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月曜日のエレジー [いつまでも君に溺れていたい]

野良猫が街を往く。
真冬の朝。
今朝は特に冷え込んでいる。
今日は月曜日。
毎週、この時はいつも二人揃って無言だ。

「今日は、こっち。」
僕の彼の出社ルートは二つある。
今日はハズレ。
このルートだと、少ししか一緒に居られない。
終始、無言。
「じゃ。」
それだけ、たったそれだけの一言を残して、彼は僕の元を去って行った。
これから土曜日まで、長い長い一週間が始まる。
また逢えるかどうか、いつも不安だ。
いつ離れ離れになってもおかしくない、そんな関係性。
僕は学生だ。
気楽なものだと、人は言う。
だが僕は、心の中ではいつも苦闘していた。
出来る事ならいつまでも彼に溺れていたい。
そう思うのだが、現実はそれを許さない。
シビアだ。
恋愛依存体質なのかも知れない。
我ながら、困ったものである。

彼は二股をかけていた。
それは知っている。
はじめの内はショックだったが、じきに慣れた。
だいたい、僕の恋愛は大抵そんなだ。
かといって、こちらが二股をかければ、皆離れて行ってしまうだろう。
確証はないが、そんな気がする。
常に相手が優位に立っているのだ。
これが、惚れた者の弱みというやつか。
仕方ない。

ある週末。
約束を反故にされてしまった。
今週も、来週も逢えないと、彼は言う。
それを聞いて一瞬、眩暈がした。
一体、どれだけ逢えないというのだろう。
途方もない二週間が、これから始まるのだ。
その夜、ストーンズを爆音で鳴らしながら、枕に顔をうずめて、僕は泣いた。

妬ましい。
心が疼く、そんな感じ。

昔、似たような事があった。
相手は当時の僕の彼氏だった訳だが。
前日の夜になってデートの予定がキャンセルとなった。
なんでも、友達が困っているとか。
嘘だった事には気付いていながらも、涙を飲んだのだった。

大抵、そういう恋愛は長続きしない。
当時の彼の時も、そうだった。
だが、今回は違う。
出逢ってもう、四年になるのだ。
よくまぁ辛抱しているというか、されているというか。

行ってみようか、彼の元に。
耳元で、悪魔が囁いた。
だが、アポイントメントなしで彼の元に往けば、僕達の関係はそれで終わってしまう。
「うがぁ!」
思わず手に持っていた携帯を、叩き壊した。
これで、新しい携帯を買わねばならなくなった。
痛い出費。
自業自得だ。
自分で自分の首を絞めているのだから、世話がない。

翌日、キャリアのお店で機種変更の手続きをする。
ちょうど新しいiPhoneが出回りだしたタイミングだったようで、運がいいのか悪いのか。
iPhoneには前から興味はあったのだ。
悪運が強い、とでも言うべきか、自分。

帰りに、何もない所で転んだ。
奇跡的に、手に持っていたiPhoneは無事だった。
それは良いのだが、左手中指の骨が折れたらしい。
ここでも、折れたのが利き手の方ではないという。
やはり自分、悪運は強いんだな。

iPhoneのお陰で、案外あっさりと二週間が過ぎた。
良い事ばかりでもない。
音楽ライブラリ関連のトラブルで、どつぼに嵌まったのだ。
試行錯誤を繰り返している内に、二週間の半分は過ぎていた、という訳だ。
右も左も分からないiPhone。
ただ一つ言えるのは、何から何まで隅から隅まで美しい、という事。
それに尽きる。
あまりに繊細で綺麗なものだから、ぎりぎりの所で踏み止まれるのだ。
『壊さないで!』
何かそう、iPhoneが語り掛けているようで、可哀想で壊せないのだ。
べらぼうに高い端末の値段も、輪を掛けて壊すのを踏み止まらせた。
いい事ばかりが続かないのは無論のことだが、悪い事ばかりも続かないのだ。

今の彼氏。
昔は自宅近くの駐車場まで送り迎えしてくれた。
思えば、あの頃が一番幸せだったのかも知れない。
そもそも付き合いはじめは、見知らぬ街の待ち合わせ場所で、右も左も分からずに、右往左往していたっけ。
逢っても、緊張してろくに話す事も出来なかった。
以前の彼氏はことごとく僕にため口を要求したが、僕にとってそれはとてもハードルの高い事だった。
何故なら、僕がこれまでお付き合いさせて頂いていた男性は、ことごとく年上だったからだ。
今の彼が初めて、年上なのに僕にため口を要求して来なかった。
個性がようやっと認められた気がして、それはもう、嬉しかった。

昔話でもしようか。
僕は小学校二年生になるまで、実の両親の元で虐待を受けながら過ごしていた。
毎日、殴る蹴るは当たり前。
学校の教師も親戚も誰も助けてくれる者はおらず、孤軍奮闘を強いられた。
学校でも、体育倉庫の中で着ていた服をひん剥かれて、全裸の状態で写真を撮られながら暴行を受け続けた。

小学校一年生の時には、担任の意向で身体測定にすら参加させてもらえなかった。
二年生になって担任が変わり、その直後に初めて測定を受けさせてもらえたのだが。
その際にようやく、事態が明るみになったのだ。
そのお陰で両親は逮捕、いじめっ子の両親達からも賠償を勝ち取る事が出来たようだ。
賠償金は、今の義理の両親が受け取った。
親権が移ったからである。
実の両親は警察の取り調べで、「いじめられるのにも虐待を受けるのにも、理由がある。悪いのはあの子だ。」と答えていたらしい。
どこまでも闇は深い。
いじめや虐待に理由なんて、必要ないのだ。

新しい両親は優しかった。
だが、僕が引きこもろうとするのは、許さなかった。
「誰か新しい友達でも出来れば良いんだがな。」
義理の父は苦々しい表情でそう言うと、グラスに注がれたブランデーの残りを、一口で飲み干した。
「お代わりは要ります?」
「ん、頼む。すまんな。明日からも学校、ちゃんと行かせるんだぞ。」
子供には入り込めない夫婦のやり取り。
これだけで僕の命運が決まってしまう事には内心では正直腹を立ててはいたが、僕はこの家では穀潰しのような存在だったから、何も言う資格は当然、ないのだった。

新しい両親は僕の遠縁にあたる人達だ。
義理の母は僕の身体中に刻み込まれた痣や裂傷を見て、泣いてくれた。
義理の父もガッチリと抱き締めてくれたのである。
その時から僕は、様々な人達に守られている事に、想いを馳せるようになった。

小学校では二年生以降の担任は誰もが、僕の味方をしてくれる優しい人達だった。
彼らの尽力もあって、小学校三年生の時に生まれて初めての友達が出来た。
浩平だ。
浩平は裕福な家に生まれ育ったからか、おっとりした所がある。
だからか、鈍臭い僕とは気が合ったのだ。
浩平の家には、よく遊びに行った。
そこはいつ行ってもお洒落で、僕は憧れた。
僕には元々、恋愛依存体質ならぬ友達依存体質とでもいうべき性質が備わっていた。
友達なのに、いちいち嫉妬をする。
恋などしていないのにである。

浩平の父が居る日は、浩平の一家と一緒に車で出掛けたりもした。
その車が外車で、しかも4シーター・クーペだったりするのがまた、なんとも羨ましく妬ましかった訳である。
強いて言えば、生活感のない一家に恋をしていたというような、そんな感じ。
だから、浩平が「遊ぼう」と言えば、先約があろうともそれを断って浩平と遊ぶのである。
そんな事をしている内に僕の周りからは人がどんどん離れてゆき、最終的には浩平からも見放されて、独りぼっちになった。
自業自得には違いないのだが、とにかくひたすら、悲しかった。

それでも、である。
もはや友達ですらない浩平が、僕を取り巻くいじめっ子達を追い払ってくれたのだ。
追い払う方にもリスクはある訳で、勇気のある尊敬すべき行動だったと思う。
それからは再び浩平とは口も利かなくなったが、内心では感謝していた。
やがて僕は透明になり、誰の視界にも入らない存在となった。
そして今に至るーー。

月曜日は僕にとっては、鬼門であった。
月曜日の夜に呼び出されて別れよう、という話になった事が、これまでに三度もあったのだ。
だから月曜日の夜にメッセージが来ると、思わず身構えてしまう。
恐る恐る中身を読んで、当たり障りのない内容だと、それだけで小躍りしたものだ。

閑話休題。

今付き合っている彼、智が事故に遭った。
スピード超過の車に轢かれたのだ。
奇跡的に助かった、との事で。
まずは見舞いに行く。
智、塞ぎ込んでいた。
それもそのはず。
両足切断の大事故だったのだ。
これから、先の長い車椅子生活が始まる。
そんなの、誰だって悲しい。
「もう、来なくていいぞ。」
三度目の見舞いで。
これまで終始無言だった智。
ぼそりと、一言、呟いた。
だが、ここで引き下がる訳にはいかない。
彼の目に留まる、不謹慎ながらこれがチャンスなのだ。
「大丈夫だよ!二人居れば、何とかなる。」
智はこちらの方を見ようともせずに、「お前に何が出来る」そう吐き捨てたのだった。

こうなれば意地だ。
僕は毎日智の病室に押し掛けては、林檎の皮を剥いて、食べさせてあげるのだった。
最初は無視されていた。
だが、八回目の来訪で、様子が変わった。
変わったのは智だけではない。
僕も変わったのだ。
最近、智ともため口で話せるようになった。
事故が転機となった、それは間違いない。
「両親が離婚した。父曰く、俺の面倒など見きれん、という事らしい。」
智の家は開業医だ。
外科ではないので、今回の事故は専門外な訳だが。
まぁ智の父にしてみれば、額の大小は多少はあれど、結局自分が養育費を出す事になるのだから、どうせなら自由になりたかった、そんな所だろう。
「母さん、泣いていた。ここには多分もう、来ない。父さんから家を追われたのを機に、仕事が忙しいらしい。養育費、大した額じゃなかったみたいだ。父さんらしいよ、ほんと。ケチな所とかさ。」
奥さんの事、どうやって黙らせたのだろう、個人的にはそちらの方が気がかりではあるが。
そんな事を考えていると、智が。
「ハニートラップみたいな。母は俺にべったりだったから、ショックが大きくてね。
元々父さんは母さんには飽きていたみたいだから、頼もしい男を送り込んで関係を持たせて、その時の写真を元にゆすったみたい。僅かな養育費も、温情だって恩着せがましく言ってたらしい。何もしなかったせいで死なれたら、父さんの評判も落ちるからな。最低だろ?」
久々に見た智の笑みは、どこか斜に構えたような、そんな笑みだった。

この時僕は、決意を固めた。
大学を出たら就職をして、智を引き取ろうと。
中退しても良かったのだが、ここまで育ててくれた義理の両親を裏切りたくはない。
それでなくても、義理の父のコネクションを使って就職するのだ。
それをフイにするような事など、出来はしない。
僕が就職する会社は、大卒以上でないと入社出来ないのだ。
僕が通っていたのは三流の大学だから、こうでもしないとなかなか就職の口はない。智と二人で暮らすのにも、金は要るのだ。
だからこれは、仕方のない事なのだ。
僕は本当に恵まれていた、確かにそう思う。
コネクションを使って就職が出来るなんて、そんな上手い話は滅多にないからだ。

退院後も、智は自室に引きこもって生活しているらしい。
仕事は、なくなった。
会社としても、やむを得なかったのだろう。
両足のない人間に出来る仕事など、智の勤めていた会社にはなかったのだ。

