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WONDER : WONDER [Beautiful People(Unforgettable Season 2)]

荒涼とした大地。
夕陽が眩しい。
そこに独り佇む男の背中は、どこか哀愁を帯びている。
世界の終わりが、迫っていた。
そんな時だというのに男は、焦る事もなく諦観を漂わせた目付きでただ、目の前の景色を眺めていた。
男の名は、ヴィアルテ・フォン・ドルト。
これから目指す国は、辺境の小国・日本。
鬼神ヴェルデスを倒す為の、言ってみればレジスタンスのような、そんな運動を組織する事を目指していた。
無駄かも知れない、そんな事は分かっている。
でも彼は日本人に、最後の望みを託したのだ。
他の先進国は軒並み、廃墟と化していた。
日本はまさに、最後の砦だったのだ。

日没が迫る。
男は踵を返すと、四駆に乗り込み、その地を後にした。
車を走らせる事二時間。
約束通りの時間に、寂れた飛行場に到着した男。
手を振るその先には、フィアンセの姿があった。
男はヘテロセクシャルなのだった。
「ヴィアルテ!」
「フィリシア!」
駆け寄り、抱き合う二人。
そんな二人を急かすように、パイロットの声が響き渡る。
「急いでください!追っ手が来るといけませんから!」
小型飛行機に乗り込み、ベルトを締める二人。
程なくして飛行機は離陸した。
まだ希望の残る地、日本へ向かってーー。

日本では、有事法制の下で国民の自由が制限されていた。
非常事態なのだ。
「ヴィアルテ教授はまだかね。」
成田空港でヴィアルテを待ち構えるのは、日本政府の高官達。
中でもヴィアルテを特に待ち侘びていたのは、その場の高官達の中でもトップにあたる、防衛相だ。
すぐにも鬼神ヴェルデスへの対策を取りまとめたい。
そんな事情もあり、危険を承知で空港まで駆け付けたのだ。
ヴィアルテはドイツの大学で教鞭を振るうその道の専門家であり、有効な対策を持って日本まで来てくれる事を、その場の高官達皆が待ち望んでいた。

タラップから降りるヴィアルテとフィリシア。
待ち構えた高官達が、こぞって握手をする。
だが、ヴィアルテの策を耳にした高官達は、失望の色を隠せなくなるのだった。

「レジスタンス!?そんな、馬鹿げた!」
激昂する防衛相。
一方のヴィアルテは、至って冷静だ。
「自衛隊の戦力で鬼神ヴェルデスに対抗するのは、不可能だ。それよりも一億総決起を促して、いわばレジスタンスのような力で対抗する事を考えた方が、話が早い。これは唯一の選択肢であって、他に方法はないのだ。」
そこまで聞き終えると、一同肩を落とすより他なかった。

ヴィアルテは首相官邸に招かれた。
そこでもレジスタンスのような運動を起こす事を主張し、苦々しい顔つきでやんわりと首相に拒絶されたのだった。

こうした流れの中、報道管制下にあって、ヴィアルテの訪日は結局日本国内では伝えられなかった。
そんな中にあっても、ヴィアルテの考えに同調する者が日本には居た。
精霊使いの少女・マグネーだった。
マグネーはヴィアルテの心の叫びをその力で受け止め、考えを読み解いたのだ。
ヴィアルテの心の内を読むのは、マグネーにとっては容易い事だった。
何故ならマグネーにとってはヴィアルテは、祖父なのだ。
分かりやすいのである。
ヴィアルテも内心では、マグネーが動いてくれる事を期待していたから、この流れは上出来と言えるだろう。
マグネーは早速、レジスタンスの呼び掛けを日本中の人々に対して行う事にした。
ネットワークは使えない。
政府の統制下にあるからだ。
残された時間は少なかったが、マグネーは持てる全ての力を使って、日本中の人々の心を動かしていった。

東京の外れ。
まだ真新しいアパートの一室で、とあるゲイカップルが同居していた。
欣治と雅人だ。
少し歳の離れたカップルで、欣治が三十二、雅人が二十三だった。
共にサラリーマンをしている。
彼らは日本では歴代でも大変珍しい、チラン耐性の保持者だった。
突然変異で、先日耐性を得たばかりだ。
彼らなら、鬼神ヴェルデスの攻撃にも耐えられるかも知れない。
マグネーは彼らを、レジスタンスのリーダーにしようと考えていた。
彼らは今、有事法制の下で出社もままならない。
逆に言えば時間はあるのだ。
マグネーは彼らの住む部屋の扉をノックする。
ドアが開くと、欣治が顔を出した。
マグネーは語り掛けるのではなく、念を送る事で意思の疎通を図る。
己の言う事が確かであると信じさせるには、これ位のパフォーマンスは必要だと考えたのだ。
驚いたのは欣治だ。
慌てて、中に居る雅人を呼びに行く。
「お、おかしな奴がドアの外にいる!け、警察を呼んでくれ!」
「待って!私は怪しい人間じゃない!」
念の回路を欣治だけでなく雅人にも開いて、コミュニケーションを図るマグネー。
ここでヘマをしたら取り返しがつかない。
焦っていた。

ここで、助け船が現れた。
ヴィアルテである。
血が繋がっている能力者同士、互いの事は分かるのだ。
そう、マグネーの精霊使いとしての能力は、祖父ヴィアルテによって磨かれてきたのだった。
「やぁヴィアルテ爺ちゃん、久し振り。」
「そっちこそ。」
固く握手を交わす二人。
付いて行けないのは、欣治と雅人だ。
「欣治君、雅人君、世界を救うには君たちの能力が必要なのだ。協力してくれ。協力しない自由もあるが、その場合は日本も他の先進国の二の舞となる。よく考えてくれ。」
ヴィアルテの重い言葉。
他に選択肢がない事を知って、欣治と雅人の表情は見る間に固く引き締まるのだった。

富士の樹海の中。
森の精霊達が動き出した。
実の所ヴィアルテは、こうした事態が訪れるまでは、ドイツ国内でも軽んじられていた。
警鐘は鳴らし続けていた。
だが、遅かったのだ。
人々がその言葉の重みに気付いた時、事態は既に手遅れだった。
日本だけでも救いたい、いやまだまだ発展途上国には人々が大勢残っている。
彼らを救う為にも、ここでヘマなどしている訳にはいかないのだ。
ヴィアルテはマグネーと共に、精霊を呼び出し続けた。
やがて到着した彼らは、皆半透明ではあったが、人の形をしていた。
富士の樹海の中には、精霊が多い。
矢折れ力尽きた者達の魂が大勢、彷徨っているからなのだ。

決戦の日は近かった。
マグネーがドジっ子と呼ぶ妹分も、日本へと駆け付けた。
ある重要な装備を持って。
「ドジっ子、遅ーい!」
マグネーが怒鳴り付ける。
「すみませーん!でも私は、ドジっ子じゃなくてフェフレーですょー。」
「そんな事は、どうでもいい!」
偽らざる心境。
「それよりもあれ、持って来ただろうな?」
「もちろんですょ。」
フェフレーは、そう言うと己の背中を指差した。
その先には大きなハードケースがあって、見るからに重そうだ。
その中身は、チランブースター。
名前の通り、チラン耐性を増幅させる為の装置だ。
ヴィアルテが陣頭指揮を執って製作を進めていたのだが、訪日までにあと一歩の所で間に合わなかった。
それを助手フェフレーが引き継いで、完成させ持参したという訳だ。
フェフレーが持参したオリジナルを、知己のある魔法使いのファンドラが魔法で増やす手筈となっていた。
だが、肝心のファンドラが来ない。
「仕方ない。我々だけで準備を進めよう。」
ヴィアルテが諦めかけたその時、丸々とした男の子の声が響き渡った。
「悪い!朝食作り過ぎて、食べてたら遅くなった!」
ガツン!
マグネーが魔法使いの男の子ファンドラの頭を殴った。
クリーンヒットだ。
「痛え!殴る事ないじゃんか!」
「危機感なさ過ぎ。自分の役割の重さ、少しは自覚しろ!」
「だってさ、食わなきゃ力が出ないんだもん。」
そこへやって来た、欣治と雅人。
「やぁ、来てくれたか!」
マグネー、打って変わって喜色満面だ。
森の精霊達も続々と訪れて来ている。
役者は、揃いつつあった。
「ほらドジっ子、馬鹿ファンドラにチランブースター渡して!さっさとする!」
「はーい。ほらよっ!」
フェフレーは拗ねた様子でファンドラにチランブースターを渡すのだが、見た目よりも体力のないファンドラ、渡されたチランブースターを落としてしまう。
「いやー!」
「あーあー!」
皆口々に悲鳴を上げる。
肝心のチランブースターはというと、ハードケースのお陰で無事だった。
この後ファンドラがマグネーにボコボコにされたのは、言うまでもない。

地の果てと言ってもいい。
断崖絶壁が立ち塞がる、その向こう側。
遥かなてっぺんに、鬼神ヴェルデスの地球に於ける総本山があった。
部下は五名と少ないが、精鋭揃いだ。
神殿で祝杯をあげるヴェルデス一味。
これからの戦いでの勝利を祝う祝杯だ。
もちろん、彼らの中には負ける事など念頭にはない。
「大鬼神だなどと大層な名前を名乗る連中が、よもやこんな赤子のような連中に敗北を喫するとはなぁ。」
既に勝ったかのような顔で、ヴェルデスが大言壮語を吐く。
「ヴェーグ・ヴォーレも存外、大した事はありませんでしたね。」
部下もこれに同調。
笑い声が絶えない酒席なのだった。

深夜。
神殿のテラスで、ヴェルデスの部下二人が話をしていた。
「今回の戦い、どう見る?」
「楽勝だろう。」
「だといいのだが。」

アメリカは、復興には数百年は掛かりそうな被害状況だった。
人々もほぼ、息絶えた。
それに比して欧州の被害は少なかった。
建物はあらかた壊れてしまったが、戦士エルピリスの尽力のお陰で、人々の多くはアフリカ諸国へと避難出来たのだ。

これからの地球には安寧の時代が訪れると、誰もがそう確信していた。
しかし、実際にはそうではなかった。
平行宇宙における悪の勢力だったヴェルデス一味が、地球に橋頭堡を築いて、この宇宙を天の川銀河から順に乗っ取ってゆこうと考えたのだ。
これは流石に、誰もが予想し得ない事態だった。
ただ一人、ヴィアルテを除いては。
ヴィアルテには、遠方の通信をリアルタイムで傍受する能力があった。
その能力のお陰で、地球を乗っ取ろうとするヴェルデス一味の悪巧みをいち早く察知する事が出来た。

アフリカの守備はエルピリスに任せる事にした。
一方、日本でのチランブースターの複製は、順調に行われていった。
ファンドラがマグネーに愚痴をこぼす。
「これしんどいー!代われー!」
「お前にしか出来ないから、任せているんだ!やらなかったら、百叩き!」
「うぇー!」
チランブースターは、数が多ければ多いほどいい。
各チランブースターはワイヤレスで同期するので、数が多い程威力も大きくなるのだ。

