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Bluebird : ぷくぷくの詩 [Spiritual Fantasy] 1.0.3

そこは日本の片隅の、小さな農村。
段々畑が広がる、長閑な田舎。
その一角に、両親に先立たれた兄弟がおばあと暮らす、古ぼけた小屋があった。
両親は自動車事故に遭って、兄弟の目の前で、見るも無残な姿に変わり果てた。
それ以来兄弟は、おばあの家で暮らしている。
本当は辛かったし寂しかったが、二人は弱音を吐かなかった。
一人じゃない。
そう思えたから、寂しさなんて吹き飛ばせた。
兄弟は日が経つにつれて、丸っこく縦にも横にも成長していった。
二人は、食いしん坊だった。
そんな二人におばあはいつでも優しくて、芋の煮っころがしや野菜炒め、豚汁などを毎日たくさん作ってくれた。
「さ、何にもないけど、たんとおあがり。」
「そんな事ないよ、おばあ!頂きまーす!」
「美味しそう!いつもありがとう!頂きまーす!」
兄弟の元気な声が小屋に響いた。

兄弟は二人とも明るく人懐っこい性格で、通っている中学校ではどちらも人気者だった。
二人とも勉強の方はイマイチだったが、要領は良く、いつも赤点は免れていた。
弟はよく、怒ると頰をぷくぷくとさせていた。
触りたいのだが触るとますます怒るので、見ているだけ。
兄にとっては、それが可愛くて仕方ないのだった。

兄弟は、兄が新太、弟が涼太と言った。
新太のテストの答案が返ってくる日。
中三の夏。
授業で。
「おー、新太。今回もギリギリ赤点は免れたな!次はもうちょっと頑張れ。」
先生の言葉に新太、ペロンと舌を出す。
「新太ー!たまには満点取れよー!」
「新太の頭じゃ無理だって!」
「そりゃそうだな!」
クラス中が大笑いだ。
先生はみんなに「新太にだって可能性はある!やれば出来る!」と言うのだが、誰も聞いてはいなかった。

その頃涼太は、熱を出して寝込んでいた。
この頃、体調を崩していたのだ。
おばあが懸命に面倒をみるが、その甲斐もなく熱は上がる一方。
仕方なく村の小さな診療所の先生に診てもらう事に。
診察を終えた涼太が待合室の椅子にどうにか腰掛けている間、おばあは先生から病気の事を聞いていた。
「涼太は、涼太はどうなんですか?」
「詳しい検査は町の病院で行うのですが、症状から見て急性骨髄性白血病の疑いがあります。残念ですが、手遅れかも知れません。」
「うわぁー!」
おばあはその場で泣き崩れた。
微かに聞こえる、診察室でのおばあの泣き声で、涼太は自分の運命を悟った。

それから涼太は、あっという間に空の星になった。
最期の夜、朦朧とする意識の中で、涼太は頰をぷくぷくと膨らませた。
新太もおばあも、涙をどっと溢れさせた。
「なぁ涼太、どうしてそんなに早く逝っちゃうんだよぉ!」
新太は毎日夜になると、星空を見る度に涙が止まらなかった。
それは、新太が中三の秋を迎える頃の事だった。

新太は高校進学を断念する事にした。
弱り切ったおばあに、これ以上の負担をかけることは出来ないーー。
そう思ったから、だから東京へ出て稼いで、少しでも仕送りしようと思ったのだ。
おばあは涼太が亡くなってから、みるみる衰弱していった。
正直、見ていられなかった。
新太も気分が塞ぎ込んでしまい、学校でこれまでのように振る舞う事が出来なくなった。
自然と、新太は学校で、空気のように透明な存在へと変化していった。
そんな時だった。
この頃、昼休みは屋上で一人で過ごす事が多かった。
そんな新太の隣に、弟の涼太みたいにまん丸なクラスメイトがやって来て、ドカンと座った。
呆気に取られる新太。
埒があかないと思ったのだろう、彼の方から話しかけて来た。
「なぁ新太、卒業したら就職するんだって?」
「うん。康太は?」
「俺も就職。先公、同じクラスから二人も就職する生徒が出たってんで、慌ててたぜ。」
「うち、弟が亡くなってから親代わりのおばあの具合が悪いんだ。日に日に悪化してる。早く就職先見つけて、仕送りしなきゃ。」
「そっか、お前も大変だな。なぁ新太、お前、俺の友達になれ。なんか、可愛いんだよな、お前。」
頭が沸騰した。
そういえば、今まで意識などしていなかったが、康太、ぶっきらぼうながらもなかなか可愛かったりするのだ。
「う、うん。よろしくね。」
片手を差し出すと、ガッチリとハグされた。
苦しいが、ここは我慢だ。
こうして新太と康太は、友達という関係からスタートするのだった。

それからは、霧がかかったようだった心に、光が射した。
新太と康太は、学校の中でも外でも、いつでも一緒だった。
「ねぇ、あの二人、付き合ってるんじゃない?」
「嫌ねぇ。男同士で。不潔!」
何が不潔なのかはよく分からないが、こうした囁きを耳にする機会は日増しに増えていった。
それでも激しい虐めに発展しなかったのは、康太の腕っぷしが強かったからだろう。
「あらやだ、あの二人ラブラブねー。」
「ホントねー!穢らわしいわ!」
またいつもの陰口。
堪らなくなって新太は尋ねた。
「ねぇ康太、あんな事言われて悔しくないの?」
だが、康太は余裕だった。
「弱い奴らに何を言われようが、どうって事ねぇな。言いたい奴らにゃ言わせとけばいいんだよ。」
そう言ってほくそ笑む康太は、いつもよりも更に大きく見えた。

その日、学校からの帰り際。
康太はさりげなく、こう言った。
「お前、ゲイの事って、どう思う?」
これはもしや。
新太は即答した。
「ぼく、康太がゲイでも驚かないし、嫌いにならないょ!」
すると。
いつになく真剣な表情で、康太はこう言った。
「なぁ新太、俺と付き合わねぇか?」
新太は黙って頷いた。
この時の康太の顔は、可愛かった弟の涼太の顔を彷彿とさせたが、一方でより男前でもあり、それがまた大きな魅力でもあった。
顔が火照る。
次の瞬間だった。
校門近くだったので人目もあるというのに、康太は新太にキスをした。
フレンチ・キス。
ハグをして見上げると、そこには優しい笑顔があった。
気が付くと人だかりが出来ていて、みんなが僕らを囃し立てている。
「さ、行くぞ。」
康太に手を引かれて、慌てて駆け出す新太。
「いつでも俺の傍に居れば安心だから、心配すんな。」
遠巻きに眺めては囃し立てる連中など何処吹く風、ケロッとした顔で康太はズンズンと進む。
そう。
どうせ彼らは、康太には手出し出来ないのだ。
喧嘩で康太の右に出る者は居ない。
以来卒業まで新太は、片時も離れず康太の傍に居る事にした。
その点は康太も満更ではなかったようで、二人の絆は一層、深まった。

年明け。
正月が終わったばかりの頃に、新太は康太を家に招待した。
喜んでくれるかと思っていたおばあの顔色が冴えない。
確かに恋愛はしているが、この日まで肉体関係はなく、この日もそんなつもりはなかったのだが。
ゲイである事がもう既に、駄目らしい。
そんな雰囲気がムンムンだ。
や、流石はおばあ。
カミングアウトもしていない上、初見なのに鋭いな。
新太は、そう思っていた。
で、開口一番。
「二人とも女の子みたいだけど。早く良いお嫁さんが見つかると良いわね。」
この調子である。
新太と康太は顔を見合わせると、溜め息を吐いた。
その夜。
康太は新太の家に泊まっていく事になったのだ。
が。
部屋に二枚、布団を敷こうとすると、おばあが怒った。
「新太、あんたは囲炉裏の前で寝なさい!部屋はお客さんに使ってもらうの!当然でしょ。」
これには新太も康太も、何も言えなかった。
結局新太は寒い囲炉裏の前で、震えながら一晩を過ごした。
その日以来、おばあは新太に一言も口を利かなくなった。
ただ同時に、肩の荷が少し下りた気もした。
あ、仕送りしなくてもいいんだーー。
勝手なものだが、これもおばあなりの気の遣い方なのではないかと、そう思ったりもした。

その後も、康太とはとても仲が良かった。
それが唯一の心の救いであり、楽しみでもあった。
特に何をするという訳でもなかったが、一緒に話しているだけで気が晴れた。
季節は冬。
放課後、新太は康太の家にお邪魔する事が多かった。
康太のお母さんは、新太にも優しかった。
自然と新太は、寝る時以外は家に寄り付かなくなった。

春。卒業の季節。
新太と康太は揃って、上京して就職する事になっていた。
卒業式の日。
おばあは酷く体調を崩していて、出席出来なかった。
元々体調が悪かったのだから仕方ないーー。
新太は、その位に考えていた。
それが、甘かった。
式を終え、一旦康太とは別れて帰宅すると。
そこには、天井からぶら下がるおばあの、見るも無残な姿があった。
へなへなと、その場で崩れ落ちる新太。
ふと、ちゃぶ台に目を遣ると、メモ紙が置いてあった。
遺書である。
間違いなくおばあの字だ。
そこには短く、こう書かれていた。
「ホモ、ちゃんと治すんだよ。早くお嫁さんを貰って、天国のおばあに孫の顔を見せておくれ。」
どうしよう、新太はそう思った。
涙が止まらないのだ。
早く警察に通報しなければならないのに。
新太は咄嗟に、康太の家へと駆け出していた。
門の前で。
チャイムを鳴らす。
鼓動がやけにうるさい。
永遠に近い一瞬。
やがて康太のお母さんが玄関扉から姿を現した。
「あら、新太君。待ってて、今康太を呼ぶから。」
程なくして、大きな体がのっそりとこちらに近付く。
「どうした、新太。何か用か?顔色悪いぞ。」
この時の新太にとっては、口で説明するのがもどかしかった。
新太は康太の手を掴むと、家まで引っ張るのだった。
「おいおい、どうした?」
声で、心配してくれているのが分かる。
でも今は、それどころではないーー。