告白。
智が母と住む小さな家で。
「ずっと一緒に居よう。共に暮らそう。仕事ならあるよ、僕にも、智にも。」
僕が勤める事になった会社には、莫大な数の書類や文献の整理・分類・補修などの仕事がある。
ちょうどタイミング良く前任の女性が寿退社したので、空席となっていたのだ。
目の前の智の瞳はまだ、半信半疑といった所だ。
だからここで、僕の義理の父の登場となる訳だ。
ここで智が口を開く。
その内容に、僕は軽いショックを受けた。
「俺にとってはお前は彼氏なんかじゃなかった。ただ、友達も彼氏もいなくて可哀想だったのと、一緒にいる時は楽しかったからというのと、そんな理由でつるんでいただけだ。もう来なくていいから、帰ってくれ!」
僕の目からほろほろと、涙がこぼれ落ちた。
その時だった。
僕の義理の父が口を開いた。
「まだ付き合っていないというなら、これからそうすればいい。私も応援する。悪いようにはしない。きっと楽しいぞ。それでも確かに、幸せになれるかどうか、それはまだ分からない。それは君が決める事だ!さぁ、どうする?」
圧に押された、それだけの事ではなかったと、そう思いたい。
僕も智も、ノースポールの鉢植えの置いてある小さな出窓が印象的な六畳の小部屋で、ただひたすらに啜り泣くのだった。

それからの智は、良く笑うようになった。
つられて僕まで、笑みが溢れる。
僕の義理の父は、智の移動の為にと、車椅子のままで乗れる福祉車両をプレゼントしてくれた。
嘘みたいな本当の話だ。
僕と智、職場は同じ。
だから運転は、僕の担当。
愛と期待のこもった車。
大切に、大切にしなければ。

この頃智は、本を読む。
新居での話なのだが、思想書や哲学書など、相当にお堅い本もある。
試しに一冊パラパラとめくってはみたのだが、全く意味が分からなくて、五秒で閉じた。
もう読む事はあるまい。
どうも脚を失くした辺りから、本における好みのジャンルが変わったらしい。
僕は隣でコミックスを読む。
何冊かをテーブルの上に積んでおいて、続きを取りに行く手間を省こうというのだ。
「横着だな。」
確かに。
自分でもそう思う。

不意に。
「浮気するなよ。」
二股をかけていたこいつにだけは、絶対に言われたくない言葉だ。
「そっちこそどうなのさ。」
で、自分でも珍しく頬を膨らましてみた訳なのだが。
「どうやって?面白い事を言うな、お前。」
それもそうだと合点がいき、二人揃って笑うのだった。

六年前。
智にも忘れ難き恋の相手が居たらしい。
尽くした挙句に、振られてしまったのだとか。
今、智に貯金がないのも、その時に使い果たしていたからなのだ。
それからはストレス解消と称して、ちょっとした通販にSEXにと、勤しんでいたという訳だ。

さて、という事は。
智を連れて、早速HIVと性病の検査だ。
二人揃って受けるのである。
僕は問題ないのだ。
分かっている。
一方で。
まさかね、とは思っていたが、性に奔放な智の事だけに、以前から見ていて心配だったのだ。
で、気軽な気持ちで検査会場に入った僕達だったのだがーー。

智、結果はなんと陽性、HIVのである。
智の顔は真っ青だったが、まだ発症前だと聞いて、僕は少し安心した。
今はいいお薬があるから、早期発見すれば結構生きられるのである。
それにしてもだ。
お医者さんの前で。
「俺のハッピーSEXライフがー!」などと叫び出すのは、本気でやめて欲しかった。
恥ずかしくてもう、顔から火が出そうだったのである。
まぁ、その昔小遣い稼ぎにと売り専にまで手を染めていたのだそうだから、これ位は仕方ない、そういう事にしておこう。

中学三年三学期の、月曜日。
僕は二郎という子に、告白をした。
校舎の片隅に呼び出して、好きだと告げた。
結果は轟沈。
大笑いされた挙句、その話は全校中の笑いの種となっていった。
まぁ良かったのだ。
自分としては想いを告げずに卒業をするのも辛かった訳であるし、失敗に終わってもどうせ卒業でみんな離れ離れになるから、都合が良かったのだ。
旅の恥はかき捨て、みたいな。
それにしてもこの時も月曜日だったのね。
因縁深いなぁ。

ある日曜日、銀座の目抜き通り。
僕と智は時折手なんて繋ぎながら、車椅子で闊歩してみる。
途中、Apple 銀座に立ち寄って、店内を散策。
成り行きでiMacを購入するのだった。
ボーナスが出たから、まぁいいのだ。
人間、辛抱してみるものである。
あの時勢いで大学を辞めていたら、こうは上手くは行かなかった。

重たい箱を持ちながら、こう言ってみる。
「僕のこと好き?」
「いんや、愛してる。」
「月曜日でも?」
「なんだそりゃ!?」
二人して、笑った。

これから先、どうなるかなんて誰にも分からない。
それでも、二人で幸せだった記憶なら、きっと、ちゃんと残せているから、大丈夫。
月曜日のエレジーは、もう歌わなくて済みそうだね。

-完-

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Identical Twins -父と息子のリリカル・ライフ-

「むーねーよーしー!むーねーたーかー!ご飯だぞー!」
父ちゃんの呼ぶ声でおいら達は二階の部屋から一階の食堂に向かって駆け出す。
「わー!飯だ飯だー!」
「今日は何かな?」
「ステーキだったりして!」
「そんな訳ないだろー。」

おいらの名前は宗吉。
一応、双子の兄。
弟の名前は宗高。
父ちゃんの名前は、耕造だ。

で、今日の晩飯のメニューは何とーー。
ジャーン!
まさかのステーキなのだ!
予感的中!
「奮発したんだぞー!よく味わって食べろなー。」
「わー!父ちゃんすげー!」
「いただきまーす!」
ここで図々しい事に、弟の箸がおいらのステーキに伸びる。
あまりに腹立たしいものだから、弟の箸を持つ手を、空いた左手で引っ叩いてやった。
これが毎日のように繰り返されるのだから、おいらとしても参ってしまう。
「ちぇっ!何だょけちー!ぼくのステーキはぼくんもの、お前のステーキもぼくんだぞ!決まりには従えよなー!」
あんまりな物言い。
ジャイアニズムむき出し。
「ふざけんな、このやろー!」
さすがのおいらも怒る。
こうして取っ組み合いの喧嘩が始まる。
いつもの事だ。
ここで父ちゃんが恒例の一喝。
「いい加減にしないと、ご飯抜きだぞ!冷めない内に食べろ!」
渋々食べ始める弟。
おいらも肉に箸をつける。
「うめー!」
「父ちゃん最高!」
おいら達が口々に感想を述べると、父ちゃん何だか嬉しそうだ。

公園をふらつく。
弟も一緒。
ふと、昨日のステーキの味を思い出す。
今考えても、美味かった。
そんな折。
健坊がこちらに向かってやって来た。
近所に住む、年下の男の子。
可愛いのだ。
「むねたん、遊ぼー。」
「いいょー。暇だし。鬼ごっこでもやろーか?」
「うん!」
で。
久々の鬼ごっこ、おいらが鬼。
あの二人、なかなか捕まらない。
や、鈍いな、おいら。

三十分程遊んでたっぷり汗をかいた頃。
健坊のお母さんがやって来て、おいら達を自宅に誘ってくれた。
今日は暑いので助かった。
「二人とも、いつもありがとう。アイスがあるのよ。うちに着いたら、たっぷり召し上がれ。」
「やっほー!」
「やったね!」
ここは宗高とハイタッチ!
ここ二日、ステーキにアイスと、ついている。
怖い位だ。

健坊の家は立派だ。
うちとは大違い。
居間には暖炉がある。
冬しか使わないのに、贅沢だね。
「はーい!アイスとジュースよ。どちらもお代わりあるから、遠慮なく言ってね!」
こうして、みんなで仲良くアイスを食べる。
美味い!

健坊とは五つ違いだ。
可愛い弟みたいな感じ。
可愛げのない宗高とは、大違いだ。
ふと目を遣ると、健坊一家の写った写真が飾ってあった。

三年前、母ちゃんは空の星になった。
父ちゃんは、一足先に天国に行って、おいら達を見守っているんだと言っていた。
どうしていなくなったのかは、何度聞いても教えてはもらえなかった。
寂しかった。
でも、おいら達があんまり寂しそうな顔をしていると父ちゃんの元気がなくなるから、今はいつでも笑うようにしている。

「宗吉くん、お代わりはいらない?」
ぼーっと考え事をしていたせいで、アイスがなくなった事にも気付かなかった。
見ると宗高はもうお代わりをもらっているようだ。
「あ、いりまーす!」
早速返事をする。
しんみりしている場合じゃない!
美味しいアイス、腹いっぱい食べなきゃ!
が。
「宗吉くん、そういう時には、お願いしますって言うのよ。」
珍しく、健坊のお母さんに注意をされてしまった。
「あ、ごめんなさい。お代わり、お願いしまーす!」
「はい、よく出来ました!今持ってくるから待ってて!」
「おかーしゃん、おかーりーおねがいちます。」
健坊も器を差し出す。
「はいはい、待っててね。」
「あーい!」
みんなでおやつを食べた後は、健坊の積み木遊びに付き合った。

陽が傾く頃。
「今日も遊んでくれてありがとうね!またよろしくね。」
健坊のお母さんとあいさつを交わして、おいら達は帰宅する。
帰ると、夕食の支度が出来ていた。
「さ、二人とも、今日は豚しゃぶだぞ!早く手を洗ってこい。」
「はーい。」

「豚しゃぶ、美味そうだな。」
よだれが出そうだ。
そう、親子揃ってうちは、肉好きなのだ。
だからきっと、みんな丸々とした体型なんだな。
「ぼくの分、取んないでょ!」
宗高がこちらを睨む。
いつも人の分を取ろうとするのは、どっちだっつーの!
「べー。」
おいらはゾウアザラシみたいにあかんベーをしてみせた。
宗高、怒る怒る。
さあもっと怒れ、ざまあみさらせ。

そんなこんなで一日は終わり、寝る時間になる。
明日からはまた一週間が始まる。
今日は日曜日だったのだ。

いい事ばかりは続かない。
翌朝。
目がさめると、股間がじとっとしている。
まさか……。
ふと横を見ると、呆然としている宗高の姿があった。
「なぁ、お前も世界地図か?」
宗高、黙って頷く。
内心、ちょっとホッとした。
一人だけで怒られるというのは正直、怖いのである。

学校に着くと、転校生がうちのクラスにやって来るという。
もうすぐ夏休みなのに。
それにしても、久々の世界地図。
父ちゃん、もっと怒るかと思っていたけれど、意外と淡々としてたな。
父ちゃん、優しい。
おいら、嬉しい。
と、ここで。
担任のイモアタマが転校生を連れて、教室に入って来た。
転校生と目が合う。
会釈する転校生。
その瞬間、おいらは固まった。
眩しい。
見ていられない。
「おい!イモアタマがこっち見てるぞ!」
隣の席の宗高が教えてくれて、おいらはハッとする。

何だろう、この胸のざわめく感じ。
今まで、経験した事もない。
ポーッとした状態で、転校生の自己紹介を聞き流す。
「宗吉、恋か?」
「へ?」
青天の霹靂、そんな感じさえする宗高の一言。
恋!
言われてみれば、まさに!
相手は同性。
おいら、終わったのか?
「心配するな。ぼくも初恋は男だった。年上だったけどな。」
宗高、驚きの告白。
やっぱり、想いを伝える事さえ出来ずに、結ばれなかったらしい。
そんなもんだよな。
おいらもたぶん、同じ轍を踏むと思うのだ。
悲しいが、仕方ない。

それでも、五年後のおいら達にはそれぞれ彼氏がいるようだから、男日照りが長く続く訳ではないのだ、たぶん。
もう少しの辛抱なのだ。
頑張れ、おいら!