ヴィアルテは事ここに至って、死の覚悟を決めた。
遅過ぎたかも知れない。
だが、フィアンセの顔が脳裏をよぎる度に、決意は揺らぐのだった。
しかし、日本が落ちればアフリカの欧州の人々や現地住人達、そしてその他の発展途上国の人達の命も危ない。
ヴィアルテのフィアンセは、医師だった。
非核超高温度熱エネルギー爆弾の体内への格納を、フィアンセに頼むヴィアルテ。
他に方法はない、そう思っていた。
ほろほろと涙を零すフィアンセではあったが、そのメス捌きは冷徹でさえあった。

非核超高温度熱エネルギー爆弾自体は人類が生み出した兵器ではない。
神々の王の生み出した兵器だ。
それだけに小型であるにもかかわらず非常に強力だが、数がない為に、失敗は許されない。
ヴィアルテはその特殊な能力を用いて神々の王とコンタクトを取り、現存する爆弾二つを全て、入手したのだった。
神々の王は地球を見放していた。
爆弾を渡しながらも、もう救われない、そう確信していたーー。

結婚式を挙げた。
とあるチャペルで。
ヴィアルテとそのフィアンセ・フィリシアの挙式である。
ごく少人数でのこぢんまりとした、けれども温かみのある挙式となった。
間違いなく、この戦いでヴィアルテは空の星となる。
今それを知っているのはフィリシアのみだが、いずれは皆が知る事となる。
だからこそ今、こうして結婚式を挙げる事が、二人にとってはどうしても必要だった。
実はフィリシアもヴィアルテの決断を受けて、知人の医師に頼んで非核超高温度熱エネルギー爆弾を体内に格納していた。
その事はもちろん、ヴィアルテも知っていた。
死ぬ時も、二人一緒。
ささやかな幸せの記憶が、今の二人を支えていたーー。

英気を養ったヴェルデス一味が、いよいよ日本侵攻を開始した。
用意出来たチランブースターは約一千万台。
レジスタンスに参加するのが最終的には一千万人程となったから、概ねぴったりの数なのだった。

巨大だった。
戦慄が走った。
突如現れたヴェルデス、まさに修羅だった。

レジスタンスのメンバーの先頭には、欣治と雅人が立っていた。
彼らのチラン耐性を、チランブースターで増幅するのだ。
レジスタンスのメンバーは皆、刃物を手にしていた。
これが彼らの、今の精一杯。

レジスタンスのメンバーを陽動として、ヴィアルテとフィリシアがヴェルデスに近付く。
精霊達は、部下五人を引きつけている。
「大丈夫、私は怖くないわ。だってまだ、あの世があるもの。向こうの世界でも、結ばれましょうね。」
次の瞬間、爆音が辺りに轟く。
爆風でさしものヴェルデスも吹き飛ばされる。
ヴェルデスは、二人の勇気の前に葬り去られた。
だが、まだだ。
ヴェルデスの部下が残っている。
手強い相手だ。
しかし、ここでチランブースターの威力が物を言った。
敵の攻撃が届かないのだ。
刃物でざくざくと敵の体を切り裂いてゆく。
如何に巨大と言えども、一千万人ものチランブースターを持った群衆を前にしては、無力だった。
精霊達の力も大きかった。
そうなのだ、所詮は部下に過ぎないのである。
手強いとは言っても、親玉とは比較にもならないのだった。

欣治が声を上げる。

目の前の君を愛そう。
自由をもっと愛そう。
屈服する未来よりも、自由な未来を選ぼう。
目の前の今を愛そう。
未来をもっと愛そう。
恐れ慄いた過去よりも、自由な未来を見つめよう。

人々の美しい意志と情念が、未来を一気に手繰り寄せた。

戦いは、こうして終わった。
思えば大勢、空の星となった。
それでも世界は、ギリギリの所で、踏み止まった。

マグネー、ファンドラ、フェフレー、欣治、雅人。
皆、泣いていた。
結婚したばかりの二人の美しい意志に、心が動かされたのだ。
幸せになって欲しかった。
それだけにもちろん、悔しくもあった。

「じゃあな。元気で、頑張れ!」
マグネーの言葉。
「そっちも。」
素っ気ない欣治の挨拶だが、顔中涙でべちょべちょなので、誰も額面通りには受け取らない。
もうこの面子が顔を揃える事は無いだろう。
それだけに、他の者も涙を堪える事は出来なかった。

半年後。
欣治も雅人も、復興作業に従事していた。
二人共に太ってはいたが、程良く筋肉もあったので、体力は人一倍あったのだ。
勤めていた会社は辞めた。
将来性を見込めない為に、早期退職に応募したのだ。
大手企業だった事もあり、そこそこの退職金が二人分出たので、生活は苦しくはない。

日本人は、五百万人が犠牲となった。
これはアメリカなどの犠牲者の数と比べれば、微々たる数字に過ぎなかった。
それでも同じ日本人であれば皆、心が痛いのだった。

「ねぇ欣治。僕達、運が良かったんだね。これからもずっと一緒に居ようね!嫌だなんて言ったら、寝技で落としてやるから!」
「俺だってずっと一緒に居たいさ。それにしても、レジスタンスのメンバーはあらかた助かったんだな。チランブースターがあったから、かえって安全だったのかもな。」
「そうだね。建物の中に居た人達、大勢亡くなって可哀想だった。」

欣治と雅人は、遥希と祐太郎の二人と、友達になった。
レジスタンスの運動を通じて、知り合ったのだ。
考えてみればデブばかり四人雁首並べて、暑苦しい事この上ない。
だが、ウマが合うのである。
四人の交流は密だ。
これからはこの四人で、幸せを手に入れるのだろう。

未来は、明るい。

-完-

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WONDER : WONDER [Unforgettable Season]

長い冬。
澄み渡った空の下、青年は白い煙を吐く。
木々の葉は落ち、細い枝は白い薄化粧をしていた。
目の前には、一面の銀世界。
他には何もない。
本当に、何もない。
しゃりしゃりと、靴底が音を立てる。
帰って来た。
この地へ、故郷へ。
振り返ってみれば、色々あった。
俺は負けた、青年はそう思っていた。
確かに、そうだ。
負けたから、ここに居るのだ。
これからは己の意志のままに生きる事は叶わない。
青年はゲイであった。
だからこそ、涙が込み上げて来た。
これまで、その時々によって様々な男を好きになって来た。
そんな自由な恋愛もこれからは、叶わないのだ。
いけない、このままでは!
そうも思った。
だが今更、無力なこの青年に一体、何が出来るというのか?
嘲笑するかのように、風がざわめいた。

その時だった。
「私が助けてもいいわょ。困ってるんでしょ。お互いさまよ。」
見ると目の前に、いかにも気位の高そうな、苦手なタイプの美少女が佇んでいた。
ぼーっとしていたせいだ。
不覚を取った。
だがこのお姉さん、かなり本気な様子だったので、従ってみてもいいかと青年は思った。
この時を境に、青年の人生は一気に変わる事となる。

青年は、いわゆる無名の戦士だった。
これまで、いろんなものと戦って来た。
たとえば、他の人達には見えない悪霊の類と。
他にも、異世界からやって来た魔物と。
戦績はそこそこ上がっていた。
だが、内容が良くなかった。
青年は、命を削るような戦い方をしていた。
結局の所、そのままでは、持たなかったのだ。
そして、グレゴリ・ダークマターへの敗戦である。
青年は終わった筈だった。
そこへ差し伸べられた救いの手。
掴まない手はない。
青年は、美少女のか細い手を、藁にも縋る思いで掴むのだった。

青年、名は遥希という。
大聖神ペグナムの突如の降臨によって、遥希は特殊な力を得るに至った。
選ばれたのは、チラン耐性があるからだ。
それからは、悪霊や魔物が見えるようになった。
雑魚を相手にするのは、表面上は容易かった。
みるみる体力は失っていったが。
遥希は不器用だったから、戦い方が下手だったのである。
そんな事もあり、東京に大死精グレゴリ・ダークマターが現れるも、遥希一人では到底、太刀打ち出来なかった。
瀕死の重傷を負った遥希は大聖神ペグナムの怒りを買い、故郷に追放された。
弱い者が居ても邪魔なだけであるし、戦っている遥希も傷付く、そういう事である。
ただ、大死精グレゴリ・ダークマターは大聖神ペグナムが追い払ったものの、打ち負かすまでには至らず、脅威は相変わらず残されたままだった。

美少女の名はエルピリス。
彼女には重たい過去があった。
最愛の父と母は、まだエルピリスが幼い頃に大死精グレゴリ・ダークマターとの戦いで戦死。
エルピリスは、孤児となった。
三日三晩、泣き腫らした。
その直後から、異母兄弟の差し金からの嫌がらせを受ける事になる。
エルピリスは強くなりたい一心で、大聖神ペグナムの地上別邸の門を叩いた。
エルピリスには、チラン耐性があった。
それが理由で、入門を許可されたのである。
この当時の地球には、実戦に耐え得るチラン耐性を持つ者は、エルピリス、遥希、それにベグベドスの三人だけだった。
チラン耐性を持つ者は、大死精グレゴリ・ダークマター及びそれによって生み出された悪霊や魔物の攻撃から、身を守る事が出来る。
それでも、やはり遥希一人では敵わなかったのだ。
大死精グレゴリ・ダークマター、それはもう手強いのである。

「ふぅん、エルピリスって言うんだ。良い名前だね。僕は遥希。もしかして君もチラン耐性があるとか?」
「そうだ。他に実戦に耐え得るチラン耐性を保持する者は、ベグベドスのみ。彼は変わり者だからな。ペグナムの呼び出しにも、応じたり応じなかったり、いい加減だ。だからお前も、気にすることはないぞ。私だってたった独りであのグレゴリ・ダークマターを相手にするのは、正直怖い。」
「でも、早く叩かなきゃいけないんでしょ?僕に何が出来るかな。」
「助け合えばいい。ベグベドスも、事ここに至ってようやく、慌て始めたようだからな。ペグナムでさえ単独では倒せなかった相手だ。協力の必要性はペグナムにしても身に沁みて分かっている筈だ。」

後日。
ペグナム地上別邸にて。
何日かぶりの東京、ペグナムを前に緊張の面持ちの遥希。
取り成すのは、もちろんエルピリスだ。
「生意気を言って申し訳ありませんが、敗戦の罪は、次の勝利で償えば良いと思うのです。たとえチラン耐性があったとしても、グレゴリ・ダークマターは独りで戦って勝てる相手ではありません。協力しましょう!私エルピリスと遥希、それにベグベドスとペグナム様とで協力すれば、勝機はあります。是非!」
これにペグナムは、幾分か穏やかな面持ちでこう返した。
「そうだな、その通りだ。遥希よ、今一度機会を与える。これが最後だ。我々の勝利へ貢献せよ。これが我々に残された唯一の道だ。覚悟を決めよ。」
ペグナムの鋭い眼光が、遥希を捉えて離さない。
「かしこまりました。仰せのままに。」
そうは言うものの、遥希の声は緊張からの震えで、ずっと上ずっていた。

