶり。
内心で己の事を呆れていると、猛くん、訥々と事のあらましを明かしてくれた。
「こちらから面と向かってゲイだとカミングアウトしたお陰で、信用してもらえたのだろうか?」
まぁそんな所だろうが、実際の所それは思いの外大変な状況だった。
「大好きだった青丹さんに振られて、自暴自棄になっていた所に、優しそうな男の人が近付いてきて、ついフラフラと付いて行ってしまったんだ。そしたら相手はゲイAV会社の人で、何本も隠し撮りされる事になってしまって。気付いた時には店頭にいくつものアイテムが並んでいて、後の祭り。ぼくもしかしたら、デブ専界ではちょっとした有名人かもね。」
諦観を帯びた眼差しが悲しかった。
実際、隠れゲイの大学の講師や助教授なんかが、猛くんの股間に触るなどというのは、割とままある事らしい。
怒りがこみ上げて来たのは事実であるが、
ぼくなんかがジタバタした所でどうにかなる問題でもない。
それでも、何とか気分だけでも前向きになって欲しかった。
だから、唐突だったかもしれないけれど。
「ねぇ、講義が終わったら公園にお花見に行かない?今日は良い天気だし、明日は雨だから、これが見納めだと思うんだ。良い気晴らしになると思ってさ。」
良いアイディアだと思った。
後は猛くんが乗ってくれるかどうか。
心配は杞憂だった。
「行こうよ!何処が穴場かな?春希くん何処か知ってる?」
うーんとね。そうだなぁ。
「近くの墓地、嫌じゃなければさくらは綺麗だよ。」
「春希くん、そこにしようよ!大きな公園だと混んでるしさ。ぼくは幽霊とかそういうの気にしないから、大丈夫。」
決まりました。
もう心臓バクバクいってます。
隠すのが大変。
で、講義が終わり次第学内掲示板前で待ち合わせ。
すっぽかされないと良いなぁ、と心配しながら掲示板を見ていると。
「はーるくん!」
ニコニコ顔の猛くんがいました。
もう脳内とろけそう。
「来てくれてありがと、猛くん!」
「春希くんが誘ってくれたからだよ。他の人の誘いなら、断ってたかもしれない。」
頰が熱い。
これが初恋というやつなんだな、きっと。
ぼくの場合はちょっと遅かったみたいです。
「ビニールシートとジュース、それに食べ物も調達しなきゃ。墓地に近くのコンビニなら全部揃うかな?」
ぼくとしたらビニールシートが揃うかどうかが、心配だった。
行ってみるとあるもんだねぇ、季節商品かな。
来年の花見の際には酒が飲めるから、よくある4リットルペットボトルの焼酎でも持って行って、酒盛りでもやろうかと言ったら猛くんが一言、人生終わりそうだよね、車に轢かれたりだとか急性アルコール中毒だとかで、なんていうものだから、花冷えどころじゃなく寒くなってきた。
でも、食べ物を食べてゆく内に調子を取り戻し、そこからは楽しい宴。

あれから一年。
また、さくらが散りそうだ。
散り際のさくら、綺麗だ。
そうだ、明日は雨だった。
今日の放課後、猛くんを花見に誘ってみようか。
そうしようか。

あの子、いつか青丹さんのものになるのかな?
猛くんよりも結婚と家庭を選んだ人。
これで猛くんにも手を出すようなら、
流石に黙ってはいられない。
けれど、、、結局は猛くん次第だからなぁ。
青丹さんが軍曹さんで、猛くんがタママ二等兵。
ピッタリ過ぎて泣けてくる。

お昼休みの、キャンパス内のカフェテリア、いつもの通り、二人きり。
「ねぇ猛くん、明日は雨だって。今日が今年の見納めだから、帰りにお花見に寄っていかない?今年はお酒も飲めるよ、二人とも二十歳過ぎたからさ。」
「春希くん、実は今日辺り誘いが来るんじゃないかと思って、待ってたんだ。ぼく、春希くんとなら寝てもいいって、今でも気持ちは変わらないよ。お花見、覚えててくれてありがと!」
はにかんだ微笑み、その奥に透けるさくら色のこころが眩しかった。
ぼくはすっかりとろーんとしてしまい、その後の話はあんまりよく覚えていない。
ただ、待ち合わせ場所と時刻だけは覚えていて、猛くんよりもちょっとだけ先回りして到着する事が出来た。