転校生とは、友達として仲良くなった。
よく考えてみたら、三人とも丸っこい体型をしている。
宗高の初恋の相手は、スレンダーだったのだそうだ。
やっぱり双子でも、好みのタイプは違うんだな。
まぁ、揃ってゲイだというだけでも、驚きなのだけれど。

終業式を終えた。
転校生と出会ってから、数日後の事だ。
いよいよ夏休み。
嬉しいはずなのだけれど、どこか落ち着かない。
転校生が気になるのだ。
三人での帰り道。
転校生がふいに、おいらに問う。
「宗吉くん、緊張してる?それともぼくの事、苦手?」
どきりとした。
おいらはぶるぶると、首を横に大きく振った。
「よかった。これからも仲良くしてね。」
奏太というその転校生、にっこりと笑って片手を差し出した。
慌てておいらは、両手を出す。
がっちりと握手。
こちらは緊張と眩暈で倒れないようにするのに、精一杯だった。

健坊の家の前を通る。
お母さんが見守る中で、健坊は小さなビニールプールで遊んでいた。
「あ、むねたん遊ぼー!」
こちらに気が付いたようで、門の近くまで駆け寄って来る。
「少ししたらここに来るから、そしたら遊ぼうね。」
おいらがそう言うと、健坊は嬉しそうににこにこと笑った。

まだ七月。
おいら達は夏休みだけれど、父ちゃんには当面、関係のない話だ。
毎日汗だくで働く父ちゃんには、感謝する他ない。
学校は早くに終わったのだが、それでも当然、家は既にもぬけの殻。
奏太とは一旦別れて、後ほど健坊の家の前で合流する予定だ。

うちに向かう途中で、お隣さんちの瑞樹姉ちゃんの顔が見えた。
「おーい!瑞樹姉ちゃん、どこ行くのー?」
「よぉ、宗吉に宗高!私はこれから勉強しに友達の家に行くのよ。来るか?」
「いや、おいら達勉強は好きじゃないから、いいや。」
「そっか。んじゃ、またな。」

冷蔵庫を開ける。
帰宅直後、まずは水分補給だ。
おいらは棚から出したコップをテーブルの上に置き、冷蔵庫から出した麦茶を注ぐ。
「ぼくの分もー!」
「あいよー。」
飲み干す。
あぁ、美味い!
「お前も着替えて来いょ。麦茶さんきゅ!」

健坊の家の前に着くと、奏太は既に待っていた。
やっぱり可愛い。
「お前、あれがいいだなんて、趣味悪いな。」
宗高がそう耳打ちするので、頭にげんこつを食らわせてやった。
「痛ってぇ!殴る事ないじゃんか!」
大袈裟に痛がる宗高。
だいぶ手加減したのに、これではまるでおいらが悪いみたいだ。
「宗吉くん、せっかくの双子なんだし、仲良くしなきゃ駄目でしょ。」
健坊のお母さんに、注意を受けてしまった。
目の前には宗高の得意げな顔。
腹は立つが仕方ない。
「悪かったな。ごめん。」
ここは謝って、引き下がる。

健坊のお母さんから、アイス代をもらった。
四人でアイスを買いに行くのだ。
一人一個の約束で、もらったのは千二百円とちょっと。
や、金持ちは違うな。
おいら達はいつもガリガリ君なのに。
健坊はクッキー&クリームが好きらしい。
銘々好きなアイスを選んで、おいらがまとめてお会計。
と、ここでアクシデント。
健坊がチョコレートとポテトチップスを持ってやって来たのだ。
「あい。」
にこにこしながら、レジのお姉さんに健坊はそれらを手渡す。
『あい、じゃねぇょ。』
内心ではそう思っていたが、仕方ないので足りない分はおいらがなけなしの小遣いから払う事にした。
もう、泣きたい。

そうは言いつつも。
いまだに頭がふわふわする。
奏太の顔がたまたま視界に入っただけで、先ほどの余計な出費の事も忘れられた。
それは、帰り道での事。
報われなくてもいい、そばにいたい。
この時のぼくは、そう思っていた。

健坊の家に着くと、お母さんがチョコレートとポテトチップスのお代を払ってくれた。
お礼まで言われて、ありがたい。

風薫る五月。
五年後の事。
健坊は小学生に、おいらと宗高、それに奏太は中学生になっていた。
おいら達は相変わらずの仲良しで、四人でよくつるんでいた。
宗高と健坊は、半年前から付き合っていた。
健坊から告白されたのだという。
年下だが、健坊は可愛らしいスレンダーな子供だったから、宗高としても申し分なかったのだろう。
一方のおいらと奏太は、仲は良かったのだが、あと一歩が踏み出せないでいた。

そんなある日。
おいらと奏太が二人で歩いていると、路側帯に軽自動車が突っ込んで来た。
「危なーい!」
たまたまそばにいた瑞樹姉ちゃんの叫び声。
おいらは幸い、かすり傷で済んだのだが。
奏太が骨折してしまった。
急遽、病院で手術。
それからおいらは、毎日欠かさずに奏太のお見舞いに行った。
退院の日。
病院を出るおいら達。
昨日までの雨が嘘のように、晴れ渡っていた。
奏太は言う。
「よかったら、ぼくと付き合おう。」
感無量だった。涙で顔がべちょべちょになる。
奏太は、笑っていた。
たぶん奏太には、おいらの気持ちは筒抜けだったのだろう。
街路樹のそばでハグしてもらって、おいらは天にも昇る心地だった。

ギラギラと照りつける日差しが眩しい。
蝉の声がうるさい。
再び、五年前の夏。
父ちゃんに、新しい母ちゃんが出来た。
それは、優しそうな、綺麗な人だった。
おいらと宗高の反応は、正反対だった。
新しい母ちゃんと初めて会った日。
「仲良くしましょうね。」
にっこりと微笑むその人を見て、おいらはただ頭を下げるしかなかった。
宗高は、違っていた。
「嫌だ!こんなの母ちゃんじゃない!」
喚き散らす宗高。
その時だった。
父ちゃんのげんこつが、宗高の頭を直撃した。
おいらは、父ちゃんが手を上げる所なんて見た事がない。
驚いた。
「少しは頭を冷やせ!」
父ちゃんがそう言うと、宗高は泣きながら走り去って行った。
後を追うおいら。

見失った。
でも、おおよその見当はつく。
落ち込むと二人でよく行っていた、河川敷に向かった。
やっぱりだ、いた。
蹲って泣いている宗高においらは、声を掛ける。
「お前、父ちゃんの事が嫌いなのか?」
おいらの問いに、宗高は首を横に振った。
なら、話は簡単だ。
「だったら、父ちゃんが好きになった人の事も、好きになれ!」
宗高はおいらに抱き付いて来た。
珍しい事もあるものだ。

「しけた面してどうしたょ、そこの二人。」
瑞樹姉ちゃんが声を掛けてくれた。
事情を話すと、瑞樹姉ちゃん、おいらが思っていたのと同じ事を言った。
「とりあえず謝れ。それで不満が残るようなら、うちに来い。話なら、いくらでも聞いてやるぞ。」
瑞樹姉ちゃんは、宗高の背中をポンと叩いた。

「さっきは、ごめんなさい。」
うちの前で、宗高、俯きながら新しい母ちゃんに謝る。
そんな宗高にも新しい母ちゃんはやっぱり優しくて、少なくともおいらは好きになれそうだ。
「さ、みんな、お昼ご飯にしましょう!」
スカートが風に揺れる。
ドレープ感が綺麗だ。

新しい母ちゃんは、その名を愛美と言うそうだ。
まなみ、読みにくいな。
それはともかく、優雅な見た目とは裏腹に、食事の支度はチャキチャキとこなす。
しかも、男所帯で散らかっていた家の中が、新しい母ちゃんのお陰でどんどん綺麗になってゆく。
女の人って凄えな、子供ながらにそう思った。
前の母ちゃんもそうだった。
父ちゃん、見る目はあるのだ。

インターホンが鳴る。
おいらが玄関のドアを開けると、そこには健坊とそのお母さんがいた。
そこへ父ちゃんと新しい母ちゃんがやって来る。
「ご結婚おめでとうございます!式は挙げないんですって?残念だわ。」
「まぁ、二度目なんで……。」
健坊のお母さんとうちの父ちゃんが話を始めた。
そこへ健坊が、衝撃の一言!
「むねたん、このきれーなばぁしゃん、誰?」
一同、凍りつく。
「こら!健坊!婆さんじゃなくてお姉さんでしょ!」
ここで健坊のとどめの一言。
「でもこれ、ばあしゃんだょ。」
たまりかねた健坊のお母さん、健坊を連れて大慌てで帰ってしまった。
そんな出来事の後なのに新しい母ちゃんは笑顔で、「面白いわねぇ」なんて言っていた。
凄え。

夜。
自室で。
おいらと宗高は同じ部屋で寝起きしていた。
「なぁ宗吉、新しい母ちゃんと父ちゃんの仲、どう思う?」
何を今更、そんな事を。
そう思ったおいらは、「いいんじゃん?」とだけ答えた。
宗高の思いは複雑だったようで。
「なんかさ、新しい母ちゃんのせいでおいら達の本当の母ちゃんがさ。父ちゃんの心の中からいなくなっちゃったんじゃないかって。凄く心配なんだ。」
しばし無言のおいら達。
思い立っておいらは、宗高の手を取った。
「そんな事、父ちゃんに直接聞いてみろょ!」
駆け出すおいら達。
意外なもので宗高、これには反発しないのだった。

「父ちゃん!」
宗高がふすまを開けると、父ちゃん、おいら達の本当の母ちゃんの仏壇の前で、お祈りをしていた。
「よかった、ぼく、父ちゃんが本当の母ちゃんの事忘れちゃったんじゃないかと思って、心配で……。」
父ちゃん、そんな宗高を抱き寄せて、こう言った。
「忘れる訳がないだろう?お前達を産んだお母さんも、今のお母さんも、どっちも本当のお母さんだ。だから少しずつでもいいから、今のお母さんの事も好きになろうな。」
宗高はただ黙って、大きく一つ頷くのだった。

あくる日。
健坊のお母さんが、健坊を連れてうちにやって来た。
玄関先でのやり取り。
「昨日はごめんなさいね、うちの息子が。これ、お詫びの気持ち。受け取って!」
「あらあら、そんな、いいのに……。」
そこへ、健坊が一言。
「ブスなばぁしゃん、昨日はごめんなしゃい。間違ってきれーって言っちゃったの、ぼく悪い子。」
凍りつく空気。
それを壊したのは、他でもない母ちゃんだ。
「あらー、凄い子ねー。将来強くなるわょ!」
笑い飛ばす。
すると健坊、勝手に靴を脱いで上がってきた。
「ブスなばぁしゃん、おしゃましまーしゅ!」
「あらあら、駄目よ健坊。」
健坊のお母さんは慌てるのだが。
ここまで言われてもうちの母ちゃんは平然としている。
我が親ながら、大したものだ。
「挨拶、よく出来ましたー!さぁ、ゆっくり遊んでいってねー。」
この調子。
「あーい。むねたん、遊ぼー。」
「さぁ、おいでー!」
おいら達は居間の片隅でジグソーパズルをやっていた。
健坊、ピースを一つ手に取って一言。
「いただきまーしゅ!」
これにはおいら達、顔面蒼白。
「それは食べちゃ駄目ー!」
おいら達は叫ぶ。
これに怒ったのが健坊だ。
「んきゃー!」
奇声を発しながら組み上がっていたジグソーパズルをばらばらにしてゆく。
「あーあー!」
もう、涙が止まらない。

居間のソファですやすや眠る健坊。
気付けばもう、夕方。
健坊も疲れたのだろう。
父ちゃんが仕事から帰ってくる。
健坊を揺り起して、入れ違いで二人が帰宅。
「こんばんは、健坊は相変わらず元気そうで、何よりです。」
父ちゃんが健坊のお母さんに挨拶。
「元気なだけが取り柄で。はしたない事ばかり言うんですょ。困っちゃうわ。」
「ブスばぁしゃん、アホじぃしゃん、ばいばーい!」
健坊、おいら達の母ちゃんと父ちゃんに手を振る。
「またいらっしゃいね!お菓子用意して待ってるわ。」
これに健坊、またもや。
「ぼく、ばぁしゃんの事しゅきー。」
「さ、帰るわょ!お邪魔しましたー!」
いたたまれなくなったのか、健坊のお母さん、そそくさと帰ってゆく。

父ちゃんが居間に向かう。
「父ちゃん、お帰りー!」
「おみやげはないのー?」
父ちゃんにまとわり付くおいら達。
「おみやげかー!毎日おみやげ買ってたら、破産しちゃうなー。そうだ。来週、仙台に出張があるから、牛タンと萩の月買ってきてやるょ!」
これは聞き捨てならない。
「それ、食べられるの?」
「もちろん!」
「おいしい?」
「おぅ!保証付きだ。」
あまりの嬉しさに、二人で踊り出すおいら達。
こんな時には決まって、フォークダンスを踊るのだ。
父ちゃんも母ちゃんも笑い出す。
そういえば、母ちゃんがおいら達の踊りを見るのは、これが初めてなんだったっけ。
「あなた達素敵ねー!面白いわ!」
喜んでもらえて、何よりだ。

滑り出した日常。
まずは上出来だ。
これから幸せな出来事がいっぱいいっぱいあるといいな、二人してそんな風に思う夏の夜だったーー。

暑い。
でも、文句など言ってはいられない。
父ちゃんが今、大変なんだ。
おいら達がしっかりしなきゃ、駄目なんだ!
という訳で、またもや五年後。
その夏休み。
母ちゃん、おいらと奏太、宗高と健坊の五人は揃って、毎日のようにうちの父ちゃんのお見舞いに行っていた。
時々、瑞樹姉ちゃんも来てくれる。
おいら達がゲイである事は、関係するみんなの両親に知れ渡ってしまっていた。
救いだったのは、誰一人として怒らなかった事。
みんな、将来を心配して、励ましてくれた。
まだまだ差別はあるもんね。
みんなで、強くならなきゃ!