翌日、都心部有数の広さを誇る公園に、ペグナムと三人が集結。
午後にもグレゴリ・ダークマターの襲来が予想される中での事だ。
皆、顔付きが違っていた。
早速、作戦会議を練る。
「私と遥希、それにベグベドスの三人がシールドを張って攻撃を防ぐので、ペグナム様はその隙にエクストリーム・プラズマ・フレアで敵を攻撃。敵の動きが止まった所で、私達残りの三人も攻撃に転じるの。どうかしら?」
「確かに、他に手はなさそうだな。皆の者、これでゆく!全力を尽くせ!」
円陣を組んで気合いを入れる。
まだ経験の浅い若い人間である三人にとっては、こんな事は初めてだった。
それだけ重要な任務なのである。
そこへ、背後から声が聞こえる。
遥希を呼んでいるのだ。
それは祐太郎だった。
「遥希、頑張れーっ!」

半年前の事。
遥希は祐太郎と付き合い出した。
祐太郎は、それは可愛かった。
相思相愛で、遥希は祐太郎を溺愛していた。
仕事に戦いにと忙しく、なかなか逢えなかったが、折をみては長電話をしていた。
だが、ペグナムによって故郷に追放されて、もう逢えないだろうと遥希は思っていた。
それまでやっていた工場での仕事にしても、ペグナムの魔法によってねじ込んで貰ったようなものだったから、追放となれば首になるのは当然だった。
最後の夜、二人して号泣していた。
「また会えるよね?」
そう聞かれて当てもないのに、嘘の笑顔と共に「きっと会えるよ!」そう答えてしまう自分が忌々しいとさえ思った、遥希だった。
あの夜以降、祐太郎の瞳からは、光が消え失せようとしていた。
その祐太郎が今、ここに居る。
何故なのか?
どうしてこの場所に居ると知っているのか?
答えはすぐに分かった。
「心の中を読ませて貰ったぞ。祐太郎君には私がコンタクトを取った。大事にしてやれ。彼は一途だ。」
エルピリスの優しさが、遥希の胸に沁み渡る。
高飛車だと思っていたが、とんだ勘違いだったようだ。
遥希は祐太郎に、心を込めて叫んだ。
「戦いが終わったら、また逢おう!約束する。もう何処へも行かないから!」
「約束だょ!負けないでね!きっとだょ!」

遥希の父親は、今時珍しい位に保守的だった。
内心では、母親は遥希に理解を示してはいたが、頑固な父親の手前、口には出せないのだった。
ある時、流石に耐えかねてゲイである事をカミングアウトするのだが。
「それはお前の個人的な嗜好の問題だ。結婚すれば気が変わる。言っておくが男と付き合ったら勘当だぞ。」
父は勘違いをしている。
ゲイであるのは、嗜好や趣味の問題ではない。
必ずしも好きでやっているという訳ではなく、好きになるのがたまたま男ばかりだったというだけの話だ。
これは、変えられない問題なのだ。
しかし頑固な父を前に、遥希は無力だった。
そんな折、戦士になる事を条件に東京行きをサポートしてくれたのが、ペグナムだったのだ。
「東京に行けば彼氏も出来るだろう。感謝するんだな。」
ペグナムにそう言われて、遥希は弾けた。
様々な男と、寝たり付き合ったり。
そんな中で知り合ったのが、祐太郎だった。
それまでは自分中心で、相手がどうなろうと関係なかった。
だが祐太郎を前にして、この子を泣かせてはいけない、何故だか遥希はそう思った。

祐太郎と一緒に居ると、本当に楽しかった。
素の自分をさらけ出せるのが、嬉しかった。
だからグレゴリ・ダークマターとの戦いに敗れた時、何もかもが終わりだ、遥希はそう思った。
そうした訳なので、あの時のエルピリスの救いの手は、頭上から下りてきた一本の蜘蛛の糸のようなものだったのだ。
エルピリスはいわば、恩人だった。

一方のベグベドスは、遥希にとってはよく分からない所のある人物だった。
ベグベドスはエルピリスと同じくバイリンガルなので日本語は話せるのだが、にも関わらず意思の疎通が難しい。
「奴は気難しいが、おだてておけば問題は起こらない」とはエルピリスの言。
それ以降、遥希はベグベドスとは上っ面だけの会話をする事になるのだがーー。
これが結構、上手くいったのである。
ベグベドス、案外単純な所があるのかもしれない、そう思う遥希なのだった。

東京も季節は、すっかり冬。
雪がちらついてきた。
突如現れるグレゴリ・ダークマター。
空間の裂け目からその巨体を徐々に誇示してゆく。
それはまさに、圧巻だった。
三人共、恐怖で後ずさる。
しかし、逃げるという選択肢は用意されていない。
ここで逃げ出せば、世界は終わるのだ。
勝てばヒーローになれる。
だが負ければーー。
道は一つしかない。
戦って勝つ事、それだけだ。
「行くぞ、三人共!我に続け!」
ペグナムの掛け声で陣形を整える皆。
三人はシールドを張ってペグナムを守る。
次にペグナムが声を上げた。
「エクストリーム・プラズマ・フレア、放射!」
敵が怯んだ。
すかさず三人も攻撃に転じる。
その時だった。
グレゴリ・ダークマターの一撃が遥希に加えられようとしていた。
「遥希、危なーい!」
祐太郎の叫び声のお陰で間一髪、難を逃れた遥希。
再びグレゴリ・ダークマターへの攻撃に転ずる。
しかしーー。

ダメージは与えた。
それも、確実に。
だが、致命傷には至らなかった。
ペグナムは叫んだ。
「私は今、ここで散る!私の体当たりでももし消えなければ、次はお前達が体当たりしてくれ!頼んだぞ!」
それは、決死の特攻だった。
衝突と共に激しい爆風が吹き荒れる。

ベグベドスは、孤児だった。
名前に似合わず日本人顔で、何処となく遥希にも似ていた。
いわゆる童顔のデブだ。
体が大きく、腕っぷしには自信があった。
だからこれまで、生きて来られた。
スラムの中でも、である。
感情は常に押し殺していた。
ふとした拍子に自分が自分でなくなる、そんな恐怖に苛まれていたからだ。
周りからは、よく分からない奴だと思われていた。
それでも、そんな事はベグベドスにとっては、どうでも良い事だった。
ただ生きていたい、それだけを常に願っていた。

「俺は生きていたかった。でも、世界が終わったら何にもならない。気合い入れて行くぞ!!うぉーーっ!!」
次の瞬間だった。
ペグナムとベグベドスの決死の覚悟が、実を結んだ。
世界は、救われた。
残された遥希とエルピリスは、同時に叫んだ。
「ペグナム様ー!」
「ベグベドスー!」

爆音、そして一瞬の静寂ーー。
口を開けて固まったままその瞬間に身を委ねる遥希とエルピリス、一呼吸置いて涙が溢れ出て止まらなくなった。
ペグナムとベグベドスの犠牲によって助かった、自分達。
情けなくもあり、悔しくもあった。
だがその後、遥希とエルピリスを囲んで、いつの間にか人々が万雷の拍手を浴びせていた。
そんな中でハグをする遥希と祐太郎。
ここに新たなヒーローが二人、誕生した。
拍手はもちろん、ペグナムとベグベドスにも向けられていた。
少しばかり戸惑い気味な二人と共に居た祐太郎は、まるで自分の事のように誇らしく胸を張るのだった。
唯一の心残りはやはり、ペグナムとベグベドスの尊い犠牲だったーー。

遥希とエルピリスは、TVクルーの取材にも卒なく受け答えをしていた。
そしてその映像は、遥希の両親も目にする事となる。

エルピリスとの別れの時。
遥希は、泣いていた。
女の子との別れだというのに。
好きだった訳ではない。
恩人なのだ。
だから、最後に握手を交わした。
「元気で。」
「そっちも。」
人々の拍手が最高潮に達する中、遥希とエルピリスは別々の方角へと歩みを進めてゆく。

ふと、遥希の携帯が突然、音を鳴らした。
慌てて出てみると、相手は父親だった。
「遥希、良くやった、でかした!お前の事だ、仕事なんてすぐに見つかる!頑張れ!相方さんと幸せになるんだぞ。」
遥希は、泣いていた。
ゲイである自分に対して、ようやく許しを貰えたのだ。
次から次へと止め処もなく、大粒の涙が零れ落ちていった。
それは、無理のない事だったーー。

遥希の父親は、資産家だった。
その支援を受けて、遥希と祐太郎の住まいは無事に確保出来た。
こぢんまりとしたワンルームマンションの、一室だ。
遥希の仕事も程なくして、見つかった。
遥希は体力はあったから、土木作業員としての仕事を得た。
祐太郎は体は大きかったがそこまでの体力はなかったので、以前から小さな会社で営業をやっていた。
それだけでもきついと思っていた位なので、力仕事は無理なのだ。
でもまぁ、ダブルインカムで当然子供も居ない訳であるから、それぞれの収入が多くなくとも、十分にやって行けるのである。

しかし、遥希とエルピリスにとっては予想外の事ではあったが、二人の戦士としての任務は、終わった訳ではなかった。
まだまだ戦わねばならない相手は、たくさん居たのだ。
そう、ラスボスとも言える大鬼神ヴェーグ・ヴォーレとそのたくさんの配下の最後の脅威が、ひたひたと迫っていた。
配下筆頭のグレゴリ・ダークマターのまさかの敗北、これに怒っての大鬼神自らの襲来である。
今は亡きグレゴリ・ダークマター以外の配下は、実力で言えば雑魚といっても過言ではない。
だが、ラスボスのヴェーグ・ヴォーレは、No.2であったグレゴリ・ダークマターの実力をも遥かに凌ぐ攻撃力を持つ。
それだけに、本当に手強いのだ。
地球には、ペグナムの跡を継いだ大聖神マルストが降臨していた。
ヴェーグ・ヴォーレの地球襲来が予測される中、神々の王の命で急遽派遣されたのだ。
マルストは、神々の中ではペグナムよりも、以前から大変上級の存在とされていた。
そうは言っても、共に戦いに打って出られる程のチラン耐性を持つものは、地球には最早遥希とエルピリスの二人のみ。
絶体絶命だった。
だが、これが最後の脅威なのだ。
少なくとももうこの天の川銀河には、それ程の悪は他には一切存在しない。
何としてでも生きねば。
そして、世界を救わねば。
別れたばかりの遥希とエルピリスは再び顔を合わせ、マルストから、秘義クリスタル・サンダー・バーストを伝授されていた。
この苦境を乗り越えれば、安寧の時代がやって来る。
まさに正念場だ。

冬の終わり。
遂に大鬼神ヴェーグ・ヴォーレが侵略してきた。
見る間に空模様が急変、雷鳴が辺りに轟いた。
地面から現れる敵の数々、およそ二千。
雑魚とは言っても、これはしんどい。
こちらは大聖神マルストを含めてもたったの三人。
戦いの様子を人々は、今度は避難所のテレビで固唾を呑んで見守っていた。
「今から私は爆死する。非核超高温度熱エネルギー爆弾を体内に仕込んだ。これを私の体内のエネルギーと融合させる。これが私の最初で最後の攻撃だ。間髪を入れずにクリスタル・サンダー・バーストを敵に浴びせて欲しい。それでも駄目なら特攻するのだ。いいな。何度も言うがこれが最後の敵だ。頼む、頑張ってくれ!」
語気に、そして圧に押されて、二人は頷くのみだった。