家に着いた新太は、ちゃぶ台の所まで康太を案内する。
「な!?なんだ、これは!」
無理もない。
康太もこんな光景は、初めてだったのだ。
当然だ。
メモを手に取って、見せる新太。
康太の衝撃は、より深いものとなったようだ。
だが、新太が「別れよう」と言い終えるその前に、康太は新太をきつく抱き締めていた。
康太は、泣いていた。
「別れたくねぇ!俺、お前とずっと一緒に居る!」
その時だった。
幻だったのかもしれない。
ただ、青い鳥が確かに舞っているように、新太には見えていた。
やがておばあの姿が目の前に現れる。
おばあは、透き通っていた。
「天国でお前の父さんと母さんに怒られちまってさ。自殺なんかするんじゃない、二人の幸せを願えなくてどうする、ってね。」
続いて、父さんと母さんの姿も目の前に現れた。
やはり透き通っている。
「私たちもついさっき青い鳥に纏わる伝説を知った所でね。おばあと母さん、それに私がこの世界から完全に消える事と引き換えに、弟は蘇る事が出来る。新太、康太君、弟の事、よろしく頼む。」
それだけ言い終えると三人は、その姿を消してゆく。
「父さん、母さん、おばあー!」
新太はぐったりとしてその場に崩れ落ちる。
何やら気配がするので振り返ると、そこには一糸纏わぬ姿で横たわる、弟の涼太の姿があった。
「兄ちゃん、兄ちゃん!」
涼太は新太の胸の中で、いつまでもずっと泣きじゃくっていた。
おばあの亡骸はいつの間にか、跡形もなく消えてなくなっていたーー。

それから一カ月後ーー。
新太と康太と涼太は、東京のアパートにてちょっと変わった共同生活をスタートさせていた。
涼太は中三になった。
あいにく進学させる余裕はないので、卒業したら働いてもらう。
三人ともまだ子供といえば子供だから、共同生活はしばらく続くだろう。

ある日の事。
冷蔵庫の中を物色する康太。
プリンを見つけて、食べてしまう。
新太も油断していた。
実はそのプリン、涼太がなけなしの小遣いで買ったものなのだ。
「プリン♪プリン♪」
涼太が鼻唄混じりで冷蔵庫に近付く。
と、そこで。
避けられない運命、見てはいけないものを見てしまった。
涼太は目に涙を一杯に溜めて、頰をぷくぷくと膨らませる。
康太は笑いながら涼太の頰を潰すのだがーー。
これで涼太、余計に怒ってしまった。
涼太、無言で涙を流し続ける。
頰をぷくぷくと目一杯に膨らましながら。
仕方ないので、新太が康太に。
「プリン買って来てー!ぼく今、食事の支度で手が離せないのー!」
「あいょ。坊主、一緒に来るか?」
「うん!」
涼太、すっかり機嫌を直した様子。
現金なものである。

その日の夕食は、カツカレーとロールキャベツ、唐揚げとシーザーサラダだ。
食べ盛りのデブが雁首を並べるという事で、ご飯はいつもの通り、一升半炊いた。
保温出来るのだから別に残してもいいのだが、そこは食いしん坊揃い。
まず残らない。
「ねぇ兄ちゃん、テレビゲーム欲しい。」
「毎回食べる量を半分にしてくれたら、考えてもいいよ。」
「嫌だ!テレビゲームなんて要らない!」
よしよし。
ただでさえエンゲル係数の高過ぎで困っているのだ。
これ以上の浪費は、是が非でも避けておきたい。

食事の後はお風呂だ。
狭いのだが、いつも三人で一緒に入る。
「楽しいけど、暑苦しいよ、兄ちゃん。」
「そうだね。みんなで痩せよっか?」
「やめとけ(笑)」
それはもう、楽しい時間だ。

今日は金曜日。
明日はみんな揃って休みだ。
遅くまでテレビを観る。
涼太、眠そうだ。
「おい坊主、そろそろ寝たらどうだ?」
「嫌だ!どうせまたSEXするんでしょ!ぼくも混ぜて!」
二人の情事、涼太に見られていたのだ。
新太は耳まで真っ赤になるのを、肌で感じていた。
次からはどうしようか。
まさか本当に混ぜる訳にも行くまい。
だいたい、兄弟揃ってゲイだというのも、どうなのか。
頭痛の種が、また一つ。

翌日。
近所の広い公園で寛ぐ三人。
空には、青い鳥が無数に舞っている。
空の青と鳥の青とが混ざり合って、それは綺麗だった。
幻かもしれない。
ただ一つ言えるのは、確かに事切れた筈の涼太が蘇ったという事、それだけだ。
三人はベンチに座って、並んで喋っていた。
その一瞬一瞬が本当に幸せで、手放したくない、心からそう思った。
三人で歩む道が、広く長い道でありますようにーー。
三人はそれぞれの心の中で、そう祈らずにはいられないのだった。

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WONDER : WONDER [SU]

煌めく星々の下で。
澄み切った空気を吸い込んで白い息を辺りに吹きかけながら、ボクは考えていた。
いつの時代も、人々は戦いを繰り返して来た。
今もまた、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしている。
ボクに何が出来るのか。
太刀打ち出来るか。
いっそ、逃げようか。
途中で道に迷って敵に捕まったら、最期かも知れない。
でも、戦地で亡くなるのも同じ事だ。
それならば、或いはーー。

リン、リン、リン。
携帯のアラームが鳴る。
この時代、携帯の事はスマートフォンと呼ぶらしい。
ボクに言わせれば、ちっともスマートではないのだが。
それにしても、また奇妙な夢を見た。
場所が何処かさえ分からない草原の中で、甲冑を身に纏って佇んでいた。
いつの時代の話だろうか。
きっと、漫画の見過ぎだろう。
そう思う事にして、ボクは洗面台へと向かった。
でもまだ、夢の中にいるような。
そんな不思議な感覚もあるにはあった。

夏。
冷たい水の感触が心地良い。
目が覚める瞬間だ。
歯も磨いて、朝食だ。
「夏彦、ご飯よー!いい加減、いらっしゃい!」
母が呼ぶ声がする。
食卓に座って、いつもと変わり映えのしない朝食に手を付ける。
厚切りトースト三枚、ベーコンエッグ、コーンスープ、大盛りサラダ、昨日の残りの煮物、鯖の味噌煮。
組み合わせがおかしいが、いつもの事だ。
気にしない。

さて、ボクの名前は先に出て来た通り、夏彦だ。
文字通り、夏に生まれて来たから夏彦。
苗字は榊。
高校二年生。
今は夏休み前。
進学は考えていないので、気楽なものだ。
成績は上の中。
とはいっても、偏差値の上では底辺校だから、アテにはならないが。
そんな事を考えていると。
「夏彦、急がないと遅刻するわよー!」
掛時計に目を遣る。
やべっ!
いつの間にかとんでもない時間だ!
まぁこれはいつもの事だが、遅刻だけは免れたい。
生活指導の先生がうるさいのだ。
ボクは鞄を持つと、慌てて家を駆け出した。

バス、電車と乗り継いで、降りた駅から走る事五分。
どうにか間に合った。
「おら、遅いぞ榊、急げ!」
生活指導の先生に追い立てられて、下駄箱までラストスパート。
校内では走ってはいけないのだが、守る生徒は多くない。
ここはボクも、走るしか。
息を切らしながら、教室のドアを開けて席に着く。
ちょうどそのタイミングでチャイムが鳴った。
危なかった。
「夏彦、ギリギリセーフな。お前の事だから遅刻はしないと思ってたが、今日はいつにも増してギリギリだったじゃん。どうした?」
隣の席の蓮が話し掛けてくる。
幼馴染だ。
フルネームは鳳 蓮。
ちょっと珍しい名前だと思う。
それはそうと。
聞かれている質問には答えておこう。
無視は良くない。
「朝方、変な夢見ちゃってさ。起きるなりぼんやりその事考えてたら、遅くなった。」
すると、蓮。
「何だ、またその話か。いくら漫画が大好きだからって、読み過ぎは良くないぞー。」
笑い飛ばすのだった。
少し気が楽になったボクは、伸びをしてHRを遣り過す。

この後、二学年全員で課外授業。
クラシックを聴きにコンサートホールへ行くらしい。
貸切バスで。
だから、遅れると本当にヤバかったのだ。
すっかり忘れていたのだが。
やがてバスは会場へと到着。
生徒たち、続々と席に座る。
曲目は、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ、ドヴォルザークの交響曲第8番、同じくドヴォルザークによるスラブ舞曲集より抜粋である。
演奏が始まる。
が。
どいつもこいつも聴いちゃいねぇ。
そういうボクも、蓮と二人で漫画雑誌を読み耽っていた。
引率の教師も、誰一人としてそれを注意しようとはしない。
底辺校だからな。
ま、こんなものだろう。
クラシックの演奏は、さしずめBGMだ。

帰りのバスの車内で。
みんな流行りのJ-POPの話題で盛り上がる。
でもボクは、漫画の方が好きだ。
飽きもせずに蓮と漫画を読み耽る。
すると。
クラスの目立ちたがり屋がボクたちを見て一言。
「そこ、仲良いな。男同士、付き合ってんのか?」
バスの中は爆笑の渦。
「あぁ、付き合ってるぞ。だが男同士じゃない。俺はレディだ。勘違いするなよ?」
益々以って爆笑の渦。
ボクはというと、呆れて開いた口が塞がらない。
実はボクは、密かに蓮の事が好きなのだ。
だから、こんな言われ方は傷付く。
でも仕方ないね。
男同士だし。
まぁ、ここはサバサバと。
「じゃあ、ボクもレディだから、レズビアンだね!」
一応、乗ってみる。
「笑い過ぎて、腹痛ぇ。」
好評だったようだ。