父ちゃんは胃がんだった。
実は前の母ちゃんも乳がんで空の星となったらしい。
発見された時には既に末期で、助からなかったのだ。
本当に、あっという間に亡くなったのだった。
それだけはおいら達も、よく覚えている。
母ちゃんがいなくなってから、父ちゃんは度々がん検診を受けるようになった。
その甲斐もあって、まだまだ生きられるらしい。
よかった!
父ちゃんは大黒柱だ。
まだまだ元気でいてもらわなきゃ!

公園の草原の上にシートを敷いて、寝そべるおいら達。
その様子を父ちゃんが動画で、母ちゃんが写真で撮ってゆく。
陽射しが眩しい。
だんだん眠たくなって来た。
「さ、みんなご飯よ。」
今日は大きな公園に一家でピクニックに来ていたのだ。
父ちゃんが退院したから、みんなで遊ぼうという話になったのだ。
おいらと宗高、おにぎりをかじりながら空を見上げる。
空は広くて、大きいなぁ。
おいら達もあの空みたいにでっかくなって、奏太や健坊、そして父ちゃんや母ちゃんを支えてゆきたい、心からそう思うのだった。
亡くなった前の母ちゃんは、どんな風に思いながらおいら達を見下ろしているのだろうか?
いつかまたあの世で会えるのかな?
会えるとして、前の母ちゃん、おいら達の事覚えていてくれるだろうか。
そんな風に考え事をしながら、夏の楽しい一日は過ぎていった。
宗高も同じ事を考えていたようで、「大丈夫だょ!」そう言って励ましてくれた。
そうだよな、母ちゃん、そう、あの人に限っておいら達の事を忘れる訳はなかったんだ。
「どうした?」
父ちゃんが心配そうな顔をしているので、おいら達は揃って首を横に振った。
「何でもない」と言いながらーー。

食後、思い立って円陣を組む事になった。
父ちゃんと母ちゃんも巻き込んで、みんなそれぞれの片手を出す。
「行くぞー!幸せになるんだ!」
「おうっ!」
未来へのキックオフ、試合はまだまだ始まったばかりだ。

お・し・ま・い

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ほっこり家族 [for GAY]

僕・三木助と相方・小太郎は、付き合い始めて丸十五年。
随分と遅過ぎるような気もするけれど、僕達にもいっちょまえに倦怠期なるものが訪れたらしい。

「三木助、水汲んで。」
目の前にグラスを突き付けられる。
本来ならここはコーラであるはずなのだが、健康診断で医者から120kgは多すぎだと言われて、急遽ダイエット開始。
目標は100kg。
小太郎は背は高い方ではないので、確かにそれ位がちょうどいいと、僕も思う。
それ以上は痩せちゃ駄目だけど。

無言で冷蔵庫に向かう。
グラスを二つ置いて、注ぐ。
ちなみにグラスは、リサイクルショップで見つけた、バカラのもの。
形に惚れた。
本物かどうかは定かではないが、そこは気にしていない。

「はい。」
僕が水の入ったグラスを差し出しても、小太郎は返事をしないばかりか、顔すらもこちらに向けない。
カチンとは来るのだが、言い返す気力も起きないのが、今の現実だ。

「ん。」
しまいにはたったこれだけの合図で、指差した先のテレビのリモコンを取ってもらおうとするのだから、厚かましいにも程がある。
「ほれ!少しは動いて!豚になるょ。」
「大丈夫だょ、お前豚好きだろう?」
「んがぁー!」
こんな調子だから、毎日疲れる。

二人は共に生活をしている。
共働きなのだから、少しは手伝ってくれても良さそうなものだが、そうは言ってもテコでも動かない人なのだ。
結局は、掃除に洗濯、食事の支度に後片付け、更には部屋の片付けまで、全部僕の仕事なのだ。

仕方ない面もある。
僕よりも小太郎の方が、稼ぎが良いのだ。
これは僕にとっては、最大の弱みだ。
しかし、仮にも好き合っているなら、少し位は手伝ってくれても良いじゃんねぇ。
僕はそう思うのだ。

知人の家で。
ナキアヒルを前にして、考え込む僕。
小太郎は乗り気だ。
知人が引っ越すので、ナキアヒルを譲ってくれるというのだ。
引っ越し先がタワーマンションで、規約でペットの飼育が禁止されているらしい。
親から譲り受けた古くなった戸建てを売って、キャッシュで買ったというのだから、優雅なものだ。
こちらはといえば、まだ三十年もローンが残っている。
それはもう大変だ。
まぁローンは小太郎名義なのだが、僕も毎月半分は小太郎に渡しているので。

ちなみにナキアヒル、雄なのでまだ鳴き声は小さい。
だが、それでも前の飼い主、耐えられなかったらしく、処分されそうになった所を可哀想になり、知人が引き取ってみたという。
しかし間の悪い事に、その直後に本社勤務の辞令が出て、即引っ越す事になったのだ。
飼い始めて間もないから、今から育てれば良く懐くだろうとの事。
うちも分譲マンションだが、知人の所と違ってペット飼育はOKだ。
という訳で、小太郎は今にも引き取りたい旨の返事を出しそうだが、気掛かりな事が一つある。
「これ、誰が面倒見るのさ。」
「俺が見るょ。だって可愛いもん。お前は家事担当ね。」
ちぇっ。
相変わらず勝手なもんだ。
美味しい所だけ持って行きやがる。

こんな成り行きで、ナキアヒル、我が家の一員、即ち家族となった。
下着や着替えも自分では決して出さない小太郎が、ナキアヒルの餌は率先してやるのだ。
しかし、それでもフンの始末は僕の担当なのね。
何だかなぁ。
ナキアヒルはトイレを覚えないので、垂れ流しだ。
床はフローリングだから、そこでしてくれる分には良いのだけれど。
ソファだとかベッドだとか、もう勘弁して欲しいのだ。

リビングにはタライを用意した。
いつでも水浴びを出来るようにとの配慮からだ。
ナキアヒルは足が細くて弱いらしいので、転ばないようにと以前にも増して片付けは頻繁に行うようになった。
このナキアヒル、なかなかの甘えん坊だ。
後をくっついてみたり、擦り寄ってみたり、甘噛みしてみたり。

浮気をされた。
事の発端は一ヶ月前。
二人で一泊旅行に行こうという話が、どちらからともなく持ち上がったのだ。
熱海に行く事になり、ネットで宿の予約も早速済ませた。
が。
一週間前になってドタキャンされたのだ。
「悪い。用事が出来た。」
たったそれだけで、話は終わってしまった。
キャンセル料の事だってあるというのに、随分な物言いだ。
だが、これは何かある、そう思った僕は、その場ではあえて怒らなかった。
そして明日。
二人で旅行に行く筈だった日。
小太郎は僕とまだ名前も付いていないナキアヒルとを置き去りにして、出掛けて行くのだ。
非情なものだ。

こっそりと後をつける僕。
旅行に行く筈だった日の、昼の事。
こういうのは昔から得意だったのだ。
それにしても小太郎、相手の家だとかシティホテルだとかに行くというのならまだしも、ファッションホテルなのである。
行った先が。
もう警戒する気もないようで、涙が出て来た。
小太郎、明日の夜までは戻らない予定だ。
なので僕は、急遽実家に戻る事にした。
最低限の荷物だけを持って、僕名義で買った車で戻るのである。
もちろん、ナキアヒルも連れて。
「さようなら。」
一言だけ、書き置きを残しておいた。

ナキアヒル、成長するにつれて丸っこく大きくなってゆく。
とはいえ、アヒルとしては小さいのだ。
可愛い。
こいつさえ居れば、寂しくない。
そう思えたから、小太郎の事は忘れ去っていった。
そんなある日。
日曜日の昼間。
インターホンが鳴った。
家族は出掛けていて不在だ。
渋々、出てみると。
受話器越しに、小太郎の泣き声が聞こえて来るではないか。
これには驚いた。
そこへ突然、ドナルドダックのような鳴き声が!
「ガァガァ、ガァガァ!」
ナキアヒル、大騒ぎである。
このアヒルの名前、ガァガァで決定。
ようやく。
悲しい事もあれば、めでたい事もあるのだ。
それにしてもガァガァ君、いつにも増してうるさい。
雄なのに。
近所迷惑である。
とりあえずこのままでは収拾がつかないので、小太郎を家に上げる事にした。
玄関扉を開けると、小太郎、たたきに崩れ落ちた。

ギャンブル依存性である。
小太郎、家を売ったのだ。
そのお金はギャンブルでの借金や家のローンの返済に消えた訳であるが、それでもなお負債は残った。
僕と付き合っていた時には、そんな事はなかった訳で。
心の中で何があったのか。
しかも、話を聞いてゆくと、どうもそれだけではないようで。
問い質すと、淋病と梅毒にも感染していたのだという。
これには、驚いた。
「どうしたの!?小太郎!」
居間のソファに苦しそうに顔をうずめる小太郎の体を、僕は何度も揺すったーー。

そもそも僕が小太郎と別れたのは、浮気をされて腹が立ったからではない。
そうではなく、小太郎の心の中に僕の居場所が最早ない事が、透けて見えてしまったからなのだ。

それにしてもこの変わりよう。
何だか哀れだ。
「……う一度、付き合ってく……。」
ぼそぼそと小太郎、何かを呟いた。
内容はだいたい分かった。
覚悟を決める。
別に嫌いになった訳ではない。
またやり直せばいい。
僕は小太郎の手を黙って握って、大きく一つ、頷いた。

ふと下を見ると、ガァガァ君が僕に擦り寄ったり、小太郎に擦り寄ったりしている。
忙しなく動いていて、何だか愉快だ。
何だかんだで、ガァガァ君のとりなしで上手くいったような気がする今回の一件なのだった。
喋れないけど、もしかして僕達の気持ち、分かっているのかな?
まさかね、とその時は一蹴したのだが、それにしてはどうも都合のよい偶然が、ガァガァ君と出会ってからは多いのだ。
気のせいなのだろうが、ありがたい存在だ。

ガァガァ君が甘噛みを始めた。
そういえばそろそろお昼ご飯の時間なのに気が付いた。
「待っててね〜。」
そうは言ってみるものの、よちよち歩きで僕の後をくっついてくるガァガァ君。
可愛いのだが、身も蓋もない物言いをあえてすると、邪魔なのだ。
それでも怒る気にはさらさらならないのは、ガァガァ君が可愛いからだろう。

ギャンブル依存性、これは治すのになかなか時間が掛かった。
それでも、僕がそばにいる時には、パチンコや競馬には行かなくなった。
大進歩だ。
小太郎と再会してから実に二年。
やっとギャンブルとの縁が切れた。
医者からもらって服用している気分安定化薬も功を奏した。
感無量だ。
まぁ、これでも完治までにかかった時間はだいぶ短い方かも知れないし、再発の可能性もなくはないのだが。
どうも僕が側に居た事が、良かったらしいのだ。
これで僕の細やかなプライドがくすぐられた訳で。
まぁ悪い気はしない。