勇敢なTVクルーが取材に押し寄せている。
蛮勇とも取れなくもないが、使命感があるのだ。
ある意味では称賛に値する。
残念ながら、自衛隊の装備は全く役に立たない。
世界の運命は、たった一人の神と、二人の人間に託されているのだ。

戦闘開始。
例によってシールドを張って、敵の攻撃からマルストを守るのだが、敵の圧が強過ぎて押されている。
数の差が物を言っているのだ。
時間がない。
爆弾を抱えたマルスト、早速瞬時にヴェーグ・ヴォーレの懐に飛び込む。
ペグナム、ベグベドス、そしてマルスト。
悲しかった。
だが感傷に浸っている猶予は少しもない。
直ちにクリスタル・サンダー・バーストを打ち込む遥希とエルピリス。
だが、この状態ではシールドが使えない。
数は圧倒的に先方が多いのだ。
隙を見てヴェーグ・ヴォーレが遥希に襲い掛かる。
さしものチラン耐性を持つ遥希も、これまでか。
その時だった。
「やめてーっ!!」
祐太郎が遥希を庇おうとしたのだ。
ここで祐太郎を死なせる訳には、絶対にいかない。
遥希は絶叫した。
ヴェーグ・ヴォーレとその配下の攻撃を持ち前のチラン耐性の最大限の解放で跳ね返しながら、クリスタル・サンダー・バーストを限界まで放出する。
「うぉりゃーっっ!!」

遥希は、気絶していた。
息はある。
大丈夫だ。
だが、エネルギーを使い過ぎて、チラン耐性をなくしてしまっていた。
結局エルピリスだけが、チラン耐性を残す事となった。
だがこれからの地球には恐らく、長い平和が訪れる事だろう。
敵の総大将とも言えるヴェーグ・ヴォーレの脅威は、去ったのだ。
推測ではあるが、チラン耐性はもう、必要ないと言えばそう言えなくもなかった。
少なくともこの時点ではそうだった。
だから、これで良かったのだろう、皆がそう思っていた。

「大丈夫か、遥希。」
エルピリスが病院で、意識を取り戻した遥希に心配そうに声を掛ける。
盟友なのだ。
絆がある。
その横には、最愛の祐太郎の姿。
遥希は無事に任務を終えて、幸せだった。

一連の活躍を受けて、遥希には公演やTV出演のオファーが殺到した。
父親の親類が経営する会社に入社した事もあり、土木作業員の仕事とも、これでお別れだ。
エルピリスは故郷に戻る。
今度こそ、別れの時がやって来たのだ。
遥希は、今度は泣かなかった。
一回り大きく強くなっていた遥希は、胸を張っていた。
晴れやかな、それぞれの旅立ちだった。

遥希と祐太郎、住まいが変わった。
最初の戦い以降の二人は、遥希の父親が都内の下町で経営する小さなワンルームマンションに暮らしていたのだが、二度目の活躍によって、部屋が少し広くなった。
もちろん、遥希の父親からの贈り物である。
それは賃貸物件の空き部屋ではあったが、父親が経営する物件であり、便宜を図ってくれたお陰で、家賃はタダだ。
息子の活躍が、余程嬉しかったのだろう。

これからは、二人で共に生きてゆく。
手を取り合って、どんな時にでも助け合ってゆく。
まさに前途洋々、二人にはきっと、幸せな未来が待っているのだ。
それはヒーローである遥希に相応しい、輝かしい門出だった。
二人共、笑顔がとても良く似合う。
遅い雪がちらつく中でも、手を取り合って元気だった。
忘れられない季節となった冬、二人にとっては大切な記念となった。

ある日、寄り添い合って物思いに耽る二人。
これまで、色々あったからだ。
それは、何でもないのにのちにいつまでも忘れられない思い出となる、ある昼下がりの事だったーー。
空は澄み渡って、天高く二人を見下ろしていた。
それを見た二人は、空の星となった皆の分まで、幸せになろう、そう誓った。
本当に、心からそう思ったのだった。
「さよなら、ありがとう、みんな。」
遥希は心の中で、はっきりとそう呟いていた。

お・し・ま・い

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ひよこ小噺 by [SU]

ドンっ!と地面に音が響いた。
青年がジャンプして、着地したのだ。
砂埃が舞う。
そこへ、一羽のひよこがやって来た。
「子供みたいなそこのお兄さん、僕を飼って。」
辺りを見回す青年。
だがそこには、ひよこ一羽がいるのみ。
首を傾げながらその場を去ろうとするとーー。
「待って!僕を飼って!いい事あるよ、きっとだょ。」
青年は目を丸くした。
ひよこが喋っているようにしか、聞こえなかったからである。
いよいよ俺もお終いか、そう思って項垂れながら帰宅しようとするのだがーー。
「飼って、飼って。お願い、お願い。」
よちよち歩きで追い掛けて来て、そう言いながら擦り寄って来るのだから、たまらない。
「じゃあ、ちょっとだけ。」
もしや俺は正常なのでは、そう思いながら手のひらにひよこを乗せて歩き出す青年。
名を明久と言った。
それにしても、ちょっとだけと言ったせいか、ひよこがうるさいうるさい。
「ずっと飼って、ずっと飼って。」
ひよこに懇願されるのだが、困った。
鶏になられたら、面倒など見切れないのだ。
そんな思いを知ってか知らずか、ひよこは意味不明な事を口にし出した。
「僕、ずっとこのままだょ!鶏にならないの。邪魔にならないょ!いいでしょ、ね。」
「その話が本当だとしても、和成が見たらなんて言うかな。嫌がらないといいけど。」
明久はこの後の事を考えると、苦虫を噛み潰したような顔をして、ぼそぼそと呟くのだった。

和成は、明久と同い年の同居人。
明久と和成は、大学時代から付き合っているのだ。
今は二人共、別々の企業に勤め始めたばかりのサラリーマン。
物件探しは難航した。
お互いに荷物が多い上に、予算が限られている。
その上、何しろゲイだ。
まだ差別はある。
結局、LGBTに優しい不動産会社を見つけて、そこで今の住居を見つけた。
問い合わせを重ねた上で、四物件目の内見でようやく見つかった新居、二人共当時は喜んだものだ。

入居当日、ささやかなパーティーをした。
たくさんのチキンにローストビーフ、マリネにピザ、そしてホールケーキ。
美味しそうに頬張る互いの笑顔が、嬉しい。
それ以来、前にも増して毎日が楽しかったのだ。
だが、和成は動物が得意ではない。
せっかくの入居以来の良いムードに、水を差すような事にならなければ良いが。
どうしたものか。
明久は考えあぐねていた。

明久は二年前、大学のキャンパスで、和成に告白されていた。
「もし良かったら、お付き合いしない?」
冗談で言っているのではないか、そんな不安も頭をもたげたが、優しそうだったから、他に懸念もないので受け入れる事にした。

当時は二人共実家から通う身。
なかなか気を遣っていた訳で。
若いから抱き合う事も度々だったが、そっと声を忍ばせて、極力無音で行為に没頭する。
どちらの部屋でするかは、何となくの雰囲気で決める。
たとえば、明久の母は今朝機嫌が悪そうだったから、和成の家でしよう、とか。
部屋に入る際はノックをするようにと、親にはきつく言ってあった。
どちらの親も年頃の男の子の部屋にノックもせずに入る程には、デリカシーがない訳ではなかった。
しかし、それでも時に事故は発生する。
そんな時は互いに気まずいものだが、唯一の救いはどちらの親も無言で見逃してくれた事である。
ちなみに、どちらも両親にはカミングアウト済み。
何となく受け入れられているような、或いはちょっとだけ冷たい目で見られているような。
そんな感じ。
まぁ何れにせよ二人共、大きな問題は抱えていなかったのだった。

二年というのは、実にあっという間だった。
ただ夢中に過ぎていった感じだ。
そして現在、夕暮れ時。
今こうして、予定していた買い物もせずに、ひよこを連れて帰るのである。
もしも飼っても良いとのお達しが出たら、後で何かで埋め合わせをしなければ、そう思う明久なのだった。
そうだ、とりあえず今夜の夕食は宅配ピザにしよう。
二人共大好物なのだ。
それがいい、そう思って明久は家路を急ぐのだった。

途中、ひよこが言う。
「明久さんみたいに僕の言葉が分かるのは、五百万人に一人居るか居ないかくらいなの。後天的に、突然変異でそうなる人が多いみたい。とにかく、数は少ないんだ。でも、明久さんと手を繋いだ人は、繋いでいる時だけ僕の言葉が分かるんだょ。」
帰ったら早速、和成の手でも握ってみようか、などと思う明久なのだった。

2DKのアパートに住む二人。
コミックや同人誌、DVDやBlu-rayなど荷物が多いので、ひと部屋ひと部屋がそこそこ広いのは助かる。
そうでないと、座る場所もなくなってしまうのだ。

「明久、お帰りー。ところでそのひよこ、どったの?」
「うん、飼おうと思って。ちょっと僕の手、握ってみ。」
和成は存外すんなりと手を出した。
こうなればしめたもの。
早速ひよこが喋り始める。
「こんにちは、和成さん。僕は怖くないょ。そんなに驚かないで。」
ひよこの声を聞いて和成、目を丸くしていたのだ。
「僕と手を繋いでいる時だけ、このひよこの声が聞こえるの。面白いでしょ。」
明久はそう言って、笑ってみせた。
和成はというと、相変わらず呆気に取られたような顔をしながら、手を繋いだり離したりしていたーー。

薄暗い倉庫の中。
大柄な男が二人、ひそひそと話をしている。
「おい、まずいぞ!脈がない。殺せとは言わなかった筈だ!一体どうするつもりだ!」
兄の怒りの前に、弟はなすすべもない。
「仕方ない。この近くの森の土中に埋めるしかないな。もうすぐ夕方だ。暗くなってくるし、人も居まい。都合がいい。お前も運び出すの手伝え!そっち持て!」
「うん、済まない……。」
弟は気が弱いらしく、涙を見せていた。
「泣いたって始まらないんだよ。全く、ドジが。」
まだ少し人としての温もりを残した声で、兄は弟に零していた。
陽は傾き、辺りはだいぶ暗くなって来ていた。
倉庫の中にはシャベルがあった。
無造作に手に取りそれぞれ脇に抱えると、森まで黒い包みで覆った遺体を運び、二人して穴を掘る。
黙々と。
二人共指紋を残さないようにと、犯行前から薄手の使い捨てゴム手袋を付けていた。
用意周到、もちろん兄の思い付きである。
強姦殺人だ。
捕まれば量刑は、大変重い。
何としてでも、逃げ延びなければ。
この時の二人は、そんな気持ちでいっぱいだった。