その日のお昼。
ボクと蓮は机を向かい合わせにして、昼食を食べる。
いつもの事だ。
実はボクも蓮も柔道の有段者だ。
こんな事くらいで虐めに遭う程、ヤワじゃない。
こう見えても一応、クラスメイトからは一目置かれているのだ。
この底辺校では一応、二人とも優等生で通っているしね。
「なぁ、今日部活終わったら本屋行かねぇ?」
蓮からの誘い。
内心嬉しいのだが、ここはいつもの通りにポーカーフェイスで。
「うん、行こ行こ。何なら今からフケようか。」
もちろん、冗談である。
授業はともかく、部活には出ておきたい。
それは蓮も同じ事。
「授業はともかく、部活がなぁ。」
「ま、後の楽しみがあるって事で、とりあえずは授業と部活、頑張ろう。ね、蓮。」
この時に蓮が浮かべたやんちゃな笑顔。
これがボクの大好物なのだ。
眼福、眼福。

さて、放課後。
二人して汗臭いのも気にせず、電車に乗り込む。
「今日も一日暑いなぁ。へばっちゃうよ。」
この時期になると恒例の、蓮の愚痴。
いつもの事なので、右から左へ、受け流す。
電車を降りると、駅前の書店へ。
ボクたちのお目当ては、新刊のコミック。
それぞれ別なコミックを一冊ずつ買って、回し読みするのだ。
あいにくビニールで覆われているので立ち読みは出来ないが、この作家さんの新刊なら、きっと面白いだろう。
会計を済ませて、店を出る。
「読み終わったら、交換な。じゃ、俺はここで。また明日、学校でな。」
「うん!またねー!」

帰ると、中学生の弟が待っていた。
「兄ちゃん、テレビゲームやろうよ。」
やや。
ここは買って来たコミックを早速読みたい所なのだが。
でもまぁ、仕方ない。
ゲームも嫌いではないので、早速一緒にやる事にする。
しかしなぁ。
格闘ゲーム、ボク弱いのだ。
せめてRPGにしてくれればいいのに、なんて思ってみたりもする。
負けるのが分かっていてやるゲームって、何だか虚しい。
結局、全戦全敗。
母親に促されてお風呂を済ませて、夕食の時間だ。
父親の帰りが毎日夜九時なので、夕食の時間はそれに合わせている。
今日は山盛りのトンカツと、添え物にもも肉の唐揚げ。
ご馳走だ。
「いただきまーす!」
食いしん坊揃いの我が家。
一升半のご飯がみるみる内になくなってゆく。
腹八分目で。
「ご馳走さまでしたー!」

「ねぇ兄ちゃん。学校帰りに何か買って来たでしょ。あれ、何の袋?」
流石は目ざとい。
「コミック。バースト・ドライブの新刊。」
「見たい見たい!貸して!」
「明日ね。今日はボクが読む。」
「オッケー。待ってるから。早いけどおやすみ。」
「うん。おやすみね。」
歯を磨いて、宿題をちゃっちゃと済ませる。
いよいよお待ちかね、バースト・ドライブの新刊だ。
これを楽しみに、今日一日過ごして来たのだ。
読み耽る。
どっぷりと。
すると。
「私はサイバー・ジェネシスの世界の住人。キミは選ばれし者。私とともに来なさい。さぁ!」
萌え系の女の子が甲冑を着て何やら喋っている。
サイバー・ジェネシスだとか、意味が分からない。
それにボクはゲイだから、萌えないし。
行きたくない。
睨み付けると、手を引かれた。
凄い力だ。
見ると腰には剣を二本刺している。
二刀流だ。
怖くなって、逆らう気力がなくなった。
壁の手前の空間には、裂け目が表出している。
もう、何が何やら。
とりあえず、行ってみるしか!

ボクと女の子は、裂け目に飛び込んだ。
目に飛び込んで来たのは、別世界。
「私は炎を司る女神、フレア。その身なりでは危険だから、甲冑を着てもらう。慣れるまでは重いけど、我慢して。」
そんな事より、今置かれている状況の方が危険に思える。
巨大な鷹の化け物に乗って空を飛んでいるのだ。
それを知ってか知らずか。
「安心して。この鷹は賢いの。私の相棒よ。」
風が冷たい。
日本とは季節が全く違う。
寒い。
ふと見下ろすと、白壁にオレンジ色の屋根の建物が丘の上にポツポツと建っている。
そこへ、もう一羽の鷹が近付く。
「おーい!夏彦ー!」
「蓮!キミも来てたの!?」
驚くボクを他所に、フレア様はもう一羽の鷹の主人に声を掛ける。
「マリン、久し振り。今度の戦いは厳しいものになりそうね。大聖神ファレミスト様が魔都ギルゴニアへ大親征なさるそうよ。私たちも行きましょう!」
「もちろんよ、フレア!そのために選ばし者を連れて来たのだから。」
どうやら蓮も選ばれし者らしい。
また、後で聞いたのだが、マリン様は水の女神との事なのだそうだ。

今ボクたちが居るこの世界の中心、聖都タルフェニアの守りの拠点にして最前線、ワーズワースの宮殿。
ここでボクと蓮は甲冑を身に付けた。
重いが、思っていた程ではない。
運動系の部活をしていた事が、ここで活きた。
ひとまず、動いてみる。
うん、これなら大丈夫そうだ。
これで寒さも紛れるし、かえって助かる。
ボクたちは女神様から、剣を授かる。
「その甲冑も剣も、特殊なの。特別なオーラを身に纏った者でないと、受け付けない。あなた方には、そのオーラがある。だから選ばれし者なの。その甲冑と剣には意思があるから、危険が迫った時、守ってくれるわ。安心して。」
フレア様が説明してくれる。
そこへ駆け付ける、一人の騎士。
慌てている様子だ。
「フレア様、マリン様。大変です。魔都ギルゴニアにて大死精グレゴリ・ダークマターが復活しました。先行するファレミスト様と傘下の部隊が、苦戦しています。急いでください!」
どうやら大変な事態らしい。
「これから、戦いに次ぐ戦いになるわ。覚悟はいいわね、二人とも。」
正直、覚悟なんて出来ていなかった。
でも、他に道はないようだから、仕方ない。
やってみるしか!
「頑張ります!」
たまたまか、ボクと蓮の声は同時に響いた。

途中で、風の女神サイクロン様が合流した。
その選ばれし者は何と、ボクの弟。
まだ中学生なのに、無茶させるなぁ。
選ばれし者は世界でたったの三人。
みんな日本に居るのが不思議だが、ハイレックという宇宙でも数少ないパワーストーンがたまたま落下したのが家の近所だった、という事らしい。
そのハイレックの力を強く受けたのが、蓮と弟とボクなのだ。
正直、迷惑な運命である。

見渡す限りの草原を飛ぶ。
ふと視界に、軍隊の姿が飛び込んで来る。
ここはタルフェニアから少し離れた郊外の村、テルワース。
「奴ら、こんな所まで進軍していたのね!マリン、サイクロン、そして選ばれしみんな、行くわよ!」
フレア様の掛け声。
と共に、鷹に乗っていた女神様たちが次々と地上に飛び降りる。
「さぁ、早く!」
女神様たちに急かされて、蓮と弟とボクも続いて飛び降りた。
こんなの有り得ない!
だが、不思議と体への衝撃は少ない。
敵はざっと千人程。
こちらはたったの六人。
勝てるか。
正直、もう終わりだと思った。
だが、敵を目の前にすると、驚く程の早さで体が動くのだ。
瞬時に敵を、バッタバッタとなぎ倒す。
自分が自分じゃないみたいだ。
むしろ甲冑と剣が、勝手に動いている。
いわば、ボクたち三人は甲冑と剣の依り代みたいなものなのだ。
ただ身を委ねているだけ。

十分後。
ここでの戦いは、ひとまず終わった。
味方は、みんな無事だった。
勝利である。
だが、ここは戦場である。
敗北は、死を意味する。
負ける訳には、絶対にいかない。
勝たねば。
何としてでも。

次の戦いは、すぐに待っていた。
地方都市アーフェニアでの、敵主力部隊との一大決戦である。
敵総数は、二百万。
大砲の部隊も居る。
これをたったの六人で倒すのである。
無理筋な話というものだ。
が、やらねばならない。
まさに、不条理だ。
そこへ。
フレア様が火を放った。
一面の炎、まさに火炙りである。
「さぁ、かかって!」
ここでボクたち三人の出番。
残った敵の兵士たちを根絶やしにするのだ。
しかし、切っても切っても終わらない。
そのまま、三時間が経過。
そろそろ、体力の限界だ。
すると、今度はマリン様が。
「みんな、ちょっと退いてて!」
慌てて避難するボクたち三人。
水攻めである。
ここまでで、敵の四分の三は倒した。
最後はサイクロン様が風で吹き飛ばす。
敵はほぼ全滅。
僅かな残兵も投降した。
これで、最終目的地の魔都ギルゴニアまでは敵は居ない。
鷹に乗って、旅路を急ぐ。
が。
行けども行けども、到着しない。
遠いのである。
夜になって、ひとまず休む事になった。
みんな、疲れ切っていた。
それは女神様たちも同じ事。
見目麗しい顔が、疲れで台なしだ。

煌めく星々の下で。
澄み切った空気を吸い込んで白い息を辺りに吹きかけながら、ボクは考えていた。
いつの時代も、人々は戦いを繰り返して来た。
今もまた、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしている。
今度の敵は、強い。
途轍もなく。
ボクに何が出来るのか。
太刀打ち出来るか。
いっそ、逃げようか。
途中で道に迷って敵に捕まったら、最期かも知れない。
でも、戦地で亡くなるのも同じ事だ。
それならば、或いはーー。

そんな事を考えていると、隣にフレア様がやって来た。
「今更、逃げ出そうなんて、考えないでよね。今逃げ出したら、元の世界には戻れないわ。それに、あなたは強い。余計な事は考えない事よ、いい?」
ボクは黙って頷くしかなかった。
全てお見通しだったのだ。

夜も更けて来た。
ボクと蓮は、並んで横になる。
最後の戦いを前にして、気分が高揚していた。
或いは、焦っていたのかも知れない。
蓮の手を、そっと握った。
何も言わない告白。
拒否しないのが、返事だったーー。