親戚の子供を預かる事になった。
本来ならば僕らはゲイな訳で、他を当たって欲しかった所なのだが。
どこも無理らしい。
体のいい厄介払いなのだ。
腹は立ったが、子供は可愛い。
まぁこれは仕方ないのだろう。
家族が一人増えた訳で。
これから益々賑やかになる。

で、早速。
ガァガァ君が親戚の子供に追い掛け回されている。
これではガァガァ君が可哀想なので、子供を叱ってみるのだが。
子供、号泣である。
ちょっぴり語気が強かったのかも。
でも、ガァガァ君が怪我をしたら困るので、根気強く教え諭す事にした。

雪の日の朝。
季節は巡り、冬。
ガァガァ君が凍えるといけないので、冬の夜でも寝室の中は25℃前後に保たれている。
暖かいのは良いのだが、電気代に泣けてくる。
快適なのは子供も一緒なようで、この頃はこの子、機嫌が良い。
慣れてきたのもあるのだろう。
今、トイレトレーニング中。
「うんちー!」
やれやれ、朝起きてすぐにこれである。
「はーい、トイレ行こうねー。」
「出ちゃったー。」
「あーあーあー!!!」
これではガァガァ君と何ら変わりない。
動物並みである。
泣きたい。

小太郎は家事を手伝ってくれるようになった。
以前からすると、格段の進歩である。
ありがたい。
ガァガァ君の世話は交代で行う事になった。
どちらか片方にだけ懐くという事態を回避する為である。

それにしてもガァガァ君、子供にだけは懐かない。
追い掛け回されるのが、余程効いているのだろう。

小太郎、勤務態度が頗る悪いとの事で、勤めている会社を首になりかけていたようなのだが、僕が戻って来てからは完全復活。
首の話も立ち消えになったようなのだ。
まずはめでたい。

今は賃貸住まい。
ペン類の置き場所には気を遣う。
油性ペンで壁紙に落書きでもされたら、たまらないのだ。
どこもかしこも駄目、というのでは子供が騒ぐので、テーブルやチェスト、サイドボードの類にはしても良い事にした。
渡すのは水性ペン。
大きなホワイトボードも設置。
台に乗ってお絵描き出来るようにした。
これは好評だった。
お値段が張っただけに、効果ありだったようでありがたい。
それにしても見ていて毎回思うのだが、色使いがいつもいつも実に派手である。
何か腹立たしい事でもあるのだろうか?
心配になる。

雨が止まない。
梅雨の日曜日の夕方。
買い物に行かねばならないのだが、鬱陶しい雨のせいで、気が引ける。
そういえば昨日も同じような事を言って、小太郎、買い物をサボったんだっけ。
今日は僕の番。
冷凍食品半額デーだし、冷蔵庫の中は空っぽだし、やっぱり買い出しには行かないと。
車を出す。
小太郎にはガァガァ君と子供の面倒を見てもらう事にした。
車があって良かった。
傘が要らない訳である。
駐車場からお店までの間は濡れてしまうが、なに、大した距離じゃない。
転ばないように走れば、OK。
僕は傘が大嫌いなのだ。
こんな事だから、車は手放せない。

炎天下。
夏、真っ只中。
子供を保育園に連れて行って、出社。
ルートの都合もあって、これは僕の役目なのだ。
安心し切って出社したら、会社に電話が。
子供が倒れたようなのである。
これは一大事だ。
慌てて会社を早退し、病院に着く。
子供は泡を吹き、白目を剥いて倒れたらしい。
昨日はなかなか寝付いてくれなくて寝不足、しかもこの炎天下。
関係していてもおかしくはない。
脳波の検査の結果、てんかん波が出ているとの事。
医者からは抗てんかん薬を処方された。

世の中の夫婦はこんなにも大変な事を毎日やっている訳である。
少しはその苦労が分かった気がして、ゲイであることは変えられないけれど、ヘテロセクシャルな人達への苦々しい思いは、消えた。

「ほら、早く裸見せろよ!先公が来ちまうだろう?」
「見せろ!見せろ!」
「早く見せろって!!」
いじめっ子の蹴りが僕の腹に入った。
中学生の頃。
僕は毎日のように服を脱がされては、写真を撮られたりして、いじめられていた。
そこへ少し前に転校して来たばかりの子がやって来て、いじめっ子を次々となぎ倒す。
小太郎だ。
小太郎とは、中学の頃からの付き合いだったのだ。
もちろん付き合い始めたきっかけは、この件である。
小太郎、強いのだ。

それだけに、浮気された時は辛かった。
だが、今の小太郎は昔のままの小太郎だ。
嬉しい。

タライでゆったりと水浴びするナキアヒル。
子供はソファでうたた寝。
そんなのんびりとした日曜日の午後。
突然、僕の母がやって来た。
久方振りの来訪だ。
ナキアヒルは静かだ。
騒いだのは子供。
びーびー泣いている。
怖がっているのだ。
「ねぇ、何でお母さんの所で預からなかったのさ、この子。」
前々から気になっていた事。
ちょうど良い機会なので、聞いてみる。
「あたし達幾つだと思ってんのよ!この子が成人する頃には、死んでるかもしれないのよ!そんな無責任な事、冗談じゃないわよ。あんた達は男同士だけど、ちゃんと育ててくれそうだったから、良かったのよ。」
なるほど。
そういえば僕は高齢出産で生まれて来たのだ。
その当時、母は四十一、父に至っては四十六。
で、今の僕達は三十になる。
当然母も父もその分、歳を取っている。
それは躊躇もする訳だ。
多分、この子が成人する頃には、残念ながら両親共に確実に亡くなっている事だろう。
納得。

あんまり子供が泣くものだから、母、お土産の子供用の洋服だけ置いて、あっという間に帰ってしまった。
悪い事をしたな。
でもこればかりは、どうしようもない。
ナキアヒルは涼しい顔で水浴び。
子供も、母が居なくなった途端に泣き止んで、日常が戻った。

エアコンの風が爽やかな午後。
レースのカーテンで幾分か和らげられた日差しが、何とも言えず心地良い。

「なぁ、今日の食事ファミレスにしない?」
小太郎からの提案。
そういえばファミレスなんて久しく行っていない。
小さな子供が居ると、何かと気を遣うので、面倒なのだ。
「子供、大丈夫かな?」
「大丈夫じゃね?何とかなるっしょ。」
小太郎、またいつもの悪い癖が出ている。
多分何にも考えていないのだろう。
で、行った先で子供の面倒を見るのは、やっぱり僕だったりする訳で。
やれやれ。
そう思いながらも、久々のファミレスは楽しみだったりする自分。
『踊らされてるのかな?』
そんな事を思いながらも、悪い気はしないのだった。
馬鹿なんだね、自分。
学習していない。

ある時、子供洋品店で大きなポケットの付いた前掛けを大量に買ったのだ。
小太郎がである。
「ちょっと!なんでそんなに前掛けが要るのさ!」
「今に分かるって。」
今日何故だか、その前掛けがデビューしたのである。
何ゆえ?
まだ意味の分からない僕。
鈍いんだなぁ、相変わらず。
我ながら困ったものである。

ファミレスで。
子供はお子様ランチ。
小太郎はとんかつ、僕はハンバーグ。
なかなかイケる。
これは良い。
それにしても子供だけあって、実に良くこぼす。
だがうまい事に、こぼしたご飯はみんな前掛けのポケットに入るので、座席の周りが汚れないのだ。
なるほど、素敵だ。
「前掛けがたくさんあれば、取れないシミが付いても捨てれば良いだけだろ?」
これには驚いた。
小太郎の癖に、意外と考えているのだ。

ここで僕の携帯が鳴る。
出てみると、珍しい事に父だった。
母が倒れたのである。
高血圧で心臓に持病のある母。
不思議ではなかったが、一大事には違いない。
食事も早々に切り上げて、僕達三人は急遽、病院に向かった。

翌日。
母は元気になった。
大した事ではなくて、良かった。
この頃降圧剤の服用を忘れがちだったらしい。
医者には怒られたようだ。
当たり前だ。

半月後。
全快した僕の母と、僕の父に小太郎、子供まで連れて、日帰りで動物園に来ていた。
お金の掛からない娯楽、ありがたい。
子供はカピバラが好きなようで、展示エリアに張り付いて離れない。
驚異の集中力、実に四十分の間そこに居たのだ。
よくまぁ飽きないものだ。
周りの大人達は全滅。

帰ったら焼肉だ。
ホットプレートで焼くのだ。
自宅だから、気楽でいい。
カルビにロース、ハラミに玉ねぎ、ピーマンまで。
野菜も大事なのだ。
と、ここで。
子供、何を思ったかテーブルの上の消しゴムやメモ帳を持って、ホットプレートに入れようとする。
「わー!駄目ー!」
火事になりかねない。
止めるほうも必死だ。
しかし、である。
それが気に入らなかったのか。
「あーーー!」
叫びながら子供、ホットプレートをひっくり返してしまった。
「あーあ。」
肩を落とす僕と小太郎に母が一言。
「焼けば食べられるわよ、さ、元に戻しましょ。」
母は強し、だ。

宴は無事に終わり、僕の父と母は帰って行った。
子供とガァガァ君は、仲良くなっていた。
そういえば子供、この頃は母の事も怖がらない。
「ガァガァ!」
子供に擦り寄るガァガァ君、遊んで欲しいのだ。
ゴムボールを放り投げる子供。
ガァガァ君がそれを追い掛ける。
すると。
「ガシャーン!」
戸棚のガラスにぶつかって、割れてしまった。
買い換えねば。
痛い出費。
アクシデントは尽きない。
ガァガァ君に怪我がなかっただけでも良かった。

子供の両親は、交通事故に巻き込まれて空の星となった。
いずれは子供にも、話す時が来るだろう。
その前に、両親揃って男だというのに疑問を持たないか。
心配だ。
それでも、前に進むしかない。
僕達は手を取り合って、子供とガァガァ君を育て抜くのだ。
辛い事だってきっといつか笑い話に変わっているから、そう信じられるから、まだまだ頑張れる。

怪獣のような子供が眠った後も、ガァガァ君の夜は終わらない。
ガァガァ君、宵っ張りなのだ。
僕の膝の上でおとなしい。
フンなどしなければ良いけれど。
って、あーあー!
下ろしたてのラウンジウェアがー!
いやー!

ちゃんちゃん。

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苦しくて、悲しくて、胸が痛い。
思えばここまで、長かった。
あの子の事を忘れようとして、足掻き続けた日々。
終わりの見えない己の日常を、谷のどん底から見上げるような、そんな何処か他人事のような日々でもあった。

抜けるような青空。
反対に、僕の心はまだ痛い。
一歩一歩、重たい足を引きずるようにして、少しずつ踏み締めてゆく。
ふと振り向くと、一陣の風が吹き抜けていった。
己のありようとは正反対の、爽やかな風。
ここで、立ち止まって考える。

三年前の春。
僕はここであの子と出逢った。
花びらが舞う桜並木の下で、偶然に。
いや、或いは必然と言った方が良いのかも知れない。
向かい合って。
開口一番、あの子はこう言った。
僕は仰天した。
「あの、あなたこの辺りでは有名な、ゲイの方ですよね。僕で良かったら、お付き合いとか、友達からでも。よろしくお願いいたします!」
え、もしかして噂になってる?
いつの間に!
確かに前の彼氏と手を繋いで歩いた事は幾度もあったけれど、まさかこんなにも知られているとは。
まぁ、こんな成り行きだから断っても良かったのだ。
そうしなかったのは、その子があまりにも可愛かったからである。

「うん、良いょ。こちらこそよろしくね!」
そう言って手を差し出すと、小さくてまあるい手が差し伸べられた。
がっちりと握り締めると、その子、下を向いた。
その子、名前は裕太という。
ちなみに僕の名前は、弘泰。
恥ずかしいのかな?
そんな事を思いながら、つむじなんかを眺めていた覚えがある。

その後、二人並んで歩く道のりは、温かくて幸せだった。

季節は移ろい、夏。
海に行った。
そこで事件は起こった。
裕太、足をつって溺れたのだ。
僕はその時ビーチに居て、その事には気付かなかった。
かき氷を食べながらビーチパラソルの下で休んでいると、裕太が大きくて丸っこい男性に連れられて歩いて来た。
その男性、開口一番、「駄目じゃないか!一緒に居てあげなきゃ!溺れて、後少しで死んでいた所だ。この子は俺が譲り受ける。文句はないな。」
僕はその時に裕太がずっと隣の男の顔を、恍惚とした表情で眺めているのに、愕然とした。