去年も来た墓地。
ここは花見の時期になると毎年そこそこ賑わうんだよな。
二人でビニールシートを広げて、食べ物や酒を並べてゆく。
と、そこへ見知らぬおじいちゃんがやって来て、おかんむりのご様子。
どうも猛くんが未成年に見えて仕方ないらしい。
しょうがないから猛くんに耳打ち。
猛くんは取って以来ペーパーになっている運転免許証と、大学の学生証を見せておじいちゃんを撃退したのだった。
「今時の大学生は子供みたいだなぁ」などと捨て台詞を残して去っていったのを見たぼくは、「猛くんがあんまり可愛かったからじゃない?」と言って、ちょっとばかり茶化して見せた。
もちろん半分以上は本気なのだけれど。
そしたら猛くん、恥ずかしさを蹴散らすためなのか、普段にはないテンションで飲め飲めー!食え食えー!と大騒ぎ。
泥酔した挙句にぼくにディープキスを食らわす始末。
「猛くん、ちょっと落ち着こうよ。」
となだめてはみるけれど……。
すかさず二度目のディープキスで口を塞がれてしまった。
意外と酒癖、悪いのな。
棚からぼたもちではあったけれども、正直あのキスは、胸がチクリと痛い。
今日の猛くん、正直、見た目とはイメージが違ってた。
ここからでは猛くんの住む部屋は遠いので、
ぼくの部屋まで歩いて帰る事にしたのだが。
遠くはないとはいえ、二人分の荷物を持って猛くんをおぶって帰るのは、正直しんどい。
お陰で酔いもすっかり覚めた。
でも良かった。
ぼくのこころの色、今、さくら色。

翌日、大学へ向かう途中。
雨のせいで、一生懸命に残っていた花びらもろとも、桜は全部散った。
「春希くん、昨日の内に桜、見ておいて本当に良かったね!ありがと!」
と言い終えるのと同時に、猛くんはぼくの頰にキスをした。
仮にもここは公道である。
でも邪険には出来ない。
仕方ないので、やけくそのハグ。
猛くん、嬉しそうだ。
この幸せがいつまで続くかは分からないけど、今は嬉しい。
青丹さん、このまま戻って来なければいいのに。
猛くんの前では死んでも言えないが。
そんなちょっとばかり悪い事を考えながらだからだったかもしれない、水溜まりに足を突っ込んでしまった。
毎度の事ながら誠にもって情けない。
心配してくれた猛くんがすぐさまウェットシートで拭いてくれたお陰で、大事には至らなくて済んだ。
こんなに愛しい猛くんだもの、何かあった時にはぼくが盾になるから、そう独り頷いて、ゆっくりと大学に向かうのだった。

春のイベントもこうして終わって、
次にやってくるのは夏のイベント。
泊まりがけで行くなら予約は出来る限り早くに取っておかないと、
空き部屋がなくなってしまう。
今日の帰りにでも猛くんを誘って、
プランを練ってみようか。
あぁ、幸せだなぁ。

今回は、こ・こ・ま・で。

海松色の日常 外伝 - The Seasons : Spring 2 [Theme Park Romance]