やがて、朝。
起きがけに、蓮がキスをしてきた。
ボクたちのファースト・キスは、フレンチ・キスだった。
もしかしたら、ここに居る誰かが死ぬかも知れない。
そんな思いがあったから。
だからこそ、今ここでキス出来て良かった。
心から、そう思った。

魔都ギルゴニアへと旅立つ。
五時間後。
到着。
しかし、戦況は捗々しくなかった。
大聖神ファレミスト様の傘下の部隊は全滅。
ファレミスト様が一人気を吐いていた。
加勢するボクたち六人。
サイクロン様がみんなに耳打ち。
「一度しか使えない必殺技があるの。使ってみましょう!」
マリン様は反対する。
「エクストリーム・サンダーボルトね。あれを使ったら最後、みんなしばらくの間戦えなくなってしまうわ。一撃で倒せなかったら、そこで世界は終わってしまう。」
そんなやりとりの中、ファレミスト様が静かに口を開いた。
「やりましょう。他に道はないわ。日本から来た三人も、協力してくれるわね?」
ボクたちは揃って頷いた。
「はい!」

ーー戦いは、終わった。
魔都ギルゴニアの中心には、大死精グレゴリ・ダークマターの巨大な亡骸が横たわっていた。
世界は、救われた。

「いよいよ、お別れね。」
戦いの後、最初に口を開いたのは、フレア様だった。
「みんな、ありがとう。」
ファレミスト様がそれに続く。
マリン様やサイクロン様とも挨拶を交わして、ボクたちはいよいよ元の世界に帰る。
日本でのごくありふれた日々が、再び始まるーー。

「よぉ、夏彦!おはよ!そろそろ夏休みだな。二人でどっか行こうぜ。」
高校の教室で。
昨日までの冒険とは打って変わった、まさに日常の始まりだった。
「うん!海にでも行こうよ。湘南とか。」
ボクが返事をすると、早速横から茶々が入る。
「海でデートか?デブが揃って、暑苦しいなぁ!」
教室中、大笑いだ。
でも、邪気はない。
だから、これで良かった。
「レズビアンだからね。ボクたち、レディだから!」
一応、付け加えておく。
まぁ、軽い冗談である。

ボクたちはこうして、幸せを手に入れた。
これからもきっと、仲良くやれるはずだ。
初体験はまだかって?
それは内緒ですょ。

お・し・ま・い。

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[Part 1 : 語り - ニト]

雑踏の中で。
それは、勧誘だった。
しかも、悪質な。
「お住まいは、どの辺りですか?」
これで俺はキレた。
それまでは適当に相槌を打っていた。
それがいけなかったのだが。
俺は「うがぁ!」と叫んで、勧誘を振り払った。
不動産の勧誘だが、俺にはそんなものを買う余裕はない。
ここハーレスに越して来て二年になるが、冴えないワンルーム暮らしなのだ。
ハーレスは便利で治安も良いが、とにかく家賃が高い。
それも、べらぼうに。
他国だが、メープルキングダムの首都・メープルシティ並みには高いのではないかと思っている。
メープルシティも、家賃は鬼のように高いというからな。
メープルシティもハーレスも、ワンルームはとても少ない。
そもそも、将来のために貯蓄もしたいのだ。
ワンルームは安くて良い。
だから、今住んでいる物件は貴重なのだ。
それにしても遅い。
俺は約束に遅れている相方のポコを待ちながら、銅像の前で貧乏ゆすりをしていた。
こんな事はしょっちゅうなのだが、せっかちな俺はいまだに慣れない。
「ニト、ごめーん!」
ポコが駆け寄る。
「何がごめんだ。お前が可愛くなかったら、とっくに帰っていた所だ。」
俺は頰を膨らます。
するとポコ、俺の両頬に人差し指を突き立てて、おもむろに押す。
頰の中の空気が間抜けな音と共に抜けてゆく。
ケタケタと笑うポコ。
「あのなぁ!」
俺は怒っているのだが、ポコは笑うのを止めない。
まぁ、いつもの事なのだが。
「怒らない怒らない。お詫びにお昼ご飯奢るからさ。」
嬉しい!
喜びが湧き上がる。
笑いが止まらない。
「これからもどんどん遅れていいぞ。俺、ハンバーグとビーフシチューが良いな。大盛りで!」
「ほんっと、ニトは単純なんだから。リクエスト、りょーかいっ!」
怒りは収まったが、痛い所はしっかりと突かれていた。
でもま、無事に逢えた事だし、まずは食欲である。
目抜き通り沿いを歩く俺達。
やがて行きつけのレストランが目に入った。
三つ星の高級店だが、そもそもハーレスには高級でない店は一切ないので、特に珍しくもない。
この街に越して来てから、ジャケットもローファーもすっかり板に付いた。
昔実家に住んでいた頃には、ジャージ姿で出歩く事もしょっちゅうだったのだが。
困るのはデブなので、吊るしだとサイズがない場合が多い事。
お洒落なジャケットがあっても、ワンサイズ展開だと間違いなく入らないのだ。
自然と行く店は決まってくる。
これは俺とポコ共通の悩み。
さて、席に座る。
窓際。
店内は空いているし、今日はツイている。
程なくしてウェイターがやって来た。
水の入ったグラスを二つ、当たり前のようにテーブルの上に置くのだが。
この水がまた高い。
スーパーで買うコーラの方がよっぽど安い。
まぁ仕方ないのだが。
ハーレスには、水代を取らない店はないのだ。
それに今日の会計はポコが払うのだ。
別に良いか。
注文をして待つ事暫し。
料理がやって来る。
ここのビーフシチューは絶品だ。
バゲットと共に味わう。
「うんまいね、ポコ。」
「うん、それだけ美味しそうに食べてくれると、奢り甲斐もあるょ。」
その後も続々と料理が到着し、あっという間に完食。
我ながらなかなかの食欲だ。
「ニト、トイレ行って来たら?」
「あいょ。」
このお店に限らず、ハーレスのレストランは大抵は座席会計だ。
ポコのトイレの合図は、俺の居ない間に会計を済ませておきたいという配慮から来るものだった。
いつもの事だ。
慣れたもの。
阿吽の呼吸だ。
戻ると、ポコが席を立つ。
「行こう。」
さり気なく俺の手を引く。
ハーレスはここヴァルクラインの中でも最もゲイフレンドリーな街なので、男同士手を繋いでも特に違和感はない。
これが、俺がハーレスに住み続ける理由でもある。
物価は高いが、気に入っているのだ。

街を歩く。
タクシーを探しているのだ。
程なくして黄色いタクシーが視界の中に入った。
手を挙げると、目の前で停まってくれる。
「お客様、どちらまで?」
「ネイチャーセンターまで。」
ネイチャーセンターとは、旧スプルース・フォレスト領にある国営の大型テーマパークだ。
スプルース・フォレストの大自然を、最新の技術を使ってあらゆる方法で体感出来る。
スプルース・フォレストは今はヴァルクラインの領土なので、気軽な国内旅行だ。
開業当時と違って道も整備されたので、迷う事はない。
だが、ハーレスからだと徒歩で行くには遠いし、電車は通っていない。
ハーレスでは自家用車にはとても高い税金が課せられるので、俺みたいな安月給には高嶺の花だ。
で、タクシーな訳だ。
それにしても回る回る。
メーターが。
遠いのだ、思っていたよりも。
脂汗がじっとりと背中を濡らし切った頃に、ようやく到着。
死ぬかと思った。
この分のお代は俺持ち。
元からそういう話になっていた。
どうりでポコの奴、レストランであんなに気前が良かったのだ。
吐きそうになりながら料金を払う。
顔を上げると、ポコの満面の笑み。
「帰りもよろしく!」
もう、どうにでもなれ!

ネイチャーセンター内部で。
施設は大部分が屋内。
その延べ床面積は優に1,000,000m2を超える。
迷子になりそうだ。
はぐれないように、というのもあって、男同士ではあるが手を繋いで歩く。
すると。
男同士の同年代のカップルが二組、それぞれ手を繋いでやって来た。
面白そうなので、声を掛けてみる。
「やぁ、みんな可愛いね。良かったら友達にならない?俺の名前はニト。横にいるのは相方で、名前はポコ。」
自己紹介を済ませると、向こうからも返事が。
「僕の名前はキリル。他は左からプリム、キッフル、ポッコイ。よろしく!」
次々と手が出て来たので、握手。
これでみんな、友達だ。
まぁ言ってみればデブの集まりである。
側から見れば何と暑苦しい事だろうさ。
で。
とりあえず、施設内のラウンジでお茶をする事に。
まずは一服、である。
最近はヴァルクラインでは抹茶がブーム。
日本人は俺達と見た目は殆ど変わらない。
何となく親しみは湧くが、さてどんな味なのだろうか。
六人で早速検証。
「うげぇ!」
「何だこれ!不味い!」
大不評だ。
しかも値段が素晴らしく高い。
お茶受けの羊羹なるスイーツもイマイチ。
オリエンタルブーム、俺達には来なかった。
ここでプリムが話題を変える。
「ところで最近、メープルキングダムをファルテニアとミスティレイン・フォレストの連合軍が襲うんじゃないかって話がまことしやかに囁かれているんだけど。あれ、どうなんだろうね。」
やや。
これは聞き捨てならない。
物騒な話だけに。
「テレビでは何も言わないね。」
キリルが一言。
報道管制か?
疑問が湧く。
「ウチの国の皇帝はどう出るのかな?確かファルテニアやミスティレイン・フォレストとは相互不可侵条約を結んでいたような。とはいえ、メープルキングダムが占領されるのは、ウチの国にとっては相当痛い話だろうし。国が傾くかも。」
キッフルは首を傾げるが、これって一歩間違えたらマズイのでは。
いよいよキナ臭い。

[Part 2 : 語り - 語り部]