二人の恋は、終わったのだ。
短かった、本当に。
泣いた、泣いた、泣いた。

あんなに可愛い子は居なかった。
後にも先にも、こんな出逢いはこれが最後だろう。
僕はただ、蹲って己の不甲斐なさを責めるより他なかった。
立ち上がると、すでに二人はビーチには居なかった。
彼の荷物も綺麗になくなっていた。

翌日、僕は興信所に居た。
二人の行動と所在を調べたいのだ。
大枚払って、依頼をする。
背に腹は変えられない。
せめて、そっと物陰からでも、裕太の事を見ていたいのだ。
思えば僕はこの時、狂っていた。

居場所はすぐに分かった。
裕太、相手の男に養われているらしい。
相変わらず愛らしいのだが、嫉妬で気が狂いそうだ。
見ていたい、でもどうせ戻っては来ない。
考えた。
僕はこっそりと、裕太の住むマンションの、道を挟んで向かい側のマンションに越す事にした。
運良く裕太の住む部屋と同じ階、しかも道を挟んで真正面の部屋が空いていた。
僕は双眼鏡を買って、仕事が終わると毎日のように二人の様子を覗いていた。
SEXシーンを見られないのは残念だが、見たら見たで嫉妬で壊れそうな気もするので、まぁこれはこれで良いのかも知れない、そう思った。

それから、毎日のように僕の双眼鏡ライフは続いた。
そんなある日。
遂に裕太の新しい彼氏が僕に気付いてしまった。
ドンドンと、僕の住むマンションの部屋を叩く音。

それでも僕は、怯まなかった。
裕太の新しい彼氏は、裕太の事を度々暴行していたからだ。
覚悟を決めて、ドアを開けた。
意外な事に、裕太も側に居た。
裕太の彼氏は言う。
「覗きは立派な犯罪だ。これから警察に付き合って貰う。」
だから僕は言い返した。
「暴行は犯罪ではないとでも?ビデオカメラで録画してあるから、警察に渡せばただでは済まないね。」
実の所は、そんなビデオは存在しないのだ。
一世一代のハッタリだ。
だが、これは効いた。
「頼む!裕太はお前にやるから、警察だけは勘弁してくれ。
公務員なんだ。
辞めたくないんだ。
貯金も少ないし、一文無しになってしまう!」
その条件を飲む代わりに、どちらと一緒に居たいかを、裕太に決めて貰う事にした。

次の瞬間だった。
裕太は僕の手を取って、ほろほろと涙を零しながら、その場に崩れ落ちた。

「ごめんな、裕太。」
それだけ言い残して、裕太の彼氏だった男は、僕達の前から去って行った。

すかさず裕太は僕の胸の中に飛び込んで来た。
嬉しかった。
だが、次の瞬間、予想されていた事とはいえ、僕の心を曇らせる裕太の姿を、僕は目の当たりにする。
首元に痣があったのだ。
これは心配だ。
「裕太、服脱いでみ?」
僕は裕太に全裸になるように促す。

もじもじとして、脱ごうとしない裕太を見て、僕は確信する。
あんにゃろめ、今度会ったらただじゃおかない。
それはともかく。
僕は言う。
「痣だらけでも傷だらけでも、僕は裕太が大好きだょ。怖がらないで脱いでご覧。ゆっくりでいいから、一緒に治していこうね。」
この言葉に裕太は、号泣した。
脱いだら、本当に身体中、痣と傷とで埋め尽くされていたのだ。

きっかけは単純だったらしい。
それまで仲の良かった二人だが、裕太のある一言で今まで付き合っていた元彼氏が激昂したのだ。
「なんか、優しくないしつまんない。弘泰の方が良かった。」
痛恨の過ちだった。
だがこの一言がなければ、裕太は僕の元には帰って来なかった訳で、内心では複雑だった。

それからは、再び楽しくて幸せな日々がやって来た。
裕太は二十過ぎという歳の割には、内面も外見も随分と幼い。
これまでにも、見た目の可愛らしさにつられて付き合ってはみたものの、あまりの幼さに手を焼いた挙句、裕太を捨ててしまう、といった事は多かったのだそうだ。
正直僕も手を焼いてはいるのだが、これだけ可愛ければ苦にもならない。
しかし、浮気となると話は別だ。
裕太は僕と並んで街を歩いている時にも、男ウォッチングは欠かさない。
仕方ない事ではあるのだが、誠に以て不愉快だ。
そんな中、またもや事件が!

事件当日、僕は裕太を夕食に誘ったのだが、忙しいという。
しかしこんな時の為に、実は裕太の部屋には盗聴器を仕掛けておいたのだ。
何の事はない、男と逢うらしい。
やはりな。
予感は的中した。

すぐさま裕太に電話。
こんな事、気が動転していたからこそ出来たのだろう。
我ながら正気の沙汰ではない、そう気付いた時には、後の祭りだった。
「確かに浮気はしてた!でも盗聴なんて許せない!別れる!」
それだけで、たったそれだけで二人の関係は終わりを迎えた。
いや、十分過ぎる理由か。
仕方ないのだ。

それから一年、最初に出会ってからは三年が過ぎた。
僕は女々しく彼からの連絡を待っているが、当然もう来ないだろう。

悪かったのは彼なのか?
いや、少なくともより悪いのは、僕の方だ。
泣いた。
散々。
でももう、取り返しはつかないのだ。

自分はエゴイズムの塊だと、そう思うようになった。
そのきっかけは、その後の新たな恋だ。
秋平との出逢いが、僕を変えた。
秋平は裕太と同じく年下だが、違う所もある。
秋平は僕の事をギチギチに束縛するのだ。
僕の携帯が着信する度に、秋平はそれを見せるように命令する。
そう、命令するのだ。
問答無用なのである。
部屋には盗聴器が仕掛けられた。
受け入れないと別れるとの事。
こんなに大っぴらに盗聴器を仕掛ける子も珍しい。
ここで裕太の気持ちがようやく、分かった。
実はこの時、僕も浮気をしていたのだ。
そんな事は初めてだ。
まぁ実体はないのだが。
まだ裕太の事が忘れられなかったのである。

不注意だった。
酒は飲んでいない。
スピード超過でもない。
ただ、裕太の事を考えていた。
そんなある日。
ドンっ!
明らかに人をはねた。
慌てて路肩に車を寄せて、停車する。
車から降りて駆け寄るも、被害者に息はない。
相手は子供。
僕の人生は、終わった。
完全に、詰んだ。
秋平との関係は、自然消滅した。

その後、遺族感情が極めて悪い事もあり、謝罪は受け入れられず、なんと執行猶予も付かなかった。
初犯なのにである。
こうして、交通刑務所での日々が始まった。

建物は綺麗だった。
たまたまかもしれない。
移送中、手錠がかけられているという事実に、涙が溢れた。
刑務所内では苗字で呼ばれるようで、混同のないように固有の番号が割り振られる。
それを見る度に、もう自分の人生は終わったのだと、改めてそう思えてならなくて、歯を食い縛った。
食事は薄味だが、まぁ食べられる。
辛かったのは、自慰行為が禁止されていた事。
刑務所には陰部摩擦罪という罰則があるのだ。
人並みに性欲はあるのに、吐き出す手段がないというのは、辛い。
でも、轢かれた子供の事を考えると、我慢も出来るというものである。
というよりも、その事を考える度に、涙が止まらなくなるのだ。
また、親・親戚との縁も切れてしまったので、ここを出たらどう生活を送ってゆくのか、不安に苛まれる事も度々だった。

収監中に、面会に来てくれた子が一人だけ居た。
裕太だ。
裕太は、出所したらまた付き合おうと、そう言ってくれた。
自分は恋人で、出所したら養子縁組をして面倒を見ると、そう話して面会の許可を貰ったのだそうだ。
僕はカウンターに突っ伏して、咽び泣いた。
今度こそ大切にする、そう心に誓った。
それからは裕太は、度々やって来ては売店で買った雑誌の差し入れをしてくれた。
ほぼ娯楽のない刑務所にあっては、これは本当にありがたかった。

季節は過ぎゆき、いよいよ出所だ。
その場に駆け付けてくれたのは、裕太たった一人。
もう手放せない。
無駄な嫉妬心とも、これでお別れだ。

僕達は裕太の家で、同居する事になった。
裕太、ジゴロのような生活をやめて、自立していたのだ。
ゆっくりでいいよとは言われたが、僕も仕事を探さなくてはならない。
裕太にばかり、迷惑は掛けられないのである。
悠長に構えては居られない。

あちこちを駆けずり回ったものの、結局正社員にはなれず、土木作業員のアルバイトをする事になった。
まぁ体力だけは自信があるから、何とかなるだろう。
裕太は、時を経て丸くなっていた。
僕が冗談で「携帯見せて」と言うと、「あいよ」という返事と共に、ロックの解除されたiPhoneが手渡された。
「え?本当に見ていいの!?」
驚きと戸惑いを隠せない僕に裕太はこう言った。
「どうぞ、好きなだけ。設定はいじらないでね。見るのはいいけど。」
この一件で、僕の裕太に対する残された嫉妬心は、すっと消えた。

僕は尋ねる。
「何だか、少し変わったよね。丸くなったっていうかさ。」
裕太は笑いながら、「それはお互いさま」と言ってくれた。
聞くと僕の収監中、恋愛には酷く苦労したようで。
「僕も色々、悪いとこあったなって。ごめんね。」
そう言ってニカっと笑う裕太が眩しくて、嗚咽を漏らす僕。
「まぁまぁ、そんなに泣かないで。ご飯食べょ。」
目の前には、お鍋。
蟹鍋だ。
「出所祝い、まだだったもんね。それに今日は、二人が出逢った記念日。さ、食べょ!食後にはケーキもあるょ。」
涙の在庫は尽きたようで、今度は笑顔が止まらない。
蟹を食べていると無言になりがちだが、今日は違った。
思い出話をしていた訳ではない。
過去は振り返らないと、二人で決めた。
今話しているのは、これから先の、未来の二人の事である。

裕太は、可哀想な子だった。
溺愛していた長男に交通事故で先立たれた両親は、溜まりに溜まったフラストレーションと悲しみを、裕太に全部、ぶつけた。
仕方なかったのかも知れない。
裕太の兄は、裕太とは違って、スレンダーなハンサムで、成績優秀、スポーツ万能、しかもヘテロときている。
その将来に期待していたのだ。
一方の裕太は、その真逆を地で行っている。
僕にしてみれば、可愛くて仕方ないのだけれどね。
そんな訳で、両親にしてみればその将来には、期待出来なかったのだ。
それからは、虐待の毎日。
学校でもいじめに遭い、登校拒否に。
行き場をなくした裕太は、家出した。
結局施設に入る事になったのだが、そこでも人間関係は上手くいかない。
裕太は、中学卒業を待って施設を出ると、働きながら定時制高校に通うのだった。
卒業式の日、裕太は涙が止まらなかったという。

僕は平凡な家庭に生まれたから、事故を起こすまでは裕太の本当の気持ちは、実際の所は分かっていなかったのだと思う。

みんな、辛いね。

とまぁ、ぼんやりと考え事をしてしまい、裕太の話を聞きそびれてしまった。
「もぅ!人の話はちゃんと聞いてよね!」
怒られてしまった。
せっかく二人の未来について語り合っていたのに、過去の話など思い出して。
言うまでもなく、怒られて当然である。

お詫びに、と言う訳でもないが、一つ提案をしてみる。
「月に一回、日帰りか一泊で一緒に遠出をしようか。一回目は何処が良い?」
「温泉!静かなとこ!」
この子の物言いにしては、やけに漠然としている。
気になったので、聞いてみる事にした。
「何処の温泉に行きたいとか、何処の旅館が良いとか、ある?今回は二人が再会した記念でもあるから、奮発するょ!」
すると、である。
「そんなに無理しなくて良いょ!こぢんまりとした温泉旅館がいいな。人でごった返しているのは嫌。後は任せる!」