ひよこは、心配だった。
風の噂、つい先日お世話になった恩人の女性が、屈強な男に付け狙われているというのだ。
ついこの間の事。
足を怪我していたひよこは、痛みに耐えきれず泣きながら飼い主を探していた。
ただ、ひよこの言葉を分かる人間は、世の中にはごく少数。
出会える確率は、限りなくゼロに近かった。
そんな中出会ったのが、先頃空の星となった女性獣医師だ。ひよこと出会った時、彼女はハイキング中だった。
ひよこの言葉は分からなかったが、その怪我を見て、治してやる事にした。
元から飼うつもりはなかった。
マンション住まいなのだ。
鶏になられても困るのである。
だから怪我を治したら、はなからハイキングをしていた森に戻すつもりだったのだ。
何故森にひよこが、と疑問には思ったが、他に方法も思い付かなかった。
ひよこの怪我も治り、いよいよお別れの時。
ひよこは離れたくなくて泣いていたが、その気持ちまでは獣医師には伝わらなかった。
そんな時だった。
大柄な男二人組が近付いて来る。
ひよこは警戒して素っ頓狂な声を上げるのだが、二人組の片割れに放り投げられてしまった。
幸いこの時には、落ち葉のクッションがあったお陰で、ひよこに怪我はなかった。
その一部始終を見ていた女性獣医師、毅然として兄弟を追い払った。
兄弟は性行為目的で声を掛けていたのだ。
だが、特にしつこかった兄の方が女性獣医師からビンタを受けた事で、彼本来の冷酷な一面があらわになってしまう事となる。

男達、その場は引き下がった。
まだ日が高い。
彼女が森から帰るまで待とう、それが兄の方の出した結論だった。

獣医師、転がっていたひよこを手のひらに乗せると、そっと頭を撫でるのだった。
「大丈夫みたい。良かった。」
そう言って獣医師は、ひよこを森に放してやる。
ひよこは、心底から心配していた。
何しろ、先程の兄の方の目付き、尋常ならざるものがあったからだ。

ひよこの懸念は、的中してしまった。
その事を、当のひよこはまだ知らない。
だが、虫の知らせとでもいうのだろうか。
嫌な予感はしていたのだ。
そしてその後、ひよこは怒りに打ち震える事となるーー。

あくる日。
女性獣医師の捜索が、本格的に始まった。
獣医師には旦那がおり、彼からの通報で警察が動いたのだ。
明久と和成は、ひよこを連れて現場の森に忍び込んでいた。
ひよこの友達の小鳥が、獣医師失踪の情報をくれたのだ。
まだ警察は、森が遺体を埋められた現場であるとの確証は、持っていない。
それでもひよこは、ここなら埋める場所としては申し分ない、そう思っていた。
ひよこは、獣医師が残念ながら生きてはいないと、確信していたのだ。
何としてでも犯人を見つける、ひよこはそう固く心に誓うのだった。

ひよこは、あの時の二人組の顔をはっきりと覚えていた。
その二人組が犯人に違いないと、そう思っていた。
だが、証拠がない。
ひよこは思い立って、明久に言った。
「僕、一部の森の動物達とも話せるんだ。森中を、僕を持って歩き回ってくれないかな?僕は森の動物達に声を掛け続けるよ。お願い!」
ひよこの真意を理解した明久は、和成と共に森中を彷徨い始めた。
ただ、森の動物達皆が話せる訳ではない。
それから三時間。
もう無理か、一同が諦めかけたその時。
「ひよこさん、ひよこさん。」
ふと足元を見ると、色鮮やかな綺麗な蛙が、ひよこに話し掛けているではないか。
明久にもその声は聞こえる。
明久は和成にも分かるようにと、その手を握った。
蛙は言う。
「この真下に、大きな黒い包みが埋められているょ。それを探しているのかな?」
ここで、絵の得意な明久が提案した。
「僕が包みを埋めた犯人の似顔絵を描くよ。ひよこちゃん、蛙さん、特徴を教えて!出来るだけ詳細にね。」
「了解したょ!」
こんな事もあろうかと、明久、鞄の中に小さなスケッチブックとペンを忍ばせておいたのだ。
念の為の備えがここで、役に立った。

時間を掛けて入念にスケッチ。
それを見たひよこと蛙、声を揃えて「そうそう!」と叫んだ。
ここで蛙が一言。
「包みを埋めた二人組、互いの事を“てつじ”、“じんた”と呼び合っていたょ。」
「それだ!すぐに警察に行こう!森には、散歩に来ていた、という事にしよう。」
ひよこを鞄の中に入れると明久、蛙にお礼を一言。
蛙はぴょん、と一回飛び跳ねた。

その日の夕方ーー。
警察は件の場所を掘り返していた。
明久と和成の証言通り、黒い包みが出て来た。
中に入っていたのは予想通り、獣医師の遺体だった。
「出たぞー!」
「間違いない!」
俄かに辺りが騒がしくなる。
その声に紛れて、ひよこの啜り泣く声が微かに、風に乗った。
それを聞いて明久は、何とか犯人が捕まって欲しい、そう思うばかりだった。

兄弟には、強姦の前科があった。
身元は、割れた。
似顔絵と、蛙が教えてくれた名前のお陰だ。
だが、その住まいには既に人の気配はなく、兄弟が逃避行をしている事は明白だった。

ひと月以上経って、指名手配された。
それから程なくして、兄弟は捕まった。
九州の、福岡での事だった。

兄弟は幼い頃に両親を亡くし、以降親戚の家々をたらい回しにされて来た。
素行が悪く、何かある度に堪りかねた親戚の人間に、見放されてしまう。
特に思春期を迎えてからは、女の子に対する性的暴行を繰り返してばかりだった。
事の最中に写真やビデオを撮れば、被害者は黙っていた。
泣き寝入りする他なかったのだ。
だが兄弟が二十歳を過ぎた頃に、ある勇敢な被害者が警察へと駆け込んで、事態は急転した。
兄弟は、前科者となった。

出所後しばらくの間、兄弟は真面目に働き、真面目に生きていた。
それでも根っからの悪の事、ストレスが溜まる一方だった事もあり、次第に生活は荒廃していった。
そんな中での、獣医師との遭遇。
獣医師にとっては、不幸だった。
獣医師は子供を宿していた。
夫は来る日も来る日も、悲嘆に暮れていたーー。

後日。
事件の解決に協力してくれた蛙に、明久は声を掛ける。
「ねぇ蛙さん、良かったらうちに来ない?みんなで住んだら、きっと楽しいょ。」
「いやぁ、いいょ。ここの方が住みいいからね。また遊びにおいでょ。」
「了解!色々、ありがとね。」
念の為に明久が住所を教えて、蛙とは一旦お別れ。
だがこの後、もう一つの事件が起こる。
その目撃者となる蛙は、再び明久達とタッグを組む事になるのだ。

休日。
獣医師の強姦殺人の現場ともなった古い空き倉庫、その近くまで蛙は散歩に来ていた。
そこで蛙は、驚くべき光景を目の当たりにする。

倉庫の中から物音がする。
蛙はそっと気配を消すと、サッシの近くまで忍び寄った。
引き戸は完全には閉まっておらず、隙間から中を覗き込んだ。
次の瞬間、蛙は凍り付いた。
中学生位だろうか。
痩せ型の三人組が、一人の太った子に暴行を加えているのだ。
急がねばならなかった。
中の様子から察するに、もう一刻の猶予もない。
これは大変とばかりに蛙は、明久達の住むアパートへと駆け出すのだった。
途中、同じ方向に向かうトラックの荷台に乗って、ショートカット。
十分程でアパートへと辿り着いた。
部屋が一階で幸いした。
窓の方に回り、ケロケロと鳴いてみる蛙。
程なくして、明久が窓を開けてくれた。
「やぁ蛙さん、どうしたの?」
「中学生位の太った男の子が、三人組に暴行されてるんだ。場所は森の近くの空き倉庫。早く助けないと男の子が死んじゃう!」
これを聞いた明久、すかさず警察へと通報する。
その後明久も、和成やひよこ、蛙と共に現場へと急ぐ。

間に合った、というべきか。
少なくともまだ亡くなってはおらず、被害者の少年、辛うじて息があった。
警察が加害少年を取り押さえる。
被害者の少年はすぐに救急搬送された。

事情聴取を受け、帰宅する明久達。
皆、無言である。
蛙も今日は同行していた。
事件が続発した森には怖くて居られないというのが、その理由である。

被害者の少年は、ゲイであった。
可哀想に、暴行によって後遺症が残ってしまった。
加害者の三人組は、被害者の二つ上の学年の、同じ学校の生徒達。
弟が被害者の少年と交際している事に腹を立てたリーダーが、子分二人を引き連れてターゲットを呼び出し、暴行したのだ。
病院には、被害者の交際相手の少年が毎日のように見舞いに訪れていた。
被害者の少年は、右手に麻痺が残ったが、意識は清明だ。
利き手なのが辛い所だが、怪我の割には障害は、浅かった。
交際相手の少年が自分を見捨てないで居てくれた事が嬉しかったらしく、被害者の少年は毎日、笑顔だった。
明久達も見舞いに訪れた。
同じゲイ同士、年は離れていても、分かり合えた。
「これからもずっと、仲良く居られるといいね。」
和成の言葉に、少年二人は大きく頷いた。

それからは毎日が平和で、皆で楽しく暮らしていた。
ひよこにはピヨ、蛙にはケロと名前を付けた。
特にピヨは、二人からずっとひよこちゃんと呼ばれていたから、名前が付いてそれはもう、嬉しかった。
二人は、警察から感謝状を貰った。
嬉しかったが、本当はピヨやケロにあげたかった。

これからは賑やかな日常が、二人を待っている。
ピヨ、生まれては来たものの雄のひよこなので殺処分されそうになり、命からがら逃げ出して来たのだ。
それからは餌を探すのも一苦労で、明久に出会った時は本当に、必死だったのだ。
だが、もう心配はない。
ケロ共々、長く幸せな暮らしが待っている。
喋る動物は、長生きなのだ。
ふと、和成の頰にキスをする明久。
ピヨとケロの前でだ。
「こんな所で始めないでょ!」
ピヨはそう言うのだが、ここは一応家の中。
お構いなしだ。
幸せな二人、ピヨとケロも揃って、ますます絶好調なのだ。
ピヨやケロと出会ってから季節は流れ、いよいよ冬が近付いて来る。
二人は、毎日何を食べるかで頭がいっぱいだ。
もちろん、ウインタースポーツも楽しみの一つ。
忘れられない日々が、これから先もずっと続いてゆく。
きっと、もっと幸せになれる。
そう思えた二人に、神様はきっと、微笑んだ筈だ。
何しろ、ピヨとケロはもしかしたら、神様の使いなのかも知れなかったのだからーー。

お・し・ま・い

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三毛猫と白猫 [其ノ捌]

虫の音が鳴り響く。
もうすっかり秋だ。
青年は、公園の池の前のベンチに腰掛けたまま、動けないでいた。

恋をしていた。
相手は、男だった。
青年は、戸惑った。
遅い、遅い初恋。

或いは今から思えば、これが初恋ではないかというような出会いは、それ以前にもあったかも知れない。
ただ、まさかそんな筈がないだろう、相手が男だなんて、というような思い込みのせいで、自分がゲイである事に気付くのは、それから随分と経ってからの事だった。

ゲイである事を先に父に打ち明ける事は、考えられなかった。
気性が荒く、何が起きるか分からない。
だから母に打ち明けた。
一喝された。
「あなた、長男でしょ!結婚して、子供作りなさい!」
普段は穏やかな母でさえも、この調子だ。
父に打ち明けなくて、良かった。
青年は心からそう思った。