その頃。
ヴァルクラインの玉座では。
皇帝と、大元帥に昇進した軍務尚書とが、今後の自国の戦略について討議をしていた。
「陛下。恐れながら、好機です。」
「ほう。卿の考えを述べよ。」
「ファルテニア、ミスティレイン・フォレスト両国との相互不可侵条約を一方的に破棄するのです。メープルキングダムと連携を取れば、南北から二国を挟撃出来ます。地理的には、ファルテニアはメープルキングダム領に、ミスティレイン・フォレストは我が国の領にするのが良いでしょう。今動けば、味方の犠牲も少なくて済みます。メープルキングダムとのホットラインを今すぐに繋げるのがよろしいかと。放置しておくと我が国にとっては重大な損害に繋がりかねません。ご決断を。」
「よろしい。卿の策を容れよう。無闇な交戦は避けたいが、この際止むを得まい。メープルキングダムを独占されると、国力の衰退にも直結する。正に一大事だ。彼らも愚かな事をする。大元帥、直ちにメープルキングダムとのホットラインを繋げ。余が直々に話を通す。」
「御意。」
メープルキングダムの国王とヴァルクライン皇帝との会談はこうして行われた。
内心では皇帝は、自ら行った方針の転換に、戸惑いを覚えていた。
しかし、状況は刻一刻と変化する。
あの二国にメープルキングダムを独占させる訳にはいかない。
何としてでも。
メープルキングダムは世界の商業の中心地。
ここを奪われれば、景気が悪化するだけではなく、逆にヴァルクラインが侵略の危機に遭うかもしれないーー。
これはヴァルクライン首脳部共通の懸念だった。
会談では、大元帥らも交えて具体的な戦術や連携についても話し合われた。
実はミスティレイン・フォレストでは強硬派、保守派の残党によるクーデターが起こっており、軍事政権による独裁体制が敷かれていた。
不意打ちだったため、警戒が手薄だったからこそ成功したクーデターだ。
元大統領テット・クラウスら一行、ピウ、ピム、ビム、バムらはメープルキングダムへ脱出、既の所で難を逃れた。
同日未明。
攻撃開始。
同時刻を以って、ファルテニア、ミスティレイン・フォレスト両国に対して宣戦布告。
同時に、ヴァルクラインのA22垂直離着陸型ステルス汎用攻撃機及び実戦初投入となるSAX超高高速高高度爆雷艇群、メープルキングダムのQ7長距離ステルス爆撃機及びR1ステルス戦闘爆撃機群が敵地侵入。
同時刻、重装甲自動追撃ステルスミサイルや拡散熱弾頭ミサイル、重爆雷群らを敵軍事要衝にピンポイントで発射。
ほぼ奇襲であった。
南北からの同時攻撃だった事もあり、ファルテニアやミスティレイン・フォレストの国内は混乱を極めた。
暴発した両国の残党が核攻撃を試みるも、ミサイルはヴァルクラインのSAX超高高速高高度自動追尾型迎撃ミサイル群によって全弾撃墜。
ファルテニア、ミスティレイン・フォレストは焦土と化した。
「あの連中は何を考えている!核攻撃とは何と愚かな!」
激昂するヴァルクライン皇帝。
正に、想定外の事態だった。

[Part 3 : 語り - 語り部]

世界は、変わった。
ファルテニア、ミスティレイン・フォレストは、国家としては完全に消滅した。
国民の大多数は死に絶え、国土は不毛の地と化した。
一方で、この戦争で亡くなったヴァルクライン国民及びメープル・キングダム国民は、一人も居なかった。
この事態を看過出来なかったのは、ミスティレイン・フォレスト元大統領のテット・クラウスである。
彼は相方ティル・クラウスを連れて飛行機で旧スプルース・フォレスト領奥地に向かい、神聖ヘリテイジ・ストーンに祈る事で森の神を呼び出した。
実は森の神は事前にこの事態を予測していた。
聖地サウザンライツ・バレーへ赴き許可を得て、ミスティレイン・フォレスト国民だけでなく、ファルテニア国民のDNAと記憶もデータベース化していたのだ。
テット・クラウスとティル・クラウスは祈った。
ミスティレイン・フォレストとファルテニアの亡くなった全ての民が、復活するようにーー。

祈りは、通じた。
全てとはいかなかったが、亡くなった多くの国民が復活出来た。
ファルテニアはメープル・キングダム、ミスティレイン・フォレストはヴァルクラインの下で復興を目指す。
道は険しいが、国民は皆、明るかった。
一度は亡くした命。
生き返る事が出来ただけでもめっけもん、皆そう思っていた。
その頃。
テット・クラウス、ティル・クラウス両名は、ヴァルクライン皇帝から直々の呼び出しを受けた。
要件は一つ。
「側近として余に仕えよ。」
それだけだった。
二人の覚悟は、決まっていた。
「はい、喜んで!」
テット・クラウスは軍務尚書と同格の大元帥の称号を賜り、国務尚書となった。
前国務尚書が病で急死、ちょうど空席だったのだ。
また、ティル・クラウスは副元帥の称号を賜わり、総参謀長となった。
二人に、笑顔が戻った。
この世界は、きっともっと良くなるーーそう信じられたから、だから笑った。

ピウとピムは皇帝付侍従となった。
ビムとバムは宮中御用達の称号を得て、鍋作りを益々極める。

一方、ニトとポコは、キリルとプリム、キッフルとポッコイ、彼らと交流を深めていた。
ニトとポコは、それぞれ中堅の商社で平社員をしている。
旧スプルース・フォレスト領は開発ラッシュだったが、現地に勤務する要員は不足気味。
不人気だったのだ。
そこでニトとポコは上司に志願して、旧スプルース・フォレスト領勤務に。
晴れてキリルやプリム、キッフルやポッコイと頻繁に行き来出来るようになったのだ。
引っ越しの日。
「さらば、ハーレス。」
寂し気なニト。
一方のポコは、友達が増えたという事で、嬉しそう。
「さ、新天地へレッツ・ゴー!」
特にニトは、今は感傷に浸っているが、べらぼうに物価の高いハーレスを離れる事で、暮らしに余裕が出来る事だろう。
こうして、皆が幸せになってゆく。
新生ヴァルクラインは森の神が見守っていた。
新生メープル・キングダムも、戦争を起こす事は最早ないだろう。
「さぁ馬鹿共、6Pするよ!」
「無理だょ、キリル!」
こんな彼らにも、神の御加護がありますように。

とりあえず、お・し・ま・い。

[おまけ : 語り - 語り部]

ニトとポコは共に暮らす事になった。
丸太小屋を新築したのだ。
それも、キリルとプリム、キッフルとポッコイが住む丸太小屋の、目の前にである。
小ぶりだが、可愛い家だ。
当初はニトは新築には乗り気ではなかったが、そうも言っていられない。
仮住まいとして中古家屋は確保したが、正直状態は良くなかったのだ。
近隣に賃貸物件は存在しない。
ダブルインカムならば上手く行く、そう熱心にポコに押されて、新築を決意したのだった。
この辺り、最近、近くに大型のスーパーが出来た。
ホームセンターも洋服屋さんも、家電量販店も出来た。
道も整備されて、買い物には困らない。
ヴァルクラインは世界では、メープルキングダムに続く金持ち国家なのだ。
有利な税制もあり、世界中からやって来た富裕層も数多い。
そうした層に向けて、旧スプルース・フォレスト領では別荘地開発も盛んだ。
ハーレスやメープルシティ程には治安は良くないが、当局の介入が増えたお陰で、日に日に良くなって来てはいる。
今日はニトとポコの引っ越し祝いのパーティーだ。
キリルとプリムが、ここぞとばかりに腕を振るう。
ジビエのステーキに、最近新鮮なものが流通するようになって手に入りやすくなった海の魚の料理の数々、ビーフストロガノフにロールキャベツ。
サラダやマリネ、ローストビーフやフォアグラもある。
楽しい食卓。
キリルがジビエのステーキを一切れ、フォークで取ろうとすると。
横からニトが強奪。
これにはキリルが怒った。
「ひどーい!こんなの虐めだー!夜、寝込みを襲っちゃうもんね。許さなーい!」
ここでニトが一言。
「別に可愛いし良いんだけどさ。もうちょっと貞操観念というものを持とうよ。」
可愛いという言葉に反応、キリルはしてやったりの表情だったが、堪らないのはポコ。
「こんなの許せなーい!浮気だー!もう二度とSEXしてあげないもんね!」
これには流石のニトも参った。
「ごめん、悪かった。絶対に浮気なんてしない。約束する。本当に可愛いのはお前だけだ。だから今晩、な?」
「仕方ないなぁ。今回だけは許す。」
ひとまず一件落着。
キリルも、これ以上つつき回す程には、デリカシーがない訳ではないようで。
「おSEX、頑張ってね、ニト、ポコ。僕らも頑張る。」
「おう。もちろん。な、ポコ?」
「うん!」
これにて、めでたしめでたし。
これから、新生活がスタートする。
これからは六人で仲睦まじく暮らしていく事だろう。
幸せになろう、皆がそう誓った。
でも彼らは既に、幸せの只中にあったのだ。
これからも続いてゆくこの暮らしに想いを馳せて、六人は笑顔で見つめ合った。
最高の船出、正にそうに違いない。
「またお気に入りの歯ブラシがなーい!こんなの虐めだ、許せなーい!」
賑やかな日常。
ちょっぴり我儘な者も居るが、皆楽しかった。
こんな日々がいつまでも続きますように、あのキリルまでもがそう思っていた。
約束の地は、もうすぐだ。

ちゃんちゃん。

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Hero [キミに捧ぐ詩]

独りぼっちだった。
ずっと、ずっと。
もう思い出せない程昔から、ボクの傍には誰も居なかった。
そんな日々を、苦闘を、キミだけは見ていた。
いつの頃からか、そっと寄り添うように。
だからボクは、キミのためにならどうにでもなれる、そう思った。
初めての気持ちだった。
胸がポカポカ、温かかった。
そんなキミも、ずっと独りぼっちだった。
ボクたちは惹かれ合うだけではなくて、同じ、仲間でもあったんだ。
この話は、そんなボクたちの特別で普通な日常を綴った、日記のような物語であるーー。

Hero [キミに捧ぐ詩]