任せると言われると、やっぱり奮発したくなるのが人情ってもので。
結局修善寺のちょっとした旅館に一泊という事で、第一弾は落ち着いた。

今回の宿の特長は、露天風呂の付いたお部屋が幾つかある、という所だ。
現地で。
これには裕太も唸った。
「うーん。いいじゃん!最高!」
以前なら考えられなかった反応に、僕の顔も綻ぶ。


「ねぇ、この温泉のお湯って飲めるのかな?」
「うーん、何も書いてないから飲まないのが普通なんじゃないの?」
温泉を飲むという発想がそもそもなかった自分。
まぁ飲める温泉もあるとはいうけれど。
「何だ、そうか。美味しかったらペットボトルに詰めて持って帰ろうと思ったのにな。残念。」
こういう所は以前と変わらない。
まぁ、愛嬌があって良いかもね、これ位なら。

「食事、舟盛り出るかな?楽しみにしてるんだー!」
「あ、いや……。懐石料理、とかかな。」
「そうなんだー。へぇー。」
不満を言わない!
進歩している!
でもこの分だと、宿のチョイスを間違えたかな?
知る人ぞ知る漁師宿、とかのが良かったのかも。

と、ここで。
地面が揺れる。
ゆっさゆっさと、大きく。
僕達は今、裸。
為す術もない。

どうにか揺れが収まったので、慌てて服を着て部屋のテレビを点けてみる。
静岡、震度6弱。
強いな。
しかし、目が点になったのは次の画面。
震源地東京、震度7強。
甚大な被害。
え?え?
うちは大丈夫なのか?
おたおたしていると、仲居さんがやって来た。
「お怪我はございませんでしたか?」
「大丈夫です!」
そんなやり取りをして、ひとまず平静を取り戻す。

まぁ、ここで焦っていても、仕方ないよな。
そう思い、何処か行く当てはないか、考えてみる。
ここで裕太が一言。
「大阪の親戚なら、頭を下げれば居させて貰えるかも。」
「それだ!悪いけど、頼んで貰えるかな?」
「うん、オッケ!」

それから一ヶ月後。
大阪府民になった僕達。
二人共どうにか仕事を見つけた。
裕太の親戚のコネの力は、絶大だった訳だけれど。
こんな時だ、格好なんて気にしている訳にはいかない。
頼れるものには何にでも頼って、歯を食い縛ってでも生きてゆくのが大人ってものだと、自覚しているから。

晴れて再びの二人暮らし、in大阪。
前の家は跡形もなくなっていて、荷物の運び出しは諦めた。
各種手続きなど煩雑な事が多かったが、求職活動の合間を縫って、どうにか済ませた。
考えてみれば運が良い。
前の家に居たら確実に、亡くなっていたからだ。

多分、僕の親類も大勢亡くなっただろう。
でもそれは、縁を切った人達の話。
僕はもう、難しい事を考えるのはやめた。
これからはここ大阪で、僕達は二人の愛を育んでゆく。
それは真っ白な壁にペンキを塗るような作業。
見ず知らずの人が多いというのは、ある意味ではチャンスなのだ。

「弘泰、好きだょ。」
「僕もだょ、裕太。」
仕事場から二人で帰る、道すがら。
そんな事を言いながら、ふと見上げると。
夕焼けがとても、綺麗だった。
いつまでも一緒に居よう、そう密かに心に決めて、僕は駆け出した。
裕太も後を追って来る。

貰ったような命。
二人で、未来を手に入れるんだ!

-完-

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ひとけもLOVERS

獣人が跋扈してから久しい地球。
しかし彼らは温厚で、以前からの地球人類が生きていけるように、配慮してくれた。
生き残れただけでも、感謝すべきなのだろう。

時は二十三世紀。
東京大学大学院の苅部教授の研究室にて、ある日。
突然変異的につがいのツキノワグマの獣人が生まれ、繁殖。
もともと東大の研究室には、既に絶滅寸前となっていたツキノワグマのつがいが、繁殖の研究の為に檻の中に入れられていたのだが、これが進化した。
その後も世界各地の大学・大学院の研究室、更には動物園やジャングルなどで同様の事件が次々と発生。
最初は人類は静観していた訳で、危機に気付いた時には既に手遅れだった。
特殊なウイルスが蔓延する事により様々な獣が獣人へと進化し、その数は指数関数的に増えてゆく。
虫さえもウイルスの影響により知性を持ったが、流石にこれは二足歩行とはならなかった。
とはいえ、知性があれば話し合いが出来る。
求められていたのは、獣人や虫、そして人間が共生出来る、新たなる社会の実現だった。

結論を言うと、人類は獣人達の有り余る力に屈したのだった。
ウイルスが原因だと分かるまでに、多くの研究者が罪を被って空の星となった。
苅部教授もまた、その一人である。
一方的な批判に晒されるのに、耐え切れなかったのだ。
教授達の親族の自殺や失踪も相次ぎ、社会問題となった。

その一連の出来事から二十年が経過し、今、世の中はようやく落ち着きを取り戻そうとしていた。
獣人は人間の作った建物を壊さなかったし、一貫してフレンドリーな姿勢を見せ続けた。
一方で、獣人仲間への攻撃に対しては、容赦なかった。

もちろん先にも書いた通りに、地球人類だからといって差別される事はない。
先進国を始めとする国々の国力低下が著しい中にあって、獣人は新たなる優れた労働力となるポテンシャルを、十分に秘めていた。
獣人は、人間と仲間になる道を選んだのである。
国境が変わり、制度や法律、更には憲法、元首や為政者までもが変わっても、地球人の安全は保証されていたのだ。
一部の原理主義者を除いて、地球人もまた、獣人と仲間になる道を選んだのだった。
他に生き残る道はないと、悟ったのである。

そんな中、ある一人の獣人が、人間の少年に恋をした。
これが普通の獣人であればお咎めなしなのだが、その獣人は何と次期国王、プリンスなのだ。
そう、日本は人間とツキノワグマの獣人両者による一族が統治する、王国となっていた。
王族の獣人と、名家の出とはいえ一般の人間。
結ばれる可能性は、流石にゼロに近かった。
それでも可能性があるとすれば、恋をしたのがプリンスの方だったという事だ。
実の所プリンスは、その人間の少年からも好かれていた。
相思相愛なので、プリンスが告白をすれば、その人間の少年も快諾するに違いないのだ。
問題は国王たる父の反応だ。
単細胞な所があるから、聡明な母がとりなしてくれなければ、この話はなかった事になってしまうだろうと、この時のプリンスにはそう思われた。
逆に母を味方に付ける事が出来れば、尻に敷かれている父親は、為す術もないだろう。

獣人にはミドルネームがある。
先のプリンスであれば、バース・ニーノ・ユーヴェ、こんな感じである。
実際には親しみを込めて、国民からはプリンス・バースと呼ばれる事が多い。
ちなみにニーノというミドルネームは特別で、国王とその妻、そしてその直系の子孫にしか使われない。
従ってニーノという表現は、王族への敬意を表する際に用いられる事がある。
これまで一貫して、獣人達の名前は、獣人達が決めて来たのだ。
もちろん、これからもそうだ。
そう、王族の名前とて、獣人達が寄り集まって、知恵を出し合って決めた名前だ。
犬の獣人であっても、もうポチとは呼ばせない、そんな気概が獣人達皆の中に満ち溢れていたのだ。

人間と獣人が共生する世界。
理想郷のようにも思えるが、治安の悪い場所だとギャングが居たりするので、厄介だ。
ギャングとて人間と獣人を差別する事は、表向きはしない。
少なくとも、搾取するのは方法から何を搾取するかに至るまで、平等だ。
良いのやら悪いのやら。

さてプリンス・バース、ツキノワグマの少年である。
学校では、先の人間の少年と同い年の同学年、ついでに同クラス。
当たり前だが、服を着て二足歩行で歩くのである。
その様のまぁ可愛い事。
仲良く歩く二人、まあるい背中が二つ。
と、そこへ。
プライドの無駄に高いライオンの少年が、子分を引き連れて廊下のど真ん中を歩いて来る。
ライオンの少年もまた、プリンス・バースや人間の少年と同学年だ。
残念ながら下級生ではないが、クラスが違うだけでも幸いしたと言っていい。
「邪魔だ。退け!」
ライオンの少年が、プリンス・バースと人間の少年を威嚇する。
人間の少年はともかく、プリンス・バースに威嚇するなど、常軌を逸している。
どうもこのライオンの少年、少し頭が悪いようだ。
この学校の入試では、実力よりも家柄が重視されるので、彼もまぁ家柄はそれなりなのだろうが。
それにしてもプリンス・バース、機嫌が悪い。
「お前が退けば良かろう。お前がそのつもりなら、父上に報告してもいいんだぞ。俺の父上はキング・バーデだ。」
ここでようやくライオンの少年、分が悪い事に気付く。
他人の事には本当に鈍いのだ、このライオンの少年。
「ちぇっ。まぁいい。お前は通してやる。隣の人間の少年、通して欲しくば金を出せ。」
ここはおとなしく払うしか、そう思って人間の少年が鞄から財布を出すと、プリンス・バース、それを制止する。
「何のつもりだ!お前には関係ない筈だ!」
どうやらライオンの少年、我慢の限界らしい。
力ずくで財布を奪い取ろうと、人間の少年に襲い掛かろうとする。
粗野な行動。
後にこれは、悔やまれる事態を生む事になる。

その時である。
この場所でチリンチリンと音が鳴り響いた。
プリンス・バースが手持ちのベルを鳴らしたのだ。
すかさず屈強な獣人が四名現れて、ライオンの少年を制止する。
「犯罪者を捕まえましたょ、ラーベ校長先生。」
プリンス・バースは胸を張る。
騒ぎを聞きつけたこの学園の校長がこうして現れ、事態の収拾は図られた。
ライオンの少年はその場で退学処分となった。
幾ら家柄が良くても、プリンスに楯突けばこうなるのである。
当然の成り行きだ。
この件で、人間の少年とプリンス・バースとの間の絆は、しっかりと長く太くなった。

森の奥深く。
ライオンの少年の親玉が、他人から奪い取った丸太小屋を根城にして、作戦会議を開いていた。
ギャングの面々が顔を揃える。
皆獣人だ。
こうした場面に限っては力の差で、獣人が優遇される訳である。
人間はギャングの一員になれたとしても、下っ端の小間使いがせいぜいだ。

噂はもう、届いていた。
退学になったライオンの少年はその名を、ネメットという。
「ネメットの役立たずめ……。せっかくバースと同じ学年だったのに、上手く利用出来た筈だったのに!退学とは!何と使えない。今度会った時には、その身体を引き裂いてやる!」
内心では可哀想だと思っていたギャングの子分らも、親玉を前にしては何も言えなかった。

翌日。
ネメットの遺体が沢に捨てられていた。
あえて川に流さなかったのには、見せしめの意味も込められているのだ。
ギャングの親玉は現地警察とは内通しているから、真相は闇の中。
ネメット、せめて長期間収監されていれば、まだ安全だったのかも知れない。
微罪だった事がかえって、ネメットにとっては不幸だった。
「お前達もヘマしたらどうなるか、よく覚えておけ!」
「はいっ!」
ギャングの構成員一同に、戦慄が走る。
あの程度のヘマで殺されてしまうのでは流石に、やっていられないのだ。
皆指の一本も差し出す覚悟で、ギャングから抜ける事を、真剣に考え始めた。
それを見透かした親玉、こう言い放つ。
「指の一本差し出した位で、抜けられると思うなよ!反逆者には必ず死んでもらう!」
この瞬間、同様の覚悟がギャングの構成員一同を包み込みつつあったのだが、調子に乗った親玉は、それには気付かない。