青年は、畜生なのだろうか?
男を好きなだけで?
まさか。
そうは思うも青年、長男なのだ。
責任というものがある。
どうするか。

青年は回らない頭で、今後の己の人生について、考えるのだった。
向かい風が冷たい。
ベンチからようやく腰を上げた青年は、気が乗らない足取りで、自宅へと帰るのだった。

青年は、名を由之と言った。
少し内気な所があって友人は一人だけだが、後は至って普通である。

いつかの夏、由之は虫を捕まえた事があった。
カブトムシだ。
それはもう、大きかった。
自分で買った小さな虫籠に入れて喜び勇んで家に持ち帰る由之。
だが、父が怒った。
後で知った事だが、父は虫が大嫌いなのだ。
「捨てて来い!そうするまで、家には入れん!」
由之は泣きながら、さっき歩いて来た道を、反対に進むのだった。
泣きべそをかいている由之を見て哀れに思ったのか、顔見知りの子が駆け寄って来る。
増太郎だ。
偶然すれ違ったのだが、こんな顔を見せるのは恥ずかしい、そう思って逃げようとした。
すると増太郎、こう言った。
「せっかく心配してるのに。逃げるなんて畜生のする事だょ。」
顔面蒼白とはこの事だ。
でも、仕方ない。
覚悟を決めて、全てを洗いざらい話した。
「アハハ!怖いお父さんだね。」
笑われてしまった。
増太郎のお父さんはさぞかし良いお父さんなのだろうと思うと正直、羨ましいのだった。
「良かったらそのカブトムシ、僕が飼うょ。遊びに来たら、見せてあげる!」
「うん、分かった!ありがとう。」
それ以来、増太郎とはずっと仲が良かった。
しかし今頃になって恋に堕ちるとは、まさか。
あれから何年経つだろうか。
告白しても、玉砕するに決まっている。
そう思うと、ますます気が滅入るのだった。

由之は、思い立って散歩に出掛けた。
こんな時の気分転換には、ちょうどいい。
銀杏並木の綺麗な道を、そぞろ歩く。
天高く浮かぶ雲間から差し込む光が、銀杏の葉を金色に染めて、それは綺麗だった。

と、片隅に白い猫が横たわっていた。
ぐったりして、何だか元気がなさそうだ。
そのままにしておく訳にもいくまい、そう思った由之は、一旦家に連れて帰る事にする。
動物病院に連れて行くにも、お金が必要だからだ。
帰れば貯金があるが、あいにく今は手持ちがないのだ。

帰ってみると玄関先で、ちょうど出掛ける所だった母と出くわした由之。
「あら、飼うの?別にいいけど、協力はしないわよ。」
母からはOKが出た。
この分だと父も大丈夫だろう。
こういった件に関する主導権は、母が握っているので。
協力が得られないというのも、むしろその方がバイトに精が出るというもの。
それもまた良し。

この時、由之は、大学一年生。
恋の相手の増太郎とは、同じ学年、同じ学部。

「なぁ、猫を飼い始めたんだょ。」
「へぇ、お前がか。そういうタイプには見えなかったがな。可愛いのか?」
「うん、見に来るか?喋るぞ。」
「マジか!?噂には聞いていたが、本当に居るとはなぁ、喋る猫。」

遡る事一週間前。
由之が猫を拾った日。
動物病院で即手術、痛い出費だったが仕方ない。
少しの間の入院。
怪我をしていたのだが、命に別条がなくて良かった。
由之は安堵した。
で、後日。
白猫を連れて家に戻り、部屋に着いた所で、その猫がである。
喋り出したのだ。
由之、腰が抜けそうになった。
喋る猫など、都市伝説の中だけの存在だとばかり思っていたからだ。
まさか本当に居るとは。
「こんにちは、私はララ。助けてくれてありがとう。しばらくの間厄介になると思うけれど、いいかしら?」
もちろん由之としてはそのつもりで連れて来た訳で、異存はない。
ララさえ良ければ、ずっと居てくれても構わないと思っている。
「ありがとう!そうさせて頂くわ!お礼はいつか必ずするから、待ってて。」
お礼など、特に必要はなかった。
ララが元気で側に居てさえくれればそれでいい、由之はそう思っていた。
「あら、そうはいかないわ。友達の三毛猫に頼めば、小さな願い事を三つ、叶えてくれるわ。調子が戻ったらテレパシーで連絡を取ってみるから、待っててね。まだ遠方の相手とテレパシー出来る程には、回復していないの。ごめんなさい。」
そういえばこのやり取りも、ララが由之の心を読む事で成り立っていた。
こんな事が両親に知れたら金儲けの道具とするに違いない、由之はそう心配した。
「分かったわ。ご両親の前では喋らないから、安心して。」
ひとまず安心。

そして再び一週間後、いよいよ増太郎が由之の家に遊びに来たのだ。
「ちわーっす。」
「さ、上がって上がって。」
玄関を抜けて階段を上り、由之が自室のドアを大きく開けると、ララが床の上にちんまりと座っていた。
「あら、由之さんのお友達ね。こんにちは、私はララ。仲良くしてね。」
ララ、ウインクを忘れない。
考えてみれば今時、珍しい事だ。
増太郎はララを抱き上げた。
可愛くて仕方ないといった風情だ。
「なぁ、この猫俺にくれよ。」
「嫌だよん。」
「やっぱ駄目かー。でも可愛いな、雌なのな。」
夕方、雲行きが怪しい。
急いで帰ろうとする増太郎に、ララが声を掛ける。
「また会いましょうね!」
増太郎は、黙って頷いた。
飛び切りの、笑顔だった。

ララが由之の元で骨をうずめようとしているのには、訳がある。
黒秘岩の影響で同じ猫と喋れるようになった黒猫のゴンに、ストーキングされているのだ。
人間の飼い主が居ると心強い、ララはそう思ったのだ。
そもそもララは、もう恋をするつもりなどなかった。
昔、ララはトラ猫のシンタと恋に堕ちた。
シンタはトラ猫としては珍しく、猫同士ならば喋れたのだ。
だがシンタは重篤な感染症に罹ってしまい、ララの懸命な看病も虚しく、あっという間に空の星となってしまった。
ララはそれ以来、シンタとの短い思い出を胸に秘め、他のどんな猫にも恋をする事なく生きて来たのだ。
それはララのポリシーであるから、誰にも変えられない。
そんな事など知る由もないゴン、自分がララを守るのだと息巻いている。
ララがゴンから急いで逃げようとして、車にはねられたのだという事も知らずに。

雨の夜。
ざあざあと、音がする。
ゴンは由之の家の軒先で、雨宿り。
そこへやって来たのは、三毛猫に恨みを持つ、不良猫の最後の一匹。
他の不良猫達は、獰猛なせいで皆、保健所送りとなってしまった。
そのきっかけを作ったのが三毛猫だったので、恨んでいるのだ。
白猫は三毛猫と仲が良い。
利用出来ると踏んでいた。
不良猫はゴンに近付く。
「何だ。俺に何か用か。」
ゴンが振り向くと、不良猫は飛び掛かった。
ーー五分後。
ゴンは見るも無残な姿に変わり果てていた。
不良猫は、二階の窓の向こうのララに声を掛ける。
不良猫は知能が発達しており、やはり同じ猫となら会話が出来るのだ。
「よぉ、ララ。俺はお前の味方だ。その証拠に、ゴンを殺してやった。困っていたんだろう?その代わりと言っちゃ何だが、頼みたい事があるんだ。下まで降りて来てくれ。」
この不良猫は単細胞な所があったから、これでララを人質に取れると踏んでいた。
だが、ララは無視を決め込んだ。
不良猫の考える事など、お見通しだったのである。
終いには、あんまりうるさく鳴くものだから、由之の母が箒を持って飛び出して来てしまった。
その剣幕に怯んだ不良猫、たちまち退散である。
しかし、驚いたのは由之の母だ。
惨たらしい猫の死骸が、路上に転がっているのだ。
念の為に、警察に通報する由之の母。
これで不良猫は、ララに近付く事が出来なくなった。

ある夜。
由之は、悪夢にうなされていた。
母が亡くなる夢だった。
「どうしたの、由之さん。辛そうだったわ。大丈夫?」
ララを起こしてしまったようだ。
ララ、心配して由之に声を掛ける。
「大丈夫。顔、洗って来る。」
階段を下りて、一階の洗面へ。
途中、躓きそうになる。
どうもおかしい。
冷たい水で顔を洗う。
少し、しゃきっとした。
その日は、気にしないで眠る事にした。

海岸を散策する、ララと由之。
空が高い。
清々しい秋晴れだ。
ララはゴン亡き後、初めての外出だ。
あれから半月が経った。
もう大丈夫だろうと思って、由之が連れ出した。
揃って暫し、ぼんやり。
と、そこへ、携帯の着信。
聞くと、一大事だった。
由之の母が路上で猫に飛び掛かられて転倒、後頭部強打で重体だというのだ。
犯人は、あの不良猫に違いなかった。
ララは体調がすっかり回復していたから、テレパシーで三毛猫達に知らせた。
あの不良猫を、このまま野放しにしておく訳にはいかない。
何としてでも、捕らえなければ。
しかしララは、自分の力では不良猫を捕らえる事は出来ないとも、悟っていた。
だから三毛猫が無事に捕らえてくれる事を、祈るしかなかった。

ララのSOSを受けて、ミミとモモが動き出した。
千里眼の能力を使って、不良猫の潜伏先を特定する。
やがて駆け出す、ミミとモモ。
途中で同じ三毛猫仲間のルルも合流、不良猫を追い詰める。
「ルル、あなたも来てくれて、増える事百人力よ!」
「気にしないで!三方から追い詰めれば、やっつけられるわ!」

増太郎は思っていた。
この頃、由之の事が気になるのだ。
ゲイだという自覚は、あった。
それどころか、付き合った事のある男の子も、過去には居た。
「恋かな……。」
何故今頃、とは思わないでもなかったが、自分の気持ちには正直な増太郎、今度告白してみよう、そう思うのだった。

ルルは内心では、悲嘆に暮れていた。
ゴンの事を密かに、愛していたのだ。
それだけに、不良猫の事は憎かった。
この手で引き裂いてやる、そう覚悟を決めていた。

霧の中。
一羽の鷹が飛び立った。
ルルの命により動いている。
この鷹、ルルとは契りを交わした仲だ。
今回は、万が一にも不良猫を取り逃がす事のないように、いわば保険としての出陣だ。
ルルは本気だ。
そうなれば、鷹としてもみすみす逃す訳にはいかない。
誓いに賭けても。
こうして不良猫は、一気に追い詰められてゆくのだった。

急転直下。
事態は一気に、動いた。
鷹が路上を走る不良猫を、いち早く発見したのだ。
一瞬の出来事だった。
不良猫は絶命した。
しかし、ルルは腹の虫が治まらない。
鷹に合図を送ると、頭上から不良猫の亡骸が落下した。
一心不乱にそれを貪る、ルル。
「ルルちゃん、止めて!」
「そんな事しないで、お願い!」
ミミとモモが悲鳴を上げる。
だが、吹き出した憎しみのせいで、ルルは身体が勝手に動いてしまう。
結局跡形がなくなるまで、ルルは不良猫の亡骸を貪り続けたのだった。