ボクは幼い頃から何度も自殺未遂を繰り返して来た。
リストカット、首吊り、色々やった。
両親や親類縁者からは、既に見放されていた。
通っている中学を卒業すると同時に、自活する事になっていた。
全てを、諦め切っていた。
ただ、寂しかった。
それだけだった。

胸が痛い。
いや、こころが痛い。
軋むように。
そんな中。
学校で。
ボクを見つめる、キミを見つけた。
独りぼっちで佇んでいた。
ボクと、同じだった。
憂いに満ちた瞳が、それを物語っていた。
もしかしたらボクもあの子にはそう見えているかも知れないーー。
そう思った。
だから、嬉しかった。
やっと、仲間を見つけた。
そんな気がした。

この時、ボクは中学三年生だった。
両親は居ない。
ボクが幼稚園の頃に、山のような借金を残して失踪した。
事業が失敗したのだ。
それ以来、親戚をたらい回しにされる日々。
誰からも疎まれていた。
仕方なかった。
所詮は親子ではない。
他人なのだ。

小学校の頃。
ある年の夏。
ボクは親代わりの親戚に、線香花火をねだった。
店先で。
「ねぇ、これ欲しい。」
バチン!
頬を叩かれた。
これが初めてではない。
だがこの時に、ボクはようやく学習した。
誰にも何もねだらない、決して甘えない。
そう、固く心に誓った。
隣には、別の親子の姿があった。
「ねぇパパ、花火やりたい。」
「よしよし、どれが良い?」
「これー!」
「よーし、帰ったら一緒にやろうな。」
息子の頭を撫でる父。
正直、羨ましかった。
でも、羨んでも意味はない。
ボクはこの時から、ある意味では諦めが良くなった。
自殺未遂を始めたのも、この頃からだった。
この世界に未練はない、これ以上迷惑を掛けたくないーー本気で、そう思っていた。
これは、単なる我儘だったのかも知れない。
それでも、衝動的に死のうとするのを止める事は、出来なかった。
だが。
死ねなかった。
意外と、難しいのだ。
ただ、一日一日が気怠く、鬱々としていた。

こんな事もあった。
ある日。
熱を出した。
珍しく。
39℃あった。
だが、親代わりの親戚は、何もしてはくれなかった。
学校へも連絡してくれない。
「軟弱ね!熱なんて気持ちの問題よ!早く学校へ行きなさい!邪魔なのよ!いっそこのまま死んでしまえばいいんだわ!そうよ、自殺するくらいなら、そうなさい。それがいいわ。」
罵倒された。
結局、行った先の学校で倒れてしまい、家まで帰る事に。
布団に寝ていたが、ぐちぐちと文句を言われたものだ。
今思えば、それすらも懐かしい。

それからも親代わりの親戚の顔ぶれは度々変わったが、互いの関係性に違いはなかった。
余計な物をねだれば叩かれる。
余計な事を言えば蹴られる。ど突かれる。
だからひたすら目立たないように、大人しくしていた。
それしか、自分の感情を押し殺す事でしか、生きてゆく事は出来なかった。
ただ、死にたかった。
その思いだけが、日増しに募っていった。

学校でも、いつも独り。
特に虐められていた訳ではない。
ただ何となく、無視されていた。
勇気を出して声を掛けても、誰からも返事はない。
独りぼっちの長い一日。
正直、持て余していた。
何の記録にも、記憶にも残らない、透明なだけの日々。
キミに会うまでは、ボクは空っぽの、本当にただの、がらんどうだった。

出会った日。
というよりも、ボクがキミを初めて意識した日。
ふと視線を送ると、キミは笑う。
憂いに満ちていた冷たい瞳に、温もりが灯る。
それは、精一杯の勇気の証。
だからボクも、笑った。
勇気には、勇気で応えたかった。
やがてボクは近付いて、教室を出るように促した。
「行こう。」
もう間もなく授業開始。
でも、ボクは進学しない。
だから、関係なかった。
すれ違った先生も見て見ぬ振り。
厄介ごとには関わらないのだ。
二人して、廊下を歩く。
気が遠くなった。
鼓動がうるさい。
自分でも意外な程に、この時の自分は大胆だった。
すると。
キミの手が、温かな手が、スッと伸びてきた。
慌ててそっと、握り締める。
誰も居ない廊下で。
無言のやり取り。
ボクはこの時確かに、幸せだった。

そのまま空き教室に入り、二人で話をした。
「ねぇ、キミ、名前は?」
ボクが訊ねる。
「悠真。キミの名は、何て言うの?」
「陽太。よろしくね。」
久々の、本当に久々の笑顔が零れた。
自分もまだ笑えるんだーーそんな当たり前の事が、意外にも思われた。
その時。
キミもまた、笑った。
「多分、陽太もボクと同じ、仲間だよ!仲良くしようね。」
そう言って、キミはボクのヒーローになった。
いつまでも変わらない、絆がここに生まれた。

それから、いろんな話をした。
悠真にも、両親は居なかった。
幼い頃に自動車事故で亡くしていたのだ。
親戚の元へと身を寄せる事の辛さ、切なさを、キミは分かってくれていた。
キミは言う。
「授業を抜け出してきちゃったけど、陽太は進学するの?ボクは就職するよ。だから大丈夫。これ以上親戚に迷惑も掛けられないしね。」
そんな事まで、同じだった。
「ボクも就職するよ!おんなじだね!」
嬉しくて、声が自然と上ずった。
その時。
不意打ちだった。
「陽太は、ボクの事好き?友達としてでも、それ以上でも。」
固まってしまった。
衝撃で思わず。
目の前の顔がみるみる残念そうに変わる。
でも、だからこそ、再び勇気が出た。
「好きだよ。大好きだよ。」
顔が火照っているのが分かる。
次の瞬間。
キミはボクの事を力一杯抱き締めて、嗚咽を漏らし始めていた。
ボクはただ、あまりの展開の早さに戸惑って、キミの胸の中で、もらい泣きをするしかなかった。
やがてキミは、笑った。
「もしかしたら、ってずっと思ってたんだ。キミならきっと、酷い事は言わない気がしたから。だから勇気が出たんだ。」
だからボクも笑った。
「ボク、キミみたいな子が好きなんだ。付き合うってだけじゃなくて、仲間に、同士に、お互いの味方になれる気がしたから。嬉しかったんだ。ずっと想っていてくれて、本当にありがとう。」

その日から、ボクたちの交際はスタートした。
と言ってもまだ中学生。
ましてやどちらの親も、キミやボクの来訪は歓迎しない。
という訳で、交際はほぼプラトニックだった。
まぁ、キスは済ませたけどね。

それから、学校をちょくちょくサボるようになった。
もちろん、二人でだ。
今のボクたちの親代わりの親戚は、そういった事には一切、無関心だった。
ただ、中学校を卒業したらすぐに働く。
これは絶対に破れない約束だった。
それさえ守れば、中学校卒業と同時に居なくなるのであれば、うるさくは言わない人たちだった。
まぁ、ボクたちに無関心なのは、間違いがなかった。
それはある意味では、とても有り難い事でもあった。
さて二人共、小遣いはほとんど貰っていないから、お金のかかる遊びは出来ない。
という訳なので、図書館や公園通いは日課となった。
近所に大きな公園があって、そこは時間潰しには最適だった。
本屋での立ち読みもよくやった。

ある日、公園で。
キミが悲しい顔をしている。
放ってはおけない。
理由を訊ねてみる。
「僅かなお金を毎月少しずつやっと貯めて買った一冊の漫画本、親代わりの親戚に破り捨てられたんだ。この穀潰しめ、資格の本でも買うと思ったら!って言って四発ビンタされちゃった。ボクが悪いんだ。けど、悲しいぃ。」
キミの目には、涙が浮かんでいる。
もう、見ていられない。
ボクは思わず、叫んだ。
「キミは悪くないよ!僅かでも、お小遣いには違いないんだ。漫画を買ってはいけない、そんな道理はない筈だよ!」
キミはボクの体にしなだれかかって泣いていたね。
本当はボク、そんな時間も幸せだったんだ。
キミにはそんな事、口が裂けても言えないけどね。

この頃、学校ではちょっと困った事が起きていた。
ボクたちの交際が、クラスメイトにバレたのだ。
クラスにいる間中、嘲笑と嫌がらせの嵐。
机の足下に画鋲がばら撒いてあったり、宿題でやって来たプリントを盗まれたり。
ボクは正直に、プリントがなくなった、そう言った。
だけど先生は、全く取り合わなかった。
それどころか、ボクが嘘をついていると一方的に決め付けて、ボクをみんなの前で晒し者にした。
「忘れたら忘れたと、そう言いなさい!あなたは底意地の悪い大嘘つき。どうして嘘なんかつくの!やる気がないなら、出て行きなさい!進学しないからって、適当に授業を受けるなんて、私は許さない。この愚か者が!親が居ないから、こんな馬鹿が育つんだわ!後であなたの親戚を呼んで、叱咤してもらうようにします。覚悟おし!」
涙が、止まらなかった。
クラスメイトは皆、クスクスと笑っていた。
「みんな、こんな馬鹿と同じになりたくなければ、笑うのはよしなさい。ところであなた、まだ居るの?どうせやる気なんてないんだから、出てって頂戴。邪魔!」
ここで救いだったのは、キミが駆け寄ってくれた事。
「もう学校なんて行かないで、一緒に遊ぼうよ。その方がずっと楽しいよ!」
キミの言葉に、また救われた。
やっぱりキミは、ボクのヒーローだ。

それからは就職活動までの間、前にも増して二人でよく遊んだ。
ちなみに、プリントの件では、ボクたちは二人共親代わりの親戚に、殴る蹴るの暴行を受けた。
「この恥晒しが!貴様なんて、人間の風上にも置けないわ!このアホンダラあぁーー!!!」
この一件で、また一段と強くなった。
元々の諦めの良さもあるにはあったが、いちいち落ち込んでいてはキリがないと、ようやく悟ったのだ。
まぁ、悪い事ばかりではないという事だ。