先日のお花見の時にも思っていたのだが、桜もすっかり散ってしまい、これからは夏のイベントについて真剣に考えなければならない。
来年は就職活動真っ只中、行くとしても日帰りで江ノ島がせいぜいだろう。
お金と語学力がないので海外は厳しいけれど、この夏休みを利用して国内二泊三日の旅行位はしておきたい。
猛くんとの思い出作りは、自分にとっては本当に大事な事なのだ。
今はお昼休みで食事中。
相談にはもってこいの時間だ。
「たーけーるーくーん!夏休み、一緒に旅行に行きたいんだけど、何処がいい?お金の問題もあるから二泊三日位がいいかなって思っているよ。」
「それならデ●ズニーリゾート!いまだにシーへは行った事ないから、行ってみたい!」
へぇ、そんな趣味があっただなんて、猛くん。
知らなかったょ。
「でもパーク混んでそう。ホテルの予約にしても、今からでは取れるかどうか。違う所にしない?炎天下、軽食を買うだけで三十分待ちとか勘弁して欲しいし。混雑のせいでお互いに不機嫌になって喧嘩だとか、やだもん。」
「そっか、そうだよね〜。じゃあ和倉は?加賀◯、サービスいいらしいよ。」
加賀◯……予算的に二泊は可能なのだろうか?一泊にするという手もあるが、それではつまらない。
しばしネットを徘徊。
「思うんだけど、加賀◯二泊の料金を払う位なら、デ●ズニーシーの年間パスポートでも買った方がよっぽど気が利いていると思うんだよね。」
「そっか!それだ!それいぃね!」
そうそう、肝心な事を伝えておかねば。
「料金は割り勘でね。一人61,000円だよ。大丈夫?」
「大丈夫だょ!青丹さんに振られて悲しくて、講義の合間を縫ってがむしゃらにバイトしていた頃の貯金がまだまだあるから、平気。」
という訳で年間パスポートを購入しに、講義を終えるとおのおの銀行のATMでお金を下ろして、早速舞浜へ。
善は急げだ。
舞浜に着くと、イクス◉アリ内の東京デ●ズニーリゾート・チケットセンターへと向かう。
ここで顔写真を撮影して、年間パスポートを作成するのだ。
受け取った頃にはもう夕方だったが、物は試しにと早速入園する事にした。
これで猛くんとたびたび会えると思うと、安いものだ。
年間パスポートなら混んでいる時期を避けていつでも行けるし、これは我ながら名案だったな、と思う。
で、モノレールで移動してデ●ズニーシーへ。
入園する時、年間パスポートを持っているだけで少し誇らしい気持ちになるのは何故だろう?
入ると、混み具合はそこそこ。
世間では春休みが終わり、ゴールデンウィークを控えている谷間の時期。
今の内に毎日来れば、あっという間に元が取れそう。
それはそうと、デ●ズニーランドよりもだいぶ後に出来ただけあって、シーはパーク内の景色が素晴らしい。
見ているだけでうっとり。
さて、何処にゆこう。
まずは肩慣らしにアク○トピア、かな。
これ、乗ってみると動きが面白い。
見るとレールはなさそうだから、
流石はデ●ズニー、お金が掛かっている。
その後、レイ◎ングスピリッツとタワー・オブ・テ◯ーに乗ってこの日は終了。
夕方から入ってこれだけ乗れれば、かなり上出来。
というよりも、たまたま空いていただけなのかもだけど。
そんな訳で、すっかり遅くなっての帰宅となった。
実は猛くんには家に電話してもらっていて、外泊の許可を得てもらっている。
貧乏学生の一人暮らし故に、狭い部屋なのもあって雑魚寝みたいになってしまうけれども、そこはいつもの通りに勘弁してもらおう。
「記念にピザでも取ろうか?ビール冷えてるよ!飲もうよ。」
「賛成!ぼく、冷蔵庫から缶ビール持ってくるょ!」
猛くんは酒癖が悪い。
それに乗じて襲う事も出来なくはない。
だが、そんな事を考えていると心の何処かがチクチクと痛み出す。
結局この日もいつも通りに何もないまま、夜が更けてゆくのであった。