さて、増太郎は一人っ子だ。
そして、ゲイなのである。
内心ではその事を残念に思っていた両親だったが、増太郎の気持ちを慮って、悪くは言わないようにしていたのだ。
子供を二人作れば良かったのに、という声も聞こえてきそうだが、増太郎は高齢でやっと授かった子供、それ以上は無理だったのである。

増太郎にも、苦しい恋はあった。
中学生の頃、部活の後輩に恋をした。
初恋だった。
告白など考えられなかったが、秘めたままにしておくのも、大層しんどかった。
結果、誰にも言えないまま苦しみ悶える事になるのである。
仕方ない。
今となっては、詮ない話である。

かんかん照りの朝。
増太郎が由之への恋を自覚してから、既に十ヶ月が経とうとしていた。
増太郎は由之への告白を済ませており、今日はデートの日である。

告白の日。
空は澄み渡っていた。
増太郎はというと、いつにも増して気合いが入っていた。
正面に由之を迎えて。
増太郎は、叫んだ。
「俺、お前の事が大好きだ。嫌われたって構わない。でも、もし良かったら俺と付き合って欲しい。必ず幸せにする。だから、な?」
由之は一つ大きく頷いて、増太郎に堪らずに抱き付くのだった。

それから程なくして、ララは由之の家を出て行く事にした。
正直、ゴンの事は嫌いだったが、その最期はあまりに衝撃だった。
だからだろう。
ララは独りになりたかったのである。
自責の念に駆られる事、そして悔やまれる事が多過ぎた。
自分が最初から居なければ、ゴンも死なずに済んだ、それは確かなのだから、そう思うのも仕方なかった。
それに、もう危険なゴンが居ない以上、これ以上由之に迷惑を掛ける訳にもいかなかったのである。

で、入れ替わりでやって来たのが、ルルだった。
ゴン亡き後、放浪生活がしんどくなったのが理由で、由之の元を訪ねた。
ララが居なくなったばかりで寂しかった事もあり、由之は歓待した。
是非とも自分の下で暮らして欲しいと願っていたから、ルルの申し出は渡りに船だったーー。

ーーで、再びとあるかんかん照りの朝。
夏のデートの日。
由之は増太郎と二人で、仲睦まじく幸せだった。
傍らにはルルも一緒。
「お前、前飼ってたの白猫だったよな?あの子はどうした?」
「旅に出たょ、独りで。入れ替わりにやって来たのが、このルルなんだ。」
「へぇ、今度は三毛なんだな。」
「可愛いだろ?あげないよん。」
「ちぇっ。つまんねーの。」
ルルをキャリーケースに入れて、電車に乗る僕達。
大きな公園に遊びに行くのだ。

公園に着くと早速、キャリーケースからルルを出してやる。
と、そこへ通り掛かる一匹の野良猫。
ゴンそっくりの黒猫だ。
ルル、いっぺんに恋に堕ちた。
「私、あの雄の黒猫に声を掛けたいの。近寄って頂けるかしら?」
ルルがそういうので、なるべく警戒されないように少しずつ近付く。
話し掛けても言葉が通じなければ、万事休すだ。
だが、心配は杞憂だった。
何とその黒猫、ゴンの弟だったのだ。
弟とあって、当然猫同士でなら、喋れるのである。
ルルは思い切って声を掛ける。
さりげない告白。
「ねぇ、私と付き合ってみない?」
答えはOK。
傷心のルル、この時を境に徐々に復活してゆく事となる。
黒猫の名前はジン。
「ジンもうちにおいでょ!もし良かったら仲良くしようね!」
そんな由之の言葉に甘えるジン、こうしてルルとジンと由之との共同生活がスタートする事になった。

それから幾つかの季節が過ぎゆき、由之も増太郎も就職の時を迎えていた。
由之は郵便局の職員、増太郎は小学校の教員。
仕事柄もあって、ゲイである事は二人共職場では明かしにくいのだが、絆は強いものがある。
ルルは時々願い事を叶える旅に出るのだが、ジンの事があるので、必ず度々戻って来る。
世間体の事もあるので由之と増太郎は一緒には住めなかったが、ごく近所に二人共に住んでいるのだ。
互いの部屋を行き来する毎日。
ルルとジンは普段、由之が預かっている。
仲睦まじい二匹を見ていると、頰が自然と緩む。

ルルの心の傷は、こうして無事に癒えた。
これから先もきっと、皆で仲良くやっていけるだろう。
そう信じられるから、皆それぞれに幸せだった。
未来は明るい、きっとそうに違いない。
皆にとってそれが真実だから、きっとそうだから、共に居られて本当に良かった、それが皆の偽らざる心境だった。
ミミやモモとも仲が良い皆。
どんな困難だって、皆でかかれば乗り越えてゆけるーー。

動き出した二人の運命は、こうして猫達が加速してゆくのだった。

-完-

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夜、林の中で独り。
少しばかりの恐怖を感じつつ、道なき道を進む。
ハイキングで道に迷った。
いわゆる、遭難である。
何かあった時の為にと古めかしい懐中電灯は用意してあった。
点けると蛾が集まって来て鬱陶しい事この上ないのだが、ここは仕方ない。
我慢だ。
思えば、甘く見過ぎていた。
地図さえも持って来ていなかったし、軽装備にもほどがあったのだ。
頼みの綱の携帯も、バッテリー切れ。
懐中電灯を持って来ただけでもまだましだった位だ。
夕方になる前に実家に帰るつもりでいたので、薄着である。
肌寒いのが堪える。

クラスメイトの間で、どういう訳だかアウトドアアクティビティが流行っていた。
友達らしい友達といえば一人位で都合が合わず、他には特に誘う相手も居なかったが、独りであっても一度位は体験してみたかったのである。
今回、軽装備だったのには、油断していた事の他にも、理由がある。
まだ高校三年生。
あれこれ買う程のお金がなかったのだ。
かくして、無謀なチャレンジは行われたのである。

クリームシチューを食べながら、物思いに耽る、とある青年。
「どうしたの?食事中よ。冷めると美味しくないから、早く食べちゃいなさいね。」
母親のそうした声のお陰で、意識は目の前の食卓へと向かった。
青年の名は駿一郎。
もともと妄想癖がある事に加え、長らく抱いている初恋の相手への想いもあり、こうした事はしばしばだった。

食事を終え、自室に戻った駿一郎。
想い人が遭難している事など知る筈もなく、ダラダラとテレビを観て過ごす。
今日は祖母の法事だった。
せっかくの想い人からの誘いを断らざるを得ず、残念だったと思う駿一郎。
だがまぁ、仕方ないのだ。
それは駿一郎も分かってはいた。
遭難している想い人は、名を悠介といった。
駿一郎は悠介と学校で会うのを、楽しみにしていた。
元々友人ではあるので会話はもちろんするのだが、見ているだけでも幸せだった。

三毛猫は焦っていた。
白猫を引き連れて林の中へと入って行く。
お世話になった悠介が遭難している事を知り、助けに来たのだ。
三毛猫は持ち前の能力を使って頭の中で悠介の映像をロールバックしていくのだが、暗い林の中での事、場所の特定には至らなかった。
仕方ないので、白猫と二手に分かれて、捜索を開始する。
それは一見不毛な作業のようにも思えたが、案外あっさりと発見する事が出来た。
何の事はない。
悠介は林の出入口付近をうろうろとしていたのである。

三ヶ月前の晩。
暴走バイクに轢かれて、三毛猫は瀕死の重傷を負った。
それを助けたのが、悠介達一家だったのだ。
人通りの少ない道路の片隅で血を流して横たわる三毛猫を見て、悠介は直ちに家に連絡。
母親の運転する車で動物病院へと急行したのだった。
そんな事もあり、悠介達一家の者は皆、三毛猫が喋れる事を知っている。
三毛猫、最初は驚かれたが、すぐに受け入れてもらえたのだった。

暗い夜道。
三毛猫が悠介達一家と出会うよりも、少しだけ前の事。
三毛猫は道路の端を白猫と歩いていた。
二匹共、お腹が空いていた。
そこへ駿一郎がやって来た。
三毛猫が話し掛ける。
「ねぇ、駿一郎さん。私達お腹が空いているの。力が弱まっているから、少しの間でいいので餌をくださらない?お礼はするわ。元気になったらあなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。」

駿一郎の想い人である悠介、それは彼にとっては長年に亘る初恋の相手だった。
悠介とは幼馴染みだったが、その頃から今までの間ずっと、想いは告げられずにいた。
一生、胸の内にしまっておくつもりだった。
両親には恋の相手については一切告げておらず、そもそもそれが他人とは違う事を、駿一郎は認識していたからだ。
ましてや駿一郎の両親は少し保守的な所がある。
面倒な話になる事を警戒してもいた。
そんな中でのこの話。
猫が喋るとは驚きだったが、何となく風の噂には聞いていた。
まさに渡りに船だったーー。

駿一郎の実家はマンションであり、規約によりペットが飼えない。
仕方ないので、小さな公園の茂みに居てもらう事にした。
少しの間ではあったが、毎日欠かさず餌をあげた。
毛並みが良くなかったので、なけなしのへそくりをはたいてグルーミングしてもらったりもした。
そして、いよいよ三毛猫旅立ちの日。
三毛猫が三つの願い事を聞いて来たので、駿一郎はこう答えた。
「悠介と末永くお付き合い出来る事、両親がゲイについて理解してくれる事、将来仕事に困らない事、この三つ。よろしくお願いします。」
願いを聞き届けると、三毛猫は走り去って行った。
その三毛猫の名前は、ミミ。
「ありがとう、駿一郎さーん!」

それから程なくして。
駿一郎の願いを叶える間もなく、ミミは動物病院の手術台に横たわっていた。
本来ならば助からなくてもおかしくない傷だったのだが、喋る猫は自己治癒能力が高い。
それもあって、何とか一命は取り留めた。
「猫ちゃん、よく頑張りました。助かったのは奇跡です。どうかゆっくり、静養させてやってください。」とは、医師の言葉である。

それ以来、ミミはしばらくの間、悠介達一家の一員となった。
「ミミ、さぁおいで。餌だょ。」
「ありがとう、悠介さん!このお礼は必ずするわ!」
微笑ましい、猫と人間のひと時。
だがこの時、ミミの世話をしていた悠介達一家には、ひたひたと暗い影が忍び寄って来ていたーー。

東京近郊の茂みの中。
そこは不良猫達の溜まり場となっていた。
不良猫達は人間とは会話が出来ないが、同じ猫となら可能である。
三毛猫でも白猫でもない不良猫達だが、地球に落下した隕石の中に含まれていた黒秘岩の影響を微弱に受けて、知能が発達していたのだ。
「ミミの奴、人間に助けられて命拾いしたとか。悪運の強い奴だ。」
遡る事、一年前。
人間の子供を虐めていた不良猫達に出くわしたミミは、一喝する。
虚をつかれた不良猫達は、怯んでしまった。
そこへ子供の両親がやって来て、その場はそれで丸く収まったのだが。
その件でミミは不良猫達から、逆恨みをされるようになってしまった。
「とにかく今はチャンスには違いない。力が弱まっているからな。ミミの奴、何としてでもとっちめないと。匿っている家族も、ただでは済まさん!野郎共、行くぞ!」
ボスの一声で、数十匹の獰猛な猫達が雄叫びを上げた。
「うぉーっっ!!」