それから、卒業式まで一日も学校へは行かなかった。
職場は、小さな町工場。
雑用からのスタートだが、嬉しい事もある。
悠真と一緒に働ける事になったのだ。
仕事は、キツかった。
だが、二人だ。
一人ではない。
だから、まだ頑張れる。
やれる。

仕事を始めてから、一緒に住み始めた。
LGBTフレンドリーな物件に詳しい不動産屋さんで、男同士で住める格安の物件を見つけたのだ。
築28年だがこの際だ。
文句は言うまい。
二人暮らしでダブルインカム、しかも家賃は格安。
暮らしに少しばかりの余裕が出来た。
嬉しい誤算だった。

勤務先の人たちは、仕事さえ出来ればゲイであろうとなかろうと、関係はないという人たちばかり。
だからこそ、頑張るしかない。

やがて、勤務開始から半年。
仕事にも慣れて来た。
勤務先の人たちの殆どは、ボクたちの関係を知っている。
それでも、何も言われなくなった。
みんな、当たりが柔らかくなって来たような気がする。
以前のように罵倒される事がなくなった。
「おはようございます、皆さん!」
「おはよう、悠真、陽太。」
工場の中に、やっと小さな居場所が出来た。
もう手離すまい、そう思った。

ある日の夜。
二人の自宅で。
まだお酒は飲めないから、ジュースで乾杯。
お酒ってどんな味がするのだろう?
興味はある。
早く成人して、一人前になりたいものだ。
さて。
今日は悠真の誕生日なのだ。
珍しくホールケーキなど買って、お祝いをする。
プレゼントは、前から欲しがっていたテレビゲーム機。
「わ、これ、良いの!?」
「当たり前だよ!キミのために買ったんだから。」
「嬉しい!やっぱり陽太は、ボクのヒーローだね!」
あ、おんなじだ。
ボクがずっと思っていた事。
やっと共有出来た気がして、嬉しかった。

その夜。
布団の中で。
SEXもそこそこに、二人で語り合った。
驚いたのは、悠真にとってはボクが初恋の相手だったという事だ。
「陽太の事が可愛くて、ずっと見ていたんだ。男同士だし、それ以上の事は出来なくてさ。でも初めて目が合った時、きっと陽太はボクとおんなじだって、直感でそう思ったんだ。だから勇気が出た。出会えて、良かった。」
ボクにとっては悠真は二人目の恋の相手だったが、これは特に触れないでおこう。

翌朝。
今日は仕事がお休みなので、朝から凝った料理を作ってみる事にした。
なに、材料は昨日の内に買い出してあるのだ。
あとは腕次第。
どうなるか?

それにしても、二人並んで仲睦まじく料理だなんて、幸せ過ぎる。
今日は朝から天ぷらと煮物、それに銀ダラの煮付けと豚の角煮、そして山程の豚汁を用意するのだ。
気合いが入っている。
豚の角煮は圧力鍋で作る。
圧力鍋、珍しくボクがおねだりしたのだ。
やっぱり時短でしょ、という訳で。
ご飯は一升炊いてみた。
食べ切れるかな?
まぁ無理なら晩御飯にでも、と思っていたのだが。
やっぱり食べ切ってしまうのだ、二人で。
や、我ながらこの家、エンゲル係数高いな。
大丈夫か?
少し心配になる。
「何ぼーっとしてるの?陽太の分、ボクが食べちゃうよ。」
キミになら良いのだが。
食べられても、別に。
でもまぁここは、慌てて食べるふりをするのである。

午後からは遅い昼食を食べに外出だ。
二人の洋服も見たいので、都心に出る事にした。
電車に揺られる。
勤務先の工場は近所だから、こんな事でもない限り、電車に乗る事はない。
車内の混み具合はそこそこ。
助かった。
ボクたち二人共、満員電車は苦手だったもんね。

やがて電車は新宿駅に到着した。
降りるボクたち。
が、ここで。
ボクはいつの間にかはぐれてしまった。
しばらく探していると、キミに良く似た姿を発見。
たぶん間違いない。
筈なのだがーー。
その男、地下通路で女と、キスをしていた。
まさかね。
まさか。
でも、不安で。
悔しくなって。
久しぶりに涙が零れる。
と、そこへ。
携帯への着信。
キミからだ。
「ねぇ、今何処?ボク、マルイ前。早くおいで。」
良かった。
本当に。
こういうのを、取り越し苦労と言うのかも。
心配して損した。

マルイ前に到着。
だが、別にマルイで洋服を買う訳ではない。
高いし、どうせサイズもないのだ。
洋服はサカゼンで買うとして、まずは腹ごしらえだ。
心配したらお腹が空いた。
こういう時は、食べ放題のお店がボクたちの味方だ。
とは言っても、別にホテルまで出向く訳ではない。
そんなにお金はないのだ。
格安のランチビュッフェ。
お値段なりだが、悪くはない。
「さっきボク、悠真に良く似た人が女の人とキスしてるとこを見ちゃってさ。心配したよー。」
「何だよそれー!ボクがそんなに浮気者に見えるのか?残念だ!」
「ごめん、悪かったよ。でも、良かった。」
二人で、笑った。
すっかり二人だけの世界に入り込んでいたボクたち。
気が付くと、ランチビュッフェの制限時間が到来。

その後、ボクたちはサカゼンで服を見立てて、帰途につく。
電車の中で。
ボクたちは互いに見つめ合って、笑顔だった。
これからも、こんな平和な日常が続いていくといいな。
そう思った。
やっと得た居場所。
手放す訳にはいかない。
ボクたちはもう独りぼっちじゃないんだ、そう思うと、不意に涙が零れた。
それをキミは、ハンカチで優しく拭き取ってくれた。
キミは、ボクだけのヒーロー。
ボクもきっと、キミだけのヒーローになるから。
だから、一緒に居よう。
結婚なんて出来なくてもいい。
これがボクたちが見つけ出した、唯一無二の答えなのだから。
幸せになるんだ。
そう誓って、一人、拳を握り締めるのだった。

-完-

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三毛猫と白猫 [其ノ陸]

夜。
今日は仕事が休みだった。
一日中泥のように眠っていて、気が付くと午後8時を回っていた。
「腹減ったな……。」
俺は丸く膨れた己の腹をさする。
そして、立ち上がってハンガーにかかっていたウインドブレーカーを羽織る。
原付の鍵と携帯、それに財布をポケットに入れて、コンビニまで出掛けるのだ。
路上で。
夜の割には、寒さが幾分か和らいできた。
春の足音が聞こえる。
たまたまかもしれないが。
まぁそんな風に油断していると、いつだってロクな事が起こらないもの。
案の定、昨日の季節外れの雪と今日の午後までの寒さで出来たアイスバーンでスリップ。
道路の端に固まっていた雪に突っ込んでしまった。
奇跡的に原付は無事だったのだが。
俺の脚が無事ではなかった。
『折れてるな、これは。』
苦痛に顔を歪めながらも、どうにか携帯を取り出して、救急車と警察を呼ぶ。
と、そこへ。
三毛猫がやって来て、俺の隣で丸まる。
「私はミミ。三毛の野良猫。喋れるの。あなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。その代わりに元気になったら、私の事を少し家に置いて欲しいの。」
口を開けたままで、思わず固まった。
ポカーン、という表現がここまで似合うシチュエーションも、そうはないだろう。
とはいえ喋れる位だから、話は本当なのだろう。
これはチャンスだ。
といっても、まず心配しなければならないのは仕事だ。
「仕事がクビにならないように、早く怪我が治って復帰出来る事。彼氏が出来る事。親に無事にカミングアウト出来て、受け入れてもらえる事。以上かな。お願い出来る?」
そこまで俺が言い終えるとミミは立ち上がって、今時珍しくウインクをした。
「大丈夫!あなたの願い、ちゃんと叶えるわ。待ってて頂戴ね。また来るわ。じゃ!」
のったりと去ってゆくミミ。
入れ替わりで救急車がやって来て、俺は病院に運ばれた。
その後、手術を終えた俺は、警察の事情聴取も終え、被害が出なかった事を確認して。
ようやく、ホッと一息。
でも、何だかんだで復帰には時間が掛かりそうだ。
ミミにお願いしてあるとはいえ、やはり心配だ。
と、そこへ。
社長が見舞いにやって来た。
俺が勤める会社は、自動車の整備工場。
キツイけど、やり甲斐はある。
勤め始めて五年。
ようやく社内にも居場所が出来た所だ。
ここで辞めたくはない。
そんな事を思っていると。
「そんな辛気臭い顔をするな。大丈夫だ。君みたいな優秀な部下は、簡単にはクビにしないよ。さっきも君がクビになるかもしれないと思った社員達が、私に直談判して来た。本当のことを言うと、怪我が長引くようならもしや、とは思っていた。でも、他の社員にも慕われているようだしな。ゆっくり治して、しっかり復帰したまえ。これは社長命令だ。」
社長が最後にニンマリと笑うのを見て、俺は心から安堵した。
怪我の治りは早かった。
医者は若いからだろうと言っていたが、多分それだけではないのだろう。

入院中のある日。
疎遠にしていた両親が見舞いに来た。
バツの悪そうな父。
父とは以前、喧嘩になった事がある。
ピンと来たのだろう。
もしも万が一お前がホモなら、私はお前を義絶する、そう言って詰め寄ったのだ。
仕方ないので、そんなわけないだろうが、そう言ってその場は収まったのだが。
それからもこの話は燻り続けた。
父は度々見合い話を持って来るのだが、まだ早いと俺が断る度に、機嫌を悪くする。
だから、正直俺は困っていたのだ。
そんな訳なので、今日もなにかあるのだろう、そう思っていた。
が、今日は違った。
最初に口を開いたのは、母だった。
「弟が、結婚したの。店も弟に継いでもらう。あなたには、もう無理に結婚を迫る事はしない。ゲイなんでしょ、あなた。自由に生きなさい、弟の分まで。」
弟の分まで。
この言葉のずっしりとした重み、効いた。
もしかしたら弟だってゲイだったかもしれない。
それに弟はまだ、若い。
俺の分まで苦労を背負い込もうと言うのだ。
うちの実家は老舗の商店だが、弟は事あるごとに継ぎたくないと言っていたのだ。
それなのに、である。
何だか泣けて来た。
俺の我儘のせいで、弟が犠牲になる。
これではもう、弟に顔向けが出来ないではないか。
続いて俺に近付いて来たのは、父。
「お前に、期待していた。でも、行き過ぎた。すまなかった。弟の結婚式には、出なくていいからな。弟が嫌がるのでな。でも、私達はこれからもずっと、親子だ。それは変わらない。義絶などしない。自由に、生きていいんだぞ。その二本の足で、しっかりと立つんだ。お前になら出来る。怪我、早く良くなるといいな。邪魔したな。」
ガッチリとハグされた。
思わぬ事に、嗚咽が止まらない。
それからしばらくの時が経って、両親は病室を後にした。