その日の夜中、丑三つ時。
猛くんがうなされていたので、ゆり起こす。
「ねぇ猛くん、大丈夫?」
猛くんはゆっくりと体を起こすが、心なしか顔が青い。
聞くと青丹さんに最後に逢った日の事を思い出していたんだとか。
「その日、青丹さんは一度も笑ってくれなかったんだ。そんな事初めてでどうしていいか分からなくて、ぼくはただずっと笑ってた。涙が溢れてきてもお構いなしに、ずっと笑ってたんだ。翌日、メールを送ろうと思ったら届かなくて、焦って電話を掛けてみても繋がらなかった。三日三晩泣いたよ。その時の事を思い出して、辛くなっちゃってさ。ごめんね。」
正直、返す言葉がなかった。
でも、ここで何も言わなかったら、多分一生後悔する。
だから言った。
渾身の力を込めて。
「ぼくがいるよ!青丹さんが戻ってくるまでの繋ぎでもいいし、ずっとただの友達でもいい。ただ、忘れないで。決して忘れないで。猛くんは独りじゃないよ!ホントだよ。」
その瞬間、猛くんは泣き崩れた。
ぼくはその背中をさすりながら、何があってもこの子を支えようと、心に誓った。

それからのぼくたちは、前にも増して仲良くなった。
結局まだ一線は超えていないけれど、その方が上手く行くのなら、今はまだそれでいい。
デ●ズニーという共通の趣味も出来た事だし、これから度々シーを口実にして会えるかと思うと、胸がドキドキする。
これからゴールデンウィークがやって来る。
そしてその後の鬱陶しい梅雨を抜ければ、いよいよ夏だ。
今年の夏は忘れられない、二人だけの夏にしたい。
いつか猛くんと付き合う事の出来るその日まで、ぼくは頑張るんだ!

気が付くと、窓ガラス越しに空が白々と明るくなってきた。
今日は土曜日。
このまままたシーに行って、猛くんと楽しんでくるんだ。
小・中・高といじめられっ子だったぼくの青春は、まだ始まったばかり。
振り返ると色んな事があった。
きっかけは、小学校の頃にクラスの番長みたいな奴が、ぼくに向かって、こいつナヨナヨしていてデブで気持ち悪い、と因縁を付けてきた事。
番長の言う事にはクラスの誰も逆らえなかったから、ぼくはいじめの格好のターゲットとなってしまった。
黒板にぼくにまつわる卑猥な落書き、トイレの個室に入れば上からバケツで水を掛けられる、親のタバコとライターを盗んで持ってきて火の付いたタバコを腕に押し当てる、などなど、色んな事をされた。
誰にも相談出来なかったのは、着ていた服をひん剥かれて全裸の写真を何枚も撮られ、チクったら学校中の生徒にばらまくと脅されていたからだ。
毎日、辛かった。
小・中・高と番長たちと同じ学校だったから、逃げ場がなかった。
でも、今は気にしていない。
辛い思いをしているのは、ぼくだけじゃないもんね。
それに猛くんのお陰で今、幸せだから……。

春の終わり、温かな心を噛み締めながら窓越しの空を見る。
やがて猛くんも起き出して、いよいよ幸せな一日の始まりだ。
先の事は分からないけれど、今はこの日常を大事にしよう、
そう胸に誓って、ぼくたちはシーに行く支度を始めるのだった。

今回は、こ・こ・ま・で。

海松色の日常 外伝 - The Seasons : Summer [照り付ける太陽に惹かれて]