いち早くこの事態を察知したのは、力が弱まっているミミではなく、同じ三毛猫仲間のモモだった。
何とか食い止めねば、そう思ってテレパシーで仲間を集めるモモ。
だが、数が足りない。
このままでは悠介達やミミを守れない。
モモはある策を胸に、悠介達の元へと駆け付けた。

その頃、不良猫達の群れは、大挙して悠介達一家の元へと押し寄せようとしていた。
モモに残された時間は、少なかったーー。

モモは叫んだ。
「悠介さん、開けて!」
幸い、この日は日曜日だった。
程なくして悠介が玄関扉を開ける。
すかさずモモは事情を説明する。
モモは悠介達一家三人の共通の願い事を、一つだけ叶えるのだった。
それは、不良猫達が人や他の動植物に危害を加える前に、人間の手によって追い払われるように、との事だった。
間一髪だった。
地元住民多数からの通報を受けて、警察までもが乗り出して猫を捕獲したのだ。
悠介達一家三人の願いによって、不良猫達の力が大幅に弱まっていた事も、功を奏した。

捕獲された不良猫達は、凶暴だった為に保健所へと連れて行かれた。
引き取り手があったかどうかは、定かではないーー。

モモは悠介の計らいで、久し振りにミミと対面するのだった。
「モモ、ありがとう!助かったわ。力が弱まっていたから、この事態に気付いたのもついさっきなの。お礼は今度必ずするわね!」
「あらミミちゃん、お礼なんていいのょ。それより身体、早く良くなるといいわね。応援してるわ!」

その後、一人でハイキングに行って遭難した悠介は、ミミと白猫ララによって発見され、無事に帰宅した。
戻ってから母にこってり絞られたのは、言うまでもない。
それは朝晩の冷え込みが厳しくなって来た、秋の事だった。

季節は流れ、春。
悠介と駿一郎は揃って、高校卒業の日を迎えていた。
二人共に卒業後は就職する事になっている。

悠介達一家の願い事はモモが既に叶えていたが、改めてミミが叶えてやる事にした。
特別なのである。
悠介は、この先最低限のお金に困らないように、健康で居られるように、素敵な恋が出来るように、との願いをしたのだった。
悠介はこれまで意識はしていなかったが、上手い事に駿一郎の事は結構タイプだったのである。
駿一郎の願いの事もあるので、ミミは悠介と駿一郎とを結び付けたのだった。
告白は悠介から行われた。
駿一郎は、泣いていた。
感無量だったのだ。
泣きながら黙って頷く駿一郎を、抱き寄せる悠介。
二人は、幸せだった。

実はこの時までミミは、悠介達一家の元で暮らしていた。
再び願い事を叶える旅へと、出る事にしたミミ。
悠介達一家とは一旦お別れ、の筈だった。
だが、平和な日常を切り裂く悪事が、不良猫達の残党によって企まれようとしていたーー。
数が多過ぎてモモの力が届かなかった猫達が、数匹程居たのだ。
不良猫達の残党の最初のターゲットは、悠介の母だった。
それを察知したミミ、モモに応援を頼んで企みを阻止すべく動き出す。

「兄貴達が居なくなったのはあの三毛共のせいだ。復讐せねばならん!皆の者、異存はないな!」
「うぉーっ!」
三毛猫と不良猫との、最後になるかも知れない戦いの火蓋がまさにこの時、切って落とされようとしていた。

ミミとモモ、買い物に出ようとして玄関先に居た悠介の母にまとわりつく。
「あらあらミミちゃん、モモちゃん、どうしたの?一緒にお買い物、行く?」
「うん!」
こうして二匹はとりあえず、悠介の母の護衛に就く事に成功する。

悠介は駿一郎を連れて、不動産屋巡りを始めていた。
もうすぐ就職。
二人共地元の企業に就職するのだが、二人で暮らしたいので物件を探していたのだ。
聞けども聞けども、見つからない。
でも二人は、諦めなかった。
探し始めてから三日目、十二部屋目の問い合わせでようやく、男同士で住める物件を探し当てる事が出来た。
ここは地方、難しいのである。

悠介の初恋は、小学校時代にまで遡る。
駿一郎と知り合う、少し前の事。
クラスメイトの男の子が、相手だった。
丸顔で、ふくふくとした体つきが愛くるしかった。
告白しようと思った、何度も。
でも、そもそも恋愛に目覚めているのかさえも分からない相手に告白など、結局の所は出来る筈もないのだった。
諦めた時は、わんわん泣いた。
お陰でその時に、自分がゲイである事も両親に知られてしまった。
そんな悠介に、両親は優しかった。
お陰で悠介は、ひっそりと立ち直る事が出来た。
悠介は知らないままだったが、初恋の相手は異性愛者だったーー。

いよいよ悠介と駿一郎との共同生活が始まる。
二人は、期待に胸を膨らませていた。
そんな折、急報が入る。
スーパーの店内で猫に飛び掛かられた悠介の母が、倒れたというのである。
スーパーに着くまではミミとモモのお陰で安全だった悠介の母だったが、普通に考えてミミとモモは店内にまでは入れない。
それどころか、入口付近に居るだけでも店員に追い払われてしまう。
そこが盲点だった。
一目散に店内に駆け込む不良猫の残党を食い止める事が、二匹には出来なかったのだ。

三日後。
病室のベッドサイドで語り明かす、悠介と駿一郎。
幸いな事に悠介の母は、怪我はしたものの大事には至らなかったのだ。
不幸中の幸いである。
不良猫の残党は、保健所行きとなった。
母は寝ている。
「転校して来た時は、よく分からない奴だと思ったょ。でもすぐに仲良くなったんだよね。」
「そうそう。」
駿一郎は小四の時に悠介の通う学校にやって来た、転校生だった。
いじめられっ子だった悠介は、転校して来たばかりの駿一郎に助けられる事となる。
駿一郎、普段は優しい顔付きなのだが、怒ると般若のようになるのだ。
喧嘩にも自信がある。
それはもう、威圧感満点である。
それ以来、二人の友情は確固たるものとなった。
しかし、友情を壊したくないが為に悠介は、駿一郎を恋愛の対象としては遠ざけていた。
その為に、長きに亘って駿一郎の片想いが続いた。
「夏、一緒にプールに行った時、溺れそうになったのを助けられたんだよね。」
「よく二人で泳ぎの練習に行ったね。」
悠介はかなづちだった。
スポーツ万能だった駿一郎とは、好対照だった。
それでも、辛抱強い駿一郎の教えによって、その後どうにか泳げるようになるのである。
ある日、小五の頃。
水泳の授業で、飛び込みの練習があった。
まだ授業での飛び込みが禁止される前、昔の事である。
生まれて初めての事。
悠介、足が竦む。
「頑張れー、悠介!」
駿一郎の声援。
覚悟が、決まった。
「よーし、行くぞ。」
誰にも聞こえないように、小声で。
「パーン!」
皆、それぞれの個性を持った弧を描いて、水面に飛び込んでゆく。
悠介もまた、勇気を内に秘めた弧を描いて、飛び込んでいった。
結果、25m完泳。
この日を境に、悠介は水泳の腕がめきめきと上達するのだった。
高校に入学した頃には、プールで足を付かずに2kmを泳げるまでになっていた。
泳げなければ落ちこぼれ。
必死だったのだ。
勉強では、駿一郎は悠介に助けられる事が多かった。
元々万事に器用な駿一郎だから、悠介の助力もあって、成績は緩やかに上昇していった。
成績の低めだった駿一郎だが、中三の頃には頭の良い悠介と並ぶ程になっていた。
お陰で、同じ高校に進学する事が出来た二人。
受験勉強は、悠介の部屋でいつも一緒にやっていた。
悠介の母が作ってくれるラーメンが、駿一郎の楽しみでもあった。

今日は悠介の母は疲れているようだ。
起こさないようにそっと、病室を後にする二人なのだった。

悠介の両親も駿一郎の両親も、我が子には大学を出て欲しかった。
だがどちらの家も決して、裕福ではない。
それを知っていたから、悠介も駿一郎も就職の道を選んだ。
奨学金制度を利用するのは、気乗りがしなかったのだ。
万が一の際の取り立てが、怖かった。
就職という道を選んだのは、学年の中では、非常に稀有な存在だった。
就職活動は上手く行った。
悠介は頭の回転の良さが評価されて、中堅企業の事務職の仕事を得た。
駿一郎はタフなところが社長に気に入られて、中堅の物流関係の企業に就く事が出来た。
二人共、ミミやモモとは離れ離れになっていた。
猫達は再び、旅の暮らしに戻ったらしい。

昔の話。
家族で、祖母の家に行った。
悠介が中一の頃。
駿一郎も誘って、一緒だった。
夜。
蛍が、舞っていた。
縁側に座って、庭の池の蛍を見入る。
隣には好きな人、駿一郎にとっては至福の時間だった。
夏の忘れられない、掛け替えのない思い出となった。
この事がきっかけで、駿一郎はますます悠介を好きになっていったのだった。

その頃から実は、駿一郎の両親は我が子が同性愛者である事に、薄々感づいていた。
カッとなりやすい父親は、一瞬将来の勘当も考えたのだが、それでも我が子、見捨てられなかったのだ。
ミミの力ももちろん、働いていた。

そこから時は流れて、二人は二十代半ばに突入しようとしていた。
薔薇の花束と“結婚指輪”を持って、悠介は駿一郎の元へと駆け付ける。
着慣れないジャケットを着て、見た目はすっかりお上りさんだ。
でも、駿一郎にとっては、その気持ちが何よりも嬉しかった。
道の真ん中でハグをする。
流石にキスは恥ずかしくて出来なかったが。
二人、“同性婚”をするのだ。
結婚式は行わないが、ちょっとしたパーティーは悠介の実家で開く事にした。
当日、両親や気の置けない仲間に囲まれて、二人は喜びの中にあった。
ミミとモモも駆け付けてくれた。
喋る猫を初めて見る人も居て、大いに盛り上がった。

あれからまた引っ越した。
新居での新生活。
やっと見つけた、二人にとっての理想の部屋。
ついに分譲マンションを買ったのだ。

もちろん、末永く住むつもりだ。
幸い収納はそこそこある。
ゲイである事を認めてくれた両親の為にも、この場所で末永く共に暮らそう、そう思っていた。
特に駿一郎の両親にとってそれは、断腸の思いだったのだから。
それが、二人で決めた唯一の事。
二人の絆は固いのだ。

まずは自分達二人が幸せになる事、それは何よりも大切な事だ。
余裕がないと、他者への気配りなど出来ようもないからだ。苦労して手に入れた共同生活、誰にも渡してなるものか。
そう誓って、二人は今朝も仕事に出掛けるのだった。
これから、たくさんの楽しい思い出が出来たらいいな、そう思えたから、今日も満員の通勤電車に乗り込むのが、苦にならない。
お互いに、出逢えて、良かった。
本当に、良かった。
そう心から思っていた。
帰ったら、今日はご馳走だ。

-完-

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