二十日後。
俺は退院した。
出社すると、みんなが出迎えてくれた。
だが、違和感がある。
よく見ると、知らない顔が一つ。
そこで社長が。
「彼はつい先日中途採用で入った、山中 嗣君だ。実家の都合で急に退社する事になった崇君の後釜だ。君が教えるんだ。しっかり頼むぞ。」
はい、そう大声で返事をしながら、胸がドキンとした。
嗣君、俺のタイプど真ん中なのだ。
艶やかでノーブルなグレーのショートヘア、むちむちとした肉感、透き通るような綺麗な肌、実際の歳よりもだいぶ若く見える幼い顔。
どれもみんな、俺の好みだった。
「よろしく!」
俺が嗣君に片手を差し出すと、嗣君はそれを握りながら、はにかんだ笑みで応えてくれた。

それからは毎日が楽しかった。
嗣君は要領が良かった。
ただ、時々ちょっとしたポカをやらかすので、その都度丁寧に教えてやる必要があった。
それでも。
怒る気になど到底なれなかった。
可愛い後輩。
教え甲斐があるというものだ。
ある日の仕事終わり。
俺は嗣君を居酒屋に誘ってみた。
返事はOK。
鶏の唐揚げやつくね、焼き鳥などを頬張りながら、ハイボールのジョッキ片手に仕事の話題に花が咲く。
と、不意に嗣君、モジモジしだした。
トイレかな、と思い促すも、違うという。
あぁ、ミミのこれが力なんだな、そう思って、さりげなく聞いてみた。
「俺の事、好きかい?」
嗣君、震えながらも必死で頷くので、俺はニコニコしながら頭を撫でてやった。
嗣君、泣いていた。
俺は、「出会った時から好きだったよ」、そう返した。
そして、どちらからともなくテーブル越しのキス。
こうして俺達は、公私共に充実した幸せを得る事が出来た。

その後、酔いも回って来た頃。
翌日は仕事が休みだったので、俺の部屋に嗣君を誘ってみる。
ミミもいるのだ。
紹介したい。
「行ってみたい!早く行こうよ!」
嗣君が急かすので、結局酒盛りもそこそこに帰宅する事にした。
時刻は夜、ミミもお腹を空かせているだろうし、ちょうど良かった。
途中、タクシーを捕まえて家路を急ぐ。
「ただいま〜。嗣君、さ、上がって。」
「あら、遅かったのね。でも、二人共上手く行っているみたいで良かったわ。」
「猫が、喋った!!」
「私の名前はミミ。三毛の野良で、喋れるの。嗣さん、あなたの小さな願い事、三つだけ叶えてあげる。何が良いかしら?」
言葉に詰まった嗣君。
「さ、ほら。」
俺が促すと、嗣君、訥々と話し始めた。
「先輩と末長く幸せに居られますように、っていう事と、病気がちの母親が少しでも元気になれますようにって事、それに父親と仲直り出来ますようにって事、その三つ。お願い出来ますか?」
「了解よ。私今怪我をしていて、すぐには無理かも知れないけれど、ぼちぼちやってみるわ。」
そうなのだ。
ミミ、出会った時、右後ろ脚を痛めていたのだ。
だから素早く走れなかったのだろう。
俺は怪我が治るとミミを動物病院に連れて行き、せっせとお世話もした。
もちろん、俺を幸せにしてくれた事へのお礼なのだ。
これっぽっちも負担ではなかった。
むしろもっと早くに病院に連れて行ってやりたかったと、後悔した位なのだ。
「まぁゆっくりやっておくれ。」
俺がにこやかにミミに話し掛けると、ミミはお馴染みのウインクでそれに応えた。

翌朝。
部屋のダブルベッドの上で嗣君と二人で寝ていると、誰かの来訪を知らせるチャイムが鳴る。
モニター付きドアホンで顔を見ると弟だったので、嫌な予感がしながらも、とりあえずオートロックは解除、ドアも開ける事にした。
驚いた。
「よぉ、何か用か?」
そう言い終わる前に弟の拳は俺の顔にクリーンヒットしていたのだ。
何が何だか分からずにしゃがみ込んでいると、弟、衝撃の告白をする。
「僕も兄ちゃんと同じで、ゲイだったんだ。一発殴らないと気が済まなかった。突然ごめん。もうすっきりしたからいいや。幸せになってね。僕は兄ちゃんの分まで頑張るから!この事、みんなには内緒だよ!じゃ!」
弟はそう言ってその場を去ろうとするので、俺は引き止めてガッチリとハグをした。
俺はろくでなしだ、この時、心からそう思った。
やがて弟を見送り後ろを振り返ると、嗣君とミミが心配そうにこちらの様子を伺っていた。
なので。
「さぁー、みんな朝食の時間だよー!」
などと、白々しいテンションでその場を取り繕ってみるのだが。
そんな思いとは裏腹に、ミミは叫んだ。
「これはもう、ぼちぼちなんて言っていられないわ!嗣さん、お父さんの所へ案内して!みんなで行くのよ!」

俺の所有する車で高速も使って二時間。
俺達一行は、嗣君の実家近くの駐車場へと到着した。
更に歩く事十分。
もう嗣君の実家の門は目の前である。
「さぁ、早く!」
ミミに急かされて嗣君は、渋々といった表情でインターホンを押した。
すると……。
困った顔をした嗣君のお母さんがお父さんを呼びに行った。
嗣君のお父さん、あろう事か竹刀を持ち出して、飛びかからんとする勢いだ。
「ホモには我が家の敷居は跨がせん!どうしてもというのなら、この俺を倒してから行け!」
その時だった。
ミミが念を送り始める。
後で聞いた話だが、ミミと嗣君のお父さんとの距離が近かった分、念が効果的に効いたらしい。
やがて嗣君のお父さんは、その場でへなへなと崩れ落ちた。
「すまん、言い過ぎた……。まぁ入れ。」
それだけ言うとのっそりと立ち上がって、ヨタヨタと家の中へと戻っていった。
付いて行く俺達。
茶の間へと通された俺達は、昔懐かしいちゃぶ台を囲んで正座をした。
「はい、どうぞ。」
嗣君のお母さんがお茶と羊羹を持ってきてくれた。
ありつく俺達。
目の前には如何にも頑固そうな、嗣君のお父さん。
正直、間が持たない。
苦悶していると、お父さんの方から口を開いてくれた。
「うちは代々農家だ。嗣には嫁をもらって跡取りになって欲しかった。それで丸く収まると、信じていた。だが、私は嗣の幸せの事は何も考えて来なかったのかもしれん。これからは自由にするといい。幸い私には娘もいる。婿養子をもらえば、跡取りの問題は心配ない。人様にご迷惑を掛けずに、幸せになるんだ。約束出来るな。」
嗣君の目の前にお父さんのゴツゴツとした風格のある掌が差し出される。
それを握って、嗣君、幸せそうだ。
お父さんのお陰で、一転した空気。
それもこれも、ミミの力あっての事だ。
感謝しなければ。
結局俺達はその後、お母さんも交えて四人で談笑し、帰宅の途についた。
途中、俺は嗣君にある提案をした。
それは俺の部屋で二人で暮らそう、というものだった。
返事はOK。
これで家賃が浮くから、嗣君の生活も楽になる。
何より、大好きな嗣君をずっと間近で見ていられるのだ。
そう思うと、テンションも上がる。
俺の住む部屋は分譲マンションだから気兼ねがないし、部屋も二つあるから困らない。
実はこんな時のために、わざわざ部屋が二つある物件を選んでおいたのだ。
良かった。

その日は疲れたので各々互いの家に帰宅。
俺はチマチマと部屋の整理をしていた。
元々物は少ないが、それでも片さないといけない物はある。
三時間程整理をして、ようやく二部屋とも片付いた。
たくさんのゴミは、マンション内のゴミ置場へ。
これで受け入れ準備は万端。
一週間後、俺の知り合いの赤帽さんに頼んで、嗣君の荷物を運び入れた。
「やったね、嗣君!これからもよろしくね。」
「こちらこそよろしくね、先輩!」
ガッチリとハグをする俺達。
それからしばらくして。
嗣君のお母さん、調子が良くなったそうだ。
嗣君の実家に二人で押し掛けて、お祝いだ。
「おめでとう!良かったね、お母さん。」
「あら、ありがとう、二人共。」
「めでたいめでたい、ガッハッハ!」
各々みんな酒を片手に、話に花が咲く。
寂しい事もあった。
ミミが全快したので、暫しのお別れなのだ。
「今までありがとう。まだまだ色んな人の願い事を叶えてあげないといけないから、あなた達とはここで一旦お別れね。でも、また遊びに来るわ。二人とも、元気でね。」
俺達は次々と、ミミを抱き締めた。
「じゃあねー!」
「元気でねー!」
いつまでも見送る俺達。
また会える、そう信じていたから、涙はお預けだ。
その後は公私共に順調。
とはいえこれから先、楽しい事ばかりではないだろう。
でも、何があっても二人でなら、きっと乗り越えてゆけるーー。
そう思ったから、俺はこの時、心から幸せだった。
それは嗣君もきっと同じに違いない。
「先輩、好きです。」
「俺もだよ、嗣君。」
俺達の幸せな日常は、まだ始まったばかりだ。

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