しかし、最後には親玉を葬り去るとしても、一同には先にどうしても捕らえておきたい相手が居た。
人間の少年である。
だがまずい事に人間の少年はプリンス・バースと既にとても仲が良く、なかなか隙を見せないのだ。
しかもギャング達にとっては悪い事に、ネメットもまた、名家の子供だったのだ。
そもそも先の通りで、学校からして、名家の出の者しか入れない。
ネメット、家というものへのちょっとした反抗心からギャングに入ってはみたものの、親は冷たいだけで激昂まではしなかった。
実は息子の事は愛していたので、あまり強くは言えなかったのだ。
そこへ今回の事件。
ネメットの父親は国会議員だ。
それも国務大臣級の大物複数と通じている、政権主流派の大物。
ギャングへの規制強化を強力にプッシュした所、快諾を得る事が出来たのだ。

ギャング達にしてみれば、ネメットの父親は警備が堅い為に襲撃は困難だ。
やはりここは、プリンス・バースを狙うしかない。
友人である人間の少年を人質に取れば上手く行くだろう、そう踏んだのだ。
だからこそ、まずは人間の少年を捕らえたい訳である。
人間の少年を捕らえ、それと引き替えにプリンス・バースを確保する。
ここでプリンス・バースの返還を条件に自分たちの身の安全と親玉の処断をキング・バーデに飲ませる事が出来れば、一件落着なのである。
そんな事など露知らず、親玉は親玉でプリンス・バースや人間の少年は気に入らない訳である。
こうして、世紀の茶番劇が始まるーー。

リリットが空を飛ぶ。
魔法使いの美少女だ。
実は彼女、プリンス・バースの妹なのだ。
「お兄ちゃぁーんっ!」
リリットは兄思いである。
「やぁリリット、久し振り。」
兄が手を振ると、リリット、その目の前で着地した。
お約束の、箒に乗っての登場。
「私、リリット・ニーノ・ユーヴェ。ツキノワグマの獣人と人間のハーフです。」
と言いながらもプリンス・バースはツキノワグマにしか見えないし、プリンセス・リリットは人間、それも美少女にしか見えない。
これはこの世界では良くある事だ。
獣人と人間のハーフであっても、どちらかに似るのであって、両者のちゃんぽんにはならないのだ。
誠に以て都合の良い設定なのである。
ついでに、獣人と人間のハーフの場合、男の子は獣人に、女の子は人間になる事が殆どだ。
世の中こうして、上手く出来ているのである。

プリンセス・リリットは言う。
「二人共、危ないです!ネメット君が所属していたギャングの親玉が、二人を殺しにやって来ます!」
他のギャング達は殺す気まではさらさらなかったのだが、親玉だけは違った。
だから表向きにはこれは本当に、二人を殺しに来たという事なのだ。
ちなみに、魔法は誰にでも使えるといった代物では、もちろんない。
プリンス・バースでさえも使えないのであるから、遺伝だけで決まるものでもない。
「この三人の中で魔法が使えるのは、私一人!私が解決するから、あなた達は早く逃げて!」
「いや、プリンセス・リリット、実は僕も魔法、使えるんだ。父が魔法嫌いで、禁じられていたからずっと、使わなかったけど……。」
人間の少年、実は魔法使いだったのである。
その名は、啓太。

そこへ、ギャング達がやって来る。
「ここは私が何とかする!啓太はお兄ちゃんを守って、早く逃げて!」
「了解!」
プリンス・バース、啓太に連れられてテレポーテーション。
出たとこ勝負でたまたま行き着いた先は、プリンス・バースの父キング・バーデの居る玉座の間だった。

「おや、ここに天井から来客とは、誠に以て珍しい。」
キング・バーデの目の前に落下した二人。
痛みでしばらくの間、動けない。
「ギャングにでも追われているんだろう?バース、お前は悪人ではないが、血気盛んだからな。狙われやすいのは分かる。」
ここまでは二人にとっても予想通りの展開。
だが、二人の考えを他所に、キング・バーデは更に話を続ける。
「お前達、ゲイだな。しかも相思相愛と来ている。まぁお互いにフリーのようだし、付き合うのは構わん。だがな、子供は作れよ、バース。断頭台の露と消えたくなければな。」
王族だけに、ここは問答無用なのだ。
「不満そうな顔だな。何なら今すぐにここを出て行っても良いんだぞ。今なら特別に見逃してやる。学校は退学、しかも一文無しだがな。」
歯軋りしながら後ずさるプリンス・バース、啓太にとっては初めて見る表情だった。
「さぁ、どうする!」
キング・バーデ、己の少年時代と瓜二つのプリンス・バースを追い詰めた。
チェックメイトだ。

「分かった。子供は作る。だが、子育てはしねぇ!それと、こいつとの恋愛は好きにさせてもらう。」
プリンス・バース、目が血走っている。
「良かろう。リリットはどうだ?あれは正確には、実は養子でな。功ある血縁の貴族が十年以上前の会戦で戦死した折に預かった子で、お前との血の繋がりは薄いと言えなくもない。まぁ問題はなかろう。子作りにあたっては不妊治療等を活用すれば良い。何もSEXをしろと言っている訳ではないのだ。下がれ、私は忙しい。」
「はぁ!?」
空いた口が塞がらないプリンス・バース、固まったまま動かない。
今まで兄妹だと思っていた相手と、子作り。
とても考えられない。
そもそも養子だなんて初めて聞いた。
本当なのか?
頭がぐるぐると回る、プリンス・バース。
そこへ、母クイーン・イヴェルザがやって来た。
「あらあなた、またそんな嘘ついて。養子な訳がないじゃない。二人共、確かに私が産んだわ。兄妹で子作りだとか、どうかしてるわよ。恋愛だって子作りだって、自由で良いじゃない。作りたくなったら作れば良いのょ。そもそも偽装結婚やら出産やら子育てやらを全部リリットに押し付けるだなんて、有り得ないわ。大体リリットはまだ子供よ。男だからって偉そうにしないで。」
クイーン・イヴェルザはそれだけ言うと、明らかにプリンス・バースと啓太を見てウインクをし、去って行った。
これに父キング・バーデはご立腹。
「もう、好きにしろ!」
匙を投げたのだった。

かくして、やや強引な形ではあるが、プリンス・バースと啓太との関係は、晴れて公認のものとなったのだ。
プリンス・バースの寝室の天蓋付きのベッドで、二人、横に並んで。
これからツキノワグマの獣人と人間とのSEXが始まるのである。
さて、どうなるか。

「痛てて!次はもうちょっと加減してね、プリンス・バース。」
「ごめんね。僕も要領が分からなくてさ。次はきっとうまくやるね。」
あちこちに生傷。
流石は興奮したツキノワグマ。
相手の痛みなどお構いなしにさえ見える。
それでも、一応の手加減はしていたのだが。
これに、あえて無言の啓太。
でも内心では、プリンス・バースと一つになれた喜びの方が優ったのである。
その気持ちがプリンス・バースにも伝わって、気まずいながらも幸せな二人なのだった。

二人はすっかり忘れていたが、プリンセス・リリットはギャング達とまだ戦っていた。
数の違いに苦しみ、苦戦しているプリンセス・リリット。
そこへ思い出したかのように慌てて、啓太がテレポーテーションでやって来た。
啓太が魔法による電子砲で砲撃、プリンセス・リリットがお得意のミラーリングでその数を増やす。

ギャング達は一掃された。
親玉も含めて。
このタッグは強い。
喜び合う二人。
ここでプリンセス・リリットが一言。
「よっぽど慌てて来たんだね。シャツのボタン、掛け違えてるょ!お兄ちゃんとラブラブだったのかな?忙しいとこ、ごめんね!」
最後はウインクである。
啓太にしてみれば、己の失態とはいえ、これは堪らない。
顔を真っ赤にして、身悶える。
あぁ、恥ずかしい。

亜空間から突如、ミサイルがワープアウトする。
ここ日本にも多数のミサイルが現れた。
シールドを展開する間もなく、多くの民間人が犠牲となってゆく。
発射したのは、宇宙海賊トリスタンの一味。
早速全地球艦隊が出発する。
総旗艦ノイエ・ブリュンヒルデには、キング・バーデが搭乗。

ちなみに、地球艦隊の各艦艇の名前には、各国の様々な芸術作品に登場する人物の名前が用いられている。
これは言うまでもなく、獣人から人間へと向けられた、尊敬と思い遣りの念の表れである。
尚、軍属として、プリンス・バースと啓太、それにプリンセス・リリットも搭乗。
応戦を開始する。

地球軍、守りは堅いが、少しずつ押されている。
ここでリリット、総旗艦ノイエ・ブリュンヒルデの艦橋の床に、魔法陣を描く。
「みんな、下がって!インビジブル & ミラーリング!」
するとたちまち、地球艦隊が敵の視界から消えた。
しかもミラーリング効果により、味方の火力が数倍に増えた。
しかし、まだだ。
弾幕が足りない。
ここでキング・バーデが叫んだ。

「ここで退けば民の命はない!全艦、突撃ー!」

プリンス・バースと啓太、それにプリンセス・リリットは、緊急用脱出艇にて日本へと帰還する。
自分達だけ逃げ出すようで皆嫌がったが、これがキング・バーデの意思だ。
そこへ巨漢の白熊の獣人・白乃助がやって来る。
「あんたが居なくなったら、国民が気落ちするからょ。あばよ。」
それだけ言い終えると白乃助は、緊急用脱出艇にキング・バーデを放り込む。
暴れるキング・バーデを始めとする一行を乗せた緊急用脱出艇は、無事に日本へと帰還した。
他の艦も同様に、必要最低限度の人員以外は、緊急用脱出艇にて脱出する事に成功した。

ここで啓太、数ある中でも最も得意とする魔法を使う。
テレポーテーションである。
それも、地球艦隊が敵に衝突する寸前に魔法を発動、地球艦隊搭乗の全乗組員を救うというものだ。
これは非常に緻密な魔法で、繊細なコントロール技術を必要とする。
プリンセス・リリットはミラーリングが得意だが、彼女にもこの魔法は使えない。
時は金なり。
まさに。
最早、一刻の猶予もない。

ーードンっ!
啓太の目の前に地球艦隊の残りの乗組員が全員、落下して来た。
「痛てて……。」
皆一様に痛そうではあるが、無事である。
敵も無事に掃討出来た。
軍の復興には時間が必要だが、ひとまずここはめでたい。

この一件で啓太はキング・バーデに一目置かれ、宮殿内への自由な出入りが認められた。
いわゆる顔パスである。
これには、プリンス・バースも嬉しそうだ。
二人共、弾けんばかりの笑顔なのだった。

そこへ、敵旗艦イゾルデに搭乗していた、トリスタン最後の生き残り、魔法使いのベティがふらついた足取りでやって来る。
明らかに弱ってはいるが、危険だ。
「啓太、電子砲!」
プリンセス・リリットが叫ぶ。
「うぉりゃーっ!」
最大出力である。
これをプリンセス・リリットがミラーリング。
「あぁぁーっ!」
消滅するベティ。
可哀想だが、仕方ないのだ。

宮殿に帰る一行。
今晩は啓太も泊まってゆく。
宮殿の料理長は、ベンガルトラの獣人。
今夜は戦勝祝賀会。
腕が鳴る。

「諸君!卿らの勇戦を前にして、余は喜びに耐えない。完全なる勝利を祝って、乾杯!」
一同、満面の笑み。

だが、悲しい事件もあった。
最初のミサイル攻撃で、啓太の実家が吹き飛んでいたのだ。
建物は魔法で治せる。
だが人の命までは、魔法によってさえどうにもならない。
その事を知らされた啓太、号泣した。
静かな祝賀会場内で、啓太の声だけが響いていた。
啓太の両親は、息子がゲイである事に理解があった。
そんな息子を、むしろ誇りにさえ思っていた。
それを啓太も知っていたから、だからこそ涙は次から次へと溢れ出てくる。

「辛かったな、啓太君。だが君は悪くない。君の働きがなければ、犠牲はもっと多かった。お礼と言ってはなんだが、うちのバースの侍従として、ここで共に暮らさないか?」
これにはクイーン・イヴェルザも大賛成。
「そうなさいよ。あなたなら、うちのどら息子の事も上手く操縦出来るでしょうからね。仲良くやりましょ。ね?」
幸せと悲しみとが綯い交ぜになった重たい涙を流しながら、啓太は一つ、大きく頷いた。
すかさず啓太に駆け寄るプリンス・バース。
皆も集まって記念撮影。
はい、ぱちり!

-完-

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