只今、自室のベッドにて、塞ぎ込み中。
就活が上手くいかない。
全くと言っていい程、手応えがない。
ぼくは幼い頃に実の両親を車の事故で亡くして以来ずっと、子供が欲しかったのに出来なかった親戚の家で我が子のように可愛がってもらっていた。
本当ならこれ以上迷惑は掛けられないのだが、これはひょっとすると義父のコネに頼る他ないのか、といった所まで事態は切迫していた。
二流の大学に通っていると、こういう時に苦労するのだ。
「はぁ〜、どぅしょぅ。」
そういえば最近は春希くんともあまり遊んでいない。
彼も就活で忙しいのだろうな。
大学に行けば顔を合わせることもあるから、音信不通ではないのだけれど、やはりちょっと寂しい。
と、そこへ携帯の着信音が鳴り響く。
「春希くんからだ!」
メールの中身を開くと、実に春希くんらしい文章が詰まっていて、思わず頰が綻んだ。
「猛くーん、元気かな?
ぼくはチョイ凹み気味。
就活めんどくさーい!
てかちょっとやばい。
このまま行くとフリーターかも!?
という訳なので良かったら今週末辺り、気晴らしに海にでも行かない?
江ノ島辺りどうかな?水族館もあるし。
へんしーん、待ってるよん(^_^)」
ぼくは嬉しかった。
何を隠そう、ぼくは動物園よりもサファリパークよりも、水族館が大好きなのだ。
早速返信をする。
「OK(^_^)v ペンギン、イルカ、アザラシ!
水族館楽しみ〜。
待ち合わせの時間とか、決まったら教えてね(^_^)」
すると即返信が。
「海で泳ぐから、水着はビキニでね!ぼくもビキニ穿いてくよ(^_^)」
えー、嫌なんだけど。
恥ずかしい。
でもこれでビキニ穿いて行かなかったら、春希くん怒るんだろーな。
えぇぃっ!仕方なぃっ!
ビキニ、穿いて行くしか。
というか、そもそもビキニなんて持っていないから、近くのデパートまで買いに行かなきゃならないんだよな。
明日行ってくるか。
めんどくさいなぁ、やれやれ。
で、その旨春希くんに伝えると……。
「白いのじゃなきゃ嫌だよ。ぼくは黒だけどね。明日行くんなら、ぼくも買い物付き合うよ。大学以外で会うの久し振りだし(^_^)」
うげぇ、白ビキニ決定か、この緩み切った腹で。
自殺ものだろ。
うん、嫌だ。
明日は何とか春希くんを丸め込もう。
で、当日。待ち合わせは昼過ぎ。
遅めの昼食を先に一緒に食べてからぼくの水着選びをするという算段。
食事に入ったのはデパートまで程近い生パスタのお店。
美味いとの専らの評判で、見ると今日も行列ができている。
ここのカルボナーラは有名らしく、初めての二人にしてみたらそこは押さえておきたい所。
しかし炎天下の30分待ち。
無言の二人。
というか、会話する気力も失せます。
で、ようやくお店に入って。
もちろん頼むのはお目当てのカルボナーラ。
お揃いでアイスアップルティーも付けて。
席に座ってしばらく待っていると出て来た。
ふむ、味はピカイチ。
だがこの後、どういう訳だかぼくにだけ困った事態が訪れる事になる。
それは、一通り食べ終えて店を出てから起こった。
きゅるるる〜。
そう、お腹を下したのである。
デパートのトイレに慌てて駆け込んでから30分。
ようやっと正常に戻った。
一つ言える事。
それは、あのお店にはもう二度と行かない、という事でしょう。
個室を出てしっかりと手を洗い、春希くんの元へ。
「ごめんね、春希くん。待たせちゃって〜。」
ぼくがへこへこと頭を下げると春希くん、意地悪な笑みを浮かべながらこう言い放った。
「いいよ、大丈夫。その代わりにこれで白ビキニ確定ね。エグいやつがいいなぁ、へへ。」
カルボナーラの馬鹿……。
デパート帰りの紙袋の中には、春希くんの希望通りのエグい白ビキニが。
近くの家電量販店でトリマーも買いました。
えぇ、買いましたとも!
痛い出費だけれども、これがないと見るも無残なはみ毛の嵐だろうから、まぁ仕方ない。
無駄毛はきちんとお手入れしないとネ!
で、やって来ました週末。
いざ、江ノ島へ!
「今度はいつかみたいに、斜め横断のおじいさん、いないといいね。」
「全くだよ。あの時猛くんがいなかったらぼく、交通刑務所行きだったかも。」
EL&Pがジャンジャン鳴り響く車内で、とりとめもない会話をするぼくら。
と、ここで春希くんが楽曲チェンジのリクエスト。
「ぼくね、実はクラシックとか聴くんだ。朝比奈隆のブルックナーだとか、結構良いよ。聴いてみる?」
おいおい、幾ら何でも渋すぎないか?
ここはストレートに却下あるのみ。
「朝比奈隆とぼくの白ビキニ、どっちがいい?」
「朝比奈隆は聞かなかった事にしてください……。」
よしよし、そう来なくっちゃ。
そもそもぼく、クラシックは一切聴かない。
かつて青丹さんに勧められた事があって、懲りているのだ。
みんな大体通好みのセレクトを勧めてくるよね。
あれ、何なんだろう?
グラズノフの交響曲だとかステーンハンマルの交響曲だとか、クラシック初心者のぼくに勧める意味が分からない。
難しい曲ではないらしいけれども、それならせめて英雄とか運命とか田園とか第九とか、さ。
もうちょっとマシなセレクトがありそうなものだ。
と、そんな事を考えながらEL&Pを聴く。
盛り上がって参りました。
で、到着。
駐車場に車を停めて海岸へ。
もうね、人、人、人。
渋谷のスクランブル交差点じゃないんだからさ、ちょっとは加減して欲しいよ。
で、二人してビキニ姿に早変わりすると、日焼け止めを全身に塗りたくって、ビーチパラソルの下でしばし休憩。
海の家で行列に並んで買ったカキ氷が美味しい。
行列にも慣れてきたかも。
「あ、サングラス忘れたね!」
「ぼく、西部警察みたいな奴が良かったなぁ。」
「ぼくはグ○チかプ◯ダ(別にどちらでも良い)」
もう言いたい放題な。
「そういえばグ○チってうちわ売ってた事があったらしいょ。誰が買ったのかな?」
「ここにはいないでしょ、猛くん。」
和やかなひと時。
しかし暑い。
「ねぇ、ひと泳ぎしない?」
「いいねぇ、ちょうど身体が火照ってきた所だし。」
こうしてぼくらデブ二人は海水浴を楽しむ事にした。
「しっかしこれじゃあ、芋煮だよねー。」
ぼくが春希くんに話し掛けるも、反応はない。
気になって振り向くと、何だかもじもじしている。
トイレかな、と思っていると春希くん、とんでもない事を耳打ちしてきた。
「さっきから猛くんの裸を見ていて興奮してきちゃってさ、ここでしない?」
何を言うかと思えば!!
青丹さんを待たないと後悔するって言っていたのは自分の癖に!!
「嫌だよこんな所で!ぼくはいつかの春希くんの忠告通り、青丹さんを待つ事にするよ。」
「そんなぁ……。」
あんまりしょげていて可哀想だったので、どさくさに紛れてディープキス。
春希くん、どうやらショートしちゃったみたいだ。
ウブだなぁ。

で、お昼。海の家で焼きそば。
「ねぇ春希くん、普段焼きそばなんてろくに食べもしないのに、海の家で食べると美味しいね。錯覚?」
「焼きそばってこのロケーションがないと美味しくないんだょね。冷やし焼きそばってないのかな?」
「それよりぼくは目玉焼きをWで乗っけて欲しかったかも。」
「それ、いぃね!スタミナ付きそう!」
食後の〆はやっぱりカキ氷。
あっという間に完食。
「ね、海はこれ位にして水族館行かない?」
今回、何よりこれを楽しみにしていたのだ。
行かない訳にはいかない。
実はぼくは何を隠そうアザラシフェチなのだ。
あの間抜け面がどうにもたまらない。
星野道夫、最高!
水族館に着くと順路も無視してアザラシエリアに直行。
それから多分、二時間くらいはいたんだと思う。
春希くん、もうすっかり眠そうだ。
「帰ろっか。」
「うん。」
「ぼく、今でも春希くんとなら寝てもいいと思ってるよ。海の中は嫌だけどね。」
見ると春希くん、顔が真っ赤だ。
実に分かりやすい子。
「帰りの運転、事故らないように、よろしく!」
ぼくは春希くんの肩をたたく。
すると、「また就活だね!お互いフリーターにはならないように、頑張ろうね!」
春希くんのこの一言で、一気に現実モードに引き戻されたぼく。
ホント、どうしよ。
義父に土下座でもするか。
見る間にストレスフル、頭痛のタネでいっぱいに。
あぁ、時間がない〜!

ちゃんちゃん。

検索フォーム

QRコード

QR